山根明

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やまね あきら
山根 明
生誕 (1939-10-12) 1939年10月12日(78歳)
著名な実績 日本ボクシング連盟会長
受賞 2012年アジア連盟最優秀会長賞[1]

山根 明(やまね あきら、1939年10月12日 - )は、一般社団法人日本ボクシング連盟第12代会長[2][3]

人物・来歴

韓国釜山市の生まれ。1980年に大阪市生まれとして帰化し、山根明を名乗る。それ以前は(文甲明、文沢明)の名前を使用(官報 第15976号)。「アマチュアボクシング不毛の地」といわれた奈良県を「ボクシング王国」とよばれるまでに引き上げ、同県出身の辻本和正名城信男ら有力選手を育成した[1]大阪商業大学ボクシング部ヘッドコーチ大阪経済大学ボクシング部監督2000年シドニーオリンピックの日本選手団ボクシング競技監督を歴任した[1]

1991年日本ボクシング連盟理事[4]1995年-2002年世界アマチュアボクシング連盟常務理事[5][6]2010年日本ボクシング連盟副会長[5][6]を経て、2011年2月、会長に就任[2]2012年10月、理事会全員一致で「終身会長」となった[1][2]

学校法人日本大学第12代理事長田中英壽と親交があり、2012年頃日本大学櫻門ボクシング会常任顧問、2018年4月日本大学客員教授に就任した[7]。(この件はボクシング連盟の公式ブログから削除されており現在では確認できず。)

夕刊フジの取材で暴力団の元組長に約58年前に「俺の舎弟や」と言われて親交を続けたことを認めた[8]

脚注

  1. ^ a b c d 日本アマチュアボクシング連盟の意思決定”. 東京スポーツ. 東京スポーツ新聞社 (2013年2月4日). 2018年8月4日閲覧。
  2. ^ a b c アマチュアで異例「終身会長」 村田選手らが辞任求める”. 朝日新聞. 朝日新聞社 (2018年8月2日). 2018年8月3日閲覧。
  3. ^ 【一般社団法人 日本ボクシング連盟歴代会長】※旧:社団法人 日本アマチュアボクシング連盟(大正15年7月14日~平成25年3月)”. 一般社団法人日本ボクシング連盟. 2018年8月4日閲覧。
  4. ^ ボクシング 会長、組長と交友 19年前、連盟理事時代”. 毎日新聞. 毎日新聞社 (2018年8月3日). 2018年8月3日閲覧。
  5. ^ a b 社団法人日本ボクシング連盟会長山根明氏の経歴及び祝賀会式次第について(お知らせ)”. 一般社団法人日本ボクシング連盟 (2011年12月3日). 2018年8月3日閲覧。
  6. ^ a b 1 添付ファイル ① 山根明会長の人間像 - ウェイバックマシン(2018年8月3日アーカイブ分)
  7. ^ ボクシングの山根会長を上座に招き、日大の田中理事長がゴマをすった理由とは?【動画独占入手】”. 週刊朝日. 朝日新聞出版 (2018年8月2日). 2018年8月4日閲覧。
  8. ^ “山根明会長、夕刊フジ取材に“マル暴”交際認めた「元組長との付き合いは58年」 韓国、家族、村田問題を赤裸々に語る” (日本語). zakzak. https://www.zakzak.co.jp/spo/news/180806/spo1808060006-n1.html 2018年8月6日閲覧。