与那国方言
与那国語 与那国方言 | ||||
---|---|---|---|---|
与那国物言/ドゥナンムヌイ | ||||
話される国 | 日本 | |||
地域 | 与那国島 | |||
話者数 | 800人 (2004年) | |||
言語系統 | ||||
言語コード | ||||
ISO 639-3 |
yoi | |||
Glottolog |
yona1241 [1] | |||
消滅危険度評価 | ||||
Severely endangered (UNESCO) | ||||
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与那国方言(よなぐにほうげん)または与那国語(よなぐにご)は、琉球語(琉球方言)のうち、沖縄県与那国島で話されている方言(言語)である。地元ではドゥナンムヌイと呼ばれる。国立国語研究所の推計によれば、話者は2010年の時点で393人。当地の住民でも50歳半ばを境に話せる者は稀になり、年少者は話せず理解することもできない。2009年2月にユネスコにより消滅危機言語の「重大な危険」(severely endangered)と分類された[2][3][注 1]。
音韻[編集]
音韻体系[編集]
- 母音音素/i, a, u/
- 半母音音素/j, w/
- 子音音素/h, kʔ, k, g, ŋ, tʔ, t, d, n, c, s, z, r, p, b, m/
- 拍音素/N/
与那国方言はa、i、uの3母音体系で、日本語と同系の諸言語の中で最も母音数が少ない。そのためそれぞれの具体的音声にはかなりのゆれがある。母音/i/は、[i]~[e]の広がりを持った音であり、[ji]、[ʔi]の異音を持つ。また強調するときには[sagei](酒だよ!)のように[ei]とも発音される[4][5]。母音/u/も、[u]~[o]のゆれがあり、[ʔu]、[wu]の異音を持つ。助詞[duː](よ)などでは[dɔu]のように広く[ɔu]と発音される[5][4]。
母音の長短は弁別的でないとされるが、助詞などが付かない1モーラの語は基本的に長母音化する。[6]従って、[naː](名)、[kiː](木)のようになる。
半母音音素のうち、/j/は語頭に立つことができないが、全ての子音と結びつくことができる[5]。/w/は、/ŋ, m, c, r/以外の全ての子音と結びつくことができる[5]。
子音では軟口蓋破裂音と歯茎破裂音に、有気音(k, t)と無気喉頭化音(kʔ, tʔ)との区別があるのが大きな特徴である。北琉球方言でも区別があるが、宮古方言・八重山方言では認められない。またこの区別は、与那国方言では語頭のみに認められ、語中ではほとんど無気喉頭化音として実現する(よって本項以下の記述では語中のʔは省略して表記する)[7]。/c/および/p/も音声的には無気喉頭化音だが、対応する有気音は欠けており弁別的特徴ではない[5]。
有声の軟口蓋音は、鼻音の/ŋ/が破裂音/g/と対立している。ŋは琉球語のなかでは与那国方言と奄美の喜界島にしか認められない。また/z/は語例が極めて少なく、語頭において/za/、/zja/として現れるのみで語中・語尾では現れない[5]。
拍音素には/N/(撥音)があり、/Q/(促音)は与那国方言に認められない。/N/の音声は、後続の子音に応じて[m, n, ŋ]として現れる。(例)[mmi](爪)、[nta](土)、[ŋkadi](百足)[8]
以下は与那国方言に現れる拍の一覧。//に囲まれた部分は音素表記、[]に囲まれた部分は具体的音声である。
/i/ | /a/ | /u/ | /ja/ | /ju/ | /wa/ | |
---|---|---|---|---|---|---|
/Ø/ | /i/ [ʔi] [ji] |
/a/ [ʔa] |
/u/ [ʔu] [wu] |
/ja/ [ja] |
/ju/ [ju] |
/wa/ [wa] |
/h/ | /hi/ [çi] |
/ha/ [ha] |
/hu/ [ɸu] |
/hja/ [ça] |
/hju/ [çu] |
/hwa/ [ɸa] |
/kʔ/ | /kʔi/ [kʔi] |
/kʔa/ [kʔa] |
/kʔu/ [kʔu] |
/kʔja/ [kʔja] |
/kʔwa/ [kʔwa] | |
/k/ | /ki/ [ki] |
/ka/ [ka] |
/ku/ [ku] |
/kja/ [kja] |
/kju/ [kju] |
/kwa/ [kwa] |
/g/ | /gi/ [gi] |
/ga/ [ga] |
/gu/ [gu] |
/gja/ [gja] |
/gwa/ [gwa] | |
/ŋ/ | /ŋi/ [ŋi] |
/ŋa/ [ŋa] |
/ŋu/ [ŋu] |
/ŋja/ [ŋja] |
||
/tʔ/ | /tʔi/ [tʔi] |
/tʔa/ [tʔa] |
/tʔu/ [tʔu] |
/tʔja/ [tʔja] |
/tʔju/ [tʔju] |
/tʔwa/ /tʔwa/ |
/t/ | /ti/ [ti] |
/ta/ [ta] |
/tu/ [tu] |
/tja/ [tja] |
/tju/ [tju] |
/twa/ [twa] |
/d/ | /di/ [di] |
/da/ [da] |
/du/ [du] |
/dja/ [dja] |
/dwa/ [dwa] | |
/c/ | /ci/ [ʧʔi] |
/ca/ [tsʔa] |
/cu/ [tsʔu] |
/cja/ [ʧʔa] |
||
/s/ | /si/ [ʃi] |
/sa/ [sa] |
/su/ [su] |
/sja/ [ʃa] |
/sju/ [ʃu] |
/swa/ [swa] |
/z/ | /za/ [dza] |
/zja/ [dʒa] |
||||
/r/ | /ri/ [ɾi] |
/ra/ [ɾa] |
/ru/ [ɾu] |
/rja/ [ɾja] |
||
/n/ | /ni/ [ni] |
/na/ [na] |
/nu/ [nu] |
/nja/ [ɲa] |
/nwa/ [nwa] | |
/p/ | /pi/ [pʔi] |
/pa/ [pʔa] |
/pu/ [pʔu] |
/pja/ [pʔja] |
/pwa/ [pʔwa] | |
/b/ | /bi/ [bi] |
/ba/ [ba] |
/bu/ [bu] |
/bja/ [bja] |
/bju/ [bju] |
/bwa/ [bwa] |
/m/ | /mi/ [mi] |
/ma/ [ma] |
/mu/ [mu] |
/mja/ [mja] |
||
拍音素 | /N/ [n, m, ŋ, ɴ] |
日本語との対応[編集]
与那国方言では、日本語(本土方言)のeがiに、oがuになっている。ただしス、ツ、ズに対しては、与那国方言では/i/が対応する。
日本語 | ア | イ | ウ | エ | オ |
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与那国方言 | /a/ | /i/ | /u/ | /i/ | /u/ |
日本語 | 与那国方言 |
---|---|
k(語中) | g |
g(語中) | ŋ |
j(語頭) | d |
w | b |
z | d |
与那国方言では、語中のカ行子音が濁音化し/g/となる。ただしキは/ti/が対応する。(例)[agiruɴ](開ける)、[iti](息)。一方、本来のガ行子音は鼻音/ŋ/となる。(例)[aŋaruɴ](上がる)。ただしギは/gi/または/di/となる[5][10]。またヤ行子音は与那国方言では主に語頭で/d/が対応している。語中ではjのものもある。(例)[damuɴ](病む)、[uja](親)。南琉球方言に共通する特徴として、ワ行子音は/b/が対応する。(例)[bagaɴ](若い)、[buɴ](居る/をる)。サ行では、日本語のサ・セ・ソは/sa/、/si/、/su/となるが、シ・スは/ci/となる[11]。ザ行子音は/d/となる[5]。(例)[adi](味)、[kidi](傷)。タ行では、日本語のタ・テ・トは/ta/、/ti/、/tu/だがチ・ツは/ci/となる[11]。ハ行子音は/h/となっており、pをとどめている宮古・八重山方言とは異なっている。ただしヒは/ci/となっている。以上のように与那国方言では、日本語のイ段音は子音を変化させている例が多い。ナ行およびマ行では、ナ:/na/、二・ネ:/ni/、ヌ・ノ:/nu/、マ:/ma/、ミ・メ:/mi/、ム・モ:/mu/と対応している[11]。ラ行子音は/r/となるが、リの場合はrが脱落しiとなる[11]。また日本語のロ/ro/に/du/が対応することもある[12]。
与那国方言の無気喉頭化音/kʔ/は、語頭のkik・cuk・huk・hok・hikなどの音声環境において、第1拍が無声化の末に脱落し、その代償として第2拍のkに無気喉頭化という特徴が加わったものである。/tʔ/も同様に、sit・hit・hut・kuc、あるいはkiki・cuki・cuti・cikiという音声環境で現れる[5][13]。(例)[kʔuɴ](聞く)、[kʔuruɴ](作る)、[kʔuriruɴ](ふくれる)、[kʔuɴ](埃)、[kʔuɴ](弾く)、[tʔaː](舌)、[tʔuː](人)、[tʔiː](聞き)、[tʔiː](月)。また、kir・kus・sir・hirを含む語では、rがsに音韻変化を起こした後、第1拍の脱落によって第2拍のsがcに変化している[14][5]。(例)[tsʔuɴ](着る)、[tsʔaː](草)、[tsʔudaːri](白い)、[tsʔuːma](昼間)。似た変化は、宮古方言で[ffu](黒)[15]、八重山方言で[kisuɴ](着る)[16]のように現れる。
与那国方言の/N/は、日本語の語頭のム・ヒ・ツ・ク・フ・シ・イ・ウなどに対応して現れる。(例)[ŋkaʧi](昔)、[ŋgi](髭)、[nni](舟)。
音調(アクセント)[編集]
与那国方言には3パターンの音調型が存在し、研究によってA型・B型・C型[17]/高型・低型・下降型[18]などと呼ばれる。A型/高型は一音節語の場合は高く、二音節以上の語の場合は最初の音節のみ低く、それ以降は高く発音される。B型/低型の場合、音節数に関わらず全体が低く発音される。C型/下降型は少々変わり種であり、語の最後の音節が軽音節ならばA型/高型と同じになるが、最後の音節が重音節(長母音・二重母音・撥音で終わる語)ならばその音節が下降して発音される。軽音節の語でA型/高型とC型/下降型を見分けるには、例えば=n「も」を付け、重音節を形成すればよい。[19]例えば下表のように「橋」「箸」は単語単独の場合どちらも低高で発音されるが、=nを後ろにつけると「箸」の方にのみ隠れていた下降調が現れる。
音調型 | 接尾辞なし | =n「も」付き |
---|---|---|
A型 | /haci/ 低高「橋」
[haʧʔi] |
/haci=n/ 低高「橋も」
[haʧʔiŋ] |
C型 | /haci/ 低高「箸」
[haʧʔi] |
/haci=n/ 低降「箸も」
[haʧʔiŋ] |
ただし与那国方言の音程の幅は小さく、語がどの音調型に属するのか判断しにくい。[20]またC型/下降型の語では末音節が軽音節でも半下降が実現する場合があるという研究もある。[21]さらに上野(2010)では、上記の3種類の音調型に収まらないものがあるとしている。[22][注 2]
文法[編集]
動詞[編集]
規則活用動詞[編集]
祖納方言の「書く」と「起きる」の活用を示す。
志向形 | 未然形 | 連用形 | 接続形 | 終止形1 | 終止形2 | 連体形 | 禁止形 | 条件形1 | 条件形2 | 命令形1 | 命令形2 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
書く | kaguː | kaga | kati | kati | kati | kagun | kagu | kagu | kagu | kagjaː | kagi | kagjaː |
起きる | ugiruː | ugira | ugi | ugi | ugi | ugirun | ugiru | ugin | ugiru | ugirjaː | ugiri | ugirjaː |
主な接辞 | nun(ない) mirun(せる) rirun(れる) |
busan(たい) | ti(て) | (n)na(禁止) | ba(ば) |
ただし実際には、与那国方言の動詞は全体としてもっと複雑なシステムを持っている。一つの動詞が最大で4種類の語根を持ち(アクセントを考慮すると5種類になる可能性がある)、一見すると音韻環境に依らず恣意的に接尾辞が選択される。動詞がどのように活用するかは、命令形と完了形の二つを参照しなければならない。[23]さらに厄介なことに、動詞の活用パターンは16種類もある。
与那国方言で異形態を持つ動詞接尾辞は7つある。使役-(a)mir-、非過去-u-/無標、過去-(i)ta-、状況(~すれば)-(i)ba、禁止-(u)nna、連体-ru/無標、完了-(y)a/(y)u-。[24]このうち連体形は一部の変格活用をする動詞、形容詞、及び完了形と過去形にのみ-ruを使い、それ以外の場合は終止形から-nを取った形を使う。[25]完了形で-a-系を使うか-u-系を使うかはほとんどの場合で意味によって決まり、主語が動作主の場合はa系を、そうでない場合はu系を使う。[26][注 3]。ただしyを挟む理由はまだ不明である。それ以外の接辞をどのように選択するかは活用パターンによって決まっている。動詞語根が子音で終わっていれば母音で始まる接辞を選び、逆なら子音で始まる接辞を選ぶということはできるが、[27]そもそも動詞語根の設定自体が恣意的である(動詞語根は最大4種類と上に書いたが、動詞語根を常に1種類、一部の動詞で2種類とするような分析も可能ではある)ため、[28]与那国方言を使いこなすためには活用パターンごとに接辞選択を覚えていなければならないというのが実際のところである。
上述したように、動詞の活用パターンは命令形と完了形を見れば、音韻環境によって機械的にただ一つに特定できる。[23]与那国方言の動詞はグループ>小グループ>クラスの三段階に分けられ、[注 4]命令形を見ることで小グループまで特定できる(ただし命令形が母音語根の場合を除く)。次いで完了形を見ればクラスが特定でき、これで他の活用形も正しく導き出すことができる。なお命令形の接辞は-iであり、ただ一通りしかない。従って、例えば命令形がkagiとあれば必ずkag-iと分解できる。
- Cグループ:命令形語根がr以外の子音で終わるもの。
- K小グループ:命令形語根がk,g,ŋで終わるもの。
- K/YAクラス:命令形語根がk,gで終わり、完了形にyaを取るもの。
- ŋ/YAクラス:命令形語根がŋで終わり、完了形にyaを取るもの。
- K/Uクラス:完了形がuを取るもの。
- C小グループ:それ以外。
- C/YAクラス:この小グループは全てこのクラスになる。完了形はyaのみである。
- K小グループ:命令形語根がk,g,ŋで終わるもの。
- Rグループ:命令形語根がrで終わるもの。
- VR小グループ:命令形語根がarまたはurで終わるもの。
- AR/Aクラス:命令形語根がarで終わるもの。完了形はaのみである。
- UR/Uクラス:命令形語根がurで終わり、完了形にuを取るもの。
- UR/WAクラス:命令形語根がurで終わり、完了形にaを取るもの。
- IR小グループ:命令形語根がirで終わるもの。
- IR/Uクラス:完了形にuを取るもの。
- IR/YAクラス:完了形にyaを取るもの。
- IR/YUクラス:完了形にyuを取るもの。
- UIR/WAクラス:命令形語根がuirで終わり、完了形にaを取るもの。
- VR小グループ:命令形語根がarまたはurで終わるもの。
- Vグループ:命令形語根が母音で終わるもの。*このグループのみ、小グループの特定に完了形または中止形の情報が必要。
- VS小グループ:完了形および中止形の語根がsで終わる。この小グループの完了形は常にyaになる。
- AS/YAクラス:命令形語根がaで終わり、完了形にyaを取るもの。
- US/YAクラス:命令形語根がuで終わり、完了形にyaを取るもの。
- V小グループ:それ以外。
- A/Aクラス:命令形語根がaで終わり、完了形にaを取るもの。
- U/WAクラス:命令形語根がuで終わり、完了形にaを取るもの。
- VS小グループ:完了形および中止形の語根がsで終わる。この小グループの完了形は常にyaになる。
以上の分析を踏まえた与那国方言動詞の活用表は、「与那国語の動詞・形容詞の活用パラダイムと調査・習得の方法」で見ることができる。
変格活用動詞[編集]
以上のルールに当てはまらない変則活用の動詞がある。/an/(「ある」もしくはコピュラ)、/bun/「いる」、/cun/「知る」、/irun/「やる」、/kun/「来る」、/hayun/「入る」がそうである。このうち連体形接辞に-ruを取るのは/an/,/bun/,/cun/の三つで、それぞれ/aru/,/buru/,/curu/となる。
形容詞[編集]
与那国方言の形容詞は、古い語幹に「さあり」の付いた形に由来し、後に「さ」が脱落したものである。例えば終止形は、「高さありむ」が石垣方言のようなtakasanとなり、「さ」が抜けてtaganとなった。[29]tagasanという形も存在するようだが、taganとの違いは今のところ不明である。[30]
祖納方言の「高い」の活用を示す。
連用形1 | 条件形1 | 条件形2 | 連用形2 | 終止形 | 連体形 | 接続形 | |
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高い | tagagu | tagaru | tagarjaː | taga | tagan | tagaru | taga |
主な接辞 | narun(なる) | ba(ば) | minun(ない) ŋisan(そうだ) |
bi(て) biti(て) |
動詞が複雑な仕組みを持つのに対して、形容詞は全て補助動詞anの接尾によって作られるため、1種類の活用パターンしかない単純な仕組みになっている。形容詞の語根は必ずaで終わり、上述のtagan(終止形)ならばtaga-nと分析され、原則的に語根はtaga-の一通りしかない。[31]また語根に-guを付けると副詞を作れる(taga-n⇒taga-gu:高い⇒高く)。[32]
敬語[編集]
与那国方言の敬語のルールは標準語と異なっており、社会的関係や心理的距離、フォーマルさなどに関係なく、純粋に年齢差のみによって敬語を使うかどうかが決まる。文の種類によって2種類の敬語がある。一つ目の敬語では補助動詞としてwarunが、普通語形の補充形としてuyan(召し上がる)、warun(いらっしゃる)、mairun/maisun/kan-narun(亡くなる)がある。二つ目の敬語では補助動詞としてwaranが、普通語形の補充形としてcarirun(申し上げる)、uyan(差し上げる)、動詞中止形+uyan(して差し上げる:turan「くれる/あげる」に対応)がある。なお参考として尊敬語と謙譲語の訳を載せているが、以下に記すように一つ目の敬語は必ずしも尊敬語ではなく、二つ目の敬語は必ずしも謙譲語ではない。[33]
一つ目の敬語は、文が与格項を持たないか、もしくは与格項が人間でない場合に適用されうる。そのような文で、文の主格項が発話者よりも年長である場合、敬語が使われる。
- asa=ya ma i uyasy-a-n. : おじいさん=は もう ご飯(を) 召し上がった。
二つ目の敬語は、文が人間の与格項を持ち、かつ与格項が主格項より年長の場合に用いられる。
- aŋa asa=nki unu ca=nu na cari-ta-n. : 私が おじいさん=に その 草=の 名前(を) 申し上げた。
なお上記の2例文では、一つ目の敬語は尊敬語、二つ目の敬語は謙譲語であるように見えるが、実際はそうではない。
例えば次の文は、「発話者<よしみさん<おばさん」という年齢順の下で語られるものである。おばさんが主格項であるが、この文にはよしみさんという人間の与格項があるため、一つ目の敬語は適用されず、年長者に対する尊敬語と同値ではないことがわかる。さらに与格項は主格項より年少のため、二つ目の敬語の適用もない。結果、敬語を一切使わない文になっている。
- obasan=ŋa yosimisan=nki nnani c-ami-ta-n. : おばさん=が よしみさん=に 着物(を) 着せた。
また次の文は発話者自身が与格項であり、主格項のケイタが自分より年少という場合である。この場合、年齢のルールに従って二つ目の敬語が使われるため、これが謙譲語と同値でないことがわかる。
- Keita=ŋa anu=nki nnani c-am-i wara-ta-n. : ケイタ=が 私=に 着物(を) 着せた。
主な単語[編集]
(祖納の方言)
代名詞[編集]
語の後ろの記号は音調。=はA型、_はB型、]はC型を表す。音調が不明の部分は記していない。[注 5]
単数 | 訳 | 複数 | 訳 | ||
---|---|---|---|---|---|
一人称 | anu] | 私 | banu] | banunta] | 私たち(除外形) |
banta] | 私たち(包括形) | ||||
二人称 | nda= | あなた | ndi= | ndinta= | あなたたち |
近称 | ku= | これ | kuntati | これら | |
中称 | u= | それ | untati_ | それら | |
遠称 | kari= | あれ、彼/彼女 | kantati_ | あれら、彼ら | |
再帰1 | sa= | 自分 | si | 自分たち | |
再帰2 | du] | 自分 | |||
dunudu | |||||
場所近称 | kuma] | ここ | kumanta | ここら、ここらへん | |
場所中称 | uma] | そこ | umanta | そこら、そこらへん | |
場所遠称 | kama= | あそこ | kamanta | あそこら、あそこらへん | |
疑問有性 | ta= | 誰 | tanta | 誰ら | |
疑問無性 | nu] | 何 | |||
場所疑問 | nma] | どこ | |||
時間疑問 | ici] | いつ | |||
数量疑問 | iguci= | いくつ | |||
igurati= | いくら |
一部の代名詞は格によって不規則な語形を取る。一人称代名詞に対して主格=ŋa(が)、属格=nu(の)が付く場合と、場所代名詞に所格=ni(に)が付く場合、以下のように変則的な語形になる。場所代名詞に関しては、語末のaがiに交代することで所格の表現になる。
基本形 | 格 | 特殊語形 | 訳 | |
---|---|---|---|---|
一人称単数 | anu] | 主格・属格 | a=ŋa | 私が、私の |
一人称複数
(除外形) |
banu] | 主格・属格 | ba=ŋa
ba/banta] |
我々が
我々の |
banunta] | ||||
同(包括形) | banta] | |||
場所近称 | kuma] | 所格 | kumi] | ここに |
場所中称 | uma] | umi] | そこに | |
場所遠称 | kama= | kami= | あそこに | |
場所疑問 | nma] | umi] | どこに |
格助詞[編集]
語 | 訳 | 例文 | 例文訳 |
---|---|---|---|
=ya | ~は | kari=ya ku-n | 彼は来る |
=du | ~ぞ | u=ŋa=du | これぞ(まさに) |
=ŋa | ~が | kari=ŋa ku-n | 彼が来る |
=nu | ~の | kari=nu suŋuti | 彼の本 |
=nki | ~へ
~に |
isu=nki hir-u-n
kari=nki tura-n |
磯へ行く
彼にあげる |
=ni | (場所)で、に
(時間)に |
isu=ni amb-u-n
isu=ni bu-n unu basu=ni |
磯で遊ぶ
磯にいる その時に |
=gara | ~から | isu=gara su-ta-n | 磯から来た |
=tu | ~と | kari=tu ku-n | 彼と来る |
=si | ~で | katana=si cu-n | 刀で切る |
|
~も |
|
彼も来る |
=ka | ~より | ku=ka maci | これよりよい |
=nta | ~たち、~とか | agami=nta | 子供たち |
=ndi | ~と | ku-n=di n-ta-n | 来ると言った |
=su | ~の(準体助詞) | n-ta-n=su=ya | 言ったのは |
=nni | ~のよう | u=nni=nu | このような |
「~の」に当たる助詞が=nuと=suに、「~と」に当たる助詞が=tuと=ndiに分かれていることに注意。=niと=nkiはどちらも受動文の動作主を表すのに使える。
与那国方言では目的格を表す「を」は存在せず、目的語は常に無標になる。一方で主格を表す助詞は=ŋa、主題を表す場合は=yaを取る。主格の=ŋaは他動詞文ならば必ず使われるが、自動詞文の場合は揺れがある。また、他の琉球諸語では主格に「の」相当の属格助詞(与那国方言=nu)を使う用法が見られるが、与那国方言には存在しない。[35][注 6]
数詞・類別詞[編集]
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
与那国方言の数詞 | tʔu | tʔa | mi | du | ici | mu | nana | da | kugunu | tu |
数える対象 | 人間 | 動物 | 無生物 | 平らな物 | 樹木 | 日にち | 回数 | 歩数 | 握り |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
与那国方言の類別詞 | -taintu | -gara | -ci | -ira | -mutu | -ka/-ga | -muruci | -mata | -ka |
例えば「一つ、二つ、三つ、四つ」であれば"tʔuci, tʔaci, mici, duci"('とぅち、'たち、みち、どぅち)のようになる。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 2009年2月19日発表。アイヌ語(15人)より話者数が多い
- ^ 例えば/aragu/「非常に、すごく」は平山・中本(1964)ではA型/高型とされているが、上野 2010の調査では/a[raː!gu/となっている([は上昇、!は半下降)。また/itʔin/「一番、最も、非常に」は前者の研究ではA型/高型だが後者の調査では/itʔin]/(C型/下降型)と併せて/[it!tʔin/という音調も報告している。
- ^ ただし/ŋarun/(濡れる)は非意志的な動詞だが完了接辞に-a-を取り/ŋan/となり、/hirun/(行く)は意志的な動詞だが完了接辞に-yu-を取って/hyun/となる。
- ^ グループ・小グループ・クラスによる三段階の分析は、山田 2016, pp. 270-271。
- ^ 以下の代名詞は山田, ペラール & 下地 2013, p. 297。
- ^ 当該論文では、自動詞文主語の動作主性が高いほど=ŋaを取りやすいという可能性が高いとしている。
出典[編集]
- ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Yonaguni”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History
- ^ 消滅の危機にある方言・言語,文化庁 Archived 2015年4月26日, at the Wayback Machine.
- ^ “八丈語? 世界2500言語、消滅危機 日本は8語対象、方言も独立言語 ユネスコ”. 朝日新聞 (2009年2月20日). 2014年3月29日閲覧。
- ^ a b 中本 1976, p. 189.
- ^ a b c d e f g h i j 加治工 1984, pp. 332-355.
- ^ 山田, ペラール & 下地 2013, p. 291.
- ^ 中本 1976, p. 197.
- ^ 加治工 1984, p. 346.
- ^ 中本 1976, pp. 188-189.
- ^ 中本 1976, pp. 199.
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- ^ 中本 1976, p. 201.
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参考文献[編集]
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- 上野, 善道「琉球与那国方言体言のアクセント資料(2)」『琉球の方言』第37号、法政大学沖縄文化研究所、2013年、 109-142頁、 NAID 120005698433。
- 上野, 善道「琉球与那国方言体言のアクセント資料(4)」『琉球の方言』第39号、法政大学沖縄文化研究所、2015年、 165-193頁。
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- 下地, 理則「南琉球与那国語の格配列について」『琉球諸語と古代日本語 日琉祖語の再建にむけて』田窪行則、ジョン・ホイットマン、平子達也 (編)、くろしお出版、2016年。ISBN 978-4874246924。
- 山田, 真寛、ペラール, トマ、下地, 理則「ドゥナン(与那国)語の簡易文法と自然談話資料」『琉球列島の言語と文化 その記録と継承』田窪行則 (編)、くろしお出版、2013年。ISBN 978-4874245965。
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- 山田, 真寛「ドゥナン(与那国)語の動詞形態論」『琉球諸語と古代日本語 日琉祖語の再建にむけて』田窪行則、ジョン・ホイットマン、平子達也 (編)、くろしお出版、2016年。ISBN 978-4874246924。
- 山田, 真寛「与那国語の動詞・形容詞の活用パラダイムと調査・習得の方法」『「日本の消滅危機言語・方言の記録と ドキュメンテーションの作成」研究発表会より』(レポート)、国立国語研究所、2018年。
関連項目[編集]
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