スコット・スタイナー

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スコット・スタイナー
スコット・スタイナーの画像
プロフィール
リングネーム スコット・スタイナー
スコット・レックスタイナー
本名 スコット・レックスタイナー
(スコット・リヒシュタイナー)
ニックネーム ビッグ・パパ・パンプ
ビッグ・バッド・ブーティ・ダディ
ジェネティック・フリーク
フリークジラ
身長 185cm
体重 130kg
誕生日 (1962-06-29) 1962年6月29日(54歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国
ミシガン州の旗 ミシガン州ベイシティ
スポーツ歴 レスリング
トレーナー ザ・シーク
デビュー 1986年
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スコット・スタイナー(Scott Steiner、本名:Scott Rechsteiner(スコット・レクスタイナー)、1962年6月29日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーミシガン州ベイシティ出身。WCWWWEなどで活躍した。

来歴[編集]

ミシガン大学レスリング奨学生として入学、1983年NCAA選手権に出場し、1984年にはロサンゼルスオリンピックの強化選手に選ばれるなどして活躍した[1]。同じミシガン州出身のザ・シークのコーチを受け、1986年にプロレスラーとしてデビュー。

インディアナポリスWWAメンフィスCWAなどを転戦してキャリアを積んだ後、1989年より、テッド・ターナーNWAミッドアトランティック地区(ジム・クロケット・プロモーションズ)買収で発足したWCWに参戦。実兄リック・スタイナーとの "スタイナー・ブラザーズ" で活躍する。以降、WCW、WWF新日本プロレスなど各団体のタッグタイトルを獲得し、1990年代を代表する兄弟タッグチームとして一時代を築き、フランケンシュタイナーを始めとする数多くのオリジナル技を開発した。

1997年末、WCWでリックと仲間割れしてヒールに転向し、nWoに加入。ハルク・ホーガンに薦められ、髪を金髪に染めてビルドアップされた肉体を誇示するなど、スーパースター・ビリー・グラハムをモチーフとしたキャラクターへのイメージチェンジを果たした。マイクパフォーマンスの達者さもあってヒール人気を獲得し、スタイナー・リクライナー(変形キャメルクラッチ)でダイヤモンド・ダラス・ペイジを病院送りにするなどして活躍した。

WWFとの視聴率戦争に敗れ、業績不振と内部体制の混乱から主力選手を欠くようになっていた晩年のWCWにおいても、人気実力共にトップヒールとして常に主力であり続けた。2000年11月26日にはブッカー・Tを破りWCW世界ヘビー級王座に初戴冠。その後長期に渡り王座を保持し、リック・フレアーらと "マグニフィセント・セブン" なるユニットを結成するなどした。翌2001年3月26日、フロリダ州パナマシティにて行われた『WCWマンデー・ナイトロ』最終放送でブッカー・Tにタイトルを奪還されるも、王者として最後の舞台に登場した。

WWE所属時

WCW崩壊後はオーストラリアワールド・レスリング・オールスターズを経て、2002年10月にWWEと再契約。フリーの超大物とされていたため参戦当初はRAWスマックダウン間で双方のGMが勧誘合戦を展開。翌2003年1月よりRAWに所属後は、ベビーフェイスとしてトリプルHの保持していたWWE世界ヘビー級王座への挑戦者となる。しかし元々ヒール志向の上、決して器用な選手ではないために、2か月連続で行われた王座戦は、試合巧者トリプルHを相手にしながらも、2試合共にまったくの凡戦となった(この時期、トリプルHが振り下ろしたハンマーを真剣白刃取りしたことがある)。この大失態で翌月のレッスルマニア19では早くも出番を失い、以降はテストとの抗争やタッグを経るが次第に出番も少なくなり、2004年にリリースされ2005年からはノースカロライナ州のインディー団体UCWに出場した。

2006年よりTNAに参戦。ヒールとしてジェフ・ジャレットと組み、スティングクリスチャン・ケイジらと抗争する。2007年にはチーム・ケイジのメンバーとなり、ヒールターンしたクリスチャンと共闘。しかし、5月のPPVサクリファイスにリック・スタイナーが登場し、その場でスタイナー・ブラザーズが復活、ベビーフェイスに転向した。以降はチーム3Dとの抗争を始めるが、6月4日に行われたハウス・ショーにて首を痛め、その日の深夜に呼吸困難のため病院に運ばれ緊急手術。2日間昏睡状態が続き生命が危ぶまれるも、1か月後に無事退院した。8月26日には全日本プロレス両国国技館大会に来日。VOODOO-MURDERSのメンバーとして諏訪魔と組み、グレート・ムタ&TAJIRIと対戦した。

2008年にリックがTNAを離脱してからは、2009年よりWCW時代のライバルだったブッカー・Tと新チームを結成。8月16日にチーム3Dを破り、TNA世界タッグ王座を獲得した。タッグ王座陥落後からしばらくしてTNAを退団したが、2011年1月27日の放送において襲撃されたカート・アングルを救出する形で登場した。復帰後はロブ・テリーとの抗争や、クリムゾンのタッグ活動、マット・モーガンとの抗争やハルク・ホーガン率いるヒールユニットイモータルへの加入などで活躍する。しかし、11月のTurning Pointを最後に登場しなくなり、数か月リングに上がらないまま2012年3月にTNAからリリースされた。

リリース後は各地のインディー団体で活動を続け、ヨーロッパのインディーへも進出をしている。2013年5月にはスタイナー・ブラザーズでプレストン・シティ・レスリング(PCW)に参戦し、プレストン・シティ・レスリング・タッグ王座を獲得するも翌日に王座から陥落をしている。6月にはダッチ・プロレスリング(Dutch Pro Wrestling)でダッチ・ヘビー級王座を獲得している。同月に、House of Hardcore 2にスタイナー・ブラザーズで登場、エディ・キングストンとホミサイドと対戦している。2015年6月にビック・タイム・レスリング(BTW)でギャングレルとシングル・マッチを行っている。

2015年5月18日にグローバル・フォース・レスリングに参戦することを表明。

ニックネーム[編集]

  • ビッグ・パパ・パンプBig Poppa Pump
  • ビッグ・バッド・ブーティ・ダディThe Big Bad Booty Daddy
  • フリークジラFreakzilla
  • ジェネティック・フリークThe Genetic Freak

決めゼリフ[編集]

  • 「Holla! If ya' hear me!」

得意技[編集]

パンプアップされた肉体から繰り出す馬力と瞬発力を利用した豪快な力業、さらに対戦相手を危険な角度で落とす投げ技が持ち味。90年代後半からのキャラクターチェンジ前後でファイトスタイルは大幅に変わった。

プロレスの空中殺法の一種でこの技の元祖。日本ではこの技のインパクトが強すぎたため、ウラカン・ラナ系の技全般をフランケンシュタイナーと呼称する風潮がある。肉体改造後は封印状態だったがTNAに移籍してからは再び使い始めた。現在は雪崩式のみ使用している。
  • ティルト・スラム(Tilt slum
ケブラドーラ・コン・ヒーロの要領で相手を担ぎ上げ、そのまま前方に倒れ込んで背中を叩き付けるカウンター技。尻餅をつくような体勢で叩き付けることもある。この技もスコットが元祖である。
スタイナー・リクライナー
  • スタイナー・リクライナー(Steiner Recliner
キャラクターチェンジ以後使用し始めた、スタンディング式の変形キャメルクラッチ。通常とは違い、自らが前屈に近い状態になり、膝立ち状態の相手の腕と首をロックするような形で締め上げる。全盛期のWCW末期は、スティングゴールドバーグDDPらの大物選手を下すなど、勝ち星を積み重ねていった。WWE所属時には首のみをクラッチするような普通のキャメルクラッチになっていたが、それ以前にほとんど見せることが無かった。
  • スタイナー・フラットライナー(Steiner Flatliner
リバースSTOあるいは河津落としコンプリート・ショットとも呼ばれ、同技とほぼ同型。スコットのそれは両腕でガッチリとロック(肩固めのような状態)し、マットに叩き付けるまで離さない工夫がなされている。
  • スタイナー・スクリュー・ドライバー(Steiner Screw Driver / Steiner Square Driver / Steiner Death Drop
通称SSD。ブレーンバスターの要領で抱え上げてからリバース・パイルドライバーのように落とすオリジナル技。完全に決まると相手が受身を取れないような状態になり、あまりにも危険なため現在は封印している。
  • スタイナー・ドライバー(Steiner Driver
別名:フリップ・スープレックス。ダブルアーム(リバース・フルネルソン)の体勢から持ち上げて片腕のクラッチを解いて横方向に捻り投げ捨てるオリジナル技。
  • スタイナー・ライン(Steiner–Line
タックルのような体勢から走り込んで放つフライング・クローズライン。試合の中盤の繋ぎ技として使うことが多い。また、ここからポーズを決めてエルボーを落とし、直後に腕立て伏せをするのが一連の動き。
相手に正面から組み付き、勢いをつけて後方に反り投げる技。捻りが効いているため、カート・アングルブロック・レスナーのベリー・トゥ・ベリーとは一味違うものになっている。だが、前述のトリプルHとの抗争時、この技のみを多用していたため、観客からはこの技を出す度にブーイングを喰らっていた。
WWE時代、トリプルHとのタイトル戦線から降格直後に使用し始める。
  • リバースフランケンシュタイナー
相手の背後から飛び乗りそのままフランケンシュタイナーで投げさるリバースバージョン。使用頻度は少なかった。

獲得タイトル[編集]

WWA(インディアナポリス版)
  • WWA世界ヘビー級王座 : 1回
  • WWA世界タッグ王座 : 1回(w / ジェリー・グラハム・ジュニア)
NWA / WCW
WWF
新日本プロレス
WWA(オーストラリア版)
  • WWA世界ヘビー級王座 : 1回
TNA
その他インディー
  • SSCWヘビー級王座 :1回
  • WWWAヘビー級王座 :1回
  • NWAミッドアトランティック・ヘビー級王座 : 1回 ※2000年代の復活版
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座 : 1回(w / リック・スタイナー) ※2000年代の復活版
  • PWAタッグ王座 :1回(w / リック・スタイナー)

脚注[編集]

  1. ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P27(2002年、日本スポーツ出版社

外部リンク[編集]