ドン・フジイ

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ドン・フジイ
プロフィール
リングネーム ドン・フジイ
カラオケマシーン1号
ビッグ・フジ
スモー"ダンディ"フジ
スモー・フジ
藤井達樹
本名 藤井達樹
ニックネーム 傷だらけの立役者
三十代の鬼軍曹
四十代の鬼軍曹
隠れた好敵手
フジイ親方
身長 175cm
体重 100kg
誕生日 (1970-07-06) 1970年7月6日(46歳)
出身地 大阪府箕面市
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 大相撲
トレーナー アニマル浜口
ウルティモ・ドラゴン
デビュー 1997年
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ドン・フジイ1970年7月6日 - )は、日本の現プロレスラーDRAGON GATE所属。北の湖部屋所属の元大相撲力士であり、力の海(りきのうみ)の四股名で、最高位は三段目51枚目。プロレスラー時代のリングネームはドン・フジイだが中点を省いてドンフジイと記載されることも多い。二枚目レスラーが多いDRAGON GATEにおいて「おっさん」臭いキャラクターで人気を集め、通称フジイさん。「D・フジイ」と表記されることもある。身長175cm、体重100kg。大阪府箕面市出身。

来歴[編集]

中学卒業後北の湖部屋に入門し1986年7月場所初土俵、1995年9月場所を最後に引退。本人の言によると「10年やってダメなら辞めようと思っていた」とのこと。入門した同期に幕内北桜がいる。

力士廃業後、天龍源一郎率いるWARでアルバイトとして営業業務を勤める(このときの経験は、現在チケットの営業として活かされている)が、闘龍門の募集を知り応募、合格しメキシコに渡る。現地で大島伸彦(現:CIMA)諏訪高広(現:SUWA)とルード(悪役)集団CRAZY-MAXを結成(後に多留嘉一(現:TARU)が合流)。1997年5月11日デビュー。当時のリングネームは「スモー・フジ」。1999年に凱旋帰国を果たした。

喧嘩ファイトから、他人の物を盗む、演歌キャラを演じる(あまり歌はうまくない)などコミカル路線まで幅広くこなせる。C-MAX時代は抗争の口火を切る役目を果たしていた。ちなみに過去に盗んだものは、斎藤了から「自転車」、堀口元気から「サーフボード」(未遂)、ミラノコレクションA.T.から「透明犬ミケーレ」、YOSSINOから「ヴェネツィア」、BATAやんから「黄金のマイク」、セカンド土井から「バット」を盗んでいる。

元力士のため、闘龍門系レスラーとしては珍しい中肉中背の体格である。周りには二枚目でスラッとした体型の選手が大半を占める中、「羨ましくないですか?」との新聞社の質問に「俺の目標はマイティ井上さんのようなあんこ型で強いレスラー」と返している。

また年が変わる毎にリングネームを変えていた。「スモー・フジ」、「スモー“ダンディ”フジ」、「ビッグ・フジ」、そして現在は「ドン・フジイ」。ドン荒川をモチーフにしたドン・フジイに改名した当時、周囲にPRIDEで暴れていた「狂乱の格闘王」ドン・フライに間違われたという。実際CIMAもドン・フライが元ネタだと思っていたため、改名を宣言した時にフジイが公表した掛け軸には「ドンフジイ」と書かれていたが「藤井さん、点はいらないんですか?」とツッコんだため結局ドン・フジイになった。その後に改名はなく、現在もドン・フジイのままである。

2006年8月、WARのベルトであったIJタッグ選手権の王者決定リーグに神田裕之とのタッグで参加するが1回戦で敗れる。しかしマグナムTOKYOの負傷により急遽望月成晃のパートナーに指名され、見事王者となった。さらに2006年11月23日に団体最高峰のベルトであるオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦し、見事第6代王者となるなど2006年は大躍進の年であるといえる。

ドリーム・ゲートのベルトを失ってからは永遠のライバルでもある、黒田哲広“ハリウッド”ストーカー市川との戦いや、ザ・ターボマンのパロディの「ターボやん」に扮する等、コミカル路線である。しかし8月19日のZepp札幌の試合後にCIMAの持つドリームゲートに再び挑戦を表明した。しかし土井成樹が同じくドリームゲートへの挑戦表明したため、9.8大阪府立第2競技場にでフジイと土井の2人による挑戦者決定戦が行われることが決定した。しかし、敗れてしまい、挑戦はならなかった。

しかし、吉野が持っているドリームゲートに挑戦するなど前線で常に活躍していたが、望月に対BWへ向けて共闘を呼びかけられたが、若手育成を理由に誘いを断り、前線から一度離れる事となった。

2014年2月6日タッグマッチで勝利したリョーツ清水にフジイは琴香と組んでいるリョーツはいつまでたっても上に行けないと言い、リョーツ清水と一緒にフジイ部屋を結成した。(フジイ部屋を結成した後もオレたちベテラン軍の選手とタッグマッチで組んでいるため、オレたちベテラン軍を脱退した訳ではない。)その後リョーツがDia.HEARTSに加入し自然的に解散となる。

11月6日、オレたちベテラン軍が解散・コントラ・送還マッチに敗れユニット無所属に。電車マニアと言うことをジミーズに公表されてジミーズトレインに乗り込むと宣言し、12月3日の後楽園大会でジミーズとともにジミーズトレインに同行した。だが、その日の土井ダーツでマッドブランキー入りが決定し、図らずもヒールターンすることになった。12月16日の後楽園大会よりマッドブランキーの一員として活動。

リングネーム[編集]

フジイが用いたことがあるリングネーム、四股名

  • 藤井達樹(本名)
  • スモー・フジ
  • スモー"ダンディ"フジ
  • ビッグ・フジ
  • ドン・フジイ(現在のリングネーム)
  • カラオケマシーン1号
  • ペロ・フジイ
  • キャッチャー・フジイ
  • フジ・不二子(ルパン松谷のセコンドで)
  • 部長 (リョーツ清水がフジイ部屋に入門する前に呼んでいた。ちなみに琴香は中川)
  • 番長・フジイ(期間限定ユニット“大島学園”の番長として)
  • B×Bフジイ
B×Bハルクと同じコスチュームで入場し、ぎこちないダンスを披露した。
  • エル・キングコング
YOSSINOのペットでゴリラのヴェネチアを盗むために自らゴリラに変身した。
  • ターボやん
モデルはDRAGON GATEに参戦するAAAザ・ターボマン。2007年7月のWRESTLE JAMではマグニチュード岸和田が『ターボ・マッスル』、K-ness.が『ターボness.』、ルパン松谷が『ルパン松ターボ』に扮する等、2007年のWRESTLE JAMでは『ターボ旋風』が吹き荒れた。
  • ドン馬之助
上田馬之助がモデル。"ハリウッド"ストーカー市川大阪プロレスに参戦した際、タイガー・ジェット・市川として登場し、そのセコンドとして登場。
  • ドン・フジミー(ジミーズ共闘時のみ)

得意技[編集]

「80kgある人間を簡単に持ち上げることができる」(本人インタビュー)という持ち前の怪力を活かした技を得意とし、団体内にはめずらしいオーソドックスなパワーファイターだが、相撲出身者らしく相撲の技を取り入れたものや、突っ張り・ぶちかましなど、相撲の技そのものを繰り出すこともある。

ナイス・ジャーマン
ジャーマン・スープレックス・ホールドだが、CIMAから姿勢がよかったので「ナイス!」と言われ、この名前にした。
ノド輪落とし
様々なパワーレスラーが使っている技。相手のノドを抱えて持ち上げ、マットに叩きつける。最近では、タッグマッチで望月正晃との合体で使用したりする。雪崩式のものはナダチョーという名前がついている。鷹木信悟に決める時は返されることがある。
ノド輪エルボー(ノド輪式エルボー・ドロップ)
相手をノド輪の体勢に捕らえて抱え上げ、自分の肘を相手の体に押し付けながら落とす、ノド輪落としとエルボー・ドロップの複合技でフジイのオリジナルムーブ。
HIMEI
フジイ式の逆エビ固め。形はいたって普通の逆エビ固めだがフィニッシュ・ホールドになるほどの威力を持つ。
ラリアット
身体そのものを浴びせ倒すようなラリアット。
チョップ
逆水平チョップや袈裟斬りチョップを多用する。
プランチャ
フジイの場合、リング上から場外ではなく、エプロンサイドから場外へ飛び掛るのが主だが、稀にリング上から仕掛ける場合もある。
フライング・ボディ・アタック
パワーファイターのフジイだが、突然イメージにない技を繰り出して周囲を驚かせる。主にカウンターで相手に飛びかかる。
回転足折り固め
時折テクニカルな丸め込み技を使用する。
ローリングソバット
左足で放つ。最近は多用しているが、この技を使って、筋を痛めてしまう。
外道クラッチ
特に多用しているフィニッシュムーブ。K-ness.光の輪の様にローリング式で放つ事もある。
フライング・ボディシザース・ドロップ(空中胴絞め落とし)
時折見せる技。
タイガー・スープレックス・ホールド
稀に見せる。

テレビ出演[編集]

エピソード[編集]

  • 昔、因縁があったらしく黒田哲広とは深い対立関係である。
  • 怪我や欠場の多いドラゴン・ゲートでも極めて怪我が少ない選手。
  • 2014年10月9日の第3試合後にその日メインイベントのトライアングルゲート選手権で対戦する土井成樹にマイクで呼び出された際、土井成樹にハイキックをかましたところ、右股関節の筋を痛めた。

外部リンク[編集]