AMEMIYA

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
AMEMIYA
生年月日 (1978-11-10) 1978年11月10日(40歳)
出身地 日本の旗 日本 千葉県佐倉市
血液型 AB型[1]
身長 175 cm
言語 日本語
方言 標準語
最終学歴 千葉県立幕張総合高等学校
出身 NSC東京校3期
コンビ名 ノンストップバス(1999年 - 2003年)
相方 西条みつとし(コンビ時代)
芸風 歌ネタ
事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
活動時期 1997年 - 2003年
2010年 -
(※芸人としての活動時期)
同期 ザブングル
現在の代表番組 スマホのトリセツ
過去の代表番組 HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP
作品

CD「冷やし中華はじめました」(SMALLER RECORDINGS)
書籍「日本の歴史はじめました」(双葉社)

CD「マジ歌はじめました〜箸にも棒にもかからなかった名曲たち〜」(SMALLER RECORDINGS)
他の活動 歌手 役者
配偶者 既婚
公式サイト プロフィール
受賞歴
R-1ぐらんぷり2011準優勝
イケメン歌がうまい王座決定戦スペシャル優勝
アメロック→AMEMIYA
出生名 雨宮 陽平(あめみや ようへい)
生誕 (1978-11-10) 1978年11月10日(40歳)
出身地 日本の旗 日本 千葉県佐倉市
学歴 千葉県立幕張総合高等学校
ジャンル ロック
J-POP
職業 歌手ギタリスト
担当楽器 ギター
活動期間 2003年 - 2009年(※ダイナマイトオレンジのメンバーとして)
2011年 -(※ソロ歌手として)
共同作業者 ダイナマイトオレンジ(解散)
著名使用楽器
Takamine

AMEMIYA(アメミヤ、1978年11月10日 - )は、日本お笑いタレント歌手。本名は雨宮 陽平(あめみや ようへい)。

来歴・経歴[編集]

略歴[編集]

千葉県千葉市稲毛生まれ 、同県佐倉市志津育ち[2]千葉県立幕張総合高等学校卒業。

1997年吉本総合芸能学院(NSC東京校/3期生)に入学。高校の同級生の西条みつとし(後のあれきさんだーおりょう)とコンビ「ノンストップ」を結成しツッコミ役を務める。NSC東京卒業後はワタナベエンターテインメントに所属。コンビ名を「ノンストップバス」と改名する。

2003年ノンストップバス解散。同年ボーカリスト「アメロック」(amerock) として転身し、同窓生と「2人バンド」を結成。2005年にはバンド名をダイナマイトオレンジに改名。同バンドを率いる歌手、エンターテイナーという形で活動する。

2009年ダイナマイトオレンジ解散。翌2010年から再びお笑い芸人としての活動を再開することを決めSMA NEET Projectに所属。ギター一本で自作の歌ネタを披露するというスタイルで活動を始める。

2011年『R-1ぐらんぷり2011』に初出場。準優勝を果たす。同年5月に放送された『イケメン歌がうまい王座決定戦スペシャル』にも初出場。優勝を果たす。

2012年『R-1ぐらんぷり2012』に出場。決勝進出を果たし、2年連続のファイナリストとなる。

高校-NSC時代[編集]

尾崎豊が大好きで、始めはお笑いよりも音楽に興味を持っていた。父親に高校の入学祝いとしてアコースティックギターを買ってもらったことがきっかけで曲作りを始め、同級生の友人らとともにバンド活動も行っていた。当時はボーカルではなくサイドギターを担当していた。

高校卒業時進路に迷っていたところ、同級生であった西条みつとし(後のあれきさんだーおりょう)がNSCに行くのを知り自分もお笑いをやってみようと入学を決意。1997年、彼と共に「ノンストップ」というコンビを組み、ツッコミを担当することとなる。当時はボケとツッコミを交えたオーソドックスなコントを主体とする芸風で、ネタを作っていたのは基本的に相方であった。

しかしNSC卒業後もお笑いでやっていこうという決意までは固まっておらず、ツッコミ役にも違和感を感じており、たまに出演していた銀座7丁目劇場が閉館するタイミングで吉本興業を辞める。これを機にお笑いそのものからも足を洗おうと考えたが、相方の説得もあり結局は新たな事務所を探すこととなる。

そんな折NSCの講師もやっていた放送作家の元祖爆笑王ワタナベエンターテインメントを勧められ、オーディションを受け一発合格する。晴れて「ナベプロ芸人」となり、コンビ名も「ノンストップ」から「ノンストップバス」へと改名する。

ノンストップバス時代[編集]

「ノンストップバス」となってからは芸風がガラリと変わり、「絵の中に閉じ込められる男」や「あの世に行くエレベーター」などストーリー性の高いシュールなコントネタを手掛けるようになった。2人のアイドル的な風貌も相まって次第に人気も高まって行き、『爆笑オンエアバトル』や『新しい波8』、『やるヌキッ!』などテレビの仕事も舞い込んでくるようになった。

しかし徐々に盛り上がりを見せ始める周囲の環境を余所に、常々抱いていたツッコミ役への違和感はどうにも拭い去れず、また自分の力が発揮できているという自信も持ち得なかった。他の仕事が増えた時にどうすれば良いだろうという不安に苛まれながらも我慢して活動を続けていたが、その我慢が張り通せなくなった25歳の頃、半ば強引な形でコンビ解散という道を選ぶこととなる。事務所に解散を告げに行った際は、また引き留められないようにするため頭がおかしくなったと思われた方がいいだろうと、サングラスをかけたパンクロッカーのような出で立ちで「アイ・アム・ミュージシャン!!」と連呼した。マネージャーには「俺の目の黒い内は絶対に舞台に上がらせねーからな!」と激怒されたという。

2人バンド-ダイナマイトオレンジ時代[編集]

ワタナベエンターテインメントを辞めた後は、かねてより興味のあった音楽の道へと進むこととなる。ちょうどその頃、高校時代に曲作りの楽しさを教えてくれた友人が仕事に迷いを持っていた時期でもあったため、彼を誘い「2人バンド」というバンドを組み正式に音楽活動を始める。当時の芸名は「アメロック」であった。

程なく小さな会場を借り初のワンマンライブを開催すると、ノンストップバス時代のファンが足を運んでくれたこともあり約80人以上が集まった。それに気を良くして開催した2回目は30人に減り、それでも懲りずに開催した3回目はわずか3人しか集まらなかった。3回目はあまりの少なさに開演を30分遅らせてみたものの、そのために2人が帰ってしまい結局1人しか残らなかったという。

しかしその後、ノンストップバスを知る関係者の手引きもあり、爆笑オンエアバトルの音楽編である熱唱オンエアバトルに出場の機会を得る。オンエアを勝ち取り史上初となる「オンバトシリーズ」両方の出演を果たしたものの、開始の合図と同時に演奏せねばならぬルールを無視し歌の直前にトークを挟み3笑い位とってから開始したため、ディレクターに「調子に乗ってるのか!」と首根っこを引っ掴まれて激怒され、その後この番組には二度と呼ばれなかったという。

以降メンバーを増やしバンド名を「ダイナマイトオレンジ」と改め、マネージャー兼フロントマン兼エンターテイナー兼ボーカルとしてその一切を取り仕切るもライブをやる度に借金が嵩み、その借金を返済するためにバイト漬けの生活を送らねばならず音楽活動はなかなか日の目を見ることがなかった。それでも一時は芸能事務所に所属したこともあり、舞台の主題歌や挿入歌を担当したこともあったが、メンバーの不慮の事故、脱退などを経て、2009年末には6年間続いたバンド活動にも終止符が打たれることとなる。

ピン芸人AMEMIYAの誕生[編集]

バンドをやっている間も芸人時代の仲間や先輩との交流が続いていたこともあり、2010年には再びお笑いの道へと戻る決心をする。芸の方向性は、芸人仲間の一人はいじぃの助言もありギターを用いた歌ネタと定めた。事務所はハリウッドザコシショウに誘われたこともあり[3]、年齢制限もなかったSMA NEET Projectを選ぶ。芸名はシンプルに名字の雨宮を横文字にしただけのAMEMIYAとした。

SMAのオーディションライブである「SMAトライアウトライブ(笑)」で、最初の内は今までの自分の人生を笑いにしたいと思い自虐ネタを中心にやっていたが、反応はあまり芳しくなかった。何とかバンド時代培った作曲能力と歌唱力を生かしたネタを作りたいと考えていた折、街でたまたま「冷やし中華はじめました」の貼り紙が目に留まり、これにメロディーを乗せたら面白いのではないかと閃く。こうして自身を代表する歌ネタ「冷やし中華はじめました」が誕生した。

「冷やし中華はじめました」のネタを「SMAトライアウトライブ(笑)」で披露したところ、ウケもよく順位も初めてトップを獲得した。それがきっかけで事務所より「あらびき団」のオーディション話が舞い込み、試しに受けてみたところ合格。2010年9月7日放送の『あらびき団 超拡大SP 爆笑!あらびきカーペット』に初登場し、「シンガーソングライター芸人」としてネタを披露することとなる。するとその時たまたまゲスト出演していた今田耕司に絶賛され、その後2011年1月30日『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の「山-1グランプリ」にも初登場したことで一気に注目度が高まり、Googleの急上昇検索ワードで5位となる。更にそのことが同年2月3日放送分の『ズームイン!!SUPER』で取り上げられ、翌日2月4日には『笑っていいとも!』にも初登場し俄かにとんとん拍子で事が運ぶようになった。

そして、当時過去最多の3,572名が出場した『R-1ぐらんぷり2011』でシードなしの初出場にして次々と予選を勝ち進み、同年2月11日生放送の決勝大会に進出。1回戦で木村明浩バッファロー吾郎)に11-10、2回戦で山田與志COWCOW、現・善し)に15-6と勝ち進み、決勝で佐久間一行と対戦し、1-6に終わったものの、準優勝を果たす快挙を成し遂げた。R-1ぐらんぷり直後に行われた日刊スポーツのユーザーアンケートでは「もっとも面白いと思った芸人」、「今年最も活躍すると思う芸人」ともにAMEMIYAがトップ得票を得ている[4]。さらにその翌年開催された『R-1ぐらんぷり2012』でも決勝に進出、2年連続のファイナリストとなった。

その後の主な芸能活動[編集]

『R-1ぐらんぷり2011』の直後、2回戦で披露し高評価を得た「東京ウォーカーに載りました」のネタが実際に『東京ウォーカー』(角川マガジンズ)編集長の目に留まり、本人よりTwitterやオフィシャルブログのコメント欄でラヴコールを送られた結果、2011年3月から10月まで同誌での連載も実現した。同誌編集長とはラジオ番組『夕やけ寺ちゃん 活動中』にて共演も果たしており、2011年夏には「AMEMIYA×東京ウォーカー」のコラボレーションTシャツも制作される。

さらに2011年4月21日発売のPlayStation Portableソフト『ガチトラ! 〜暴れん坊教師 in High School〜』(スパイク)では、南明奈とともにプロモーションイメージキャラクターに起用され、自身初となるCM出演も果たす。その後同年5月より放映開始された『金麦/それぞれの金麦・第二話〜帰省篇〜』(サントリー)のCMにも高良健吾藤竜也とともに起用され、ついで2011年6月より大阪市浪速区の『スパワールド世界の大温泉』、2012年4月より『キング観光』(パチンコ店)、2012年5月より『土崎BC』(秋田市のパチンコ店)、2012年10月より『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ|白泉社)のCMにも起用される。

その他起用されたプロモーションキャラクターには、映画『八日目の蝉』、映画『赤い珊瑚礁 オープン・ウォーター』、日産自動車「新型日産車7台『一斉プレゼントはじめました♪』キャンペーン」、ミニストップ「体が喜ぶ夏ごはんキャンペーン」、カゴメ「高等学校学園祭“トマト鍋”応援フェア」、mmbiNOTTV」、三菱電機「AMEMIYA×ハイブリッド霧ヶ峰 - きりがみやキャンペーン」、日清食品「新型焼きそば1ミニット-1分焼きそばはじめました-」、EST Corporation「EST Doc」、株式会社ワン&オンリーキャスティング「ジョブレストラン」、ニフティ「@niftyでネットォはじめましたー」、内閣官房「マイナンバーカードはじめました」などがあり、各イベントに出演したり、キャンペーンソングを手がけるなどしている。2014年に起用されたジェイフロンティア株式会社「酵水素328選」のプロモーションでは、2ヵ月間で12.9kgの減量に成功した。これ以外にも、歌手『わもとまりも』(ソニー・ミュージックアーティスツ)の公式サイト上で彼女のオリジナル宣伝ソングを披露するなど[5]、次々とその活動の場を広げている。

ミュージシャンの経歴を持つAMEMIYAは、お笑いのみならず音楽分野でも活動しており、それ故自身を「ハイブリッド芸人」とも称している。2011年5月31日に放送された『イケメン歌がうまい王座決定戦スペシャル』では、一回戦で金子貴俊、二回戦で清水良太郎、準決勝でサンプラザ中野くん、決勝で野村将希らを破り、初出場にして優勝を果たした。その際披露した曲は、一回戦「栄光の架橋」(ゆず)、二回戦「シェリー」(尾崎豊)、準決勝「Everything (It's you)」(Mr.Children)、決勝「古い日記」(和田アキ子)。ここで披露した「シェリー」と「古い日記」は、2012年5月30日発売のCD「歌がうまい王座決定戦コンピレーション〜歌うま七人衆〜」にも収録される。 他にも、2012年7月25日にリリースされたMARiAのファーストアルバム『aMazing MusiQue PaRK』にて自身が作詞作曲を手がけた「第一歩」という楽曲を提供したり、2013年7月には書き下ろした楽曲「でっかい声で歌おう」が第一興商のCMソングに採用されるなど、ネタ歌ではない楽曲の制作、提供も行っている。2013年12月5日には、売れないバンドマン時代に書き溜めた楽曲を中心に収録した自主制作CD、「マジ歌はじめました〜箸にも棒にもかからなかった名曲たち〜」をリリース。このCDには前出の「でっかい声で歌おう」や、レギュラー番組「ピンスポ」のテーマソングなども収録されている。

AMEMIYAは主に週末に日本各地で精力的にライブ活動を行っており、型破りなそのステージはさながらロックフェスのような様相を呈する。2011年6月26日に島根県出雲市で開催された「AMEMIYAライブinゆめタウン出雲」では、ショッピングセンターのミニライブであったにもかかわらず2,000人強を集客、ヒートアップしたAMEMIYAが客席にダイブするほどの異様な盛り上がりを見せた。

2011年10月28日には、SHIBUYA-AXで開催されたSPARKS GO GO主催の音楽イベント、「SHIBUYA JUNCTION 2011 “また倶知安じゃないジャン!”」にゲスト出演。「JUNK JUNK JUNKに捧げる歌」と自身の代表ナンバーである「冷やし中華はじめました」を披露した。

2012年11月8日には、Zepp Nagoyaで開催された「ZEPP! STEP! SMA! @NAGOYA」に出演。トップバッターで自身の出演を終えた後、堂島孝平との「葛飾ラプソティー」のセッションにも参加した。またこのとき、ユニコーンを始めとする他の出演者全員によりバースデーソングと冷やし中華を模ったホールケーキをプレゼントされ、2日後に迫った34歳の誕生日をサプライズで祝福された。

2012年11月30日には、マウントレーニアホール渋谷で自身初となる単独ライブ、「ワンマンライブはじめました2012」を開催。「降りてくるシリーズ」各ネタのバンドバージョンや「腹が立ちました」「AMEMIYAカッコつけてました」「冷やし中華はじめました〜第二章〜」等の新ネタに加え、ダイナマイトオレンジ時代の代表曲「がんばろうぜ」などを披露。笑いと音楽を融合させた、「ハイブリッド芸人」ならではのステージを作り上げた。

2013年1月には自身初となる冠番組、「AMEMIYAの全力で番組はじめました。テレビ愛知)」が放送開始となる。次いで2013年4月からは、アニメキャラクターに扮したAMEMIYAがシンガーソング・ナレーターとして登場する情報番組「ピンスポ!(日本テレビ)」も放送開始となる。

2013年12月3日には東京・下北沢440にて2度目の単独ライブ、「AMEMIYA レコ発ワンマン2013『AMEふぇす』〜歌ネタとマジ歌の祭典〜」を開催した。このライブは1部で歌ネタ、2部でマジ歌コンサートを披露するという2部構成となっており、合間にはAMEMIYAが原宿の竹下通りを歩いて世間から忘れ去れていないかを検証するという自作のVTRも流れた。 1部のネタでは、馴染みのCMソングを妄想で補完する歌ネタ「CMソング完全バージョン」や新聞のテレビ欄を見ていたら降りてきた歌ネタ「最高のラブソング〜新聞のテレビ欄バージョン」、そして自虐ネタ「なんでおれは」「でっかい男」などの新ネタを披露し、2部のマジ歌コンサートでは1stアルバム「マジ歌はじめました〜箸にも棒にもかからなかった名曲たち〜」に収録された楽曲をバンドメンバーらと共に披露した。また、2部ではザ・ビートモーターズの秋葉正志もゲストとして駆けつけ、AMEMIYAと共にウルフルズの「バンザイ〜好きでよかった〜」のカバーも披露する。 全編を通しオテンキ江波戸、アポロ奥村、ハッピーエンド田中、ふみつけ大将軍小仲、DJ chan森 TOKYOらSMAの後輩芸人が登場してミニコントやチアリーディングなど披露し、また「でっかい声で歌おう」の演奏時にはSMA代表取締役の高橋章も飛び入り参加して得意のギターを披露するなど、所属事務所の仲間も大いに舞台を盛り上げた。最初チケットの売れ行きが悪く開催すら危ぶまれていたという[6]このライブは、結局は立ち見が出る程の大盛況の内に幕を閉じた。[7]

2014年9月3日には『歌ネタ王決定戦2014』で決勝進出を果たし、馴染みのCMソングを妄想で補完する歌ネタ「CMソング完全バージョン」を披露するも1位には手が届かなかった。しかし同番組内で放映されたAMEMIYAへの応援コメントには斎藤工が登場し、その時の歓声では1位を獲れたと喜んでいる。[8]

2014年10月21日より、youtubeに自身の公式歌ネタ動画サイト「AMEMIYATUBE」を立ち上げ、不定期に新作の歌ネタを発表している。

2015年5月より、SMAの後輩芸人であるマツモトクラブと「ヘイヘイタイム」というライブを不定期に開催している。また、2016年の8月より、同じくSMAの芸人であるロビンフットのおぐと「アメオーーグ」というライブを不定期に開催している。

2016年の11月にはマイナンバーカードのプロモーションキャラクターに抜擢され、内閣官房HP内で「マイナンバーカードはじめました」という動画を公開している[9]

2017年1月「じっくり聞いタロウ〜スター近況(秘)報告〜」に出演時、2016年ほとんどテレビに出演していなかったにもかかわらず自身の月収が260万円であったことを明かす。現在も高収入を得ている理由は、CM出演、企業パーティーや結婚式での営業等。それぞれで披露している「○○はじめました」のオリジナルソングが好評で、CMは「3社」と契約、企業パーティーは「月12〜13本、夏は20本」のオファー、披露宴には「3ヶ月で50本の問い合わせ」があるという。また、同番組ではブレイク中の状況も語っており、月〜金はテレビで、土日は営業の日々が1年半くらい続き、その当時の過去最高月収900万円(給料が500万円、CDの印税が400万円)であったという[10][11]

趣味嗜好[編集]

愛用しているギターブランドは「Takamine」で、2011年7月からは自身のオリジナルモデル[12]を使用している[13]。この他にもブラウンのボディに同様のデザイン文字が刻まれたモデルやブルーのモデル、「YAMAHA」のAPX1000PW(パールホワイト)を使用する場合もある。

好きな映画は『男はつらいよ』(渥美清主演、山田洋次原作・監督)で、それが高じ同DVDマガジンにも登場したことがある。 好きな漫画は『おぼっちゃまくん』(小林よしのり)で、生まれて初めて全巻揃えた漫画だという[14]。 その他の好きな漫画は『はじめの一歩』(森川ジョージ)、『ONE PIECE』(尾田栄一郎)、『神様はじめました』(鈴木ジュリエッタ)、『トリコ』(島袋光年)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など。2010年12月24日結婚。中学時代は水泳部部長。趣味はサウナ。

ネタ[編集]

AMEMIYAの歌ネタは「街で色んな言葉を目にすると、つい歌が降りてきます」という前口上から始まる。基本スタイルはこの言葉の示すとおり、街でよく見かける言葉に触発された果てしない妄想をギター一本で弾き語る、というものである。

この「降りてくるシリーズ」の代表的なネタには「冷やし中華はじめました」、「東京ウォーカーに載りました」、「この売り場から1等が出ました」などがある。これらの代表曲に「ご飯のおかわり自由です」を加えCDメジャーデビューも果たしている(2011年4月27日発売、SMALLER RECORDINGS[15])。また、同CDには真心ブラザーズ桜井秀俊がプロデュースしたボーナストラック、「冷やし中華はじめました 〜バンドはじめましたバージョン〜」も収録され、バンドメンバーにはdetroit7 山口美代子フジファブリック 加藤慎一も名を連ねている。上記以外のネタには「東大合格者3名出ました」、「食後は歯をみがきましょう」、「サッカー中継放映中」、「バンドメンバー募集中」、「赤ちゃんが乗っています」、「お友達を大切に」、「カバの赤ちゃんが生まれました!」などがある。

またこれら「降りてくるシリーズ」のほかに、『○○に捧げる歌』という形でさまざまな芸能人、イベントなどの紹介ソングも披露している。この「捧げるシリーズ」は2011年2月28日に放送された『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』での「コンビ愛に涙しました」が契機となっており、同曲はゲスト出演していたコブクロの二人に捧げるという形で、ダウンタウンの逸話を「冷やし中華はじめました」のメロディに乗せて紹介するというものであった。その後も平井堅Perfume少女時代前田敦子 (AKB48)、いきものがかりKARA板野友美 (AKB48)、超新星、ダウンタウン、福山雅治中島美嘉錦野旦松田聖子東方神起フレンチ・キスタッキー&翼NYCJUJUナオト・インティライミFUNKY MONKEY BABYS山下智久Hey! Say! JUMP渡辺麻友 (AKB48)、ももいろクローバーZ若旦那遊助NMB48SMAP芦田愛菜木村カエラ徳永英明チャン・グンソクベイビーレイズ華原朋美などに歌を捧げている(平井以降はすべてゲスト本人を紹介するものとなっている)。同番組の「700回直前みんな元気になる生放送SP」ではサプライズ出演で大トリを務め、ゲスト全員に捧げる歌を披露した。同じく「生放送みんな元気になるXmasスペシャル!」では14年ぶりに出演したSMAPの曲紹介を務めたが、その際木村拓哉が「冷やし中華はじめました」を歌うサプライズもあった。同番組の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)からの復興をテーマにしたプロジェクトでは「陸前高田市に捧げる歌」を書き下ろし、収益金を全額被災地に寄付している。

2012年6月25日に放送された『しゃべくり007』では、AMEMIYAを「今気になっている芸人」に挙げた仲間由紀恵にラヴソングを捧げ、その他の番組では、ネプチューン和田アキコ東国原英夫高木美保ビビる大木寺島尚正ローラ、ROY (THE BAWDIES)、ハリウッドザコシショウ、羊子お台場合衆国、ダイハツKOOZA、オールナイトニッポン広瀬香美)などにも同様の歌を捧げている。

2011年7月3日、2012年2月2日に放送された『キョクタ→ン』(TBS) では歴史好きを公言し、歴史上の偉人たち(小林一茶夏目漱石森鴎外徳川家康源義経一休宗純ハンス・クリスチャン・アンデルセンアイザック・ニュートン他)にも同様の歌を捧げた。その後2012年7月21日には、双葉社より『日本の歴史はじめました』という自身初となる単行本を出版。同書の付録DVDでは、縄文時代から幕末までの50の史実に妄想を混ぜ込んだ歌を自ら作詞作曲、披露している。

メディア出演[編集]

テレビ[編集]

レギュラー[編集]

  • ミマせん?(旧: ミラクルマジカル宣伝部)(中国放送 2014年4月18日-)
  • ピンスポ(日本テレビ 2013年4月20日-)

過去の主な出演[編集]

CM[編集]

ラジオ[編集]

レギュラー[編集]

過去の主な出演[編集]

マルチメディア放送[編集]

PV[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

# 発売日 作品 最高順位 認定 アルバム
オリコン[18] Hot 100[19] RIAJ
DL
[20]
1st 2011年4月27日 冷やし中華はじめました 77
"—"はチャート圏外かチャート対象外を意味する。

ミュージックビデオ[編集]

ビデオ 監督
2011年 冷やし中華はじめました 山口保幸[21]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ http://neet-project.com/profile/amemiya/
  2. ^ 京成らいん vol.641
  3. ^ ザ・テレビジョン』2011 No9
  4. ^ “好み分かれやすい?/R1アンケート結果”. 日刊スポーツ. (2011年2月12日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110212-736315.html 2011年3月27日閲覧。 
  5. ^ http://wamotomarimo.jp/
  6. ^ bayfm MOZAIKU CHOI FURU NIGHT 11月29日放送回より
  7. ^ お笑いナタリー「SMA芸人が加勢、AMEMIYAの歌ネタ&マジ歌祭り大盛況」http://natalie.mu/owarai/news/104981
  8. ^ AMEMIYA Official Blog「歌ネタ王決定戦2014のオフショット!打ち上げにて!」http://ameblo.jp/amemiya-only1/entry-11920118301.html
  9. ^ 内閣官房 マイナンバーカードはじめましょう http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/mynumbercard-startcontents.html
  10. ^ 日刊大衆「“冷やし中華”AMEMIYAは現在も月収260万円を稼ぐ成功者だった!?」http://taishu.jp/detail/26360/
  11. ^ スポニチアネックス「AMEMIYA、月収は260万円『…はじめました』今も引っ張りだこ」http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/01/20/kiji/20170120s00041000109000c.html
  12. ^ ブラックのボディに赤字で「AMEMIYA」のデザイン文字が刻まれ、ポジションマークはなると模様、サウンドホールを雷文で縁取った、どこか中華料理を髣髴とさせるエレアコ。
  13. ^ http://www.takamineguitars.co.jp/blog/2011/07/amemiya.html
  14. ^ HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPにて披露した『に捧げる歌』では、この漫画が自身のお笑いの原点であると明かしている。
  15. ^ http://www.smallerrecordings.com/
  16. ^ ハライチ、2人揃ってAMEMIYAに「うるせー!」マジ歌ライブin横アリに1万2000人”. お笑いナタリー (2018年6月2日). 2018年6月30日閲覧。
  17. ^ 「秋マン!!2015」特集 (1/3)”. コミックナタリー (2015年9月13日). 2016年4月2日閲覧。
  18. ^ AMEMIYAのCDシングルランキング” (日本語). オリコン芸能人事典. オリコン (2011年). 2011年5月7日閲覧。
  19. ^ JAPAN Hot 100” (日本語). ビルボード (2011年). 2011年5月7日閲覧。
  20. ^ 最新の音楽配信チャート” (日本語). RIAJ有料音楽配信チャート. 日本レコード協会 (2011年). 2011年5月7日閲覧。
  21. ^ 冷やし中華はじめました” (日本語). 関連楽曲情報. スペースシャワーTV (2011年4月). 2011年5月19日閲覧。

参考文献[編集]

  • 週刊実話,2012年4月7日発行,日本ジャーナル出版,63-65頁のインタビュー記事(略歴部1.1.1-1.1.4の記事作成にあたり参照)

外部リンク[編集]