十円硬貨

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十円硬貨
十円硬貨
素材 青銅
品位 95%
亜鉛 4% – 3%
スズ 1% – 2%
量目 4.5 g
直径 23.5 mm
図柄 平等院鳳凰堂(表面)
常盤木(裏面)
発行開始 ギザ無:1959年(昭和34年)
ギザ有:1953年(昭和28年)
製造開始 ギザ有:1951年(昭和26年)

十円硬貨(じゅうえんこうか)とは、日本国政府が発行する、額面10硬貨である。通称十円玉(じゅうえんだま)。

概要[編集]

表面には「日本国」と「十円」そして平等院鳳凰堂が、裏面には「10」と製造年、常盤木がデザインされている。

造幣局では便宜上、平等院鳳凰堂が書かれている面を「表」、年号の記された面を「裏」としているが、明治時代の硬貨と異なり法律上、十円硬貨に表裏の規定はない。

発行は1952年(昭和27年)に開始され、市中に出回ったのは翌年だが、製造は1951年(昭和26年)から行われており、刻印も「昭和二十六年」からある。

一般的な自動販売機で使用可能な最小額面の硬貨である。

ギザ十[編集]

ギザ十。1952年(昭和27年)。

1951年(昭和26年)から1958年(昭和33年)にかけて製造された十円硬貨の縁にはギザがあり、俗にギザ十(ギザじゅう)と呼ばれる。

昭和25年3月2日法律第3号の臨時通貨法改正により「十円」が追加され、1951年(昭和26年)12月7日政令第372号「十円の臨時補助貨幣の形式等に関する政令の一部を改正する政令」により臨時補助貨幣として発行された。1988年4月施行の通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律により貨幣と見做されることになり、現在も法定通貨として有効な現行貨幣である[1]

金属としての十円青銅貨[編集]

十円硬貨はスズ合金(実際には亜鉛も含む)である青銅製だが、スズの割合は少なく純銅に近い。

十円硬貨はソースタバスコ醤油レモン汁、酸性洗剤等に浸すと、表面の金属酸化物や汚れが溶出したり脱落したりして一見未使用硬貨のような光沢を放つ。古い十円硬貨をピカピカにすることもできるが、このような処理をすると硬貨の酸化を早めたり、緑青を発生させたり、質量を減らしたりする等のことになるため、硬貨を劣化させてしまうという欠点がある。収集的価値を重んじる場合、硬貨にこれらの処理を施すことは禁忌とされる(古銭価値を激減させる)。

また、2006年日本銅センターが行った実験で、十円硬貨に含まれる銅イオン殺虫効果が確認された。水たまりに十円硬貨を入れておくとボウフラが発生しなくなるというのは、銅イオンの溶出によるものと思われる。なるべく新しい硬貨を使う方が良いといわれるが、銅イオンの溶出により硬貨は腐食することになる。

なお十円硬貨に限らず、上記のような行為は貨幣を損傷させる行為であるため貨幣損傷等取締法で罰せられる可能性がある

過去の十円硬貨[編集]

旧十円金貨 (1871)[編集]

10yenM4.jpg

新貨条例に15gの純金を含むことが規定され、1871年(明治4年)から発行された[2]1897年(明治30年)の貨幣法では倍位の20円で通用した。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律施行、貨幣法の廃止に伴い1988年3月末で廃止された[3]

新十円金貨 (1897)[編集]

10yenM30.jpg

1897年(明治30年)の貨幣法により発行。同法に明記された「純金ノ量目二分(0.75g)ヲ以テ価格ノ単位ト為シ之ヲ圓ト称ス」に基づき7.5gの純金を含むことが規定された[4]。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律施行、貨幣法の廃止に伴い1988年3月末で廃止された[3]

十円洋銀貨 (1950)[編集]

10円洋銀貨幣

1950年には俗に十円洋銀貨と呼ばれるニッケル合金の洋白製十円硬貨が制定され[5]、1950-1951にかけて製造された。しかし朝鮮戦争によりニッケル価格がトン当たり約410万円まで高騰したため[6]、1951年5月31日には「ニッケル等使用制限規則」(通商産業省令35)が制定され、大蔵省はニッケルを民需に廻すのが望ましいとの要請を受け、退蔵防止のため製造数をある程度確保するまで造幣局に保管されていた硬貨は結局発行されなかった[7]。この十円洋銀貨は不発行であったゆえ法定通貨の資格を得ることはなかった。 その後、材質・デザインともに変更されて製造・発行されたのが、本項の(ギザ有)十円青銅貨幣である[8]。デザインについては、当時予定されていた50円銀貨(制定無し・未製造)の平等院鳳凰堂のデザインを流用した[7]

十円洋銀貨は、現行の五円硬貨五十円硬貨と同じく中央に穴が空けられている[5]。かつてこの硬貨の所有者が、テレビ東京のバラエティ番組『開運!なんでも鑑定団』に「穴の空いた謎の十円玉」として鑑定を依頼したことがある[いつ?]。その際、鑑定士により最低でも25万円以上の価値[9][10]と評価された。発行されることなく製造が中止された不発行貨のため、資料用として残された分以外は全て溶解処分された。資料用に残された物は当時の大蔵省造幣局の関係者(それらに縁のある人物含む)、熱心な収集家など、ごく一部の者しか所有していない。

変遷[編集]

  • 1871年 : 旧十円金貨(本位金貨)発行。
  • 1897年 : 新十円金貨(本位金貨)発行。
  • 1950年 : 十円洋銀貨発行計画が朝鮮戦争によるニッケル原価高騰で中止となり、資料用を除いて製造された約7億枚の全てが廃棄される。
  • 1953年 : 十円硬貨発行(製造は1951年から)。縁にギザがついている(ギザ十)。
  • 1959年 : 縁がギザから平滑になる。
  • 1986年 : 一部の貨幣に平等院鳳凰堂の屋根および階段のデザインが異なるものが存在する(昭和61年後期、昭和62年プルーフセット)。

脚注[編集]

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  1. ^ 日本銀行. “その他有効な銀行券・貨幣”. 2018年11月15日閲覧。
  2. ^ 久光(1976), p187-191.
  3. ^ a b 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」昭和62年6月1日号外法律第四二号
  4. ^ 久光(1976), p201-203.
  5. ^ a b 1950年(昭和25年)3月2日政令第26号「十円の臨時補助貨幣の形式等に関する政令」
  6. ^ 『造幣局百年史(資料編)』 大蔵省造幣局、1974年
  7. ^ a b 青山礼志 『新訂 貨幣手帳・日本コインの歴史と収集ガイド』 ボナンザ、1982年
  8. ^ 1951年(昭和26年)12月7日政令第372号「十円の臨時補助貨幣の形式等に関する政令の一部を改正する政令」
  9. ^ 通貨的価値ではなく希少的価値。ただし、この所有者の物に限っての鑑定額である。
  10. ^ 当然として状態などによって評価額は変動する。2012年度の貨幣カタログによると16万円とされているし、他の年度や状態によっては30万円以上の価格が付けられることもある。

参考文献[編集]

  • 青山礼志 『新訂 貨幣手帳・日本コインの歴史と収集ガイド』 ボナンザ、1982年
  • 久光重平 『日本貨幣物語』 毎日新聞社1976年、初版。ISBN ASIN B000J9VAPQ
  • 石原幸一郎 『日本貨幣収集事典』 原点社、2003年
  • 『日本の貨幣-収集の手引き-』 日本貨幣商協同組合、日本貨幣商協同組合、1998年
  • 『造幣局百年史(資料編)』 大蔵省造幣局、大蔵省造幣局、1971年

関連項目[編集]