冒険家族クイズ2001

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冒険家族クイズ2001(ぼうけんかぞくくいずにせんいち)とは、2001年9月19日日本テレビ系で放映された特別番組。正式名称は「家族の愛よ!甦れスペシャル オーストラリア大陸縦断5000キロ! 冒険家族クイズ2001 」。

放送日時[編集]

  • 今夜9時スタート編 2001年9月19日(16:00~16:54)  
  • 本編 2001年9月19日(21:10~23:04) [1]

概要[編集]

  • ウルトラクイズスタッフが新たなるタイプのクイズ番組を考案している中、思い当たったのが「家族の絆」であった。
  • かつて『アメリカ横断ウルトラクイズ』(1977年 - 1992年1998年)は1人参加型の孤独との戦いであったが、本番組では家族4人で出場し、知力を競い合うクイズは一切なく、家族の団結力や知恵を競い合う新形式クイズである。
  • この番組に約400組の家族が応募し、スタッフによる事前オーディションで面接を受け、本戦に参加する20組が決められた。
  • 日本国内だけでなく、オーストラリア大陸ノーザンテリトリーをおもに、ミッション・ポイントで、冒険隊長である松永二三男日本テレビ)が、ミッション開始を告げる「ナウ ミッション!」(Now Mission!)の合図とともにミッションスタートとなる。

出演者[編集]

総合司会[編集]

サポーター[編集]

スタジオ出演[編集]

ナレーター[編集]

トライアル[編集]

日本国内脱出ミッション[編集]

「家族全員壁越え」

本戦参加の20組の家族が、開催場所である千葉県成田市成田アスレチックに集められ、そこで5家族ずつ4グループに分けられる。グループ別に挑戦し、3メートルのを身に着けているものだけを用いて、家族全員で超える。
上位4組が勝ち抜け。

敗者復活「1分間スピーチ」

テーマは「3メートル壁越えに挑戦して学んだこと
オーストラリア大使館ホール・モロイ氏の選択で1組が敗者復活。

第1ミッション 「名も無き奥地」[編集]

カカドゥー

身の回りにある物を駆使してイカダを作り上げ、を渡りきる。
タイムレースで上位4組が勝ち抜け。

第2ミッション 「アボリジニの秘境」[編集]

マタランカ

コンパス以外の物[2]方角を割り出し、スタート地点から南西方向にあるアボリジニの秘境で温泉を探す。
タイムレースで上位3組が勝ち抜け。

第3ミッション 「悪魔の奇岩」[編集]

アリススプリングス

直径3メートルの奇跡の真ん丸岩デビルスマーブルロープ一本だけで登り切る。
タイムレースで上位2組が勝ち抜け。

決勝 「バラバラ家族よ 集合せよ」[編集]

シドニー[3]

挑戦家族3名がシドニー市街へバラバラにされ、残された1名は集合場所に待機。
集合場所は、シドニー五輪女子マラソンで高橋尚子選手が、スポーツグラスを投げ捨てた地点。代表の1名が、地図携帯電話で、バラバラにされた3名を集合場所へ誘導させる。
タイムレースで、最も早く集合できた家族が優勝。

決勝進出家族

  • 優勝 :永井家
  • 準優勝 : 中群家

優勝賞品

エピソード[編集]

  • 本番組に参加した家族の組み合わせは、各家族によって様々であり、新婚と熟年夫婦の組み合わせもあれば、夫婦と兄弟または姉妹という組み合わせもあった。中には未就学児2人を連れてオーストラリア大陸に上陸した家族もいた[4]
  • 史上最大!第16回アメリカ横断ウルトラクイズ』(1992年)で準優勝した呉服店店主の大西肇の家族も本戦に参加していたが、オーストラリアに行くことは出来なかった。
  • 『ウルトラクイズ』は敗者が決定した時点で終了となるが、冒険家族クイズは敗者決定となった家族が無事にミッション達成するまで、勝利家族はそれを見届けたり[5] 、待機しなければならなかった[6]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ プロ野球中継延長で10分遅延。
  2. ^ 水筒など。
  3. ^ 1989年開催の第13回アメリカ横断ウルトラクイズ日本テレビ系)の第7チェックポイントで来訪。
  4. ^ 第3ミッション 「悪魔の奇岩」で敗退。
  5. ^ イカダを作り上げ、を渡りきるミッション。
  6. ^ 南西方向にあるアボリジニの秘境で温泉を探すミッション。

外部リンク[編集]