ハリウッドザコシショウ

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ハリウッドザコシショウ
Hollywood Zakoshishou 2017-05-15.jpg
ハリウッドザコシショウ(2017年5月)
本名 中澤 滋紀(なかざわ しげき)
ニックネーム ザコシ、ザコシショウ、キング・オブ・あらびき、ザコンガーZ、師匠
生年月日 (1974-02-13) 1974年2月13日(43歳)
出身地 静岡県静岡市清水区
血液型 A型
身長 170cm
方言 共通語[1]
最終学歴 静岡県立清水工業高等学校卒業
出身 NSC大阪校11期
コンビ名 G★MENS(1992年4月 - 2002年11月)
相方 静岡茶っぱ(コンビ時代)
芸風 漫談、1人コントモノマネ
事務所 吉本興業

ワタナベエンターテインメント

SMA NEET Project
活動時期 1993年 -
同期 陣内智則
中川家
ケンドーコバヤシ
たむらけんじ
過去の代表番組 あらびき団
など
配偶者  既婚
受賞歴
2014年 あら-1グランプリ優勝
2016年 R-1ぐらんぷり優勝

ハリウッドザコシショウ(はりうっどざこししょう、本名:中澤 滋紀(なかざわ しげき)。1974年2月13日 - )は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身[2]日本お笑い芸人、A型。吉本興業ワタナベエンターテインメントを経て[3]、現在はSMA NEET Projectに所属。コンビ時代の芸名はザコシショウ(「ザコ師匠」表記もあった)。愛称は「ザコシ」「ザコシショウ」など。格闘家の青木真也は従兄弟[4]

芸名は、nWo結成時にハルク・ホーガンハリウッド・ハルク・ホーガンと名乗ったことに由来[5]

来歴[編集]

清水市立第二中学校(現静岡市立清水第二中学校)卒業[6]静岡県立清水工業高等学校卒業[2]

1992年、大阪NSCに11期生として入学[2]陣内智則中川家ケンドーコバヤシなどが同期であった。

1993年にデビュー。当時は静岡茶っぱ(本名:浅井 和仁)と共に「G★MENS(ジーメンス)」と言うコンビで活動していた[2]。コンビ時代はザコシショウ・茶っぱともにわめき散らすなどのハイテンションな芸風だった[7]。当時は心斎橋筋2丁目劇場に出演しており、この頃に競演していた芸人と親交が深く、ケンコバとは「ザコバ」と言うユニットを組んだり[2]ジャリズム渡辺鐘(世界のナベアツ)らを加えて「ザコバwith港超」というユニットを組んだりしている[2]

1999年心斎橋筋2丁目劇場が閉館して新たにbaseよしもとが開場するのに合わせられるように、G★MENSはリストラ組の3組に入れられ、これがきっかけとなるような形で吉本を辞めて静岡茶っぱと共に上京[8]2002年、静岡茶っぱの芸人廃業に伴い、ピン芸人として活動を始める。ピンとなってからはイベントや舞台への出演が多く、テレビには殆ど出なかったため、認知度が低かった時期があった。

2003年に活動拠点を東京に移す。

2005年、一日限りで静岡茶っぱと共に舞台に立ち、約3年ぶりにG★MENSを復帰させた。

2007年10月10日放送のTBSあらびき団』初回から出演。最多の出演回数を誇る。「キング・オブ・あらびき」と称される[2]

2011年9月には一般人女性と結婚、結婚披露宴を『あらびき団』の中でゆかりのあらびき芸人などを招いて行なった[9]

2016年3月6日放送のR-1ぐらんぷりでは決勝まで進出し、今までの世間の評価とは裏腹に小島よしおゆりやんレトリィバァの2芸人を抑え圧倒的な得票差で見事優勝を果たした[10][11]

2017年、YHSシアターでの自身の単独ライブにて再び一日限りで静岡茶っぱ(現在は介護施設の経営に携わっている)と共に舞台に立ち、G★MENSを限定復帰させた。

芸風[編集]

  • 「は~ぃ。…と言ぅてる訳ですけどね」などとベタな漫談口調を主体としながら、数々の不条理なネタを行う[12][13]
  • 出現する容姿(ダンボールガムテープなどで加工したものを身に着ける)でインパクトを与えることもある。逆にネタがよくすべるため、見た目でしかインパクトを与えられないいわゆる出オチに陥ることも多い[14]。「あらびき団」2011年2月22日放送ではガムテープでウンコまで作った[15]
    テレビでたまたま田村正和の記者会見を視て思い付き、古畑任三郎と言えば「考える」ことで、そこから、ケンドーコバヤシとのライブで共演したチャンバラトリオの南方英二を連想し、大喜利企画でザコシショウが訳の解らない答えを出したところ、南方が考え込んで「ハンマーカンマー」というような声を出したのを思い出して、これを結び付けてこのネタに至ったと言う[13]
    TBSラジオ伊集院光 深夜の馬鹿力』 (2007年6月25日放送)で、古畑任三郎のネタを伊集院光に大絶賛された。「公害のヘドロの中から生まれた、負の集合体」のようなネタが「自分の心を捕らえて止まなかった」と評されている。その後、人志松本の○○な話出演翌日「ハンマーカンマー」がGoogle検索数1位になった。
    アシュラマン漫談は、元々「サンシャイン」に扮したケンドーコバヤシと2人での舞台でやっていた「はぐれ悪魔超人コンビ漫談」というネタであったが、ある日コバヤシがその2人舞台のネタの一つであった山本小鉄の物真似でウケていたのを見て、「勝手に一人で始めやがって。それなら俺も」と思って一人で始めたものだったという[16]
  • 「やっぱりズボンはあげちまわねえとね 」「ぶーん」[17](はいているズボンを引っ張り上げる。前者は前振りに腰パンが流行っている風潮に対しての批判が入る)
  • これ以外に自身の自虐ネタをカミングアウトするネタも行なっている。
  • モノマネも多く行い、それぞれのキャラの特徴などを誇張して行う「誇張モノマネ」で知られている[18]。モノマネレパートリーに、木村拓哉近藤真彦柴田恭兵武田鉄矢織田裕二アントニオ猪木スコット・スタイナー長渕剛半沢直樹、野々村竜太郎、小保方晴子黒柳徹子キンタロー。等を行う。R-1ぐらんぷり2016ではモノマネのネタを行い、優勝を果たしている。そのモノマネは似ているか似ていないかではなく、勢いでやっているとも言われている[19]
    • このネタをする際はパンツ一丁の姿が基本だが、ずっと白のブリーフだったのを「女性の客の視線が困るのでは」という後輩の言葉を聞いた上で[20]黒のレスラーパンツ風の物に変えてからエントリーしたR-1ぐらんぷり2016の決勝に初めて進み、見事優勝した[8]
    • かつてはフリップ無しで演じていたが、よりウケを良くするために、ネタをする前にネタの内容を書いたフリップを見せてワンクッション置くという形に変えた[20]
    • 誇張モノマネの原点は、少年時代に視ていたテレビ番組「東京イエローページ」でやっていた竹中直人のコントだったということで、「そのクレージーな芸風に魅了されてその笑いをずっと意識し続け、ネタ中に叫ぶことなどが今のネタに共通しているところがある」とも話している[21]
    • 物真似ネタは、コンビ時代のも含めた今までやって来た全てのネタが使えるということで、「ネタが2兆個ある」と公言していることもあながち嘘ではないという[20]

エピソードなど[編集]

  • 母親と一緒にテレビでお笑い番組を視ていた時、母に「この人たちは、面白いと言うだけでみんなに尊敬されてるんだよ」と言われたことが、お笑いを目指すきっかけとなった一つだった。また、その母は子供の頃いじめられっ子だったザコシショウのために「どうか息子のことはいじめないでください」といじめていた子の家を一軒ずつ頭を下げて頼んで回ったということがあった[22]。また、ビートたけしの存在が芸人をやりたいと思ったきっかけとも話している[21]
  • モストデンジャラスコンビ」(小林友治(現:ケンドーコバヤシ)・村越周司)のコンビ名は彼が提案したものである。漫画『キン肉マン』のブロッケンJr.ウルフマン(リキシマン)のタッグチーム名にちなんだものであった)[23]
  • 現所属事務所SMA NEET Projectの後輩バイきんぐとのユニットライブ「やんべえ」を2ヶ月に1回ペースで開催していた。
  • ネタ中に引用しているアニメや漫画作品などのほかに、電気グルーヴ竹中直人のコント(『竹中直人の恋のバカンス』等)のファンとしても知られる。一方、電気グルーヴのピエール瀧にもザコシショウの芸は認められており、電気グルーヴの20周年記念イベントの前座として招かれたり、『ピエール瀧のしょんないTV』に準レギュラー出演しているほか、2017年には石野卓球プロデュースの楽曲「ゴキブリ男」で歌手デビューもしている[24]
  • 舞台上、プライベートなどでテンガロンハットを被っている事が多い。これはジョン・ブラッドショー・レイフィールドのオマージュである[13]
  • G★MENS解散後、一時期漫画家を目指していた。4コママンガを16本描き、持ち込んだ講談社では「半分はいい」、小学館では「6本はいい」と言われ、もっとマイナーな出版社に持ち込めばいいんじゃないかと考えたザコシショウは漫画雑誌『コミックバンチ』の編集部に持ち込むも「これ全部つまらないねぇ」と言われた上、お笑いについてもダメ出しされたことから腹を立てて漫画界が訳わからなくなり諦め、再び芸人の道を志す[25][26][27]
    • マガジンSPECIALの売れないお笑い芸人を取り上げるルポ漫画『ああっ!0発屋!!』(作:岡田有希)でこの時の4コマ漫画を紹介したが、あまりの意味不明な内容に担当編集者はダメ出しすらできないほどコメントに困っていた[28]
  • 『あらびき団』に出始めた頃は出会い系サイトのサクラのバイトをしていたが、同じバイト仲間から「メールに女の気持ちがこもっていない」と指摘されたため腹が立ち、「『あらびき団』で十分やっていける」と思い、バイトを辞めてしまった[14]。その後R-1で優勝するまでは水道メーター検針のバイトが主な収入源だった[11]。R-1後は営業などで稼いで、ようやく後輩におごれるようになった。
  • 2008年前後の約2年間はSMAの劇場であるBeach Vに住んでいて、番組内で寝床やネタで使用した小道具(ダンボールの被り物)などが紹介された[14]
  • 『あらびき団』では「キングオブあらびき」と称されるほど出演していた。放送100回突破記念の視聴者投票企画「放送100回記念人気パフォーマーベスト30!」では、他の常連芸人がランクインされた中で53位と言う結果に終わった。2014年に ナマイキ!あらびき団で開催された「あら-1グランプリ2014」では優勝した。
  • あぐらの体勢のままで落ちる「大仏落ち」という芸を持ちネタの一つとしていた頃、同じ事務所のバイきんぐと一緒に始めたユニットライブで流す面白い映像を撮ろうとして「より高い所からの大仏落ちを撮ろう」として、建物2階ほどの高さの崖から下の水へ飛び降りようというということになり、バイきんぐの「池ほどの深さだから大丈夫」という言葉を信じて飛び降りたら深さがあまり無く、結局体を激しく打ち付ける結果になり、「本当に死にかけた」と話している[27]

出演番組[編集]

バラエティ[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオ番組[編集]

  • 紗倉まな・ハリウッドザコシショウの朝まで丸裸!(2016年4月3日(2日深夜) - 9月25日(24日深夜)、文化放送

作品[編集]

CD[編集]

DVD[編集]

  • ハリウッドザコシショウのものまね100連発ライブ!(2016年7月6日、アニプレックス)
  • ちょっぴり恥ずかしいけど笑ってほしいから見てほしい ―SMAお笑いカーニバル総集編―(2017年2月17日、ゴマブックス[29]

受賞歴[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ネタによっては関西弁を用いる場合もある
  2. ^ a b c d e f g 芸人貧乏物語(松野大介・著 講談社)p.114
  3. ^ "渡り鳥"ザコシショウに聞く「芸能事務所の違いってナニ?」”. 日刊サイゾー (2008年9月18日). 2016年2月17日閲覧。
  4. ^ “R‐1優勝ハリウッドザコシショウ 格闘家・青木真也のいとこだった”. 東京スポーツ. (2016年3月7日). http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/515302/ 2016年3月7日閲覧。 
  5. ^ 日刊ゲンダイ 2016年7月14日 9面「R-1王者ザコシショウの芸人風雲録」第3回
  6. ^ “ピエール瀧の少年時代が蘇る!?『狐ヶ崎ヤングランド』思い出バスツアー”. ピエール瀧のしょんないTV (静岡朝日テレビ). (2013年1月10日). http://www.satv.co.jp/0300program/0040shonnaitv/back/2013/01/2013-0110.html 2016年3月7日閲覧。 
  7. ^ これには、二人とも静岡弁がきつかったので、大阪ではツッコミの台詞に訛りがあるとウケないということを考えた上でこういう芸風にしたという(日刊ゲンダイ 2016年7月13日 9面「R-1王者ザコシショウの芸人風雲録」第2回 より)
  8. ^ a b 日刊スポーツ 2016年6月25日 27面「あの人に聞きたい 著名人にロングインタビュー・ハリウッドザコシショウ」
  9. ^ TVでた蔵「2011年9月20日放送 あらびき団」”. ワイヤーアクション (2011年9月20日). 2016年2月17日閲覧。
  10. ^ “『R-1ぐらんぷり』ハリウッドザコシショウが初優勝”. ORICON STYLE (オリコン). (2016年3月6日). http://www.oricon.co.jp/news/2068058/full/ 2016年3月7日閲覧。 
  11. ^ a b “ハリウッドザコシショウ、R-1特需に期待 妻は双子を妊娠中「バイトやめたい」”. ORICON STYLE (オリコン). (2016年3月7日). http://www.oricon.co.jp/news/2068057/full/ 
  12. ^ PERSON編集局「超ハイテンション芸人・ハリウッドザコシショウの魅力に迫る」”. 株式会社インロビ (2015年8月17日). 2016年2月17日閲覧。
  13. ^ a b c EX大衆双葉社)2016年3月号「危ない芸人図鑑2016」(p.48)
  14. ^ a b c あらびき団公式パンフレット(ヨシモトブックス・ワニブックス 2008年8月29日刊)p.100
  15. ^ TVでた蔵「2011年2月22日放送 あらびき団」”. ワイヤーアクション (2011年2月22日). 2016年2月17日閲覧。
  16. ^ 2008年8月26日増刊号『フライデーダイナマイト』
  17. ^ ピエール瀧のしょんないTV「バックナンバー 2016年1月28日(木)」”. 静岡朝日テレビ (2016年1月28日). 2016年2月17日閲覧。
  18. ^ 誇張モノマネは続けたほうがいい?ハリウッドザコシショウが二宮和也に相談”. お笑いナタリー (2016年5月7日). 2016年5月9日閲覧。
  19. ^ 【芸能】ザコシショウの計算と緻密さ”. デイリースポーツ (2016年3月8日). 2016年4月18日閲覧。
  20. ^ a b c 『CIRCUS MAX』2016年8月号(KKベストセラーズ)「プチ鹿島の芸人人生劇場 第23回 ハリウッドザコシショウ」(p.98)より
  21. ^ a b 日刊ゲンダイ 2016年7月12日 9面「R-1王者ザコシショウの芸人風雲録」第1回
  22. ^ 週刊プレイボーイ集英社)2016年3月28日号 p.28(ハリウッドザコシショウ本人記事)
  23. ^ 極悪連合がケンコバ&村越の“モストデンジャラスコンビ”を継承”. お笑いナタリー (2010年5月18日). 2016年2月17日閲覧。(2010年5月18日 7:36 のナタリー自らによるコメントも参照)
  24. ^ ザコシ楽曲「ゴキブリ男」MV公開、石野卓球「売れるわけねえだろ!」”. お笑いナタリー (2017年1月18日). 2017年1月18日閲覧。
  25. ^ SANSPO.COM 【お笑いニューヒーロー】ハリウッドザコシショウ(2008年11月24日 芸能面)
  26. ^ livedoorニュース "渡り鳥"ザコシショウに聞く「芸能事務所の違いってナニ?」
  27. ^ a b 日刊ゲンダイ 2016年7月20日 9面「R-1王者ザコシショウの芸人風雲録」第6回
  28. ^ マガジンSPECIAL2009年6月号
  29. ^ バイきんぐ等人気芸人のレア映像を収録! DVD『ちょっぴり恥ずかしいけど笑ってほしいから見てほしい ―SMAお笑いカーニバル総集編―』が、Amazon DOD(ディスク・オン・デマンド)で発売!!”. ゴマブックス ポータルサイト (2017年2月1日). 2017年3月14日閲覧。

外部リンク[編集]