出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

(て)

  1. の末端にある器官。後述する。
  2. 術、手段、方法のこと。幅広い用法がある。
  3. 囲碁将棋などで一回の動作の単位。
  4. 邦楽において、パート、器楽部分、楽器の旋律、旋律型、および、技法等を指す。
  5. 手 (沖縄武術)
  6. 相撲や各種武術の技の種類を数えるときの単位。
  7. 空間内の位置関係を表す。螺旋の向き、「右手の法則」等。

ヒトの手の裏表

は、脊椎動物前肢末端部にある器官。 主に、人間の腕の末端にある器官を指す。生物的には前足にあたる。

カニサソリなど、節足動物でも前足に特徴のある場合はそれを手ということもある。5本の、平、甲からなる。ヒトの手は他の動物のものと比べると器用で、様々な道具を使うことが出来る。

日本語で「」といった場合はを含めることがある。

ヒトの手と他の生物の手を混線させないようにする都合上、まずまとめてヒトの手について解説することにし解剖学的生理学的文化的観点から解説し、その後ヒト以外の生物の手について、生物学的観点から解説する。

ヒトの手と解剖学[編集]

Gray1234.png
ラテン語 manus
英語 hand
器官 運動器
図-2:手の骨格。手首に近い舟状骨(Navicular)と月状骨(Lunate)は識別しやすい。赤線で囲まれた部分(FLEXOR)は骨に筋肉・腱が接合する部位。

手の骨[編集]

手のは、手根骨(近位の橈側から尺側舟状骨月状骨三角骨豆状骨の 4個と、遠位の橈側から尺側へ大菱形骨小菱形骨有頭骨有鈎骨の 4個)と中手骨 5本に加え、基節骨中節骨末節骨が第二指(人差し指)から第五指(小指)に各 3本ある。 第一指(親指)には中節骨は無く基節骨と末節骨で構成されている。これら 27本の骨を合わせて手を構成している。

指の名については「指」のページの一項「指の名称」を参照のこと。

手の皮膚[編集]

それぞれの指の先端にはがあり、それを取り巻く部分の皮膚(触球)は感覚が鋭敏であり細かい作業などがこなせる。 爪に続く手の甲(手背)側の皮膚は、掌側と異なりゆとりがあり、つまむことができる。これは屈曲の目的を果たすために必要なことである。

掌、および、掌側の指の皮膚は身体の他の部位と異なり、皮脂腺が無く指紋・掌紋がある。また、メラニン色素が少ないため、人種を問わず他の部位より白く見えることになる。指の節や、掌には深浅さまざまな溝(運動ひだ)が走っている。 指紋・掌紋はヒトに特有のものではなく、霊長類に広く見られるものである。これには、掌の発汗作用と同様に、木から落ちないための滑り止めの働き、霊長類の樹上生活における適応進化の結果であったとの説がある。

手の窪み[編集]

手の親指を伸ばして反らした時、親指の付け根に出来る三角形の窪みを「解剖学的嗅ぎタバコ窩」、「解剖学的嗅ぎ煙草入れ」、「スナッフボックス」、あるいは、単に「タバコ窩(-か)」という。

手のサイズ[編集]

手のサイズは身長年齢とあまり相関がないという説がある。ただし日本においては、経済産業省が人間生活工学研究センター(HQL)に委託した、2004-2006年の人体寸法の調査(6700人を対象[1])の結果によると、若年層ほど男女とも手が華奢という傾向のデータとなった[2]。同センターは2010年にも、9項目(手長、手幅1(斜め)、手掌長、第二指長、第二指近位関節幅、第二指遠位関節幅、手首囲、手囲、握りこぶし囲)の調査を実施している[3]

生理学・医療[編集]

脳の発達・前足から手へ[編集]

現代の大脳生理学においても、手は鋭敏な感覚器であり、人間が活動するための大きな「手段」である。それを裏付ける事柄として、「手」は、の中では実際のサイズ以上に大きなものとして認識されていることが、明らかにされている。手とは脳(記憶思考する場所)が外界と関わる(情報を得る)ための、情報や意思の入出力を兼ねた重要なインタフェースであるという考え方もできる。

視覚(目)や言葉(口)と触覚や言葉としての手[編集]

繋いだ手

「目は口ほどに物を言う」というがあるが、目は主に情報の収集が目的であり、口による言語には勝るとはいえないだろう。手には目ほどの情報の収集の能力があるとは言えず、口ほどの伝達能力があるとは言えないが、「手話」や「手旗信号」などのように、海中や宇宙空間だけでなく、マスクをするといった状況下や、の届かない状況において、口によらない言語としてや、人の感情を伝えるための手による接触(撫でる・叩く・摩る)も情報を伝える「手段」でもある。人の五感のうち、人にとって特に発達したといわれるものが一つに視覚であり、それゆえにまつわる文化的な表象も多いが、ものの質感や温度などは触覚によっても捉えられる。写真や映画などの映像表現において「質感が表現できている」「温度を感じる」と評されるのは、視覚を通して受け手の経験の中から触覚の体験を引き出すことに成功している、ということであると言える。これらのことから、手は人間が生存し社会の中で役割を果たしていくための一つの大事な、情報の入出力の装置でもあるといえる。

手当、手技[編集]

医療と手とは、古くから密接な関係がある。もともと、癒す人(ヒーラー、医療者 等)が、病んでいる人の患部などに手を当てることは、医療の原点であった。ここから日本語の「手当て(てあて)」という表現が生まれた。

病む人に、いたわる心を込めて自らの手でやさしく触れることは、現代でも医療やケアの原点や基本としての意味を持っている。また病む人に手で触れることの効果は単なる風習や迷信などに留まるものではなく、手で触れられていることによる安心感が病む人や傷ついた人の内に良い心理的効果を生み病状を快方に向かわせる効果があることは、近年の医学的で実証的な研究でも明らかにされている。

また、現代でも、医療全般に(例えば通常医療のリハビリテーションの場でも代替医療の場でも広く)手によるマッサージは行われており、行をうながしたり、滞留したリンパ液等の移動を促すことで、治癒を促す効果がある、自然治癒力を高める効果が期待できるとされている。様々な機器が登場した現代でも、機械よりも人間の本物の手で触れてもらうほうを好む患者は多い。医療者自身の手による技は「手技(しゅぎ)」という。また、手によるマッサージは医療者などの業者にしてもらうだけでなく、自分自身で行うこともでき、「セルフマッサージ」という。セルフマッサージは(無料であるため、金銭的な統計には現れにくいが、実際には家庭内で非常に広く行われており)セルフメディケーションとしても、また健康法としても広く行われている。自分で自分の指先あたりを揉む《爪揉み》は非常に手軽な健康法であり、それを勧めている医師もいる。また、特に誰から教えてもらわなくても、人は身体に不調な部分があると本能的にそこを手でさすったりする。

医療で手が重要な役割を果たしている一例として、応急処置としての止血も挙げられよう。患部に布などを当てがって掌で押さえつける圧迫止血法が、負傷時における治療の第一歩である。これは、やり方さえ理解していれば一般人であっても可能で、優れて有効的かつ実質的な応急処置手段である(詳しくは止血のページを参照のこと)。

手と文化[編集]

漢字の「手」は五本指の手の様子を表している。

古くは左手を「弓手(ゆんで)」といい、右手を「馬手(めて)」といった。これは鎌倉時代から続くならわしで、「武士は三つ物」といわれるように武士足る者は、騎乗での弓術が必須となっていたそのため、手綱を持つ右手を馬手といい、を持つ手を弓手といったのが始まりとされる。

ウィクショナリーの「手」および「hand」も参照のこと(関連項目、右)。

シャーマニズム・アニミズム[編集]

原始宗教といわれるシャーマニズム祈祷占いを主とし、アニミズムは自然崇拝やの発生であるが、見えない力として気やエレメントといった概念があり、これらが呪術祈り奇跡といった宗教の根本をなしていて、手はこれらに深くかかわっているものでもある。文化の中で手が重視されることは、いわゆる前近代的なシャーマニズム・アニミズムや宗教との関係は切り離せないが、単にそれのみで説明しうるものではない。

合掌・印[編集]

手を合わせる(合掌)、指を組み合わせる(を切る結ぶ)などの行為は、宗教的な力や効力の目的だけにあるのではない。禅道などの修業や、日々の暮らしのなかの信仰心や感謝を表す行為でもある。例えば合掌は、神前・仏前のみならず、日本では食事の前後などに感謝の意をもって行われているし、他にも、書簡などの末尾にこれを記す人もある。多くの東洋では、神仏の像[4]が示す手の形として目にしているが、そこに見られる手および指による形は、精神の集中や超常の力を得ることができる手段とされ、インドのヨーガや日本の修験道などにもみられる。

奇跡・治癒[編集]

強い霊力・霊性を持つ人物、あるいは、子供などの無垢なる者が病人に手で触れることで、疾病が快癒するという伝承は世界各地に見られる。 傷口や疾病の部位を本能的に手で押さえたり、かばおうとすることは、原初的な医療の形態であろうが、イエス・キリストの奇跡譚にもそのようなものが含まれている。 これは中世ヨーロッパにおいても、王が患部に触れることで病気を治癒するという「ロイヤル・タッチ[5]」として知られるものと同列であり、作家・トールキンは代表作『指輪物語』の第3部「王の帰還」において、これらを踏まえた「王の手」を描いている。 呪術医のような立場で手を当てるという行為は21世紀現在の先進国にすら新興宗教の一部に見出すことができる。こういった「触れる」行為が何らかの癒しのイメージと強く結びついている傾向は、今もなお文化の別なく広い範囲に様々な類型として存在し続けているのである。

占い[編集]

日本に限らず、手は人間の行為行動と結びつけられてきた。掌に走る溝(運動ひだ)の状態と、その手の持ち主の性向および今後の運勢を結びつけるものとしては手相学があるが、これは科学的に合理的な説明があるわけではない。

拘束や罰[編集]

手錠が使用されるのは、なんらかの犯罪者や敵対者(手合い)に対してであり、詐欺などとの犯罪とは別に、直接的な収奪や略奪には手が使われる。特に盗みと手の関係は深く、「手癖が悪い」「手が長い」などと表現することがある。文化によっては(例えばイスラーム法で)他者の財物を盗んだ者に対して、手の切断などの刑を課している(もっとも、そういった文化で必ずその刑が執行されていたわけではなく、様々な条件をつけてかなり融通を利かせていたことが多かった)。手はまた、人間の自由と同列にも見なされ得る。その一つの表象が手錠である。また、古い言葉では捕縛することを手当てといい、手当者という言葉が重罪の囚人のことを意味した。

日本語における手を含む言葉[編集]

和語における「て」は古くから広い意味範囲をもって使われてきており、広辞苑では30を超える語義を示しているほどである。古く万葉集では「価」の字を「テ」と読む例があり、経済(その原初的形態としての交換行為)とのつながりが考えられる。

上手(かみて)・下手(しもて)といったように方角・方向を意味する用法もある。なお、上手(じょうず)・下手(へた)と読んだ場合には「ある行為・行動に対する習熟」の意となるように、手による動作が、次いで援用して手によらずともあらゆる動作・手段・方法、および、その行動の主体が広く「手」と呼ばれたのである。

人を象徴する手[編集]

「動作の主体」まで「手」で代表されるということの一例は、手は「仕事」(職業、生業)を象徴し、それはその人自身をも指し示すということである。動作や仕事に「手」を付けることで職業や役割になることは、「手」がいかに「人」を例えているのかが理解できる。例を挙げるならば、騎手・射手・運転手・操縦手などがあり、また、様々な分野において「○○の担い手」といった表現も用いられる。「受け手」「聴き手」といった使い方も馴染みのものであろう。それらは「○○をする人」と同義であり、手による動作と直接の関係が無くとも用いられる。

社会[編集]

人の個のつながりとして、手は手話や握手などの手による直接的な触れ合いは、意思の疎通や感情を伝える点において人の社会では重要である。

手は、指を有し把持機能を持つ特徴から、「手組(てぐみ)」とは仲間や組織を作ることであり、「手切(てぎれ)」とは人間関係を断ち切ることでもある、このような言葉に見られるように、人と人とのつながりの象徴ともなる。そして、そうした関係構築に際して、身体の中で「手」は非常に良く動く部位であるため、音声言語によらず感情や意志の伝達を行う手段として選ばれやすい。

人の歴史は共同体の消長における繰り返しの中での戦いの歴史でもあるため、敵や相対する者に対しても手による表現が使われてきた「手合い」は対戦相手や見下したものに対する表現であり、「手向い」や「手返し」は謀反や反抗などを表現している。その他にも戦闘集団においての下位のものを「手駒」といい社会集団でも古い言い方では「手下」という。

経済[編集]

手間・手配[編集]

仕事や労力を総称して「手間」といい、その仕事がないことを、「手空き・手明き」という。仕事を割り当てる準備する、人員の配置をすることなどを「手配」という。上述の「手当て」と同じ漢字で、送り仮名を使わず「手当」とした場合、日本語においては通常指すものが異なり、「手間賃」と同意としての「労働などに対して報酬として与える金銭」あるいは「基本給のほかに支給する金銭」の意となる。また、古い文章などでは「心付け」の意でも用いている。 実際には治療の「てあて」を「手当」とする場合や、その逆も多く、日本語本来の区別ではなく近代以降便宜的にそのようになされたのみであろう。また、手配と同様に「前もって行う準備」・「人員の手当てをする」も手当てといいなどと用い、これは手が手段・方法・対処などを意味する例と言えよう。

手形[編集]

現代、身元確認の一手段として指紋押捺がある。これは拡大鏡などの道具が無かったころには利用することができないものであった。しかし、大まかな指紋と指の節の幅・長さ、そして、掌の形状および掌紋などの関係性から、「手形」は唯一性を持つもの経験的に知られており、個人認証の手段であった。そのため、証書類に署名の代替として用いられることが多く、ここから証書を「手形」と呼ぶようになったとされる。通行手形などもこれに含まれるが、現代は手形と言うと、一定金額の支払いを委託もしくは約束した有価証券を指す。

手仕事[編集]

産業革命以降、機械による工業製品の大量生産が行われると、様々な理由から「手仕事」は減少したが、大量生産が難しいものや、手仕事でしかできない技術の高い職人による生産や、人の手が生み出す物ならではの温もりと味わいが見直あり、「手作り」のものが根強く残っている。手作りにおいては丹精込めて作り上げることや仕事をすることを、「手塩に掛ける」や「手間暇掛ける」などという。工芸の分野では、手で直接的に製品を作り上げている場合に「手工芸」と手を強調した表現も使われる。

技としての手[編集]

手は日本伝統の技芸などでは、特定の技法やそれによって構成されるものを指したりする。「本手」とは伝統音楽において本格的な手(曲)・本来の手(曲)、あるいは元々の旋律を指し、「派手」は前者の、「替手」は後者の対義である。また、歌・唄に対して「手」と呼ぶときは、声楽に対する器楽、あるいは楽器が奏する旋律、旋律型、技法を指す(旋律型としての「楽の手」、技法としての和琴(わごん)の「折る手」やの「押し手」、三味線の「摺り手」など)。

なお「手事」は、地歌など三曲の音楽において、唄と唄との間に置かれた長大な器楽部分であり、まさに手によってなされる事の意である。また、「合いの手」は唄と唄の間をつなぐ、手事よりも短い旋律であり、これも同様の意味から来ており、本来、手拍子とは無関係とされる。また、従来の曲に新しいパートを付ける(編曲、アレンジする)事を「手付け」と呼ぶ。これに対し、唄を付けるのが「節付け」である。

相撲などでいう「決まり手」も決まり技という意味で使われる。

琉球の挌闘術であるは、挌闘技法のことであり、これは英語においてarm(腕)が武装・軍備を指すこととも通じる。空手はかつて唐手と書いてトウテイ(トウティ)と読み(参考Wiktionary:en:karate)、中国から伝わった挌闘技法(をベースにしている)を意味した。

生物学的な「手」[編集]

脊椎動物の前肢末端部、すなわち「手」は、手首(wrist)、掌(palm)、指(finger)からなる。

哺乳類の「手」[編集]

現世(完新世)の動物では、特に哺乳類において生態に応じた形状の特化が確認できる。 樹上生活を送る動物の多くは手に鉤爪(かぎづめ)を持ち、これを樹木に引っ掛けて移動するが、霊長目は木や物をしっかりと掴むことのできる構造の手拇指と他の指との対向性)を進化させ、鉤爪の代わりに、指の末端を補強する役割を持つ扁爪(ひらづめ)を発達させた。霊長類の始原的動物が鉤爪を捨てて木の枝を握ったことは、後世の子孫の一つであるヒトにとってはその誕生の第一条件と言ってよい。 クジラカイギュウアザラシアシカなど主たる海生哺乳類の手は、基本構造こそ陸上哺乳類と同じであるが、水中生活への進化適応の結果として魚の(ひれ)のような形態に変化している(ラッコなど例外はある)。 カモノハシは指の間に水掻きを有する(ビーバーは前肢には持たない)。 コウモリでは第1指(ヒトの親指に相当)に鉤爪(かぎづめ)があり、他の4本の指は伸張して皮翼を張る骨組みの役割を担っている(図-1の2.参照)。 現生の四足歩行をする哺乳類の指も生態に適った進化を遂げており、食肉目はその手足に、足音を消す働きを持ち衝撃をも吸収する蹠球(しょきゅう。肉球)を発達させている。 有蹄哺乳動物(奇蹄目偶蹄目長鼻目など)では、体重を支えたり走ったりするための(ひづめ)が高度に発達し、指は退化(退化的進化)を遂げて消失もしくは痕跡化しているものが多い。この方向性で最も進化を進めているのはウマ科であり、彼らは第3指(中指)一つで大地に立っている。 また、四足歩行をする動物の常として、前肢と下肢に著しい差異は見られず、とほぼ同様の構造体である。

両生類・爬虫類・鳥類の「手」[編集]

図-1:翼と骨格(1.翼竜、2.コウモリ、3.鳥)

両生類爬虫類では、アシナシイモリヘビといった手足を持たないものが存在する。 海生カメ類は鰭状の手足を発達させているが、過去に目を向ければ海生爬虫類のほとんど全てが鰭状の手足を具えていたことに気づく。 中生代翼竜は、鉤爪を持つ第1・第2・第3指と、胴体との間に皮翼を張るための長い第4指を発達させていた(第5指は退化。図-1の1.参照)。 ブラキオサウルストリケラトプスといった大型の植物食恐竜や現生のゾウガメは、長鼻目と同じく、体重を支えることのできる分厚い蹄を持っている。 肉食性と樹上生のものは鉤爪を持つタイプが多く、特に現生のものでは種による著しい形態的差異は認められない。これは彼らに多様性が無いからではなく、現世が哺乳類隆盛の時代であることに起因する。

鳥類については、というその形態の特質性から「手」という表現を用いない(食肉としては「手羽」の呼称がある)。軽量化を課題とした鳥類は進化して第1指を矮小化させ、第4指と第5指は退化・消滅させている。第2指と第3指は癒着して腕の一部となり、翼を構成する(図-1の3.参照)。彼らは手を有する小型羽毛恐竜から分化したと考えられている。

空間内の方向・位置関係を表す「手」[編集]

図-3:直進と回転の関係を表す「右手」
図-4:右手系、フレミングの右手の法則

右手(みぎて)、左手(ひだりて)と言えば、日常的には右側、左側の意味になる。これとは別に、手の指の位置等を使い、電流磁場の関係や、螺旋の巻き付く方向等、空間内での位置関係を表す名称や記憶法として、右手、左手の語が使われる。

直進と回転の関係[編集]

親指を開いたまま、残りの4本の指を軽く握る。 親指の付け根から先に向かう方角が直進運動、直線等を表し、4本の指の付け根から先に向かう方角が、回転運動、巻き等の方角を表す(図-3)。 両者の関係が人体の右手と一致するとき右手、左手と一致するとき左手と言う。

三本の直線の関係[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 人体寸法データベース2004-2006|人間特性データベース|人間生活工学研究センター(HQL)
  2. ^ 日経デザイン」 2007年12月号、68-69頁
  3. ^ 日本人の手の寸法データ集2010|人間特性データベース|人間生活工学研究センター(HQL)
  4. ^ 厳密に言えば、平面・立体およびイメージされるところの、仏教であれば神仏の像、ヒンドゥー教であれば神々の像。
  5. ^ ロイヤル・タッチは結核の一種に対して有効な治療とされ、時代が下って1718世紀ごろにも儀礼化して盛んに行われ、ルイ15世は戴冠式で2,000人に触れたという。この治療対象は瘰癧(るいれき。頸部リンパ節結核。英語:Scrofula、別名:the king's evil)で、日本などでは珍しかったと思われるが、近世までのヨーロッパでは生活環境の違いなどから、儀礼的な行為も含め、ずっと多かった模様である。

関連項目[編集]