熱海市

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あたみし
熱海市
お宮の松
Flag of Atami, Shizuoka.svg
静岡県熱海市市章.svg
熱海市旗 熱海市章
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
団体コード 22205-4
法人番号 8000020222054
面積 61.78km2
総人口 36,585[編集]
推計人口、2018年9月1日)
人口密度 592人/km2
隣接自治体 伊東市伊豆の国市田方郡函南町
神奈川県足柄下郡湯河原町
市の木 アタミザクラ
市の花 ウメ
市の鳥:
市の色
カモメ
スカイブルー
熱海市役所
市長 齊藤栄
所在地 413-8550
静岡県熱海市中央町1番1号
北緯35度5分45.5秒東経139度4分17.6秒座標: 北緯35度5分45.5秒 東経139度4分17.6秒
熱海市役所
外部リンク 熱海市

熱海市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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熱海市(あたみし)は、静岡県。静岡県の最東部に位置し、神奈川県と接する。

地理[編集]

熱海市中心部の空中写真。平地はほとんどなく、市街地や住宅地は傾斜地に形成されている。
1976年撮影の3枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

伊豆半島の東側付け根に位置し、相模湾に面する。市域内はほとんどが丘陵であり、別荘地や住宅なども高台の上に立つ所が多く、道路も勾配の急な坂が多い。海岸線もすぐに丘となる所がほとんどだが、中心部は埋め立てで砂浜海岸などが形成されている。

同じ相模灘に面する伊東市湯河原町方面とは海岸に沿って地理的連続性を有するが、沼津市函南町方面とは駿河湾水系との分水嶺となる急峻な丹那山地によって隔てられている。

なお、相模灘にある初島も市域内となっている。

歴史[編集]

近代以前[編集]

古くからの湯治の地であり、地名は「阿多美」であったが、海から熱い湯が湧き出ていたことから「熱海」とされた。

熱海温泉開湯伝説としては、奈良時代箱根万巻上人が、漁民を困らせていた海中にあった泉脈を山里(大湯)へ移し、そこに湯前神社を作ったという由来が伝わっている[1]

戦国時代以前までは、源頼朝鎌倉幕府3代将軍源実朝をはじめとする東国武士に崇敬された伊豆山神社(走湯神社, 伊豆山権現)の麓にある伊豆山温泉(走り湯)の方が有名だったが、1602年1604年徳川家康が熱海に湯治に来て気に入り、江戸幕府3代将軍徳川家光が現在熱海市役所がある場所に湯治用の「御殿」(ごてん)を造ったり、4代徳川家綱以降は熱海の湯を江戸城まで運ばせる「御汲湯」(おくみゆ)が行われるなど[2][3]、将軍御用達の湯として徳川家に愛用されたため、熱海温泉は江戸時代には「温泉番付」で行司役の一角を占めるほどに全国的な知名度と特権的格付けを獲得した。

(なお、その「御殿」跡は明治維新後に熱海村の公有地となるが、三菱の岩崎弥太郎1878年(明治11年)に買い取って宮内省へ提供し、1889年(明治22年)から1931年(昭和6年)まで、主に大正天皇の療養を目的とした、当時横浜神戸に次ぐ3番目の御用邸である「熱海御用邸」が建てられていた[3]。その後熱海町へと払い下げられ、現在当地には市役所が立っている。)

近代以後[編集]

主要年表[編集]

1900年前後の熱海

保養地・観光地として[編集]

既述の通り、熱海は江戸時代までには隣接する湯河原箱根地域などと共に、江戸の西部近郊の温泉保養地としての地位を確立しており、江戸が東京になった明治以降も、多くの政治家や政府高官が保養や会談のために訪れていたため、1889年(明治22年)には日本で最初に東京との市外電話が敷かれ、また同年には後の大正天皇のための「熱海御用邸」が竣工している[3]

1896年(明治29年)に開通した豆相人車鉄道(熱海~小田原間)が、11年後の1907年(明治40年)には小型の機関車が牽引する軽便鉄道となり、交通の便がかなり改善されたことで、明治末から大正時代以降は、それまでの政治家・皇族といった一部の特権階級に限られていた従来の来遊客層に加え、学者・文人・実業家なども熱海に訪れるようになり、中には「双柿舎」を作った坪内逍遥や、後の「起雲閣」を作った内田信也、あるいは谷崎潤一郎志賀直哉のように、そのまま熱海に別荘を設ける者も出てくるようになり、市街地も拡大されていった[4]。また、尾崎紅葉の『金色夜叉』、島崎藤村の『熱海土産』、芥川龍之介の『トロツコ』のように、熱海が文学作品の舞台としても扱われるようになり、庶民の認知度も高まるようになる。

1924年(大正13年)に国鉄の熱海線(国府津〜熱海間)が開通し、さらに1934年(昭和9年)に丹那トンネルが開通して沼津と連結され、東海道線が(現・御殿場線から)熱海を経由する現ルートへと切り替わったことで、交通の便が劇的に向上し、また関西方面からの来遊客も加わるようになったことで、これ以降熱海への来遊客は目覚しく増えるようになり、またその内容も湯治から団体旅行中心となり、それに対応すべく旅館・各種施設も増えたことで、熱海は「湯治場」から「温泉観光都市」へと変容していくことになる[5]

1950年(昭和25年)4月13日には、市街地を焼失する「熱海大火」を経験するが、同年8月1日には「熱海国際観光温泉文化都市建設法」が公布され、国際観光温泉文化都市としての社会基盤を整えるべく、区画整理による市外中心部の再建、道路・港湾の整備、市庁舎・観光会館の建築、衛生施設の建設整備、市営住宅の建設などが進められたことで、3年後には大火以前の水準を回復し、超えることになる[5]

1964年(昭和39年)10月1日には東海道新幹線が開通し、熱海駅は1日平均乗降客数8092人で、東京・新大阪・名古屋・京都についで第5位となる[5]。また、その前後の1960年代(昭和30-40年代)頃には、伊豆スカイライン熱海ビーチライン熱海新道熱函道路といった各方面をつなぐ道路も整備され、熱海美術館熱海城熱海後楽園などの各種施設も開館するなど、より観光地としての地位を確固たるものにしていく。

1970年代(昭和50年代)に入ると、海外旅行ブームや旅行形態の変化のあおりを受けつつ、観光客数(観光入込客数)は年間400万人台を漸減ないしは横ばいで推移していく[7]。他方で西洋風別荘やリゾートマンションが増えていき、特に1980年代後半~1990年代初頭のバブル景気においては、リゾートマンションが数多く作られた。(東京近郊で新幹線と温泉・海・山が揃っているという立地条件の良さゆえに、2000年代以降の現在においても、熱海ではリゾートマンションが他の地域と比べると継続的に作られ続けている。)

1990年代に入ると、バブル崩壊と景気低迷、企業の経費削減による団体旅行(社員旅行・慰安旅行)の減少・縮小や保養所の閉鎖、人口減少、施設の老朽化などの影響もあり、観光客数(観光入込客数)は年間300万人台を漸減していくようになり、それに合わせて旅館や保養所の数も減少していく[7]

2000年代に入ってもこの傾向は変わらず、2000年代後半には観光客数(観光入込客数)は年間200万人台にまで落ち込むが、東日本大震災があった2011年(平成23年)に250万人程度まで大きく落ち込んだ後は、反転して2015年(平成27年)に宿泊ベースで300万人台に戻った後も回復傾向にある[7]。理由としては、沿岸部の親水公園の整備や、駅ビル開業など、各種施設の改装・刷新が進み、「古びた昭和の温泉街」から「お洒落なリゾート地」への脱皮が進んだことや、官民挙げてのイベントやメディアPR、消費者の国内回帰現象、東京近郊で「新幹線・温泉・海・山」を兼ね備えた熱海の立地条件の良さの再評価などが挙げられる。

その他[編集]

2006年、熱海市長は財政危機宣言を発している。ただ、財政力指数が1を上回る地方交付税自体不交付でもあるため富裕団体ともいえ、一連の発表は各方面に影響を与えた。理由として基金の取り崩しによる黒字であり、基金が底をつく可能性が高いためである。プライマリーバランスでは事実上赤字財政である。

また、主要駅の熱海駅は静岡県内の東海道本線の駅では唯一、JR東日本の管轄となっており、熱海駅発の東海道本線のほとんどの列車が東京駅まで乗り入れている[9]。 このような事情から、静岡県内であっても中部地方ではなく関東地方の一部として扱われることがある。 また、神奈川県西部地域及び熱海市、計11市町の行政と観光関連事業者・団体が連携して滞在型の観光地づくりを目指す「箱根・湯河原・熱海・あしがら観光圏」[10]が、2010年4月28日、観光圏整備法により国に認定された。

人口[編集]

熱海市は全国平均と比べて少子高齢化が進んでいる。人口減少も著しいが、地方交付税の不交付団体であるため、過疎地域への指定は免れている。

Demography22205.svg
熱海市と全国の年齢別人口分布(2005年) 熱海市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 熱海市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
熱海市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 51,281人
1975年 51,437人
1980年 50,082人
1985年 49,374人
1990年 47,291人
1995年 45,610人
2000年 42,936人
2005年 41,202人
2010年 39,611人
2015年 37,544人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

市長[編集]

  • 市長:齊藤栄(2006年9月14日就任、4期目)

歴代市長[編集]

  • 樋口修次(1937年7月25日 - 1943年3月31日)
  • 水谷良雄(1943年5月6日 - 1945年9月25日)
  • 鶴見憲(1945年10月4日 -1947年4月1日)
  • 岸衛(1947年4月6日 - 1948年7月12日)
  • 宗秋月(1948年9月8日 - 1952年2月28日)
  • 山形文雄(1952年4月6日 - 1956年4月16日)
  • 小松勇次(1956年4月17日 - 1962年7月29日)
  • 市川止(1962年9月14日 - 1970年9月13日)
  • 川口美雄(1970年9月14日 - 1982年9月13日)
  • 内田滋(1982年9月14日 -1994年9月13日)
  • 川口市雄(1994年9月14日 - 2006年)
  • 齊藤栄(2006年9月 - 4期目)

別荘等所有税[編集]

  • 古くからの観光地であり、全国でも珍しく別荘税を徴収している。

経済・交流[編集]

産業[編集]

熱海市の夜景(2015年02月)

観光を中心とした産業が主軸で、平成17年度の国勢調査では次のような結果が出ている。

  • 第1次産業に従事する者 : 1.7%
  • 第2次産業に従事する者 : 12%
    そのうち67%が建設業の従事者である。
  • 第3次産業に従事する者 : 85%
    そのうち30%が飲食店や宿泊業の従事者である。

近隣地域[編集]

神奈川や東京の影響が大きく、いつの国勢調査においても、静岡県で唯一、関東大都市圏に含まれている[11]。 また、就業地別では、湯河原町小田原市といった神奈川県西部方面への流動が、丹那トンネル以西の県東地区への流動を上回っているとともに、東京都区部・横浜市への流動が静岡市への流動を圧倒的に上回っている[12]

市町村合併[編集]

現在のところ、どの隣接市町村とも合併は実施されていないが、平成の大合併の際には、市民アンケートの結果[13]を受けて、交流の深い湯河原町と合併して神奈川県に移籍することを検討した経緯があり、新聞などで報道され注目を浴びた。

姉妹都市(親善都市)[編集]

インフラ[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

東海旅客鉄道(JR東海)

東日本旅客鉄道(JR東日本)

現在、JR東日本の東海道本線は熱海の先の来宮信号場までで、この先の丹那トンネルよりJR東海の管内となる。信号場では客扱い、乗務員の交代が出来ないため、どちらも熱海駅で行われる。これにより熱海駅を境に横浜東京方面と沼津静岡方面の在来線運行の起点となっており、熱海駅発着の列車は多い。また伊豆急行線の普通列車も熱海駅まで乗り入れており、同様に下田方面への起点ともなっている。

過去には東海道本線(当時の熱海線:国府津 - 熱海)が開業する前に、人車軌道軽便鉄道として豆相人車鉄道→熱海鉄道1895年 - 1923年の間存在した。また日本遊覧飛行鉄道という伊東市までを結ぶモノレールの敷設計画も戦前に存在し、戦後も熱海モノレールが計画され、当時の運輸省から免許が出されたが諸般の事情で工事ができず、結局幻のモノレールとなった。

バス[編集]

道路[編集]

航路[編集]

未来都市計画フラックスタウン・熱海[編集]

東芝エレベータは、2020年をめどに新しい交通システム“シェアリングビークル”を生かした「フラックスタウン・熱海」という未来都市計画を立案している。 [1][2]

郵便番号[編集]

郵便番号は以下の通りである。2006年10月1日に変更。

電話番号[編集]

市外局番は大部分がNTT西日本管内の0557(NTT西日本伊東MA)だが、奥湯河原に接する泉は0465(NTT東日本小田原MA)で、NTT東日本の管内になる。

メディア[編集]

テレビ電波[編集]

真鶴半島中央にある小田原テレビ中継局や、東京スカイツリーからは関東広域圏の放送電波(東京波)が、初島の熱海中継局からは静岡ローカル放送局の放送電波(静岡波)が届くため、両方に開かれた地域であればアンテナ環境を整えるだけでどちらも視聴することができる。しかし山によって片方の電波が妨げられている地域では、他方の放送しか視聴することができない。(ただし、静岡波に関しては下述するように地元ケーブルテレビ局と契約すれば、どこでも視聴可能となる。(2018年10月以降))

関東・神奈川方面とのつながりが強い土地柄ゆえ、関東方面のテレビ電波(東京波)に対する需要が高く、それが山に妨げられている地域では、地元ケーブルテレビ局と契約することでその視聴が可能だったが、2011年のデジタル化以降、放送区域の規制が厳格化され、地元ケーブルテレビ局の東京波再送信が困難になり、強制的に静岡波のみの提供となるため、東京波再送信提供が終了する2018年10月以降は、東京波が山に妨げられている一部地域では東京波の視聴が不可能になり、静岡波のみ視聴可能となる[14]

教育[編集]

大学[編集]

私立

専門学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

幼稚園[編集]

  • 熱海市立網代幼稚園
  • 熱海市立伊豆山幼稚園
  • 熱海市立泉幼稚園
  • 熱海市立上多賀幼稚園
  • 熱海市立多賀幼稚園
  • 熱海市立緑ガ丘幼稚園

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

係留されたヨットとホテル群
海水浴客でにぎわうサンビーチ
上多賀の長浜海水浴場

神社[編集]

博物館[編集]

その他の建築物[編集]

公園・海水浴場[編集]

温泉[編集]

祭事[編集]

  • こがし祭り - 来宮神社の例大祭。例年7月(14)・15・16日に行われる。

イベント[編集]

その他[編集]

熱海市を舞台とする作品[編集]

熱海サンビーチにある『金色夜叉』の貫一とお宮の銅像

文学[編集]

映画[編集]

漫画[編集]

テレビアニメーション[編集]

テレビドラマ[編集]

近年ではテレビドラマに限らず、バラエティ番組等でも熱海を紹介する番組が増加傾向にある。

楽曲[編集]

DVD[編集]

ゲームソフト[編集]

関連する有名人[編集]

出身者[編集]

ゆかりがある人物[編集]

家があり、生活の拠点としている人物
その他

参考文献[編集]

  • 『熱海市史』(上下巻) 熱海市/熱海市史編纂委員会 1968/1
  • 『市制施行八〇周年記念 熱海温泉誌』 熱海市/石川理夫監修 出版文化社 2017/4

脚注[編集]

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  1. ^ 熱海の由来 - 熱海市公式ウェブサイト
  2. ^ 江戸時代 - 熱海市公式ウェブサイト
  3. ^ a b c d e f g 明治時代 - 熱海市公式ウェブサイト
  4. ^ a b 大正時代 - 熱海市公式ウェブサイト
  5. ^ a b c d e f g h 昭和時代 - 熱海市ウェブサイト
  6. ^ 山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』 東京堂出版、1980年10月。ISBN 978-4490101355
  7. ^ a b c d 熱海市の観光(PDF内年表) - 熱海市公式ウェブサイト
  8. ^ 施設案内 長浜海水浴場 - 熱海市公式ウェブサイト
  9. ^ 2015年(平成27年)の上野東京ライン開通後は、さらに栃木県の県庁所在地である宇都宮駅、群馬県の中心都市である高崎駅、埼玉県北部の深谷駅籠原駅まで乗り入れる列車も多く設定されている。
  10. ^ 箱根・湯河原・熱海・あしがら観光圏
  11. ^ 平成22年国勢調査 地域一覧,大都市圏・都市圏を参照。
  12. ^ 2010年国勢調査結果による。
  13. ^ わたしもひとこと・合併通信:市民アンケートは県境を越えた合併を希望を参照。
  14. ^ 有線テレビ2社、東京波30日切り替え―熱海 - 熱海新聞/伊豆新聞 2018/9/12
  15. ^ 熱海市開花情報
  16. ^ 津波心配だから…熱海市、沿岸のマラソン大会中止朝日新聞2012年9月13日
  17. ^ a b ラブプラス+ :熱海で“彼女”と旅行気分 「まつり」式典に市長も、温泉まんじゅうは完売毎日新聞、2010年7月10日。
  18. ^ a b 「もっと知りたい!――仮想彼女と熱海でお泊まり」『朝日新聞』2010年8月14日付朝刊、第13版、第29面。
  19. ^ 『真マジンガー 衝撃! Z編』の原作再現。
  20. ^ 【編集室】熱海図書館に「森村誠一文庫」開設 森村氏が自著1469冊を寄贈 - 熱海ネット新聞

外部リンク[編集]