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浅野健一

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浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )「人権と報道・連絡会」代表世話人。元同志社大学教授[1]。

共同通信社記者時代のペンネームに中島俊などがある[2] 。

略歴

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香川県高松市生まれ[2]。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。2005年同志社大学社会学部メディア学科教授。2014年同志社大学を定年退職。

人物・エピソード

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発言・主張

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  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛同。「100年後に正しいと判断される」と述べる[2]。 
  • 埼玉県警が共産党山添拓参議院議員を鉄道営業法営業法違反の疑いで書類送検した件[5]を山添参院議員の“撮り鉄”線路横断送検報道の大問題」として論評した[6]。
  • 辺野古沖抗議船転覆事故に関し、
    • X上にて「反対派を敵視する海保が速やかに救助したか検証が必要だ」等と救助活動に当たった海上保安庁を批判した[7]。
    • 自身が代表世話人を務める「人権と報道・連絡会」は、「抗議船転覆事故乗り越え、辺野古新基地建設阻止を強化しよう」と題した学習会を告知した[8]。
    • そのチラシには、「亡くなった生徒と〇〇牧師が天国で、高市自民党政権と政治家の動きをどう見ているのかを考えたいと思います」との記述があった。また、「極右の高市早苗自維政権と産経新聞が率いるキシャクラブメディアが、この事故を徹底利用して米軍辺野古新基地建設阻止闘争に対し、誹謗(ひぼう)中傷を繰り返している」などとも記載されていた[9][10]。
    • 2026年5月17日に開催された学習会では、自らの基調講演内で死亡した生徒の遺族による投稿サイト「note(ノート)」での発信を「たとえ親子でも別人格であり、親が亡くなった娘の意思を代弁すべきではないのではないか」と述べる一方、「同志社に対するバッシングが広がることは女子学生は望んでいないのでは」という亡くなった女子生徒の意思を勝手に代弁するなどの発言をした[11][12]。

著書

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単著

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  • 1984年9月 『犯罪報道の犯罪』学陽書房、ISBN 4313830499
  • 1985年12月 『犯罪報道は変えられる』日本評論社、ISBN 4535575843
  • 1987年6月 『犯罪報道の犯罪』講談社、ISBN 4061839926
  • 1987年7月 『犯罪報道と警察』三一書房、ISBN 4380870030
  • 1987年8月 『「スパイ防止法」がやってきた! 消すな!われらの表現』社会評論社、ISBN 4784504419
  • 1989年6月 『新・犯罪報道の犯罪』講談社、ISBN 4061844539
  • 1990年5月 『過激派報道の犯罪 マスコミの権力を批判する』三一書房、ISBN 4380900029
  • 1993年1月 『客観報道 隠されるニュースソース』筑摩書房、ISBN 4480855769
  • 1993年12月 『出国命令 インドネシア取材1200日』日本評論社、ISBN 4535581509
  • 1994年5月 『日本は世界の敵になる ODAの犯罪』三一書房、ISBN 4380942333
  • 1996年3月 『マスコミ報道の犯罪』講談社、ISBN 4062631377、(筑摩書房刊『客観報道』増補・改訂および改題)
  • 1996年5月 『メディア・ファシズムの時代』明石書店、ISBN 4750308110
  • 1996年11月 『激論・新聞に未来はあるのか 同志社大学文学部浅野ゼミ・シンポの記録』現代人文社、ISBN 4906531180
  • 1997年2月 『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』第三書館、ISBN 4807497049
  • 1997年5月 『オウム「破防法」とマスメディア 続「犯罪報道」の再犯』第三書館、ISBN 4807497073
  • 1997年8月 『犯罪報道とメディアの良心 匿名報道と揺らぐ実名原則』第三書館、ISBN 4807497154
  • 1997年9月 『天皇の記者たち 大新聞のアジア侵略』スリーエーネットワーク、ISBN 4883190951
  • 1997年10月 『日本大使館の犯罪』講談社、ISBN 4062636492
  • 1997年11月 『メディア・リンチ』潮出版社、ISBN 4267014868
  • 1994年4月 『英雄から爆弾犯にされて アトランタ五輪爆弾・松本サリン・甲山事件』三一書房、ISBN 4380982300
  • 2000年4月 『脳死移植報道の迷走』創出版、ISBN 492471836X
  • 2001年1月 『人権と犯罪報道の現在』同志社、
  • 2002年1月 『メディア規制に対抗できるぞ!報道評議会』現代人文社、ISBN 4877980741
  • 2003年12月 『「報道加害」の現場を歩く』社会評論社、ISBN 4784514341
  • 2004年6月 『犯罪報道の犯罪 新版』新風舎、ISBN 4797493925
  • 2006年3月 『戦争報道の犯罪 大本営発表化するメディア』社会評論社、ISBN 4784514538
  • 2007年12月 『メディア「凶乱」 報道加害と冤罪の構造を撃つ』社会評論社、ISBN 978-4784514656
  • 2009年6月 『裁判員と「犯罪報道の犯罪」』昭和堂、ISBN 978-4812209394
  • 2011年7月『記者クラブ解体新書』現代人文社、ISBN 978-4-87798-484-7
  • 2015年9月『安倍政権・言論弾圧の犯罪』社会評論社、ISBN 978-4784514991
  • 2024年9月『生涯一記者権力監視のジャーナリズム提言』社会評論社、ISBN 978-4-7845-2426-6
  • 2026年1月『自民党は解党・解散せよ 統一協会・裏金・軍拡の政党は不要』あけび書房、ISBN 978-4-87154-310-1
  • 2026年5月『石ころを石礫(いしつぶて)に』三一書房、ISBN 978-4-380-26002-5

共編・共著

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脚注

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  1. ↑ “人権と報道・連絡会とは | 人権と報道・連絡会”. www.jca.apc.org. 2026年5月18日閲覧。
  2. 1 2 3 「大学とジャーナリズムが変わらなければ、日本の活字文化は滅びる」BOOKSCAN
  3. ↑ “月刊『創』(Tsukuru)2022年1月号”. 創出版. 2026年5月20日閲覧。
  4. ↑ 重政紀元「コロナ禍にがんを再発した元記者 実感した「瀬戸際」」『朝日新聞』2021年6月15日。オリジナルの2021年6月15日時点におけるアーカイブ。2025年4月1日閲覧。
  5. ↑ “共産の山添拓参院議員を書類送検 線路立ち入り容疑「機関車撮影で」”. 朝日新聞 (2021年9月19日). 2026年5月20日閲覧。
  6. ↑ “月刊『創』(Tsukuru)2021年11月号”. 創出版. 2026年5月20日閲覧。
  7. ↑ 浅野健一 [@hCHKK4SFYaKY1Su]「沖縄辺野古沖で船2隻が転覆し、「不屈」の船長と同志社国際高生徒が死亡した。」2026年3月16日。X(旧Twitter)より2026年3月17日閲覧。
  8. ↑ “人権と報道・連絡会 緊急・那覇学習会「抗議船転覆事故乗り越え 辺野古新基地建設阻止を強化しよう」”. 沖縄イベント情報 ぴらつかこよみ. 2026年5月18日閲覧。
  9. ↑ 綿引亮介 (2026年5月13日). “辺野古事故 死者の政治利用か、遺族の拒絶を踏みにじる集会告知に批判殺到”. coki (公器). 2026年5月18日閲覧。
  10. ↑ 霞蓮刃(かれん・じん), NAK (2026年5月13日). “5/17緊急・那覇学習会に批判殺到 辺野古沖転覆事故 人権を政治利用か(1/4ページ)”. zakⅡ. 2026年5月18日閲覧。
  11. ↑ 直樹, 大竹 (2026年5月17日). “「娘の意思、代弁すべきでないのでは」 元同志社大教授が辺野古事故遺族の投稿を疑問視”. 産経新聞:産経ニュース. 2026年5月18日閲覧。
  12. ↑ “事故報道のメディア非難 遺族投稿にも独自の見解 辺野古沖”. 沖縄八重山日報 -Okinawa Yaeyama Nippo- (2026年5月19日). 2026年5月19日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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