レイザーラモンRG

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レイザーラモンRG
Makoto Izubuchi.jpg
横浜文化体育館で行われたハッスル・ツアー2008〜7.27 in YOKOHAMA〜にて
本名 出渕 誠(いずぶち まこと)
別名義 こぶしたかし[1]
生年月日 (1974-06-08) 1974年6月8日(44歳)
出身地 熊本県上益城郡甲佐町
(小学4年から高校卒業までは愛媛県八幡浜市
身長 177cm
言語 日本語
方言 伊予弁関西弁
最終学歴 立命館大学経済学部
師匠 細川たかし(こぶしたかしとして)
コンビ名 レイザーラモン
グループ名 ビッグポルノ小籔千豊+レイザーラモン)
相方 レイザーラモンHG
芸風 肉体芸すべり芸物真似あるあるソング替え歌
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1997年 -
同期 ヤナギブソン
過去の代表番組 爆笑キャラパレード
配偶者 既婚
公式サイト レイザーラモンRGの『まさかのTRUE LOVE』

レイザーラモンRG(レイザーラモンアールジー、1974年6月8日 - )は、日本お笑いタレント吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属。本名および旧芸名は出渕 誠(いずぶち まこと)。レイザーラモンHG(住谷正樹)とお笑いコンビ「レイザーラモン」を組んでいる。

立命館大学経済学部卒業。身長177cm、体重83kg、血液型O型。2003年に結婚、2005年6月に第一子(長男)誕生。

来歴[編集]

1974年6月8日、熊本県上益城郡甲佐町で生まれる。先祖には愛媛県伊予市にあった伊福城城主の出淵盛政や、落語家の初代三遊亭圓朝がいる[2]。小学4年生の時に、父親の異動に伴って愛媛県八幡浜市に転居[3]。いじめに遭いたくないため、スポーツの成績や特技について周囲にハッタリをかけるような少年であったが、それが嘘にならないように陰で努力もしていたという[4]

高校は進学校である愛媛県立八幡浜高等学校に入学。文系成績上位クラスに選抜された。部活動はバレー部に所属していたが、同時に結成していたメタルバンドのほうに傾倒していた。しかし、バンドに熱中するあまりに大学受験に失敗。一浪した末、立命館大学に入学した。

立命館大学でも軽音楽部に所属し「A.O.D」というバンドを結成、ベースを務めた。しかしあまり刺激を感じず、他のサークル活動を見学していたところ、立命館プロレス同好会(RWF)のメンバーに魅かれるものがあり、入部した。学生プロレス中心の生活となる中で、同志社大学の住谷正樹(後のレイザーラモンHG)と出会い、意気投合する。また、「ガロ」「COMIC CUE」といったサブカルチャー系の漫画にものめり込み、自ら漫画を描いて出版社に持ち込むまでにもなった。一方で学業にも真面目に取り組み、3年生の頃には就職の内定を決めていた[4]

立命館在学中の1997年10月に、住谷とお笑いコンビ「レイザーラモン」を結成。当時、大阪で心斎橋筋2丁目劇場が人気となっていたため、卒業記念に2丁目劇場のオーディションライブを受けてみたところ合格。さらにはその勢いで参加した「今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞した。また、2丁目劇場のライブ「SABIKI」にも出演した。卒業後はカーディーラー(トヨタ自動車の販売店)に就職し、営業職などを務めつつお笑いも続けていたが、仕事になじめず3ヵ月ほどで脱サラし、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに入社。アルバイトを掛け持ちしつつ、本格的にお笑い芸人としての活動を始める[4]

1999年バッファロー吾郎プロデュースの「爆笑新ネタ逆転満塁ホームラン寄席」に初出演。同年10月、初のレギュラー番組となる毎日放送『クヮンガクッ』がスタート(翌3月までレギュラー)。2000年、「ABCお笑い新人グランプリ」で審査員特別賞を受賞。

2001年11月、レイザーラモンは揃って吉本新喜劇に入団。出渕はヤクザ、間抜けな男、オタクなど、多彩な役柄を演じるオールラウンドプレイヤーとして活躍。自ら「超音波攻撃」と称する雅楽のモノマネ、一人プロレスなどのギャグを披露していた。在団中の2003年に結婚。この頃はアルバイトのビデオボックスで店長も務めており、収入は安定していたという[4]。住谷が「レイザーラモンHG」として大ブレイクしたことにより2005年末に退団、二人揃って東京進出を果たす。

その後はHGの影に隠れつつ、HGに便乗したキャラクターである「レイザーラモンRG」を名乗って露出を図る。RGとして「寄生虫」呼ばわりされながらも、多彩な持ちネタで徐々に存在感を増していく。さらに、HGのプロレス活動での負傷による長期休養もあり、2009年頃からRG単独での活動を増やす。その中で、市川海老蔵の物真似から派生した「あるあるネタ」がじわじわと支持を集めていき、一発屋に終わらない独自のキャラクターを確立することに成功した。

R-1ぐらんぷり』では、2011年、2012年で準決勝進出。2014年は初の決勝進出を果たし、準優勝となる。2017年にも決勝に進出している。

ギャグ・持ちネタ[編集]

吉本新喜劇時代[編集]

  • 吉本新喜劇の他の出演者と同様に、出渕またはレイザーラモンとしての「お決まり」のネタがあった。
  • 住谷との肉体芸。 「ここの勘定は俺が払う!」「いや俺や!」「俺や!」と張り合った挙げ句、揉み合いになると「あっ、暴力か!? 暴力か!? 暴力だけは絶対にやめろ、暴力だけは〜!!」と叫び、住谷にフライングニールキックを食らわせる。その後互いに攻撃し合うが、出渕は住谷に攻撃をかわされて舞台から落下。そして「こんなとこに崖があったとはなぁ!! でも、みんなの声援はちゃんと聞こえとるで〜!!」と絶叫する。走ってきたところで住谷のヒップアタックを喰らいロメロスペシャルでやられるパターンもある。
  • 「超音波攻撃や!」と、鼻をつまんで雅楽篳篥<ひちりき>)の旋律を奏でる。その後「続きまして、神主様からのお言葉です」と、地鎮祭の式次第よろしく司会口調で共演者に振る。すると共演者が「本日の地鎮祭…、やかましいわ!!」とノリツッコミを入れる。
  • 「ホンマにね、他人の悪口言うとったらバチが当たりますよ!」と言いながら、自分が蹴つまずいてしまう。だが立ち上がると、何事もなかったかのように「ほらね!」と去ってゆく。
    • それに対するツッコミ=「バチが当たっとるのは自分やないか!!」など
  • 他人の家に入る際「おジャーマン・スープレックス(その後に「ホールド」が付く事もある)」(一人ジャーマン・スープレックス)。
    • 類似品として「おジャパニーズレッグロールクラッチ」もある。
    • レイザーラモンRGで「おジャーマン・スープレックスホールド」をいたるところでするようになったが、技が決まった時には画面から見切れてしまい、さらにはしたたかに後頭部を打ってダメージを食らっていると言うオチがある。

レイザーラモンRG[編集]

  • 元々はテレビ朝日系『ガチンコ視聴率バトル』で放送された、レイザーラモンHGの相方キャラ発掘企画の数ある候補の中の一つ。キャラが未確定な部分が多く、むしろそのあやふやさと、相方人気に便乗した痛々しさを売りにしたキャラクターである。RGは「リアルゲイ(Real Gay)」の略で、「ハードゲイ(HG)の愛人」という設定になっていた。
  • コスチュームはHGと同様の全身エナメル革にサングラス。帽子だけは額に「RG」の文字・ドレッドヘアーの付いた物である。ただし、HGが隣にいる場合は素顔・私服のままRGを名乗ることも多かった。
  • HGが大ブームを起こしていた時期、出渕がRGとして登場するときはHGと一緒であることが多く、トークの機会があった時でもHGのことをよくネタにするなど、「寄生虫」と揶揄されるほどHGに強く依存していたキャラクターとなっていた。ただし、HGからは「絡み辛い」とあしらわれていたことが多かった[5]
  • HGの「フォー」に対抗して「フォフォフォ・フォー」というギャグを持つ。HGは割り込むとき「セイセイセイ」と発するが、RGは「ヨーヨーヨー」といいながら割り込む。ただし、これも未確定でRG本人さえも間違える。さらにHGほど体を鍛えてはいないため決めポーズの時足元がふらつく。「リアルゲイ」というキャラでありながら、「本当は女の子が好きです」と言ったこともあり、このキャラのあやふやさが周りの笑いを誘っている。ちなみにHGは当時独身であったが、RGは既に妻子持ちであった。
  • 派生キャラとして、「レイザーラモンAH(赤フンドシ)」がある。坂本冬美に温情をかけられ、彼女の新曲発売の際に応援団長に就任し、赤ふんどし一丁で踊るパフォーマンスで笑いを誘ったことがきっかけだった。このイベントにて坂本の頭上で腰を振り、頭に股間をあてがうという暴挙に出ている[6]
  • RG誕生までには出不精キャラの「レイザーラモンHN(ハードニート)」という案もあったが、結局相方とキャラがかぶるRGに落ち着いた。
  • こうして出渕がHGに寄生するキャラクターを次々と生み出した事について、HGは「私がハードゲイで思いっ切りボケてるのに、相方がキャラをかぶせてくると、それに対して私がツッコまなアカンようになる」「RGは第三者目線でなら大爆笑できるんやけど、相方として見てるとイタ過ぎますね」と、やや困惑していた。
  • RGとして活動する中で、博多大吉と仲良くなった。当時は大吉も相方の華丸の影に隠れがちであり、立場が似ているためなのだという(ただし大吉は地元福岡県での知名度はある)。
    • 大吉は相方の華丸がR-1制覇をきっかけにブレイクしたのを見て少し羨んだ時期もあったが、同じ時期にHGがブレイクしたため必然的にその上でのRGの姿を見ることになり、「あ、こうなっちゃいけないんだな」と反面教師にすることで己を律し、日陰に徹する良い機会になったと語っている。
  • 梶剛(勝山梶。現・アイスクリーム)とも、相方の勝山慎司が"ムーディ勝山"としてブレイクを果たし、RGと同じような境遇だったことから互いに親しくしているという。
  • テレビ朝日系『アメトーーク』で彼をフィーチャーした企画、「RG同好会」が2010年7月8日に放送された[7]

シルバーウルフ[編集]

  • 2006年の暮れから新キャラクターと題してやるようになったもの。「ロシアオオカミに育てられた少年」と言うものである。
  • 外見は名前の通りシルバー(銀色)を強調しているが、ほぼ白色であり、白ずくめの上下服に長めの銀髪、狼の耳を頭に付けたカツラを着用した姿。
  • 芸風は「視界に入る細かいものに反応」し、何でも最後は言葉を伸ばして叫ぶのが特徴。
  • 吉本興業からは「封印しろ」と表面上で言われていたが、2007年10月から動画配信サイトのYouTube(zzztv)にて「シルバーウルフのお悩み相談」と題された動画が配信されており、完全に封印したり不人気であるという訳ではない。
  • 2009年1月20日放送のTBS系『リンカーン』では、後述の「市川AB蔵」で「歌舞伎あるある」を披露した後に、「絶滅動物あるある」のネタを叫ぶキャラとして登場した。ただし、松本人志に「天津木村とカブってる」と言われ、突然「市川AB蔵」に切り替えた。また、BSジャパン少年タカトシ』でもこのキャラで出演した。ただし、まれに叫びネタをやるだけでトークは普通に行なった。

市川AB蔵[編集]

  • 元々は、相方のHGの結婚式でスピーチをした時に、丸坊主であったことと、緊張で目つきが鋭くなったことで、ケンドーコバヤシから「お前は市川海老蔵か」と突っ込まれたことががきっかけである[4]。翌日には着流しの衣装を購入し、2007年10月20日のテレビ東京系『やりすぎコージー』にて、市川海老蔵を真似た「市川AB蔵」なるキャラクターで登場した。この時に「お〜い、ドンペリ!(伊藤園お〜いお茶」のパロディ )」というネタを披露した[5]
  • 2010年3月26日、フジテレビ系『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに市川海老蔵が出演した際、全く面識が無いのにも関わらずお祝いの花を贈った。そのためタモリが花が届いていると紹介しても「その人、僕よく分かんないですけど」という返答になった[8]
  • 市川海老蔵暴行事件で不謹慎と認定され無期限封印に入る。しかし、『M-1グランプリ2010』の前説でこのネタを行い、放送されていないにも拘らず司会の今田耕司が生放送中に観客に謝罪するなどネタにしていた。その後事件が示談となりAB蔵ネタが解禁された上に、相方のレイザーラモンHGがAB蔵に便乗して作った「市川CD蔵」というキャラクターまで現れた。
  • 2007年の毎日放送『オールザッツ漫才』のFAXコーナーではタナからイケダ・池田と共に「エビゾーズ(W海老蔵)」として登場。2010年は「CM前のやり逃げコーナー」で海老蔵の女性遍歴をネタにしていた。RGとともに、米倉涼子ビタミンSマイコ)、佐藤江梨子ツジカオルコ)、小林麻央アジアン隅田)、市川團十郎(大木つばさ(つばさ・きよし))も出演した。

○○あるある[編集]

  • BARBEE BOYS目を閉じておいでよ』、石井明美CHA-CHA-CHA』、ZIGGYGLORIA』、1986オメガトライブ君は1000%』、ワム!ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ』などに乗せて「○○あるある早く言いたい〜♪」などと延々と繰り返し、サビの終わりで一言だけあるあるネタ(実際はたいがい誰でも知っていそうなこと)を言う歌ネタ。「○○は××しがち」というパターンのオチになることが多い。前フリだけで数分を費やすこともあり、周りから「早く言え」などと突っ込まれるのがお約束。オチ前に「○○あるあるいくよ〜」とあおることもある。
  • 2009年1月20日放送のTBS系『リンカーン』で初披露。同番組の「あるある芸人」のオーディションに参加したRGが、前述の「市川AB蔵」のキャラクターで「歌舞伎あるある」を披露しようとしたが、「中村勘三郎のことを中村勘九郎って言ってしまいがち」というネタしか思いつかなかった。そこでRGが苦し紛れに演じたのが、「『CHA-CHA-CHA』を歌いながら『あるある言いたい』で引っ張って、最後に1つだけあるあるを言う」ネタであった。このネタは、スタッフから「あるあるネタを数打つのではなく、言いたいけど言わないっていうのは新しいし、面白い」と評価され採用となった[4]
  • そこから芸人仲間にも披露するようになり、ケンドーコバヤシにあるあるネタが気に入られたり、テレビ番組のスタッフの間でも評判となったりなど、じわじわと彼らの話題に上っていった。RGは「目の前の人を笑かしたいだけでやってきた」という[9]
  • 2010年ごろから、あるあるネタでRGのブレイクの兆しが見られ[10]、実際にHG一人が売れていた時代と比べて、ピンでの出演が格段に増えた。また、あるあるネタの特性上、幅広い層に融通が利くことも安定した露出の要因となっている。
  • 2010年5月に披露した「アバターあるある」など、話題になったものや流行に便乗したあるあるネタも披露している。
  • MCの浅越ゴエとともに、「○○あるある」のみで構成されるライブも開催している。ライブでは、観客から「あるあるのお題」を振ってもらい、RGが即興で歌にする[11]。RGのツイッターでも、フォロワーとの間で同様のやり取りを行っている。
  • 歌人の俵万智は、“言葉の使い方が素晴らしいアーティスト”として桑田佳祐中島みゆきを抑えてRGのあるある芸を1位に選んでおり、RGと共演した時に『サラダ記念日』のあるあるを聞いて感動したと絶賛している[12]

歌ネタ[編集]

物真似[編集]

こぶしたかし[編集]

  • 細川たかしの物真似(形態模写)をしながら、前述の「○○あるある」などを披露するネタ。細川に公認されてからは「こぶしたかし」を名乗ってネタを行っている。
  • 側頭部を大きく剃り上げ整髪料で固める髪型をしていた細川に「かつら疑惑」が生じ、細川が疑惑を否定しつつも自らタブーに触れて笑いに変える立ち振る舞いをしていたことで、RGが「(細川は)いじっていいんだ」と確信し物真似を始めた[14]。2016年のTBS系『水曜日のダウンタウン』の収録にて、くっきー野性爆弾)とハリウッドザコシショウを笑わせようと見せたのが初披露だという[9]
  • 2017年4月14日放送のフジテレビ系『ダウンタウンなう』にゲスト出演した細川が、髪型を誇張しているRGの物真似ネタを知り、「こいつ馬鹿じゃない?」「大崎(吉本興業社長の大崎洋)に電話して、こいつクビ」などと不快感を露わにしつつ「一回(RGと)会ってみたい」と発言した[15]
  • これを受けて、同年5月21日放送の日本テレビ系『行列のできる法律相談所』にて細川とRGの初対面が実現した。RGが土下座で細川に謝罪し、細川のヒット曲『北酒場』をベースにしたあるあるネタを披露すると、細川は「俺の歌をよく覚えた、大したもんだ」と感心し、RGを公認した。さらに、RGという芸名にピンとこなかった細川が、自ら「こぶしたかし」の芸名を与えた[16]
  • 細川の公認以降は、細川とこぶし(RG)が師弟関係を結び、二人が共演する機会も増えている。独特な髪型を維持するため、RGが他のネタをやりづらい状況になっているが、こぶしたかしのネタ一本でも仕事量が激増したという[1]

人物・逸話[編集]

  • 一歳下の妹がいるが、高校時代は彼女のほうが何倍も面白い人物だったという。
  • レイザーラモンはNSC出身ではないが、現ザ・プラン9ヤナギブソンとはデビューがほぼ同期で、ヤナギブソンがコンビ「君と僕」を解散した頃、ツッコミ役を求めていた住谷が声をかけたことがある。だがその頃、一方の出渕は「(レイザーラモンに)黒人女性を加入させたい」と、突拍子もない構想を持っていたという。
  • 相方の住谷はHGブームで全国区にのし上がったが、人気の面で遅れをとった出渕は嫉妬するどころか「HGはめっちゃカッコいい」と、相方への溺愛ぶりを吐露していた。
  • HGがブレイクしていた頃は、彼の給料がRGの20倍になっていたことが判明している。当時の雑誌のインタビューで収入について語っており、実は芸能活動よりも青果運送のアルバイトでの収入が多いと語った。
  • RGを名乗り始めた初期の「リアルゲイ」のキャラクターや、「○○あるある」などの、一見空気を読まない芸風から、「どんなにスベっても受けなくても一切動じずやりきる『折れない心』の持ち主」と見られることが多く、実際に大喜利イベントの『ダイナマイト関西』では「IRON HEART MAN」というキャッチフレーズが付けられたこともある[17]。しかし、RG自身は「ハートの強さ」については否定しており、「何もしないのがいちばん悪いと思っているので、損得勘定は抜きにして、とにかく前に出るスタイルを貫いている」「(自分を支えてくれる芸人仲間やスタッフ、ファンなど)周りを信じて、周りを喜ばせるために頑張りたい」と、芸風から受けるイメージとは違った謙虚な姿勢を語っている[4]
  • 夫婦揃ってハロー!プロジェクトのファンで、特にメロン記念日の大ファン。先の『SUNRISE SUNSET』の自分のパートにはモーニング娘。の『ザ☆ピ〜ス!』の“選挙の日”のくだりのリリックをアレンジして挿入した。ただし、ビッグポルノのDVDでは著作権の都合上、該当の部分はすべてカットされた。
  • 友近の単独ライブには毎回VTRで出演。その特異なキャラクターを遺憾なく発揮している。
  • 2009年6月9日、NHK教育テレビの『おかあさんといっしょ』の「はみがきじょうずかな」のコーナーに親子で出演。コネなどではなく普通に応募したところ、当選して出演する運びになった。もちろん、収録スタジオでは、誰も芸人のレイザーラモンRGだとは気づかずに、一般のお父さんとしての扱いだった[18]
  • 妻と共に日本野鳥の会の会員である。紅白歌合戦の審査集計員として出演することを目指すためであったが(日本野鳥の会が紅白の審査集計を担当したのは1981 - 85年と1992年のみであり、現在の審査集計は麻布大学野鳥研究部が担当している)、会員として活動するうちに野鳥の魅力にひかれていき、現在は自ら"野鳥愛"を語ることもある。飼育が禁止されているメジロの2017年5月大規模摘発押収事件については「野鳥の声が聞きたいなら野鳥の近くに住めばいい。ぼくは野鳥がよく来る公園近くを選んでそこに住んでます」とコメントを寄せた[19]
  • バイクでのツーリングやスニーカー収集を趣味としている。ツーリング仲間には徳井義実福田充徳(共にチュートリアル)、堤下敦インパルス)、井戸田潤スピードワゴン)らがおり、RGツーリングクラブを結成してプライベートでのツーリングや動画投稿などを行っている。スニーカー収集では、2018月11月16日放送の 『アメトーーク』に「スニーカー芸人」として出演し、RGが提唱した「キモ撮り」というスニーカー撮影法が視聴者の反響を呼んだ[20]
  • 2014年8月28日ツイッターで娘が2013年に18トリソミーで死産したことを報告した[21]

主なエピソード[編集]

トゥマバルクタカトシ[編集]

2004年8月、うめだ花月のオープン1周年記念イベント「真夜中祭り」で、『24時間テレビ』をモチーフにしたコントが演じられた。出渕は募金活動を行っているそばを行く通行人の役だったが、この際に「ちょっと! 誰が妻夫木聡なんですか!?」という台詞を噛んでしまい、「ちょっと! 誰がトゥマバルクタカトシなんですか!?」と言ってしまった(ケンドーコバヤシ曰く、「溺れながら出てきた様だった」)。この全く原型をとどめない噛みっぷりが共演者のツボにハマってしまい、特にバッファロー吾郎木村明浩は暫くの間立ち上がれないほど笑い転げていた。木村はこれがよほどツボだったようで、同年11月開催のイベントのタイトルを「トゥマバルク・フロム・ダードゲイ」と名付けたほどだった。

TOMIKO[編集]

2004年12月11日にインディペンデントシアターセカンドで開催されたレイザーラモンの単独ライブ「奈良フー!!!」で、出渕は凄まじいほどのどもりを持つ女・TOMIKOを演じた。

いずドン![編集]

2004年12月21日Zepp Osakaで開催されたお笑いライブ「バッファロー吾郎の23時間半ライブ 〜再入場OKなんです。」では、出渕が自らプロデュースした持ち込み企画を披露。『欽ドン!』のパロディコント(『良い子悪い子普通の子』など)に挑んだものの、余りにもシュール過ぎて理解不能な展開であったため、客席は今までにないほどの沈黙に。当日出演していたケンドーコバヤシが「色のない世界」と形容したほどで、今も尚伝説として語り草になっている。ちなみにこの模様の一部はケンドーコバヤシのDVD『追悼ケンドーコバヤシさん』の中に収録されているが、わざとかどうかは定かでないが通常のDVDメニューからは閲覧できない。パソコン上でファイルを個別にロードすれば最後のパートにほんの1分ほど登場する仕組みであり、そのわずか1分でも「色のない世界」を十分堪能できる。

プロレス活動[編集]

学生プロレス [編集]

立命館大学では立命館プロレス同好会(RWF)に所属。リングネームは新崎人生を下ネタ風にオマージュした「チン先真性」だった。京都統一タッグ選手権の初代チャンピオンに輝いた経験を持つ。しかし出渕本人によれば、同志社大学の同志社プロレス同盟(DWA)に在籍していた住谷が正統派のプロレスをしていたのに対し、自身は「コミックレスラー」だったとも言う。また、試合よりも実況席に座ったときのしゃべりの方が好評であったとの証言もある。大学のアマチュアレスリング部が部員不足であったため、RWFの面々もそちらの練習に週に数回参加しており、実際に大会出場経験もある。

RWFの先輩には芸人のユリオカ超特Q、後輩には後に新日本プロレスのレスラーとなる棚橋弘至がいる。そのため、RGは普段棚橋を「おい!棚橋!」「タナ」などと呼び捨てにしているが、吉本興業の先輩であり大の新日本プロレスファンの博多大吉は「人前で呼び捨てにするな!」「チャンピオンなんだから敬え!」とRGに説教をしたことがある[22]。なお、棚橋自身は、一応RGを先輩として立てる発言をしている。

ハッスル[編集]

2005年よりHGが参戦していたプロレスイベント「ハッスル」にRGも出場するため、2006年に「パワーアップでオー!ディション」に参加、2月10日のドラフトまで生き残る。鈴木浩子第3代GMは「これほどの才能の原石を見たことがございません。何とかとハサミは使いよう。いただいておきましょう」と鈴木家の一員に加えられ、正式にハッスルの参戦が決定した。鈴木第3代GMの退任と彼女の推薦により第4代GMに就任。ハッスルでのニックネームは「孤独の疫病神」「自称・"ハッスルの神の子"」。

ハッスルハウスvol.20において行われたGM総選挙において坂田亘に敗れ、GMの座から退任することとなった後、坂田軍団の一員となり、やられ役としてのギミックで活動を続けた。

ハッスルでも、「リアルゲイ」としてのRGと同様に、「勘違いして調子に乗ったキャラクター」が与えられていた。参戦当初は寒いギャグを織り交ぜたマイクパフォーマンスなどで観客からのブーイングや「帰れ」コールを浴びせられるのが常であったが、試合を重ねるに連れ、ハードな受身を取ったり、流血戦にも耐えるなど、レスラーとして成長していった。タイガー・ジェット・シン天龍源一郎川田利明鈴木みのるなどといった国内外の大物レスラーと対戦した。後期ハッスルではその大げさな受身の取り方を始めとしたやられっぷりの良さで人気を博し、ハッスルの裏エース、後楽園ホールの主役とまで呼ばれ、メインを務めることも多かった。ハッスルマニア前の記者会見ではGMWに、HGへの発言として「お前よりもRGの方が面白かった」と言わしめ、HGも「はい。私も初めてRGが面白いと思いました」とRGをを認める発言をした。

2009年にHGが大怪我を負い、ハッスル自体も興行中止となる事態が発生したため、RGもこれをもってハッスルから離脱することとなった。

ハッスル崩壊後も時折リングに上がることがあり、2010年DDT両国大会では、足の重傷から一日限定復帰したHGと組んで男色ディーノとハンデキャップマッチを行っている。また、全日本プロレスでは第3代F-1タッグ選手権を獲得(パートナーは征矢学)。2011年4月には「SKULLSHIT presents THE LIVE 2011」で飯伏幸太と対決[23]。2016年12月の「骸骨祭り」では蝶野正洋とのシングル戦が組まれていたが、前日のタッグマッチで曙のエルボーで肋骨を2本骨折し試合は流れてしまった上、直後に参加した『博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜 』(フジテレビ)の撮影では、通常モノマネ後に奈落に落とされるところ、スタッフの配慮で舞台袖に捌けることとなった[24]

得意技[編集]

Dear棚橋
棚橋弘至ハイフライフローと同型[25]

音楽活動[編集]

高校時代および立命館大学時代にバンドを結成していたこともあり、洋楽、特にヘヴィメタルに造詣が深い。冠徹弥と親交があり、しばしば対バンすることもある。

2003年に、レイザーラモンと小籔千豊がパフォーマンスユニット「ビッグポルノ」を結成(2014年解散)。下ネタを積極的に織り込んだコントやラップなど、様々なパフォーマンスを行っていた。ビッグポルノでの出渕(RG)は意外なまでに高い歌唱力を持ち味としており、陰茎大阪をモチーフにしたナンバー『SUNRISE SUNSET』などを収録した自主制作盤も制作し、人気を博していた。

2012年より、RG、椿鬼奴藤井隆の3人で、好きな洋楽をカラオケで歌うだけのイベント「Like a Record round! round! round!」を随時開催している。2014年には、藤井が主宰する音楽レーベル「SLENDERIE RECORDS」所属のユニットとして(ユニット名はイベント名と同名)、KOJI1200(今田耕司)の『ナウ ロマンティック』のカバーや、オリジナル曲『kappo!』をリリースしている。

メディアへの出演歴[編集]

テレビ(新喜劇退団まで)[編集]

なお、上記の2番組は、山陽放送GAORAでも放送。

テレビ[編集]

ドラマ[編集]

アニメ[編集]

ウェブテレビ[編集]

ラジオ[編集]

舞台[編集]

  • HAKANA(「いとしの儚」より)- 殿様播磨 / 地蔵菩薩 / 助兵衛 役(3役)(2008年4月、明治座(東京都))
  • 友よ静かに眠れ(2009年3月、神保町花月(東京都))
  • la mascara dorada 〜伝説の覆面レスラー〜 (2009年6月、京橋花月(大阪府))

映画[編集]

CM[編集]

PV[編集]

  • THE冠「中3インマイドリームス〜行ってみたいなL.Aに〜」フルバージョン

連載[編集]

著書[編集]

DVD[編集]

  • GREATEST HITS(2013年)
  • Live in Japan(2013年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b RG、細川たかし物まねで仕事量“30倍”「こぶしたかし一本です!」”. オリコンニュース (2017年7月11日). 2017年10月2日閲覧。
  2. ^ TVでた蔵「2013年11月12日放送 100秒博士アカデミー」”. ワイヤーアクション (2013年11月12日). 2015年5月2日閲覧。
  3. ^ 宮迫博之トークライブでの本人の発言による。
  4. ^ a b c d e f g レイザーラモンRGがもがき達した無二の境地”. 東洋経済オンライン (2018年10月19日). 2018年10月19日閲覧。
  5. ^ a b レイザーラモンRG お見事「すべり芸」”. 夕刊フジ (2011年3月24日). 2015年5月2日閲覧。
  6. ^ 2005年11月5日 日刊スポーツ 芸能面記事
  7. ^ 「アメトーーク!」RG同好会の放送日が決定”. お笑いナタリー (2010年6月15日). 2015年5月2日閲覧。
  8. ^ レイザーラモンRGが会見で大暴走!?「よしもとの空気読み。」が配信スタート!”. よしもとニュースセンター (2013年3月6日). 2015年5月2日閲覧。
  9. ^ a b c d RGはなぜ“攻めたモノマネ”をやるのか?”. Yahoo!ニュース (2018年9月13日). 2018年9月23日閲覧。
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  28. ^ RG名義

外部リンク[編集]