読谷村

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よみたんそん
読谷村
Zakimigusuku.jpg
読谷村旗 読谷村章
読谷村旗 読谷村章
日本の旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
中頭郡
市町村コード 47324-3
法人番号 7000020473243 ウィキデータを編集
面積 35.28km2
総人口 39,747[編集]
推計人口、2021年4月1日)
人口密度 1,127人/km2
隣接自治体 沖縄市中頭郡嘉手納町国頭郡恩納村
村の木 フクギ
村の花 ブーゲンビリア
村の花木 イッペー
読谷村役場
村長 石嶺傳實
所在地 904-0301
沖縄県中頭郡読谷村座喜味2901番地
北緯26度23分45.8秒東経127度44分39.8秒座標: 北緯26度23分45.8秒 東経127度44分39.8秒
村役場位置

読谷村役所
外部リンク 公式ウェブサイト

読谷村位置図

― 市 / ― 町・村

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残波ロイヤルホテル

読谷村(よみたんそん)は、沖縄県沖縄本島中部、中頭郡に属する日本の村としては最も人口が多く、人口密度は同じ同郡の北中城村中城村に次いで3番目に高い。2015年の国勢調査では村として人口増加数は2位(1位は同郡の中城村)。

地理[編集]

隣接する自治体[編集]

字一覧[編集]

  • 伊良皆(いらみな)
  • 上地(うえち)
  • 宇座(うざ)
  • 大木(おおき) 昭和10年に伊良皆・大湾・楚辺・比謝の一部から新設
  • 大湾(おおわん)
  • 親志(おやし)
  • 喜名(きな)
  • 儀間(ぎま)
  • 座喜味(ざきみ)
  • 瀬名波(せなは)
  • 楚辺(そべ)
    • 大添(おおそえ) 昭和60年に発足した行政区であり住所は楚辺
  • 高志保(たかしほ)
  • 渡具知(とぐち)
  • 渡慶次(とけし)
  • 都屋(とや)
  • 長田(ながた)
  • 長浜(ながはま)
  • 波平(なみひら)
  • 比謝(ひじゃ)
  • 比謝矼(ひじゃばし)
  • 古堅(ふるげん)
  • 牧原(まきばる)

人口[編集]

Demography47324.svg
読谷村と全国の年齢別人口分布(2005年) 読谷村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 読谷村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

読谷村(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

気候[編集]

読谷 (標高90m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
降水量 mm (inch) 104.9
(4.13)
111.8
(4.402)
155.3
(6.114)
170.0
(6.693)
233.1
(9.177)
239.7
(9.437)
111.8
(4.402)
198.5
(7.815)
189.9
(7.476)
119.2
(4.693)
101.9
(4.012)
92.9
(3.657)
1,835.9
(72.28)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 11.0 11.3 13.0 11.5 12.4 11.4 8.9 11.6 11.7 8.2 8.9 9.2 129.0
出典1:理科年表
出典2:気象庁 (平均値:1981年-2010年、極値:1888年-現在)[1][2]


歴史[編集]

西海岸の砂丘上には沖縄貝塚時代(本土の弥生時代相当期)の遺跡が多くあり、渡具知木綿原遺跡からは九州の影響を受けたとされる箱式石棺墓がみつかっている。そのことからこの遺跡は、1978年(昭和53年)11月15日に、国の史跡に指定されている。

また比謝川の河口付近にある渡具知東原遺跡からは爪形文土器が見つかり、沖縄の先史時代文化が約7000年前まで遡ることが分かった。

  • 1908年4月1日 - 町村制施行により、旧区画における読谷山間切全域を読谷山村(ゆんたんざそん)と定める。
  • 1943年4月 - 村の中央部に帝国陸軍沖縄北飛行場建設開始。
  • 1945年4月1日 - 米軍が北飛行場をめざし上陸、「集団自決」を含め多くの住民の命が奪われ、また読谷村全域が占領地となる。米軍基地はその後も拡大・整備され、2006年まで村中央部を軍事施設が占めることになる。
  • 1946年8月 - 米軍基地が95%の土地を占有し、約5%の土地にあたる波平、高志保の一部地域に帰村許可。11月20日 - 第一次移動の約5千人が帰村[3]、12月16日、読谷村に改称。
  • 1997年4月1日 - 現在の読谷村役場が完成。返還前の読谷補助飛行場に建設されたため、日米地位協定第二条第4項(a)の「日米による共同使用」という形を取った。
  • 2014年1月1日 - 岩手県岩手郡滝沢村が市制施行。これにより、同村が人口1位となった。

米軍施設[編集]

沖縄戦で村の95%が米軍に接収され、1972年の本土復帰時においても読谷村の73%が基地となっていた。基地の返還におおくの年月と村民の労力が費やされたが、現在も村面積の36%を米軍基地が占める[4]

施設番号 返還協定での名称 旧名称 返還状態
FAC6021 ボロー・ポイント射撃場 ボロー・ポイント射撃場 一部を除き返還
嘉手納第一サイト
ボロー・ポイント陸軍補助施設
読谷第一陸軍補助施設
FAC6022 嘉手納弾薬庫地区 嘉手納弾薬庫
FAC6023 知花サイト 知花陸軍補助施設 B表: 陸自白川分屯地
喜名無線中継所
FAC6026 楚辺通信所 楚辺海軍通信補助施設 2006年返還
楚辺方向探知東サイト
FAC6027 読谷補助飛行場 読谷補助飛行場 2006年返還
中野サイト
FAC6035 波平陸軍補助施設 波平サイト 1974年返還
FAC6036 トリイ通信施設 楚辺トリイ・ステーション
楚辺戦略通信所
FAC6038 嘉手納住宅地区 嘉手納住宅地区 1977年に返還
2012年現在、読谷村の米軍基地が占める割合は36%。

現在の読谷村内の米軍基地[編集]

現在、読谷村では村の面積の36%を米軍基地が占めている。なかでも嘉手納弾薬庫は拘わる5市町村のなかで読谷村が最も多い面積となる[5]

施設番号 米軍基地 専有面積 (千㎡) 内読谷村 (千㎡)
FAC6022 嘉手納弾薬庫地区 26,585 10,656
FAC6036 トリイ通信施設 1,895 1,895
  • 瀬名波通信施設マイクロウェーブ塔: ボーローポイント射撃場(ボーロー飛行場)(陸軍・返還済み) - 東シナ海に沿って建設された飛行場跡地を陸軍が管理して射撃場や地対空ミサイル基地として使用していたが、1977年に区域東側の通信施設部分を残して返還された。残された東側部分は瀬名波通信施設に名称を変え、空軍管理の下継続使用されたが、2006年にマイクロウェーブ塔部分(約0.1 ha)を除くほぼ全域が返還された[6]

行政[編集]

  • 石嶺傳實村長

教育[編集]

小学校[編集]

中学校[編集]

高等学校[編集]

交通[編集]

バス[編集]

  • 一般路線バス - 琉球バス交通沖縄バスの2社により、以下の7系統が運行されている。20番と120番は2社共同運行で、主に国道58号を通り那覇市と名護市を結び、読谷村内の経路は同一で、村の中心部からは外れている。他の5系統は村中心部に近い読谷バスターミナル発着。28番・29番・228番は2社共同運行で、那覇市と読谷村中心部を結ぶ。48番は沖縄バスが運行し、恩納村を経由しうるま市旧石川市域と読谷村を結ぶ。62番は琉球バス交通が運行し、沖縄市・北谷町中心部と読谷村中心部を結ぶ。28番はかつて残波岬まで延長されたが今は廃止されている。
    • 下表の運行会社の「琉球」は琉球バス交通の路線、「沖縄」は沖縄バスの路線、複数表記は共同運行路線。
    • BT=バスターミナル
番号 路線名 運行会社 起点 終点 市町村 読谷村内の主な経由地
20 名護西線 琉球
沖縄
那覇BT 名護BT 那覇市 - 浦添市 - 宜野湾市 - 北谷町 - 嘉手納町 - 読谷村 - 恩納村 - 名護市 比謝、伊良皆、喜名(国道58号)
120 名護西空港線 那覇空港
28 読谷(楚辺)線 那覇BT 読谷BT 那覇市 - 浦添市 - 宜野湾市 - 北谷町 - 嘉手納町 - 読谷村 比謝、伊良皆、楚辺、波平(県道6号)
29 読谷(喜名)線 比謝、伊良皆、喜名、座喜味(県道12号)
228 読谷おもろまち線 おもろまち駅 伊良皆、楚辺、波平(県道6号)
48 石川読谷線 沖縄 読谷BT 東山入口 読谷村 - 恩納村 - うるま市 長浜
62 中部線 琉球 砂辺 読谷村 - 嘉手納町 - 沖縄市 - 北谷町 比謝、伊良皆、楚辺、波平(県道6号)
比謝、伊良皆、喜名、座喜味(県道12号)

道路[編集]

名所・旧跡・観光[編集]

残波岬灯台
大河ドラマ「琉球の風」の撮影に使われたオープンセット

読谷村出身の有名人[編集]

郵便[編集]

郵便局
  • 伊良皆郵便局
  • 喜名郵便局
  • 読谷郵便局

関連項目[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2012年8月10日閲覧。
  2. ^ 観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2012年8月10日閲覧。
  3. ^ 読谷バーチャル平和資料館
  4. ^ 【読谷村ウイーク2014】基地跡利用/インフラ整い活性化寄与” (日本語). 琉球新報. 2020年5月4日閲覧。
  5. ^ 沖縄県基地対策課「沖縄の米軍及び自衛隊基地(統計資料集)」令和3年3月
  6. ^ 『沖縄の米軍基地』(沖縄県総務部知事公室基地対策室、2003年)290頁。

外部リンク[編集]