Hi69

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Hi69
Hi69の画像
プロフィール
リングネーム Hi69
HIROKI
本名 田辺 裕喜
身長 175cm
体重 90kg
誕生日 (1981-12-13) 1981年12月13日(36歳)
出身地 岩手県盛岡市
所属 プロレスリング・ノア
トレーナー TAKAみちのく
デビュー 2000年11月19日
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Hi69(ヒロキ、1981年12月13日 - )は、日本プロレスラー。本名:田辺 裕喜(たなべ ひろき)。

経歴[編集]

2000年
2002年
2004年
2006年
2007年
  • 1月8日、GENTAROとのタッグを組むことを表明。GENTAROも、邪道外道のタッグを目標にすることを条件に了承して正式に結成。
  • GENTAROとのコンビにジ・ウィンガーが合流する形でデスマッチ否定派閥「パルプパックス」を結成して非デスマッチ宣言をする。
  • 10月11日、新日本プロレスLOCK UP豊橋大会にて石井智宏の放った技によりケガ。診断は胸椎骨折と脱臼という重傷を負ってしまう(石井のパワーボムフランケンシュタイナーに切り返そうとしたが石井がそのままパワーボムを放ったため)。この事態を知った金村キンタローはTAKAみちのくをはじめとする各レスラー・団体に呼びかけて11月12日、新木場1stRING大会を、「Hi69 AID」として開催。売上金をHi69、非道の手術と療養費用に当てると発表。その後は岩手で療養生活を送ることとなる。
2008年
  • 療養中に金村キンタローの強制猥褻事件が発覚
2009年
  • 8月8日、所属していた第1次アパッチプロレス軍が解散。フリーランスとなる。
2010年
  • 2月14日(K-DOJO千葉大会開始前)、TAKAみちのく、佐々木貴が同席して4月2日、K-DOJO後楽園ホール大会で復帰することを発表。今後はKAIENTAI DOJOとプロレスリングFREEDOMSを主戦場に活動する方針と、リングネームを、それまでのHi69からHIROKIに変更することも発表。後日、復帰戦のカードが、HIROKI&MIYAWAKI vs TAKAみちのく&ヤス・ウラノ(HIROKI側のオーダーとしてTAKAとの対戦と1期生をお互いのパートナーとしたタッグマッチとすることを希望)に決定。
  • 4月6日、K-DOJOに続いてFREEDOMSでの復帰戦を実施(vs佐々木貴)。
  • 5月26日FREEDOMS新木場、休業の原因を作った石井智宏と対戦して敗れる。
2014年
  • 9月5日、初心に戻るべくリングネームをHi69に戻す。
2016年
2017年

得意技[編集]

ストゥーカスプラッシュ
気をつけの姿勢でトップロープからリングへとジャンプして相手とぶつかる寸前に両腕を前へとまっすぐ伸ばして放つ。
マハラジャ
相手をファイヤーマンズキャリーの要領で肩に担ぎ上げて軽く助走をつけたあと相手の頭がある方向に体を傾けながらジャンプして下半身を下から押し上げることで相手の体をマットに対して垂直にして尻餅をつくように着地すると同時に上下逆さまの状態になった相手の体を自身の左サイドへと叩きつける。
スーパーダンス
相手を仰向けに倒したあとエプロンに移動してトップロープを両手で掴んで体に右方向への捻りを180度加えながらジャンプしてリングに背を向けた状態でトップロープの上に着地してムーンサルトプレスの要領で体を回転して相手をプレスする。
スーパーダンスII
スカイツイスタープレスと同型。
ルミカ
ルミカII
トランスレイヴ
直角型トランスレイヴ
ヒロキック
相手の正面に立って相手に背中を向けるように体を捻って自身の左足を後ろに振り上げて右足を軸にして体を左方向へと回転させて相手の顔面を振り上げた左足の裏で蹴り飛ばす。
トラースキック

入場曲[編集]

  • 初代 : Super Dance(HAYASHI) ※キングレコード「KAIENTAI DOJO」に収録
  • 2代目 : RED ※「TRANCE RAVE BEST 9」に収録

タイトル歴[編集]

メディア出演[編集]

テレビ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Hi69がノア入団「ジュニアの象徴になりたい」”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2017年7月4日). 2017年7月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]