国立代々木競技場

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国立代々木競技場

第一体育館

第二体育館
施設情報
正式名称 国立代々木屋内総合競技場
用途 体育施設
収容人数 13,291人 (第一体育館)
3,202人 (第二体育館)
設計者 丹下健三都市建築研究所(現・丹下都市建築設計)(建築)
坪井善勝研究室(構造)
井上宇市研究室(設備)
有限会社大瀧設備事務所(設備)
建設省関東地方建設局(現・国土交通省関東地方整備局
施工 清水建設株式会社(第一体育館)
株式会社大林組(第二体育館)
管理運営 独立行政法人日本スポーツ振興センター
構造形式 鉄筋コンクリート構造
(一部鉄骨鉄筋コンクリート構造
敷地面積 91,000m²
建築面積 25,396m2(第一体育館)
5,591m2(第二体育館)
3,217m2(付属棟)
合計 34,204m²
延床面積 132,398m²
階数 地上7階、地下1階(第一体育館)
地上1階、地下1階(第二体育館)
高さ 40.37m(第一体育館)
42.29m(第二体育館)
着工 1963年2月
竣工 1964年9月
所在地 150-0041
東京都渋谷区神南二丁目1-1
位置 北緯35度40分3.9秒 東経139度42分0.5秒 / 北緯35.667750度 東経139.700139度 / 35.667750; 139.700139座標: 北緯35度40分3.9秒 東経139度42分0.5秒 / 北緯35.667750度 東経139.700139度 / 35.667750; 139.700139

国立代々木競技場(こくりつよよぎきょうぎじょう)は、東京都渋谷区にあるスポーツ施設である。第一体育館第二体育館の他、インドアプールなどからなる。通称として「代々木○○(第一・第二)体育館」も用いられる。

概要[編集]

1964年昭和39年)の東京オリンピックの開催に備えて建設された国立代々木競技場は、同大会のサブ会場として使用されたもので、メインアリーナとなる第一体育館(本館、または「代々木オリンピックプール」ともいう)では競泳競技が、第二体育館(別館)ではバスケットボール競技が開かれた。

建築構造[編集]

体育館の設計は丹下健三の手によるもので、丹下の代表的作品でもある。第一体育館・第二体育館とも、吊り橋と同様の吊り構造の技術を用いており、第一体育館は2本、第二体育館は1本の主柱から、屋根全体が吊り下げられている。観客を競技に集中させるために考案された、内部に柱を持たない珍しい構造の建物である。また吊り構造の天井を安定させ、台風等の災害時にも問題が生じないように、油圧ダンパー制震ダンパー)で屋根の振動を抑える構造を採用しているが、油圧ダンパーを制震目的で採用した建物は日本初となった[1][2]

建設地にはそれまで占領アメリカ軍施設・ワシントンハイツがあり、アメリカ軍との返還交渉の難航などから工事着工はオリンピック前年の1963年2月と遅れた。その結果、竣工は東京オリンピック開幕のわずか39日前までずれこみ、1964年7月以降は昼夜関係なく24時間体勢で建設が進められ、まさしく突貫工事での建設だった[3]

その評判は、東京オリンピックの時にアメリカ水泳選手団の団長が「将来自分の骨を飛び込み台の根元に埋めてくれ」と申し出たと伝えられるほどで、戦後の日本を代表する名建築として高く評価されている。また、この体育館を設計した功績により、国際オリンピック委員会(IOC)は、東京都、日本オリンピック組織委員会とともに、丹下健三を特別功労者として表彰している。IOCのブランデージ会長は、授賞式において、次のように丹下の建築を賞賛した。「スポーツが建築家を鼓舞し、一方多くの世界記録がこの競技場で生まれた ことでも分かるように、この作品が選手たちの力をかきたてたと言えるのではないだろうか。この競技場は、幸いにも大会に参加できた人びと、また観戦するこ とのできた美を愛する人びとの記憶の中に、はっきりと刻み込まれるであろう」。

1999年、『国立屋内総合競技場』として日本の近代建築20選(DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築)に選定。

その後、建築用素材にアスベストが含まれていたことが判り、2006年8月より全面的なアスベスト除去工事を実施した。2006年8月から2007年3月は第二体育館、2007年1月から8か月は第一体育館をそれぞれ閉鎖し工事が行われた。この間の主要イベントは、関東地区の他会場(東京体育館駒沢オリンピック公園総合運動場体育館横浜アリーナさいたまスーパーアリーナなど)に変更された。

2010年 - 2011年にかけて、第一体育館と第二体育館で大屋根の全面塗り替え(1964年の竣工後、初)が実施された[4]

2017年 - 2018年度にかけて、初めての耐震改修工事を実施しその間は第一・第二体育館と室内水泳場を使用できなくなるとJSCは2016年4月20日に明らかにした。工期は22か月を予定し、「(2020五輪前年の)プレ大会には間に合わせたいと思う」としている[5]

第一体育館[編集]

第一体育館ゲート前に設置されている看板

競泳以外のイベントにも対応できるように、冬季はアイススケート場としてまた春季・秋季はプール部の上に木のパネルを貼って体育館として利用できる設計となっている。ただし、1993年8月東京辰巳国際水泳場が完成してからは競泳施設としては使われておらず、夏季のプールとしての利用も1998年3月をもって行われなくなった。なお、吊り屋根構造への影響を考慮してプールの躯体はそのまま残してあり、プールの上に鉄骨を組んで蓋をしているだけである。また、2002年4月には残っていた飛び込み台も撤去された[6]

隣接するサブプール「インドア50」は現存しており、団体専用に貸し出されている(2006年までは個人利用も可能であった)。

設計段階よりスポーツ以外の目的での利用も考慮されていたとのことで、丹下の過去作である愛媛県民館1953年竣工、日本建築学会賞受賞)等の経験も踏まえた多目的ホールとしての設計が盛り込まれ、音響についても一定の考慮がなされている[2]。そのため1983年CHAGE and ASKAが初めてコンサート会場として使用して以降、コンサート会場としての利用も多くなった。ただ音響の考慮はあくまで1960年代前半の技術レベルであるため、現代の基準で考えると音響は決して良いものとはいえない(実際、愛媛県民館も後に音響の悪さが問題となったため、1986年に同じく丹下の設計により愛媛県県民文化会館が建設されることになった[7])。

2013年現在は、主にバレーボールフットサルハンドボールなど体育館として利用されている。また毎年開催されるチアリーディング日本選手権大会の会場もこの第一体育館を使用している。稼働率が高く、2015年度は329日間利用された[8]

アリーナ部分のスペースが広く花道や派手な演出が可能なため、上述の通りコンサートやライブイベント、K-1 WORLD MAXや戦極などの格闘技の大会等のイベントホールとしても多く利用されている。

アイススケート場としての営業も2005年を最後に終了したが、現在も不定期でフィギュアスケートの公式戦は行われている。

  • 施設概要[9]
    • 建築面積 14,426 m2
    • 延べ面積 28,754 m2
    • アリーナ面積 4,000 m2(南北最大47.7m×東西最大96m)
    • 収容人員 13,245人(スタンド席9,061人(北1階2,272席/北1階車椅子5席/北2階2,338席/南1階2,106席/南1階車椅子5席/南2階2,385席)/ロイヤルボックス50人/アリーナ席最大4,124人/身障者席10席

第二体育館[編集]

バスケットボールの中心的な施設として利用されている。観客席ははすり鉢状になっており、プロレス会場としても使われる。

  • 施設概要[10]
    • 建築面積 3,872 m2
    • 延べ面積 6,947 m2
    • アリーナ面積 1,300 m2
    • 収容人員 3,195人(身障者席4席/移動席314席含む)

フットサルコート[編集]

第一体育館に隣接した屋外フットサルコート。2012年1月プレオープン、4月オープン。

  • 施設概要[11]
    • 屋外フットサルコート 4面
      • ロングパイル人工芝 3面(38m×19m)
      • ショートパイル人工芝 1面 (38m×19m)
    • ナイター設備付

広場[編集]

競技場敷地内には3か所の広場が存在し、各種イベントに使用されている。

オリンピックプラザ
第一体育館の西、第二体育館の北にある広場。代々木公園に隣接している。近年はシルク・ドゥ・ソレイユの東京公演の際に使用されることが多く、その際は原宿・ビッグトップ(近年は「新ビッグトップ」と呼ばれることも多い)の名称が使われる。
渋谷プラザ
第二体育館の南側、渋谷駅方面に面する広場。渋谷公園通りに面する。
原宿プラザ
第一体育館の原宿側入口前にある広場。1993年から2002年まで、クリスマスシーズンにDREAMS COME TRUEが「WINTER FANTASIA」と題して、同地に巨大クリスマスツリーを設置していた。

開催された主なイベント[編集]

第一体育館(イベント)[編集]

国立代々木競技場第一体育館の内部。2012年(平成24年)第87回天皇杯・第78回皇后杯 全日本総合バスケットボール選手権大会開催時

第二体育館(イベント)[編集]

国立代々木競技場第二体育館の内部。2009年2月14日JBL日立サンロッカーズパナソニックトライアンズ

フットサルコート[編集]

競技場全体[編集]

アクセス[編集]

位置情報[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ばら・す』(フジテレビワンツーネクスト)第38回
  2. ^ a b ロングライフビルの視点から見た国立代々木競技場 - 独立行政法人日本スポーツ振興センター
  3. ^ “どこ街クイズ”の答えは・・・ - 『吉田照美 ソコダイジナトコ』スタッフブログ・2010年2月15日
  4. ^ 代々木体育館、大屋根の総塗り替えに初めて挑む 日本経済新聞 電子版 2011年6月21日
  5. ^ 代々木競技場、耐震改修工事のため2年閉鎖に - 読売新聞、2016年4月21日
  6. ^ 国立競技場50年の歩み 国立競技場50年史編集委員会‖編集 日本スポーツ振興センター出版
  7. ^ 第8回 愛媛県民文化会館 - 百家全所 愛媛
  8. ^ 代々木競技場、22カ月使えず=17年から耐震工事 時事ドットコム 2016年4月20日
  9. ^ 施設紹介 代々木競技場第一体育館
  10. ^ 施設紹介 代々木競技場第二体育館
  11. ^ 施設案内 フットサルコート

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
パラエウル
ローマ
オリンピックバスケットボール競技
決勝戦会場

1964
次代:
パラシオ・デ・ロス・デポルテス
メキシコシティ
先代:
東京体育館
東レ・パン・パシフィック・テニス
決勝戦会場

1986・1987
次代:
青山学院記念館
先代:
青山学院記念館
東レ・パン・パシフィック・テニス
決勝戦会場

1990
次代:
東京体育館
先代:
ピース&フレンドシップ・スタジアム
ピレウス
バレーボール男子世界選手権
決勝戦会場

1998
次代:
エスタディオ・ルナ・パルク
ブエノスアイレス
先代:
エスタディオ・ルナ・パルク
(ブエノスアイレス)
バレーボール男子世界選手権
決勝戦会場

2006
次代:
パラロットマティカ
ローマ
先代:
大阪市中央体育館
大阪
バレーボール女子世界選手権
決勝戦会場

2010
次代:
メディオラヌム・フォーラム
ミラノ