田崎史郎

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本来の表記は「田﨑史郎」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
田崎 史郎
(たざき しろう)
生誕 (1950-06-22) 1950年6月22日(66歳)
日本の旗 日本福井県坂井郡三国町(現:坂井市[要出典]
教育 中央大学法学部法律学科
職業 政治評論家
活動期間 1973年 -
代表経歴 時事通信社解説委員
時事通信社解説委員長
時事通信社特別解説委員

田崎 史郎(たざき しろう、1950年6月22日[要出典] - )は、日本政治評論家時事通信社特別解説委員。

経歴[編集]

福井県坂井郡三国町(現:坂井市[要出典]に生まれる。

福井県立藤島高等学校を卒業後、中央大学法学部法律学科へ入学する。大学2年時に三里塚闘争へ参加し、凶器準備集合罪逮捕のうえ13日間留置される[1]

1973年に大学卒業後、時事通信社へ入社する。経済部を経て、1975年浦和支局に転勤するが、少数派の労働組合に所属していたことを理由にした左遷であり不当労働行為であるとして時事通信を提訴し、3年3か月後に政治部へ異動することで同社と和解する。1979年に政治部に配属され、大平正芳内閣総理大臣の番記者[2]になる。

その後、新自由クラブの担当や外務省記者クラブを経て、1982年4月から田中派を担当[3]。以来、田中派、竹下派橋本派を中心に取材する。

政治取材を続けながら時事通信社の整理部に8年勤務し、整理部長、編集局総務、解説委員を経て、2006年から時事通信社の解説委員長を務めた。テレビ朝日報道ステーション』、フジテレビハッケン!!』『サキヨミLIVE』などに政治解説者として出演し[4]2008年には政治をテーマにしたフジテレビのテレビドラマCHANGE』の監修を務めた[5]

2010年6月30日付で時事通信社を定年退職したが、引き続き解説委員として勤務する[6]2015年6月をもって再雇用契約が終了したが、特別解説委員との肩書で会社との関係を維持している[7]

小沢一郎との関係[編集]

田中派の担当記者になって以来、小沢一郎とは毎晩のように呑む間柄だったが[8]、1992年1月以来、小沢から一方的に遠ざけられ、取材できない状態になったという[9]1993年に成立した細川内閣で最大の実力者となった小沢について、マスメディアが伝える小沢像は虚像であり、自分の知っている小沢の実像を伝えたいとの思いから、田崎は『文藝春秋』1994年10月号に「小沢一郎との訣別」と題した記事を発表した[10]

1982年自由民主党総裁選挙の際に小沢が田中派支持下の中曽根康弘を評して「担ぐ御輿は軽くてパーがいい」と発言したことや、小沢が自由民主党幹事長時代に海部俊樹総理を評して「海部は本当に馬鹿だな。宇野の方がよっぽどましだ」と発言したことなど、小沢のこれまでの数々のオフレコ発言を明かして[11]話題になる[12][13][14]。小沢サイドからは何の反応もなかったが、日本新聞協会は時事通信に対してオフレコを破ったことの事情説明を求めた[15]。時事通信はオフレコを破った田崎に対して、2週間の出勤停止、その分の給与の減額、翌年の賞与の減額という処分を下した[16]

もともと田崎は、相手に取材できなくなるならオフレコ破りはしないほうがよいというスタンスだった[17]。しかし、すでに小沢からは何の通告もなく一方的に無視されて事実上の取材拒否となっており、オフレコ破りをしても何の障害もない状態であったため、オフレコ破りをしたと主張している。なお田崎は、小沢から取材拒否されるようになった原因について、自身の辣言を小沢が嫌ったことや、小沢の政敵となった梶山静六と自身が親しくしていたことなどを推測している[18]

主な出演番組[編集]

著書[編集]

出典[編集]

  1. ^ 田崎 2009 p.255
  2. ^ 田崎 2009 pp.22-23,256
  3. ^ 田崎 2009 p.25
  4. ^ 田崎 2009 p.256
  5. ^ 田崎 2009 p.204
  6. ^ 文化通信 2010年5月31日付
  7. ^ 現代新書カフェ (2015年1月22日). “安倍内閣の「本質」を読み解いた ベテランジャーナリストが明かす 報道番組の「内幕」と定年後「再雇用」記者の意地”. 現代ビジネス. http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41774 2015年1月23日閲覧。 
  8. ^ 田崎 2009 p.138
  9. ^ 田崎 2009 p.144
  10. ^ 田崎 2009 pp.149-150
  11. ^ 田崎 2009 pp.142-143
  12. ^ 「小沢オフレコ暴露記者 タブー破りの真相」『週刊朝日』1994年9月30日号
  13. ^ 櫻井よしこ「オピニオン縦横無尽 文春に"小沢一郎との訣別"を書いた田崎史郎氏の記者失格」『週刊ダイヤモンド』1994年9月24日号
  14. ^ 「ジャーナリストの現場から 記者クラブ制度の罪と罰 小沢一郎番記者『オフレコメモ』公開への是非」『週刊現代』1994年10月1日号。
  15. ^ 田崎 2009 p.154
  16. ^ 田崎 2009 p.151
  17. ^ 田崎 2009 p.230
  18. ^ 田崎 2009 p.148

外部リンク[編集]