アイスリボン

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アイスリボンは、日本女子プロレス団体。運営はネオプラス アイスリボン事業部。キャッチフレーズは「プロレスハッピー!」。

概要[編集]

2006年我闘姑娘選手代表であった、さくらえみmixi発のプロレスプロジェクトとして立ち上げた。さくらが、このプロジェクトを始めた後に、そこで結成されたユニット「アイスリボン軍」が女子プロレス団体として独立したのが「アイスリボン」である。なお、ネオプラスの事業部移管と同時に同社代表の佐藤肇が事業部長に就任。

2012年1月、さくらが退団するとマッチメイクなどの業務は元NEO女子プロレス代表取締役でアイスリボン旗揚げにも尽力した甲田哲也を経て佐藤代表へと引き継がれた。退団発表前より、コーチを某男子レスラーが引き受けている。かつては日高郁人高橋奈苗がコーチを引き受けていた時期もあった。

特徴[編集]

興行形態[編集]

初期には通常のプロレスのリングを使用せず、低反発マットの上で試合を行っていた。手軽に行える反面、ロープやコーナーポストの存在を前提とする攻撃方法が使用できないため、特に上位の選手には柔軟かつ大胆な発想(いわゆる「プロレス頭」)が求められる。当初はウレタンマットを用いていたが、後に薄いユニエバーの青いマットに切り替えられた。また、コーナーポストの代用品として赤と青のテープがそれぞれ貼られた脚立が使われる。そのメリットとして、次のことが挙げられる。

  • 予算削減。
  • 持ち運びが容易である。
  • 観客との距離が近くなる。

後に通常より一回り小さいリングが常設された道場兼会場を作ったため、マットでの試合はリングが設営できそうもない場所での出張興行(おでかけプロレス)で使用する程度となる。なお、さくらが退団後にタイで旗揚げした我闘雲舞が日本での一部興行を除き同様の形態で行っている。

道場兼会場完成後は原則として隔週(さくら時代は毎週)水曜と毎週土曜にアイスリボン道場で開催される他、1、2ヶ月に1回程度の頻度で後楽園ホール新宿FACEラジアントホールなど外部の会場にてビッグマッチを開いている。後楽園大会は年3回程度であるが、2015年は旗揚げ10周年を記念して6回予定しており、同年に限れば女子団体ではスターダム(12回)、プロレスリングWAVE(7回)に次ぐ数字である。また年に数回、「おでかけプロレス」も開催する。そのため、年間100大会以上にも上る。これは巡業形態を採らない団体では最も多い。2010年まで北沢タウンホール及び板橋グリーンホールでの興行はNEOとの昼夜興行として開催されていた。首都圏以外では大阪、名古屋、札幌、仙台、長野、広島、岐阜でも開催実績がある。地方興行の中にはアイスリボン単独での開催の他、親会社ネオプラスが参画する大日本プロレス大阪プロレスなどの地元インディー団体との昼夜興行となる場合もある。不定期で他団体との合同興行や試合提供を行うこともある。

自主興行は通常写真と動画の撮影は一切禁止となっている(道場マッチや板橋では紙テープの投げ入れも禁止)。これについては肖像権の問題もあるが、「カメラを持ってると拍手ができないため」とさくらがコメントしている[1]。ただし「シャッターリボン」と呼ばれる写真撮影が認められる大会(動画は禁止)も月1回行われている。さくら退団後の新生アイスリボンでも継続され、我闘雲舞でも同様の措置が採られている。

興行の模様は原則として道場マッチ2大会、ビッグマッチ1大会ごとにDVD化されて、それをネオプラスが販売している。

選手育成[編集]

所属選手は旗揚げから4団体所属の紫雷美央(2015年引退)を除き一貫して元我闘姑娘(他団体経由含む)あるいは所属としてデビュー(再デビュー含む)した選手のみで構成されている。2016年1月に我闘姑娘出身最後の1人になった希月あおいの退団により所属選手は全員生え抜き、そして半数以上が新生アイスでのデビュー組となる。

団体が開講しているプロレスサークル(さくら時代はプロレス教室)などでトレーニングを重ねた後に練習生となるが、他団体のようなプロテストは課されることなく団体がトレーニングの成果をエキシビションなどで見極めた上でデビューに至る。このエキシビションを公開プロテストと見る向きもあるが、藤本つかさ成宮真希のようにエキシビションなしでデビューした選手も存在する。

旗揚げ当初は我闘姑娘の流れから、小学生や中学生がデビューもしくは我闘姑娘から移籍してきたが、2009年の段階で小学生レスラーはアイスリボン生え抜きのりほ(現:里歩)のみとなり、以降は他団体と同様、15歳以上の選手がデビューするようになる。2010年1月より、久しぶりの小学生レスラーの卵であるつくし(4月に中学進学)とくるみ(2012年4月に中学進学)が練習生として加わった。新生アイスでは小学生のデビューこそ皆無だが、中学生としては2013年に弓李優華がデビューしている(両者とも2014年中学卒業)。

それ以外にも門戸を広げ、グラビアアイドル、女優や総合格闘家として活動する選手や主婦、OL兼業の選手もおり、バラエティ豊かな構成となっている。また、多くの団体が若手育成に苦戦する中、独自の選手育成システムを構築することで、選手の定着率を上げている。ただし所属のまま長期休業しているレスラーも多い。

さくら時代にデビューした選手のリングネームはタレント出身者を除きほとんどはさくらが独断で命名しており、特にしもうま和美以降は地名を使った命名が目立つようになっている。ちなみに地名の付かない選手は「正統派」であるとされる(2011年3月18日の19時女子プロレスにてコメント)。新生アイスでも地名由来の選手として世羅りさ長崎まる子がいる。

さくら時代は退団してフリー、あるいは他団体に移籍した選手を出戻りとしてマットに上げることはしなかった。ただ松本都は2011年の退団時こそさくらより「アイスリボンのリングに2度と上げない」と通達されていたが、半年後に出戻り参戦を果たして、年明けのさくら退団後はレギュラー復帰した。2013年には真琴も2年ぶりに参戦し現在は不定期参戦。成宮真希も引退直前には数度参戦。

マッチメイク[編集]

道場での試合終了後は必ず座談会が行われ、各選手のマイクパフォーマンスが聞ける。その内容と、試合後に観客に配布されるアンケートに記載される意見が次回大会のカード編成に繋がっている。ストーリー性やテーマに富んだカードが多い半面、他団体に比べ各大会のカード発表が著しく遅いという傾向も見られる。

団体内に典型的なヒールレスラーはおらず(かつて腹黒キャラ都宮ちいがいた程度)、年齢とキャリアが比例しないため世代間抗争も余り見られない。2010年9月23日の後楽園大会で、同じ2006年に旗揚げされたセンダイガールズプロレスリングとの団体対抗戦で全敗したのがきっかけで仙女との団体間抗争に発展したが、2011年12月25日の後楽園大会でさくらえみ&つくし組がインターナショナル・リボンタッグ王座を懸けて里村明衣子&仙台幸子組に勝利したことで一応の終結となった(2008年から始まった仙女との関係は抗争終結後も継続中)。一方、2012年9月23日の後楽園ホール大会でプロレスリングWAVEとも団体対抗戦を行ったが、こちらはWAVEに一部選手がレギュラー参戦する程度で本格的な抗争には至っていない。

さくら時代にはトーナメント戦の開催はあれどリーグ戦は一切行わなかった(JWP女子プロレスのリーグ公式戦を興行内で組んだことはあった)。しかし、新生アイスでは2013年に成宮真希が負傷のため返上したICE×60王座を懸け、団体初のリーグ戦を開催した。

参戦選手[編集]

特色の1つとして、フリーやインディー団体(主にDDTプロレスリング系列やKAIENTAI DOJOプロレスリングFREEDOMSプロレスリングZERO1)などの男子レスラーの参戦が他団体より多いこと(さくらがデビューした団体が男女混合だったことも影響している)が挙げられ、「アイスリボン男子部」と呼ばれる(男子の試合をメインとした興行も1度だけあった)。一時男子部は「プロフェッショナルレスリング・ワラビー」として独立していた。しかし、新生アイスでは男子選手の参戦は減少しており、現在は後楽園ホール大会を始めとするビッグマッチや特別な大会、提供試合のみにほぼ限定されている。

選手層がまだ薄かった初期にはNEOやJWPなどの他団体、フリーの女子選手も頻繁に参戦していたが、NEO解散や所属選手の増加などもあり減少傾向にある。土曜日の道場マッチでは純血メンバーのみで開かれること(いわゆる「純血リボン」)が多いものの、水曜日など平日は学生・兼業レスラーの参加が難しいため、男女を問わずゲスト選手が頻繁に参戦する。2016年現在、他団体ではJWP、WAVE、REINA女子プロレスの若手が主に参戦する。

外国人選手は他団体が招いた選手が適宜参戦していたが、2011年にイギリスのプロレスリングEVEとの対抗戦を機にエイプリル・デイヴィッズが留学生として来日して初の直接招聘となり、以降もイギリスから留学生を適宜招き入れている。

海外遠征[編集]

旗揚げから数年は海外遠征に対しては消極的であったが2011年に真琴藤本つかさアメリカのインディー団体「CHIKARA」に遠征を決行した。

10月には19時女子プロレスがきっかけとなり、さくらえみ以下4人がイギリスの女子団体「プロレスリングEVE」に招待される。EVE vs アイスの対抗戦としてさくらはEVE王座に挑戦した他、当時のICE×60王者みなみ飛香も防衛戦を敢行した。

これらに加えてエスオベーションを通じアメリカのSWAWNC-REINAを通じメキシコCMLLにそれぞれ遠征することもある。

他団体との交流[編集]

女子団体[編集]

JWP女子プロレス
前述の通り初期から相互に参戦。特に道場開設後はJWPでデビューした若手選手の参戦も目立っている。2011年にJWPが復活させた「タッグリーグ・ザ・ベスト」にはアイスより毎年参戦。2012年7月にはJWPとの合同興行も横浜で開催されている。2014年現在つくしがレギュラー参戦中で、タッグリーグで優勝するなど成果を挙げている。また、藤本つかさ中島安里紗とタッグを結成中。
LLPW-X
旧LLPW時代と比べて団体活動が縮小されたため、交流はほとんどないが、数少ないものとしてアイガーがトライアングルリボン王座を奪取している。2014年にはLLPW-Xスーパーバイザーの風間ルミが「らぶりーぶっちゃーず」のマネージャーとして参加。
センダイガールズプロレスリング
旗揚げ当初は交流は無かったが、2008年に同団体が主催した若手主体のトーナメント「じゃじゃ馬トーナメント」にアイスリボンから牧場みのりがエントリー(当初予定していたJWP所属選手の長期欠場により空いた枠)して高評価を上げたのを機に本格的な交流が始まった。
2010年9月23日後楽園ホール大会では対抗戦も行われ、里村明衣子代表とさくらとの運営方針の違いを巡り、団体抗争に発展。タッグベルトも一時期流出(十文字姉妹が獲得)している。
抗争終結後もアイス側からは宮城出身の藤本つかさを、センダイガールズ側からはデビュー時からアイス選手と対戦してきた花月を中心に交流は続いていたが、花月退団後は表立った交流はほとんどない。2016年2月の仙台大会で藤本つかさが抗争再開を宣言して、5月の横浜文化体育館大会に里村明衣子代表が参戦。
OZアカデミー女子プロレス
それまでは選手の自主興行に招聘される程度だったが、2012年12月に志田光アジャ・コングと行動を共にする様になった事により両者間を中心に本格的な交流が始まった。志田の退団後は表向きの交流は一旦途絶えたが、退団直前に紫雷美央が兼任所属。美央のラインを通じた4団体合同興行も開催され、アイス横浜大会に尾崎魔弓代表(+西尾美香)が参戦、逆にアイスからは雪妃真矢が尾崎代表の派閥「正危軍」に参加している。
プロレスリングWAVE
いわゆる「大人の事情」で関係は断っていたが、フリーとして参戦していた植松寿絵のWAVE入団(現在は引退)がきっかけとなり2012年に入るとアイス選手の参戦が本格化。藤本つかさが大畠美咲と、志田光が桜花由美とそれぞれ組んでタッグベルトを獲得するなど結果を残している。また、同年9月後楽園では対抗戦も決行した。その後もWAVE側からは主に渋谷シュウが参戦してトライアングルリボン王座も獲得。2014年にはWAVE新人第1号の夏すみれも参戦。またアイス道場でWAVEの大会を開催させるなど、興行面にも関わっている。
スターダム
鎖国」を敷いている為、他団体交流には消極的だったが、2012年10月に志田光、12月後楽園には逆にフリー時代にアイスに参戦していた高橋奈苗らが参戦。翌2013年1月には藤本つかさが参戦を果たしている。
生え抜きでは別ブランド「Teens」ではあるが岩谷麻優須佐えりが参戦経験あり。両国国技館大会には藤本、世羅りさ山口ルツコが参戦して逆にアイス新宿FACE大会にも高橋と須佐が、神栖大会にも高橋が参戦した。またリング外では世羅と翔月なつみ(床田菜摘)が同じ劇団「水色革命」に所属する。
2014年には「Tenn&Jr.」に彩羽匠コグマが参戦、スターダムのタッグリーグ戦「GODDESSES OF STARDOM」でも世羅が彩羽匠とのチームでエントリー、公式戦のうち1試合(世羅&彩羽組対世IV虎&はづき蓮王組)が10月22日のアイス道場マッチで組まれた。
2015年にはスターダムの後楽園ホール大会に世羅がレギュラー参戦を表明していたが、彩羽の移籍に加え、2月後楽園ホール大会での世IV虎事件を問題視して、3月以降参戦中止[2]。以降選手交流は断絶状態にある。2016年3月のアイス後楽園に紫雷イオと岩谷麻優が来場し藤本つかさ&中島安里紗との対戦を要求したものの、やはり世IV虎事件がネックとなり頓挫している。
ワールド女子プロレス・ディアナ
旗揚げ当初は関係を断っていたが、2012年12月31日のアイス後楽園大会で堀田祐美子星ハム子と一騎打ちを行ったのを機にハム子が堀田暴走軍に加入し、ディアナに常連参戦。逆に2013年1月の横浜赤レンガ倉庫大会にはSareeeも参戦し、アイスが制作に関わる映画「太陽からプランチャ」にも出演。12月15日のディアナ新宿大会にくるみが来場して、31日のアイス後楽園ホール大会と翌年1月4日横浜で井上京子とタッグを組んでいる。2014年より林小雪がレギュラー参戦中。2015年にはディアナ生え抜き第2号の田中盟子がアイス初参戦。
WNC-REINASMASH
さくらとTAJIRI選手代表がかつて同僚だった関係もあり、SMASH時代には相互参戦が行われていた。特に真琴はアイス所属時代から常連参戦しており、後に移籍が実現した。TAJIRIもアイス参戦経験あり。JCBホール(現:TDCホール)でのSMASHではアイス所属選手で「JCB戦隊アイッシュ」を結成している。
SMASH解散後に旗揚げされたWNCでは旗揚げ戦に紫雷美央の代役としてりほが参戦して真琴とタッグを組んだ。志田光も選手の自主興行に参戦。アイスには真琴、朱里華名に加え、生え抜きの小林香萌日向小陽も参戦。WNCには主にTAJIRIと同郷の成宮真希が参戦。
REINAにはついては、団体化とプロモーション化が繰り返されているが、アイスからも適宜参戦して、マッスルビーナスがREINA世界タッグ王座を獲得した後、インターナショナル・リボンタッグ王座と統一されアイスに定着していた。一方でREINAからもセウシスCMLLからREINAに来日中の選手が参戦している。2014年8月の後楽園大会にアレックス・リーも参戦。成宮はCMLL-REINAインターナショナルジュニア王座を奪取した他、真琴とタッグを組んでいる。2015年、成宮がREINAに円満移籍して、以降もアイスには参戦継続。
世界プロレス協会
REINAから独立して団体化後はしばらく交流がなかったが、2014年8月の「Teens&Jr.」に世プロより参戦を表明。それに先駆け6月14日の道場マッチに石橋葵神田愛実が参戦。
我闘雲舞
初代代表のさくらえみが退団後に作った団体で、客層の重複を想定し、アイスと開催日程が重なった場合は我闘雲舞側が開催時刻をずらす事で、いわゆる「ハシゴ」観戦に配慮している。
選手間交流は皆無だったが、2016年の横浜文化体育館大会でさくらが参戦した後、対戦した藤本つかさが本格的な抗争開始を宣言している。

男子団体[編集]

DDTプロレスリングユニオンプロレスプロレスリングBASARA
男子インディー団体では最も古くから交流のある団体で、ミックスドマッチも頻繁に組まれている。
また8月の両国国技館や日本武道館で開催されるDDT最大級の大会にも参戦。逆にDDTの紅一点チェリーがアイスに常連参戦しており、東京女子プロレス所属当時のNOZOMI高木三四郎大社長も参戦経験あり。松永智充は道場開設以後、選手ではなくレフェリーとして参加していたが、2013年に選手として初参戦。
2016年現在はチェリーの他、ヤンキー二丁拳銃(木高イサミ宮本裕向暗黒プロレス組織666))が常連参戦。
KAIENTAI DOJO
DDT同様古くから交流のある男子団体で、K-DOJOから主に若手選手が参戦している。バンビアップルみゆきら女子選手やTAKAみちのく代表も参戦経験あり。また、合同興行を開催した事もある。
大日本プロレス
こちらもDDT同様古くから交流のある男子団体だが、DDT・K-DOJOと事情が大きく異なる。
2007年から別ブランドや六角橋商店街大会などへの提供マッチが行われ、レフェリーの李日韓も選手として参戦していたが、2008年1月に発生した「金村キンタロー強制猥褻事件」の影響で撤退し、大日本との関係も一時悪化。
加えてDDTとは逆に、金村事件及び大日本女子部の失敗という過去から、団体運営・選手管理において、大日本所属選手の女性問題に発展する危険性のあるミックスドマッチを原則許可しない方針を取った事から、関係改善後の相互参戦もグレート小鹿会長(当時社長。りほとチームを組んだ)、"黒天使"沼澤邪鬼松本都葛西純絡み)、神谷英慶(世羅りさ絡み)といった、極めて限定的なものにとどまり、逆にアイス勢が大日本に参戦する場合も試合提供にほぼ限定されている。
一方で親会社ネオプラスが大日本に参画している為、興行面では、大日本主催の夜興行の前に大日本のリングを借用して昼興行を行う事がある(2011年3月21日後楽園ホール大会(「アイスリボンマーチ2011」→「一騎当千」)や、2012年7月15日札幌テイセンホール大会(「札幌リボン」→「山川竜司引退興行」)など)。
2013年下半期に入り、大日本の北陸遠征に一部選手が帯同しシングルを行ったのを皮切りに、地方興行を中心に試合提供の機会が増加、2014年3月21日に開催された博多スターレーン大会でもWAVEとの対抗戦が行われている[3]。逆に大日本からもアイス道場マッチで橋本和樹vs河上隆一の提供試合が行われている。
さらに2015年に入ると、登坂栄児社長の方針が軟化した事で、前述の興行形態を利用して星野勘九郎[4](世羅りさ絡み)と植木嵩行(松本都絡み)が参戦、同年12月の横浜文化体育館大会や、2016年3月の西日本遠征でも、試合提供と大日本所属選手を交えたミックスドマッチが行われた。
2016年5月4日の横浜文化体育館での10周年記念大会では、例年5月5日と12月第3日曜日に大日本が同会場でビッグマッチを行う事などから、大日本がリング貸与や大会運営等で全面支援している。
プロレスリングFREEDOMS
FREEDOMSからも佐々木貴代表、葛西純らが参戦して、ハードコアマッチ(流血は無し)も行われている。但し当初は前出の金村事件に端を発した旗揚げの経緯から参戦に対して批判の声も上がった。
GENTAROは選手としてのみならず脳梗塞で倒れるまでリングアナウンサーも引き受けた。そのため「GENTARO AID」の開催が決定した際には重複していた道場マッチの時間を変更した上で試合提供。そして2014年の自主興行にもアイスから一部選手が参戦。佐々木の地元一関市大会ではアイスの選手が毎年レギュラー参戦している。
また横浜ラジアントホールなどで、アイスとFREEDOMSとの昼夜合同で行われる事が多い。
大阪プロレス
さくらの師匠だったブラックバファローを中心に交流が行われ、アイスの大阪大会は大阪プロの協力を得て同本拠地であった大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナで開催。19時女子プロレスを大阪から配信した際にも大阪プロから試合提供された。また、大阪プロ所属選手も上京してアイスの大会に参戦。退団直前の志田光も大阪プロに参戦。
ZERO1
日高郁人がアイスの選手を指導した経験があり、アメリカ遠征前の2010年2月に壮行試合を組んだことがある。一方でさくらもその日高の地元である島根のZERO1興行に参戦している。また藤本が豊田真奈美とシングルマッチで対戦して、豊田がアイスに関わるきっかけをつくったのも島根のZERO1興行である(日高と豊田はともに島根県益田市出身)。2013年には志田光が初参戦を果たして日高の愛弟子である夕陽と対戦。
大谷晋二郎社長はアイスへの参戦こそないものの19時女子プロレスの特番に出演した。
2014年の仙台大会はZERO1との昼夜興行として開催されており、当時ZERO1に在籍していた橋本大地がミックスドマッチに参戦している。
3月には引退を表明した夕陽が最初で最後のアイス参戦。5月にはZERO1のチャリティー興行「あなたのレスラーズ」に試合提供。
WRESTLE-1
2013年に武藤敬司が中心となって旗揚げされた新団体で、女子プロレスマッチにアイスからも適宜出場している。2013年は成宮真希、藤本つかさ、世羅りさ、2014年は志田光も参戦。WRESTLE-1側からは浜亮太KAIが参戦。
DRAGON GATE
2014年のアイス大阪大会に谷嵜なおきが参戦。2015年の後楽園ホール大会にはヨースケ・サンタマリアが参戦している。
全日本プロレス
地方大会にアイスから試合提供が行われることもある。

ローカル団体[編集]

北都プロレス
星ハム子が北海道出身と言うこともあり定期的に参戦中。また過去に合同興行北都リボン開催のほか、道場マッチの特別レフェリーとしてクレイン中條と参戦選手として池田昌樹ルー・ルルルが参戦。
九州プロレス
2014年に団体初の熊本大会に成宮真希凱旋として試合提供。

歴史[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

  • 1月、伊藤道場から市井舞が参戦したことで、我闘姑娘時代の所属選手とは一応の関係改善となった(さくらえみ代表の我闘姑娘時代の所属選手とは、関係を絶っていた)。
  • 3月8日南千住荒川区汐入公園南千住駅周辺)で「おでかけプロレス」を開催。
  • 3月14日、大日本で発生した他団体選手の強制猥褻事件の影響で、横浜プロレスから撤退。同時にテレ玉版「大日大戦」のコーナーも打ち切りとなった。
  • 3月16日しもうま和美が勤務する福祉施設(三軒茶屋)のイベントに参加。翌2009年以降も参加。
  • 4月20日、牧場みのりがセンダイガールズプロレスリング主催、第1回「じゃじゃ馬トーナメント」に出場。センダイガールズ進出(ただし個人参戦のみ)。
  • 7月、テレビ埼玉の番組の企画と映画「スリーカウント」の制作のため、出演者を練習に参加させ、NEOの井上京子やさくらえみらも自ら出演。映画制作に取り掛かる。
  • 8月、体制を変更して通常のプロレスのリングを使用したときもアイスリボンの名称で月一回開催。これを機に大会ナンバーもリセット。9月から千本桜ホールでの興行を再開して市ヶ谷アイスボックスと併用する形となる。
  • 9月、栃木から都宮ちいが上京。わずか1か月の練習期間でデビューする。
  • 10月、ICE×60王座を設立。初代王者決定トーナメントを11月と12月にかけて開催。初代王者は聖菜。

2009年[編集]

2010年[編集]

2011年[編集]

  • 1月4日、新木場1stRINGにて「新春リボン」を開催(観衆285人)。
  • 1月9日、666で第11回「YOUNGプロレスわっしょい!」に試合提供。
  • 1月10日ガッツワールドプロレスリングVol.45に試合提供。
  • 1月15日、志田光率いる「1・2・3・志ー団!!」(昭和生まれ選手のうちマッスルビーナス+宮城もち)と真琴率いる「平成YTR」(飯田美花含む平成生まれ選手)の世代間抗争が本格的に始まる。しかし「カードが組みにくい」ことを理由に一か月程度で終了。
  • 1月30日、キックボクシング「J-GIRLS」に試合提供。
  • 2月6日、選手会興行として第2回名古屋大会「名古屋リボンwith今池商店街」(今池ガスホール)を開催(今池プロレスとの昼夜開催で、夜の今池プロレスにも一部選手出場。観衆211人)。
  • 2月11日KAIENTAI DOJOとの合同興行「K-RIBBON」を開催(観衆120人)。
  • 2月14日毎日放送TBSで4月より放送されるドラマ「マッスルガール!」にJWP女子プロレスとともに協力することが明らかになる。
  • 2月26日、現道場におけるプロレス教室出身者としては第1号となる内藤メアリがデビュー。
  • 3月2日、内藤に続いて現道場におけるプロレス教室出身者である新田猫子がデビュー。
  • 3月12日と16日、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)及び東京電力福島第一原子力発電所での事故による計画停電の影響で、道場マッチ2大会が中止。
  • 3月16日、震災・原発事故により中止が懸念されていた21日昼・後楽園ホール大会の開催を正式決定(前日には同日夜同会場で開催予定の大日本プロレスも決行を正式に発表)。
  • 3月19日、現道場におけるプロレス教室出身者である成宮真希がデビュー(異例となるエキシビションなしでデビュー)。
    • 当初は3月12日デビュー予定だったが、震災・原発事故による大会中止のため延期されていた。
  • 3月21日、第5回後楽園ホール大会「アイスリボン・マーチ2011」を開催(観衆737人)。この大会でたま子がデビュー。
    • 当日昼の同大会と夜の大日本プロレスは、震災で閉鎖されていた同ホールにおける再開後初のイベントとなった。
    • また、原発事故による電力事情悪化に伴い、映像の使用中止や一部照明を削減するなど節電した上で開催。
    • 被災により来場不能となった客に対するチケット払い戻しも同時に実施。
  • 3月26日、休業から復帰後にレギュラー参戦していたRayが正式入団。
  • 3月31日、SMASH後楽園大会に試合提供。
  • 4月16日、第3回大阪大会「大阪リボン」(大阪Mアリ)を開催(観衆224人。当日夜に同所で開かれた大阪プロレスにも一部選手出場)。
  • 4月24日、10代主催興行「Teens」第1回興行を開催(代表 : みなみ飛香。観衆96人)。同日夜の666第12回「YOUNGプロレスわっしょい!」にも試合提供。
  • 5月5日、第6回後楽園ホール大会「GOLDEN RIBBON 2011」を開催(観衆749人)。
    • 2010年まで5月5日昼の後楽園興行は同年解散したNEOが開催しており、それを継承する形となった。
    • 当日は大日本が横浜文体で大会を開催していた為、一部の客が文体に流れ、観客動員は微増に止まった。
    • 後楽園の夜はブシロードレスリングが開かれた。
  • 5月25日、藤本つかさとのタイトルマッチに敗れた松本都が解雇されて新たなプロレス団体「崖のふちプロレス」を設立。
  • 6月1日、19時女子プロレス旗揚げ1周年記念大会を開催(Ustreamで生中継。視聴者数1000人、累計8000人以上閲覧したことを6月6日の公式メールマガジン担当の志田光が公表した)。
  • 6月19日、「Teens」第3回興行にて、練習生の長野ドラミがデビュー。ガッツワールドプロレスリング茂木町民センター別館大会へ試合提供。
  • 6月25日、所属選手9人による総当り戦「逆境ナイン」(全72試合)を開催(観衆88人)。
  • 7月4日と7日、以下の地域で被災地キャラバンを実施(企画発案者 : 藤本つかさ)。
  • 7月10日、4年ぶりの横浜開催となる「横浜リボン」をラジアントホールで開催(観衆210人)。
  • 7月18日、666との合同興行「YOUNGリボンわっしょい! vol.2」を開催(観衆666人)。
  • 8月21日、第7回後楽園ホール大会「不思議の国のアイス2011」を開催(観衆786人)。真琴が退団しSMASHへ移籍。
  • 8月26日、都宮ちいが退団を表明。28日よりリングネームを「ミクロ」に変えてフリーとなる。19時女子プロレスがアイスリボンと合併し、所属選手である帯広さやかはアイスリボンへ移籍、認定王座であるインターネットシングル王座はアイスリボン管理のジュニア王座となる。
  • 8月31日、この日を以って、赤城はるなと井上由美子が引退、藤野恵美が退団、たま子が除籍になることが発表された。赤城は後日、引退試合を行い正式に退団。
  • 9月10日、666と合同でヤングリボンミックスタッグ王座の設立を発表。
  • 9月11日、FREEDOMS主催「東日本大震災復興支援チャリティープロレス」に試合提供。
  • 10月7日タイにてテレビ放送開始。
  • 10月8日と9日、イギリスの女子プロレス団体「プロレスリングEVE」に参戦。参加選手はさくらえみ・みなみ飛香・藤本つかさ・志田光の4人。その他の一部選手も北海道北都プロレス、メキシコのCMLLに遠征。
  • 10月21日ニコニコチャンネルでの公式チャンネル開設を発表(開通は10月19日)。
  • 10月27日、センダイガールズ主催・女子プロレス団体対抗Flashトーナメントに出場。1回戦でホストのセンダイガールズに破れ、初戦敗退。
  • 10月29日、道場マッチにてJWPの新人王戦「蒼星杯(ブルースターカップ)」公式リーグ戦(masu-meVS長野ドラミ)。
  • 11月13日成田市・公津フェスタ(京成電鉄京成本線公津の杜駅の駅前ロータリー)にてイベント開催[6]
  • 11月22日、プロレスコラボイベント「P-W Remix vol.3」に試合提供(vol.1、2の提供元はともにプロレスリングZERO1だった)。
  • 12月17日韓国全羅南道高興郡に完成した金一記念体育館のこけら落とし興行(韓国プロレスリング連盟主催)に成宮真希と長野ドラミが参戦[7]
  • 12月25日、第8回後楽園ホール大会開催(観衆849人)。無期限休業中だった希月あおいが復帰。入れ替わりで聖菜と牧場みのりが引退。

2012年[編集]

2013年[編集]

2014年[編集]

  • 1月4日昼、新春リボンをラジアントホールにて開催(夜のWNCにも志田光が参戦)。
  • 1月12日、2年ぶり2度目の長野大会「新春・長野リボン」を信州プロレスアリーナにて開催。
  • 1月15日、元WRESTLING DREAMERSのはやてをルチャコーチに迎えてルチャサークル開講を発表。
  • 1月22日紫雷美央がアイスリボン、OZアカデミー女子プロレス、プロレスリングWAVE、ユニオンプロレスの4団体と所属契約。
  • 2月9日昼、3年ぶりの大阪大会「大阪リボン2014」を道頓堀アリーナにて開催。
  • 2月15日昼、2年ぶり2度目の仙台大会「仙台リボン2014」を宮城野区文化センターにて開催。
  • 3月9日昼、名古屋大会「名古屋リボン」を露橋スポーツセンターにて開催(夜はFREEDOMS)。
  • 3月18日(広島)から22日(高松)、後述の広島大会のPRを兼ねて大日本の西日本遠征に一部選手が帯同し試合提供。このうち21日・博多スターレーン大会ではWAVEとの団体対抗戦を実施。
  • 3月30日昼、第16回後楽園ホール大会開催(夜はRISE 98)。志田光がこれを最後に退団。入れ替わりで宮城もちが復帰、あきば栞がデビューする。
  • 5月6日昼、横浜ラジアントホールにてZERO1、WNC、FREEDOMSとの4団体合同で「横浜GWプロレス祭り」を開催[12]
    • 5日はZERO1(13時から)・WNC(18時から)、6日はアイス(12時から)・FREEDOMS(17時から)。
    • この4大会はニコニコプロレスチャンネルにてニコニコ生放送を配信
      • 実況 : 鈴木健.txt(4大会全て)
      • 解説 : 須山浩継(アイスのみ)
      • 休憩中ゲスト:アブドーラ小林(大日本社員と共にアイスに客として来場[13]、ノーギャラ)。
      • 6日昼アイスにて、新日本が持っていたニコプロ中継総合視聴者数の最高記録を更新(タイムシフト含め、最終的に6704人が視聴)。
  • 5月10日、Nキューブ解散興行を開催。
  • 5月28日、この日まで行われた5月開催の道場マッチの月間平均入場者数が100人を突破。
  • 5月31日、相模原市体育館にて行われたZERO1「あなたのレスラーズ相模原チャリティー大会」に試合提供。
  • 6月4日、道場マッチで藤田あかねが復帰。河崎実監督「電エースタロウ」への全面協力を発表。
  • 6月7日昼、旗揚げ8周年記念大会を北沢タウンホールにて開催。寿ゆりがデビュー。
  • 6月15日昼、初の広島大会「広島リボン」開催(広島県立広島産業会館東館
    • 夜の大日本「広島“大”熱狂プロレス」とのダブルヘッダーとして同大会のメインでデスマッチヘビー級王座(vs伊東竜二戦)を戴冠した宮本裕向(666・廿日市市出身)が参戦。
    • 一方で同じくダブルヘッダー予定だったレイパロマダブプロレス)がアイスの試合で負傷したため、代替として一部のアイス参戦選手が大日本にも緊急参戦。但し大日本側の方針(前述)から、大日本正式所属選手とではなく参戦選手(塚本拓海ら)とのミックスドマッチとなる[14]
  • 8月10日、世羅りさ凱旋大会として広島県世羅郡世羅町せらにしタウンセンターにて「世羅リボン」開催。
  • 8月14日昼、後楽園ホールで「Teens&Junior」開催(夜は大日本)。
    • 10代に加えキャリア3年未満も対象とし、さらに「若手の壁」となるベテラン、中堅も含め11団体から参戦。
    • そのうちWAVEからは野中美智子リングアナウンサーも参加。
  • 8月31日昼、第17回後楽園ホール大会を開催(夜はWRESTLE-1)。
    • 他所の興行で「アイスリボンにメイン・セミは無理」と吐き捨てたダンプ松本に遺恨決着を要求した藤本つかさが一騎打ち。
    • 日時など詳細は未定であるがフジテレビにてドキュメンタリー番組が放送されることが発表される。
  • 9月11日、新宿FACEにてOZアカデミー、WAVE、ユニオンとの合同興行「M.I.O.(ミッション・イン・オーダテ)」を開催。
  • 9月28日、相模原市体育館にてFREEDOMS協力の下でおでかけプロレス開催。
  • 10月19日全日本プロレス福山大会に試合提供。
  • 10月31日、当日付で山口ルツコが引退。今後は千春の指導の下でリングアナウンサーの見習いとして活動。
  • 11月24日、ラジアントホール大会で雪妃真矢がデビュー。
  • 12月7日、新田猫子凱旋大会として岐阜市文化センター催し広場にて「岐阜リボン」を開催。
  • 12月28日、第18回後楽園ホール大会を開催。安藤あいかが久方ぶりにアイスリボンに登場。
  • 12月31日、道場マッチで内藤メアリが引退。24の瞳王座を封印。

2015年[編集]

  • 1月4日、「新春リボン2015」を新宿FACEで開催。WAVEからも選手が参戦、うち春日萌花は8年ぶりの参戦となった。
  • 3月21日、第19回後楽園ホール大会開催。
  • 3月29日昼、大阪大会「大阪リボン2015」を城東区民ホールにて開催(夜は大日本「大阪サプライズ20」)。
  • 4月1日、藤本つかさが取締役選手代表に就任[15]
  • 5月4日から6日、以下の日程で前年に続き横浜ラジアントホールにて「横浜プロレス祭り」を開催。
  • 6月20日から27日、団体初のシリーズとして「9th anniversaryシリーズ」を以下の日程で開催。20日には山口ルツコが正式にリングアナデビューを果たす。
    • 20日、記念道場マッチ
    • 21日、名古屋大会(名古屋市千種文化小劇場ちくさ座)
    • 24日、第20回後楽園ホール大会
      • 通常の興行終了後、大日本のバックアップによる「世羅りさプロデュース興行」を実施[16]
    • 27日昼、仙台大会(宮城野区文化センター・夜のFREEDOMSにも一部選手参戦)
  • 6月30日、大日本主催「札幌テイセンホール・プロレス・ラストマッチ 〜Sapporo Limelight〜」に試合提供で参加
  • 7月19日小平市立小平第一中学校体育館にて「租税プロレス」開催。斉藤一二三レフェリーがデビュー。
  • 7月25日、寿ゆりラストマッチを開催。
  • 7月29日、第21回後楽園ホール大会開催。
  • 8月1日、三原市にて「三原リボン」を開催。(世羅りさの母校如水館高校同窓会主催)
  • 8月2日、「せらリボン2」を開催。
  • 8月17日夕刻、出張道場マッチin後楽園ホールを開催(夜は大日本)
  • 8月30日昼、第22回後楽園ホール大会開催(夜はWRESTLE-1)
  • 9月6日、北沢タウンホール大会で長崎まる子がデビュー
  • 9月22日、横浜ラジアントホールでTeens興行開催
  • 10月11日昼、第3回札幌大会開催(札幌テイセンホールの閉鎖の為、会場を札幌マルスジム(札幌市中央区)に変更。夜の大日本からも一部選手参戦、アイスからも前日同会場の大日本に試合提供)
  • 10月12日昼、初の釧路大会(釧路市桜ヶ丘青雲台体育館)を開催(夜の大日本からも一部選手参戦、アイスからも試合提供)
  • 10月17日、第23回後楽園ホール大会開催
  • 10月18日、第2回岐阜大会開催
  • 11月8日、第2回神栖大会開催
  • 12月31日昼、第24回後楽園ホール大会開催。新田猫子が引退。

2016年[編集]

アイスリボンの別ブランド、派生団体[編集]

19時女子プロレス
2010年6月から2013年まで放送されたインターネット動画配信番組。
Teens
2011年から開始された10代選手が中心たる新ブランド。休止期間を挟みおよそ月1回行われていたが、代表のみなみ飛香が無期限休業のため活動休止。しかし、2014年につくしがプロデューサーに就任して10代に加えキャリア3年未満も対象とした「Teens&Junior」として再開。
アイスリボンフェスタ
アイスリボンと他ジャンルとの融合をテーマにしたお祭り的別ブランド。2013年12月1日に第1回を開催。
崖のふちプロレス
2011年に退団した元所属選手の松本都が設立。
プロレスリング・ワラビー(現:プロフェッショナルレスリング・ワラビー)
アイスリボン男子部が独立して設立されたが現在は矢野啓太に権利が譲渡されている。
コラソン女子プロレス
植田朝日が率いるコラソン・ジャパンとの共同事業として始動するプロジェクト。代表に味方冬樹、コーチに村上和成が就任。
信州ガールズプロレスリング
信州プロレスリングエンターテイメントとの共同事業として2013年に旗揚げされる地域密着型の女子プロレス団体。

アイスリボンの特殊ルール[編集]

通常時
  • タッグマッチの際に「ダブル」と宣言した場合はダブルでの攻撃が許可される。
  • 場外カウントは存在しない[20]
ハードコアリボン
  • レフェリーが「なんとなく危険」とみなした行為以外の全ての反則が容認される(流血戦になるのを防止するため)。
市ヶ谷アイスボックス
  • 関節技を掛けられているときにマットの端に手か足が触れればエスケープとなる。両肩が付いてフォールカウントがなされた場合はエスケープとはならずキックアウトするなり肩を上げるなりしてカウントを止めなくてはならない。
  • タッグマッチの際に「ダブル」と宣言した場合はダブルでの攻撃が許可される。
  • 客席の椅子やコーナー用の脚立をマットの中に持ってきて、そこからの攻防も認められる。その際に観客やレフェリー(主にさくらえみ)の援助を求めることも可能。椅子で殴る行為は反則となる。
  • 市ヶ谷アイスボックスに限り壁や窓を使った攻撃も反則ではない(壁に関しては当初は反則だったが壁にぶつかるのは仕方ないということで2007年8月から反則ではなくなった)。
  • 窓の外へ出た場合は場外カウントが始まってカウント20で試合終了となる。
さくら式イリミネーションマッチ
  • 最初は6人(8人、10人)タッグマッチで試合を行って試合が決着すると、それぞれの勝敗に関わった選手(フォール、ギブアップをとった選手ととられた選手)が退場して、これを繰り返して最後は残った選手でシングルマッチとなるが、これで勝利した方のチームが勝ちとなる。

大会最速記録[編集]

順位 勝利選手 記録 敗北選手 試合日 試合場所
1 つくし 4秒 さくらえみ 2011年6月11日 イサミレッスル武闘館
2 つくし 5秒 さくらえみ 2010年5月22日 イサミレッスル武闘館
つくし 松本都 2012年6月30日 イサミレッスル武闘館
3 藤本つかさ 6秒 さくらえみ 2010年1月4日 新木場1stRINGICE×60王座
さくらえみ 志田光 2010年11月3日 イサミレッスル武闘館、24の瞳王座

タイトルホルダー[編集]

フルタイムによる引き分けは王座剥奪となる[21]

アイスリボンが管理する王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
ICE×∞王座 藤本つかさ 第23代 4
トライアングルリボン王座 清水愛 第23代
インターナショナルリボンタッグ王座 ベスト・フレンズ
藤本つかさ&中島安里紗
第37代 4 つくし&柊くるみ
アイスリボンと暗黒プロレス組織666が管理する王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
ヤングリボンミックスタッグ王座 世羅りさ&宮本裕向 第2代
過去に存在した王座

上記の他にタイトルマッチ形式ではない以下の企画色の濃い王座も認定している。

  • ドロップキック王座
我闘姑娘から継続。名前の通りドロップキックの技術を競う。風船を目掛けてドロップキックを繰り出して観客の拍手と審査員の採点から勝者を決める。
  • 24の瞳王座
挑戦者が11人抜き(当初は1人につき1分1本勝負。現在は選手ごとに時間が変わる)に挑みタイトルに値する内容であればチャンピオンベルトが贈呈される。所属選手の増加のため封印。内藤メアリの引退試合の際に一時的に復活。
  • うでたてくん王座
さくらえみが練習過程で始めた選手の腕立て伏せTwitCastingで撮影。男女誰でも参加できる。メトロノームでテンポを計り1回1.8秒の間隔で行う。100回で卒業となり次の段階へ移行する。

所属選手[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

ルチャサークルコーチ[編集]

アクションサークルコーチ[編集]

グラップリングクラスコーチ[編集]

役員[編集]

事業部長[編集]

取締役選手代表[編集]

アイスリボン芸能部所属選手[編集]

過去の所属選手[編集]

ホノ 2007年9月8日引退。
きのこ 2007年9月8日引退。
石井美紀 2008年2月24日引退。 非常勤スタッフ。
月丘ひかる 2008年1月27日退団。 ガールズプロレスキャンプ
夏実りか 2008年2月7日退団。 元ガールズプロレスキャンプ。
桃瀬麻美 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元ガールズプロレスキャンプ。
ひろせ友紀 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元マッスルビーナス
植田ゆう希 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元マッスルビーナス。
森久ともよ 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元マッスルビーナス。
真悠いちこ 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元マッスルビーナス。
古賀祥子 2009年1月18日退団。 芸能活動専念。元マッスルビーナス。
しもうま和美 2010年12月26日引退。 雑草ガールズ
市井舞 2011年4月15日引退。 団体預かりから2010年12月29日にフリー契約。
真琴 2011年8月21日退団。 SMASHに移籍。
都宮ちい 2011年8月28日退団。 ミクロに改名。
赤城はるな 2011年8月31日引退。 療養欠場のまま。元雑草ガールズ。
井上由美子 2011年8月31日引退。 療養欠場のまま。羽柴まゆみに改名。世界プロレス協会で復帰。
藤野恵実 2011年8月31日退団。 総合専念のため。総合格闘家。
たま子 2011年8月31日除籍。 芸能活動等で出場継続が不可能となり。
聖菜 2011年12月25日引退。 ライト姉妹
牧場みのり 2011年12月25日引退。
さくらえみ 2012年1月7日退団。 一身上の都合。元代表。
Ray 2012年5月14日退団。
りほ 2012年9月23日退団。 元ライト姉妹。里歩に改名。プロレスリング我闘雲舞に移籍。
みなみ飛香 2012年12月31日退団。 学業専念のため休業のまま退団。
帯広さやか 2012年12月31日退団。 プロレスリング我闘雲舞に移籍。元19時女子プロレス代表。
堀田祥子 2013年3月29日退団。 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
竹田彩乃 2013年3月29日退団。 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
若松江莉 2013年3月29日引退。 えーりんに改名。東京女子プロレスで再デビュー。新人デビュープロジェクト。
寺田浩子 2013年3月29日退団。 芸能活動専念。新人デビュープロジェクト。
志田光 2014年3月30日退団。 元マッスルビーナス。
山口ルツコ 2014年11月1日引退。 リングアナウンサーに転向。新人デビュープロジェクト。
あきば栞 2014年12月24日退団。 プロレス活動を継続していくことが困難な為、所属選手契約抹消。
大島くじら 2014年12月24日退団。 プロレス活動を継続していくことが困難な為、所属選手契約抹消。
内藤メアリ 2014年12月31日引退。
成宮真希 2015年4月1日退団。 REINA女子プロレスに移籍。
寿ゆり 2015年7月25日引退。
紫雷美央 2015年9月20日引退。 OZアカデミー女子プロレスプロレスリングWAVEユニオンプロレス兼任所属。フリーのレフェリー「MIO」として参加。
新田猫子 2015年12月31日引退。
希月あおい 2016年1月9日退団。

過去のスタッフ[編集]

過去のアイスリボン芸能部所属選手[編集]

現在のタッグチーム[編集]

らぶりー・ぶっちゃーず
ベスト・フレンズ
アジュール・レボリューション

過去のタッグチーム[編集]

マッスルビーナス
.STAP
ジェラシー・タイフーン
エンジェル・ナッツ

マスコットキャラクター[編集]

テーマ曲[編集]

hy4_4yhとのコラボイベント以降提供された楽曲。2012年10月、横浜リボンよりエンディングテーマ曲として使用されている。
さくらえみが制作した楽曲。現在はバージョンを変えてプロレスリング我闘雲舞で使用されている。

試合中継[編集]

終了したテレビ番組

脚注[編集]

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  1. ^ アイスリボン171観戦記 オープニング - アイスレコード
  2. ^ 元々3月は同日に大阪大会が決まっていたため不参加。
  3. ^ 博多スターレーン大会 2014年03月21日 - 大日本プロレス公式HP
  4. ^ 星野勘九郎の場合は2015年6月24日の後楽園ホール大会での蛍光灯デスマッチ画策問題で大日本プロレス所属選手の星野がメンバーに入った事で事故発生時の責任問題と7月20日の大日本両国国技館大会への悪影響の恐れから大日本のファンからも反対意見が出ている。
  5. ^ 【大船渡】女子プロレスに園児声援 5選手が訪問 - 岩手日報・被災地ニュース 2011年7月6日
  6. ^ 【告知】13日アイスリボン成田おでかけプロレス - 女子プロとテツ三昧 2011年11月12日。
  7. ^ “頭突き王”大木金太郎記念体育館、17日にオープン…プロレス大会も 中央日報 2011年12月14日
  8. ^ “【会見情報】ネオプラス アイスリボン事業部と信州プロレスリングエンターテイメントが業務提携!!” (プレスリリース), ネオプラス アイスリボン事業部, (2013年3月1日), http://ice-ribbon.ne07.jp/page/newsData_656.html 
  9. ^ 藤本つかさ (2013年5月5日). “5月4日横浜リボンチケットについて”. プロレスでハッピー!アイスリボン!!. 2013年5月5日閲覧。
  10. ^ SKIPシティ夏祭りでお出かけプロレス ニコニコ動画 2013年7月20日配信
  11. ^ 10/1(火)今井良晴追悼興行 後楽園ホール大会 決定カードのお知らせ9月19日 大日本プロレス
  12. ^ 5月に「横浜GWプロレス祭り」開催 2014年2月13日閲覧
  13. ^ 大人の階段登る - A・小林のギャンギャンブログ 2014年5月6日
  14. ^ 「広島“大”熱狂プロレス」広島県立産業会館・東館大会 2014年6月15日 - 大日本プロレス公式サイト
  15. ^ 藤本つかさがアイスリボンの取締役選手代表に就任
  16. ^ 【お知らせ】大日本プロレス×アイスリボン合同記者会見 - ネオプラス・アイスリボン事業部プレスリリース 2015年6月5日
  17. ^ 【大会情報】2016年3月大阪・博多・広島の3連戦開催! - ネオプラス アイスリボン事業部 2015年11月7日
  18. ^ アイスリボンが設立10周年記念前となる2016年5月4日に横浜文化体育館に初進出することを発表 バトル・ニュース 2015年5月8日
  19. ^ ※夏の上野プロレス祭り2016はアイスリボンと合同興行「計8日間」開催! 8/16(火)~19(金)、23(火)~26(金)夏の上野プロレス祭り2016情報 - 大日本プロレス 2016年5月19日
  20. ^ かつてはカウント10で試合終了となっていたが廃止になった。
  21. ^ TRCの場合は明確な勝利者がいない場合も含む。またミックスタッグ王座は除く。

外部リンク[編集]