変体仮名

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変体仮名
へんたいがな
Hiragana RO 01.png
類型: 音節文字
言語: 日本語琉球語
時期: 〜800年
親の文字体系:
漢字
姉妹の文字体系: 平仮名
Unicode範囲: U+1B001-U+1B0FF
U+1B100-U+1B11E
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変体仮名(へんたいがな)は、平仮名字体のうち、1900年(明治33年)の小学校令施行規則改正以降の学校教育で用いられていないものの総称である。平仮名の字体の統一が進んだ結果、現在の日本では変体仮名はあまり使用されなくなったが、看板書道、地名、人名など限定的な場面では使われている[1]異体仮名(いたいがな)とも呼ばれる[2]。また、ケンペル日本誌では、大和仮名(やまとがな)とも表記されている[3]

変体仮名に対し、現在使われている字体を「現用字体」と呼ぶ。また、変体仮名の使い分け(現用字体を含む)のことも「変体仮名」と呼ぶことがある[4]

概要[編集]

現在変体仮名と呼ばれている文字は、現在の平仮名にとっての異体字として扱われる。平仮名万葉仮名から派生した音節文字であり、その読みは字母(その仮名の元となった漢字)の字音あるいは字訓が、字体草書体をさらに崩したものがもとになっている。変体仮名という呼び名は、近代に入って平仮名の字体の統一が進む中でつけられたもので、元来、平仮名・変体仮名という区別はなく、近世までの平仮名使用者は様々な種類の平仮名を同時に用いて使いこなしていたのである。よって紀貫之の『土佐日記』、清少納言の『枕草子』、紫式部の『源氏物語』のような平仮名文学、あるいは草紙のような出版物、また手紙や個人の手記などについても、明治時代までは平仮名によって書かれた文章は多くが、今でいう変体仮名で書かれている。

ただし、標準的な字体とそれ以外の字体の区別は近代以前からすでにあり、平仮名の50音図を書く場合などは、ほとんどに、のちの現用字体が使われていた。

用法[編集]

現在では、「イ」に当たる平仮名として「い」(「以」に由来)の字ただひとつをもっぱら用いるのに対し、古い仮名文章においては「イ」の平仮名を書くのに「𛀆」(「以」に由来する字)、「𛀇」(「伊」に由来する字)、「𛀈」(「意」に由来する字)、「𛀉」(「移」に由来する字)などと様々な字体(時としては由来の漢字は同じでありながら形の異なるものも)を使い分けていた。ひとつの音韻に対する平仮名の字体の中には、字母が異なるものと、字母は同じだが崩し方が異なるものの2種類がある。これらは著者や時代によって異なるほかに、ひとつの文章のなかで混用されることもあった。特に、平安時代末期の装飾写本西本願寺本三十六人家集のように美的効果が重視された作品では、単調さを嫌うかのように多くの字体が用いられる傾向が強い[5]

具体的には、以下のような用法があった[4]

  • 特定の語を特定の字体で表す。たとえば、「今日」を「けふ」ではなく「𛀳ふ」と書く(「け」の代わりに「介」由来の変体仮名を使う)。
  • 語頭、語中・語尾、助詞等の使い分け。たとえば、語頭では「か(加)」、語中・語尾では「𛀙(可)」が多く使われた。語頭の「𛁈(志)」と語中・語尾の「𛁅(之)」も同様である。「は」に関しては、語頭の「𛂦(者)」と語中・語尾の「𛂡(波)」に加え、助詞の場合は「𛂞[6](八)」が使われた。
  • 同音が続く場合に、字体を使い分ける(隣接回避)。
  • 中世以降には音価による使い分けもなされた。たとえば、「ち(知)」の濁音)には「𛁣(地)」が、「ゆ(由)」の拗音(ゅ)には「𛃥(現用字体と同じく由)」使われた。「つ」は通常(濁音を含む)は「つ(川)」や「𛁭(徒)」だが、促音(っ)には「𛁪(現用字体と同じく川)」が使われた。なお近代以前は、このような音価の違いを濁点捨て仮名で区別するのは希だった。

片仮名もはじめは異体字をいくつかもって生れたが、平安中期には1種類へと統合する傾向が強まり、早い段階で今とほとんど同じような一母一字に整った(ンとㄥ(片仮名のムから右下の点を除いた字形)は鎌倉時代まで[7]、ヰと井、ネと子は明治33年まで両立していた)。対して平仮名は、初期に一度簡略化へと進んだにもかかわらず、その極地に至るとまた複雑化の傾向へと進み、そうして平安時代に成った後は、明治時代になって人為的権力的に統一を促すまで、片仮名にあったような統一化の傾向はほとんど見られなかった。平仮名の体系は、このような異体字を持つ文字体系として、平安時代が終わる12世紀にほぼ完成していたとされる。鎌倉時代以降の書では、著者ごとの書風や癖のような字形の違いはあっても、字体や字母には大きな変化が見られず、一貫して平安時代のものが平仮名の手本とされてきた[8]。平仮名において複数の字体が併用されつづけた理由は、ひとつには美術作品としての表現手法、もうひとつには単純過ぎて判別が困難だった初期の平仮名を改良した結果だと考えられている[9]

衰退[編集]

明治19年刊『現今児童重宝記 : 開化実益』より。

明治時代、小学校が設置された当初は、仮名の字体は複数教えられていた。たとえば、1884年(明治17年)に文部省が編集した教科書『読方入門』では、字体が1つとされた字は8字にすぎない[10]。当時作られた教練教科書所収の「軍人勅諭」には多数の変体仮名がちりばめられている[要出典]

しかし、1887年(明治20年)ごろ以降には、活版印刷の登場により、変体仮名は徐々に使われなくなってきた[4]

1900年(明治33年)、帝国教育会国語改良部が「同音ノ仮名ニ数種アルヲ各一様ニ限ルコト(即チ変体仮名ヲ廃スルコト)」を議決し、これを受け同年中の小学校令改正を受けた小学校施行規則において、小学校で教えられる仮名の字体が一字体に統一された。このときは、あ行の「いえお」とわ行の「ゐゑを」の区別も変体仮名として廃止され、あ行の「いえを」だけが残された(片仮名も同様)。それ以降は、一部の書道教育を除いて、一つの音韻に対しては一つの字のみが教えられることとなった。

なお少なくともこのときまでには「変体仮名」という語が存在したことがわかるが、「変体」と呼ぶ語法自体は右図でわかるようにそれ以前からあった。

1908年(明治41年)には、文部省訓令第10号「小学校令施行規則中教授用仮名及び字体、字音仮名遣並びに漢字に関する規定削除の趣旨」により1900年の規則は撤回され、26の異体字が復活したものの、最終的にはすべて1922年(大正11年)に廃止された[11]

現代での用途[編集]

群馬県四万温泉の蕎麦屋の看板。「生そば」「なが井」に変体仮名が用いられている。

第二次世界大戦前までは日記、書簡など日常の筆記で変体仮名はしばしば使用されていた。例えば夏目漱石の自筆原稿にも多数の変体仮名を見ることが出来る。活字の母型にも存在し、戦前の活字見本帳には多数の変体仮名活字を見ることができる。戦後の例では、川端康成1969年の自筆原稿に変体仮名の「な」が使われている。『言海』『大言海』には、「し」で始まる見出しに「𛁈」(志の変体仮名)が使用されている。

変体仮名は人名にも広く用いられていたが、1948年(昭和23年)の戸籍法施行によって変体仮名が戸籍上の人名に使えなくなったことと、また統一された字体による新聞・雑誌の普及とともに活字体への慣れが進んだことから、変体仮名が使用されることは少なくなった[12]。ただし、変体仮名で付けられた存命者はいまだに多いため、新聞などでも使用されることがある。

現在でも、変体仮名はそばやなどの昔からの店舗で使用されることが多いほか、書道のかな作品や商標などでよく利用されている[1] [13]。また、地名表記のなかに残されている地域もあり、公文書で記載されることもある。これらのこともあり、2017年にはUnicodeに変体仮名が採用され電子機器上でも使用できるようになった(後述)。

変体仮名の現代における使用例[編集]

電子機器上での扱い[編集]

JIS X 0208には変体仮名は収録されておらず、文字コードも割り振られていないため長いことコンピュータでは変体仮名を一般的には使用出来ない状態が続いていた。そのため変体仮名を利用する人名などには手書きなどや特別な外字を利用して表記するようなことを行う必要があった。

一方で特別な環境で表記できるようにするために、住民基本台帳収録変体仮名として行政で使用されている文字があり、これらはTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8321〜846A)[14]。また、その他の変体仮名についても同様にTRONコードに収録されている(9面Bゾーン8521〜8D7E)。また、今昔文字鏡フォントは213の変体仮名を収録している。

Unicodeへの採用[編集]

JIS X 0208やJIS X 0212には含まれていなかったことから、既存の文字コードにある文字を採用する目的であった当初のUnicode には採用されなかった。

JIS X 0213では変体仮名を含んで欲しいという要望があったものの、文字の同定の問題などがあり採用されなかった[15]

2009年にオランダのJeroen Ruigrok van der WervenがUnicodeに変体仮名の収録の提案を行った[16]

2010年のUnicode 6.0では「Kana Supplement」のスクリプトに「𛀀[17]」(U+1B000)と「𛀁[18]」(U+1B001)が追加された。

2012年から情報処理推進機構が標準化の検討を始め。2013年からは国立国語研究所も共同で検討を行い、行政で必要とされる文字として戸籍統一文字168文字と、学術情報交換で必要とされる文字を合わせた合計299文字の提案を行った[19]

上記を基にUnicodeでは検討が加えられ、最終的に読みが別でも変体仮名の字形が同一であるものは同じ符号位置として統合し、2015年に286の文字が登録申請された[20]

その後、2016年9月にコード範囲をU+1B002-1B0FF (Kana Supplementの残りの部分) とU+1B100-1B11E (Kana Extended-Aとして追加) の二部に収録することとなり[21]、U+1B001の文字を統合する規定として。上記を除いた285文字が2017年6月、Unicode 10.0.0に変体仮名として登録された。

これにより、U+1B001〜U+1B11Eの286文字が変体仮名としてUnicodeで使用可能となった。

ただし、依然としてWa-wu.jpgわ行う)は表示できない他、上述の片仮名ンなどの片仮名の変体仮名など表示できない文字は残っている。

表示可能なフォント[編集]

Unicodeの変体仮名が表示可能なフォントは2017年6月現在、下記のフォントがある。


変体仮名の一覧[編集]

あ行 𛀂𛀃𛀄𛀅 𛀆𛀇𛀈𛀉 𛀊𛀋𛀌𛀍𛀎 𛀏𛀐𛀑𛀒𛀓𛀁 𛀔𛀕𛀖
か行 𛀘𛀙𛀚𛀛𛀜𛀝𛀞𛀟𛀠𛀡𛀢 𛀣𛀤𛀥𛀦𛀧𛀨𛀩𛀪𛀻 𛀫𛀬𛀭𛀮𛀯𛀰𛀱 𛀲𛀳𛀴𛀵𛀶𛀷𛀢 𛀸𛀹𛀺𛀻𛂘
さ行 𛀼𛀽𛀾𛀿𛁀𛁁𛁂𛁃 𛁄𛁅𛁆𛁇𛁈𛁉 𛁊𛁋𛁌𛁍𛁎𛁏𛁐𛁑 𛁒𛁓𛁔𛁕𛁖 𛁗𛁘𛁙𛁚𛁛𛁜𛁝
た行 𛁞𛁟𛁠𛁡 𛁢𛁣𛁤𛁥𛁦𛁧𛁨 𛁩𛁪𛁫𛁬𛁭 𛁮𛁯𛁰𛁱𛁲𛁳𛁴𛁵𛁶 𛁷𛁸𛁹𛁺𛁻𛁼𛁽𛁭
な行 𛁾𛁿𛂀𛂁𛂂𛂃𛂄𛂅𛂆 𛂇𛂈𛂉𛂊𛂋𛂌𛂍𛂎 𛂏𛂐𛂑 𛂒𛂓𛂔𛂕𛂖𛂗𛂘 𛂙𛂚𛂛𛂜𛂝
は行 𛂞𛂟𛂠𛂡𛂢𛂣𛂤𛂥𛂦𛂧𛂨 𛂩𛂪𛂫𛂬𛂭𛂮𛂯 𛂰𛂱𛂲 𛂳𛂴𛂵𛂶𛂷𛂸𛂹 𛂺𛂻𛂼𛂽𛂾𛂿𛃀𛃁
ま行 𛃂𛃃𛃄𛃅𛃆𛃇𛃈𛃖 𛃉𛃊𛃋𛃌𛃍𛃎𛃏 𛃐𛃑𛃒𛃓𛄝𛄞 𛃔𛃕𛃖 𛃗𛃘𛃙𛃚𛃛𛃜𛄝𛄞
や行 𛃝𛃞𛃟𛃠𛃡𛃢 𛀆 𛀆 𛃣𛃤𛃥𛃦 𛀁 𛀁 𛃧𛃨𛃩𛃪𛃫𛃬𛃢
ら行 𛃭𛃮𛃯𛃰𛁽 𛃱𛃲𛃳𛃴𛃵𛃶𛃷 𛃸𛃹𛃺𛃻𛃼𛃽 𛃾𛃿𛄀𛄁 𛄂𛄃𛄄𛄅𛄆𛄇
わ行 𛄈𛄉𛄊𛄋𛄌 𛄍𛄎𛄏𛄐𛄑 Wa-wu.jpg わ行う 𛄒𛄓𛄔𛄕 𛄖𛄗𛄘𛄚𛄛𛄜𛀅
𛄝𛄞
  • 上記の他に濁点半濁点がついた変体仮名も存在する[13]
  • 崩し方の程度に通則はないので、同じ字母でも字形には種々のパターンが存在する。

変体仮名の実例[編集]

以下に高野切から取り出した変体仮名の例を挙げる。

上の変体仮名の元とした高野切

脚注と参考文献[編集]

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  1. ^ a b #築島1981、pp.352-353。
  2. ^ 笹原宏之 横山詔 エリク・ロング 『現代日本の異体字』 三省堂、2003年、pp.35-36。ISBN 4-385-36112-6
  3. ^ 日本の仮名一覧表(平仮名,片仮名,大和仮名)/(Alphabeta Japonum.)日文研データベース 2016年10月1日閲覧。
  4. ^ a b c 変体仮名のこれまでとこれから 情報交換のための標準化
  5. ^ #築島1981、p.157。
  6. ^ 片仮名の「ハ」に似るが、あくまで平仮名の異字体であり、「片仮名が使われた」という意味ではない
  7. ^ 國語史: 文字篇 山田孝雄 1937年 P.250
  8. ^ #築島1981、p.189。
  9. ^ #築島1981、p.157, pp.256-257, pp.150-190。
  10. ^ #武部1979、p.246。
  11. ^ 神谷智「<研究ノート>「くずし字」教育と高等諸学校 : 名古屋高等商業学校の事例を中心として」、『名古屋大学史紀要』第8巻、名古屋大学史編集室、2000年3月、 27-49頁、 ISSN 0915-5848。
  12. ^ #築島1981、p.353。
  13. ^ a b 変体仮名” (日本語). Yoshio Yoshida (2009年). 2016年11月23日閲覧。
  14. ^ 2006年10月27日付で収録。TRON文字収録センターの文字セット改定のお知らせ参照。
  15. ^ JIS X 0213:2000解説
  16. ^ A proposal for encoding the hentaigana characters
  17. ^ KATAKANA LETTER ARCHAIC E
  18. ^ HIRAGANA LETTER ARCHAIC YE
  19. ^ 変体仮名標準化へ向けての考え方
  20. ^ 登録申請文
  21. ^ [1]
  • 築島裕 『仮名』 中央公論社〈日本語の世界 5〉、1981年ISBN 9784124017250
  • 武部良明 『日本語の表記』 角川書店、1979年12月。

関連書[編集]

  • 吉田豊 『江戸のマスコミ「かわら版」-「寺子屋方式」で原文から読んでみる』 光文社、2003年6月。ISBN 978-4-334-03203-6
  • 片塩二朗 『秀英体研究』 朗文堂制作室 編、大日本印刷、2004年12月。
  • 『変体仮名速習帳』 兼築信行 編、早稲田大学文学部(トランスアート発売)、2003年3月。ISBN 978-4-924956-96-4
  • 中田易直 『用例かな大字典』 柏書房、1977年 古典資料でのかなの字体を網羅的に掲載した字典。普及版として、中田易直 ほか 『かな用例字典』 柏書房、1994年4月。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]