ケセン語
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ケセン語(ケセンご、気仙語、氣仙語、ケセン式ローマ字表記: keseng̃ó)とは医師の山浦玄嗣が日本の気仙地方(岩手県陸前高田市・大船渡市・住田町および宮城県気仙沼市など)等の地域のことば(方言)に対し、これを一つの言語と見なして与えた名称である。
山浦の考案した「ケセン式ローマ字」と称するラテン文字による正書法を持ち、山浦による文法書、辞書、文典(読本)・音源などが多数編纂・作成されている。
目次
文法書・辞書・読本・音源[編集]
山浦が最初に「ケセン語」を広く世に問うたのは、1986年、文法書『ケセン語入門』によってである。本書は同年、日本地名学会「風土研究賞」を受賞した。
文典としてはまず1988年に『ケセンの詩(うだ)』が刊行され(同年の岩手県芸術選賞を受賞)、その後、2002年から2004年にかけて、新約聖書の四つの福音書がギリシア語の原典から翻訳された。この福音書には、著者が朗読した音源CDが付属している。
辞書は、2000年に『ケセン語大辞典』が刊行された。
文法書[編集]
- 山浦玄嗣『ケセン語入門』1986年、共和印刷企画センター
辞書[編集]
- 山浦玄嗣『ケセン語大辞典』2000年、無明舎出版 ISBN 4895442411
- 上下2巻、「文法編」と「語彙編」にわかれ、収載語彙数3400語。
文典(読本)[編集]
- 山浦玄嗣『ケセンの詩(うだ)』1988年、共和印刷企画センター
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 (1) マタイによる福音書』2002年、イーピックス出版 ISBN 4901602020
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 (2) マルコによる福音書』2003年、イーピックス出版 ISBN 4901602047
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 (3) ルカによる福音書』2003年、イーピックス出版 ISBN 4901602063
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 (4) ヨハネによる福音書』2004年、イーピックス出版 ISBN 4901602071
上記の翻訳聖書は、正文をケセン式ローマ字によってつづり、副文を一般読者にも読みやすいように工夫した漢字仮名交じり文で書いてある。従来の直訳体の日本語訳の聖書では理解が困難であった多くの個所が活き活きとした生活の言葉で語られている。聖書の理解に役立ったとして、2004年、著者とその仲間の気仙衆28名がバチカンに招かれ、教皇ヨハネ・パウロ二世に「ケセン語訳新約聖書・四福音書」を直接献呈して祝福を受けた[1]。
- 山浦玄嗣『イエスの言葉 ケセン語訳』(文春新書)2011年、文藝春秋 ISBN 978-4166608393
- 山浦玄嗣『ケセン語の世界』2007年、明治書院 ISBN 9784625434006
上記4福音書のオンデマンド・ペーパーバック版
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 マタイによる福音書』2018年、イーピックス出版 ASIN: B079FGMDTR
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 マルコによる福音書』2018年、イーピックス出版 ASIN: B079F9HWPL
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 ルカによる福音書』2018年、イーピックス出版 ASIN: B079FLRGGR
- 山浦玄嗣『ケセン語訳新約聖書 ヨハネによる福音書』2018年、イーピックス出版 ASIN: B079FLP3SR
- 山浦玄嗣『ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書』2011年、イーピックス出版 ISBN 978-4166608393
カタカナ表記について[編集]
ケセンという地名の語源については諸説があり、詳細は気仙郡の項を参照。山浦は、漢字の「気仙」という文字の選択はヤマト王権によって定められたものであるとして、カタカナ表記で「ケセン語」としている。
ケセン語の特徴[編集]
音韻[編集]
アクセント形式による分類では、東京式アクセントの第二種に属し、しかもそれからかなり離れた特殊アクセントとして分類されている。シとス、チとツ、ジとズとヂとヅを区別せず、一音節の中に二つの母音成分を持つ二重母音を有し、また対応する共通語の語中のカ行とタ行の音が濁音化するなどの音韻上の特徴を持つ。したがってガ行の濁音と鼻濁音とは明確に対立する。ケセン語の「語(ゴ)」も現地音では鼻濁音である[1]。
文法[編集]
否定疑問文に対する「はい・いいえ」の応答形式が標準語とは反対になる(この現象は九州・南西諸島・沖縄にも見られる) [1]。また、接続語の「~に」に当たる言葉は「~さ」である。
文例[編集]
- このしごどやるようなんだすぺが?(この仕事をやらなければならないのですか?)
- このしごどやんねばわがんねのすか?(意味は上と同じ)
- おらえさ寄ってがっせん。(私の家に寄って行ってください)
- なじょにがやったんだが。(どのようにやったんだか)
- 用足しさいぐんだれば早ぐあべ!(用事を済ませに出かけるのであれば早く行こう!)
- 飯食いさいぎゃんすぺ!(ご飯食べに行きましょう!)
- 飯食いさ行ぐべぇ!(かなり砕けた言い方で、目上の人には使わない。意味:ご飯食べに行こうよ!)
- 飯くんべ!(意味は上と同じ)
- オラの自慢のしゃでっ子だぁ。(私の自慢の弟です)
- もぉいいはぁ。(もういいよ)- 諦めた時や呆れた時に使う。語尾の「はぁ」の発音は下がる。「もぉ」の部分は東北弁話者以外の人が聞くとただの「も」に聞こえる。
- 今日はまんついっぺしごどしたがらあぐどいでくてわがんね。(今日はいっぱい仕事したからかかとが痛くてしょうがない)
- 今日は海さ釣りっこしさ行ぐべし!(今日は海に釣りに行くことにしよう!)
- まんつあのわらすかばねやみだごど。(なんとあの子供は怠け者なんだろう)→ かばねやみ=怠け者 発音:「かばねやみ」
- そうでがんす。(そうです)
- んだがす。(意味は上と同じ)
- んだがすぺぇ?(そうでしょう?)
- おだづなよ!(調子のんなよ!または、ふざけるな!)
- おぼっこさおづっこあげろでば(赤ん坊に母乳を与えなさいよ)
- けえぁっぽかーくてわがんねぇ(ペニス(男性器)が痒くてどうしようもない)
- ほんでわがんねぇ(それではだめだ)
- どごだがえんずくてわがんねぇ(体のどこかがいつもと違って調子がよくない)→「えんずい」は標準語に該当語がなく直訳することができない。
- こえーこえー(疲れて疲れて)→こわい=疲れた(過去形)
- あんべわるぐなった(体調を崩した)
- あぞごにあったちかいぼっこしてしまったのっさ(あそこにあった機械、壊してしまったんですよ)
- しゃーないな(しょうがない、仕方が無いな)
- ちょんてろ!(黙って座っていろ!)
- しゃっけ(冷たい)→あいやみずさはいったなぁ、しゃっけがった。(なんと水たまりに入ってしまった。冷たいよ)
- いで(痛い)→ このひじぶっつげだのいでぁー。(この肘ぶつけたのが痛い)
- あべ(行こう)→ こんどおまじりがあるがらあべ。(こんどお祭りがあるので行こう)
- けぇ(お食べ)→ りょうり、おきらい、けぇ。(この料理、お嫌い、お食べ)
- しょぺ(しょっぱい)→ ことつけものしっぺーなぁ。(この漬物はしっぱいよ)
- あみゃ(あまい)→ このにずげあみゃなぁ。(このお煮しめ甘いよ)
- あがれ(家に入れ)→ よさきたなぁ、はよう、えさあがれ。(よくお越しになりましたねぇ、どうぞ、お入りください)
- んだぁ(そうだね)→ これおめのじゃでが?んだぁ。(これはおなたのお弟さんですか。そうだね)
- しゃで(弟子・弟)→ これおめのじゃでが?んだぁ。(これはおなたのお弟さんですか。そうだね)
- おやがだ(兄貴・兄)→これおめのおやがだが?んだぁ。(これはおなたのお兄さんですか。そうだね)
- ほずくせがき(捻くれた子供)→そんなすみっこにいるど、ほずくせがきになるぞ。(そんな端にいると捻くれた子供に見えるよ)
- ばっぺっこ(魚のおかず)→ばんなにけの、ばっぺっこだ。(夜は何を食べますか。魚のおかずです。)
文字[編集]
ラテン文字による正書法(ケセン式ローマ字)[1] (PDF) [リンク切れ]の他、独特の漢字仮名交じり文[2] (PDF) [リンク切れ]も存在する。
メディア[編集]
- 1986年2月3日にNHKの「ぐるっと海道3万キロ」の「父さんがケセン語」~南三陸ことばの旅~にて採り上げられ、その名を社会に知られた。
- その後、2002年7月7日にNHK教育テレビの「こころの時代」という番組でも採り上げられた。当時気仙周辺で生活していた蝦夷の言葉の影響を受けた言語であり、発音体系が標準語とは大きく異なっている、と同番組では紹介されていた。
関連文献[編集]
脚注[編集]
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