プロフェッショナルレスリング・ワラビー

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プロフェッショナルレスリング・ワラビーは、埼玉県を中心に活動しているプロレス団体。キャッチコピーは「あなたにカンケイあるプロレス」。

歴史[編集]

2009年[編集]

2010年[編集]

  • ワラビーに係る権利がアイスリボンから「ワラビー4」にも参戦した格闘探偵団バトラーツ矢野啓太に譲渡された。
  • 7月9日、矢野が大会名を「プロフェッショナルレスリング・ワラビー」に改称して自主興行を開催。

2011年[編集]

  • 3月22日、矢野がバトラーツを退団してワラビーを団体化。
  • 7月2日、レッスル武闘館で旗揚げ戦「c.W.o」を開催。

2012年[編集]

  • 3月30日、ケルベロスで「In The House SHOW1」を開催。
  • 4月29日、ケルベロスで「In The House SHOW2」を開催。
  • 5月27日、ケルベロスで「In The House SHOW3」を開催。
  • 7月1日、ケルベロスでDDTプロレスリングと世紀の対抗戦を行ない、結果はワラビーの革命軍歴史的大勝利。これにより兼ねてから業界に一石を投じてきた集大成が実り、すなわち「ワラビー革命」が起きた。なお翌日にDDTは矢野とのレギュラー出場契約を解除。理由は「お互いが持つ思想(イデオロギー)の相違」。「英雄」と「革命家」が残した功績は日々様々な人々に語り継がれていくが「英雄」と「革命家」の去り際はあまりにも儚いものであった。
  • 7月18日目黒鹿鳴館で「The Victory SHOW1」を開催。
  • 8月12日、クリエイティブスタジオで「The Victory SHOW2」を開催。
  • 10月17日、目黒鹿鳴館で「The Victory SHOW3」を開催。ワラビーと世界的ファッションブランド「AFFLICTION」とのコラボレーションも発表されてKEITAがAFFLICTION日本公式イメージボーイに任命された。
  • 12月23日、ケルベロスで「in THE House SHOW4」と「The Victory SHOW4」のWショーを開催。

2013年[編集]

  • 3月25日日本列島プロレス連盟に参加[1]
  • 4月28日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN」を開催。
  • 7月28日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜太陽になれ!夢を持て!〜」を開催。
  • 10月19日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜欧州世界選手権シリーズ〜」を開催。
  • 12月27日から29日、ケルベロスで「WALLABEE MANIA 3Days!!」を開催。

2014年[編集]

  • 5月4日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜Copa de Luchas 2014〜」を開催。
  • 7月6日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜Revolution Aniversario 2014〜」を開催。
  • 9月14日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜吹けよDの嵐〜」を開催。
  • 12月28日、ケルベロスで「WALLABEE Souled Out 2014」を開催。

2015年[編集]

  • 7月17日両国国技館で「WALLABEE Revolution Aniversario2015 at SUMO ARENA」を開催。
  • 11月29日、旧アレナ・スパークで「Sparkファイトクラブ」を開催。
  • 12月27日、ケルベロスで「LWoxKY」を開催。

2016年[編集]

  • 5月8日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜KEIchan BOM-BA-YE〜"U"をブッ飛ばせ!!」を開催。
  • 7月17日、クリエイティブスタジオで「WALLABEE SHOW DOWN〜Revolution Aniversario2016〜超獣4Ever..」を開催。

タイトル[編集]

  • ワラビーTV王座
  1. KEITA in THE House
  2. 怨霊
  3. 見た目がウォールストリート
  4. 磯英弥
  5. ティグレ・バキ
  6. 勇者アモン
  • NWAワラビー世界マーシャルアーツ王座
  1. KEITA in THE ℃
  2. コシカ・マコト

所属選手[編集]

  • 矢野啓太(プロレス佐野魂兼任所属)
  • ティグレ・バキ

過去の所属選手[編集]

ワラビープロレスアウォードMVP[編集]

ワラビーが1年間を通じて活躍した選手を表彰する制度。

ワラビー革命[編集]

矢野啓太格闘探偵団バトラーツの時代より業界の在り方について問題提起を自身の妥協を認めず行ってきており特に当時独裁政権下にあったアイスリボンの、さくらえみへは「独裁者」と痛烈に批判して話題を呼んだ。ドロ沼の抗争は熾烈を極めて2010年7月9日、新生ワラビー発足へと繋がる。勢いを増す「革命家」矢野は手段は選ばず妥協せぬ姿勢を見せつけて「独裁者」さくらは、あえなく降伏して、やがてアイスリボンから排除され去っていく運命を辿った。

2011年7月2日レッスル武闘館でワラビー旗揚げ戦「c.W.o」を開催。はびこるネット社会やソーシャルネットワークがいかに文学的低俗なものかをリング上で訴えかけてイギリス武者修行に出る。そこで人種差別の愚かさを実感して「戦争や紛争を無くす前にイジメを無くしたい」と思い立ち上がる事になる。

2012年5月4日DDTプロレスリング後楽園ホール大会の控え室内で初参戦の東京多摩ルチャスの勇者アモンに対してDDTの松永智充が陰湿なイジメを働いたとされて、それに対してアモンを矢野が擁護してあげたのを告発して、それを知ったファンは矢野を支持して矢野を「革命家」や「改革者」などと呼ばれるよう発展。事態を収集するべくDDTを相手取り矢野が全面対抗戦を提案して運命の「聖戦」を7月1日に迎える。兼ねてから「本当の闘いがない」とDDTに対して警鐘を鳴らし続けた結果がワラビー革命軍、歴史的大勝利に繋がり、その日に新生ワラビーの発足から約2年の集大成が、すなわち「ワラビー革命」と語り継がれる事になった。7月2日、矢野のDDTレギュラー契約解除が発表される。しかし「革命家」が残した数々の功績は人々を今なお魅了し続けてファンは「ワラビー革命第二章」を期待し待ち望んでいる。

10月、発売されたDVD「ワラビー×DDT ワラビー革命第一章完結」のジャケットは矢野が兼ねてから敬愛するチェ・ゲバラの肖像画が用いられて巨大なる体制へ反逆し続けてきたワラビーとゲバラの生き様の共通を意味するプロフェッショナルレスリング・ワラビーによる強い思いがこめられているものとされる。12月18日、矢野は鬼神道Returnsの試合後のインタビューで激動の年を振り返るように「新たに加わったメンバーもいる。袂を分かった仲間もいる。でもこの時代にしか生きられない運命であって、あえて言おう。プロの世界に憎しみ合う人間はいない。いるのは同志だけだ」といった名言を残している。

尚、聖戦が行われた2012年7月1日から独裁者が降伏した2010年7月9日を毎年(7月1日から7月9日)「ワラビー革命記念週間」と制定。

コンバットゾーン・ワラビー[編集]

2014年、プロフェッショナルレスリング・ワラビーの合同練習「ワラビー・レスリング・キャンプ」をケルベロスで一般開放して日本列島プロレス連盟ヘッドコーチの矢野啓太がアマチュア会員からプロ志望そして若手プロレスラーまでにキャッチレスリングの技術を現在指導している。6月、アマチュアレスラーをU-FILE CAMPの興行へ輩出して所属ジム名に「コンバットゾーン・ワラビー」と名付けられた。よってプロフェッショナルレスリング・ワラビー・アマチュア部門の事を「コンバットゾーン・ワラビー」と指す。

慈善事業[編集]

2013年矢野啓太が全国各地の小中学校や塾へ訪問して深刻な「イジメ」問題や「紛争」と「戦争」または「人種差別」問題に至るまでそれらの撲滅を掲げて講演会を実施している。11月29日富田林市立明治池中学校で矢野が「夢」や「未来への希望」などを中学生の生徒達に想いを伝えた。

脚注[編集]

外部リンク[編集]