改造紙幣

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改造紙幣(十円券)の見本、国立公文書館所蔵。
政府紙幣(一円券) 1878年明治11年)

改造紙幣(かいぞうしへい)とは、大日本帝国政府が発行した紙幣。損傷しやすく、偽造も多発した明治通宝紙幣と交換するため、1881年(明治14年)2月から発行され、1899年(明治32年)に廃止されるまで用いられた。

特徴[編集]

紙幣の図案は、イタリア人のエドアルド・キヨッソーネに委嘱され、偽札を防ぐため、印刷局の最高の技術を駆使して制作された。一円以上の券の肖像は神功皇后となっているが、創作したものであり、外国人女性風となっている。わが国最初の肖像画入り紙幣でもある。また、五円以上の券には偽造防止を目的として本格的な透かしが導入されたが、これはこの紙幣が初めてであり、のちに発行される日本銀行兌換銀券にも引き継がれている。

題号(表題)は「大日本帝国政府紙幣」である。

偽造罰則文言は「此紙幣ヲ贋造シ或ハ贋造ト知テ通用スル者ハ國法ニ處スベシ」(現代語訳:この紙幣を偽造し、あるいは偽造と知って使用する者は法律により処罰される)と書かれている。

額面金額は漢数字のみで表記されており、アラビア数字による額面表記はなく、表面中央に大きく書かれている額面金額の上には小さな「金」の文字が表記されている。

五十銭券と二十銭券の図案は、後に発行された大正小額政府紙幣に流用され、この大正小額政府紙幣では二十銭券の図案を元にして十銭券の図案が作られている。

全体的に現存数が少ないため、現在の古銭市場ではその中で最も古銭的価値の低い二十銭券でも数千円以上、それ以外の券は数万円から数十万円以上と高値で取引されている。

十円(拾圓)券[編集]

  • 題号: 大日本帝國政府紙幣
  • 表面: 神功皇后菊花紋章、偽造罰則文言、記番号、製造年
  • 裏面: 「大日本」「大蔵省」「拾圓」の文字
  • 印章: 〈表面〉大蔵卿印、記録局長印(割印) 〈裏面〉出納局長印
  • 銘板: 大日本帝國政府大藏省印刷局製造
  • 記番号色: 赤色(記号)および緑色(番号)
  • 製造期間: 1882年(明治15年) - 1884年(明治17年)[1]
  • 製造枚数: 3,661,140枚[1]
  • 発行: 1883年(明治16年)9月9日
  • 廃止: 1899年(明治32年)12月31日
  • 寸法: 縦93mm、横165mm

肖像の上下には桜花、肖像を取り囲む輪郭枠内には桜花と桐紋、表面中央の菊花紋章の周囲には右側に、左側に、下側に勲章菊花章があしらわれている。記番号は漢数字であり、通し番号は5桁である。透かしは「拾圓」の文字と唐草模様である。

五円(五圓)券[編集]

  • 題号: 大日本帝國政府紙幣
  • 表面: 神功皇后菊花紋章、偽造罰則文言、記番号、製造年
  • 裏面: 「大日本帝国政府紙幣」「金五圓」の文字
  • 印章: 〈表面〉大蔵卿印、記録局長印(割印) 〈裏面〉出納局長印
  • 銘板: 大日本帝國政府大藏省印刷局製造
  • 記番号色: 赤色(記号)および緑色(番号)
  • 製造期間: 1881年(明治14年) - 1884年(明治17年)[1]
  • 製造枚数: 6,850,140枚[1]
  • 発行: 1882年(明治15年)7月
  • 廃止: 1899年(明治32年)12月31日
  • 寸法: 縦83mm、横146mm

表面中央の菊花紋章の周囲には右側に、左側に、下側に勲章菊花章があしらわれている。記番号は漢数字であり、通し番号は5桁である。透かし蜻蛉桜花の図柄である。

一円(壹圓)券[編集]

  • 題号: 大日本帝國政府紙幣
  • 表面: 神功皇后菊花紋章、偽造罰則文言、記番号、製造年
  • 裏面: 「大蔵省」の文字
  • 印章: 〈表面〉大蔵卿印、記録局長印(割印) 〈裏面〉出納局長印
  • 銘板: 大日本帝國政府大藏省紙幣局製造
  • 記番号色: 赤色(記号)および緑色(番号)
  • 製造期間: 1879年(明治12年) - 1881年(明治14年)[1]
  • 製造枚数: 45,642,290枚[1]
  • 発行: 1881年(明治14年)2月
  • 廃止: 1899年(明治32年)12月31日
  • 寸法: 縦77mm、横131mm

肖像の上部には菊花が、表面中央の菊花紋章の周囲には右側に、左側に、下側に勲章菊花章があしらわれている。裏面左右には蜻蛉の図柄が配されている。記番号は漢数字であり、通し番号は5桁である。透かしは入っていない。

五十銭(五拾錢)券[編集]

  • 題号: 大日本帝國政府紙幣
  • 表面: 菊花紋章、製造年
  • 裏面: 「五十錢」の文字、偽造罰則文言、記番号
  • 印章: 〈表面〉大蔵卿印 〈裏面〉出納局長印、記録局長印(割印)
  • 銘板: 大日本帝國政府大藏省印刷局製造
  • 記番号色: 赤色(記号)および緑色(番号)
  • 製造期間: 1881年(明治14年) - 1885年(明治18年)[1]
  • 製造枚数: 22,162,143枚[1]
  • 発行: 1882年(明治15年)2月
  • 廃止: 1899年(明治32年)12月31日
  • 寸法: 縦65mm、横101mm

表面中央の菊花紋章の周囲には右側に、左側に、下側に勲章菊花章があしらわれている。記番号は漢数字で裏面に印刷されており、通し番号は6桁である。肖像はなく、表面に大蔵卿印があることから、通称は「大蔵卿50銭」である。透かしは入っていない。

二十銭(貳拾錢)券[編集]

  • 題号: 大日本帝國政府紙幣
  • 表面: 菊花紋章、製造年
  • 裏面: 「貳拾錢」の文字、偽造罰則文言、記番号
  • 印章: 〈表面〉大蔵卿印 〈裏面〉出納局長印、記録局長印(割印)
  • 銘板: 大日本帝國政府大藏省印刷局製造
  • 記番号色: 赤色(記号)および緑色(番号)
  • 製造期間: 1881年(明治14年) - 1885年(明治18年)[1]
  • 製造枚数: 24,880,058枚[1]
  • 発行: 1882年(明治15年)12月
  • 廃止: 1899年(明治32年)12月31日
  • 寸法: 縦59mm、横93mm

表面中央の菊花紋章の周囲には右側に、左側に、下側に勲章菊花章があしらわれている。記番号は漢数字で裏面に印刷されており、通し番号は6桁である。肖像はなく、表面に大蔵卿印があることから、通称は「大蔵卿20銭」である。透かしは入っていない。

廃止[編集]

日本銀行の設立により1885年(明治18年)から日本銀行券(日本銀行兌換銀券)が発行開始されたことを受け、紙幣整理の政策の一環として1898年(明治31年)6月11日に公布された「政府発行紙幣通用廃止に関する法律[注 1]」等に基づき、1899年(明治32年)12月31日をもって改造紙幣および明治通宝の法的通用が禁止され廃止となった。なお、同日には国立銀行紙幣も通用停止となっており、これらにより日本国内で流通する紙幣は日本銀行券へ一元化された。

帝国議会の協賛を経たる政府発行紙幣通用廃止に関する法律を裁可し茲に之を交付せしむ。

 御名御璽

明治31年6月11日

  内閣総理大臣 侯爵 伊藤博文

  大蔵大臣   伯爵 井上馨

法律第6号

政府発行の紙幣は明治32年12月31日限り其の通用を廃止す。

参考文献[編集]

  • 植村峻『紙幣肖像の近現代史』吉川弘文館、2015年6月。ISBN 978-4-64-203845-4

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 明治31年6月11日法律第6号

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 大蔵省印刷局『日本のお金 近代通貨ハンドブック』大蔵省印刷局、1994年6月、242-255頁。ISBN 9784173121601

関連項目[編集]