堀尾正明

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ほりお まさあき
堀尾 正明
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 岡山県岡山市[1]
生年月日 (1955-04-24) 1955年4月24日(67歳)[2]
最終学歴 早稲田大学第一文学部哲学科
職歴 文学座附属演劇研究所→劇団俳優座映画放送部→NHKアナウンサー(北九州福岡大阪東京アナウンス室[2][3]
活動期間 1981年4月 -
(アナウンサーとして)
ジャンル 不定
配偶者 あり
公式サイト 株式会社 ノット・コミュニケーションズ(所属事務所)
出演番組・活動
出演中キャッチ!
出演経歴スタジオパークからこんにちは
NHKニュース10
サンデースポーツ
難問解決!ご近所の底力
江川×堀尾のSUPERうるぐす
イブニングワイド
100分de名著
Nスタ
土曜朝イチエンタ。堀尾正明+PLUS!
ビビット
誰だって波瀾爆笑

堀尾 正明(ほりお まさあき、1955年4月24日 - )は、日本フリーエグゼクティブアナウンサー司会者ニュースキャスターラジオパーソナリティ明海大学外国語学部客員教授(2018年より)、日本体育大学客員教授2014年まで)、エフエム戸塚取締役。元NHKエグゼクティブアナウンサー(局次長級)。

経歴[編集]

父親は鉱山技術者で、マンガンなどの鉱脈を探して全国を転々[4]岡山県岡山市で生まれ、山形県愛知県神奈川県と移り、中学から埼玉県大宮市(現:さいたま市)で育つ[4][5]埼玉県立浦和高等学校早稲田大学第一文学部哲学科卒業。中学生の頃は卓球部で大宮市の大会で優勝経験があり、高校生時代はサッカー部でレギュラー[4]。大学在学中に文学座附属演劇研究所に入り、研究生としてミュージカルに出演。その後、劇団俳優座映画放送部に所属し、『大空港』(フジテレビ系)で、東南アジアから来たマフィアの「ジミー」役としてなど、テレビドラマに出演したこともあった[4]

俳優座を退団後、1981年、26歳でNHKにアナウンサーとして入局。初任地はNHK北九州放送局。俳優志望だった経歴から1987年NHK福岡放送局制作九州五分間ドラマ「博多屋台ものがたり」や「博多ごりょんさん物語」に、九州の実力派劇団テアトルハカタと共に出演。「博多屋台ものがたり」では下川辰平と、「博多ごりょんさん物語」ではばってん荒川と競演した後、東京アナウンス室異動後は芸能畑を担当。1995年開始の『スタジオパークからこんにちは』の司会者となり、NHKの平日のワイド番組に5年間出演することで国民に広く知られる存在となった。

NHK大阪放送局時代では、新人アナウンサーの指導係も担当、有働由美子も指導した。この縁で、後の有働のNHK退職時に相談を受けた[6][7]

2000年からは、報道番組『NHKニュース10』のキャスターを担当。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件では、放送開始直後に第一報が入りニューヨークと中継を交えて伝えた。2002年には、『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』を担当しスポーツ畑へ、自国開催である「2002 FIFAワールドカップ」報道のメインキャスターを担う。その後もオリンピック関連の番組を担当。2007年に『サンデースポーツ』を降板、長く『難問解決!ご近所の底力』進行だった関係で「地域応援キャンペーン」担当となった。

2008年3月31日付でNHKを退職[8][9]。2008年8月に開催された北京オリンピックで、日本テレビのオリンピック中継番組メインキャスターを明石家さんま櫻井翔)と共に担当した。2014年まで日本体育大学客員教授も務める[10]。2008年10月には、同局『誰だって波瀾爆笑』・『SUPERうるぐす』の司会に起用された。また、同年10月4日からTBSラジオで自身の名を冠したラジオ番組『土曜朝イチエンタ。堀尾正明+PLUS!』を担当(2017年3月まで)。

2009年9月28日からはTBSテレビ平日夕方の報道・情報番組『イブニングワイド』の総合司会に就任。『誰だって波瀾爆笑』の収録に出るため、隔週木曜日で『イブニングワイド』を欠席していた。2010年3月21日に、NHKの「春“スタパ祭り2010”」の企画として、かつて『スタジオパークからこんにちは』で司会コンビを組んだ高見知佳との10年ぶりのコンビでトークショーを開催した。2010年3月29日からは、『イブニングワイド』をリニューアルした『Nスタ』の総合司会を担当(2017年3月まで)。2010年4月からは、NHK-BS『地球ドキュメント ミッション』の司会を担当(2011年3月まで)。精力的に各地での講演会にも出るようになり、2018年3月からは中京テレビキャッチ! 』金曜日レギュラーコメンテーターを担当。

人物[編集]

かつてはサッカーをプレーしており、高校時代はサッカー部に在籍していた。練習試合では岡田武史と知り合い、その後、堀尾がメインキャスターを務めたNHK「2002 FIFAワールドカップ」の特別番組に岡田が解説として出演するなど、親交がある。

プロ野球阪神タイガースと『冬のソナタ』のファンである[11]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

現在[編集]

過去[編集]

学生時代
  • 大空港 第53話「マフィアの恐怖!フラメンコダンサーの愛と死」(フジテレビ、1979年9月10日)- ジミー
NHK時代
フリー時代

テレビドラマ[編集]

  • 小さな巨人 - ゴーンバンクの顧問弁護士 五十嵐仁 (TBS、2017年4月 - 6月)
  • 陸王(TBS、2017年) - 「メトロ電業」製造部長 南原

舞台[編集]

ラジオ番組[編集]

CM[編集]

同期のアナウンサー[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 番組出演や一部のプロフィールでは埼玉県出身の表記があるものの、2010年に堀尾が当時総合司会を務めた『Nスタ』のネット局であるRSK山陽放送向けの番宣では岡山県出身と公言していた。[信頼性要検証]
  2. ^ a b c d e f g h 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』日外アソシエーツ、2004年6月、1024頁。ISBN 978-4-8169-1852-0 
  3. ^ 堀尾正明のプロフィール - Knot Communications - ノット・コミュニケーションズ”. ノット・コミュニケーションズ. 2015年7月22日閲覧。
  4. ^ a b c d 「阿川佐和子のこの人に会いたい」『週刊文春』、文藝春秋、2010年3月11日、 124頁。
  5. ^ 土曜朝イチエンタ。堀尾正明+PLUS!”. TBSラジオ&コミュニケーションズ. 2015年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月22日閲覧。
  6. ^ 元NHK堀尾アナ、有働アナから悩み相談受けていた」『日刊スポーツ』、2018年4月4日。2021年10月14日閲覧。
  7. ^ NHK先輩の堀尾正明、有働アナ退局「背中を押し続けた」昨夏から相談受ける」『デイリースポーツ』、2018年4月4日。2021年10月14日閲覧。
  8. ^ “報道資料 堀尾正明アナウンサーの退職について” (プレスリリース), NHK広報局, (2008年3月4日), オリジナルの2008年9月15日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20080915155249/http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/080304.html 2008年3月4日閲覧。 
  9. ^ NHKの堀尾正明アナが3月で退職へ”. 時事通信 (2008年3月4日). 2008年3月4日閲覧。[リンク切れ]
  10. ^ NHK退職の堀尾アナ、日テレ五輪番組担当」『日刊スポーツ』、2008年5月8日。2008年5月8日閲覧。
  11. ^ 堀尾アナ ヨン様出演拒否」『Sponichi Aneex』、2004年11月11日。オリジナルの2004-12-09時点におけるアーカイブ。
  12. ^ READPIA朗読劇『風の聲 〜妖怪大戦争 外伝〜』”. KADOKAWA. 2021年10月14日閲覧。
  13. ^ マクドナルドから、新レギュラーバーガー「グラン」が3種登場”. RBB TODAY (2017年4月3日). 2018年2月19日閲覧。
  14. ^ NHKアナウンサー史編集委員会編 編 『アナウンサーたちの70年』講談社、1992年、[要ページ番号]頁。ISBN 4-06-203232-5 

外部リンク[編集]