DDTプロレスリング

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株式会社DDTプロレスリング
DDT Pro-Wrestling Co., Ltd.
種類 株式会社
略称 DDT
本社所在地 日本の旗 日本
160-0022
東京都新宿区新宿2-1-2
白鳥ビル1階
設立 2004年4月
業種 サービス業
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
映像の企画、製作
飲食店の経営
ストレッチ専門店の経営
プロレスラーのマネジメント
代表者 代表取締役社長 高木規
主要子会社 TEC
関係する人物 武藤伸太郎(創業者)
外部リンク DDTプロレスリング公式サイト
特記事項:
2004年、有限会社ドラマチック・ドリーム・チームより事業譲渡を受けて有限会社DDTプロレスリングを設立。
2009年、株式会社化。
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代表取締役社長の高木三四郎
ゼネラルマネージャーの鶴見亜門

DDTプロレスリング(ディー・ディー・ティー・プロレスリング)は、東京都を中心に活動するプロレス団体

目次

概要[編集]

DDTは「Dramatic Dream Team」の略で小林まことのプロレスを題材にした漫画「1・2の三四郎 2」の主人公が所属する「ドリームチーム」にプロレス技名にも使用されているDDT略称となるようDramaticを冠したのが由来。ロゴは「D2T」と表記される。旗揚げ当初は「ドラマチック・ドリーム・チーム」が正式な団体名であった。2004年、新法人への移行と合わせて団体名を「DDTプロレスリング」に改称。現在は複数ブランドや子会社も展開して「DDTプロレスリンググループ」を構築している。

エンターテインメント色が強くプロレス記者の鈴木健により、このスタイルを「文化系プロレス」(高木三四郎の著書に「俺たち文化系プロレス DDT」がある)と名づけられた。元社長の一宮章一は「小さなWWE」と表現したことがある。

小規模会場やライブハウスで定期的な興行を打ちエンターテインメント色を大胆に打ち出すことによって支持を拡大。こういったスタイルは現在新しく旗揚げする団体がこぞって追随している。年に数度地方遠征も行っている。

2005年から2008年まで東京都足立区入谷に道場を構えて道場マッチも定期的に行っていたが諸事情により道場を手放したため新木場1stRINGなど外部の施設を借りて合同練習を行っていた。2014年12月17日、それまでもレンタルという形で使用していたZERO1道場プロレスリングZERO1スターダムでシェアする形で使用することを発表[1][2]

歴史[編集]

1997年 - 2005年[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

  • 上半期、アントーニオ本多が率いるハワイアン軍団aWoが登場。大鷲透が一時的離脱。HARASHIMAがKO-D王者に君臨する。
  • 新宿FACEDRAGON GATEとの合同興行「DDG -Dramatic Dream Gate-」を開催。
  • 設立10周年記念大会では、これまで元DDT所属選手や関係のあった選手が登場し話題となった。
  • 蛇界は話し合いと試合の結果、ベアー福蛇による「明るく楽しく激しい蛇界」を宣言してロス・サルセロス・ハポネサスの衣装でドリアン澤田、マンゴー福蛇となった。
  • 上記の他団体派遣で飯伏幸太らが参戦を果たして更にはグローバル・レスリング連盟への加入もあってかプロレスリング・ノアとのパイプも出来て(ちなみに高木とノアの仲田龍とは以前から交流があった)、4月1日、後楽園ホール大会で丸藤正道がノア所属選手として初めてDDTマットに立った。以降も飯伏がノアのシリーズにスポット参戦したり、マッスル坂井の対戦相手として森嶋猛が逆にDDT参戦を果たし、更には12月9日の新潟フェイズサヨナラ興行には、ノアの三沢光晴が「超大物X」としてシークレット参戦(鈴木鼓太郎とのタッグで高木&坂井組と対戦。ちなみに当初は坂井ではなく、偽沢光晴こと一宮が対戦する予定だったが、一宮が肺気胸のため参戦をキャンセルした)を果たした。
  • 蛇界は仲間割れの末ポイズンは高木に策略で改造蛇人間ジャカイダーとなり、チビッ子の人気に。さらに長井がナガイダーとして再び参戦。
  • 下半期、aWoのKooがHARASHIMAからKO-D王者を奪取。怪物なみのパワーで防衛記録を伸ばすも、リベンジに燃えるHARASHIMAが激戦の末再び君臨する。
  • 往年DDTメンバーは高木、MIKAMI、鳥羽、ポイズンによるDDTレジェンド軍を結成。試合に勝つとMIKAMIは好きな歌を熱唱するなどやりたい放題を繰り返す。また後藤達俊がゴトウダーして参戦。
  • 抜群のチームワークを誇ったaWoが、まさかのディック東郷の裏切り、大鷲、晴也と結託したヒールユニット「メタル・ヴァンパイア」の誕生により解散に追い込まれた。
  • ヌルヌルブラザーズはマイケルの暴走と低調な試合内容から相方の松永が呆れ果て空中分解してしまう。

2008年[編集]

  • ヌルヌルブラザーズ松永が晴れて正式入団。
  • 情けない試合でブーイングを受けたマイケルはFIGHTING TV サムライの生放送番組「Sアリーナ」にて生契約更改が行われたが、高木の逆鱗に触れ契約書は破かれ決裂となった。
  • はぐれチームとなったaWoの本多とKooはメタル・ヴァンパイアに対し闘争心を燃やすが、レフェリーの松井幸則や裏切ったKooがメタルヴァンパイア入り。高木に助けられた本多は正規軍入りする。
  • 矢郷、坂井、ディーノ、高梨は「ベルトハンター×ハンター」を結成する。
  • 4月、高木が初の著書「俺たち文化系プロレスDDT」(太田出版)を出版。そのプロモーションとして東京・中井の伊野尾書店にて「本屋プロレス」を行う。(対戦カードは高木三四郎×飯伏幸太)。
  • 9月7日、山梨県のキャンプ場「ネイチャーランド・オム」にて「キャンプ場プロレス」を初開催。
  • 12月28日、後楽園ホールで開催された「NEVER MIND 2008」において2009年8月23日に両国国技館大会の開催が発表された。

2009年[編集]

  • 運営会社が株式会社化。会社名は「株式会社DDTプロレスリング」。
  • 8月23日、両国国技館で「両国ピーターパン 〜大人になんてなれないよ〜」が開催され、札止めとなる8,000人を越える観客が集まった。また同大会のEDで2010年7月25日に両国国技館大会の開催が告知された。
  • 両国大会で九冠戦を征したディーノが高梨、ヨシヒコとともに「ベルトハンター×2」を結成(「再」ではない)、世界中にあるプロレスのベルト(の0.1%)を独占することを宣言する。
  • 9月13日から10月25日、若手選手によるリーグ戦「ヤングドラマ杯」が開催され、石井慧介が優勝。
  • 11月29日、後楽園ホールでユニオンプロレス石川修司がKO-D王者の飯伏幸太を破り、傘下団体ながらKO-Dのベルトが初めてDDTから流出。また、この日行われた監獄島とタイアップした経営権争奪バトルロイヤルで中澤マイケルが優勝、最高経営責任者に就任。

2010年[編集]

  • 2月11日、後楽園ホールに突然ヤゴウ公国軍を名乗る2人組がDDT壊滅を掲げ参戦して、その後ヤゴウ・アズナブルがDDT契約権を勝ち取る。その一方でヤゴウ=矢郷さん疑惑が浮上し高木が契約に難色を示すが結局強引に契約させられる羽目になる。選手契約を結んだヤゴウは言論弾圧やそれに従わなかったマスコミに対する制裁を行い、さらに星の屑作戦によるDDT選手と観客の虐殺を目論んだが犬のように捨てられたアブ=ノーマルことマイケルの逆襲によって阻止され、実質壊滅する。
  • KO-Dタッグを獲った高木と澤宗紀の「変態大社長」タッグは混沌としたインディーマットを掻き乱してチャンピオンベルトの価値を高めるべくDDT外のリングや路上でオファーがあればどことでも防衛戦を行うことを宣言。その後DDTのスポンサーでもある宮地鉄工所の敷地内などで王座を防衛、以降、公園、商店街、駐車場、両国国技館の全域といった路上を中心に防衛を重ねていく。
  • 3月14日、後楽園ホールで大日本プロレス関本大介が当時KO-D王者の石川に勝利。関本が新王者となり、KO-D王座が初めて他団体に流出した。その後関本は高木、高梨、飯伏らから王座防衛を果たして同日にKO-D王座いつでもどこでも挑戦権を獲得した大家健から譲り受ける形で再度挑戦した石川にも勝利して両国国技館で開催された「両国ピーターパン2010 〜夏休み ああ夏休み 夏休み〜」に王者として登場。それに対して挑戦者決定トーナメントを勝ち上がり、大会直前に新日本プロレス道場で真壁刀義と合同練習を行ったHARASHIMAが挑戦。ベルト奪回に成功する。一方、両国国技館のメインイベントを逃した石川は大日本プロレスに報復攻撃を仕掛けるも、デスマッチヘビー級王者伊東竜二の前に返り討ちに遭う。
  • 両国大会後、高木が上位入賞者に特別興行出場権やKO-D挑戦権が与えられる人気投票「DDT48総選挙」の開催を発表。1月半にわたる選挙の末、ディーノが佐藤光留との接戦を制して1位となった。
  • 最高経営責任者制からゼネラルマネージャー制への移行を宣言して中澤マイケルが最高経営責任者を解任するとともにゼネラルマネージャー決定戦を実施。その結果、坂井推薦の鶴見亜門がゼネラルマネジャーに就任。
  • KO-Dタッグ戦線はビアガーデンプロレスに「超超大物X」として参戦した越中詩郎がディーノとチーム「侍シロージロー」を結成、「変態大社長」タッグより王座奪取に成功する。
  • 11月14日、大阪府立第2体育館で行われたKO-D無差別級選手権でパンクラスMISSION所属の佐藤光留がHARASHIMAに勝利し形式上は他団体流出となるが、佐藤はDDTを主戦場としている[3]ため流出という雰囲気にはならなかった。
  • 11月28日、後楽園ホールで行われたKO-D無差別級選手権でディック東郷が佐藤光留を下して新王者になった。ヤングドラマ杯の決勝戦も行われ高尾蒼馬が優勝。またこの日を最後に高木三四郎が選手としての所属をユニオンプロレスに移した。
  • 12月26日、東郷の負傷欠場により、GENTAROプロレスリングFREEDOMS)とアントーニオ本多との間でKO-D無差別級暫定王者決定戦が行われ、本多が暫定王者に。

2011年[編集]

2012年[編集]

2013年[編集]

2014年[編集]

  • 1月3日、前年に続き後楽園ホールで全席2000円興行を開催。
  • 1月12日と13日、大阪・道頓堀アリーナにて2DAYS興行を開催。
  • 1月26日、ブラウザゲーム「リング☆ドリーム 女子プロレス大戦」とのコラボレーション実施を発表。[5]
  • 同月、佐々木大輔が所属選手に。佐藤光留はレギュラー契約を更新しなかったがユニオンにはフリーとして参戦する他、ハードヒットも継続。
  • 2月19日、「アップアップDDT(仮)〜アップアップガールズ(仮)vsほもいろクローバーZ、アイドルvsプロレス異種対バン戦Vol.1〜」を新宿FACEで開催。
  • 2月23日、後楽園ホールを最後に柿本大地が退団。ドロップキックの店長も木高イサミと交代となる。
  • 4月、サムライTVで月に一回のオンエアとなる「DDTのプロレスバンザイ\(^o^)/」と毎週水曜日テレ玉にて中継番組「DDTプロレス中継 さいたまースラム!」の放送開始[6]
  • 4月13日ボディーメーカーコロシアム第二競技場で松井レフェリー20周年興行を開催。
  • 5月11日札幌テイセンホールにてワンマッチ興行を4本立てで開催。
  • 5月25日名古屋国際会議場大会を開催。
  • 6月5日、「DDT×BiS異種対バン路上ライブプロレス」を浅草花やしきで開催。
  • 6月10日オスカープロモーションと業務提携を結んだことを発表[7]
  • 6月18日、「故・冬木弘道13回忌メモリアル興行&金村キンタローデビュー25周年記念興行」に協力。DDTからは高木三四郎大社長とヤス・ウラノが参戦。
  • 6月29日、後楽園ホール大会よりそれまでオープニングテーマとして使用されていた「INTO THE LIGHT」から、オリジナル曲の「Get Ready」に変更。
  • 7月6日、スポルティーバアリーナで開催される「高井AID」に協力。
  • 7月20日、後楽園ホール大会で戦略発表会を行い4つのことを発表。
    • 1つ目はDDT48総選挙からDDTドラマティック総選挙に名称変更をしてユニット総選挙も実施。
    • 2つ目はPCとスマホでチケットを一切の手数料なしで購入できるペーパーレスチケットの「マルチデジタルチケット」の導入。また試験的にガンプロで導入するとのこと。
    • 3つ目は人気アニメパワーパフガールズとコラボしたTシャツの販売。
    • 4つ目は2015年2月15日にさいたまスーパーアリーナコミュニティーアリーナに進出することが決定。
  • 8月17日、両国国技館大会「両国ピーターパン2014〜人生変えちゃう夏かもね!〜」を開催。
    • 2009年より行われている夏のビッグマッチとしては初めて前売り段階で完売。
  • 10月1日坂口征夫が所属選手になる。
  • 10月18日浅草花やしき座にて初のファンクラブ限定興行を開催。
  • 10月26日、レギュラー参戦契約を結んでいたケニー・オメガが新日本プロレス入団のため後楽園大会でDDTラストマッチ。またDDTのプロレス漫画の企画が発表される。
  • 11月28日、新プロジェクト「DDT NEW ATTITUDE」(DNA)旗揚げ戦を開催。
  • 12月8日、初期DDTの現場監督だった木村浩一郎が10月28日に逝去したことから、かつての所属および参戦メンバーだった選手が所属するプロレスリングFREEDOMSおよびアパッチプロレス軍と協力して「木村浩一郎追悼興行」を新木場1stRINGで開催。

2015年[編集]

2016年[編集]

2017年[編集]

他団体との交流[編集]

主要団体[編集]

プロレスリング・ノア
前出のとおり、高木三四郎大社長とノアの元ゼネラルマネージャー仲田龍の交流から友好関係にあり、ノアが中心となって設立されたGPWAにも加盟していた。過去には飯伏幸太マサ高梨が参戦。高梨は原点回帰のため本名の高梨将弘のリングネームで同期の石森太二と対戦している。2007年の新潟大会のメインで鈴木鼓太郎のパートナーXとして三沢光晴が登場した。だが、仲田亡き後はノアの興行にDDTの選手が、DDTの興行にノアの選手がそれぞれ出場するケースは少なくなっている。2014年7月20日に石森太二がスペシャルマッチに参戦。2015年9月に行われた「日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦」にDDT選抜メンバーとしてKUDO梅田公太組が参戦。
新日本プロレス
新日本日本武道館大会に試合提供をしたことがある。現在は飯伏幸太を中心に、相互に選手が参戦。DDT年間最大の大会である両国(武道館)ピーターパンには中西学真壁刀義プリンス・デヴィットオカダ・カズチカ棚橋弘至など主力選手が毎年参戦している。両国以外にも獣神サンダー・ライガー天コジ高橋広夢も参戦している。飯伏はベスト・オブ・ザ・スーパージュニア優勝・ニュージャパン・カップ優勝・3度のIWGPジュニアヘビー級王座戴冠歴もある他、業界初の新日本とのダブル所属を成し遂げている。ケニー・オメガはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにてデヴィット、アレックス・シェリーをいずれも路上に巻き込んでいる。男色ディーノは、新日本・CMLL合同主催の「ファンタスティカマニア」に所属外ながら出場、CMLLのオカマレスラーであるマキシモとのタッグが実現している。2015年の新日本シンガポール大会では現地の団体SPWからの提供試合に中澤マイケルが出場。
全日本プロレス
ケニー・オメガが世界ジュニアヘビー級王座奪取も果たしている。全日本からはカズ・ハヤシKAIらが参戦した。最近では全日本プロレス元練習生の石井慧介属するチーム・ドリーム・フューチャーズが全日本に、逆に全日本からは所属となったが(フリー時より継続して)DDTに参戦している。2014年4月29日のDDT後楽園大会では全日本(PWF)が管理するアジアタッグ王座の防衛戦が行われ、チーム・ドリフが奪取、王座を奪われた秋山準は引き換えにアイアンマンヘビーメタル級王座を獲得した。逆に8月30日の全日本愛知県体育館大会でチーム・ドリフが持つKO-D6人タッグ王座が懸けられたこともある。また、若手・練習生がおらず手不足だった2013年の全日本のシリーズにDDTの練習生を貸し出し。現在、新日やノア、大日本との関係が悪化している全日本にとって主要な交流団体となっている。また三富政行も地方大会に何度か参戦している。2015年6月には高尾蒼馬だけが1シリーズ参戦のほか、欠場でレンタル移籍の流れた当時ユニオンの福田洋も参戦。10月のシリーズと世界最強決定タッグリーグには星誕期も参戦。
DRAGON GATE
過去に合同興行「DDG」を開催。男色ディーノを中心に交流していた。2012年には高木もDRAGON GATE参戦を果たす。2015年の両国大会に"ハリウッド"ストーカー市川が参戦。
プロレスリングZERO1
GPWAが活動していた時代に盛んに相互参戦を行っていた。その後は2011年のディック東郷国内引退興行に日高郁人が参戦。2013年には橋本大地の復帰戦の相手を飯伏が務めた。2014年にはZERO1の道場をDDTとスターダムとZERO1の3団体でシェアをして使用することが決定。2015年に、木高イサミ勝俣瞬馬天下一Jr.に参戦している。
WRESTLE-1
2014年に男色ディーノが参戦。またDDTには2014年両国大会に近藤修司が参戦。WRESTLE-1からはDNAに一部選手が参戦する等の交流があったが、2015年の高木三四郎が同団体のCEO就任以降は、高木の方針により交流は行われていない。例外として2016年に高木&大鷲組のXとして黒潮“イケメン”二郎が一度参戦をしている。
みちのくプロレス
ザ・グレート・サスケを中心に交流しており、2009年DDT両国大会でサスケが高木と一騎打ちを行った。また、「プロレスキャノンボール2014」にサスケやバラモン兄弟のほかにもかめっしー郡司歩日向寺塁佐々木大地新崎人生気仙沼二郎が参戦。
大日本プロレス
天下三分の計」、年越しプロレスで連携するなど、「盟友みたいなもの(鶴見亜門GM)」と言える深い関係にある[11]。また、DDTブランド時代のユニオンと合同興行も不定期で開催。木高イサミ石川修司は大日本のデスマッチ戦線に参入しそれぞれBJW認定デスマッチヘビー級王座を戴冠、木高は宮本裕向とのタッグでBJW認定タッグ王座を戴冠した。関本大介はKO-D無差別級王座戴冠歴、岡林裕二は関本とのタッグでKO-Dタッグ王座戴冠歴がある。DDTからはHARASHIMA男色ディーノらがスポット参戦。
大阪プロレス
タイガースマスクが男色ディーノと学生プロレス時代より因縁を持ち、DDT大阪大会に参戦。くいしんぼう仮面なども大阪大会によく参戦する。また、ディーノに加え大阪出身の高木と大石真翔も大阪プロレスに参戦経験あり。
KAIENTAI DOJO
GPWA加盟団体として交流する一方、BJWともども「天下三分の計」などで連携。大石やウラノ、木高が元所属。また火野裕士が以前レギュラー参戦しており、KO-D無差別級王座とKO-Dタッグ王座を戴冠した。現K-DOJO所属のバンビはDDTでプロレスデビューしており、2009年DDT両国大会に「公認凶器」として参戦を果たした。旭志織もDDT EXTREME級選手権の戴冠歴がある。
ドラディション
藤波辰爾がMIKAMIとのタッグでKO-Dタッグ王座を戴冠。後藤達俊長井満也が定着参戦していた。逆にDDT側からは高木、高梨が参戦経験あり。
リアルジャパンプロレス
HARASHIMA、KUDO、高梨、飯伏らが参戦経験あり。一方、DDTが協力するハードヒットにリアルジャパンからも間下隼人が参戦。
天龍プロジェクト
高木三四郎、HARASHIMA、遠藤哲哉が天龍プロジェクト参戦経験あり。逆に天龍源一郎もDDTに参戦している。
プロレスリングFREEDOMS
佐々木貴GENTAROが元DDT所属。他に葛西純も時折参戦。
暗黒プロレス組織666
DDT万博と両国ピーターパンに宮本裕向が参戦している。また、木高とのタッグでKO-Dタッグ王座も戴冠。
ダイヤモンド・リング
GPWAが活動していた時代には相互参戦を盛んに行っていた。その後も佐々木健介が2013年に男色ディーノ&大石真翔とKO-D6人タッグ王座を戴冠。中嶋勝彦も主にビッグマッチに参戦。DDTからは飯伏や中澤マイケルやディーノらが参戦し、飯伏は中嶋とタッグを組んだこともある。
I.W.A.JAPAN
2000年頃にDDTから試合提供を行い、GPWA発足後は相互参戦を行っていた。2004年にゴージャス松野がDDTへ移籍。マサ高梨が何度か参戦しており、2013年の高梨自主興行ではUMA軍団が参戦。
WNC
SMASH時代にはTAJIRIが両国ピーターパン2010でディック東郷とシングルで対戦した他、DDTブランド時代のユニオンにはTAJIRIに加えてAKIRA朱里も参戦。逆にSMASHにはケニー・オメガ、大家健、チェリーが参戦。勝俣瞬馬がかつてSMASHトレーニングキャンプに参加していた。WNCに変わってからはDDTに華名(当時所属)、真琴が参戦している。

ローカル団体[編集]

スポルティーバエンターテイメント
過去にエル・サムライ岩本煌史ミスター6号が参戦。同団体所属の彰人が元所属。
新潟プロレス
スーパー・ササダンゴ・マシンがDDTに参戦中。過去にHARASHIMAの持つKO-D無差別級王座挑戦をするササダンゴマシンの新技垂直落下式リーマンショックの被験者として同じく新潟プロレス所属のブラックトムキャットとコシ☆ヒカ〜ルが協力をしている。その後もササダンゴのプレゼンに何人かの選手が登場している。
九州プロレス
ばってん×ぶらぶらがばってん多摩川の時代から九州大会などによく参戦しているほか欠場となった遠藤哲哉の代役でめんたい☆キッドも参戦をしている。
琉球ドラゴンプロレスリング
グルクンマスクが世界大森級選手権を保持していた。2015年のDDT沖縄大会にも選手が参戦する。DDT側からは入江茂弘らがビッグマッチに参戦。

女子団体[編集]

スターダム
DDTの選手がスターダムに参戦することもある。過去にはディーノ・中澤・飯伏・伊橋・レギュラー参戦時の光留などが参戦している。またスターダム側からは世IV虎らが参戦している。かつては愛川ゆず季も参戦していた。また世IV虎は飯伏に求愛をよくする。さらに柿本大地店長時代のドロップキックでは実妹でもある風香GMが週1で店に立っていた。DDT定期参戦中の赤井沙希は世IV虎から赤いベルトの挑戦者に指名されている。またZERO1の道場をZERO1とDDTとスターダムの3団体でシェアをして使用することが決定。
アイスリボン
松永智充がかつて「スリーカウント松永」名義でレフェリーを務めている。選手として伊橋とも参戦をしているほかチェリーが定期参戦中。しかし中澤マイケルは「精神的デスマッチ」をやったとして出入り禁止。アイスリボン側からは藤本つかさ星ハム子などが参戦をしている。
OZアカデミー女子プロレス
アジャ・コングがスポット参戦し、KO-D6人タッグ王座とアイアンマンヘビーメタル級王座の獲得に成功している。DDTからは飯伏らが参戦したことがあり、2014年にはディーノ・大石組がタッグ王座に挑戦した。
プロレスリングWAVE
チェリーが定期参戦のみならず若手中心ブランド「ヤング オー!オー!」終身名誉顧問を務める。DDT側からはディーノや木高など、WAVE側から大畠美咲などが参戦。GAMIもDDTに参戦していた。
センダイガールズプロレスリング
プロレスキャノンボール2014で仙女道場を使用のほか、里村明衣子も試合を行う。
REINA女子プロレス
極初期のプロモーションだった時代に業務提携を結び、男子の試合を提供していた。2014年にもディーノ、大石が参戦。
ワールド女子プロレス・ディアナ
チェリーがディアナにスポット参戦中。ディアナ側からはSareeeがユニオンに参戦していた。

海外団体[編集]

闘龍門MEXICO
飯伏幸太がメキシコへ遠征して第10回ヤングドラゴン杯で優勝している。また、日本での闘龍門興行に飯伏の他、闘龍門出身のマサ高梨、柿本大地、諸橋晴也らも参戦。
プロレスリング我闘雲舞
高梨と星誕期が定期参戦中。HARASHIMAなども時折参戦。ジャパンツアーが主だが本国タイの興行にも幾度か参戦している。我闘雲舞側からはさくらえみを筆頭にだいたいの日本人メンバーが参戦している。過去には高梨の推しアイドルとして登場して名古屋国際会議場大会でさくらえびちゅを披露する。2015年にはレスラーとして一線を退きタイに移住した中澤マイケルが旗揚げ記念興行に参戦。
NVP
ディック東郷がコーチを務め、DDTからも適宜参戦。
新台湾プロレス
高木三四郎が過去に一度参戦。レッカがDNAとの兼任所属である。
韓国プロレスリング連盟
2010年と2011年にWWAが主催した興行にDDTからも参戦。WWAのキムナンプンは男色ディーノが保持していたDDT EXTREME級選手権の奪取に成功している。
WWE
フジテレビで放送されていたSmackdown日本版の解説を高木が務め、2005年に開かれた「ROAD TO WRESTLEMANIA 21 JAPAN TOUR」にも来場。また、飯伏がWWEからオファーを受けたとアメリカで報道されたこともある。さらにカート・アングル(当時所属)がDDTのビデオを視聴したことがあり、特にヨシヒコを絶賛した。
ROH
2008年に飯伏がROH遠征を決行。飯伏と対戦したエル・ジェネリコが後にDDTへの来日を果たし、KO-D無差別級王座も戴冠した。ケニーも来日前に定着参戦していた。
CHIKARA
MIKAMI、KUDO、ディーノ、飯伏らが参戦経験あり。また、2009年のジャパンツアーにもマイケルが参戦した。
CMLL
旗揚げメンバーのひとりであるNOSAWAがCMLLに参戦歴があり、最初期にはその伝でCMLLからルチャドールが来日していた。また、NOSAWAが初代王座(パートナーは佐々木貴)に就いたKO-Dタッグ王座の決定戦はCMLL興行内で行われ認定も受けている。
AAA
2004年と2005年に開催されたジャパンツアーにディーノが参戦、いずれもオカマレスラーのピンピネーラ・エスカルラタとタッグながら対戦した。
IWF
IWF側からはエースのイワン・マルコフら、DDT側からはマサ高梨らが参戦。

格闘技団体[編集]

パンクラス
かつてレギュラー参戦の佐藤光留がパンクラスMISSION所属であり、鈴木みのるも主にビッグマッチに参戦している。また、DDTブランドとして行われていた「ハードヒット」が光留プロデュースに移行してからは移行当時パンクラス社長だった川村亮を始めパンクラスで活躍する総合格闘家が多数参戦している。鈴木みのるは高木にドーム進出の時の対戦を要求された。
リングス
リングスが主催するTHE OUTSIDERの2015年12月の大会にDDT映像班兼ガンバレ☆プロレス所属レスラーの今成夢人が参戦した。
シュートボクシング
2014年の両国大会で飯伏幸太vs中澤マイケルのエキシビションを実施。2015年には東京女子プロレスの山下実優が格闘技戦デビュー。

DDTプロレスリングの別ブランド[編集]

定期的に開催している興行[編集]

東京女子プロレス
2012年設立された女子プロレス団体。DDTに事業部として置かれ、独立した路線を歩む。2013年より新人選手のみで本格始動して、12月1日に北沢タウンホールで旗揚げ戦を開催。DDTに対しては両国大会ダークマッチなどに試合提供され、ごくまれにDDTに参戦する選手もいる。また、DDT定期参戦中の赤井沙希も2014年4月よりビッグマッチ限定参戦、2015年3月より定期参戦。
ガンバレ☆プロレス
ユニオンプロレスを退団した大家健が高木三四郎からもらった1万5千円の投資によって旗揚げした新団体。2013年3月6日に市ヶ谷南海記念診療所でプレ旗揚げ戦が行われ、4月17日に新木場1stRINGで旗揚げ戦を開催。定期的に大会と即売会は開催されているがDDTからは選手が参戦することはなく、即売会の動画にはたまにDDT所属選手が映ったりガンプロではレスラーの今成夢人がDDT映像班を務めるくらいである。しかし1度だけ大家がガンプロ所属で地元富山大会に参戦しており、2015年には大家がいつでもどこでも挑戦権を携えて登場して以降定期的に参戦中。同年初進出した新宿FACE大会では、DDTより入江茂弘石井慧介が初参戦。
DDT NEW ATTITUDE
若手が主人公となるプロジェクト。2014年よりDDTとユニオンの一部若手が移籍して、新人選手も加えて11月28日に北沢タウンホールで旗揚げ戦を開催。移籍組についてはレギュラーとして継続参戦する一方、DNAでデビューした選手も活躍次第ではDDTとユニオンに参戦できるチャンスが与えられる。DDT系列外からベテラン、若手問わず参戦もある一方で、旗揚げ当初はDDTとユニオンの正式所属選手は参加していなかったが、旗揚げ1周年を迎えた2015年10月に坂口征夫の参戦が発表されて以降、DDTとBASARAの所属選手の参戦が解禁となっている。
プロレスリングBASARA
ユニオンプロレス解散後に木高イサミを中心に同団体最終所属の一部選手により旗揚げされた新団体。1月21日に新宿FACEで旗揚げ戦を開催。地方を含めて月1、2回程度定期的に大会を開く予定である。木高を始めとするBASARA所属選手のDDT参戦は適宜あるものの、逆にDDTからBASARAへの参戦は2016年3月時点では行われていない。

年に1回の興行[編集]

DDTドラマティック総選挙(旧:DDT48総選挙)
AKB48選抜総選挙をモデルとした人気投票で、年1回初秋に行われている。対象はDDTとユニオンまたはレギュラー参戦選手。上位入選者には特別興行参戦権やKO-D挑戦権などが与えられる。なお興行中のアピールは禁止されているが休憩中やネットコンテンツでの選挙活動は認められる。ちなみにDDTでは選手を「DDT48」と呼んでいる[12]。2014年からは「DDTドラマティック総選挙」に名称変更され、興行権を懸けたユニット総選挙もあわせて行われる。またユニット総選挙最下位のユニットは強制解散になり、過去には豚ingと豚ing2015がそれぞれ解散している。2015年はガンバレ☆プロレス及び東京女子プロレスも対象となる。
大森UTANフェスタ
毎年10月にJR大森駅東口前で開かれるイベント大会。試合の一つとして世界大森級選手権試合が組まれている。2016年大森級選手権王座保持者大石真翔に挑戦するのは諸橋晴也

不定期開催の興行[編集]

酒場プロレス
木高イサミのプロデュースによるプロレス&スポーツBar ドロップキックのメンバーを中心とした興行。2015年6月23日にレッスル武闘館でプレ旗揚げ戦を開催。7月15日に新木場1stRINGで旗揚げ戦を開催。2016年1月からは木高が設立したプロレスリングBASARAの旗揚げ戦をするに当たりBASARAの別ブランドに変更される。
USA
福田洋のプロデュースによるアメリカンプロレスの要素を多く取り入れた興行。2013年3月28日に新木場1stRINGで初開催。2014年ビアガーデンプロレスで提供試合が組まれる。
路上プロレス
許可が下りれば場所を問わずどこでもやる(主に1試合のみ)。これまで商店街、本屋、廃墟、工場、遊園地、海岸、東京ビッグサイトなどで開催。
キャンプ場プロレス
2008年から売り興行として行われたキャンプ場プロレスを2011年にDDTプロレスリングの別ブランド化。飯伏幸太を代表兼PK(プレイヤーキラー)として2011年9月26日に旗揚げ戦を開催。
BOYZ
女性だけでは行きづらいプロレス会場に女性を呼び込むため、イケメンレスラーを中心とした興行。一時休止を経た後、2013年にTVでの特集を受け女性限定興行として復活。
男色牧場classic
男色ディーノの2010年DDT48総選挙での公約からうまれたDVDによる映像コンテンツで男色牧場classic名義の興行も行っている。一人のプロレスラーをクローズアップして追うドキュメンタリー。名の由来はマッスルのテレビ番組「マッスル牧場classic」から。制作は映像班の今成夢人。2014年はワンチューロのクローズアップを行った。
野郎Z
新生BOYZとは反対に男性限定興行として開始。男性ファン受けを狙ったマッチメイクや演出を組む。2015年はBOYZの裏で開催。セックスシンボルとしてセクシーアイドルグループのベッド・インが登場。
レスリングとんこつ
新日本プロレスの興行「レスリングどんたく」のパロディで、福岡県で行われている。

季節限定の興行[編集]

闘うビアガーデン
DDTプロレスリングの前身たるPWCより休止期間を挟み夏の恒例イベントとして毎年7月末から8月頭にかけて約一週間、連日趣向を凝らした内容で開催。またDDT主催の興行以外にもユニットによるプロデュース興行もある。観客席をビアガーデンスタイルにしてビール片手に試合を楽しんでもらう。
新北京プロレス
趙雲子龍が所属する中国の団体。団体設立からは2000年を超える。毎年2月ごろ(中国の正月ごろ)日本で興行を行っている。

かつてDDTプロレスリングの別ブランドだった興行[編集]

ハードヒット
通常のプロレスルールに減点制を導入して、総合性、競技性を全面に押し出した興行。2011年11月の興行を最後に当時DDTにレギュラー参戦していた佐藤光留が譲り受け、以降地方大会も含め定期的に興行を開催。2015年6月4日を持って興行権と運営権など全ての権利を佐藤光留に譲渡、DDTブランドより独立。DDTからの選手とスタッフ派遣及びリングレンタル等の交流は引き続き行われる。

終了または長期間開催されていない興行[編集]

びっくりプロレス
松井幸則のプロデュースによるフリーと他団体の選手が多く参戦する興行。現在も松井プロデュースの興行は不定期で開催されているが、「びっくりプロレス」と銘打たれてはいない。
プロレスリング・セム
プロレスリング・ノアが始めた若手選手中心の小規模興行。2008年からノアとのコラボレーションという形で健介オフィス主催でも行われるようになったが、9月にDDTも同様の形で主催興行を行うことを発表。
でら名古屋プロレス
愛知県名古屋市を中心に興行を行う地域密着型の団体。DDTの別ブランドとは違い完全に別資本活動していた団体。高木三四郎のみ現場監督として参加していたが、代表取締役であった渋谷雅人大麻取締法違反で逮捕されたことを受け解散。一部の元所属選手はプロレスリング・チームでらを設立。
YAGOプロレス
「明るく楽しいパッケージど真ん中」をコンセプトとした矢郷良明の団体だったが、旗揚げ戦後1時間余りで解散。2009年11月にRAW IS YAGOとして1日限定の復活。
y2D
DDTプロレスリングの原点である熱く激しい戦いを見せる。主に旗揚げメンバーである佐々木貴MIKAMIなどが中心に活躍。現在は消滅。
変態團興行
変態團を強制解散させられてからも変態行為を繰り返す2人に高木三四郎が「やるならいっそ突き抜けろ」と用意した興行。佐藤光留中澤マイケルの企画、責任(主に苦情の)のもと、2010年9月30日にR指定で開催。
マッスル
マッスル坂井のプロデュースによる演劇色を強めた興行。ハッスルのパロディであるが、毎回多方面のプロレスラーがゲスト参戦するなど客入りが好ましかった。マッスル坂井の引退とともに2030年(予定)まで活動を休止中。だが、2012年の「武道館ピーターパン」におけるダークマッチとして1日限定復活して、その後坂井はスーパー・ササダンゴ・マシンとして復活している。さらには2014年両国大会では、マッスル坂井としても復帰を果たしている。2015年11月17日に行われたユニット主催興行では、2030年10月6日のマッスルハウス11東京ドーム大会のメインの権利証が竹下幸之介に渡された。
月刊若手通信
2010年2月から2011年12月まで行われた、若手選手に実戦経験を積ませることを目的とした興行。DDT、ユニオンや交流のある他団体の若手が中心だが若手の壁となる選手も出場する場合もある。
ファンタジーイリュージョン
ユニオンプロレスのチェリーがプロデュースする女子プロレス興行。ブランドとしてはユニオンプロレスの系列として扱われる。フリー、他団体の女子選手のほか、DDTやユニオンの所属選手の「親戚」が参戦する。チェリーが年齢公開に伴い「ファンタジー」ギミックを棄てたため休止。
ブランド三分の計
天下三分の計のDDTプロレスリングのブランド版というべき興行。初回は2010年4月11日にユニオンプロレス、ハードヒット、Cruiser's Gameで行い観客動員一位だったユニオンに新宿FACE興行の権利が与えられた。また、同日同会場でDDT飲食事業部による飲食三分の計や選手によるフリーマーケットも開催。
ベスト・オブ・ザ・スーパー・どインディー
飯伏幸太新日本プロレスベスト・オブ・ザ・スーパー・ジュニア決勝トーナメント進出を果たしたの伴い、それが行われる2010年6月13日後楽園ホールの昼に、どインディーマニアとして知られる飯伏への壮行的な興行としてどインディーの選手を集めて開催。
Cruiser's Game
MIKAMIのプロデュースによる軽量級の選手を集めた興行。アメリカのプロレスにおいてのクルーザー級(日本で言うジュニアヘビー級)が名の由来。2015年にMIKAMIがDDTを退団したため現在は休止中。
ユニオンプロレス
石川修司を中心に活動しているDDTの傘下ではあるが団体として機能して、DDT所属選手は原則参加しない(逆は適宜あり)。基本的に月1回の首都圏の興行の他、地方興行も行う。年に1度、後楽園ホールの単独興行も開催。2013年10月より運営権がDDTの子会社「TEC」に移されてDDTとは別会社となったが、代表の勇退を受け2015年10月の10周年興行を最後に解散。

タイトルホルダー[編集]

DDTプロレスリングが管理する王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
KO-D無差別級王座 竹下幸之介 第58代 2 大鷲透
KO-Dタッグ王座 KAI&大家健 第55代 HARASHIMA&宮本裕向
KO-D6人タッグ王座 空位
DDT EXTREME級王座 LiLiCo 第36代 1 男色ディーノ
アイアンマンヘビーメタル級王座 キャンディス・レラエ 第1114代
キング・オブ・ダーク王座 今成夢人 第16代 2
DDTプロレスリングが開催するトーナメント戦
タイトル 覇者 年代
KING OF DDTトーナメント 石川修司 2016年

所属選手、主要参戦選手[編集]

スマイルスカッシュ[編集]

酒呑童子[編集]

NωA[編集]

DAMNATION[編集]

ハッピーモーテル[編集]

ファンタスティック・メモリーズ[編集]

#大家帝国[編集]

T2ひー[編集]

無所属[編集]

レギュラー参戦選手[編集]

限定参戦選手[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

ゼネラルマネージャー[編集]

映像班[編集]

WEB担当[編集]

DDTプロレスリングの別ブランド所属選手[編集]

DDT NEW ATTITUDE[編集]

東京女子プロレス[編集]

プロレスリングBASARA[編集]

ガンバレ☆プロレス[編集]

新北京プロレス[編集]

過去の所属選手[編集]

過去のスタッフ[編集]

テーマ曲[編集]

オープニング
2014年6月29日、後楽園ホール大会より使用されている。元々は「DDTプロレス中継 さいたまースラム!」のオープニングテーマ曲。
2014年6月22日、松山市総合コミュニティーセンター大会まで長らく使用されていた。変更後もビッグマッチのエンディングで使用されている。
その他
大会の後半戦再開時に流れる。旗揚げ当時から使用されている。

試合中継[編集]

放送中のテレビ番組
終了したテレビ番組

ビッグマッチ一覧[編集]

大会名 開催年月日 会場 観衆
両国ピーターパン〜大人になんてなれないよ〜 2009年8月23日 両国国技館 8,865人
両国ピーターパン2010〜夏休み ああ夏休み 夏休み〜 2010年7月25日 8,800人
両国ピーターパン2011〜二度あることは三度ある〜 2011年7月24日 8,660人
武道館ピーターパン〜DDTの15周年、ドーンと見せます超豪華4時間SP!〜 2012年8月18日 日本武道館 10,124人
DDT万博〜プロレスの進歩と調和〜 2013年8月17日 両国国技館 8,500人
両国ピーターパン2013〜プロレスの傾向と対策〜 2013年8月18日 9,000人
両国ピーターパン2014〜人生変えちゃう夏かもね!〜 2014年8月17日 9,100人
さいたまスーパーDDT2015 2015年2月15日 さいたまスーパーアリーナ コミュニティアリーナ 6,500人
両国ピーターパン2015〜DDTより愛をこめて〜 2015年8月23日 両国国技館 6,670人
大阪オクトパス2015 2015年11月28日 エディオンアリーナ大阪第1競技場 2,332人
Judgement2016〜DDT旗揚げ19周年記念大会〜 2016年3月21日 両国国技館 6,938人
両国ピーターパン2016〜世界でいちばん熱い夏〜 2016年8月28日
大阪オクトパス2016〜浪花節だよプロレスは〜 2016年12月4日 エディオンアリーナ大阪第1競技場
DDT旗揚げ20周年記念大会 2017年3月20日 さいたまスーパーアリーナ メインアリーナ

DDTプロレスリング芸能部[編集]

所属タレントはDDTプロレスリングの所属選手、別ブランドの所属選手、スタッフ。

DDTプロレスリング飲食事業部[編集]

開店中の店[編集]

プロレス&スポーツBar ドロップキック
3代目店長 : 木高イサミプロレスリングBASARA)、副店長 : 彰人、スタッフ : 新藤力也遠藤哲哉チェリー関根龍一(プロレスリングBASARA)、トランザム★ヒロシ(プロレスリングBASARA)、中津良太(プロレスリングBASARA)、山下実優東京女子プロレス
2007年7月27日東京都新宿区歌舞伎町にスポーツバーを開店。30席のフロアに大型スクリーンを設置。日替わりイベントや佐々木貴プロレスリングFREEDOMS)をはじめとするDDTプロレスリングの選手以外のプロレスラーによるプロデュースなどを開催している。記者会見場としても使用されている。2011年4月1日、同じ場所にあるエビスコ酒場と同じビルに移転して相互の出前が可能になった。初代店長はMIKAMI、2代目店長は柿本大地(フリー)。
炭火焼 エビスコ酒場
店長 : KUDO、料理長 : 伊橋剛太、スタッフ : 関根龍一(プロレスリングBASARA)、大家健ガンバレ☆プロレス)、樋口和貞DDT NEW ATTITUDE)、岩崎孝樹(DDT NEW ATTITUDE)、梅田公太(DDT NEW ATTITUDE)、帯広さやかプロレスリング我闘雲舞
2009年12月7日、東京都新宿区歌舞伎町に居酒屋を開店。「エビスコ」は大相撲の隠語で「大食い」。昭和レトロな内装と産地直送の新鮮な大山地鶏、各種豚、魚の炭火焼、2人前から3人前分のエビスコ丼などの安くてボリュームある料理が特徴。プロレスラーによるイベントを不定期ながら開催している。2010年3月、初代店長(外部招聘)が店の売上金250万円を横領していたことが発覚して初代店長は解雇。2014年4月12日、メニューのレバブツによる食中毒事件が発生して4月25日から5月1日までの営業停止の行政処分をうけた。
Bar Lounge SWANDIVE
店長 : 井上マイク、スタッフ : 大石真翔高尾蒼馬渡瀬瑞基(DDT NEW ATTITUDE)、山下実優(東京女子プロレス)
2016年2月23日、東京都新宿区にバーを開店。

閉店した店[編集]

DDTステーキ
東京都千代田区三崎町にある水道橋駅にステーキハウス専門店を開店。後楽園ホールの近くという立地条件に加えて店内にはプロレスラーのサインやグッズも多数飾られてファンの溜り場として人気だった。当時は若手選手のアルバイト先としても重宝された。2006年5月28日、オーナー交代等の事情により閉店。
フレンチカレーミツボシ
店長 : 猪熊裕介(フリー)
2008年11月28日東京都中野区にカレーライス専門店を開店。オープンに備え福岡県福岡市にあるフレンチレストラン「パロマグリル」に1か月間住み込みで修行。2010年11月28日、料理人としての向上とプロレスラー復帰のために猪熊がミツボシを卒業して後述のニコニコカレーにリニューアルして開店。
ニコニコカレー
店長 : チェリーユニオンプロレス)、副店長 : 木曽大介
2010年12月10日、フレンチカレーミツボシをリニューアルして開店。フレンチカレーミツボシ同様にカレーライスをメインとしてサイドメニューやドリンクも充実させている。2011年7月24日、店舗の賃貸契約満了と従業員の退社を理由に閉店。

ベストストレッチ[編集]

2012年9月3日東京都渋谷区にある代々木上原駅にストレッチ専門店を開店。トレーナーは中澤マイケル平田一喜風戸大智プロレスリングBASARA)、ツトム・オースギ(フリー)。2013年4月8日千葉県柏市に2号店が開店。トレーナーは諸橋晴也(フリー)。2016年4月15日、東京都新宿区にある新宿御苑前駅に3号店と新宿ぎょえん整骨院を開店。トレーナーは勝俣瞬馬DDT NEW ATTITUDE)、新宿ぎょえん接骨院の院長は松永智充

同人誌[編集]

2008年男色ディーノプロレススーパースター列伝の作画担当の原田久仁信に直談判したことで製作が決まる。前作の風刺を忠実に所属選手が描かれている。同人誌での販売のため試合会場はコミックマーケットなどの同人誌の即売会場と通販での販売となる。発行元はファンタジスタ

コラボレーション[編集]

2013年ドン・キホーテとのコラボレーションにより発売されたエナジードリンク。
2014年サクセスとのコラボレーションにより所属選手が美少女キャラクター化して登場。

脚注[編集]

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  1. ^ 【記者会見】ZERO1道場をZERO1、DDT、スターダムの3団体でシェア。「DDTでは練習以外にプロレスサークルを起ち上げて広く門戸を開放します」(高木)”. 株式会社DDTプロレスリング. 2014年12月18日閲覧。
  2. ^ 2014年12月17日 スターダム、ZERO1、DDTの3団体が道場について記者会見”. 株式会社スターダム. 2014年12月18日閲覧。
  3. ^ DDT48総選挙結果発表時に「家はパンクラスですけれども、ホームリングはDDT」と発言している。
  4. ^ 【会見】DDT内事業部に東京女子プロレス設立。代表は甲田氏”. 2012年6月4日閲覧。
  5. ^ http://www.ddtpro.com/ddtpro/6570/
  6. ^ DDT「さいたまスーパーアリーナ進出」表明 - 東京スポーツ・2014年1月4日
  7. ^ 「剛力プロレスデビュー」DDT高木社長が熱烈ラブコール - 東京スポーツ・2014年6月11日
  8. ^ “DDTが11.28大阪府立体育会館第一競技場に初進出することを発表!その時点でのKO-D無差別級王者に総選挙1位が挑戦”. バトル・ニュース. (2015年6月15日). http://battle-news.com/?p=10241 
  9. ^ 事務所移転のお知らせ
  10. ^ “DDTプロレスから男性アイドルNωA誕生、楽曲はmichitomo制作”. 音楽ナタリー. (2016年5月31日). http://natalie.mu/music/news/189103 2016年5月31日閲覧。 
  11. ^ DDT 7.19後楽園大会 坂口vs.入江、彰人vs.アントンのEXTREME級戦、MIKAMIのDDT所属最終試合 2015年7月19日付 バトルニュース
  12. ^ プロレスラー入門テストの季節 清野茂樹のシゲキ的リング 2006年11月19日

外部リンク[編集]