尾身茂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
尾身 茂
おみ しげる
Shigeru Omi cropped 2 Shigeru Omi and Shinzo Abe 20200407 3.jpg
2020年4月7日、東京都千代田区にて
生年月日 (1949-06-11) 1949年6月11日(70歳)
出生地 日本の旗 東京都
出身校 慶應義塾大学法学部中途退学
自治医科大学医学部卒業
前職 世界保健機関
西太平洋地域事務局
感染症対策部部長
現職 地域医療機能推進機構理事長
称号 医学博士自治医科大学

当選回数 2回
在任期間 1999年2月1日 - 2009年1月31日
テンプレートを表示
生誕 (1949-06-11) 1949年6月11日(70歳)
日本の旗 東京都
居住 日本の旗 日本
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フィリピンの旗 フィリピン
国籍 日本の旗 日本
研究分野 医学
研究機関 自治医科大学
厚生省
世界保健機関
年金・健康保険福祉施設整理機構
地域医療機能推進機構
出身校 慶應義塾大学法学部中途退学
自治医科大学医学部卒業
主な業績 西太平洋地域での
急性灰白髄炎の根絶に成功
重症急性呼吸器症候群
制圧に尽力
影響を
受けた人物
内村祐之
主な受賞歴 ベトナム名誉国民賞
2000年
小島三郎記念文化賞
2001年
小児麻痺根絶特別貢献賞
2009年
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

尾身 茂(おみ しげる、1949年(昭和24年)6月11日 - )は、日本医師医学者地域医療感染症国際保健)、厚生官僚国際公務員学位医学博士自治医科大学)。独立行政法人地域医療機能推進機構理事長(初代)、世界保健機関西太平洋地域事務局名誉事務局長、自治医科大学名誉教授

東京都立墨東病院伊豆諸島の診療所での勤務を経て、自治医科大学医学部助手となり、厚生省保険局医療課に勤めたのち、世界保健機関西太平洋地域事務局事務局長(第5代)、世界保健機関事務局長選挙候補者、自治医科大学地域医療学センター教授、世界保健機関執行理事、独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構理事長(第2代)、世界保健総会会長などを歴任した。

概要[編集]

東京都出身の医師であり、地域医療、感染症、国際保健などを専門とする医学者でもある。自治医科大学卒業後、地域医療の現場で医師として活動したのち、厚生省を経て世界保健機関に入る。西太平洋地域での急性灰白髄炎の根絶に成功し、西太平洋地域事務局の事務局長に就任する。西太平洋地域事務局長在任中、イ・ジョンウク(リー・ジョンウォック)世界保健機関事務局長の急逝に伴う後任事務局長選挙の候補者に日本国政府から擁立されるも[1]、落選。西太平洋地域事務局長退任後は、自治医科大学にて教鞭を執った。その後、年金・健康保険福祉施設整理機構地域医療機能推進機構理事長を務めた。また、厚生労働省顧問、名誉世界保健機関 (WHO) 西太平洋地域事務局長、自治医科大学名誉教授、内閣府「野口英世アフリカ賞」委員会委員、NPO法人「全世代」代表理事といった各種役職も兼任した。

2019年の新型コロナウイルス感染症の流行にともない、新型コロナウイルス感染症対策本部の下に新設された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長を務めた。また、新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議においては会長を務め、基本的対処方針等諮問委員会の委員長も兼務していたことから[2]、新型コロナウイルスに対する緊急事態宣言の妥当性について新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき審議した[註釈 1]

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1949年昭和24年)6月11日東京都にて生まれた。東京教育大学附属駒場高等学校に進学したが[3][註釈 2]American Field Serviceの交換留学生に選ばれ[3]、在学中の1967年(昭和42年)からアメリカ合衆国留学した[3]。アメリカ合衆国では、ニューヨーク州セントローレンス郡ポツダム町高等学校に通った[3]1968年(昭和43年)の夏に日本に帰国したが[4]、当時の日本は学生運動が激化していた時期であり[4]、志望していた東京大学東大紛争の煽りを受け入学試験を中止する事態となった[4]。これを受け、1969年(昭和44年)に慶應義塾大学に進学し[3]法学部法律学科にて学んだ[3]。当初は商社員や外交官になりたいと考えていたが[4]医学者である内村祐之の『わが歩みし精神医学の道』に衝撃を受け[4]医学部再受験を志す[4]1971年(昭和46年)、慶應義塾大学を中途退学する。また、自治医科大学が新設されるとの報を聞き[4]、日本の地域医療メッカを目指すという同大学の方針に賛同し[4]、第一志望とする[4]1972年(昭和47年)4月、自治医科大学に1期生として入学し[3][4]、医学部にて学んだ。1978年(昭和53年)、同大学を卒業した[3]

医師、医学者として[編集]

大学卒業後は、東京都立墨東病院研修医として勤務したのち[3]、東京都の伊豆七島を中心とする僻地・地域医療に従事した[3]。その後、母校である自治医科大学にて医学部の助手となり[3]、予防生態学を受け持った[3]1990年平成2年)には、B型肝炎分子生物学的研究により医学博士号を取得。

官界にて[編集]

その後、厚生省に転じて技官となり、保険局の医療課に勤務した。さらに、フィリピン共和国マニラ都マニラ市に所在する世界保健機関の西太平洋地域事務局に入り[3]、感染症対策部の部長等を歴任した[3]。域内における感染症の制圧に尽力し、西太平洋地域から急性灰白髄炎を根絶させることに成功した。これらの実績が評価され西太平洋地域事務局の事務局長候補に推され、3期目を目指していた韓相泰朝鮮語版を破り初当選を果たす。1999年(平成11年)、世界保健機関の西太平洋地域事務局にて、第5代事務局長に正式に就任した[3]。西太平洋地域事務局長在任中の2006年、イ・ジョンウク(リー・ジョンウォック)世界保健機関事務局長の急逝に伴う後任事務局長選挙の候補者に日本国政府から擁立されるも[1]中国が推薦した(香港出身の)マーガレット・チャン世界保健機関事務局長補(感染症担当)に敗北して落選[5][6][7]。西太平洋地域事務局長退任後、世界保健機関より西太平洋地域事務局の名誉事務局長称号が贈られた。

退官後[編集]

日本に帰国後、2009年(平成21年)より自治医科大学の地域医療学センターにて教授を務めた[3]。また、世界保健機関の執行理事も兼任していた[3]2012年(平成24年)4月独立行政法人である年金・健康保険福祉施設整理機構理事長に就任した[3][8]。同機構が地域医療機能推進機構へ改組するにあたり、準備の陣頭指揮をとった。2014年(平成26年)4月、地域医療機能推進機構が発足すると、引き続き理事長に就任した[3]。その傍ら、さまざまな役職を兼任していた。2012年(平成24年)8月新型インフルエンザ等対策閣僚会議の下に新型インフルエンザ等対策有識者会議が新設されると[9]、その会長を兼任することになった[2]。なお、新型インフルエンザ等対策有識者会議の下に置かれる基本的対処方針等諮問委員会においては[10]、その委員長も兼任した。2020年令和2年)2月14日新型コロナウイルス感染症対策本部の下に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が新設されると[11]、その副座長も兼任した[12][13]。そのほか、2013年(平成25年)5月に開催された世界保健総会においては、会長を務めた[14]

業績[編集]

2011年1月世界保健機関執行理事会の会合にて

尾身の業績のひとつは、西太平洋地域において小児麻痺(ポリオ)の根絶を達成したことである[15]。この業績により、1998年の世界保健機関 (WHO) 西太平洋地域事務局事務局長選挙に日本政府から擁立され、当選。その後再選され、10年間務めた。在任中は重症急性呼吸器症候群 (SARS) 対策で陣頭指揮をとり[16]アジアにおける結核対策を前進させ、鳥インフルエンザの脅威を世界に発信した[要出典]。これら(「アジア地域における感染症対策等の陣頭指揮」「東アジアを含む西太平洋地域からポリオを撲滅する上で発揮した指導力」「SARS勃発の際の迅速・機敏な対応」)を評価され[1]、西太平洋地域事務局長在任中の2006年5月、イ・ジョンウク(リー・ジョンウォック)WHO事務局長の急逝に伴う後任の事務局長を選出する選挙の候補者に日本国政府から擁立されるも[1]、中国が推薦した(香港出身の)マーガレット・チャン世界保健機関事務局長補(感染症担当)に敗北して落選した[5][6][7]。 2009年2月、母校の自治医科大学教授に就任し、後進の指導にあたった。

2009年新型インフルエンザパンデミックの際、政府の新型インフルエンザ対策本部専門家諮問委員会の委員長に任命された。既に政府によって始められていた水際作戦から、重点を地域感染対策に移すべきこと、パンデミック初期には広範に学校閉鎖を実施すべきこと、ワクチンの優先接種グループなどにつき提言した[17]

2014年からは、日本初の新たな医薬品や診断キットの国際的普及を目指した官民学一体の「アジア・アフリカ感染症会議」議長を務めている。

2016年、国際的な公衆衛生危機対応タスクフォースメンバー(国連議長からの要請)。

略歴[編集]

賞歴[編集]

著作[編集]

論文・報告書
  • Omi.S. Polio Eradication: Western Pacific Region, ISBN 92 9061 000 X. 2000
  • Omi.S. SARS: How a global epidemic was stopped, ISBN 92 9061 213 4.  WHO. 2006 (日本語訳:SARS いかに世界的流行を止められたか 財団法人結核予防会 監修:押谷仁)
  • 尾身茂、岡部信彦、河岡義裕、川名明彦、田代眞人.『パンデミック(H1N1)2009-我が国の対策の総括と今後の課題―』 公衆衛生 Vol.74(8)医学書院 2010
  • 尾身茂.『医療の輪が世界を救う』(『医の未来』(2011 岩波新書・矢崎義雄編) 第5章)
著作

脚注[編集]

註釈[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 尾身が委員長を務める基本的対処方針等諮問委員会は、新型インフルエンザ等対策閣僚会議新型インフルエンザ等対策有識者会議の下に設置されている組織である。新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の是非等を審議する組織であり、新型インフルエンザだけでなく新型コロナウイルスに対する緊急事態宣言も所管している。新型コロナウイルス感染症対策本部新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の下に設置されている組織ではない。
  2. ^ 東京教育大学附属駒場高等学校は、のちに筑波大学附属駒場高等学校となった。

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e 外務省 尾身茂(おみ・しげる)世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長の次期WHO事務局長選挙への擁立について”. 外務省 (2006年6月5日). 2020年5月13日閲覧。
  2. ^ a b 設置根拠及び委員名簿 (PDF) 新型インフルエンザ等対策有識者会議. 2020年4月8日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad 「経歴」『理事長挨拶 | 独立行政法人 地域医療機能推進機構地域医療機能推進機構
  4. ^ a b c d e f g h i j 尾身茂「『自治医大青春白書』――不思議なめぐり合い」『同窓会会報から 尾身茂(東京都)|卒業生等からのメッセージ|医学部入試案内|入試案内|自治医科大学自治医科大学
  5. ^ a b c “WHO事務局長にチャン氏/中国で初、尾身氏は落選”. 共同通信社. (2020年11月8日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/international/20061108000467 2020年5月13日閲覧。 
  6. ^ a b c “次期WHO事務局長にマーガレット・チャン氏”. 薬事日報. (2020年11月9日). https://www.yakuji.co.jp/entry1582.html 2020年5月13日閲覧。 
  7. ^ a b c “WHOに中国人初の事務局長・陳馮富珍女史が当選”. Record China. (2020年11月10日). https://www.recordchina.co.jp/b3712-s0-c30-d0000.html 2020年5月13日閲覧。 
  8. ^ “社会保険病院への天下り一掃 不明朗会計で機構理事長”. 共同通信. (2012年12月30日). http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012123001001414.html 2014年7月19日閲覧。 
  9. ^ 新型インフルエンザ等対策有識者会議の開催について(平成24年8月3日新型インフルエンザ等対策閣僚会議決定)。
  10. ^ 新型インフルエンザ等対策有識者会議の開催について(平成24年8月3日新型インフルエンザ等対策閣僚会議決定)第2項。
  11. ^ 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の開催について(令和2年2月14日新型コロナウイルス感染症対策本部決定)第1項。
  12. ^ a b 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の開催について(令和2年2月14日新型コロナウイルス感染症対策本部決定)第2項。
  13. ^ a b 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の開催について(令和2年2月14日新型コロナウイルス感染症対策本部決定)別紙。
  14. ^ a b "Dr Shigeru Omi", WHO | Dr Shigeru Omi, World Health Organization, May 24, 2013.
  15. ^ Omi.S. Polio Eradication: Western Pacific Region, ISBN 92 9061 000 X. 2000
  16. ^ Omi.S. SARS: How a global epidemic was stopped, ISBN 92 9061 213 4.  WHO. 2006 (日本語訳:SARS いかに世界的流行を止められたか 財団法人結核予防会 監修:押谷仁)
  17. ^ 尾身茂、岡部信彦、河岡義裕、川名明彦、田代眞人.『パンデミック(H1N1)2009-我が国の対策の総括と今後の課題―』 公衆衛生 Vol.74(8)医学書院 2010
  18. ^ a b c d 「受賞等」『理事長挨拶 | 独立行政法人 地域医療機能推進機構地域医療機能推進機構

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
(新設)
日本の旗 新型インフルエンザ等対策閣僚会議
新型インフルエンザ等対策有識者会議会長

初代:2012年 -
次代:
(現職)
非営利団体
先代:
(新設)
地域医療機能推進機構理事長
初代:2014年 -
次代:
(現職)
先代:
水島藤一郎
年金・健康保険福祉施設整理機構理事長
第2代:2012年 - 2014年
次代:
(廃止)
先代:
韓相泰朝鮮語版
世界保健機関の旗 世界保健機関
西太平洋地域事務局事務局長

第5代:1999年 - 2009年
次代:
申英秀