小松飛行場
| 小松飛行場(小松空港) Komatsu Airbase (Komatsu Airport) | ||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
ターミナルビル | ||||||||||
| IATA: KMQ - ICAO: RJNK | ||||||||||
| 概要 | ||||||||||
| 国・地域 |
| |||||||||
| 所在地 | 石川県小松市 | |||||||||
| 母都市 | 金沢市・福井市 | |||||||||
| 種類 | 軍民共用 | |||||||||
| 所有者 | 防衛省 | |||||||||
| 運営者 | 航空自衛隊 | |||||||||
| 所在部隊 |
第6航空団 飛行教導群 石川県消防防災航空隊 | |||||||||
| 標高 | 6 m (18 ft) | |||||||||
| 座標 | 北緯36度23分38秒 東経136度24分27秒 / 北緯36.39389度 東経136.40750度座標: 北緯36度23分38秒 東経136度24分27秒 / 北緯36.39389度 東経136.40750度 | |||||||||
| 公式サイト | 小松空港公式サイト | |||||||||
| 地図 | ||||||||||
| 小松飛行場の位置 | ||||||||||
| 滑走路 | ||||||||||
| ||||||||||
| リスト | ||||||||||
| 空港の一覧 | ||||||||||
小松飛行場(こまつひこうじょう)は、石川県小松市にある共用飛行場である。
防衛省が管理しており、航空自衛隊小松基地(英: JASDF Komatsu Airbase)と民間航空(民航)が滑走路を共用する飛行場で、特に後者においてはターミナルビルなどの施設の通称として小松空港(こまつくうこう、英: Komatsu Airport)と呼ばれている[1]。航空交通管制は航空自衛隊が行なっている。
概要[編集]
小松市・金沢市・福井市をはじめ、石川県南部(加賀地方)および福井県北部(嶺北地方)へのアクセス拠点となっている。2001年、公共事業見直しの風潮が広まったことや福井県が「北陸新幹線・小松空港重視」に政策転換したことで福井空港のジェット化が事実上白紙になり、福井県の要望により航空会社の時刻表などには「小松(金沢・福井)」と表記されるようになっている[2]。
滑走路の両側に誘導路があり、山側を航空自衛隊が、海側を民航のターミナルが利用している。民航の定期便として過去にはボーイング747クラスの離着陸があり、1980年から全日空が747SR-100を、747-400が1993年1月から2008年3月末まで就航されていた。本州日本海側の空港では乗降客数が最も多い。計器進入装置であるILSを設置しているため、冬季の悪天候時でも欠航は比較的少ない。
主に貨物便を想定した欧米との直行便を就航可能にするために、2005年から2006年にかけ、本滑走路の舗装をかさ上げ(路盤の厚さを10cm増加)する工事が行われ、2006年12月21日から供用が開始された。本滑走路の重量制限は工事前の320tから396tに増加し、燃料を満載した国際貨物定期便などの大型機材の重量にも耐えられる構造となり、航空自衛隊の空中給油機KC-767の重量にも耐えられるものとされる。この工事に伴い、本滑走路と平行して仮滑走路が建設され、2005年3月17日から2006年12月20日まで供用された。仮滑走路は用地確保の関係上、本滑走路と97.5mしか離れていないため、2本の滑走路を同時に使用することはできない。仮滑走路は解体せず、今後の本滑走路に対する長期的な工事などがあった場合に、再び滑走路として使用される予定であるため、定期的に点検・管理されている。仮滑走路には、誤進入を防止する目的で16箇所に「×」の印(禁止標識)が表記されるとともに、中央部に横書きで「KOMATSU」着陸地点付近2か所に縦書きで「こまつ」と表記されている。
年間利用客数は、国内1,514,649人、国際194,765人(2016年度)[3]。
歴史[編集]
小松基地に関する事項は、後述の「航空自衛隊小松基地」の歴史を参照。
年表[編集]
- 1941年(昭和16年) - 旧海軍が農林省営林財産約140haを中心にした航空基地の整備計画に基づき、周辺民有地約241haを買収。
- 1943年(昭和18年)4月 - 旧海軍・舞鶴鎮守府の飛行場として建設開始。当時は「むじなが浜」と呼ばれた砂丘地帯であった。面積は241ha。
- 1944年(昭和19年)11月15日 - 東西1500m×100mと南北1700m×100m、2本の滑走路が完成し、海軍攻撃隊2個中隊を配備。
- 1945年(昭和20年)11月1日 - 大蔵省管理を経て米軍により接収(補助レーダー基地)。サンフランシスコ講和条約発効後はFAC4017小松補助飛行場として使用。
- 1953年(昭和28年)4月3日 - 小松飛行場開港。
- 1955年(昭和30年)7月2日 - 日本ヘリコプター輸送(現・全日本空輸)による小松 - 大阪線の不定期路線を開設。
- 1956年(昭和31年) - 防衛庁より地元に対しジェット機の離着陸を希望する旨の意向を表明。以後地元では賛否両論に沸く。
- 1959年(昭和34年)3月6日 - 国有財産北陸地方審議会の答申により北陸財務局が防衛庁が小松飛行場の使用を民間空港の併用を条件として許可。
- 1960年(昭和35年)4月19日 - 第1次拡張工事着工。東西滑走路を2400m×45mに延長して主滑走路とし、南北滑走路を副滑走路とし1200m×45mで整備した。当時購入用地では開拓事業が進行中だったが、規模を261町歩から129町歩に縮小した[4]。
- 1960年(昭和35年)11月24日 - 防衛、運輸両事務次官による「小松飛行場に関する協定」が締結され、民航との運用協定が成立し、12月の運輸大臣告示により併用飛行場化した。
- 1961年(昭和36年)12月20日 - 開港し、小松 - 名古屋 - 羽田線開設[1]。
- 1962年(昭和37年)
- 1964年(昭和39年)9月 - 第2次拡張工事着工。F-104J導入のため滑走路を2700mに延長し、副滑走路を廃止。これにより残存開拓事業は中止となる[4]。
- 1972年(昭和47年)11月9日 - 金沢駅を発着し北陸自動車道を経由する小松空港連絡バスを北陸鉄道が開設。
- 1973年(昭和48年)6月15日 - ジェット化に対応するための滑走路かさ上げ工事により、空港運用を1か月間休止。11月1日、ボーイング737が小松 - 東京線に就航。
- 1979年(昭和54年)12月12日 - 日本航空による国際定期路線(新潟 - 小松 - ソウル線)開設。国際線の運用が開始される。
- 1981年(昭和56年)9月26日 - 国内線・新旅客ターミナル完成。
- 1984年(昭和59年)4月2日 - 国際線・新旅客ターミナル完成。
- 1986年(昭和61年)10月1日 - 日本航空が小松 - 東京線を開設、ダブルトラック化される。
- 1991年(平成3年)
- 1992年(平成4年)3月18日 - 防衛庁が外国の航空機の乗り入れ制限緩和を決定。これ以降、外国の航空会社によるチャーター便運用が多く行われる。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 旧日本エアシステムが小松 - 東京線を開設、トリプルトラック化される。
- 1994年(平成6年)
- 2002年(平成14年)6月27日 - HIACTの新ターミナル完成。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 新管制塔運用開始。
- 2005年(平成17年)3月17日 - 仮滑走路運用開始(現滑走路閉鎖)。
- 2006年(平成18年)
- 2009年(平成21年)
- 2012年(平成24年)12月8日 - エバー航空の小松 - 台北線が週7便に増便、国際線としては初めてのデイリー運航が開始される。
- 2014年(平成26年)
- 1月24日 - シルクウェイウエスト航空 によりヘイダル・アリエフ国際空港-小松便就航(週2便)
- 3月30日 - アイベックスエアラインズ、成田便を減便。それに伴い全日本空輸の福岡便1往復をコードシェアにて運航開始。全日本空輸、福岡便1往復減便(全日本空輸3往復、アイベックスエアラインズ1往復)。なお、現在はANA1往復、IBEX3往復。
- 2015年(平成27年)3月14日 - 北陸新幹線の長野駅から金沢駅までが開業。首都圏と当地とを結ぶ羽田便が苦戦することになった[6](富山空港も参照)[7]。
- 2016年(平成28年)
- 2018年(平成30年)
旅客数[編集]
以下に年度別の乗降客数を示す[13]。国際線にはチャーター便を含む[13]。マウスポインタを棒グラフの各要素に合わせると、該当年度の数値がポップアップする。
- 国内線
- 国際線
旅客・貨物施設[編集]
いずれの施設も、北陸エアターミナルビル株式会社が運営している。
旅客ターミナルビル1階に、各社共同のレンタカー受付がある。
- 旅客施設
- 貨物施設
空港内に施設をもつ行政機関・企業[編集]
- 大阪航空局小松空港事務所
- 航空保安協会小松事務所
- 石川県消防防災航空隊
- 石川県消防防災ヘリコプター「はくさん」(Bell 412EP / JA893F)を運用する。
- 中日本航空株式会社小松運航所
定期就航路線[編集]
航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便である。
国内線[編集]
| 航空会社 | 就航地 |
|---|---|
| 日本航空 (JAL) | 東京国際空港 |
| 日本トランスオーシャン航空 (JTA) | 那覇空港 |
| 全日本空輸 (ANA) | 新千歳空港、東京国際空港、福岡空港[注 3] |
| アイベックスエアラインズ (IBX) ・全日本空輸 (ANA) | 仙台空港、成田国際空港、福岡空港 |
| オリエンタルエアブリッジ(ORC) ・全日本空輸(ANA) | 福岡空港[14] |
| 行き先 | 旅客数 | 国内線順位 |
|---|---|---|
| 羽田空港 | 1,003,591人 | 上位27位 |
国際線乗継便[編集]
東京国際空港および福岡空港の各便には、コードシェア便として海外航空会社便名が付与される便がある。海外航空会社便名での利用は国際線乗継旅客に限られ、国内区間のみの利用は国内航空会社便名となる。
| 目的地 | 主たる航空会社 | コードシェアする航空会社 |
|---|---|---|
| 東京国際空港 | ||
| 福岡空港 |
国際線[編集]
旅客便[編集]
| 航空会社 | 就航地 |
|---|---|
| 大韓航空 (KE) ・ 日本航空 (JL) ・デルタ航空 (DL) | |
| エバー航空 (BR) ・ 全日本空輸 (NH) | |
| タイガーエア台湾 (IT) | |
| 中国東方航空 (MU) ・ 日本航空 (JL) | |
貨物便[編集]
国際貨物定期便として2社が乗り入れている。
ルクセンブルグのカーゴルックス航空の定期便が、新千歳・香港・台北・仁川・フェアバンクス・ドバイ・アブダビを経由してルクセンブルクと往復で(ボーイング747-400Fもしくはボーイング747-8F型)運航される。なお、便によって北回りか南回りかがあり、各便がこれらすべての空港を経由するわけではない。
アゼルバイジャンのシルクウェイ航空による定期便も2018年1月14日から運行が開始された。これまでも定期チャーター便として乗り入れており、機体は同社のボーイング747-400Fもしくはボーイング747-8F型を使用し、バクーからソウル経由で日曜と木曜日の午後の週2便の運航である。
休廃止路線[編集]
小松空港に就航していた路線は以下の通り[16]。
| 航空会社 | 就航地 |
|---|---|
| ジェイエア (JLJ) | 新潟空港、出雲空港、広島西飛行場 |
| 全日本空輸 (ANA) | 大阪国際空港、名古屋空港(中部国際空港開港前)、新潟空港(経由地、札幌発着路線)、福井空港(経由地、東京・名古屋発着路線) |
| エアーニッポン (ANK) | 鹿児島空港 |
| 日本エアシステム (JAS) | 東京国際空港 |
| 日本エアコミューター (JAC) | 岡山空港、高松空港、松山空港 |
| フジドリームエアラインズ (FDA) | 静岡空港 |
| AIRDO (ADO) | 新千歳空港 |
ANAの路線には、旧日本ヘリコプター輸送および中日本航空が運行していた時期も含む。エアーニッポンおよびジェイエアはそれぞれANAならびにJAL便で運行する以前の路線である。
航空自衛隊小松基地[編集]
小松基地(こまつきち、JASDF Komatsu Airbase)は、1961年2月に開庁された、航空自衛隊の基地である。対領空侵犯措置の任務を担っており、国籍不明機に対するスクランブル発進を行っている。基地司令は第6航空団司令が兼務。基地北方の日本海上空に広大な訓練空域(G空域)がある。 よって航空総隊戦技競技会の開催が多い基地でもある。
歴史[編集]
- 1958年(昭和33年)2月19日 - 米軍による飛行場の大部分の接収が解除されると同時に、航空自衛隊小松分遣隊が配置。この年、折から活発化した左派による自衛隊基地反対運動に対し小松市長和田伝四郎が併用飛行場化の立場を表明する[注 4]。
- 1959年(昭和34年)6月1日 - 航空自衛隊小松分屯基地が設置。
- 12月4日 - 小松基地に関する33カ条約定締結。
- 1960年(昭和35年)4月19日 - 小松基地としての整備工事着工。
- 1961年(昭和36年)2月1日 - 航空自衛隊小松基地開庁。臨時小松派遣隊編成。
- 1962年(昭和37年)5月15日 - 警戒待機(アラート)運用を開始。
- 7月15日 - 第6航空団編成完結。
- 1963年(昭和38年)1月24日 - 三八豪雪に災害派遣。
- 1964年(昭和39年)4月30日 - 小松基地拡張に伴い、小松市からの要望事項に対して協定を締結。
- 11月 - 第8飛行隊が岩国基地へ移動。
- 1965年(昭和40年)3月31日 - 第205飛行隊新編(F-104J配備、20機編成)。基地拡張用地42.3haを取得。同地の開拓団は解散。
- 1969年(昭和44年)2月8日 - 金沢市の市街地に落雷を受けたF-104Jが墜落、4人が死亡する事故が発生。
- 1974年(昭和49年)8月 - 当時の新機種であるF-4EJの配備を小松市へ申し入れ。
- 1975年(昭和50年)6月 - 第4飛行隊解散。
- 1976年(昭和51年)10月26日 - 第303飛行隊新編(F-4EJ配備、18機編成)。
- 1981年(昭和56年)6月30日 - 第205飛行隊解散。
- 1982年(昭和57年)11月 - 在日米軍への提供が決まり、以降自衛隊との共同使用(訓練)が実施される[17]。11月30日初の共同訓練を実施。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 第303飛行隊がF-15Jに改編(18機編成)。
- 1988年(昭和63年)3月31日 - 第301基地防空隊新編。
- 1995年(平成7年)11月22日 - 能登半島沖で訓練中のF-15Jが誤って僚機を撃墜する事故が発生(F-15僚機撃墜事故)。
- 1997年(平成9年)3月 - 第306飛行隊がF-15Jに改編。
- 2001年(平成13年)12月10日 - 小松管制隊が管制回数1,234,567回達成[18]。
- 2002年(平成14年)4月26日 - 配備機種がF-15Jに更新されたことと航空便増便で過密化が進行したため、防衛庁が「10・4」協定に基づく「昼休み時間帯の離着陸制限」および「東側編隊離陸制限」の緩和を小松、加賀両市に申し入れ。同時に石川県に通知。
- 12月24日 - 小松市および加賀市と「協定書の一部を改正する協定書」を締結し、自主的騒音規制の一部を緩和。
- 2006年(平成18年)7月 - 小松市、加賀市、川北町など周辺自治体が米軍機の訓練受け入れを容認表明。
- 2011年(平成23年)10月7日 - F-15の燃料タンク落下事故が発生。同年12月16日に飛行を再開。なお、この年の航空祭は落下した部品捜索と飛行訓練中止により開催されなかった。
- 2016年(平成28年)6月10日 - 飛行教導群が新田原基地から移動。
配置部隊[編集]
- 中部航空方面隊隷下
- 航空戦術教導団隷下
- 航空総隊隷下
- 航空支援集団隷下
- 防衛大臣直轄部隊
- (航空警務隊)
- 小松地方警務隊
小松基地航空祭[編集]
例年秋頃に開催される航空祭では、小松基地所属の戦闘機や救難機の展示飛行、アクロバット飛行を行う第11飛行隊(ブルーインパルス)の展示飛行が実施される。1990年代半ばまでは、毎年6月の開催だったが、梅雨の時期と重なっており雨天が多く、展示飛行もキャンセルになることがしばしばあったため、北陸で好天の多い9月に開催されるようになった。なお1990年代後半から2000年までは航空自衛隊では珍しく8月の最終土・日曜日に2日間開催されていたが、2001年以降は9月に1日のみの開催となっている。ただし、2001年は9・11テロにより実際には中止となり開催されていない。2009年は11月の開催となった。2011年はF-15の機外燃料タンク落下事故の発生に伴い中止になった。
周辺対策[編集]
本飛行場に関係する周辺対策事業は他の自衛隊・在日米軍施設同様「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」を根拠法とし(以下本節で同法と呼ぶ)、旧防衛施設庁の主導により下記が実施されてきた[19]。
一般的に、周辺対策事業は下記のように区分され、その他にも名目をつけて予算措置がなされることがある。
- 障害防止工事の助成
- 住宅防音工事の助成
- 移転措置による土地の買い入れ
- 民生安定施設の助成
- 調整交付金の交付
こうした周辺対策事業を住民側から支援するため小松基地民防連合会、小松基地北部民防協会、小松民防施工協会等が組織されている。
飛行場南側は1968年に完成した片山津ゴルフ場が3km余りに渡って続いており、西岸は安宅海岸として林が整備され、工業団地などが中心で人家は少ない[注 6]。北側の飛行ルート上は小松市中心地に近く、防音対策は専らこの地域で実施される。
障害防止工事[編集]
障害防止対策事業(同法3条に基づく)の内一般障害防止については、本飛行場の拡張などに伴い裸地化・荒廃化が進み場外排水路周辺にて洪水被害が生じた[注 7]ため、排水路改修工事への助成があり、1977年度から1985年度まで助成を実施し、経年及び事業場所の状況変化により2003年に排水路の一部更新事業を実施した[注 8]。
また、同飛行場を離着陸する航空機の頻繁な飛行により、周辺地域のテレビにフラッターが生じていることから、防止策として共同受信施設を1976年度から1994年度まで助成を実施した。
その他、1965年度から1977年度にかけて騒音用電話機設置事業に助成を実施した。
これら障害防止工事の補助実績は2003年度までで約9億3000万円となっている。
騒音防止工事[編集]
学校等の公共施設の騒音防止対策事業としては、航空機騒音の防止・軽減対策として1960年度に飛行場に隣接する小松市立日末小学校の防音工事を実施したのを皮切りに、2003年度までに石川県、小松市、加賀市、及び法人関係の教育施設や医療施設など158施設に対して、総計約287億3000万円の助成を実施した。近隣の学校には校舎にクーラーを設置している。
住宅防音工事[編集]
住宅防音工事については小松市、加賀市等の同法4条に基づいて指定した第一種区域(75WECPNL以上[20])に所在する住宅を対象として、1975年度より実施し、1996年度からは特定住宅防音工事(ドーナツ現象[注 9]、1999年からは建替防音工事、2002年度からは外郭防音工事、2003年度からは太陽光発電システム設置工事(モニタリング)を実施している。2003年度時点で約29000世帯に対して635億円が投じられている。また、当該工事により設置した空気調和設備の機能復旧工事(経年劣化による設備更新など)は1989年度かから、建具復旧工事は1999年度から実施し2003年度までに延べ1万世帯、約30億円を助成した。
こうした防音工事は民間防音工事、略して民防工事と呼ばれるが、地元企業でもこの工事を目標とした売込みが行われている[21]。
2010年には事業仕分けの影響により、第1四半期(4~7月)の工事受注が無くなり、地元建築業者が困惑していると報じられている[22]。
移転措置[編集]
同法第5条に基づく第二種区域(WECPNL90以上)からの移転補償については1964年度から実施しており、1996年度までの総計で建物444戸、土地約70ha、133億7900万円となっている[23]。2003年度までの実績で見ると建物537戸、土地買い入れ約80ha、総計約196億円の補償、購入を行っており、7年余りの間に100戸余りの積み増しがあったことが分かる。移転先地の公共施設整備事業は1969年度から実施され、2003年度までに5件、約13億円を助成している。小松市内の波佐美、鹿小屋、安宅新の各地区は集団移転を実施した。
第二種区域内の移転措置で購入した土地は「周辺財産」として防衛施設庁が管理していた。その面積は2003年度時点で約77haとなっており、植栽を実施した面積は内54haである。この他小松飛行場周辺には元々自然林が2.8haある。また、周辺財産の一部5.8haを小松市に広場、駐車場として使用を許可しているという。
民生安定施設の助成[編集]
民生安定施設の助成は同法8条に基づく。一般助成事業として、屋外運動場、体育館、有線ラジオ放送施設、コミュニティ供用施設、農業用施設等について、1967年度より助成を開始し、2003年度時点で総計は約48億円となっている。
防音助成事業として、学習等供用施設、公民館、保険相談センター、庁舎等について、1966年度から助成を開始し、2003年度時点までで小松市、加賀市等の163施設に対して総計71億4000万円となっている。
道路改修事業については1961年度より開始し2003年度までで改良、舗装、消雪装置の設備、補修等に50件以上、約55億円を助成している[注 10]。
特定防衛施設周辺整備調整交付金[編集]
更に、同法9条に基づき、特定防衛施設周辺整備調整交付金を特定防衛施設関連市町村に指定されている小松、加賀両市に対して交付している。用途としては道路などの交通施設が主体であり、2000年代には社会のIT化を反映したものとしてパソコンの整備等公共用施設の整備に充当されている。総計学としては1974年度の開始から2003年度までで総計約85億円となっている。
まちづくり計画事業の助成[編集]
周辺地域との調和を図るため、飛行場を前提としたまちづくりのための総合的な計画の策定事業として2002年度に小松市に約1400万円を助成している。これにより、小松市立空とこども絵本館(資料館および体験館)を建設した。
防音堤の建設[編集]
「10・4」協定の際に防音堤[注 11]の建設が小松市から要望され、1976年度予算に盛り込まれた[24]。当時の予測では地上の航空機の発生する音を6~9ホン[注 12]軽減する効果が見込まれた。他の騒音防止策を含めて実効を挙げ始めたと判断した1976年8月13日、防衛庁は小松へのF-4EJの配備を小松市など周辺自治体に申し入れた[25]。
その後、空港前を横切っているアクセス道で県道である、空港軽海線の4車線化に伴い、防音堤の一部が2000年12月に撤去されている[26][注 9]。
機材の更新[編集]
これは周辺対策ではなく、発生源対策である[注 9]。発着する民間航空機は高バイパス比の機種に徐々に転換されていったため、他の空港同様個々の離着陸音は小さくなっている(便数増加の影響はある)。
「主たる騒音発生源」である自衛隊機については戦闘機は高バイパス比で低騒音の機材に更新することが困難であるため、協定や自主規制を通じて運用方法により騒音軽減が図られていった。過去、最も大きな騒音発生源であったのは協定を結ぶきっかけとなったF-4シリーズである。しかし、配置されている2個飛行隊が段階的にF-15に更新されていったため、部分的な機材改善の効果が観測されていることが『騒音制御』誌で指摘されている。具体的には滑走路端での測定では離陸音の影響が大であるためF-4時代との差は見られないが、滑走路端から12kmの地点では着陸音の影響が大となるため、2個飛行隊ともF-15に転換した後の測定ではWECPNLで8dB程の低下が観測された[27]。
訴訟等[編集]
一部周辺住民により離着陸の差し止めを求める「小松基地戦闘機離着陸差止等請求訴訟」が大分して2度にわたり提訴されていた。第1次、第2次訴訟については1994年12月、第3次、第4次訴訟については2007年4月に名古屋高等裁判所金沢支部にて棄却されたが、損害賠償支払いについては命令した。双方が上訴しなかった為判決が確定した[28]。
ただし、どちらの訴訟でもWECPNL75以上の区域に居住する住民は受忍限度を超えているとして国に損害賠償の義務を認めている[29][注 9]。
事故等[編集]
2011年10月7日8時45分頃、小松基地所属のF-15Jが小松飛行場へ着陸する直前に、機体から左翼側機外燃料タンク及び一部部品が落下した[30]。この事故により2011年の航空祭は中止となった。
訓練飛行開始時間の前倒し[編集]
2015年秋から、基地周辺に住んでいるNHKの連続テレビ小説(通称:朝ドラ)の視聴者に配慮し、F15戦闘機の訓練飛行開始時間を慣例の8時0分より約10分早めた[31][32]。
交通[編集]
本数・所要時間・運賃等の詳細は、該当項目や公式サイトを参照。
路線バス[編集]
2013年3月31日現在、金沢駅西口、小松駅[注 13]、福井駅東口、加賀方面をそれぞれ発着する4路線がある。
無料バス[編集]
あわら市が運営する予約制の金沢・あわら無料バス「KANAZAWARA号」(あわら観光)が立ち寄り、同市の芦原温泉駅、あわら湯のまち駅とを結んでいる(1日1往復)。小松空港⇔金沢駅西口のみの利用はできない。
タクシー[編集]
タクシー乗降場と待機所があり、原則としてタクシーが待機している。小松駅からはタクシーで10分程度である。
2011年(平成23年)11月6日より「加賀越前観光ガイドタクシー」が運行されている。
道路[編集]
- 金沢市方面からは北陸自動車道小松ICが最寄りである。
- 福井市方面からは、ETC車の場合は北陸自動車道安宅スマートICが、現金車等(ETC車以外)の場合は片山津ICが最寄りである。安宅スマートICは、福井県方面のアクセス向上策として2008年(平成20年)に社会実験として開設、2009年(平成21年)に常設化されている[2]。
- 国道8号方面からは、園町交差点から空港前交差点まで国道360号を直進する経路をとる。
駐車場[編集]
空港環境整備協会が運営する駐車場が、第1から第3まである。24時間利用可能で、普通自動車のみ入場から30分まで無料である。
航空プラザ臨時駐車場は2011年(平成23年)12月1日から小松空港国際線駐車場となり、小松発着の国際線利用者および小松 - 羽田・成田便を利用して羽田・成田空港で国際線に乗り継ぐ旅客に限定して無料開放している。なお、24時間を超える駐車は可能であるが車両の入出場が可能な時間帯は限られている。
周辺[編集]
その他[編集]
- 小松VOR及び小松ILS/DMEの保守官所は、2016年4月1日から管制技術官集約の為、中部空港事務所へ変更となった。小松TACANは、防衛省管轄である。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 『日本工業新聞』1962年1月5日、他9月の記事等
この博覧会は産経新聞その他の協賛によって日本国内で向ヶ丘遊園など順次持ち回り開催されており、航空機や車両などの展示が実施された。 - ^ 2006年5月FAZ制度廃止
- ^ ANAウイングスの乗務員および機材による運行。
- ^ 大阪防衛施設局長「小松飛行場-その運用と周辺対策-」『調和 基地と住民』No.33 1989年9月15日
発言要旨「米軍から返還後、民間航空機が使用しているが、施設が不十分、自衛隊の航空基地として整備し、併せて民間航空施設も完備すべきである」 - ^ 防衛施設庁長官、石川県知事、周辺8市町村長(小松市長、加賀市長、松任市長、根上町長、寺井町長、辰口町長、川北村長、美川村長)による締結。自治体名はいずれも当時のもの。
小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定の締結 (PDF) 防衛施設庁史第3章第9節 2007年 - ^ 日末工業団地、小松鉄工団地、石川県土地開発公社による用地造成等
- ^ 一般に飛行場は広大な敷地を舗装するためその土地の保水力は著しく低下し、大量の降雨の際は周辺地域に雨水が流出する。
- ^ 一例としては安宅新排水路、長崎地区排水路
- ^ a b c d “小松基地周辺の騒音対策 (PDF)”. 小松基地周辺の騒音対策. 石川県環境部 (2010年3月). 2012年12月3日閲覧。第一種区域はWECPNLの指定基準値により決定されるが、基準値は段階的に改正(1978年:85W→1980年:80W→1982年:75W)されていった。これは住宅防音工事の進捗状況を踏まえた措置であったが、建設時期が同一、ないしそれ以前のものであっても区域によっては対象とならない住宅が発生するという現象のこと。)
- ^ 例:下牧迂回路、城南松崎線等
- ^ 防音を目的とした築堤。
- ^ 当時は「ホン」での測定が一般的であった。
- ^ 一部の便はホテルサンルート前で終着、一部の便は粟津A線と直通運転する。
出典[編集]
- ^ a b “小松空港きょう開港50年 交流・物流の拡大に貢献”. 北國新聞 (北國新聞社). (2011年12月20日)
- ^ a b “小松空港の利便性向上に努めています”. 福井県総合政策部交通まちづくり課 (2017年5月11日). 2018年9月27日閲覧。
- ^ “管内空港の利用状況概況集計表(平成28年度速報値)” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省大阪航空局
- ^ a b 大阪防衛施設局長「小松飛行場-その運用と周辺対策-」『調和 基地と住民』No.33 1989年9月15日
- ^ https://www.ana.co.jp/pr/09-0103/09-011.html
- ^ <空の玄関口>小松空港 新幹線に苦戦(読売新聞 2016年2月14日)
- ^ [北陸新幹線の陰で危機に瀕する、富山空港の粘り腰](ダイヤモンド・オンライン 2016年1月5日)
- ^ 小松−羽田便、全日空が減便(福井新聞 2016年3月26日)
- ^ 2016年度 ANAグループ航空輸送事業計画を策定(ANAプレスリリース 2016年1月20日)
- ^ 2016年3月27日~2016年10月29日ご搭乗分の国内線運賃の一部変更を届出(ANAプレスリリース 2016年1月20日)
- ^ タイガーエア・台湾、小松〜台北/桃園線を開設 来年1月18日から週2便
- ^ “ORC/ANA 共同リリース ORCとANAのネットワークがさらに広がります!~ ORCが開設する1路線で、ANAとのコードシェアを開始します ~ (PDF)”. オリエンタルエアブリッジ・全日本空輸 (2018年8月21日). 2018年9月26日閲覧。
- ^ a b 小松空港について(小松空港協議会 / 小松空港国際化推進協議会)
- ^ オリエンタルエアブリッジ、10月下旬から福岡/小松線に新規開設FlyTeam 2018年8月21日付
- ^ “平成28年度の航空輸送統計の概況について” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省, (2017年3月3日)上位50位までを記載
- ^ 『設立50周年記念誌 翼広げて50年』154および155ページ - 北陸エアターミナルビル(2010年10月発行)
- ^ 日米安全保障条約第6条に基づく施設及び区域、日米地位協定第2条第4項(b)の適用による
- ^ イカロス出版 Jwing No.43 2002年3月号 89頁 「行くぞ!NEWSマン 自衛隊NEWS」
- ^ 周辺対策の主な出典は
大阪防衛施設局「小松飛行場 その運用と周辺対策等」『調和 基地と住民』2005年3月 - ^ 防衛施設庁算出法によるWECPNL
- ^ 例:住宅防音工事(民防工事) Archived 2011年10月19日, at the Wayback Machine. 『アイホーム』ウェブサイト内
防音工事はどういう工事? 小松市の工務店 (有)宮田建設 ~現場便り~ 2009年4月4日
民間防音工事 伊藤建築 - ^ “事業仕分けが影響、「仕事ない」 小松基地防音対策で業者”. 47NEWS. 北國新聞. (2010年6月22日) 2012年12月3日閲覧。
- ^ 大阪防衛施設局「小松飛行場 その運用と周辺対策」『調和 基地と住民』1997年9月15日
- ^ 「防衛施設庁、小松市に防音堤計画を説明」『日経新聞』北陸面 1976年1月31日
- ^ 「防衛庁、小松基地へのファントム来週配置を石川県など関係市町村に通告」『日経新聞』1976年8月14日朝刊
- ^ “小松市会議”. 平成12年第1回定例会. (2000-3-8)
- ^ 月岡秀文「航空機騒音はどう変わったか? 防衛施設周辺の事例」『騒音制御』Vol31,No.2 2007年
本節で述べた機材更新の影響はほぼこの記事を参考とした。 - ^ “小松基地訴訟・騒音を放置していいのか”. 琉球新報 (琉球新報社). (2007年4月17日). オリジナルの2017年4月9日時点によるアーカイブ。 2017年4月9日閲覧。
- ^ 鳩山由紀夫 (2009年12月1日). “米軍の航空機騒音に係る訴訟における損害賠償金等に関する質問に対する答弁書”. 質問主意書答弁書. 防衛省. 2012年12月3日閲覧。
- ^ 小松基地所属F-15の機外タンク落下について
- ^ 理由は朝ドラ? 小松基地、飛行訓練が10分早まる朝日新聞デジタル2015年12月18日10時39分配信(2015年12月22日閲覧)
- ^ 空自小松基地 訓練開始前倒し 朝ドラに配慮 /石川毎日新聞2015年12月19日配信(2015年12月22日閲覧)
参考文献[編集]
- 歴史・年表
- 『設立50周年記念誌 翼広げて50年』 - 北陸エアターミナル(2010年10月)
- 『基地と空港に関する資料 基地と小松 平成25年度』 - 小松市行政管理部飛行場課(2013年)
- 「小松飛行場 - その運用と周辺対策 - 」『調和 基地と住民』1989年3月15日
- 「小松飛行場 その運用と周辺対策等」『調和 基地と住民』2005年3月
- 第8章6 航空自衛隊小松基地の沿革『安宅新町史』
- 『Cargo』(海事プレス社)2004年4月号、2008年6月号(いずれも小松空港特集)
関連項目[編集]
- 能登空港・富山空港 - ANAがマルチエアポートとして扱っていたが、2016年3月末をもって取り扱いを終了した。
- 森茂喜 - 周辺自治体の一つである根上町長。「10・4」協定の締結時の当事者の一人。
- 森喜朗 - 茂喜の長男で、第85代内閣総理大臣。カーゴルックス、エバー両航空便の誘致に尽力し、航空祭にも訪れている。また、森内閣時代に実施した新規公共事業の削減に福井空港のジェット化中止が盛り込まれ、小松空港集中化への布石となった。
- 航空自衛隊の基地一覧
- 小松海軍航空隊
- 救難員
- よみがえる空 -RESCUE WINGS-
外部リンク[編集]
- 小松空港公式サイト - 小松空港協議会
- 小松空港 Komatsu Airport - Facebook
- 航空自衛隊 小松基地
- 小松飛行場 - 国土交通省大阪航空局
- 小松空港 - 国土交通省北陸地方整備局金沢港湾・空港整備事務所
- 小松基地周辺の騒音対策 - 石川県環境部環境政策課
| ||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||