IWGPインターコンチネンタル王座

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IWGPインターコンチネンタル王座
詳細
現王者 棚橋弘至
獲得日 2017年6月11日
管理団体 新日本プロレス
創立 2011年5月15日

IWGPインターコンチネンタル王座は、新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。略称はIWGP IC王座。タイトル名の通り、階級別ではなく無差別級となっている。

概要[編集]

2011年1月、新日本プロレスが自社主催によるアメリカ興行を5月に行うことを発表。併せて、「IWGPインターコンチネンタル王座」の設立と、アメリカ興行での同初代王座決定戦開催を発表。アメリカを始めとする海外マットにおいての、IWGPヘビー級王座への登龍門というのが、設立に際しての位置付けである[1][2]

黎明期[編集]

初代王座決定戦は、海外及び中堅の選手を中心とした8人エントリーのトーナメントで、2011年5月13日(現地時間)から5月15日までアメリカで開催された[3][4][5]

出場者はMVP矢野通高橋裕二郎内藤哲也オカダ・カズチカダン・マフ英語版ジョシュ・ダニエルズ(Josh Daniels)[6]ヒデオ・サイトー

トーナメント決勝でMVPが矢野を破り初代王座を獲得。

中邑真輔の時代[編集]

2代目ベルトを腰に巻く中邑真輔(2014年)

2012年7月12日、山形大会にて中邑真輔が3代目王者の後藤洋央紀を倒し4代目王者に君臨する。中邑は本王座のベルトのデザインを酷評し、新日本プロレスに対してベルトの作り直しを要求した(後述)。中邑は新たなベルトと共に王座の防衛を重ねていき、本王座は中邑のイメージが定着していった。2012年から2015年までの東京ドーム大会では本王座のタイトルマッチがIWGPヘビー級王座と共にダブルメインイベント設定され、特に2014年はIWGPヘビー級王座戦を退けて本王座が最終試合に設定された[7]

その後も本王座は中邑を中心とした王座戦線が組まれていき、本王座は中邑のイメージがより定着していった。

2016年以降[編集]

2016年1月に中邑真輔が新日本プロレスを退団すると共に王座が返上され、空位となった。中邑退団後の王座戦線には棚橋弘至ケニー・オメガが名乗りを上げ[8]、長岡(新潟)大会にて本王座はオメガの手に渡る。その後の防衛戦はオメガが得意とするハードコアの要素を取り入れた試合が行われた。6月の大阪城ホール大会では新日本プロレスでは初となるラダー・マッチで試合が行われた。本試合でオメガは王座から陥落している。

その後、2016年下半期から2017年上半期までは第15代王者の内藤哲也を中心とした王座戦線が行われるが、内藤は本王座の価値を否定し、「俺はこのベルトが欲しいなんて一言も言っていない」「このベルト(本王座)よりも自分自身の方に価値があり、ベルト(王座)が勝手に自分に付いてくる」という趣旨の発言を一貫して行った。これに伴って内藤は本王座のベルトを粗末に扱い、リング上でベルトを投げ捨て、試合後にベルトを持ち帰らずに置き去りにするといった行為を繰り返した。2017年4月以降はこの行為がエスカレートしていき、

  • ベルトを足蹴にしながら入場する
  • ベルトをリング隅の鉄柱に投げつけてバックル部分を破損させる

といった暴挙まで行っていたが、2017年6月の大阪城ホール大会にて棚橋弘至が内藤から王座を奪取したことで内藤による本王座戦線は終結した。

その一方で、2017年に新たに同趣旨のIWGPUSヘビー級王座が創設された事で 今後の価値観に注目が集まる。

歴代王者[編集]

王者が王座返上した場合は、王座決定戦によるタイトル移動。それ以外は、すべて前王者に勝利してのタイトル移動。

レスラー 防衛回数 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 MVP 2 2011年5月15日 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国アサイラム・アリーナ矢野通
第2代 田中将斗 3 2011年10月10日 日本の旗 日本両国国技館
第3代 後藤洋央紀 2 2012年2月12日 日本の旗 日本大阪府立体育会館
第4代 中邑真輔 8 2012年7月22日 日本の旗 日本山形市総合スポーツセンター
第5代 ラ・ソンブラ 1 2013年5月31日 メキシコの旗 メキシコアレナ・メヒコ
第6代 中邑真輔 3 2013年7月20日 日本の旗 日本秋田市立体育館
第7代 棚橋弘至 1 2014年1月4日 日本の旗 日本東京ドーム
第8代 中邑真輔 1 2014年4月6日 日本の旗 日本、両国国技館
第9代 バッドラック・ファレ 0 2014年6月21日 日本の旗 日本大阪府立体育会館(ボディメーカーコロシアム)
第10代 中邑真輔 3 2014年9月21日 日本の旗 日本神戸ワールド記念ホール
第11代 後藤洋央紀 1 2015年5月3日 日本の旗 日本福岡国際センター
第12代 中邑真輔 2 2015年9月27日 日本の旗 日本、神戸ワールド記念ホール、王座返上(退団による)
第13代 ケニー・オメガ 1 2016年2月14日 日本の旗 日本長岡市シティホールプラザアオーレ長岡
前王者の王座返還のため、棚橋弘至とケニー・オメガで王座決定戦が行われた。
第14代 マイケル・エルガン 1 2016年6月19日 日本の旗 日本大阪城ホール
この試合は棚橋弘至がラダー・マッチで挑戦予定であったが直前の負傷でマイケル・エルガンが挑戦者に名乗り上げた。
第15代 内藤哲也 4 2016年9月25日 日本の旗 日本神戸ワールド記念ホール
第16代 棚橋弘至 3 2017年6月11日 日本の旗 日本、大阪城ホール

主な記録[編集]

  • 最多戴冠回数:5回 -中邑真輔(4代・6代・8代・10代・12代)
  • 最多連続防衛回数:8回 -中邑真輔
  • 最多通算防衛回数:17回 -中邑真輔
  • デビュー最長戴冠記録:17年10ヶ月 - 田中将斗
  • デビュー最短戴冠記録:4年2ヶ月 - バッドラック・ファレ
  • 最年少戴冠記録:23歳5ヶ月 - ラ・ソンブラ
  • 最年長戴冠記録:40歳6ヶ月 - 棚橋弘至

デザインの改変[編集]

当初はベルト部分は黒でバックルは銅色の物だったが、第4代王者の中邑真輔が同王座のデザインに対して「10円玉」、「IWGPの権威を落とす」と酷評し作り直しを要求。新たに制作された2代目ベルトはバックルの部位が金色に変更され、ベルト部分は白というデザインとなった。

この2代目ベルトは経年によって徐々に白の塗装が劣化し、黒ずんで薄汚れたような状態になっていた。更に第15代王者であった内藤哲也は本ベルトのフレーム部分を破壊してボロボロの状態に陥るが、その内藤から王座を奪った棚橋弘至がプライベートでベルトの修復を行い、黒ずんできていた革部分も塗り直し新品同様の状態まで復元した。

2017年7月1日、アメリカ・ロサンゼルスで行われた「G1 Special in USA」興行より、2代目のデザインを踏襲して作り替えられた、3代目ベルトを使用している。

脚注[編集]

  1. ^ 新王座も設立! 「NJPW INVASION TOUR 2011 ~ATTACK ON EAST COAST~」開催!! 新日本プロレス公式サイト 2011年1月5日
  2. ^ 東京スポーツ 2011年1月6日付。ただし、初代王者・MVPの初防衛戦は日本で行われた[1]
  3. ^ 初日から大熱狂も、真壁がライノに敗戦! 新設ベルト争奪戦は? 5.13ニュージャージー大会詳細アップ!! 新日本プロレス公式サイト 2011年5月14日
  4. ^ 夜の摩天楼で奏でる渾身のエアギター!棚橋がC・ハースをハイフライ葬! 大熱狂のニューヨーク大会2日目詳報! 新日本プロレス公式サイト 2011年5月15日
  5. ^ Apollo55がフィラデルフィアの悪童コンビに快勝! 真壁がハードコアの殿堂で咆哮!5.15アサイラム・アリーナ大会結果!! 新日本プロレス公式サイト 2011年5月16日
  6. ^ 当初はタマ・トンガが参戦予定だったが、右肩の負傷の為、その代理で出場。
  7. ^ この経緯ついては、本王座戦である中邑真輔VS棚橋弘至と、IWGPヘビー級選手権であるオカダ・カズチカVS内藤哲也のどちらがメインイベントに相応しいかと言う趣旨のファン投票が行われ、この結果によって本王座が本当の意味での「メインイベント」に設定された。
  8. ^ 1月5日の後楽園ホール大会にてオメガは中邑から直接ピンフォール勝ちを奪っており、試合後に王座挑戦を表明していた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]