尾藤イサオ

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尾藤イサオ
Bito Isao "Something Like Something Like It" at Opening Ceremony of the 28th Tokyo International Film Festival (22404193236).jpg
基本情報
出生名 尾藤 功男(びとう いさお)
生誕 (1943-11-22) 1943年11月22日(73歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都台東区
ジャンル ロカビリーポピュラーソング
職業 歌手俳優
活動期間 1961年 -
レーベル ユニバーサル
公式サイト 尾藤イサオ・ホームページ

尾藤 イサオ(びとう イサオ、1943年11月22日 - )は、歌手俳優声優。本名、尾藤 功男(びとう いさお)。

東京都台東区出身。身長168cm、体重55kg、血液型A型。

父は百面相や形態模写を得意とした落語家で寄席芸人の3代目松柳亭鶴枝。母も芸人であった。長女は歌手の尾藤桃子

来歴[編集]

1953年に、曲芸師・鏡味小鉄の内弟子となり鏡味鉄太郎を名乗って、幼少時代は太神楽曲芸師として活躍[1]。小鉄と兄弟子・小次郎存命時には、3人で共演することもあった。高校時代はロカビリーなどの音楽に興味を持つ。

1960年プロダクションの門をたたき、後のGSバンド「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」をバックに練習に励む。

1961年アメリカのハリウッドに渡り翌1962年5月までハリウッドで勉強。帰国後の9月、フランツ・フリーデルをリーダーとするバンド「ファイア・ボール」の一員になり、東京都内のジャズ喫茶に出演するようになる。当時のレパートリーは「ジェニ・ジェニ」「ルシア」「火の玉ロック」「ハウンド・ドッグ」等のロックナンバーであった。ジャズ喫茶での歌唱に目を留めたテレビのプロデューサーにより「パント・ポップショー」(TBSテレビ)「スパーク・ショー」(フジテレビ)のレギュラーになる[2]

1963年の「新春日劇ウエスタンカーニバル」初出演。以降「日劇ウエスタンカーニバル」に連続出演。2月銀座の音楽喫茶「ニュー美松」で開催されたプロ歌手、バンドのみによる「プロ・ロック・コンテスト」にて歌手部門で1位になる。1963年3月「ミュージック・ライフ・人気投票」(1962年の人気による投票)では36位に初登場[2]。5月開催の「第20回記念日劇ウエスタンカーニバル」ではプレスリー賞を受賞。

1962年に「東芝レコード」に内定していたものの、初めてのレコードが発売となったのは1964年2月。このころ「ブルー・コメッツ」の専属シンガーだったが、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」の主題曲「マック・ザ・ナイフ」のカヴァー「匕首マッキー」でソロでデビュー。デビュー曲にしてヒットとなった。以降シングル盤は1967年まで殆どが「ブルー・コメッツ」がバックを務め録音され発売された。

1964年3月「ミュージック・ライフ・人気投票」では18位になる。7月、アニマルズのカヴァー『悲しき願い』(原題 Don't Let Me Be Misunderstood)発売[3]。大ヒットとなり、彼の代表作となる(1978年にセルフカヴァーし、再びヒットさせている)。10月に内田裕也との初のアルバム『ロック、サーフィン、ホッドロッド』発売。(尾藤のソロ4曲。デュエットが4曲。演奏:ブルー・ジーンズ、ブルーコメッツ)[2]

1965年12月内田裕也とのアルバム第2弾『レッツ・ゴー・モンキー』(演奏:ブルー・ジーンズ、ブルーコメッツ)を発売。この2枚のアルバムはグループ・サウンズ発祥前の日本のロックである。この年3月の「ミュージック・ライフ・人気投票」では7位になり、初のベストテン入り[2]

1966年ビートルズ日本公演の前座として内田裕也ブルージーンズジャッキー吉川とブルーコメッツ等と出演し、合同演奏を行った。

12月初のソロアルバム「ワーク・ソング」発売[2]

1969年ボクシングアニメあしたのジョー』の主題歌を歌い、これも彼の代表作となる。

1970年代からは俳優としての活動が顕著となり、二枚目半・三枚目・小悪党などを演じてきた。市川崑の『股旅』で三人主役の一人、NHKドラマ『幻のぶどう園』で主演。『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984年 - 1989年)では、リカルド・タブス役であるフィリップ・マイケル・トーマスの吹き替えをした。俳優への可能性を開いてくれた市川監督との仕事はその後ブランクがあったが、最晩年に到って5本の映画に立て続けに招かれている。

平成24年度 たいとう観光大使 [4]

人物・エピソード[編集]

  • 駄洒落が得意である。
  • ビートルズ日本公演の前座に出演した後、内田裕也と一緒にステージの真下でビートルズの演奏を見ていた。この公演では、事故や混乱防止のため会場である日本武道館のアリーナには座席は設置されず、結果的にビートルズの演奏を最も間近で見ていた一人となった。
  • あしたのジョー』の主題歌には「ルルル〜」と歌う箇所があるが、寺山修司はこの部分の歌詞も作っていた。

発表作品[編集]

シングル[編集]

-東芝音楽工業・東芝EMI シングルA面/B面-

アルバム[編集]

-東芝音楽工業・東芝EMI アナログ・アルバム-
…ワーク・ソング/蜜の味/恋の苦しみ/グリーン・グリーン/ローラに好きだといってくれ/泣かずに笑って/孤独の町/ロックンロール・ミュージック/ユー・アー・マイ・サンシャイン/悲しき願い/涙のギター/ダイナマイト[5]
  • 『涙のギター/悲しき願い』(尾藤イサオ&ドーン)1978年7月20日
…涙のギター/悲しき願い/街並みは絵本/夕映えの森/ワーク・ソング/ジプシーロード/ブロウ/朝日のあたる家/ベビーにあうとき/裸足のマリー

CD[編集]

  • 『ロック・サーフィン・ホットロッド+2』(TOCT-8018)1993年5月26日 同タイトルアナログ・アルバムのCD化、ボーナストラック2曲追加。
  • 『レッツ・ゴー・モンキー』(TOCT-8021)1993年5月26日 同タイトルアナログ・アルバムのCD化。
  • 「悲しき願い'60s to '90s」(TOCT-9807)1997年2月26日、マキシシングル
…悲しき願い '97 (ニューヴァージョン)/悲しき願い '97 (リミックス ヴァージョン)/悲しき願い '78 (尾藤イサオ&ドーン ヴァージョン)/悲しき願い '65 (オリジナル ヴァージョン)/ 悲しき願い '97 (カラオケ ヴァージョン)
  • 「熱き鼓動」「未来の行方(あしたのゆくえ)」(『私立ジャスティス学園』PS版主題歌、およびエンディング・テーマ。シングル発売は1998年
  • 『ロック・サーフィン・ホットロッド+レッツ・ゴー・モンキー』2006年9月6日 (TOCT-11140~41-Limited Edition-)1993年5月発売の、上記2枚のCDを2枚組で再発売・限定盤。
  • 『ワーク・ソング』2008年9月26日(TOCT-26677 紙ジャケット仕様-Limited Edition-) 同タイトルアナログ・アルバムのCD化、ボーナストラック6曲追加、限定盤。
  • 『あしたのジョー 21st century ver.』(2009年発売、ミニアルバム。新録音の「あしたのジョー (21st century ver.)」「傷だらけの栄光 (Anniversary ver.)」「あしたのジョー~美しき狼たち (21st century ver.)」「青春の終章~JOE…FOREVER~ (Anniversary ver.)」、「あしたのジョー (Anniversary ver.)」、および「あしたのジョー」オリジナル・バージョンを収録)
  • 『オマージュ HOMME』2009年9月30日(カバー・アルバム)
  • 「悲しき願い/裸足のマリー」(MEG-CD)株式会社ミュージックグリッドによる受注生産型シングルCD
  • 『尾藤イサオ スーパーベスト』2012年9月5日(QIAG-11074)尾藤イサオ初のCDベスト。㈱カルチュア・コンビニエンス・クラブによる「The Best Value999」シリーズの1枚。全12曲。
  • 『尾藤イサオ ゴールデン☆ベスト2013年12月4日(TYCN-60113)一般発売としては初のCDベスト。全21曲。親友であった尾崎紀世彦を偲んで、オリジナル・カラオケ[8]を使用して新たにレコーディングした「また逢う日まで」をボーナス・トラックとして収録。
-他の作品-

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

ライブ・コンサート[編集]

  • ミュージックサプリメントO2(デュオコンサート with 尾崎紀世彦、2007年 - 2009年)[12]
他多数

吹き替え[編集]

バラエティ番組[編集]

他多数

CM[編集]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 広報たいとう平成24年1月1日号 新春対談
  2. ^ a b c d e シンコー・ミュージック(「ルーツ・オブ・ジャパニーズ・ポップス」「漣健児 カバーポップスの時代」「日本の60年代ロックのすべてComplete」)
  3. ^ 原曲 "Don't Let Me Be Misunderstood" 所収のニーナ・シモンのアルバム Broadway-Blues-Ballads は1964年11月発売。尾藤イサオ『悲しき願い』のもととなった(特徴的なリフが追加された)アニマルズのシングル "Don't Let Me Be Misunderstood" は1965年1月(UK)2月(US)発売。従って当レコードの発売年1964年は1965年の誤りであると考えられるが、注釈子は確実な情報を持ち合わせていないので疑問を提出するにとどめる。資料をお持ちの方の訂正を乞う。
  4. ^ たいとう観光大使を紹介します 台東区ホームページ
  5. ^ a b シンコー・ミュージック(「日本の60年代ロックのすべてComplete」)
  6. ^ a b シンコー・ミュージック(「筒美京平の世界」)
  7. ^ 『レッツゴーヤング』1979年4月15日放送回「ロックンロール・フィーバー」(2013年12月現在NHKアーカイブスの公開放送ライブラリーで視聴可能)。
  8. ^ ただし、尾崎を含めた元ザ・ワンダースの3名が参加したバックコーラスはカットされている。
  9. ^ 松下奈緒、初ショートカットで「結婚するって本当ですか」”. モデルプレス (2016年3月7日). 2016年3月7日閲覧。
  10. ^ 松山ケンイチ主演「の・ようなもの のようなもの」、笑顔あふれるポスター公開”. 映画ナタリー (2015年9月12日). 2015年9月14日閲覧。
  11. ^ “老人ロックバンドが魅せる「ザ・デイサービス・ショウ」再演、中尾ミエら歌う”. ステージナタリー. (2016年9月13日). http://natalie.mu/stage/news/201688 2016年9月13日閲覧。 
  12. ^ 異ジャンルだけど好ハーモニー尾崎紀世彦&尾藤イサオ 「ミュージックサプリメントO2」コンサート - ZAKZAK 2008年6月26日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]