高橋裕二郎

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高橋 裕二郎
Yujiro Takahashi
Yujiro Takahashi 2016.jpg
2016年
プロフィール
リングネーム 高橋 裕二郎
裕次郎
高橋 裕次郎
本名 高橋 裕二郎
ニックネーム ザ・トウキョー・ピンプス
ミスターR指定
愚直なパワーチューン
身長 178cm
体重 90kg
誕生日 (1981-01-13) 1981年1月13日(37歳)
出身地 新潟県新潟市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
野球
デビュー 2004年7月26日
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高橋 裕二郎(たかはし ゆうじろう、1981年1月13日 - )は、日本男性プロレスラー日本体育大学卒業。新潟県新潟市出身。新日本プロレス所属。

経歴[編集]

学生時代 - 入門以前[編集]

小・中学時代は野球部に所属し、捕手を務めていた[1]東京学館新潟高校時代にレスリングを始める。その後、日本体育大学へ進学し、4年生の2002年に全日本学生選手権グレコローマン84kg級王座を獲得。同大学卒業後、保健体育の非常勤講師と居酒屋でのアルバイトをしながら生活をし続けていたが、「これではオリンピックどころか全日本チャンピオンにもなれない」と考え始め、プロレスラーになる道を選んだ[2]。2003年末に行なわれた新日本プロレス入門テストに参加し、これに合格を果たし同団体に入団した。

若手時代[編集]

新日本プロレスに半年の練習生期間を経て、2004年7月26日、後楽園ホール大会の山本尚史を相手に「高橋裕次郎」としてデビューを飾る。ちなみにデビュー時のコスチュームは、近年では異例のアマレスパンツという出で立ちだった。2005年11月4日、成瀬昌由とシングルマッチで対戦。首固めで勝利を収めたが、この試合でアゴを骨折し長期欠場。2006年3月に復帰を果たした。

2007年3月、田口隆祐に次ぐ門下生第2号として、サムライジムの一員となり、5月22日、の保持するIWGPジュニアヘビー級王座に初挑戦。6月にはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに初出場を果たし、今大会優勝者だったミラノコレクションA.T.から勝利を収めた。2008年3月、内藤哲也とタッグチーム「NO LIMIT」を結成。結成を機にコスチュームもオレンジを基調としたタイツに変更した。4月13日後楽園大会で獣神サンダー・ライガー&AKIRA組が保持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。敗れはしたものの、レジェンド相手に物怖じしないファイトを見せて注目を浴びた。

10月13日、DESTRUCTION'08にて、稔&プリンス・デヴィット組に勝利を収め、内藤と共に第22代IWGPジュニアタッグ王者に輝く。二度目の挑戦にして、悲願の初タイトルを獲得した。その後、邪道&外道組と対戦し、初防衛に成功したが、翌年2009年1月4日、レッスルキングダムIIIの舞台で、モーターシティ・マシンガンズアレックス・シェリー&クリス・セイビン組)に敗北を喫し、王座から陥落する。

同年2月、両国大会の4wayタッグマッチに勝利し、内藤と共にTNAに参戦。2009年3月31日(現地時間)、TNAオーランド大会でモーターシティマシンガンズに再戦も勝利はならなかった。さらに自らを鍛えあげるためにとそのままTNAに継続参戦。同年4月19日、シックスサイドスチール3way形式のタイトルマッチに挑戦。しかし、内藤が直前の試合で左膝を負傷するアクシデントが発生し本領発揮はならず、ここでも敗北を喫した。

5月からメキシコに舞台を移し、同月29日に内藤、ドス・カラス・ジュニアと組みCMLLに初登場する。以降継続的に参戦し活躍したが、12月4日に行われたエル・テリブレ&テハノ・ジュニア組との髪切りマッチに敗れ、丸坊主となった。

凱旋帰国 - CHAOS時代[編集]

2010年1月4日、内藤と共にヘビー級へ転向を宣言し、新日本に凱旋。レッスルキングダムIVの舞台でチーム3Dブラザー・レイ&ブラザー・ディーボン組)が保持するIWGPタッグ王座に挑戦(この試合は3wayマッチとして行われ、もう一組の挑戦者はジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン組)。この試合に勝利し、第55代IWGPタッグ王者に就いた。3月5日よりリングネームを本名である「高橋裕二郎」に変更して再始動する[3]。4月4日、内藤と共にヒールユニットCHAOS」に加入した。

5月3日、レスリングどんたく 2010にて、青義軍永田裕志&井上亘組)、BAD INTENTIONS(バーナード&アンダーソン組)を相手にIWGPタッグ選手権試合3WAYマッチを行うも、井上がアンダーソンからピンフォール勝ちを収めたため、同王座から陥落。試合終了後、「俺たちは負けていない」コメントを残し、内藤と共に再戦を訴える[4]。翌6月19日に3WAYイリミネーションルール、7月19日に巴戦ルールとして同カードが実現したが、いずれも敗北を喫し、返り咲きはならなかった。

10月、G1 TAG LEAGUEでは、NO LIMITとして出場。リーグ戦をBブロック1位で通過しトーナメント準決勝で日墨マッスルオーケストラ中西学&ストロングマン組)に勝利するも、決勝戦で青義軍(永田&井上組)に敗れ、準優勝となった。

2011年3月のNEW JAPAN CUP(以降NJC)に出場するも、一回戦の中西戦で敗退した。その後、シングルで目覚ましい成果を出し始めた内藤とは対照的に全く結果を残せない状態が続き、次第にパートナーの内藤との間に不協和音が生じた。4月3日後楽園ホール大会の試合後に握手を交わし、一時は関係が修復したものの5月3日、レスリングどんたく 2011にて、BAD INTENTIONSが保持するIWGPタッグ王座に挑戦し敗北した。試合後、高橋は内藤をリング上で置き去りにして早々と退場した。26日、高橋は田中将斗を加えた6人タッグマッチの試合中に内藤からのタッチを拒否したり、背後から攻撃を仕掛けるといった行動を起こした。試合終了後、高橋は内藤を東京ピンプスで追撃した後、「コンプリート・プレイヤーズ」と結託しNO LIMITの解散を宣言し、同時に内藤をCHAOSから追放した。

その後、内藤と抗争を展開し6月18日、DOMINION6.18の舞台で内藤とシングルマッチで対戦し、東京ピンプスで快勝を収める。8月のG1 CLIMAXでは公式戦で再び内藤と対戦し勝利を収めたが、9月19日神戸大会で敗北。対内藤戦における戦績で初の黒星を喫した。

河西あみ(左)、彩佳リリス(右)と共に入場する高橋。

12月24日、後楽園大会にて後藤洋央紀とのシングル戦の試合前にマイクでセクシャル口撃を浴びせ、この日を境に行動、言動と共にR指定キャラとして前面に押し出している。2012年に入ってからはサングラスを掛け、腰にピンクのバスタオルを巻いて入場し、リングサイドに女性ファンがいると抱擁やキスをせがんで来る、セクシー女優を侍らせて入場する、試合前には対戦相手を罵る、会場内の女性を口説くといったマイクアピールで観衆からブーイングや顰蹙を買っている。

8月、三年連続でG1に出場し初開催となる新潟市体育館棚橋弘至と対戦。高橋が地元出身ということもあり「裕二郎」コールを湧き上がらせる健闘を見せた。結果的に敗北を喫し3勝5敗と予選落ちとなるも今大会でいくつもの好勝負を繰り広げ、その才能を開花させた。

その後、G1公式リーグ戦中に膝を負傷した内藤を付け狙った。10月8日、KING OF PRO-WRESTLINGにて内藤と対決、負傷している膝を徹底的に攻めてレフェリーストップ勝ちを収めると、試合後にも椅子で内藤の膝を打ち付け内藤を長期欠場に追い込んだ。そして、同大会メインイベント終了後、IWGPヘビー級王座の防衛に成功した棚橋の前に姿を現し、10年前の2002年に棚橋の身に起こった刺傷事件[5]を引っ張り出したマイクアピールで同王座に挑戦を表明した[6]。11月11日、POWER STRUGGLEにて棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に初挑戦したが、棚橋のハイフライフローでピンフォール負けを喫した。

2013年2月、真壁刀義との抗争を展開させるが、負け越しのままで終結。

4月、プロレスリング・ノアグローバル・タッグ・リーグ戦マイバッハ谷口とのタッグで出場。同大会終了後もノアへの参戦を続けていたものの6月2日の博多スターレーン大会における高橋&谷口vs丸藤正道&モハメド・ヨネ戦で自身のスピアーが誤爆し谷口がピンフォール負けを喫し、谷口がラリアットを見舞ったことでタッグを解消。6月30日の後楽園ホール大会で谷口との完全決着戦を行ったものの谷口の反則負けにより抗争は終了した。

10月14日のKING OF PRO-WRESTLINGの舞台では内藤の保持する東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証ならびにNEVER無差別級王座に挑戦したが、敗北して奪取には至らなかった。

BULLET CLUB 加入-THE Elite入り[編集]

2014年、日本人レスラーとしては初となるBULLET CLUB入りを果たした高橋。

2014年に入ると、新日本年間最大のビッグマッチとなるレッスルキングダムにカードが組まれずに欠場。3月のNJCでは出場こそはしたものの、シェルトン・X・ベンジャミンにピンフォール負けを喫し、一回戦で敗退した。その後シリーズには帯同しながらも、INVASION ATTACKレスリングどんたくといったビッグマッチではカードが組まれずに出場の機会が減少。4月シリーズのRoad to レスリングどんたくでは各大会で無気力ファイト、自軍の敗戦が濃厚になると足早に退場するといった単独行動が目立つようになり[7]、高橋は自身のTwitterでビッグマッチで自分の試合が組まれないことに対する会社への不満をツイートするようになる。

5月3日、レスリングどんたく 2014にて行われたAJスタイルズvsオカダ・カズチカのIWGPヘビー級選手権試合の試合中に突如乱入しオカダに対してラリアット、東京ピンプスを見舞いAJの勝利をアシスト。試合後、高橋はCHAOSを脱退し「BULLET CLUB」に加入した。[8]

6月29日後楽園大会にて石井智宏の保持するNEVER無差別級王座に挑戦、マイアミ・シャインで石井からピンフォールを収め、第4代王者に輝き高橋自身初となるシングル王座を手に入れた[9]

人物[編集]

  • 本名は高橋裕二郎であるものの、多くの書類で「裕郎」と誤植され「それなら石原裕次郎にあやかろう」と「高橋裕次郎」のリングネームでデビュー。3戦目より「裕次郎」に再改名した。
  • テキーラ愛好家として知られており、2009年メキシコ遠征中の際に飲んだテキーラの美味しさに感動を覚えたという[10]。現在では自宅にプレミアム・テキーラを40本以上所有しており、2013年にはテキーラ・マエストロ(第23期)の資格を取得している[11][12]
  • 前述にもあるように小・中学時代は野球に打ち込んでいたが、県大会の試合で自分のエラーが原因でチームが敗けてしまい、以来ボールを握ることが儘ならない状態に陥り、野球から離れた[1]
  • 顎の骨折による入院中、看護師の目を盗んで病院から脱走し、ジムでトレーニングしたことを主治医にバレてしまい怒られた。棚橋曰く「退院したら、入院前より体がビルドアップされていた」とのこと。
  • レスリング日本選抜選手権代表・岩崎裕樹は同級生で今も友人でもある。
  • 料亭料理長の父親を持ち、道場でその腕を振るう。現在は、地元の新潟で居酒屋定食たかはしを開業している。
  • BULLET CLUB加入後、他の外国人選手とのコミュニケーションを図れるように、英会話と英文法の勉強を週に2日行なっている[13]
  • 非常に練習熱心。棚橋弘至によると「ジムに行くと必ず先に裕二郎がいる」とのこと。

得意技[編集]

持ち前の馬力や瞬発力を活かしたパワーファイトに加え、相手の顔面を掻き毟る、手の甲を噛みつくといったスニーキーな戦法を織り交ぜながら試合を展開する。かつてのタッグパートナーの内藤とは対照的に関節技や丸め込み技の類はほとんど使用しない。

ピンプジュース
変型DDT。2016年7月より新たに使用し始めたフィニッシャー。両膝をついた相手の頭を右脇に抱え込み、左足を後ろに振り上げながら反動をつけ、自ら背中から倒れこみ相手を頭頂部からマットに突き刺す。ショーン・デバリが使用していたWMDと同型。
マイアミ・シャイン
BULLET CLUB加入後の高橋のフィニッシュ・ホールドで、変型のリバース・デスバレーボム。
ファイヤーマンズキャリーの要領で相手を肩に担ぎ上げた後、相手の頭を抱え込んだ側に体を捻り、その反動を利用して逆側へ体を回転させながら相手を後頭部から背中にかけてマットに叩きつける。
この技を開発するヒントとして、高橋の前タッグパートナーだった内藤とのタッグ・チームNO LIMIT」の合体技の一つだった「リミット・レス・エボリューション」を参考にしたと語っている[14]
東京ピンプス
カナディアン・バックブリーカーの体勢で持ち上げた相手を開脚ジャンプした自身の股の間にうつ伏せ状態で叩きつけるフェイスバスター。ヘビー級転向後から使用し始めた技で、変形のカナディアン・ハンマーと言える。
技名の由来は高橋が個人契約を交しているファッションブランド「ANDSUNS」内のブランド名「TOKYO PIMPS」。また、ピンプは英語のスラングで「女たらし、ポン引き売春婦のヒモ」という意味合いがある。
ジャーマン・スープレックス・ホールド
また、ロープワークの攻防から相手を正面から受け止め、空中で体勢が入れ替わった相手の腰をクラッチしながら放っていく型も得意としている。
ぶっこ抜き式ジャーマンスープレックス
うつ伏せに倒れた相手の足側に移動して相手の腰を両腕で抱え込み、自身の両手を相手の、へそのあたりでクラッチして投げられまいと踏ん張る相手の体を強引に抱えて、相手を後方へと反り投げる。
ぶっこ抜きジャーマン」は一時期フィニッシュとして用いられており、この技で当時IWGPヘビー級王座を保持していた棚橋からタッグマッチながらピンフォールを奪っており、同王座初挑戦に至っている。
インターカレッジ・スラム
高橋が使用するオリンピック・スラムの名称で初期のフィニッシュ・ホールド。
ヘビー級転向後は使用を控えていたが、NO LIMIT解散後は東京ピンプスへの布石として再び使用するようになった。
一般的には略称である「インカレ・スラム」として表記されている。
フィッシャーマン・バスター
主にフィニッシャーのマイアミ・シャインや東京ピンプスへと繋ぐ位置付けの技として使用されている。
ターンバックル・パワーボム
BULLET CLUB加入後に使用し始めた技。この技からフィニッシャーのマイアミ・シャインに繋いでいく。
ムーンサルトプレス
インカレ・スラムに並ぶジュニア時代のフィニッシュ・ホールド。ヘビー級転向後は大一番の試合の際に使用している。
ラリアット
相手に当てる前から力こぶを作るような形で鍵型に構えて、自分の身体を相手に圧し掛かるように打ち込むのが特徴。かつてはここから内藤がジャックナイフ式エビ固めへ捉える連携を使用していた。
トペ・スイシーダ
ジュニア時代から使用し続けるエアリアル・ムーブで滞空時間を十分に保ったまま、相手に向けて突っ込んで行く。
ギロチンドロップ
その場で高く跳び上がるものを多用するが、セカンドロープないしはトップロープから繰り出すダイビング式は時折フィニッシュにもなっている。
ユウジロウズ・リフト
レスリングでいう俵返しの体勢でうつぶせに倒れている相手を無理矢理引き起こして持ち上げジャンピング・パワーボムの形で落とすものが基本形であるが、時にアバランシュ・ホールドに移行することもある。
張り手
試合を展開する上で稀に使用。
R.C.T
急所攻撃からのジャックナイフ式エビ固め。
スピアー
アマレス出身者らしく力強いタックルを見せる。近年では使用しない。
ダイビング・ヘッドバット
若手時代から得意としている技の一つ。ヘビー級転向後は全く見られなくなった。

合体技[編集]

内藤哲也
リミットレス・エボリューション
相手の体をリフトアップさせ、そのまま相手の両足を下へ引っ張りながら2人は背中からマットに倒れこみ、落下させた相手の背中を叩きつける。
リミットレス・ドリーム
内藤がブレーンバスターの要領で高橋の肩に乗せ、そのまま首を抱えた内藤がネックブリーカー・ドロップ、高橋がパワーボムのような格好で後頭部をマットに叩きつける。
リミットレス・エクスプロージョン
内藤がリバース・パワーボムの形で相手を持ち上げるのを見計らって高橋がロープへ走り、相手の首に飛びついてスタナーを叩き込む。この技で長年海外への流出を許していたIWGPタッグ王座を奪取するなど、同タッグとしてはフィニッシュ・ホールドとして用いられていた。

タイトル履歴[編集]

新日本プロレス
CMLL

入場テーマ曲[編集]

2016年8月 - 現在まで使用。
2013年5月 - 2016年8月まで使用。
コンプリート・プレイヤーズ加入時の入場曲。2011年6月 - 2013年4月まで使用。
NO LIMIT凱旋後の入場曲。
NO LIMIT結成時の入場曲。凱旋後は勝利用テーマ曲として使用。
  • Huge Gliding
NO LIMIT結成以前の入場曲。
  • S.W.A.T.911
新人時代のテーマ曲。

脚注[編集]

  1. ^ a b 萩庭桂太のYOUR EYES ONLY #4 高橋裕二郎物語”. Bimajin. 2015年3月5日閲覧。
  2. ^ 萩庭桂太のYOUR EYES ONLY #5 毎分毎秒を楽しむ人生”. Bimajin. 2015年3月6日閲覧。
  3. ^ 裕次郎から『高橋裕二郎』へ!! リングネーム変更のお知らせ”. 新日本プロレス公式サイト. 2010年2月15日閲覧。
  4. ^ レスリングどんたく2010 第4試合”. 新日本プロレス公式サイト. 2010年5月3日閲覧。
  5. ^ 東京地方裁判所平成14年(合わ)第620号
  6. ^ 11.11大阪でR指定男・裕二郎がIWGP挑戦 真壁組は桜庭組と再激突=新日本 スポーツナビ 2012年10月9日
  7. ^ 試合をボイコット!新日・高橋裕二郎が廃業の危機”. 東スポWeb. 2014年4月24日閲覧。
  8. ^ 高木裕美 (2014年5月4日). “オカダがAJに敗れまさかのIWGP転落 中邑がグレイシーと12年越しリベンジ戦へ”. スポーツナビ. 2014年5月4日閲覧。
  9. ^ 高木裕美 (2014年6月30日). “石井陥落…裕二郎が新NEVER王者に バレットクラブが主要タイトル独占”. スポーツナビ. 2014年6月30日閲覧。
  10. ^ テキーラなひとびと”. 日本テキーラ協会公式サイト. 2013年6月3日閲覧。
  11. ^ 萩庭桂太のYOUR EYES ONLY #1 プロレスラーとテキーラ”. Bimajin. 2015年3月2日閲覧。
  12. ^ 萩庭桂太のYOUR EYES ONLY #2 深まるテキーラ愛”. Bimajin. 2015年3月3日閲覧。
  13. ^ 萩庭桂太のYOUR EYES ONLY #3 週に一度は秘密のデート”. Bimajin. 2015年3月4日閲覧。
  14. ^ 参考文献『週刊プロレス』2014年7月30日号 「21世紀の技解説」より。
  15. ^ a b ++ rmlabel official website ++ BIOGRAPHY

外部リンク[編集]