石井智宏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
石井 智宏
石井 智宏の画像
プロフィール
リングネーム 石井 智宏
本名 石井 智宏
ニックネーム CHAOSの特攻野郎
平成の突貫小僧
悪の切り込み隊長
不退転のヒール魂
ピットブル
タイガーハンター
身長 170cm
体重 100kg
誕生日 1975年12月10日(38歳)
出身地 神奈川県川崎市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 野球
トレーナー 天龍源一郎
長州力
デビュー 1996年11月2日
テンプレートを表示

石井 智宏(いしい ともひろ、1975年12月10日 - )は、日本プロレスラーである。神奈川県川崎市出身。身長170cm、体重100kg。(ヘビー級である)

経歴[編集]

学生時代は野球に熱中。1996年天龍源一郎率いるWARに入門し、1996年11月2日の超電戦士バトレンジャーZ戦でプロレスデビュー。長らく前座戦線で無骨なファイトを繰り広げる。

天龍が新日本プロレスに参戦するようになると、付き人として新日本の巡業に帯同。試合出場はなかったものの、練習には参加し大谷晋二郎高岩竜一ケンドー・カシンなどとスパーリングを行い研鑚を積む[1]

1999年フリーへ転身し、インディーマットを転戦。その後、FECを経て、2002年9月に長州力サイパンで合宿している処へ単身乗り込み弟子入りを直訴[2]。合宿では厳しさを叩き込まれるも、へこたれることなく耐え抜き、WJプロレス所属選手となる。 2003年8月に「WJ・YOUNG MAGMA杯トーナメント」の決勝で高智政光を破り、優勝[2]2004年6月に高岩竜一とのタッグでNWAインターナショナルライトタッグ王座を獲得した[2]

8月11日付けでWJを退団。選手会長として立石史代表と共に新たにリキプロを立ち上げ、ファンクラブ「智宏会」を発足させるなどリキプロの若頭的な存在として知らしめる。2006年6月より新日本プロレス矢野通とタッグを結成。真壁刀義 & 越中詩郎組と抗争を繰り広げ[2]、同団体のリングを主戦場とする。また、同時期に矢野と共に「G・B・H」へ合流し、敵対関係にあった真壁、越中と共闘する[2]2008年7月12日、新宿FACEで行われたWEWヘビー級選手権試合でマンモス佐々木を破り、同王座を獲得した。

2009年4月、中邑真輔、矢野が立ち上げた新ユニット「CHAOS」の一員として活動[2]井上亘タイガーマスクを相手に抗争を繰り広げたが、いずれも敗北を喫している。

2011年11月12日、POWER STRUGGLEにて、永田裕志とのシングルマッチで激突。バックドロップホールドでピンフォール負けを喫したが、山崎一夫ら解説陣からそのファイトが絶賛され、「石井」コールを湧き上がらせる奮闘を見せる。2012年5月、IWGPインターコンチネンタル王座を保持する後藤洋央紀を襲撃し、20日に同王座に初挑戦。11月19日には、新設されたNEVER無差別級王座の初代王者決定トーナメントに出場。特に準決勝で激突した田中将斗との試合は、大会ベストバウトと呼び声が高かった[3]

12月には中邑をパートナーに桜庭和志 & 柴田勝頼組と対戦したが、桜庭からギブアップ負けを喫している。

2013年2月3日、NEVER無差別級王座を保持する田中とタイトルマッチで対戦。スライディングDで敗れ、王座奪取とはならなかったが、この試合は評判となりワールドプロレスリング解説者の金澤克彦によると中継を見た藤田和之も称賛していたという[1]。3月に開幕したNEW JAPAN CUPでは、3年ぶりにエントリーされ、1回戦で小島聡と対戦し、ピンフォール勝ちを収めた。

8月、G1 CLIMAXに初出場。最終日を待たずに予選落ちが確定してしまうが、柴田勝頼や優勝候補の一角とされていた棚橋弘至から勝利を収める活躍を見せた。

2014年2月11日、内藤哲也の保持するNEVER無差別級王座に挑戦。ピンフォール勝ちを収め、第3代王者に君臨した。

得意技[編集]

師である天龍源一郎長州力を彷彿とさせるパワーファイトが信条。ワールドプロレスリング解説者の安田拡了からは「昭和プロレスの原型」と称された。

垂直落下式ブレーンバスター
デビュー当初から現在までメインに使用するフィニッシュ・ホールド。垂直に担ぎ上げた相手を脳天からマットへ突き刺す。
身長の低さ故の高さの足りなさを補うため、落とす瞬間に軽く飛び上がり、体重を乗せるという独自のムーブで繰り出す。また、小橋建太のリアル・ブレーンバスターのように、相手を持ち上げてから滞空していることも特徴。
雪崩式ブレーンバスター
石井の場合、垂直に抱え上げた状態から長時間静止し、相手の受身を取りづらくしている。後述の串刺し式ラリアットからこの技に移行することが多い。
ラリアット
師である長州も得意とする打撃技。繋ぎ技として使用しているが、時折フィニッシュになることもしばしば見かけられる。また、ショートレンジ式や串刺し式も愛用している。
パワーボム
これも師である天龍が得意とした必殺技でフィニッシュ・ホールドとして用いられている。また、体重を乗せてがっちりエビで固めるホールド式を使用。
ヘッドバット
相手の頭部に両手を添えてから放つポピュラーな型や、打撃合戦の際に不意に放っていくノーモーション式を使用する。
2011年11月12日の永田戦ではこの技をきっかけに目蓋からおびただしい量の血が流れ出た。
延髄斬り
ヘッドバッド同様、打撃合戦の際に使用。相手の側頭部に放っていくジャンピング・ハイキックの形になることもしばしば。
パワースラム
チェンジ・オブ・ペースとして使用。
イシイドリラー[4]
ブレーンバスターの要領で垂直に担ぎ上げ、そのまま後ろへ放り投げずにリバース・パイルドライバーの体勢に持ち替えて、マットに叩き付ける。
スコット・スタイナーが使用するSSD(スタイナー・スクリュー・ドライバー)と同型で、ごく稀にしか使用しない最上級のフィニッシュホールドである。

タイトル歴[編集]

NWA
  • NWAインターナショナルライトタッグ王座(第3代, w / 高岩竜一)
WEW
天龍プロジェクト
新日本プロレス

その他[編集]

  • 現在の風貌からは想像し難いが、デビュー当時は「高田延彦似の新人」として話題となった。
  • 試合終了後から朝まで酒を飲み、食事も摂らず昼過ぎまで眠り、また試合に臨むという不規則な生活を送ることが多いが、練習や試合はキッチリこなす。前述のファイトスタイルとも合わせて「昭和を感じさせるレスラー」と評されることが多い。
  • 試合中はヒールに徹しているが、自身のブログではCHAOSメンバーやドン・フジイ等のレスラー仲間、各地のファンと酒宴に興じる気さくな一面を見せている。
  • 2011年11月の天龍源一郎35周年記念大会に際して寄せたビデオコメントでは、「今日の試合もWAR魂でがんばりますので…」と言うが、スタッフにその日試合が組まれていないことを告げられ、慌てる一幕があった。

入場テーマ曲[編集]

  • THIS ONE / WJ.ROCK's

脚注[編集]

  1. ^ a b 新・後楽園ホール男~石井智宏”. 金沢克彦公式ブログ. 2014年1月30日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年12月8日閲覧。
  3. ^ これがウワサの超真っ向勝負! 昨年11月の“大激戦”田中将斗vs石井智宏戦を『YouTube』でアップ!!”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年12月8日閲覧。
  4. ^ http://www.njpw.co.jp/match/detail_result_game.php?e=740&c=5605

外部リンク[編集]