二千円紙幣

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二千円紙幣(にせんえんしへい)は、現在流通している日本銀行券の1つ。二千円札(にせんえんさつ)、二千円券(にせんえんけん)ともいわれる、額面2,000紙幣であり、紙幣券面の表記は『弐千円』である。これまでに発行された二千円紙幣は、2000年平成12年)より発行が開始されたD券の一種類のみであり、これが2021年令和3年)現在も有効であり、日本で流通している。

D券[編集]

Series D 2K Yen Bank of Japan note - front.jpg
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2000年(平成12年)4月26日の大蔵省告示第117号「平成十二年七月十九日から発行する日本銀行券二千円の様式を定める件」[1]で紙幣の様式が定められている。

  • 日本銀行券
  • 額面 弐千円(2,000円)
  • 表面 守礼門[1]
  • 裏面 源氏物語絵巻第38帖「鈴虫」の絵図(光源氏冷泉院)と詞書(ことばがき)および作者の紫式部の図柄[1]
  • 印章 〈表面〉総裁之印 〈裏面〉発券局長
  • 銘板 大蔵省印刷局製造
  • 記番号仕様
    • 記番号色 黒色
    • 記番号構成 記号:英字1 - 2文字+通し番号:数字6桁+記号:英字1文字
  • 寸法 縦76mm、横154mm[1]
  • 製造実績
    • 製造枚数 880,000,000枚[2]
  • 発行開始日 2000年(平成12年)7月19日[1]
  • 発行中(製造は中止)
  • 有効券

紙幣の様式[編集]

世界の紙幣カタログなどには記念紙幣として扱われている場合もあるが、法律上は、日本銀行法第46条および第47条、並びに日本銀行法施行令第13条の規定により発行された、通常の日本銀行券であり、記念紙幣ではない[注 1][注 2]

表面右側には沖縄県首里城守礼門が描かれており、地模様として上部に山桜野紺菊があしらわれている。裏面には、透かし部分の空白左側に源氏物語絵巻第38帖「鈴虫」第2場面の絵図から採られた光源氏(右側)と冷泉院(左側)が向かい合う図柄に重ねて、「鈴虫」の詞書の一部分(詳細は後述の#裏面の詞書を参照)が、空白右側には紫式部日記絵巻第1段から採られた「源氏物語」の作者である紫式部が蔀戸を上げている図柄が描かれている[3]。使用色数は、表面では15色(内訳は凹版印刷による主模様(光学的変化インク含む)4色、地模様9色、印章1色、記番号1色)、裏面では7色(内訳は凹版印刷による主模様1色、地模様5色、印章1色)となっており、現在発行中の日本銀行券の中で最もカラフルな券面となっている。

透かしは表面の図柄と同じ守礼門だが、別の角度から見たものとなっている。

D券が発行されていた期間のうち、2000年(平成12年)から2004年(平成16年)の間に、製造元(銘板)が「大蔵省印刷局」から「財務省印刷局」になりさらに「国立印刷局」に変わっているが、二千円紙幣は大蔵省時代の2000年度と2003年度にのみ製造されたため銘板の記載は「大蔵省印刷局製造」のものしか存在しない。

視覚障碍者が判別できるように紙幣の下端の左右に、指触りで金種を識別するために凸凹の印刷がされている[4]。一万円札はL字(逆L字)、五千円札は八角形、二千円札は3つの丸印(点字の「に」)、千円札は_(下線)となっている[5]。また、国立印刷局から、スマートフォンで判別・読み上げる事が出来るアプリ「言う吉くん」が提供されている[6]

発行に至るまでの経緯と歴史的背景[編集]

第26回主要国首脳会議(沖縄サミット)と西暦2000年(平成12年)(ミレニアム)をきっかけとして、1999年(平成11年)に当時の小渕恵三内閣総理大臣の発案で[注 3]2000年(平成12年)7月19日に森内閣の元で発行された。

なお、糸井重里エフエム東京サントリー・サタデー・ウェイティング・バー』にて、自身が二千円札の発案に関わっていると語っている[7]

過去には、明治から終戦直後にかけて、2銭、20銭(紙幣・銀貨)、2円(紙幣・金貨)、20円(紙幣・金貨)、200円の硬貨や紙幣が発行された。これらは現在では全て通用停止になっているので、この二千円紙幣は「1」と「5」以外の単位の日本の硬貨や紙幣のうち現在有効な唯一のものである。

新円切替後初の「1」と「5」以外の単位の通貨であること、公表された表面のデザインが人物でないこと(建築物はA十円券国会議事堂以来)、さらにそれまでになかった最新の偽造防止技術が多数採用されていることなどにより、発行前から注目を浴びた。

なお、二千円紙幣の発行を企画した当時の内閣総理大臣であった小渕恵三本人は、実物の発行を見届けることなく、2000年(平成12年)5月14日に脳梗塞急死した。発行時には、記号番号「A000003A」が千鶴子未亡人に贈呈された。

発行開始以降の動向[編集]

発行後には、新券の珍しさもあって銀行の窓口に両替依頼が殺到したものの、一時的な流行を過ぎると、流通・使用は低調になった。2000年(平成12年)秋以降には、異例ながら日本銀行本支店の窓口で二千円紙幣への両替を受け付け(翌年12月まで)、大蔵省(現・財務省)や日本銀行の職員に現金給与を支給する際には二千円紙幣を含めるなど、二千円紙幣の流通量を増やすための努力も始められた。

2003年(平成15年)度以降は製造されておらず、2010年(平成22年)には、大量の二千円紙幣が日銀の金庫に保管されたままの状態になっている[8]

2004年(平成16年)に他の紙幣が刷新(E券の発行)されるのを機に普及することも期待されたが、それでも浸透するに至らなかった。流通のピークであった2004年(平成16年)頃には、流通枚数で五千円紙幣を上回るほどであったが、2007年(平成19年)の二千円紙幣流通枚数は約1億5千万枚で、既に発行されていない五百円紙幣(2億2千万枚)よりも少なかった[9]

2013年(平成25年)の流通枚数は約1億枚で、五千円紙幣の1/6以下にとどまっている。日本銀行は二千円紙幣の利便性を主張している[10]。なお、二千円紙幣にゆかりの深い沖縄県では、盛んに普及キャンペーンが行われたこと、本土復帰以前は20ドル札を含む米ドル紙幣が法定通貨であったこと[注 4] もあり、流通量は上昇傾向にあり、他都道府県に比較して多い。

2019年(平成31年)4月に、2024年(令和6年)発行予定の一万円五千円千円の新紙幣が発表されたが、二千円紙幣は流通枚数が少ないとの理由で刷新の対象にならなかった。

沖縄県観光振興課が更なる流通促進に本腰を入れており、県民の一人あたりが複数枚を所持して日常的に使用する・県外にも持参して積極的に使用するよう呼び掛けている。企業や団体に対しても二千円紙幣の利用可能なATMの設置を推奨したり、二千円紙幣使用者への特典やサービスを行う試みを促している[11]2019年(令和元年)10月首里城火災も相俟ってか、県内での流通枚数は増えている。

二千円紙幣には首里城守礼門が印刷されているが、首里城が2019年(令和元年)の火災で正殿等の多くの建物が全焼した(守礼門は城から離れた場所に建っているため無事だった)のを受け、2020年(令和2年)2月、沖縄県銀行協会は、琉球銀行を始めとした沖縄県を拠点とする6銀行で、二千円紙幣の流通額に応じてその0.1%を首里城再建に当てる寄付金制度を始めた。2021年(令和3年)まで受け付けている。

利用環境[編集]

自動販売機などにおいても、通常は千円紙幣のみ使用可能とする物が多い中、沖縄県では二千円紙幣の使用が可能となっている仕様の物が存在する[12]。また、自動券売機においては低額紙幣専用機種であっても、千円紙幣とならび二千円紙幣にも対応している機種が存在する(フジタカFK-CX・芝浦KB-160NNなど)。

二千円紙幣は2000年(平成12年)の発行開始以降継続して発行中の現行紙幣であるため、銀行等の金融機関では、二千円紙幣の在庫があれば窓口で出金・両替する際に入手することができる[13]

コンビニエンスストアに設置されている現金自動預け払い機 (ATM) 以外では、琉球銀行[14]沖縄銀行[15]沖縄海邦銀行[16] およびみちのく銀行横浜銀行のATMにおいて、二千円紙幣の出金を選択することができる(ただし、横浜銀行ATMでは、有人支店に設置しているATMが対象で、対象支払機は1台のみだったが、現在[いつ?]は全店舗出金しなくなったと思われる)。また、近畿大阪銀行および帯広信用金庫のATMでも同様の機能を設定していた時期がある。

ATM以外では支店によって異なるが三菱UFJ銀行三井住友銀行みずほ銀行静岡銀行常陽銀行筑波銀行足利銀行京都信用金庫などに設置されている両替機において二千円紙幣の出金を選択することができる(三菱UFJ銀行と三井住友銀行の新両替機は非対応でみずほ銀行の新両替機は一部支店が対応)。茨城県指定金融機関でもある常陽銀行では、茨城空港における那覇空港への定期航路の運航開始を受けて、沖縄旅行での二千円紙幣の使用を勧めており、沖縄県以外の本土の銀行では珍しく二千円紙幣の普及促進活動を行っている。

窓口両替では他にきらぼし銀行(旧・東京都民銀行及び旧・八千代銀行)の一部支店において両替可能。みなと銀行では支店によっては定期的に新券を補充している。

偽造防止技術[編集]

二千円紙幣には、それまでになかった偽造防止技術が多数採用されている。

深凹版印刷
凹版印刷刷版の凹部をさらに深くし、結果として券に転写されたインクを触って凹凸が分かるほどに盛り上げられている印刷である。おもて面の漢数字とアラビア数字による額面表示、「日本銀行」「日本銀行券」の文字、後述の「潜像模様」、等に用いられている。視覚障害者が触覚で容易に券種を識別できるよう、券の左右下端に配置された各券種固有のパターン(識別マーク、3つの点(点字の「に」))も、この技法で印刷されている。
潜像模様
深凹版印刷技術の応用であり、印刷されたインクの縞状凹凸により表現される模様。券を傾け入射角を大きくして見ると、より明瞭にその模様が目視できるもの。券の表面左下部に額面金額「2000」の文字として、また裏面に「NIPPON」の文字として印刷されている。
パールインク
見る角度によってピンク色の真珠様光沢を目視できるインクを用いた印刷。券の左右両端に配置されている。
ユーリオン
銀行券のデジタルデータ画像を、画像処理ソフトウェアやカラー複写機が検出しやすくするために描かれたシンボル。
光学的変化インク
表面右上にある額面金額は、券を見る角度によって紫色、青緑色等に色が変化して見える。

上記の技術のうち、光学的変化インク以外は、2004年(平成16年)発行のE券(千円券五千円券一万円券)にも採用されている。なお1993年(平成5年)12月1日のミニ改刷後のD券以降で採用されている特殊発光インキ(紫外線を照射すると蛍光を発するインク)は、印章については表側の「総裁之印」(オレンジ色発光)及び裏側の「発券局長」(赤色発光)に採用されている他、表面の地模様の一部も黄緑色に発光するようになっている。

裏面の詞書[編集]

当時の大蔵省印刷局の発表によれば、源氏物語絵巻の「鈴虫の巻」の詞書である。ただし、すべての文章が描かれているわけでなく、デザイン上の関係で詞書の上半分だけが描かれており、文章としては読めない。変体仮名が多用されているが、本則仮名で表記した表示部分は、以下の通りである。太字で表記した部分が二千円券裏面に描かれた部分である。原文には濁点がないが、以下の文には、便宜上踊り字と濁点を付けることとする[17]

すゞむし
十五夜のゆふくれに佛のおまへ
に宮おはしてはしちかくながめ
たまひつゝ念殊したまふわかき
あまきみたち二三人はなたてま
つるとてならすあかつきのおとみづ
のけはひなときこゆるさまかはりたる
いとなみにいそきあへるいとあわれな
るにれいのわたりたまひてむしのね
いとしげくみだるゝゆうべかな
とて我もしのびてうち誦んじ給へる。

普及しない現状とその理由[編集]

2000円紙幣5枚を出金するATM
帯広信用金庫2010年(平成22年)6月19日撮影、2012年(平成24年)8月をもって取扱いを廃止)

日本国外との比較[編集]

アメリカ合衆国の20米ドル紙幣などは、中額紙幣として流通量が多いことから、普及が期待された。しかし、二千円紙幣は流通量が非常に少ない紙幣となっている。この違いは現金の流通実態に原因があると考えられる。治安が良くない国では、現金は盗難や強盗で奪われてしまう恐れがあるため必要以上に持ち歩かない。さらに高額紙幣となると偽札を警戒して、相手に受け取ってもらえないという問題も重なる。そのため100米ドル紙幣のような高額紙幣は発行量こそ多いもののもっぱら蓄財などに使われ、日常生活で使用する機会が少ない紙幣である。そこで高額紙幣に次ぐ中額紙幣である20米ドル紙幣がよく流通しているというのが現状である。そのような国で中額紙幣で嵩張るような高額決済はクレジットカードデビットカード小切手を用いることが多く、よく制度が発達している傾向がある。

日本では二千円紙幣が普及しない理由について、数学者の西山豊は「東西における奇数偶数の文化の違いがあるのではないか」と考察している[18][19][20]結婚式祝儀は1万円、3万円、5万円と奇数になっている。2や4などの偶数は「2」で割り切れる、つまり「割れる」「別れる=分かれる(分裂)」という意味に通じるため、縁起の悪い数として避けられる。2万円にするなら1万円札1枚と5千円札2枚の合計3枚にする[21]。このような文化は欧米にない。欧米では20ドル紙幣(アメリカ合衆国)・20ポンド紙幣(イギリス)・20ユーロ紙幣などが普及しているが、50ドル紙幣・50ポンド紙幣・50ユーロ紙幣などは普及していない。奇数(odd number)は、odd socks(左右ちぐはぐの靴下)・odd hand(臨時雇い)として嫌われる。

中華民国台湾)にも2000紙幣・200元紙幣・20元硬貨があるがあまり流通していない。これに対して、中華人民共和国の20札、ベトナムの2千ドン札・2万ドン札・20万ドン札、フィリピンの20ペソ札、タイの20バーツ札は、広く一般的に流通している。

なお、沖縄県では例外的に二千円紙幣が広く使用されている。2020年(令和2年)7月時点で、二千円紙幣の流通量は全国で約9,700万枚だが、沖縄県では約700万枚出回っており、増加傾向にある[22] 。理由として、沖縄県庁と経済界が一丸となって二千円紙幣の流通促進を行った他、アメリカによる沖縄統治時代に、アメリカ合衆国の20米ドル紙幣を使い慣れていた歴史があるとの説もある[23]

ATM・自販機などの対応[編集]

鉄道駅飲食店の券売機など、支払い額が比較的高額になる自販機では使用できる場合が多いが、飲料等の自販機においては、機械自体は二千円紙幣に対応しているものの、ベンダー側で受け付けないように設定していることが多く、もっぱら使用できない。

一方で、ローソンATMイーネットでは、ATMの小型化によって、紙幣の収納スペースが少ないことと、二千円紙幣は千円紙幣の2倍の金額を格納でき、紙幣切れが起こりにくいなどの理由から二千円紙幣を格納し、優先的に出金していた(なお、千円紙幣も引き出される仕様となっているため、例えば8,000円を引き出した場合、二千円紙幣×4枚ではなく、二千円紙幣×3枚と千円紙幣×2枚という組み合わせで引き出される)。

しかし沖縄県以外では、2019年(平成31年/令和元年)現在、二千円紙幣を出金しない最新型のATMにほぼ全て取り換えられており、二千円紙幣を出金する旧型のATMは、ほぼ消滅している。日本国外では、日本以上に取扱量が少ないことから、二千円紙幣の両替を断る金融機関、両替商も一部で見受けられる。

鉄道の券売機の場合、入金は出来ても出金(釣銭使用)できないものが年々増加してきている。例えば都営地下鉄の2か国語対応の券売機は2000円の釣銭排出も可能だが、8か国語対応の新券売機は入金は可能だが出金が不可となっており、順次このタイプの券売機に置き換えられている。

記番号エラー紙幣[編集]

紙幣表面の左上と右下に印字されている記番号は同一である。しかし、二千円紙幣には印刷ミスにより左上の記番号の最初のアルファベットが「J」、右下のそれが「L」となっているエラー紙幣、通称「JL券」が存在する。それは数万枚製造され、発覚後すぐに回収がなされたが約9,000枚が未回収であり、うち約5,000枚が主に関西方面に出回ったとされる。通貨としては有効であるが、収集家の間では高値で取引されている。

参考文献[編集]

  • 植村峻『紙幣肖像の近現代史』吉川弘文館、2015年6月。ISBN 978-4-64-203845-4
  • 利光三津夫、 植村峻、田宮健三『カラー版 日本通貨図鑑』日本専門図書出版、2004年6月。ISBN 978-4-93-150707-4

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 第164回国会行政改革に関する特別委員会(2006年(平成18年)4月10日)にて、安次富修の「あくまでも記念紙幣ではなく一般紙幣ですから、広く流通させなければならない」とする指摘に対して、谷垣禎一財務大臣はこれを肯定する答弁をしている。
  2. ^ 第169回国会予算委員会第一分科会(2008年(平成20年)2月27日)にて、岸田文雄内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)が「私も財布に二千円札を入れております。これは一般札でありますので……(以下略)」と答弁している。
  3. ^ 1999年(平成11年)12月7日衆議院予算委員会における宮澤喜一大蔵大臣答弁による。
  4. ^ さらに返還後も米軍人が多く駐留しなおも米ドルが使用可能な商店が多い。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 2000年(平成12年)4月26日大蔵省告示第117号「平成十二年七月十九日から発行する日本銀行券二千円の様式を定める件
  2. ^ 鈴木和三郎『日本の現行貨幣 収集の手引き』内外貨幣研究会、2011年11月、72頁。
  3. ^ 2000円札と2のつくお札 - 国立印刷局
  4. ^ 視覚障がい者の暮らし--お金の見分け方編【FTCJフィリピン盲学校支援事業】 - YouTube2017年(平成29年)2月10日
  5. ^ 識別マーク(凹版印刷)
  6. ^ お札識別アプリ「言う吉くん」
  7. ^ SUNTORY SATURDAY WAITING BAR2000年1月1日の放送内容、AVANTI(インターネットアーカイブのキャッシュ)
  8. ^ 発行から10年、二千円札は? 製造中止、日銀に山積み [リンク切れ] - 47NEWS 2012年(平成24年)1月30日閲覧
  9. ^ [1] [リンク切れ] - 東京新聞2008年(平成20年)1月14日確認
  10. ^ 二千円券の流通促進に向けて(日本銀行)- 2020年令和2年)10月20日閲覧
  11. ^ 知ろう!使おう!二千円札! [リンク切れ] - 沖縄県観光振興課HP 2020年(令和2年)10月20日閲覧
  12. ^ 日本銀行那覇支店公式サイト より
  13. ^ 今では「二千円札」をすっかり見かけない背景 | 国内経済” (日本語). 東洋経済オンライン (2019年11月24日). 2020年10月20日閲覧。
  14. ^ 二千円札普及促進(琉球銀行) [リンク切れ]
  15. ^ 県内全店で2千円札対応ATMがご利用できます [リンク切れ] - 沖縄銀行 2006年(平成18年)4月6日(2020年令和2年)10月20日閲覧)
  16. ^ 九州・沖縄の都銀・地銀で初!! ATMによる2千円券出金開始 [リンク切れ] - 沖縄海邦銀行 2001年(平成13年)2月20日(2011年(平成23年)8月12日閲覧)
  17. ^ 日本銀行公式サイト (PDF, 264 KB) より
  18. ^ 西山豊二千円札が流通しない理由 (PDF) 」 『数学セミナー』第47巻第5号、2008年5月、 35 - 39頁、 NAID 400159854322020年10月20日閲覧。 [リンク切れ]
  19. ^ Yutaka Nishiyama, Why Y2000 notes are unpopular, International Journal of Pure and Applied Mathematics Volume 85 No. 6 2013, 993 - 1000 [2] (PDF, 112 KB)
  20. ^ 「2000円札にも温度差、米軍占領下で偶数通貨になじみ」 - 東京新聞2016年(平成28年)5月22日 [3]
  21. ^ Wedding Park, 3分でわかる!イラスト付き「結婚ご祝儀袋」選び方・書き方・マナー・金額相場徹底ガイド [4]
  22. ^ 二千円札発行高推移等 (PDF, 356 KB)
  23. ^ 財務相に聞いた「二千円札」の今後. ニコニコニュース.. (2013年4月7日). オリジナルの2013年4月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130410023420/http://news.nicovideo.jp/watch/nw574313 2020年10月20日閲覧。 

外部リンク[編集]