IWGPタッグ王座

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IWGPタッグ王座
詳細
現王者 ジェイ・ブリスコ&マーク・ブリスコ
獲得日 2016年6月19日
管理団体 新日本プロレス
創立 1985年12月12日

IWGPタッグ王座は、日本プロレス団体である新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。

概要[編集]

1981年にNWA北米タッグ王座が封印されて以来、新日本は長らくタッグ王座不在の時期が続いていたが、1985年5月にWWFインターナショナル・タッグ王座が復活され、藤波辰巳&木村健吾組が第8代王者組となり、4度の防衛を果たしていた。しかし、10月末にWWFが新日本との業務提携を解消して同王座は復活からわずか5ヶ月でWWFインターナショナル・ヘビー級王座WWFジュニアヘビー級王座と共に封印されてしまった。それに代わるタッグ王座として新日本プロレスがIWGPの王座として初めて認定したタイトルが、このIWGPタッグ王座である。

1985年11月、本来行われる予定だった「MSGタッグ・リーグ戦」が業務提携解消で「MSG」の名称が使えなくなった事から、その代替として「IWGPタッグリーグ戦」の開催が発表され、優勝チームが初代IWGPタッグ王者チームに認定されることになった。ところがリーグ戦1位通過のブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組が12月12日の決勝をボイコットして帰国してしまった為、急遽アントニオ猪木坂口征二組と藤波&木村組のリーグ戦2位同士の間で決勝戦が行われ、ドラゴン・スープレックス・ホールドで藤波が猪木からで3カウントを奪い、WWFインターナショナル・タッグ王座 組だった藤波&木村組が記念すべき初代王者組に輝いた。

歴代王者[編集]

タッグ王者が王座返上した場合は、王座決定戦によるタイトル移動。それ以外は、前王者に勝利してのタイトル移動。※は防衛失敗。

タッグチーム 防衛回数 獲得日付
結果
獲得した場所
(特別な対戦形式の説明など・備考)
初代 藤波辰巳&木村健吾 5 1985年12月12日 宮城県スポーツセンター
初代王座決定戦、もうひと組はアントニオ猪木&坂口征二
第2代 前田日明&木戸修 1 1986年8月5日 両国国技館
第3代 藤波辰巳&木村健吾 1986年9月23日 後楽園ホール
タッグ解消による王座返上
第4代 越中詩郎&武藤敬司 1987年3月20日 後楽園ホール
王座決定戦、前田日明&高田伸彦
第5代 前田日明&高田伸彦 2 1987年3月26日 大阪城ホール
第6代 藤原喜明&山崎一夫 2 1987年9月1日 福岡国際センター
第7代 藤波辰巳&木村健吾 3 1988年1月18日 宮城県スポーツセンター
第8代 長州力&マサ斎藤 4 1988年6月10日 広島県立体育館
第9代 S・ストロング・マシン&ジョージ高野 1 1989年3月16日 横浜文化体育館
第10代 長州力&飯塚孝之 1 1989年7月13日 両国国技館
第11代 マサ斎藤&橋本真也 3 1989年9月20日 大阪城ホール
第12代 武藤敬司&蝶野正洋 3 1990年4月27日 東京ベイNKホール
第13代 馳浩&佐々木健介 2 1990年11月1日 日本武道館
第14代 S・ストロング・マシン&ヒロ斎藤 2 1990年12月26日 浜松アリーナ
第15代 馳浩&佐々木健介 1991年3月6日 長崎国際体育館
第16代 リック・スタイナー&スコット・スタイナー 2 1991年3月21日 東京ドーム、王座返上
第17代 武藤敬司&馳浩 2 1991年11月5日 日本武道館
王座決定戦、リック・スタイナー&スコット・ノートン
第18代 ビッグバン・ベイダー&C・バンバン・ビガロ 2 1992年3月1日 横浜アリーナ
第19代 リック・スタイナー&スコット・スタイナー 3 1992年6月26日 日本武道館
第20代 スコット・ノートン&トニー・ホーム 1992年11月22日 両国国技館
第21代 ホーク・ウォリアー&パワー・ウォリアー 4 1992年12月14日 大阪府立体育会館
第22代 スコット・ノートン&ヘラクレス・ヘルナンデス 3 1993年8月5日 両国国技館
第23代 ホーク・ウォリアー&パワー・ウォリアー 2 1994年1月4日 東京ドーム
第24代 武藤敬司&馳浩 1 1994年11月25日 岩手県営体育館、王座返上
第25代 蝶野正洋&天山広吉 1995年6月12日 大阪府立体育会館、
王座決定戦、平田淳嗣&橋本真也。王座返上
第26代 橋本真也&平田淳嗣 6 1995年7月13日 札幌中島体育センター
王座決定戦、マイク・イーノス&S・ノートン
第27代 山崎一夫&飯塚高史 1996年6月12日 大阪府立体育会館
第28代 蝶野正洋&天山広吉 2 1996年7月16日 札幌中島体育センター
第29代 藤波辰爾&木村健悟 3 1997年1月4日 東京ドーム
第30代 長州力&佐々木健介 1997年4月12日 東京ドーム
第31代 中西学&小島聡 1 1997年5月3日 大阪ドーム
第32代 佐々木健介&山崎一夫 1997年8月10日 名古屋ドーム
第33代 武藤敬司&蝶野正洋 2 1997年10月19日 神戸ワールド記念ホール
王座返上
第34代 蝶野正洋&天山広吉 1998年6月5日 日本武道館
王座決定戦、天龍源一郎&越中詩郎
第35代 天龍源一郎&越中詩郎 2 1998年7月15日 札幌中島体育センター
第36代 天山広吉&小島聡 1 1999年1月4日 東京ドーム
第37代 佐々木健介&越中詩郎 2 1999年3月22日 尼崎市記念公園総合体育館
第38代 後藤達俊&小原道由 1 1999年6月27日 グランシップ静岡
第39代 中西学&永田裕志 4 1999年8月28日 神宮球場
第40代 天山広吉&小島聡 6 2000年7月20日 北海道立総合体育センター
第41代 西村修&藤波辰爾 1 2001年9月23日 なみはやドーム
第42代 武藤敬司&太陽ケア 2001年10月28日 福岡国際センター
王座返上
第43代 蝶野正洋&天山広吉 7 2002年3月24日 尼崎市記念公園総合体育館
王座決定戦、中西学&永田裕志
第44代 吉江豊&棚橋弘至 3 2003年6月13日 日本武道館
第45代 西村修&天山広吉 2003年12月14日 名古屋レインボーホール
第46代 鈴木みのる&高山善廣 4 2004年2月1日 北海道立総合体育センター
王座剥奪
第47代 棚橋弘至&中邑真輔 4 2004年12月11日 大阪府立体育会館
王座決定戦、鈴木みのる&佐々木健介
第48代 蝶野正洋&天山広吉 3 2005年10月30日 神戸ワールド記念ホール
王座剥奪
第49代 中西学&大森隆男 1 2006年9月28日 月寒グリーンホール
王座決定戦、越中詩郎&真壁刀義
第50代 ジャイアント・バーナード&トラヴィス・トムコ 5 2007年3月11日 愛知県体育館
第51代 真壁刀義&矢野通 4 2008年2月17日 両国国技館
第52代 ブラザー・レイ&ブラザー・ディーボン 4 2009年1月4日 東京ドーム
第53代 ブルータス・マグナス&ダグ・ウィリアムズ 1 2009年7月22日 アメリカ フロリダ
第54代 ブラザー・レイ&ブラザー・ディーボン 1 2009年10月18日
ベルト確保
アメリカ フロリダ、フルメタルメイヘムマッチ
第55代 高橋裕二郎&内藤哲也 1 2010年1月4日 東京ドーム
前王者組、ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン組との3ウェイ戦
第56代 永田裕志&井上亘 2010年5月3日 福岡国際センター
前王者組、ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン組との3ウェイ戦
第57代 ジャイアント・バーナード&カール・アンダーソン 10 2010年6月19日 大阪府立体育会館
前王者組、高橋裕二郎&内藤哲也組との3ウェイ戦
第58代 天山広吉&小島聡 2 2012年1月4日 東京ドーム
第59代 矢野通&飯塚高史 2012年5月3日 福岡国際センター
王座剥奪
第60代 天山広吉&小島聡 2012年7月22日 山形市総合スポーツセンター
王座決定戦、矢野通&飯塚高史
第61代 ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr. 5 2012年10月8日 両国国技館
第62代 天山広吉&小島聡 2 2013年5月3日 福岡国際センター
前王者組、中西学&ストロングマン組、矢野通&飯塚高史組との4ウェイ戦
第63代 ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr. 0 2013年11月9日 大阪府立体育会館(ボディメーカーコロシアム)
第64代 カール・アンダーソン&ドグ・ギャローズ 6 2014年1月4日 東京ドーム
第65代 後藤洋央紀&柴田勝頼 0 2015年1月4日 東京ドーム
第66代 カール・アンダーソン&ドク・ギャローズ 0 2015年2月11日 大阪府立体育会館(ボディメーカーコロシアム)
第67代 マット・ターバン&マイケル・ベネット 0 2015年4月5日 両国国技館
第68代 カール・アンダーソン&ドク・ギャローズ 1 2015年7月5日 大阪城ホール
第69代 真壁刀義&本間朋晃 1 2016年1月4日 東京ドーム
第70代 タマ・トンガ&タンガ・ロア 1 2016年4月10日 両国国技館
第71代 ジェイ・ブリスコ&マーク・ブリスコ 1 2016年6月19日 大阪城ホール

主な記録[編集]

  • 最多戴冠者:11回 - 天山広吉(第25、28、34、36、40、43、45、48、58、60、62代)
  • 最多戴冠回数:5回 - 蝶野正洋&天山広吉(第25代,第28代,第34代,第43代,第48代)、天山広吉&小島聡(第36代、第40代、第58代、第60代、第62代)
  • 最多連続防衛:10回 - BAD INTENTIONS(第57代)
  • 最多通算防衛:12回 - 蝶野正洋&天山広吉

エピソード[編集]

  • 第47代王者は、高山の長期欠場により王座を剥奪、高山が新王者に健介&鈴木組を指名したが許可されず棚橋&中邑組VS佐々木&鈴木組による王座決定戦が行われた。
  • 第48代王者は、蝶野の左ひじ手術による離脱で長期間防衛戦をしていない等の理由でサイモン・ケリー新日本プロレス社長により同王座史上初の王座剥奪。
  • 第49代王者は、2006年7月2日に真壁&越中組とバーナード&トムコ組の間で暫定王者決定戦を実施。勝利した真壁&越中組と中西&大森組が正規王座決定戦を行い、勝った中西&大森組が正式に第49代王者に認定される。
  • 第59代王者は、調印式のボイコット、2012年6月16日大阪での試合内容並びに結果(ノーコンテスト)、菅林直樹新日本プロレス社長への暴行を受けて新日本プロレス社長、IWGP実行委員会、審判部で協議の結果、矢野&飯塚組は王者にふさわしくないと判断、6月16日の大阪の防衛も認めず王座剥奪。
  • 第60代王者は、2012年7月22日に天山&小島組と矢野&飯塚組の間で王者決定戦を実施、勝利した天山&小島組を第60代王者に認定。なお試合は、場外カウント無し、4人のレフェリーが試合を裁く特別ルールで行われた。

デザインの改変[編集]

1997年にヘビー級シングルベルトが2代目となり、その後それに合わせてタッグベルトも新調され2代目となる、2008年ヘビー級シングルベルトが新調されたのに伴い、2010年にタッグベルトも3代目と新調された、2代目ベルトまでのプレートは銀色だったが3代目は金色である。

外部リンク[編集]