神奈川大学

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神奈川大学
横浜キャンパス
横浜キャンパス
大学設置 1949年
創立 1928年
学校種別 私立
設置者 学校法人神奈川大学
本部所在地 神奈川県横浜市神奈川区六角橋3-27-1
北緯35度29分6秒 東経139度37分14秒 / 北緯35.48500度 東経139.62056度 / 35.48500; 139.62056座標: 北緯35度29分6秒 東経139度37分14秒 / 北緯35.48500度 東経139.62056度 / 35.48500; 139.62056
キャンパス 横浜(神奈川県横浜市神奈川区)
湘南ひらつか(神奈川県平塚市)
学部 法学部
経済学部
経営学部
外国語学部
人間科学部
理学部
工学部
研究科 法学研究科
経済学研究科
経営学研究科
外国語学研究科
理学研究科
工学研究科
歴史民俗資料学研究科
法務研究科(法科大学院)
ウェブサイト 神奈川大学公式サイト
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神奈川大学(かながわだいがく、英語: Kanagawa University)は、神奈川県横浜市神奈川区六角橋3-27-1に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称神大(じんだい)を大学が公式に使用しており、「神大/JINDAI」を併記したいわゆる二段併記商標として2000年に商標登録(日本第4372633号および第4404030号)されている[1]

概観[編集]

大学全体[編集]

前身の旧制横浜専門学校は勤労青年の為の夜間部を設けた横浜初の高等教育機関であった。また、地方入学試験および給費生制度を戦前以来導入している。

建学の精神[編集]

建学の精神は、質実剛健積極進取中正堅実となっている。 創設者の昭和初期の政治家・衆議院議員米田吉盛は、1927年の金融恐慌により、農村は深刻な不況に見舞われ、1928年田中義一内閣の下での共産党党員の一斉検挙、治安維持法の改正など混乱した社会の中で、「民族の危機」を感じ、「自分と志を同じくする中正堅実な青年を一人でも多く育成する」という使命感を持っていた。因みに米田は太平洋戦争戦時下の1942年4月第21回衆議院議員総選挙で、大政翼賛会の推薦候補制度が導入される中、「政府が選挙に介入することは公選精神に反する」とし、非推薦で立候補、当選している。

また、建学の精神は横濱専門学校校歌(作詞:土井晩翠 作曲:岡野禎一 編曲:坂下滉)の歌詞にも、「一、近代日本の文化の曙光、初めてまばゆく照しゝ港、港に基おく吾等が母校、榮えよ 横濱専門学校 二、基は新たに昭和の御代に、四海の思潮の寄せくる時に経世実用めあてとなして榮えよ 横濱専門学校 三、狂と暗とは暫しの悩み正義は世界の力の本と信じて勉むる健兒のやどり榮えよ 横濱専門学校、四、祖国の誉世界の平和、目指して日に日に希望にみちて向上無窮の使命に進む榮えよ 横濱専門学校」などと歌われている。

学風および特色[編集]

創立当時の学科は法学科(法学部)と、商業理財科(商経学部)である。創設者の米田吉盛は自らも苦学した経験から、給費生制度を設け勤労学生を援助した。また「教育は教員にあり」という信念を持っており、中央大学の恩師・当時司法次官だった林頼三郎を横浜専門学校初代校長に招いた。当時、中央大学の講師として米田と知り合った樋貝詮三から資金面の援助を得た。一橋大学系会計学者太田哲三からは商業系の学科を開設するにあたって援助を得た。法律系の教授陣は米田の母校中央大学の教員と裁判官、そして、商業系の教授陣は東京商科大学(現、一橋大学)の教員が主流をしめていた。

横濱専門学校初代校長林頼三郎[編集]

横濱専門学校初代校長林頼三郎は、司法次官検事総長大審院院長、司法大臣等を歴任した人物であり、特に治安維持法の制定、施行に関与し「思想犯の社会からの隔離」を提言した人物として知られる。これは後の1941年(昭和16年)の新治安維持法において、行刑や思想犯保護観察法も絡め、予防拘禁として盛り込まれた。

横濱専門学校初代理事樋貝詮三[編集]

横濱専門学校初代理事樋貝詮三は、恩給局書記官、法制局参事官内閣恩給局長、保険院長官、第37代衆議院議長国務大臣、などを歴任した人物である。樋貝は資金面の援助のほか、用地選定には米田と同道し助言をしている。樋貝詮三は米田吉盛の最大の理解者であり米田は樋貝を兄のように慕っていたという。

また、横浜の財界人、上郎清助(貴族院議員)、渡辺利二郎(渡辺銀行取締役)、綿貫音次郎、渡辺金三、横打弥太郎らも資金面で協力し、評議会顧問に、馬場鍈一(貴族院議員、日本勧業銀行総裁)、山川端夫(貴族院議員)、評議員に小林一郎(中央大学教授)、西川一男(中央大学教授)、新保勘解人(大審院判事)、吾孫子勝(大審院判事)なども参画した。

その他、草創期の講師陣は錚々たるメンバーが集結したが、主に次の通り

  • 吉田久(民法・翼賛選挙無効判決宣告で知られる。裁判官、貴族院議員)
  • 平井彦三郎(刑法、著書に『刑事訴訟法要論』等)
  • 風早八十二(社会政策、日本における、所謂、マルクス主義法学の先駆者の一人)
  • 三浦義道(商法。著書に『獨逸簡易生命保險論』『保険法論』(1922年))
  • 神川彦松(政治学、国際政治学者。著書に『世界大戰原因論』等)
  • 中山伊知郎(経済原論。一橋大学系経済学者。日本における近代経済学の導入に貢献)
  • 山口茂(銀行論、経済学者。金融関係を中心とした和書810冊、洋書977冊の旧蔵書「山口文庫」)
  • 上原専禄(経済史、一橋大学系、専門は中世ヨーロッパ史、著書に『史心抄』『独逸中世史研究』等)
  • 向井鹿松(市場論。著書に『取引所の理論的研究』(1926年)、『配給市場組織』(1928年)、『経営経済学総論』(1929年)、『綜合取引所論』(1932年)、『流通総論―マーケティングの原理―』(1963年))
  • 太田正孝(財政学、大蔵官僚、政治家。大政翼賛会政策局長に就任。その後翼賛政治会常任総務、衆議院議員、参議院議員)、米田吉盛が衆議院選挙に立候補する際に、「君の考え(翼賛体制時に政府が選挙に介入するべきでないとした考え)は広く市民に訴えるべき」と助言したとされる。

貿易科[編集]

1930年、貿易科を設置。米田が設立時から構想していたもので、当時としてはユニークな学科であった。

横濱専門学校奨学会[編集]

1933年、米田は給費金の返還を必要とせず、卒業後の進路について一切拘束しないという魅力ある給費生制度を創設、給費母体の「横濱専門学校奨学会」の設立に奔走、政治家、財界等から錚々たるメンバーの参加を得る。この給費生制度は戦争中も途絶えることなく継続し、今日に引き継がれる。

商経法学会[編集]

教員の研究面も充実を図り、1938年「横浜専門学校商経法学会」を設置。研究紀要『商経法論叢』を創刊、若手の教員陣が論文を多数発表する。創刊時の論文を発表した教員は主に次の通り

  • 園田寛(経済原論。副校長、法経学部長、理事など歴任。『社會科學への道ーヒルファーヂング金融資本論解析』等)
  • 沼田嘉穂(会計学。特に簿記学の研究。文部省検定の中学校教科書『商業簿記』『工業簿記』『会計学』『簿記会計(I)(II)(III)巻』 その他著書に『固定資産会計』等)
  • 久武雅夫(商業数学。横濱専門学校初の専任教師。著書に『数理経済学序説』、『会計の数学』等)

商経法学会は法学部、経済学部の分離に伴い、法学会と、経済学会に分離し『商経法論叢』は『神奈川法学』と『商経論叢』になり今日に至る。 

工学三科の設置[編集]

横濱専門学校工学科(機械工学、電気工学、工業経営の工学三科)は、1931年の満州事変、1937年盧溝橋事件勃発と、日本が中国との泥沼の全面戦争に踏み込み戦争に伴う軍需工業と重化学工業の需要が高まる中、日本政府は工業技術者養成機関の大拡張政策を推進する状況の中で、当時、法学部の産業管理及び能率論の講師だった経済学者上野陽一の提言により、「国策遂行ノ為メ、生産力拡充ノ要ハ焦眉ノ急ナリ、然ルニ斯界ノ実状必ズシモ安恕タリ得ズ、之本校ガ微力ヲモ顧ミズ増設ヲ発起セシ所以ナリ。」という政府の要望に答える形で、「日支事変による時局進展と共に各工業部門の拡大と相俟って必然的に問題化されてきた技術員特に、高等技術員の不足を補充し併せて専門学生として人格を陶冶し国体観念を涵養する目的」(「横専学報」第81号)をもって設置し、横浜高等工業高校(現、横浜国立大学工学部)の有力教員を引き抜いて構成された。

教育および研究[編集]

  • 日本で唯一の歴史民俗資料学研究科が大学院に設置されている。
  • 外国語学部スペイン語学科では、副専攻として「英語コミュニケーション特修副専攻」を履修でき、国際文化交流学科の単位を一定以上修得すれば副専攻コース修了証書を得ることができる。
  • 工学部は前述の工学三科が礎であるが、現在では、情報システムや生命化学など時代に対応した先端テクノロジーの分野の学科を設置している。宇宙エレベータープロジェクト、宇宙ロケット研究等も行う。[2][3]
  • 理学部の近年の研究では人工細胞の研究などが注目される
  • 各種研究のプロジェクトチームを結成している、近年では乳化に使用する界面活性剤量を圧倒的に減らせるとして注目される三相乳化技術(ソフトカプセルエマルション)を用いた産学連携事業などがある。[4]
  • 神奈川大学の特許出願件数は2016年20件(取得10件)(公報(公開特許公報,特許公報)に基づく)であり、比較的健闘している。[5]
  • 経営工学科 は高度経済成長期、時代に先駆けて誕生し、日本の産業界に貢献する数多くの技術者を輩出。早稲田大学と並ぶ経営工学科の双璧であり、北岡正敏(工学博士・経営工学)が「韓国のベトナムにおける戦争犯罪」を研究し、常石敬一(経営学部・科学史)の「731部隊」「毒ガス」「生物化学兵器」研究など、軍事史分野を研究する教授がいる。
  • 法学部には、1995年に設置された自治行政学科があり、実際に自治体の行政に携わってきた実務経験者を講師に招いて講義を行っており就職では国家公務員、地方公務員、自衛官、警察官、消防官となる者も多い[6][7]

沿革[編集]

初代横浜専門学校校長林頼三郎司法次官検事総長大審院長司法大臣を歴任
創立時の費用を援助した樋貝詮三衆議院議員、第37代衆議院議長、法学者
澁澤敬三のアチック・ミューゼアム・ソサエティ(日本常民文化研究所)は1982年に神奈川大学に移設、研究が引継がれる。第十六代日銀総裁、第49代大蔵大臣、民俗学者

略歴[編集]

1928年米田吉盛が横浜市中区桜木町に、林頼三郎樋貝詮三太田哲三らの協力を得て、横浜学院を開設した。その後、1929年専門学校令によって横浜専門学校となる。横浜専門学校は、勤労青年の為の夜間部を設けていたが、これは高等教育機関としては横浜初のことであった。所在地は横浜市中区桜木町であった。1930年、当時東急東横線の開通で発展の見込まれた横浜市神奈川区六角橋の字・宮面の丘陵に移転し、現在に至る。移転当時、付近は田畑の広がるのどかな田園地域だった。

現在の校名は第二次世界大戦後の学制改革による大学昇格時に決定した名称である。横浜専門学校と官立の新制大学(前身は横浜経済専門学校横浜工業専門学校神奈川師範学校神奈川青年師範学校)と横浜市立の新制大学(前身は横浜市立経済専門学校)がともに「横浜大学」を名称として申請したため、3校において協議を行うこととなった。その結果、各校が譲歩し「横浜大学」の名を使用しないことを決定した。その際、官立の新制大学は「横浜国立大学」、横浜市立の新制大学は「横浜市立大学」とすることとなり、横浜専門学校は「神奈川大学」を名乗ることとなった。

年表[編集]

  • 1928年 米田吉盛が横浜市中区桜木町に横浜学院を開設
  • 1929年 専門学校令により横浜専門学校(法学科、商業理財科)を開設
  • 1930年 六角橋校地(現在の横浜キャンパス(横浜市神奈川区六角橋)へ移転
  • 1939年 工学系の3学科(機械、電気、工業経営)を新設
  • 1945年 GHQによって一時的に六角橋校地が接収されたため、大倉山大倉精神文化研究所三ツ沢県立第二横浜中学校(現横浜翠嵐高校)にて授業を再開する(翌年まで)
  • 1949年 学制改革により新制神奈川大学(商経学部、工学部)に移行
  • 1950年 商経学部を法経学部に改称。短期大学部(商科、法科)開設
  • 1951年 横浜専門学校最後の卒業式を行い、廃止
  • 1959年 第二工学部を新設
  • 1965年 外国語学部を新設。法経学部を法学部と経済学部に分離、独立
  • 1967年 大学院法学研究科、経済学研究科、工学研究科を開設
  • 1969年 短期大学部の商科を商学科、法科を法学科に改称
  • 1985年 神奈川大学附属中・高等学校開設
  • 1986年 創立60周年記念事業として平塚キャンパスの建設に着手。その準備として国際経営研究所と知識情報研究所(現・総合理学研究所)を設置
  • 1988年 外国語学部に中国語学科を増設
  • 1989年 平塚キャンパス開設。経営学部国際経営学科、理学部情報科学科、化学科、応用生物科学科を開設
  • 1990年 大学院工学研究科機械工学、電気工学、応用化学、建築学専攻に博士課程開設
  • 1991年 大学院工学研究科経営工学専攻に修士課程開設
  • 1992年 大学院外国語学研究科英語英米文学、中国言語文化専攻修士課程開設
  • 1993年 大学院歴史民俗資料学研究科歴史民俗資料学専攻、理学研究科情報科学専攻、化学専攻を開設、生物科学専攻修士課程、大学院工学研究科経営工学専攻博士課程を設置
  • 1994年 工学部の工業経営学科を経営工学科に名称変更
  • 1995年 大学院経営学研究科国際経営専攻、理学研究科情報科学専攻、化学専攻、生物科学専攻、歴史民俗資料学研究科歴史民俗資料学専攻博士課程設置。法学部に自治行政学科を増設。短期大学部に専攻科商学専攻を増設
  • 1998年 創立70周年記念事業として横浜キャンパス再開発計画を開始
  • 2001年 平塚キャンパスを湘南ひらつかキャンパスに改称。理学部の応用生物科学科を生物科学科に、工学部第一部・第二部の電気工学科を電気電子情報工学科に名称変更
  • 2002年 横浜キャンパス再開発計画完了。短期大学部、同専攻科廃止
  • 2003年 大学院工学研究科の電気工学専攻を電気電子情報工学科に名称変更
  • 2004年 法科大学院法務研究科法務専攻開設。みなとみらいエクステンションセンターを開設
  • 2006年 人間科学部人間科学科、外国語学部に国際文化交流学科、理学部に総合理学プログラムを増設。経済学部の貿易学科を現代ビジネス学科に、工学部の電気電子情報工学科を電子情報フロンティア学科に、応用化学科を物質生命化学科に、経営工学科を情報システム創成学科に名称変更。第二部は募集停止。法学部と経済学部は昼夜間教育制度を導入
  • 2008年 湘南ひらつかキャンパス内建物の番号を1号館からの通し番号に変更(4月1日より実施)[8]
  • 2012年 理学部に数理・物理学科、工学部に経営工学科と総合工学プログラムを増設、工学部電子情報フロンティア学科を電気電子情報工学科に名称変更
  • 2016年 2017年度入試より給付型の奨学金「神奈川大学予約型奨学金」を新設すると発表 [9]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 横浜キャンパス(神奈川県横浜市神奈川区)
  • 湘南ひらつかキャンパス(SHC; 神奈川県平塚市)

各キャンパスの詳細についてはキャンパスの項を参照

象徴[編集]

  • スクールカラーは紫紺色である。もともとは「プラウドブルー」の呼称はなく、神奈川大学でも紫紺色と広報してきたが、箱根駅伝の実況でプラウドブルーと連呼された結果、現在では大学公式サイトでも「プラウドブルー」も表記されるようになった。
  • 神奈川大学の英名略称であるKUを図案化したシンボルマークは各種学生スポーツ、大学施設案内などで使用されている。ただし、一部の部活の団旗や附属学校の校章は緑地に六角菊の紋章を使用している。
  • 大学のマスコットキャラクターは「Mr.JIN」(JINDAIのJIN)と「Ms.KANA」(神奈川大学のKANA)。神奈川県の鳥「カモメ」をイメージしたもの。

校歌[編集]

神奈川大学校歌

作詞:神保光太郎 作曲:高田三郎 編曲:真島俊夫 創設者米田吉盛の「国際的な世界市民の養成」の願いが込められている

横濱専門学校校歌

作詞:土井晩翠作曲:岡野禎一編曲:坂下滉。創設者米田吉盛の横濱専門学校設立の願いが込められている

第一応援歌「久遠の覇者」(くおんのはしゃ)

作詞:松村祐一 作曲:川上博正 昭和22年頃、当時の應援団長の提案で、学生自治会が学生から公募して生まれた応援歌であり、神奈川大学校歌が制定されるまでは校歌の代わりに歌われていた。(一部では第二の校歌とも呼ばれる。)

第二応援歌「力と技を」

作詞:河原正信 作曲:陸軍戸山學校軍楽隊 陸軍戸山學校軍楽隊作曲による勇壮でリズミカルな応援歌

第三応援歌「勝利に進め」

作詞:丹羽高志 作曲:真島俊夫 神奈川大学創立60周年を記念して作られ、歌詞は学生から一般公募された

応援歌「ノーエ節(のうへいぶし・のーえぶし)」

作詞:神奈川大学應援團 作曲:静岡民謡。 静岡県三島市民謡として知られる「農兵節(のうへいぶし・のーえぶし)」が元、農兵の訓練にも使われた曲を神大生の心意気の歌詞に変えた歌

寮歌 「宮面ヶ丘寮歌」(みやもがおか りょうか)

作詞・作曲:中濱基夫。 かつて六角橋に建っていた宮面寮寮生の歌。 選手を送り出す際に円陣を組んで日本酒を回し飲みしながら斉唱していた

駅伝応援歌「箱根の山」(「滝廉太郎作曲の「箱根八里」の変え歌)

作詞:;鳥居枕 作曲:滝蓮太郎

「神奈川大学應援團 團歌」

作詞:神奈川大学應援團、作曲:永井建子「元冠」。 軍歌「元冠」(1892年)の変え歌

「横浜學生應援團連盟歌」

作詞・作曲:横浜學生應援團連盟

教育および研究[編集]

組織[編集]

学部[編集]

1929年 専門学校令による横浜専門学校(法学科)が礎。昭和40(1965)年4月に発足。当時、神奈川県下の大学では唯一の法学部

1929年 専門学校令による横浜専門学校(商業理財科)が礎

1929年 専門学校令による横浜専門学校(商業理財科)が礎

大学院[編集]

日本で唯一の学科である。第16代日銀総裁、民俗学者でもあった澁澤敬三が1921年に創立したアチック・ミューゼアム・ソサエティを母体

短期大学部(廃止)[編集]

詳細は

短期大学部は2002年度に廃止された。

附属機関[編集]

  • 付属機関
    • 法学研究所
    • 経済貿易研究所
    • 国際経営研究所
    • 人文学研究所
    • 言語研究センター
    • 総合理学研究所
    • 工学研究所
    • 日本常民文化研究所
    • 図書館
日本常民文化研究所[編集]

日本常民文化研究所は、澁澤敬三が1921年に創立したアチック・ミューゼアム・ソサエティを母体として設立された研究機関で1982年に神奈川大学の附属機関となった。日本の民衆文化や市井の生活を調査分析する研究機関として民俗学の研究家の間では高い評価を受けている。

図書館[編集]
横浜図書館
横浜キャンパス図書館の自習スペース

神奈川大学の図書館は横浜キャンパスに横浜図書館が、湘南ひらつかキャンパスに平塚図書館が設置されている。2010年4月現在で、横浜図書館には約100万冊、平塚図書館には約18万冊の蔵書が存在している[10]。互いの図書館の書籍を借りることもできる。

また、横浜図書館には金融関係を主にした約2,400冊から構成される「山口文庫」が存在しており、現代の日本では他の大学図書館にはあまり存在していないフランスの原典が含まれている。

平塚図書館は湘南ひらつかキャンパス開学時には平塚図書室として設置されたが、11号館建設とそれに伴う1号館のリニューアル工事に伴って拡張されたことにより、2010年4月から現在の名称に変更された。

研究[編集]

21世紀COEプログラム[編集]

21世紀COEプログラムは以下が採択されている。

  • 採択1件
  • 2003年
学際・複合・新領域
人類文化研究のための非文字資料の体系化

学生生活[編集]

学生運動[編集]

'70~'80年代のサークル長屋は駐輪場に…
  • 横濱専門学校時代

横濱専門学校(神奈川大学)は東京専門学校(早稲田大学)に対抗していた風潮があり横専対東専と称して喧嘩に明け暮れていた俗に言うバンカラ校でもあった。現在の神奈川大学應援團はその流れを汲んでいる

  • 全学連運動

神奈川大学の学生運動は全学自治会を社青同解放派(ヘルメットは青色に、反帝学評の文字)が握る。塩川喜信(全学連運動中期、元全日本学生自治会総連合(全学連)委員長)の妻塩川啓子(けいこ、全学連委員長)が60年代末、神奈川大学の非常勤講師であり、神奈川大学は70年代に藤本陽一、北條秀輝全学連委員長を出すなど社青同解放派全学連の最大拠点校の一つであった。1968年原子力空母エンタープライズ (CVN-65)寄港阻止支援カンパ問題(佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争)から学生運動が起こり、教授団と学生が討論会を開く。1973年9月14~15日 深夜、新学期の直前、早稲田解放闘争の継続を恐れた早稲田大学生等の革マル派150名が「九・一五ミッドウェイ (空母) (USS Midway, CVB/CVA/CV-41) 母港化反対闘争」の為に神奈川大学に泊り込んでいた解放派部隊約50人に4時間にわたり夜襲をかける(警察は介入しない、黙認?)。この結果、解放派部隊のほとんどが入院という大きな打撃を受け、反撃された革マル派東京大学生と国際基督教大学生計2名が死亡(神大内ゲバ殺人事件)。当時の内ゲバ事件の目撃者には当時学生の歌手浜田省吾(法学部・中退)もいた。火炎瓶が飛び交い、傷ついた学生達がキャンパス内に転がり、多くの死傷者を出した暴動を朝まで見続け「もうすべてが終わった」と実感したという。尚、浜田省吾は後に楽曲『遠くへー1973年・春・20才』で歌っている。 1974年の横浜国大内ゲバ殺人事件では神奈川大学の学生が内ゲバの被害者になっている。1970年代後半、学費値上げ阻止闘争の大衆団交で「学生運動初、値上げ決定後に白紙撤回」を勝ちとった。しかし、1981年の狭間派と労対派の分裂により、執行部は狭間派が握るが、通称:4.20グループら学内多数派が滝口弘人労対派)らのグループにつくことで弱体化し、1996年に内ゲバ殺人事件に絡む機動隊の強制突入により全学自治会は潰される。二部の自治会はノンセクト系。

  • 民族派

一方、民族派としては「全国学生自治体連絡協議会」(全国学協)に参加し、1970年に三島由紀夫と共に三島事件を起こし憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた「楯の会」の伊藤邦典(1期生)、古賀浩靖(法学部)、小賀正義(工学部)らもいた。神奈川大学は民族派学生の拠点校でもあった。

  • 自治会は前述の1996年過激派解放派)による國學院大學横浜たまプラーザキャンパスで起こった革マル派学生への内ゲバ殺人事件に絡む機動隊の強制突入により、全学自治会が大学内から追放されて以来、大学によって結成を禁止されている。
    • そのため、現在部活・サークルを統括する団体は体育系の部活が所属する体育会本部のみ存在する。
  • 六角橋商店街では4月の第3土曜日に「神大ナイト」と称した、神奈川大学の学生によるイベントが行われていたことがある。
  • 湘南ひらつかキャンパスでは1997年2007年に、後述の平塚祭の他、障害者を招待して毎年3月に「交流祭」を開催していた。

部活動・クラブ活動・サークル活動[編集]

神奈川大学では、スポーツ系や文化系など合計180以上のサークルが日々活動を行っている

  • 神大フェスタ実行委員会-全学自治会がない神奈川大学では学園祭の実行委員会が存在
  • 吹奏楽部1963年以降、全日本吹奏楽コンクール大学の部で金賞を23回受賞しており、ほぼ毎回上位に位置している。また、神奈川大学吹奏楽部の演奏を収録したCDも一般のレコード店で販売されており、これは大学の吹奏楽部としてはかなり珍しい。さらに海外での活動も盛んで全米吹奏楽指導者協会のクリニックに招待されているほか、欧州を舞台に公演実績を持っている。
  • 神奈川大学ポピュラー音楽部からは9mm Parabellum Bullet等のバンドが卒業している
  • 神奈川大学混声合唱団クール・アンジェ 創立40年を迎える合唱団
  • 神奈川大学ギターアンサンブル部 神奈川大学フォークギターサークル「フォークス」
  • 神奈川大学演劇部・サークル 「劇団雨ん坊」「はこぶね」「Move and Act Players」等が活動
  • 神奈川大学軽音楽部 「N.M.K」「ロックス」
  • 神奈川大学管弦楽団・ビッグバンドジャズサークル 昭和35年から続く「College Sounds Orchestra」
  • 神奈川大学マンドリンアンサンブル
  • 神奈川大学ラテン音楽愛好会
  • 神奈川大学放送研究会(KBAS) アナウンス課、台詞(だいし)課、ラジオ課、映像課、神奈川大学放送サークル「KUBC」
  • 神奈川大学アカペラサークル 「JACK」
  • 神奈川大学映画製作サークル 「CLAPPER」「神奈川大学映画研究部」「神奈川大学映像研究会(準公認)」
  • 神奈川大学英会話サークル「Engl」英語研究部(E.S.S.)
  • 神奈川大学児童福祉ボランティア「SUNS」
  • 神奈川大学ボランティアサークル「ぼらぷら神奈川大ボランティアサークル」「環境・福祉ボランティアGLOBAL YEN LEAP」「手話サークル303」「国際ボランティア学生協会(IVUSA)」
  • 神奈川大学防犯サークル「K.C.C.」
  • 神奈川大学歴史サークル「あさきゆめみし」
  • 神奈川大学バイクツーリングサークル「RING-Ⅱ」
  • 神奈川大学料理サークル「Well done」
  • 神奈川大学軍事演習・サバゲーサークル「AMMO-BOX」
  • 神奈川大学理科学系サークル「神奈川大学通信工学・無線研究サークル」「環境科学テクノサークル」
  • 神奈川大学活動サークル「猫の手」「ジンダイイノベーション横浜」「ISCA(神奈川大学国際学生交流委員会)」
  • 神奈川大学サブカルサークル 「神奈川大学模型研究会」「神奈川大学サブカルチャー研究会」「ゲームサークル KFGC」「ポケモンラボ」「TRPGサークル神大ルーデンス」「現代視覚文化研究会DESIRE」「神奈川大学ジャーナリズム文学研究部」インドアサークル「KOS団」
  • 神奈川大学冒険部「神奈川大学アドベンチャークラブ」1966年創部。冒険好きの集まり、川下り、山登り、沢登り、サイクリング、秘宝探索、トレッキング、ラフティング大会参加等、
  • 神奈川大学釣部 OBのコミュニティ有り、復活希望
  • 神奈川大学弁論部、弁論サークル「Debate and Discussion(通称D.A.D)」
  • 神奈川大学落語研究会 今はない。山本文緒が所属していたという
  • 神奈川大学将棋部 関東大学将棋連盟に加盟
  • 神奈川大学書道部 神大フェスタ期間中に「神書祭」を企画
  • 神奈川大学囲碁部 学生王座戦ネット本戦等に参戦
  • 神奈川大学茶道研究部 横浜三溪園内鶴翔閣などで、茶会形式練習
  • 神奈川大学写真研究部 神大フェスタ期間中に展示会を企画
  • 神奈川大学ジャズ研究所 馬車道まつりなどでセッション
  • 神奈川大学鉄道研究部
  • 神奈川大学美術研究部 夏展、クリスマス展を開催、その他横浜各所にてアート制作、神大フェスタメインステージ看板を制作
  • 神奈川大学文藝部 年に数回、部誌「燕雀」等を発行
  • 神奈川大学漫画研究部 神大フェスタ内でイラスト展示、似顔絵を企画。尚、漫画研究部OBには『エルフェンリート』作者岡本倫がいる。
  • 神奈川大学作画研究会 年に数回部誌を発行
  • 神奈川大学会計学研究部 
  • 神奈川大学中国研究部『起飞』 毎週Chinese Express(中国語会話勉強会)を開催
  • 神奈川大学法律サークル「横浜蒼碧法律会(蒼法会)」、「法律家のたまご」、「私法研究部」
  • 神奈川大学航空工学研究部 過去に鳥人間コンテストに応募
  • 神奈川大学自動車工学研究部
  • 神奈川大学学生フォーミュラチームKURAFT 全日本学生フォーミュラ大会EVクラス初参戦に向け、製作に励んでいる。
  • 神奈川大学宇宙ロケット部 平塚キャンパス等で超小型ハイブリッドロケットエンジン燃焼実験、能代宇宙イベント等でロケット打ち上げ実験等
  • 神奈川大学内燃機関研究部(神奈川大学バイク部)ツーリング、バイク整備など
  • 神奈川大学メカニカルデザイン部
  • 神奈川大学エスペラント語研究会※エスペラント(Esperanto)とは、ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語
  • 神奈川大学天文サークルDr.Grip 不定期に天体観測、昼会
  • 神奈川大学プロレス研究会(KUWF)-創設30年!!尚、神奈川大学出身のプロレスラーに蝶野正洋

スポーツ・体育会[編集]

また、神奈川大学・横浜FC・神奈川区共催で「親子サッカークリニック」とし小学生らにサッカーを教えるイベント等開催。

  • 女子サッカー部 神奈川県リーグ戦、クリスマスカップ等に参戦。OGには、なでしこジャパンロンドン五輪銀メダル矢野喬子松岡実希岡山湯郷Belle)等
  • 水泳部には北京五輪競泳平泳ぎ100m、200mと400mメドレーリレーの3種目で代表・種田恵(経済)などがいる。
  • アーチェリー部
  • 合気道部  全日本合気道演武大会等に出場、滋賀大・お茶大・東洋大・神大の4校合同稽古、夏合宿等の活動
  • 空手道部  全日本大学空手道選手権大会、関東大学空手道選手権大会 神奈川県大学空手道選手権大会等に参戦
  • 弓道部 全日本学生弓道選手権大会、関東学生弓道選手権大会秋リーグ、神奈川県学生弓道連盟リーグ等に参戦
  • 剣道部 全日本学生剣道オープン大会、関東学生剣道大会等に参戦 教士七段小松幸円顧問、教士七段伊藤龍紀監督率いる
  • 硬式庭球部 関東大学テニスリーグ 等に参戦
  • ゴルフ部 関東大学リーグ等に参戦 平塚キャンパス練習場、グリーンパール練習場、山もゴルフ練習場、伊勢原カントリークラブ等で練習
  • 山岳部、山岳競技ボルダリング等に取り組んでいる
  • 柔道部
  • 準硬式野球部
  • 少林寺拳法部
  • スキー部 全日本学生スキー選手権大会(インカレ)等に参戦 長野県白馬村、野沢温泉村等で合宿など活動
  • スケート部(アイスホッケー部門)関東大学アイスホッケーリーグ戦に参戦
  • スケート部(スピード部門)
  • スノーボード部「Snowy」全日本学生スノーボード協会(略称SSBA)所属 全日本学生スノーボード選手権大会参戦
  • 体操部 東日本学生体操競技グループ選手権大会、16大学対抗体操競技交流大会霜月杯等に出場
  • 卓球部 全日本大学総合卓球選手権大会等に参戦
  • テコンドー部 東京都テコンドー選手権大会等に参戦、OBにK-1選手尾崎圭司等がいる。
  • トライアスロン部 カーフマンジャパンデュアスロングランプリに参戦
  • 軟式庭球部 関東学生リーグに参戦
  • 軟式野球部 東都学生軟式野球リーグ戦等に参戦
  • 男子バスケットボール部
  • 女子バスケットボール部
  • バドミントン部 関東大学春季、秋季リーグ等に参戦
  • バレーボール部 関東大学バレーボールリーグ等に参戦
  • 女子バレーボール部 関東大学バレーボールリーグ等に参戦
  • ハンドボール部
  • 平塚軟式野球部
  • ボクシング部
  • ボディビル部 関東学生パワーリフティング選手権大会等に出場
  • ヨット部 関東学生ヨット選手権大会、全日本学生ヨット選手権大会等に参戦 江ノ島、葉山で活動
  • 男子ラクロス部 関東学生リーグ戦に参戦
  • 女子ラクロス部 関東学生リーグ戦に参戦
  • レスリング部 東日本大学レスリング・リーグ戦等に参戦
  • 應援指導部 応援歌ノーエ節等の伝統的な演舞を箱根駅伝などで披露している。毎年11月にカレッヂ・サウンズ・オーケストラ、チアリーディング部と共に濱菊祭と称する演舞会を開催している。
  • チアーリーディング部「WILDCATS」 関東チアリーディング選手権大会等に参戦、
  • フットサルサークルは大学公認チーム等がいくつか存在する。

2013年、2014年、2015年と3年連続で神奈川大学学長杯 KICK THE MINE CUPとし、横浜Fマリノスとの協賛で地雷除去キャンペーンのチャリティイベントを開催している

  • ウィンドサーフィン部 2012年11月より横浜市立大学、東京海洋大学、県立保健福祉大学の4大学合同で三浦、津久井浜、逗子等活動中
  • 舞踏研究部(競技ダンス部)(AKDC)
  • フラメンコ部 「LOS GATOSロス・ガトス」ヨコハマ大学まつり等で舞踊を披露
  • ダイビング(インカレ))サークル「OceanKIDs」「DECO DIVE」には神奈川大学も参加
  • サイクリング愛好会
  • その他、スポーツ系サークルが数多く存在。

大学祭[編集]

神奈川大学では他大学が「学園祭」と呼んでいるイベントを「大学祭」と総称している。大学側としては、学年暦に含まれる祭を「大学祭」と称し、大学側公認前の祭を「学園祭」と区別していたことがある。そのため、本記事ではかつて開催されていた学園祭とは別であることを示すために節名を「大学祭」としている。後述のとおり1996~1998年は横浜キャンパスでの学園祭が中止され、湘南ひらつかキャンパスのみで学園祭が行われていた。

神大フェスタ[編集]

横浜キャンパスで開催されている大学祭である。 横浜キャンパスでは古くから「海神祭」(わだつみさい)の名前で学園祭を11月3日前後に開催されていたが、前述の全学自治会追放により、1996年より開催が中止されている。 その後横浜キャンパスの学生で組織される神大フェスタ実行委員会が結成されて、1999年より学生主体のイベントとしてスタート、2005年には大学公認イベントとなった。湘南ひらつかキャンパスとの交流を考慮して、後述の平塚祭とは別日程を組んで開催されている。

平塚祭[編集]

湘南ひらつかキャンパス開設と共に大学の協力も得て立ち上げた大学祭、湘南ひらつかキャンパス学生により結成される平塚祭実行委員会により運営、実行されている。1992年開催の第4回まで「どんちゃん祭」と称し、1993年の第5回から現在の名称となる。2005年より大学公認となった。

1993年以降は平塚祭期間中に湘南ひらつかキャンパス卒業生・湘南ひらつかキャンパス教職員経験者を招待する「ホームカミングデー」(2008年までは「ホームカミングパーティー」と呼称)を開催している。2009年は湘南ひらつかキャンパス開設20周年式典が開催された関係で、式典出席者を交えた懇親会が「ホームカミングデー」を兼ねて開催された。期間中の1日昼間に開催している。

  • テーマ・開催日(どんちゃん祭)
    • 不明
  • テーマ・開催日(平塚祭)
  • イベント
    • お笑いLIVE
    • 綱引き大会
    • スタンプラリー
    • 理学部オープンラボ
    • 子ども企画
    • ビンゴ大会
    • 平塚祭花火大会
      • 第20回頃から花火大会を開催するようになり、ビンゴ大会終了後に約10分間打ち上げられる。花火大会開催時間帯は5号館(クラブ棟)・7号館(第二クラブ棟)~3号館(体育館)エリアが立入禁止となる。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

同窓会は「宮陵会」(きゅうりょうかい)と称す。また、保護者組織としての後援会がある。

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

キャンパス[編集]

横浜キャンパス[編集]

横浜キャンパス公開空地と1・8号館 通用門横の石碑
横浜キャンパス公開空地と1・8号館
通用門横の石碑
横浜キャンパス中庭 オープンキャンパス時の10号館食堂
横浜キャンパス中庭
オープンキャンパス時の10号館食堂
  • 旧称は「六角橋校地」
  • 使用学部:法学部、経済学部、外国語学部、人間科学部、工学部、第二法学部、第二経済学部、第二工学部
  • 使用研究科:大学院法学研究科、法務研究科(法科大学院)、経済学研究科、外国語学研究科、工学研究科、歴史民俗資料学研究科
  • 使用附属施設:日本常民文化研究所および常民研参考室(歴史民俗資料学研究科)
  • 交通アクセス:
    東白楽駅からも13分程度で正門に到着できる。ただし、東白楽駅からの経路は狭く複雑である上に起伏が激しいため、大学の広報では白楽駅を最寄としてアナウンスしている。
    なお、東神奈川駅仲木戸駅および片倉町駅からは徒歩20分程度でキャンパスまで到着できるが、東神奈川駅・仲木戸駅からの経路は東白楽駅と同様に非常に複雑である。
    六角橋三丁目側の建物へは「神奈川大学入口」が、六角橋四丁目側の建物へは「六角橋西町」が近い。

湘南ひらつかキャンパス (SHC)[編集]

湘南ひらつかキャンパス入口 1号館正面と池
湘南ひらつかキャンパス入口
1号館正面と池
湘南ひらつかキャンパス11号館正面 ビオトープ
湘南ひらつかキャンパス11号館正面
ビオトープ
湘南ひらつかキャンパス構内にある「神奈川大学校舎前」バス停 平10 急行・平塚駅北口行
湘南ひらつかキャンパス構内にある「神奈川大学校舎前」バス停
平10 急行・平塚駅北口行
  • 1989年4月開学時~2001年3月は「平塚キャンパス」と称していた。
  • Shonan Hiratsuka Campus の頭文字を取ってSHCとも略されている。
  • 使用学部:経営学部、理学部
  • 使用研究科:大学院経営学研究科、理学研究科
  • 使用附属施設:ハイテク・リサーチ・センター
  • 併設施設:「土屋の杜」自然緑地
  • 交通アクセス:JR東海道本線平塚駅から神奈川中央交通バスで約30分、小田急小田原線秦野駅から神奈川中央交通バスで約20分
    • 平10 平塚駅北口(※)~急行(南河内・神奈川大学のみ停車)~神奈川大学校舎前
    • 平37 平塚駅北口(※)~古花水~公所~中沢橋~神奈川大学~神奈川大学校舎前
    • 平38 平塚駅北口(※)~古花水~坂間~中沢橋~神奈川大学~神奈川大学校舎前
    • 秦38 秦野駅北口(1番線)~南平橋~遠藤原~神奈川大学~神奈川大学校舎前
    • 秦39 秦野駅北口(1番線)~南平橋~土屋橋~神奈川大学~神奈川大学校舎前
    • 平76 平塚駅北口(2番線)~中沢橋~神奈川大学~上井ノ口~秦野駅南口(1番線)
      • 平76系統を除く全系統が大学構内まで、土休日を含めて終日乗り入れている。正門前のバス停は「神奈川大学」、大学構内にある1号館前のバス停は「神奈川大学校舎前」と称している。
      • (※)=平10・37・38系統の平塚駅北口乗り場は始発から13時までが11番線から、以後は1番線から発車する。
      • 平76系統は中井町を経由するため、秦野方面からのアクセスには適しておらず、大学側でも秦野駅からのアクセス手段としては案内していない。
      • オープンキャンパス時等には、平塚駅・秦野駅から臨時直行バスを運行することがある。
      • 湘南ひらつかキャンパスのバス通学生に対しては、キャンパス内で大学補助による割引価格の「神奈川大学学生専用バス通学定期券」を販売している。[11]

その他[編集]

神奈川大学では以下のサテライトキャンパスを設置している。

なお、附属学校や大学野球場・大学ラグビー場などがある場所を中山キャンパス(旧称「台村町校地」)と呼んでいる。

福利厚生[編集]

  • 食堂・購買部の運営に関して、横浜キャンパスでは「神奈川大学生活協同組合」の手で、湘南ひらつかキャンパスでは「丸紅コミュニティ株式会社神大平塚サービス営業所」の手で行われている。
    • このうち、横浜キャンパスの食堂は各種大学ランキング本の食堂部門で上位の常連で、マスコミの取材もたびたび行われるなど有名である。
    • 湘南ひらつかキャンパスの食堂は2012年現在、株式会社無洲が請け負っている。
    • 湘南ひらつかキャンパスの購買部は2007年9月よりam/pmが請け負っていたが、2011年9月よりファミリーマート化され、現在は「ファミリーマート 神奈川大学湘南ひらつか店」と名乗っている。

講堂[編集]

横浜キャンパスにはもともと、現在の1号館のある付近に大講堂があったが、再開発によって取り壊されている。再開発中に16号館が建設され、同館内に「セレストホール」と称する講堂を開設した。

湘南ひらつかキャンパスには開学当初講堂がなく、1号館の円形講義室を講堂代わりに使用していたが、大学80周年記念事業によって2009年8月に11号館が新設された際に、「サーカムホール」と称する講堂を同館内に開設した。

[編集]

大学では「学生マンション」と称して以下の施設を提供している。

  • 横浜キャンパス周辺
    • 神奈川大学中丸棟男子
    • 神奈川大学白楽寮
    • 神奈川大学中丸棟女子
    • 神奈川大学二本榎棟
    • 神奈川大学国際寮
    • フィールド・フジ
  • 湘南ひらつかキャンパス周辺
    • 湘南スズキコート
    • 湘南平塚コート
    • 湘南宮川ビル

戦後から宮面の山腹(現横浜キャンパス・グラウンドの山側)に、「宮面寮」という自治会が運営する大学公認の寮があったが、90年代に取り壊されている。

対外関係[編集]

地方自治体との協定[編集]

  • スペイン語通訳補助インターンシップ協定(2004年締結)
    • 大和市
      • 神奈川大学外国語学部スペイン語学科の学生が大和市役所の窓口補助員として週2回の実務を実施する協定。

他大学との協定[編集]

日本国内[編集]

日本国外[編集]

国際・学術交流等協定校

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

中華人民共和国の旗 中国

台湾の旗 台湾

タイ王国の旗 タイ

イギリスの旗 イギリス

スペインの旗 スペイン

韓国の旗 韓国

部局間学術交流等協定校
  • 経営学部

カナダの旗 カナダ

中華人民共和国の旗 中国

産官学連携[編集]

附属学校[編集]

社会との関わり[編集]

  • 神奈川大学は2011年の震災直後より、東日本大震災被災地支援活動「KU東北ボランティア駅伝」と称して、支援の襷をつなぎ続けている。これまで、3,666人(延べ人数16,655人)の学生・教職員らボランティアが被災地での支援活動に携わる[12]

関連項目[編集]

神奈川大学を舞台とする作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 商標登録前からその商標を使用していた第三者には引き続き使用が認められる(先使用権)ので、例えば、神戸大学が「神大」という略称を使用することは商標権侵害には当たらない。また、二段併記商標であるので、第三者が「神大」と「JINDAI」を併せて使用した場合には商標権侵害となるが、「神大」と「JINDAI」のいずれか一方のみを使用した場合には商標権侵害にならない場合があり得る。
  2. ^ 神奈川大学宇宙エレベータープロジェクトより
  3. ^ 神奈川大学宇宙ロケット部より
  4. ^ 神奈川大学 産官学連携事業 研究成果の公表より
  5. ^ -2016年発行公報(公開特許公報,特許公報)に基づく 特許ランキングより
  6. ^ 東洋経済オンライン調べ「専門職に強い大学」で2015年警察官採用は全国4位より
  7. ^ 神奈川大学-本学の情報-」学科別主な就職先企業(2015年度)より
  8. ^ 神奈川大学からのお知らせ「湘南ひらつかキャンパスの建物名称が変更されました」より
  9. ^ 神奈川大学プレスリリース「2017年度入試より給付型の奨学金「神奈川大学予約型奨学金」を新設します」より
  10. ^ 神奈川大学図書館「図書館の概要」より
  11. ^ 神奈川大学からのお知らせ「[湘南ひらつかキャンパス在学生対象]大学補助によるバス回数券の販売終了と定期券販売への移行について」より
  12. ^ 神奈川大学「KU東北ボランティア駅伝」より

参考文献[編集]


公式サイト[編集]