インリン・オブ・ジョイトイ

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Yinling
(垠凌)

インリン
プロフィール
生年月日 1976年2月15日
現年齢 45歳
出身地 中華民国の旗 中華民国 台北市
血液型 B型
公称サイズ(2007年4月時点)
身長 / 体重 163 cm / 53 kg
BMI 19.9
スリーサイズ 86 - 67 - 86 cm
カップサイズ E
股下 / 身長比 85 cm / 52.1 %
靴のサイズ 23.5 cm
活動
デビュー 1995年
ジャンル タレント
他の活動 グラビアアイドル歌手女優、元プロレスラーアーティスト
事務所

英里有限公司

(EILI Co.,Ltd.)
モデル: テンプレート - カテゴリ

インリンYinling, 垠凌, 1976年2月15日[1]- )は、中華民国台湾台北市出身[2] で、タレント歌手女優アーティスト。2009年頃まで主に日本において活動した。歌手としてはビクターエンタテインメント所属。インリン・オブ・ジョイトイ(Yinling of Joytoy)[3] は旧芸名で、現在の芸名はインリン。

人物・経歴[編集]

台湾で生まれ、10歳の時に家族と来日[4]。以後は日本で過ごし、桜美林短大時代に読者モデルを経験し[4]、グラビアの世界に足を踏み入れると「エロテロリスト」を自称。セミヌードであるが、写真集等での過激な衣装やM字開脚が話題となる。着衣でのM字開脚も有名[5]

ジョイトイ」とはКуратанов(クラタノフ: 写真家・作詞作曲家)とインリンが結成したユニットの名前である。つまり、インリン・オブ・ジョイトイとは「ジョイトイプロジェクトの一員であるインリン」という意味。ユニットとしては、独自の世界観を有し、写真・映像や音楽による表現活動を展開する。

本名は顔 垠凌(イェン・インリン, Yan Yinling)彼女は台湾本省人である。父はカメラマンで[6]、実家は写真館を経営していた。俳優の金城武とは子供の頃同じマンションに住んでいて幼馴染。インリンは金城に憧れていたが、まったく相手にされていなかったという。

性格はドSである[7]。普段よく聴く音楽は、KiroroB'zオレンジレンジ。アヒル口である。

結婚後の現在は、家族と故郷の台湾に移り住み、主婦業と子育てを優先している(リラクゼーションサロンは双子の出産後に閉鎖)ため、芸能活動は不定期で行っており、主に育児日記等のブログの更新やYouTubeでの活動(インリンちゃんねる)を続けている。

美容の台湾国家資格及び国家調理師資格も取得[6]

日本の政治と歴史に対する視点[編集]

2006年、反戦イベント「WORLD PEACE NOW」に賛同するメッセージを寄せた[12]。2010年には社会民主党福島瑞穂党首を応援する集会において行われた「平和平等」をテーマとしたトークイベントに、田中優とともに出席している[13]。「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」の賛同者である[14]

2006年1月、小泉純一郎内閣総理大臣による靖国神社参拝に対して「靖国神社は、国民を洗脳してアジア侵略の加害者にした軍国主義宗教で、今でもあの侵略戦争を美化して正当化してるんですよ! そこで祈るなんてのは、中国・台湾・韓国朝鮮沖縄ベトナム等のアジアの被害者だけではなく、日本の為だと洗脳されて死んだ日本人植民地の人達にも失礼です」と批判している[15]

2007年8月、安倍晋三に対して「極悪な戦争犯罪者の孫」、「平和憲法を改悪しようとしてる」、「侵略戦争を反省してこれから戦争しないんなら『すみませんでした。憲法改正とかやめます! アメリカとさよならして軍隊も持ちません』って言えって!」と批判した。一方で、広島市長秋葉忠利平和記念式典における「唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任がある」、「平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり『ノー』と言うべき」という平和宣言に対しては「100%正しい意見」と評価している[16]

アーティスト活動[編集]

2004年、「金門芸術館-18の個展」[17] で、作品「Let Lovemaking Lead the World Towards Peace」[18] 発表。

2009年、「別府現代芸術フェスティバル2009 混浴温泉世界」で作品発表[19]

タレント活動[編集]

プロレス活動[編集]

プロレス『ハッスル』の地上波放送で進行役を務めたことが縁で、2004年12月の『ハッスル・ハウス クリスマススペシャル』(12月24日、後楽園ホール)より、悪役集団「高田モンスター軍」のナンバー2であり、同時に高田アマゾネス軍(モンスター軍の女子部門)のトップであるインリン様として登場。入場テーマ曲はモーリス・ラヴェルの『ボレロ』。

インリン様[編集]

インリン様はM字ビターンM字開脚による洗脳)のスキルはきわめて高いものの、プロレス的意味における格闘技のスキルが無いために、「体の一部」としての使用が許可されている。『ハッスル7』(2005年2月11日、愛知県体育館)で、6人タッグマッチながら小川直也との異色の対決が実現、デビュー戦にして小川からM字固めでピンフォールを奪って勝利した。同年7月の『ハッスル11』(7月15日、大阪府立体育会館)では川田利明ともタッグマッチで戦い、こちらはM字固めを回転エビ固めで返されピンフォールを奪われたものの、直前に投げ放った「体の一部である鞭がロープにかかっていた」として奇跡的なロープブレイク・無効試合の裁定が下っている。その後、『ハッスル・マニア2005』(11月3日、横浜アリーナ)ではHGとの6人タッグマッチが組まれた。結果はHGがインリン様をHG三角絞めで失神させフォール勝ちし、「インリン様」は黄泉の国に旅立った。

それから暫く姿を消していたインリン様は、『ハッスル・ハウス クリスマススペシャル 涙のラストM字ビターン』(2005年12月25日、後楽園ホール)にて「この世界で使えるM字パワーが底をついた」と引退を宣言、ロープにムチを掛けると『さよならの向こう側』に乗せて山口百恵のようにリングを去っていった。なお、この大会でインリン様が最後の力を振り絞って産み落とした卵であるイン卵様から孵化した生命体が、日本のプロレス界を根こそぎ壊滅させるだろうと高田総統は断言した。

プロレスラーとしてのインリンは受け身の一つも取れず、レスラーとはとても言えたものではないことは事実である。しかし「インリン様」というキャラクターをとことん演じきり、なおかつ出場した3試合全てで大会のメインイベントを務めたかと思えば、同時にM字開脚によって「暇で(異性に)もてない」プロレスファンを洗脳するという、WWEに於けるディーヴァの役割を担っていたと言える。ちなみに彼女がリングサイドで他の試合を優雅な椅子に座り観戦する事を「インリン様がご覧になる試合」、略してイン覧試合といった。そのキャラクターの徹底ぶりや、屈強なプロレスラーを向こうに回しての大立ち回りという話題性、そして僅か一年という短い期間で電撃的な引退という印象的な活動をもって、単なる色物としてではなく、れっきとしたプロレスラー「インリン様」として評価するファンも少なくない。

マスコミにもそれは評価され、東京スポーツ新聞社主催「2005年度プロレス大賞」にて「プロレス話題賞」を受賞している。

ニューリン様[編集]

その後、興行や会見で披露される度に鶏卵大〜1メートル超にまで成長を続けた(通常、卵は産み落とされてから大きくなる事はない)イン卵様だが、『ハッスル16』(2006年4月20日、大阪府立体育会館)のメインイベントにおいて孵化、インリンはイン卵様から生まれたニューリン様としてハッスルのリングに再登場。生後5分強?にして母の敵であるHGから勝利を奪った。また、この試合は(インリン様から通算して)自身初のシングルマッチであり、鋭いミドルキックを放ったり器用に丸め込んだりと、より戦闘的で凶暴なキャラクターに生まれ変わったという設定を表現するためにトレーニングを積んできた様子がうかがえる。

ニューリン様は母であるインリン様と比較して粗暴なキャラクターという設定であり、より攻撃的なファイトスタイルや下品な言葉遣いが特徴。コスチュームもピンヒールから動きやすいブーツになり、卵生であるが故に鳥類の羽をモチーフにした意匠が伺える。しかし粗暴なキャラは対外アピール向きではないとの判断からか、記者会見やイベント等には母であるインリン様が登場する場合が多い。

なおニューリン様はイン卵様の中に居た頃に、外部から何らかの衝撃を受けた影響で額に傷を負っており、その傷を隠すために顔半分を覆うマスクを着用している。その傷はモンスター軍が勝利する度に癒えていくという設定である。

『ハッスル18』(7月9日、パシフィコ横浜 国立大ホール)のメインイベントで高田総統に反旗を翻しモンスター軍を離脱。その原因は、額の傷が高田総統によるものだと知ったためである。その後『ハッスル・ハウス17』(7月11日、後楽園ホール)でHGの呼び掛けに応えてハッスル軍に入団、ハッスルポーズとM字開脚を披露した。

『ハッスル・マニア2006』(11月23日、横浜アリーナ)では、6人タッグマッチでカイヤを撃破するも、高田総統の化身ザ・エスペランサーのレーザービターンを受け右胸が爆発、意識不明の重体のうえ乳輪を失ってしまった。

再びインリン様[編集]

2008年4月、国立代々木競技場第二体育館で行われたハッスル30にて

2007年2月16日に都内で行われたハッスルの記者会見において、突如インリン様が復活。この直前に高田総統がハッスルを買収したことから、インリン様は「総統がハッスルを支配する以上、私がお手伝いするのは当然」と語り、3月に行われる『ハッスル・ハウス22』(3月15日、後楽園ホール)及び『ハッスル21』(3月18日、愛知県体育館)への参戦を発表した。なお、この際ニューリン様について「現在あるところに監禁されており、心変わりするまで外には出さない」とも語られた。(参考:[1]

新たなイン卵様・プロレス引退[編集]

2007年6月17日、『ハッスル・エイド2007』(さいたまスーパーアリーナ)においてグレート・ムタとの初対決が実現(インリン様&TAJIRI vs ムタ&RG)。魔界の住人相手に果敢に攻め込むも、M字固めを切り返された直後にM字パワーの源である股間へ毒霧を噴射され、ショックで失神KO。担架で運ばれる緊急事態となる(試合そのものはTAJIRIが3カウントを奪われて決着)。

その後7月11日の『ハッスル・ハウス26』に来場、深刻なダメージは無い事をアピールしM字ビターンを披露しようとしたが、リング上で突然つわりに襲われ病院へ直行。検査の結果「ご懐卵」である事が判明する。前回のニューリン様が遺伝子上の父親を持たない、いわばインリン様の完全なクローンであったのに対し、今回の新・イン卵様は稀代の大ヒール、グレート・ムタの遺伝子をも引き継いでいるという形でいわゆる「カブキ一族」としては初の女性形となるものと予想されていたが、8月18日の『ハッスル25』で生まれたのはに酷似したモンスター・ボノであり、インリンの化身ではなかった。

2008年5月24日、ハッスルを引退し、同時にプロレス活動休止。タレント・芸能活動に専念することになった。

2009年2月、ギャラの未払い分の支払いを求めてハッスルを提訴。このインリンの提訴がきっかけとなって、ハッスルの資金難が表面化することとなった[21]

出演番組[編集]

NHK総合

日本テレビ

TBS

フジテレビ

テレビ朝日

BS朝日

テレビ東京

ローカル番組

など

舞台[編集]

  • あり得ない島へ
  • LDK vol.3

インターネット番組[編集]

映画[編集]

出版物[編集]

CM[編集]

写真集[編集]

  • 焔の時代の物語
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ
  • 造反有理
  • 臨床実験
  • 上海黄浦路20号
  • 最終闘争
  • ミールのM
  • Woo Rin Yan
  • インカーネーション
  • ショータイム
  • 垠凌侵略
  • 性戯ノ見方
  • M革命
  • インリンメガトンボックス(ネット写真集インリンメガトンボックス [2])(小学館

DVD[編集]

  • ニカグダ
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ 血ト汗ト汁(監督:望月六郎
  • 紅色奴隷
  • 闘争開始
  • 非武装地帯
  • 月刊インリン・オブ・ジョイトイ II
  • ベスト オブ レースクイーン集団 Marioレースクイーンギャル(2001年8月、ソフト・オン・デマンド)共演:吉岡美穂、榎木らん、ほか
  • インリン with〜wish@yinling(2002年1月17日、ポニーキャニオン)

漫画[編集]

  • GUNDRAGON Σ寺沢武一作のCG、写真を組み合わせて作画された漫画。インリンはヒロインを演じている)

ゲーム[編集]

CD[編集]

特記なきは「JOYTOY」名義。

マキシシングル[編集]

  • 堕落のбашня(バーシニャ)(2005年11月30日)
  • Are U Wake Up (Sham-Poo TV mix) / SUPER★BEST TRANCE V(2006年4月5日)

アルバム[編集]

  • 愚民の恋(2003年12月25日)
  • 愛ゎまぼろし(2005年12月16日)

その他[編集]

  • Be My Lover!! / DJ KAORI feat.Yinling of JOYTOY with DOBERMAN INC(2004年12月16日)
  • Are U Wake Up ? / Yinling of JOYTOY vs. Takeshi Kongochi / SUPER★BEST TRANCE THE BEST AVCD-17784-5(2005年12月7日)
  • Can't Undo This !! 2006 / Sham-Poo feat. Yinling of JOYTOY / SUPER★BEST TRANCE VI AVCD-17978/B(2006年7月26日)
  • One More Time (4 Skips vs. Floorbreaker Club mix) / Daft Punk / SUPER★BEST TRANCE VII AVCD-23127 (2007年1月17日)
  • 中国語ジャーナル

PV[編集]

  • 餓鬼レンジャー『MONKEY 4』(出演当時、内容が過激と判断されたため、マクドナルドでの放送が途中で中止になった。)
  • JOYTOY『堕落のバーシニャ』

ライヴ[編集]

  • JOYTOY ライヴツアー2005〜2006(全国クラブ等約50回)

脚注[編集]

  1. ^ 営業用として公式には生年月日を1978年2月15日としている。
  2. ^ 所属事務所は「中国人」と表記している。
  3. ^ a b “「インリン」改名、台湾の芸能プロダクションへ移籍”. 日刊スポーツ. (2016年3月15日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1617074.html 2016年3月15日閲覧。 
  4. ^ a b #MeTooに参加 インリンさんがセクシーを発信し続ける理由|あの人は今こうしている”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2020年1月14日). 2020年4月9日閲覧。
  5. ^ 最近[いつ?]、テレビ番組で体が硬く、実は苦労していることを告白した。
  6. ^ a b インリンさん独占インタビュー | 台北ナビ”. taipei. 2021年5月26日閲覧。
  7. ^ 2007年7月22日の本人ブログより。
  8. ^ http://fujiwarahayato.blog.players.tv/
  9. ^ 東方庭園
  10. ^ ご報告です。|インリン・オブ・ジョイトイ オフィシャルブログ「-愛のエロテロリズム-」
  11. ^ 久々のテレビ出演!!! - インリン オフィシャルブログ
  12. ^ WORLD PEACE NOW(2006年3月18日・日比谷野外音楽堂・http://www.worldpeacenow.jp/)にて流されたインリンのメッセージ全文”. WORLD PEACE NOW. 2015年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月25日閲覧。
  13. ^ インリンさん・田中優さんとの集会報告(動画)”. 福島みずほOFFICIAL SITE (2010年6月11日). 2020年12月25日閲覧。
  14. ^ 賛同者”. イラク戦争の検証を求めるネットワーク (2009年11月12日). 2011年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月25日閲覧。
  15. ^ インリン・オブ・ジョイトイ (2006年1月6日). “アジアの安眠”. インリン・オブ・ジョイトイの日記 - 愛のエロテロリズム -. 2015年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月25日閲覧。
  16. ^ インリン・オブ・ジョイトイ (2007年8月16日). “頑張れ!日本”. インリン・オブ・ジョイトイの日記 - 愛のエロテロリズム -. 2015年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月25日閲覧。
  17. ^ 「金門芸術館-18の個展」
  18. ^ 蔡国強 PREVIEW EXHIBITION PHOTOS AND PROJECT CONCEPTS
  19. ^ インリン様もめくるめく「混浴温泉」の世界へ=大分 livedoor ニュース 2009年04月12日
  20. ^ 「ミイラン」問題の概要
  21. ^ ハッスル消滅危機…年内4大会急きょ中止 デイリースポーツonline 2009年10月28日[リンク切れ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]