プロレスリング・ノア

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株式会社CyberFight
CyberFight, Inc.
ProWrestlinNoahJPlogo.svg
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
160-0022
東京都新宿区新宿2丁目1番2号
白鳥ビルB1F プロレスリング・ノア事業部[1]
設立 2020年9月1日
業種 サービス業
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
ECサイトの企画、開発、運営代行
商品プロデュース、制作
マーケティング、プロモーション、コンテンツの企画、制作
代表者 代表取締役社長 高木規[1]
主要株主 サイバーエージェント 100%[2]
外部リンク https://www.noah.co.jp/
特記事項:
2000年7月7日株式会社プロレスリング・ノアを設立。
2016年11月1日、エストビー株式会社に運営・興行・関連事業を譲渡[3]
2016年11月7日ノア・グローバルエンタテインメント株式会社に社名変更[4]
2020年1月29日、株式会社サイバーエージェントに全株式を譲渡し、同社グループに参画。
2020年9月1日、株式会社DDTプロレスリングおよび株式会社DDTフーズと経営統合し、株式会社CyberFightを設立。
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プロレスリング・ノア: PRO-WRESTLING NOAH)は、日本プロレス団体運営会社は株式会社CyberFight。

概要[編集]

旗揚げの経緯[編集]

1999年5月、ジャイアント馬場の後を引き継ぎ全日本プロレスの社長に就任した三沢光晴は、馬場夫人である馬場元子と意見の衝突を繰り返し強い不満を抱いていた中[5]2000年5月の臨時取締役会で社長を解任された。その後、6月の定例役員会で役員を辞任し全日本プロレスを退団した。

その3日後、ディファ有明で記者会見を行い新団体設立を発表した。三沢とともに全日本を退団した選手25名と多数の社員も同調し新団体に合流した。一方で、川田利明渕正信マウナケア・モスマン(2000年8月に太陽ケアへ改名)・馳浩(当時衆院選出馬中)の選手4名と、レフェリーの和田京平ら一部スタッフは全日本プロレスに残った。

旗揚げ戦は2000年8月にディファ有明で行われたが、旗揚げ戦を含む3会場6,000枚のチケットが1時間足らずで完売し注目度の高さを示した。

団体名の由来[編集]

由来は、旧約聖書創世記に登場する人物(詳しくは「ノア」を参照)。団体のロゴには、創世記の中でオリーブの葉をくわえて戻り嵐が終わったことを知らせたが使われていた[注 1]

興行のタイトルには「Departure(出航)」「GREAT VOYAGE(偉大な航海)」、シリーズ名には「Navigation(航海)」(2008年より「Navig.」と略して表記)という名前が用いられ、団体の運営は航海に擬えられている。

ファンクラブ名は、「ノアの方舟」を意味する「NOAH'S ARK」である。

歴史[編集]

2000年
2001年
2004年
2005年
2006年
2009年
2010年
2011年
  • 4月、ジャイアント馬場の姪である馬場トシ子が経理部長として入社[10]
2012年
2016年
  • 11月1日、株式会社プロレスリング・ノアから「エストビー株式会社」に運営・興行・関連事業を譲渡[3]。エストビー社代表の不破洋介が社長職に、エストビー社執行役員で元全日本プロレス代表取締役社長の内田雅之が会長職に、プロレスリング・ノア前代表取締役社長の田上明が相談役に就任[13]。また、株式会社プロレスリング・ノアが、株式会社ピーアールエヌに商号変更。
  • 11月7日、エストビー株式会社が社名をノア・グローバルエンタテインメント株式会社」に変更[4]
2017年
2018年
2019年
  • 1月29日、「リデットエンターテインメント株式会社」がノア・グローバルエンタテインメント株式会社の株式75%を取得し、ノアはリデット社の子会社となる[18]。また、事務所を有楽町へ移転[19]
  • 3月10日、横浜文化体育館大会からリングマットの色や団体のロゴを一新[20]
  • 5月31日、役員人事異動により不破洋介が代表取締役社長を退任し、リデットエンターテインメント代表取締役社長の鈴木裕之が代表取締役、元新日本プロレス執行役員の武田有弘が取締役社長に就任[21]
  • 7月26日アメリカMLWと選手派遣に関するパートナーシップ契約を締結[22]
  • 11月18日、役員人事で前取締役社長の武田有弘が代表取締役社長に就任[23]
  • 12月5日メキシコIWRGと選手派遣に関するパートナーシップ契約を締結[24]
2020年
  • 1月29日、「株式会社サイバーエージェント」がノア・グローバルエンタテインメント株式会社の全株式を取得し、サイバーエージェント社の連結子会社となる[2]。新社長には、同じサイバーエージェント傘下であるDDTプロレスリング代表取締役社長の高木三四郎、副社長に丸藤正道が就き、前社長の武田有弘は執行役員に就任[25]
  • 4月1日、事務所を新宿へ移転[26]
  • 7月27日、株式会社DDTプロレスリング、ノア・グローバルエンタテインメント株式会社、株式会社DDTフーズの3社経営統合を発表[27]。9月より、株式会社CyberFightの運営するブランドとなる。

特徴[編集]

以前は、日本武道館大会を定期的に実施する唯一のプロレス団体であった。2007年12月2日に行われた小橋建太の復帰戦、2009年9月27日に行われた三沢光晴の追悼興行では、2階席の最上階まで立ち見指定席を設けて超満員(17,000人)の観衆を記録したが、観客動員の減少に伴って日本武道館の興行も減少したため、代わりに有明コロシアムが使用される頻度が増加していった。2017年にはその使用もなくなり、現在は横浜文化体育館がビッグマッチの試合会場として使用されている。

ノアは21世紀以降に設立したプロレス団体であり、ファン以外の層においては新日本プロレス全日本プロレスといった老舗プロレス団体と比べて知名度は劣る傾向である。他団体との交流については活発化と断絶を繰り返す例が多く、2018年の時点ではプロレスリングZERO1DDTプロレスリングなどとの関係が良好な一方で、新日本を始めとするその他のプロレス団体とは疎遠な関係になっており、2019年にリデットエンターテインメントが新たなオーナーとなってからは、新たな方針として基本的に他団体に所属選手の派遣を行わない部分的な鎖国体制にすることを公表している。

運営方針[編集]

三沢が全日本の社長時代では実施できなかった大型のセット、ライトアップ、花道など華やかな演出を充実させた。しかし、リング上の試合内容は全日本時代から大きな変化はなく、三沢が「スポーツライク」と表現する伝統的な駆け引きや受けの美学を中核とした試合を行っている。アングルは1シリーズ内で終わる程度の短期間である。各所属選手の素の属性に関連したものが多く、リング外での活動はあくまでも添え物程度である。

競技性以外の要素としては、セガ(現:セガ・インタラクティブ)のトレーディングカードアーケードゲーム「甲虫王者ムシキング[注 3]とタイアップした覆面レスラーのムシキング・テリームシキング・ジョーカーを登場させてムシキングの主要対象の少年層に訴求したり、笑いの要素の強いコミカルな試合も興行の中に組み入れている。グッズ売り場では、1回500円で三沢の名刺が入ったケースなどの小物、選手のコスチュームなどの愛用品、直筆サイン色紙、ポスターや過去の大会のパンフレットなどがもらえる「のあのあクジ」を行っていた。

試合開始前、休憩中、試合終了後には所属選手によるサイン会や撮影会を日替わりで開催している。

マッチメイク[編集]

2007年に入るまでは好カードと呼ばれる組み合わせを乱発せず、ビッグマッチ用に温存することが特徴であった。大規模会場のメインイベント級のカードを大量消費してしまうリーグ戦は原則として行わなかった。カード温存の理由としては、選手への負担が高く、負傷の原因となる点が挙げられている。これは過去の激しい消耗戦を体験している三沢社長の意思と言われているが、内部からも反対意見が出ることがある。また、関東圏でのビッグマッチ、特に武道館におけるビッグマッチに力を注ぎ、地方ではビッグイベントが無いとの不満が特に地方都市在住のファンから指摘されている。2007年以降にジュニアヘビー級タッグリーグ、GHC王者挑戦権獲得リーグ、モーリシャス杯、グローバル・タッグリーグなど、多数のリーグ戦が行われたことから、この規制は解除されている。

他団体と比較するとユニットの数が少なく、ユニット対抗戦などは活発ではない。各ユニットは敵対関係は薄い傾向があり、マッチメイクの目安程度として位置付けられていることが多い。そのため軍団を超越したタッグ編成もしばしば見受けられる。

なお最近では、ユニット抗争を積極的に行うケースも増えている。

試合の路線は、基本的に選手の自由にさせている。また特に地方の興行では、試合中にコミカル路線の攻防も見られる。

ジュニアヘビー級[編集]

王座には階級の区別があることを除き、試合はヘビー級とジュニアヘビー級を等しく扱っている。そのため、ヘビー級とジュニアヘビー級の混合試合は日常的に行われている。

混合が当たり前のように行われているノアにおいては、ヘビー級のベルトにジュニアヘビー級の選手が挑戦することも珍しくなくなっている。実際に2002年には小川良成、2006年には丸藤がジュニアヘビー級の選手ながらヘビーのベルトを手に入れている。日本のプロレス史上初めてヘビー級のタイトル戦を丸藤正道(王者)対KENTA(挑戦者)というジュニアヘビー級の選手同士で行ったこともある。

ジュニアヘビーという階級が出来た後もプロレスの花形はヘビー級の対戦と考えられ、ジュニアヘビー級の選手がメインを飾るということは考えられなかったが、ノアでは金丸義信や丸藤、KENTA等のジュニアヘビー級の選手が全日本時代の「四天王プロレス」を髣髴とさせるような好試合をするようになる。彼らのうち丸藤とKENTAが俗に言うイケメンであり、試合のスタイルも華やかな動きと緩急で魅せる丸藤、キックスタイルのKENTAと素人にも非常に分かり易いこともあってか彼らを目当てにした若い女性客が一時的に増えたが、これらの選手が結婚したこともあり、ノアの生命線とも言える女性ファンが減少してきていると、2009年当時ゼネラルマネージャーだった仲田龍は語った。三沢の急逝や小橋、田上明の第一線離脱によって現在のノアは一線級でのヘビー級の人材が不足しており、丸藤、KENTAが、それぞれユニットのリーダーとして団体を牽引してヘビー級王座戦線に参戦するなどオープンウェイト化が進んだ。

フリー、他団体参戦選手への待遇[編集]

団体発足当時はフリーの選手や他団体の選手がリングに上がることは少なかったが、2001年から開始されたプロレスリングZERO-ONEとの対抗戦で大谷晋二郎田中将斗高岩竜一らが継続参戦をしたあたりから他団体選手もよく上がるようになり、その後は国内外問わず頻繁に団体外の選手が上がっている。獣神サンダー・ライガーのGHCジュニアヘビー級王者時代には、他団体のヒールという自分の立場を最大限に利用して積極的に活動して大ブーイングを生み出して観客を大いに沸かせた。

また常連フリー選手ともなると「給与形態以外は全て所属選手と同じ」ということも多く(例としてSUWAや、フリー参戦時代の齋藤彰俊石森太二など)、テーピングなどの会社の備品を使ったために本来は選手会興行に出場しないはずの選手が強制参加させられたことがあった。

雰囲気[編集]

全日本プロレス時代からの慣習(馬場の指導)で、入門順に関わらず年長のプロレスラーは「〜さん」を付けて名前を呼び、年齢に関わらず入門順の早いレスラーを同様に「~さん」付けで呼ぶ。このため、先輩後輩がお互いを「さん」付けで呼び合うケースがよく見られる。例を挙げると、力皇猛は森嶋猛や丸藤らよりプロレス界では後輩になるが、森嶋や丸藤らは「リキさん」と「さん付け」して敬語を使っている。杉浦貴も自衛隊でレスリングの実績を積んでいた関係上、入門が遅れているが、金丸らは「杉浦さん」と呼び、敬語を使う。その他、レスリング界で随一の実績を持つ本田多聞も入門が遅れているが、小橋は「本田」とは呼ばず、「本田選手」、「多聞ちゃん」などと呼んでいるほか、秋山準も「本田さん」、「多聞さん」などと呼ぶ。ただし、齋藤は自身より年下でデビューも遅い秋山に対して「秋山選手」と呼んで敬語を使うのだが、その秋山より先輩である井上雅央に対しては「マサオ」と怒鳴ったような口調で呼んでいる。

課題[編集]

常時試合可能な所属選手の不足

2009年以降、相次ぐ所属選手の退団や怪我による離脱の穴埋めをフリー、他団体の選手に頼る状態が続いた。2012年から後述のように若手を投入したが、同じ年にメインイベンターの5選手(秋山、潮崎豪、金丸、鈴木鼓太郎青木篤志)が退団したため、改善されなかった。秋山と青木は全日本プロレス、潮崎と金丸の二人は2015年にフリーとしてノアに参戦していたが潮崎はノアに再入団している。一方の金丸も2016年にパートナーの潮崎を裏切り、鈴木みのるが率いるヒールユニット「鈴木軍」に加入しノアを経て現在は新日本プロレスを主戦場にして活動中。また、鼓太郎もフリーとして全日本プロレスなどに参戦している。

若手選手の不足

若手選手においても新弟子募集を行っていなかったために不足し、セコンドにつく若手選手も健介オフィス所属選手などに頼りきる状態が続いていた。2011年より三沢威新日本プロレスメディカルトレーナー)が主宰する「新日本メディカルトレーナー協会」と協力し、新人育成のためのプロレスラー養成所を開設[28]、これを実質的な新弟子募集に代える計画だったが同養成所が一期のみで活動を停止したため、状況を改善させられなかった。

2012年に入り、4月のマーシャル・フォン・エリックロス・フォン・エリックのデビュー[注 4]、5月の大阪プロレスから小峠篤司の移籍、2013年2月の熊野準のデビュー、2014年3月から定期参戦していたマサ北宮の移籍など若手の人材不足が改善する試みが行われている。また清宮海斗のデビュー以降団体の若返りが進みつつあり、状況は好転している。

首都圏での集客数下降と地方での苦戦

東京を中心とする関東で観衆が落ち、その他の地方でも苦戦している事がノアの課題のひとつである。なお、日本武道館で大会を定期的に開催したプロレス団体は2010年まで日本ではノアのみであり、観客動員10,000人以上の規模の会場で興行を継続的に行っている団体もノアと新日本、DRAGON GATE、DDT、IGF以外存在しなかった。だが、神戸ワールド記念ホール愛知県体育館などでは同会場における他団体の興行と比較して観客動員は芳しくなかった。2013年の小橋建太引退興行では日本武道館を使用している。チケットはわずか2日で完売し久々に17,000人の集客に成功した。

日本武道館撤退後は有明コロシアム横浜文化体育館大阪府立体育会館が使用されることが多くなった。また、2012年7月22日には初進出の両国国技館で久しぶりの都内の大会場での興行を行った。同年12月9日の2度目の両国大会は大日本プロレス横浜文化体育館大会と重なった影響もあり前回より主催者発表の数字も下げた。結局、両国での開催はこの2回以降未開催となり、2013年のビッグマッチは有明コロシアムとなった。2016年からはビッグマッチでも後楽園ホールを使用するようになった。

2018年に丸藤の20周年記念興行として6年ぶりに両国国技館大会を開催。2019年にも両国大会を開催している。

地上波放送打ち切りによる大幅な収入減

2009年3月をもって日本テレビでの中継が打ち切られたため、大幅な収入減となった。三沢体制下では選手の解雇は原則として行っていなかったが、三沢の死後、田上体制に移行してからは2009年末日をもって菊地毅泉田純至、本田多聞、川畑輝鎮志賀賢太郎橋誠らに対し事実上の解雇を行った。但し志賀のみは専属フリー選手として継続出場となり、その他の選手達もフリー選手としてスポット参戦している。これらの選手は2009年から契約解除されるまでの間、所属選手ではなく専属フリー選手として契約していたことが発覚しており、出場機会も減少していた。

企画[編集]

2005年末に4人の新人がデビューして若手選手の出場機会の減少が危惧された。その対抗策として、丸藤やKENTAなど若手を中心にした興行「プロレスリング・セム」が発表された。初回興行は2006年3月21日。常設であるディファ有明を半分ほどに仕切り、300人から500人規模で行った。リングマットの色は、ノアで用いられる緑ではなくピンクと紫が使用される。サプライズとして他団体の選手やベテラン選手も参戦する場合がある。初の試みとして、これまでセムはディファ有明のみで行われてきたが、2007年8月には春日部市に於いて、入場無料で興行が行われた。その後はグローバルレスリング同盟加入の多団体交流戦の形で、ノア以外の団体が主催で開くこともあった。

2007年、summer navigation 07よりノア内初のリーグ戦、「日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦」が開催された。7月1日ディファ有明から7月15日日本武道館まで開催。このリーグ戦はその後若手のシングルで争われる「モーリシャス杯」、トップのヘビー選手がタッグで競う「グローバル・タッグリーグ戦」など少しずつ拡大してきている。

2008年には若手選手育成で、旧全日本プロレスでジャンボ鶴田、三沢(タイガーマスク時代)、小橋、秋山らがこなした「7番勝負」の復活版として「谷口周平の驀進10番勝負」、「青木篤志の閃光10番勝負」を開催。この両名は2007年11月に行われた「モーリシャス杯争奪リーグ戦」で上位2位に入った特典として与えられたもので、1年間をかけてベテラン選手を相手にそれぞれに10試合ずつの試合をこなす。1年以上かかったものの10番勝負は終了し、その結果は谷口が10戦全敗、青木が1勝9敗だった。

海外進出[編集]

小橋や森嶋などがアメリカのWLWやROHに出場したり、ヨーロッパ各地を転戦するなどレスラー単位での海外進出は行われていた。2006年度より、本格的に海外進出を行うことが発表された。その第一段階としてアメリカに現地法人を設立し、物品の販売を行っていた。

2006年春に英語版の公式サイトを開設した。ヨーロッパ、ハワイ、台湾などでも試合中継が放送されている。

これまで他団体に選手を派遣する形のみであったノアは、ダグ・ウィリアムスらの協力を得て、2008年6月21日(現地時間)に、イギリス・コヴェントリーで初の海外興行を行った。会場には2,400人のファンが集まり、日本と同じく「コーバーシッ!!」、「ミッサーワ!!」のコールも起こり、紙テープも乱れ飛んだ。試合後、ファンから「プリーズ・カム・バック!!」コールが起こった。

海外武者修行[編集]

1990年代以降、当時の全日本プロレスは鎖国体制を取っており、田上、小橋以降の世代はノアに移籍するまで海外遠征の経験がない者がほとんどであったため、ノアでは提携団体を中心に積極的に海外への選手派遣を行っている。ただし、長期遠征に対しては慎重な態度を取っている。

2006年より、ノア名義でイギリスにアパートを借りていた。これはノアにも参戦しているダグ・ウィリアムスのコネクションでイギリスで行われる大会に若手選手を派遣するためだが、小橋や丸藤らがアメリカに遠征して試合を行ったり、三沢らがヨーロッパの大会に参戦する形とは違い、「イギリスに行く」以外は何も決まっていないまま、若手選手を派遣。通常、海外遠征には渉外部長である仲田GMや通訳が同行するが、このプランについては選手のみが派遣され、言葉も通じない、電車の切符も買えない状況となる。仲田GM曰く「かつてロッキー羽田さんたちが行っていた海外留学を再現させた」。選手達に一回り大きくなってもらおうという配慮であるが、非常に過酷である。現在は就労ビザの関係で欧州を中心にローテーションを組んで若手を派遣する形となっている。アメリカでは就労ビザが比較的高価なため、修行という形で若手選手を派遣するのは割に合わないそうであった。メキシコなどにも参戦している。

これまでは長期遠征に関しては慎重な態度を崩していなかったが、業務提携しているROH側からのオファーがあったことから若手の潮崎豪を2008年の年明けから武者修行という形で一時ROHに派遣した。

その後は単発での選手派遣は行われていたものの、長期派遣は行われずにいたが、2017年7月に若手の清宮海斗を無期限で海外へ武者修行という形で派遣している(5ヶ月後の12月に帰国)。

他団体との交流[編集]

新日本プロレス
  • かつては秋山と永田の会合を皮切りに新日本プロレスとは三沢-蝶野正洋ラインを中心に行われ、GHCジュニアヘビー級王者になっていた獣神サンダー・ライガーが参戦した2004年7月のノア東京ドーム大会まで本格的な交流が続いた。
  • 2005年5月14日、新日本東京ドーム大会に三沢が参戦し約10か月ぶりの交流が実現した。同年7月のノア東京ドーム大会に棚橋弘至が出場した。
  • 2008年8月26日に行われた新日本プロレスの主催によるレッドシューズ海野レフェリー20周年記念興行において、三沢・仲田両名がお祝いVTRで登場した。興行後の海野レフェリーの会見で、ノア勢の参戦も予定されていたことが明かされている。同年9月6日、日本武道館大会の会場を高橋裕二郎内藤哲也のNO LIMITが視察した。GHCジュニアタッグへの挑戦を表明し、同年9月14日のROHディファ有明大会のダーク・マッチに出場し勝利を収め[29]、同年9月27日のノア大阪大会でタイトルに挑戦したが敗北した。
  • 2009年1月4日、新日本東京ドーム大会に三沢・杉浦・秋山・佐野が出場した。その後のノア興行に中邑・ミラノコレクションA.T.天山広吉金本浩二・ライガーが参戦した。同年に開催されたベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにノアの所属選手として菊地・青木の2名が初参加している。同年10月12日、蝶野のデビュー25周年記念試合で蝶野・武藤・小橋がトリオを結成し、中西学小島聡・秋山と対戦した。
  • 2011年に入り、新弟子の養成について実質的な提携を行う方針が明らかにされる(詳細は後述)。2012年以降、矢野通&飯塚高史がGHCタッグ王者に、獣神サンダー・ライガー&タイガーマスクがGHCジュニアタッグ王者となり、2012年・2013年にはグローバル・リーグ戦に永田が参戦、2013年には優勝している。
  • 2013年5月の小橋の引退試合では、永田・小島・棚橋が、同年8月の丸藤正道15周年試合ではタイガー・ライガーに加え中邑真輔とエース級の選手が参戦している。それ以降も中堅、ベテラン選手を中心に頻繁にノアのリングに上がり、ノアの選手も新日本の興行に出場していた。
  • 2015年1月から鈴木軍がノアへ参戦した。鈴木軍の選手は新日本所属または新日本がブッキングした選手であるが、新日本には参戦せずノアの興行に参戦していた。
  • 2016年11月のノアの経営譲渡に伴い、鈴木軍や邪道&外道、矢野など新日本の選手が同年をもって撤退した。
全日本プロレス
  • 交流はあり得ないと考えられていた全日本プロレスとは、三沢らの全日本プロレス離脱の一因となった馬場元子が全日本の経営から離れて武藤が社長になったこともあり、2004年7月10日のノア東京ドーム大会で三沢と武藤のタッグ対決が実現した。その後、同月18日の全日本両国国技館大会に三沢が4年ぶりに古巣参戦を果たし小島聡と対戦した。同年10月には、武藤のデビュー20周年記念興行で三沢が武藤とタッグを結成している。
  • 以後はVOODOO-MURDERS佐々木健介中嶋勝彦NOSAWA論外MAZADAなどといった全日本系フリーのユニットや選手がノアマットに次々と上陸している。中には全日認定の王座を保持したままノアの大会へ出場したこともあった。鈴木みのる/三冠王者=2006年12月10日・日本武道館、近藤修司/世界Jr.王者=2006年11月1日・後楽園ホールなど。後述のディファカップといった単発興行での接触もあった。
  • 2008年9月28日の全日本横浜文化体育館大会で、丸藤が土方隆司の持つ世界ジュニアヘビー級王座に挑戦してタイトルを奪取した。
  • 2009年8月30日、全日本両国大会に小橋と菊地が2000年6月の全日退団以来、9年ぶりに参戦した。小橋、菊地、伊藤旭彦 vs 小島、KAI大和ヒロシの6人タッグが行われた。同年9月27日、日本武道館で行われた三沢追悼興行に武藤が参戦し、田上と社長タッグを組み高山善廣とタッグを組んだ小橋と初遭遇した。
  • 2010年に入り、新日本・全日本・ノアの3団体で調整が進められていた共通ライセンス構想から全日本が一方的に離脱したこと(詳細はプロレスラー#共通ライセンス構想を参照)などから、一時交流が断絶した[30]
  • しかし、2011年の東日本大震災を契機に関係が徐々に改善しつつあり、同年4月に開催された全日本のチャンピオン・カーニバルに秋山が参戦するなど、一部で交流が再開[31]。その後秋山が三冠王者となった事から、定期的に全日本のリングに上がった。
  • 2012年、近藤修司大和ヒロシカズ・ハヤシに加えて、普段は他団体の試合への参戦経験がほとんどない諏訪魔が単発ではあるものの参戦している。
  • 2013年以降、ノアを離脱した秋山・潮崎・金丸・鼓太郎・青木の5人がフリーとして(後に正式に入団。後に潮崎、金丸、鼓太郎は離脱)全日本を主戦場としていることや、全日本のオーナーとなった白石伸生氏が他団体との交流を凍結し鎖国すると発言するなどし疎遠となった。
  • その後は団体運営が変更され、秋山が社長となって以降も直接的な交流はない状況が続いていたが、2018年のチャンピオンカーニバルに丸藤が出場。同年9月の丸藤デビュー20周年記念興行に秋山・大森・青木の3人が参戦した。
  • 2019年8月の青木篤志追悼興行に、ノアから丸藤・杉浦・谷口・熊野の4選手が参戦し、同年9月のノア大阪大会には秋山が出場した。
プロレスリングZERO1(旧:ZERO-ONE)(旧:ZERO1-MAX)
大日本プロレス
  • 以前はデスマッチ路線を主体としていたため直接な交流がなかった。
  • 2011年3月、ドイツのwXwへ潮崎と鼓太郎が遠征した際、当時大日本プロレスのレフェリーだった李日韓が、潮崎と鼓太郎の試合をレフェリングした。
  • 2013年、石川晋也が大日本所属として初めてノア興行に参戦。その後、石川と義人がGHCタッグ王座へ挑戦し、関本がグローバル・リーグ戦に出場。
  • 2014年、大日本の興行にノアから丸藤や杉浦らが参戦した。
  • 2015年のグローバル・リーグ戦に関本大介&橋本和樹が参戦し、2017年のグローバル・リーグ戦に野村卓矢が参戦した。
DDTプロレスリング
  • ディファカップなどでの単発的な接触はあったが、それ以外ではプロレスリング・セムの興行に飯伏幸太が、ノアの選手会興行に男色ディーノが秋山のセコンドとして出場した。
  • 2007年4月1日のDDTプロレスリングの大会に丸藤が男色ディーノと組んで、KUDO&マッスル坂井組と対戦し所属選手初のDDTマット参戦を果たした。同年5月6日に開催された「ディファフェスタ」のDDT主催興行「Cruiser's Game」にKENTAが出場し、KUDOとシングルマッチを行った。同年6月-7月のシリーズには、飯伏がノアに限定ながら参戦を果たし、丸藤とのタッグで日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に参加している。その後も選手派遣などの交流が続き、同年12月9日のDDT新潟フェイズさよなら興行には三沢がシークレット扱いで、鈴木鼓太郎と共に初参戦を果たした。
  • 2014年8月12日のセムに、当時ユニオンプロレス木髙イサミが参戦し、その後もノアの興行に出場。
  • 2015年9月には、KUDOと梅田公太が日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に出場した。
  • 2017年、DDTのブランドであるDNAに潮崎が参戦し、同年8月の両国国技館大会には丸藤が出場、HARASHIMAと組みKO-Dタッグ王座を獲得した。それ以降、ガンバレ☆プロレス石井慧介岩崎孝樹が定期的に参戦する等、交流が行われている。
  • 2020年1月29日、ノアが株式会社サイバーエージェントの連結子会社となり、DDTの高木三四郎がノアの代表取締役社長に就任した。
みちのくプロレス
  • 丸藤がザ・グレート・サスケと対戦したが、その後は両団体の交流はなかった。しかし、2007年7月に単発ながら同団体所属の気仙沼二郎がノアの気仙沼大会に出場している。2010年にはジュニアヘビー級タッグリーグ戦にサスケと剣舞が参戦し、2011年には拳王と剣舞が参戦。2013年には石森太二が保持するGHCジュニアヘビー級王座に野橋太郎が挑戦するなど、単発的ではあるが交流している。
  • 2014年より拳王がみちのくプロレス所属のままノアの全試合に参戦し、2015年には正式に所属となった。
  • 2019年には新崎人生が、2020年にはディック東郷が参戦している。
大阪プロレス
  • 初代GHCジュニアヘビー級タッグ王座決定トーナメントに村浜武洋が参戦。2010年には、小峠篤司原田大輔が日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦へ参戦。以後、単発的にノアへ参戦し、GHCジュニアヘビー級タッグ王座にも挑戦している。このため関西地区の興行を中心に、他の大阪プロレス所属選手が単発的に参戦する機会も増えていた。
  • 2012年に小峠が、2013年に原田がノアに移籍している。
  • 2014年、経営方針が変更され所属選手を持たない興行体制に変わったが、ノアの興行に元大阪プロレスの選手が参戦し、大阪プロレスの興行にノアの選手が参戦するなど交流は続いている。
道頓堀プロレス
  • 選手の交互派遣を行っていた。
DRAGONGATE
  • ディファカップなどで単発的な接触はあったが、共に業務提携しているROHの日本ツアーにおいてノアが東京大会、DRAGON GATEが大阪大会をサポートした。2007年にはGHCジュニアタッグ王者の鼓太郎&マルビン組に土井&吉野組、新井&岩佐組、堀口&土井組が連続して挑戦し、その後再挑戦した土井&吉野組がタイトルを奪取した。またタイトルマッチとは関係なくCIMAやドラゴン・キッドなども参戦し丸藤らと対戦しているが、ROHとDRAGON GATEの業務提携解消もあり関係が途絶えていたが、2019年に望月成晃が参戦し、暫定的ではあるが交流が再開している。
2AW(旧:KAIENTAI DOJO)
ダブプロレス
  • 所属選手のHAYATAYO-HEYが定期参戦し、2017年9月にノアへ移籍したが一時はノアとタブプロレスとの兼任所属となっていた。
ビッグマウス・ラウド
  • 2005年11月の日本武道館大会に柴田勝頼が出場し、KENTAのパートナーとしてGHCタッグ選手権に挑戦した。同年12月のBML第2回興行には、齋藤彰俊が出場している。
  • 2006年6月のBML第6回興行には、丸藤と森嶋が出場した。しかし同年8月に柴田がビッグマウス・ラウドを退団。ノアでKENTAとのタッグ再開を予定していたが、その後柴田は総合格闘技に活動の中心をシフトした。同年10月には、村上和成・臼田勝美原学がノアに参戦し、村上は三沢とシングルマッチで対戦している。そのことを裏付けるかのように、村上らは同じGPWAの主幹団体であるZERO1-MAX(現:ZERO1)にもほぼ同じ時期からレギュラー参戦しており、村上は同年11月のGHCタッグ王座決定トーナメントにもZERO1の大谷とのコンビでノアに再上陸、更に同じくZERO1の高岩も含めたトリオで12月の横浜大会にも引き続き参戦した。
  • 2006年12月、もう一方の上井が興した興行UWAI STATIONの旗揚げ戦に、ノアの常連フリー選手の高山・鈴木・SUWAがタッグを組んで出場し、さらには直前に行われたノアのシリーズに参戦した外国人選手のブライアン・ダニエルソンも同じく出場している。
  • 2007年、村上は丸藤の呼びかけに対して乱入という形で参戦を果たし、同年6月の横浜大会では暴走の果てに丸藤に勝利したが、その後、怪我をきっかけに出場が途絶えた。
  • 2010年、村上と臼田が再度ノアに参戦したが、試合中に乱闘騒ぎを起こしノーコンテストとなった。その1週間後、力皇とモハメド・ヨネが保持していたGHCタッグ王座に挑戦したが敗れた。
キングスロード
  • 三沢たちがかつて所属していた全日本プロレスが掲げていた「王道」をその名に冠する団体であることなどから、交流の可能性は皆無と見られていた。しかし、2006年4月の同団体の興行に三沢を含め4選手が参加することとなった。その後、キングスロード自体がZERO1-MAX(現:ZERO1)に吸収されるような形となった。
ダイヤモンド・リング
  • 2005年の東京ドーム大会に健介と中嶋勝彦が初参戦した。以降もスポット参戦していたが、2008年からはプロレスリング・セムの共同開催を始め、グローバル・タッグリーグ戦への参戦やシリーズ継続参戦など、本格的な交流を開始していた。2008年9月に健介がGHCヘビー級王者に君臨したり、その後も頻繁に門下生をノアへ派遣するなど自主興行数が少ない所属選手の主戦場となっていた。2014年に健介の引退に伴い団体として活動休止となったため、元所属であった北宮光洋がノア所属となり、中嶋も2015年7月にダイヤモンド・リングを退団しフリーとして引き続きノアに参戦した後、2016年1月に北宮と同様にノア所属となった。
WNC
  • 選手の交互派遣が行われていた。
ドラディション(旧:無我)
  • 藤波辰爾が三沢とタッグを結成したり、西村修吉江豊がスポット参戦したことはあったが、3選手とも新日本プロレス所属時代であったため無我旗揚げ以降は接触が無かった。
  • 2007年9月9日の日本武道館大会で三沢&潮崎組と藤波&西村組の特別試合が行われ、三沢と藤波は2005年5月14日の新日本プロレス東京ドーム大会でのタッグ結成以来、同じリングに上がった。
  • 2013年12月7日に行われた田上の引退試合に、田上本人の希望で藤波が参戦した。以降、ドラディションの興行にノアの選手が出場するなど交流が再開され、長井満也LEONAがノアの興行に定期参戦している。
フーテン プロモーション
  • 代表の池田大輔はノアの旗揚げメンバーであり、定期的にノアへの参戦を続けている。
I.W.A.JAPAN
  • 浅野起州オーナーは元全日本プロレスのプロモーターであり、その縁もありノア旗揚げ直後は頻繁に選手を派遣していた。
  • 2010年10月にIWA側がUMA軍とノアの対抗戦を申し込み、ノア側では新ブランド「HONA」による選手派遣という形でこれに応じることとなり、久々に交流が復活しSEMにUMA軍団が参戦した。また、小峠が浅野オーナーの経営する花膳の看板息子にされている。
暗黒プロレス組織666
  • 2004年に行われた666ディファ有明大会の試合中、当時の社長であるザ・クレイジーSKBが備品の破壊やノアの事務所に乱入したことにより、以降ディファ出入り禁止となっていた[32]
  • 2014年8月12日のセムに宮本裕向が参戦し、以降もノアの興行に出場している。
スポルティーバエンターテイメント
パンクラス
  • 2015年からパンクラスMISSION所属の鈴木みのるが鈴木軍の一員として参戦していたが、2016年12月に撤退している。
  • 2019年からパンクラスイズム横浜所属のロッキー川村が継続的に参戦している。
WWE
  • 副社長を務めているジョニー・エースがノア関係者とは旧知の仲とあって、2008年に潮崎がWWEのダークマッチに出場した。直後に正式オファーが来ていたが、3年間の長期契約となるため断ったと語っている[33]
  • 2014年4月にノアを退団したKENTAが、同年7月に公開契約という破格の扱いで入団している。
インパクト・レスリング(旧:TNA)
ROH
  • 合同興行の開催や所属選手の相互派遣等も行われていた。
WLW
  • WLWはノア設立時の後見人であり、第2代GHCタイトル管理委員長のハーリー・レイスが主催していることから良好な関係にある。また、選手の相互派遣や留学生の受け入れ、合同レスリングキャンプを開催した。
MLW
IPW:UK
  • 2019年1月に行われた初代IPWジュニア・ヘビー級王者決定トーナメントに原田大輔HAYATAタダスケYO-HEYの4選手が出場し、優勝した原田大輔が初代王者となった。
PWI
AAA
  • 2010年3月19日、森嶋猛&石森太二がAAA世界タッグ王座を獲得している。同年5月23日、潮崎豪&青木篤志がAAA世界タッグ王座を獲得している。
IWRG
  • 2019年12月5日、業務提携を結んだことを発表。

タイトルホルダー[編集]

プロレスリング・ノアの王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
GHCヘビー級王座 潮崎豪 第33代 4
GHCナショナル王座 拳王 第3代 1
GHCタッグ王座 杉浦貴
桜庭和志
第54代
GHCジュニアヘビー級王座 鈴木鼓太郎 第42代 4 覇王
GHCジュニアヘビー級タッグ王座 小川良成
HAYATA
第40代 2 原田大輔
小峠篤司
プロレスリング・ノアが開催しているリーグ戦
タイトル 覇者 年代
GLOBAL Jr. LEAGUE 原田大輔 2020年
GLOBAL TAG LEAGUE イホ・デ・ドクトル・ワグナーJr.
レネ・デュプリ
2020年
GLOBAL Jr. TAG LEAGUE 小川良成
鈴木鼓太郎
2019年
N-1 VICTORY 拳王 2019年

所属選手・主要参戦選手[編集]

金剛[編集]

杉浦軍[編集]

STINGER[編集]

反選手会同盟[編集]

FULL THROTTLE[編集]

M's alliance[編集]

桃の青春[編集]

結託中[編集]

無所属[編集]

フリー・他団体参戦選手[編集]

※2020年に参戦した選手のみ

日本人選手[編集]

フリー
暗黒プロレス組織666
九州プロレス
誠心会館
大日本プロレス
東京愚連隊
DRAGONGATE
パンクラスイズム横浜
プロレスリングアンサー
ボンサイブルテリア
MAKAI
みちのくプロレス

外国人選手[編集]

フリー
インパクト・レスリング
IWRG

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

トレーナー[編集]

GHCタイトル管理委員会[編集]

役員[編集]

株式会社CyberFight

歴代所属選手[編集]

歴代ユニット[編集]

歴代タッグチーム[編集]

歴代スタッフ[編集]

歴代役員[編集]

株式会社ピーアールエヌ(旧:株式会社プロレスリング・ノア)
ノア・グローバルエンタテインメント株式会社

故人[編集]

プロレスラー[編集]

  • 青木篤志(2005年 - 2012年→フリー→全日本プロレス→2019年逝去)
  • 泉田純(2000年 - 2009年→フリー→2017年逝去)
  • 永源遙(2000年 - 2006年引退→2016年逝去)(取締役兼営業部長、常務取締役、相談役、GHCタイトル管理委員)
  • 三沢光晴(2000年 - 2009年逝去)(代表取締役社長)
  • ラッシャー木村(2000年 - 2004年引退→2010年逝去)(終身名誉選手会長)

スタッフ・役員[編集]

  • ジョー樋口(監査役、初代GHC管理委員長)(2010年逝去)
  • 仲田龍(リングアナウンサー、渉外部長、取締役兼統括本部長、相談役、ゼネラルマネージャー)(2014年逝去)
  • 百田義浩(取締役)(2000年逝去)

試合中継[編集]

放送中の番組[編集]

終了した番組[編集]

関連番組[編集]

放送中の番組
終了した番組

主なマット広告スポンサー[編集]

関連書籍[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 旗揚げから使われていたが、2019年3月に緑のリングマットとともに新調された。
  2. ^ 2006年と2007年には年7回(1月、3月、4月、7月、9月、10月、12月)に渡って日本武道館大会を開催している。
  3. ^ 甲虫王者ムシキングの知的財産権並びに開発と発売は2015年3月まではセガ(現:セガゲームス)、2015年4月のセガグループ再編により知的財産権はセガホールディングスが保有して開発と発売はセガ・インタラクティブが承継。
  4. ^ ノアにとっては、マーシャルとロスのデビューは、2005年12月の谷口周平以来の新人選手のデビューであった。

出典[編集]

  1. ^ a b 会社概要 - プロレスリング・ノア
  2. ^ a b プロレスリング・ノアのサイバーエージェントグループ参画に関するお知らせ - 株式会社サイバーエージェント 2020年1月29日
  3. ^ a b 事業譲渡のお知らせ - プロレスリング・ノア 2016年11月1日
  4. ^ a b 社名変更のご挨拶 - プロレスリング・ノア 2016年11月7日
  5. ^ 馬場死去、三沢離脱……その後の全日本プロレス - 2016年2月5日 Dropkick ニコニコチャンネル
  6. ^ 新役員人事について ご報告 - プロレスリング・ノア 2009年7月6日
  7. ^ 百田ノア退団、小橋社長受け入れられず - 日刊スポーツ 2009年7月13日
  8. ^ ご報告 - プロレスリング・ノア 2009年7月13日
  9. ^ “お知らせ” - プロレスリング・ノア 2010年11月22日
  10. ^ 4月27日(水)発売の「週刊プロレス」5月11/18合併号情報 - プロレスリング・ノア 2011年4月26日
  11. ^ GHCタイトル管理委員会よりご報告 - プロレスリング・ノア 2012年1月15日
  12. ^ ご報告 - プロレスリング・ノア 2012年7月23日
  13. ^ プロレスリング・ノア新体制に関するご報告 - プロレスリング・ノア 2016年11月1日
  14. ^ 【NOAH】ノア事務所が水道橋に移転 新体制移行と2018年ディファ有明閉鎖に伴い - プロレス格闘技DX 2016年12月28日
  15. ^ 【TNA、現インパクトレスリングとの業務提携を発表!】 - プロレスリング・ノア 2017年2月7日
  16. ^ 【インパクトレスリングとの業務提携契約書にサイン!】 - プロレスリング・ノア 2017年3月11日
  17. ^ 【東方英雄伝との業務提携のご報告】 - プロレスリング・ノア 2018年5月25日
  18. ^ ノア・グローバルエンタテインメント株式会社 子会社化に関するお知らせ - リデットエンターテインメント 2019年2月6日
  19. ^ 【プロレスリング・ノア 事務所移転のお知らせ】 - プロレスリング・ノア 2019年1月24日
  20. ^ プロレスリング・ノア ロゴ変更のお知らせ - プロレスリング・ノア 2019年3月6日
  21. ^ ノア・グローバルエンタテインメント株式会社 役員人事異動のご案内 - プロレスリング・ノア 2019年6月18日
  22. ^ パートナーシップ契約締結のお知らせ - プロレスリング・ノア 2019年7月26日
  23. ^ 【お知らせ】弊社役員人事につきまして - プロレスリング・ノア 2019年11月18日
  24. ^ メキシコ・IWRGとのパートナーシップ契約締結のお知らせ - プロレスリング・ノア 2019年12月5日
  25. ^ プロレスリング・ノア、サイバーエージェントグループに - プロレスリング・ノア 2020年1月29日
  26. ^ プロレスリング・ノア 事務所移転に関するお知らせ - プロレスリング・ノア 2020年3月24日
  27. ^ 【会見全文】NOAHとDDTが経営統合!新会社CyberFightを設立し各団体は事業部として継続!丸藤正道と彰人が副社長に就任!” (日本語). バトル・ニュース (2020年7月27日). 2020年7月27日閲覧。
  28. ^ プロレスリング・ノア×新日本メディカルトレーナー協会“プロレスラー養成プロジェクト”START!! - プロレスリング・ノア 2011年1月12日
  29. ^ ノアvs.新日本ジュニア開戦、第1RはNO LIMITが勝利=ROH - スポーツナビ 2008年9月14日
  30. ^ 東京スポーツ 2011年3月6日付 28面
  31. ^ 秋山、出場決意!11年ぶりに全日本マットへ - スポーツニッポン 2011年3月23日
  32. ^ ザ・クレイジーSKBインタビュー[第2回]旗揚げから1年でディファ出禁!それでも10年以上続いた666が解散の危機!? - バトル・ニュース 2015年2月27日
  33. ^ 潮崎3冠 WWE戦士イタミの勇姿に発奮 - 東京スポーツ 2015年1月4日
  34. ^ プロレスリング・ノアSP - 日テレジータス
  35. ^ プロレスリング・ノア大会中継 - FIGHTING TV サムライ
  36. ^ プロレス激闘の記憶 - 日テレジータス

関連項目[編集]

興行
リーグ戦
王座

外部リンク[編集]