ラジオパーソナリティ

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ラジオパーソナリティradio personality)とは、一部の英語圏[1]および日本[2]において、ラジオ番組司会進行する者のことを指す言葉である。日本のラジオパーソナリティの人名については、日本のラジオパーソナリティ一覧を参照。

概要[編集]

1950年代の米国で、ポップスをかけながら、トークをするラジオ司会者を指す呼称としてできたとされる[3]ディスクジョッキーに対し、トークを得意とし、番組の司会進行を行い、各種の情報をアナウンスする者のことを指すとされるが、明確な定義はなく、音楽を中心とした番組を対象にした場合、両者に明確な相違はない。1967年時点の日本においては、「パーソナリティーによる番組は、はっきりと若者を対象に、ラジオを通じて、話題を伝え、レコードをかけながら若者に語りかける[2]」と、のちの時代に比べてやや狭く定義されている。

personalityは「人格」や「個性」を意味し、和製英語におけるタレントと同義である。英語圏にはTelevision personalityという言葉も存在する。米国では、このような出演者の個性によって運営される番組の多くは「パーソナリティ・プログラム」と呼ばれる。パーソナリティ名のみを番組名とすることが多い[4]

日本のラジオパーソナリティ[編集]

発祥[編集]

NHK編『放送の五十年 昭和とともに』によれば、日本において放送用語としての「パーソナリティ」が公式に紹介されたのは、1965年3月、日本民間放送連盟の招待で来日した米国ラジオ広告機構の会長、エドモンド・バンカーの講演によって、とされている。バンカーは講演において「アメリカのラジオには“番組”は見当たらず、“パーソナリティー”が売り物になっている[2]」と述べた。

日本において「パーソナリティ」を最初に名乗った人物および事例については、以下の複数の説がある。すべてバンカーの来日と前後している。

オーナー説
1964年に放送開始した東京放送(のちのTBSラジオ)の番組『オーナー』における、3人の日替わり出演者(芥川也寸志小島正雄三國一朗)は、従来のディスクジョッキーや司会以上に個性があるという意味で、「パーソナリティ」と呼称された。社史によると、米国の事例から導入したという[5]
山谷親平説
1965年に『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)で山谷親平が、毎回の放送開始時に他者のアナウンスによって「パーソナリティは山谷親平さんです」と紹介された[6]のが最初だという。このときの山谷は自らパーソナリティを名乗ってはいない[6]とする説もある。
一方、福井放送アナウンサーの重盛政史によると、同局で1956年から1963年まで担当した『お早う皆さん』の時点で「すでにパーソナリティーと名乗っていた[7]」としている。重盛によれば、福井放送の当時の社長と山谷が米国の放送業界を視察した際に仕入れた言葉だという[7]。いずれにせよ、山谷は「実質的な意味での日本初のパーソナリティであったのは確かだ[6]」と高く評価されている。
オールナイトニッポン説
ニッポン放送の深夜番組オールナイトニッポン』の喋り手は、1967年の番組開始当初、ディスクジョッキーの略称の「DJ」と称していたが(オールナイトニッポン#番組黎明期・第1次黄金期(1967年 - 1972年)参照)、1969年頃には「パーソナリティ」を名乗るようになったという[8]
中村鋭一説
朝日放送の社史『朝日放送の50年』によれば、1971年に開始した『おはようパーソナリティ中村鋭一です』(ABCラジオ)で、中村鋭一が名乗ったのが最初とされる。
中村は、当時米国で「パーソナリティ・プログラム」が人気を博していたことを知った朝日放送の上司が「日本でもパーソナリティ・プログラムといえるような番組をやりたい」と同番組を企画し、当時朝日新聞への出向から戻ったばかりの自身に白羽の矢を立てた、とインタビューに答えている[6]

役割[編集]

  • リスナー(聴取者)が番組宛てに寄せた投稿を放送の中で紹介する
  • 様々な話題のフリートークを行う
  • 番組内に独立したコーナーがある場合に、その案内を行う
  • 番組に登場したゲストの話を聞く

別の呼称[編集]

各放送局によってさまざまな社内呼称がある。J-WAVEにおいての「ナビゲーター」など。

脚注[編集]

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  1. ^ 英語版参照。
  2. ^ a b c NHK編『放送の五十年 昭和とともに』 日本放送出版協会、1977年 pp.227-228
  3. ^ Field, Shelly. 2010. "Career Opportunities in Radio". Infobase Publishing. pp.2. ISBN 978-1-4381-1084-4 .
  4. ^ 『朝日放送の50年』(2000年)
  5. ^ 東京放送編『TBS50年史』 東京放送、2002年1月 p.212
  6. ^ a b c d 『東芝スーパーサウンドグラフィティ The History of the Radio』(ニッポン放送1989年1月1日[要高次出典]
  7. ^ a b 重盛政史のべしゃり寿司 2007年05月25日のネタ「山谷親平さん(その2)」(キャッシュ) 福井放送、2007年5月25日
  8. ^ 村野まさよし『深夜放送がボクらの先生だった』(実業之日本社

関連項目[編集]