気仙沼市
| けせんぬまし 気仙沼市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| |||||
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| 国 |
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| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 宮城県 | ||||
| 団体コード | 04205-6 | ||||
| 法人番号 | 8000020042056 | ||||
| 面積 |
332.44km2 | ||||
| 総人口 |
62,124人 [編集] (推計人口、2018年10月1日) | ||||
| 人口密度 | 187人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
登米市、本吉郡南三陸町 岩手県:陸前高田市、一関市 | ||||
| 市の木 | クロマツ | ||||
| 市の花 | ヤマツツジ | ||||
| 市の鳥 市の魚 |
ウミネコ カツオ | ||||
| 気仙沼市役所 | |||||
| 市長 | 菅原茂 | ||||
| 所在地 |
〒988-8501 宮城県気仙沼市八日町一丁目1番1号 北緯38度54分29秒東経141度34分11.8秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
気仙沼市(けせんぬまし)は、宮城県北東端の太平洋沿岸に位置する市である。三陸海岸の一部をなす。
目次
概要[編集]
戦国時代末期の天正19年(1591年)に豊臣秀吉による奥州仕置があり、当地では、陸奥国閉伊郡平田村から北側が南部氏領(後の盛岡藩)、気仙郡唐丹村から南側が伊達氏領(後の仙台藩)となった[1](いずれも現・岩手県釜石市)。江戸時代の気仙沼本郷を中心とする当市は、気仙郡の南側に隣接する本吉郡にかつて属し、明治維新の廃藩置県や府県統合を経て宮城県域となり、一方の気仙郡等は岩手県域になった。岩手県域に入り込んだような形をしている当市は、旧・本吉郡域との関係の深さは当然ながら、北接する旧・気仙郡の岩手県大船渡市や陸前高田市、あるいは内陸側で隣接する岩手県一関市とも関係が深い。
当市は三陸海岸南部の交通や商業の拠点となっており、リアス式海岸を利用した観光も発展している。特定第三種漁港の気仙沼漁港を初めとした市内の各漁港は、三陸海岸での沿岸漁業・養殖漁業、世界三大漁場「三陸沖」での沖合漁業、さらに世界の海を対象にした遠洋漁業の基地として機能し、関連する造船から水産加工までの幅広い水産業が立地する。
このような背景から、気仙沼都市圏の中心市としての買物客の集客や各地から訪れる観光客に加え、漁業・水産関係者の往来も多い。カツオを追って北上してくる千葉県・高知県・宮崎県などの漁船、サンマを追って南下してくる北海道などの漁船に乗った日本各地の漁民が行き交い、遠洋漁業の外国人乗組員や水産加工に従事する外国人研修者が働き、特産のフカヒレを買い求める中国人バイヤーなどが訪れ、常住人口に比して交流人口が多様な県内有数の交流拠点の一つである。名物(ご当地グルメ)の一つである「気仙沼ホルモン」は、このような人々の広域な交流と産業背景から生み出されたものとして知られる。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、地震そのものの被害に加え、津波や火災(津波火災)、地盤沈下によって大きな被害を受けた。
地理[編集]
宮城県の北東端に位置し、東は太平洋に面する。東部の唐桑地区から気仙沼地区にかけては、三陸の他地域と同様にリアス式海岸が特徴的である。同じリアス式海岸でも当地方では岩手県沿岸と比較して標高が低く、なだらかな丘陵が多い。唐桑半島と岩井崎の間では、深く入り組んだ海岸線が波の穏やかな気仙沼湾を形成し、湾内には大島が浮かぶ。本吉地区に入ると穏やかな海岸線が見られるようになる。
三陸沖の黒潮の影響によって冬は比較的温暖であるが、夏はやませの影響で冷涼である。
山地[編集]
河川[編集]
隣接する市町村[編集]
- cf. 岩手県の市町村全図 :≪外部リンク≫ “県内各市町村”. (公式ウェブサイト). 岩手県. 2011年4月18日閲覧。
- cf. 宮城県の市町村全図 :≪外部リンク≫ “宮城県地域マップ”. (公式ウェブサイト). 宮城県. 2011年4月18日閲覧。
東日本大震災[編集]
2011年(平成23年)3月11日、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、気仙沼市赤岩で震度6弱、本吉町および笹が陣で震度5強を記録した[2]。大津波とそれによって流出した石油の引火による広域火災も発生し、被害は甚大なものとなった[3]。 cf. 東日本大震災。
- 4月3日:この津波が気仙沼湾の海底を最大10m削ったとする調査結果を、大阪市立大学の原口強准教授(地質工学)率いる研究チームが発表した[4]。
- 4月9日:この時点で気仙沼市は、死者690人、行方不明者1,531人、避難者8,884人[3]。
- 4月14日:GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院の調査の結果、岩手県・宮城県・福島県の広範な沿岸地域において、この地殻変動による著しい地盤沈下があったことが明らかとなった。特に岩手・宮城両県境付近の変動量は大きく、最大は牡鹿半島(宮城県石巻市域)の-120 cm、次いで陸前高田市小友町西の坊が-84cmで市街地中最大、石巻市(宮城県)が-78 cm、そして気仙沼市は-76 cm、大船渡市は-73cmであった(cf. 日本における地盤沈下)[5][6][7]。
2016年(平成28年)3月1日時点で、市内の被害状況は死者1,214人、行方不明者220人、住家全壊が8,483棟となっている[8]。
津波に呑まれて壊滅した市街地に、海から運ばれてきた大型漁船が何隻も取り残されている。
歴史[編集]
地名の語源[編集]
「気仙沼」は古くは「計仙麻」と書いた。この字はケセヌマ、ケセンマ等とも読まれていた可能性もなくもないが、通常は「ケセマ」と読んでいる。延喜元年(901年)成立の『日本三代実録』に「計仙麻」という地名の記述があり、これが最古の文献である。(ただし麻の字のない「気仙郡」という郡名なら『続日本紀』の弘仁2年(811年)の条の方がより古い)
語源としては以下のように諸説がある。
アイヌ語説[編集]
地名語源のアイヌ語説は以下の3説がある。(いずれも第二次世界大戦前の古い説である)
- 1)ケセ keseが末端、モイ moiが入り江で、「南端にある入り江」を意味するケセモイに由来するという説 。(戦前、気仙地方の教育長を務めた金野菊三郎が唱えた)
- 2)ケセモイは「静かな海」の意味という説。
- 3)ケセ keseが「削る」、マ maが「場所」で、「削らせた場所」を意味するケセマが語源という説。
日本語説[編集]
旧気仙郡の「ケセ」に「マ」がついたものという説。気仙沼は本吉郡に属していたが、本吉郡は中世初頭に気仙郡の南半と牡鹿郡の一部を分割して成立したものであり、それ以前は気仙郡に属していた。
- ケセの語源(気仙郡の地名語源と同じ)
- ケセ+マの解釈
- 1)ケセ+「間」説。マは間で、茨城県の「鹿島」という地名は船着場を意味する「かせ間」が語源であり、計仙麻(ケセマ)や気仙沼も「カセ間」の訛りで、茨城県の「鹿島」と同語源という説。
- 2)ケセ+「前」説。本吉郡が設置される以前、まだ気仙郡に属していた頃、この地は気仙郡の南端だったので、ケセ(気仙)の入口の意味で計仙前(けせのくち)と書いたのを、ケセノマエと誤読したのが訛って計仙麻(けせんま)になったという説。
- 3)ケセ+「真」説。計仙麻(ケセマ)のマは「真」で、「ケセ(気仙)の真ん中」あるいは「ケセの中のケセ」という意味だという説。
ただし気仙郡ももとはケセマ郡(あるいはケセノマ/ケセンマ/ケセヌマ等)と読んでいた可能性がある。和銅6年(713年)の諸国郡郷名著好字令(好字二字令)により、奈良時代は国名も郡名も2文字表記と定められた。このため見かけ上は2文字表記になっているが、最後の「ま」を略して「気仙郡」と書いたもので、当初は気仙郡と書いても「ケセマのこほり」と読んでいた、つまり気仙郡の正しい読み方がたまたま気仙沼にだけ残った(遺称地)ということも考えられる。その場合には気仙沼の語源はすなわち気仙郡の語源ということになる。
沿革[編集]
| けせんぬまし 気仙沼市 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| |||||
| 廃止日 | 2006年(平成18年)3月31日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 気仙沼市(旧)、唐桑町→気仙沼市 | ||||
| 現在の自治体 | 気仙沼市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 宮城県 | ||||
| 団体コード | 04025-6 | ||||
| 面積 | 184.36km2 | ||||
| 総人口 |
58,320人 (国勢調査、2005年) | ||||
| 隣接自治体 |
本吉郡本吉町、唐桑町、 岩手県一関市、陸前高田市 | ||||
| 気仙沼市役所 | |||||
| 所在地 |
〒988-8501 宮城県気仙沼市八日町一丁目1番1号 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
- 1953年(昭和28年)6月1日 - 本吉郡気仙沼町と鹿折町、松岩村が合併し、気仙沼市が発足。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 新月村、階上村、大島村を編入。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 唐桑町と合併し、新制の気仙沼市となる。
- 2009年(平成21年)9月1日 - 本吉町を編入。
主な出来事[編集]
- 1953年(昭和28年)7月13日 - 初代の市章を制定[9]。
- 1997年(平成9年)5月1日 - 岩手県一関市と友好都市提携。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 唐桑町との新設合併にともない、2代目の市章(現行)を制定[10]。
- 2010年(平成22年)9月18日 - 東京都目黒区と友好都市協定締結 (#)。
- 2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災により被災。
行政[編集]
- 歴代市長
初代 - 宮井誠三郎
- 平成の合併以後
| 代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 鈴木昇 | 2006年(平成18年) | 2010年(平成22年) | |
| 2 | 菅原茂 | 2010年(平成22年)4月30日 | 現職 |
- 市庁舎
- 本庁舎、第二庁舎:八日町一丁目1番1号
- ワン・テン庁舎:八日町一丁目1番10号
- 唐桑総合支所:唐桑町馬場181番地1
- 本吉総合支所:本吉町津谷舘岡10番地
- はまなすの館:本吉町津谷新明戸136
都市宣言[編集]
いずれも旧・気仙沼市で既に宣言されていたものであるが、新市設置後の2006年(平成18年)9月27日に改めて以下の宣言が行われた。
姉妹都市・友好都市[編集]
- 魚のサンマにまつわる縁(気仙沼は一大産地であり、東京の目黒区は落語の演目「目黒のさんま」の由来地)によって、2010年(平成22年)9月18日、友好都市協定が締結され、締結式として「目黒のさんま祭」が行われた。
経済・産業[編集]
漁業・水産業と観光が中心である。東日本大震災後は、ほぼ日刊イトイ新聞が支社を設け[11]、糸井重里の助言を受けてセーター製造会社が起業される[12]など新しい動きが見られる。
漁業・水産業[編集]
マグロ、カツオ、サンマは、全国有数の水揚げ高を誇る。ふかひれ(鱶鰭)の産地としても有名であり、水揚げ量は日本一である。市中心部には水産加工団地が発達している。牡蠣やホタテの養殖でも知られている。
漁港[編集]
- 施設
商業・観光[編集]
小売業では、いくつかの商店街と、イオン気仙沼店[13]のような大型店、郊外店がある。
店舗を含む海岸近くの市街地は、東日本大震災による津波で大きな被害を受けた。地元住民向けの小売・飲食機能の回復と市外からの観光客誘致を兼ねて、商業施設や復興商店街(下記参照)が新たに整備されている。前者では、2011年12月に「気仙沼さかなの駅」[14]が、2014年に「気仙沼 海の市」(店舗のほかサメの博物館や氷の水族館で構成)[15]が、2018年には内湾地区に「迎」(むかえる)[16]が開業した。
復興屋台村・復興商店街[編集]
東日本大震災被災により、気仙沼市全域の飲食店の7割が津波により店舗を失った[17]。気仙沼市では被災を受けた飲食店の仮設店舗集合施設が市内各所に設けられ、事業再開に向けた活動が行われている[18]。
南町紫市場・気仙沼復興商店街[編集]
東日本大震災被災により、気仙沼市南町地区にて商店街運営をしている。いろはにほへとちの言葉から、イ館~チ館と建物がある。主なものとしてイ館に理想産業・特急寿司、ロ館にとんかつ勝子、ハ館に焼肉牛べぇ、二館に福建楼、ホ館にあさひ鮨、ヘ館に揚げたてコロッケ屋、ト館に〇安、チ館にクボタスポーツがある。
サメまち気仙沼[編集]
前述のように、ふかひれ生産やそれに加工されるサメの水揚げが多いことから、「サメまち気仙沼」という地域おこしに取り組んでいる[19]。食品としての加工や水族館での展示に加えて、サメ皮製品の専門店もある[20]。
郵便[編集]
- 気仙沼郵便局(集配局)
- 津谷郵便局(集配局)
- 大谷郵便局(集配局)
- 気仙沼田中前郵便局
- 気仙沼九条郵便局
- 気仙沼古町郵便局
- 松岩郵便局
- 陸前階上郵便局
- 馬籠郵便局
- 小原木郵便局
- 唐桑郵便局
- 大島郵便局
- 気仙沼魚市場前郵便局(営業休止)
- 気仙沼鹿折郵便局
- 気仙沼南町郵便局
- 陸前小泉郵便局
- 中井簡易郵便局
- 東中才簡易郵便局
- 新城簡易郵便局
- 前木簡易郵便局
- 月立簡易郵便局
- 大浦簡易郵便局
地域[編集]
人口[編集]
| 気仙沼市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 気仙沼市の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 気仙沼市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
気仙沼市(に相当する地域)の人口の推移![]() ► | |
| 総務省統計局 国勢調査より | |
教育[編集]
ESD(持続可能な開発のための教育)が積極的に学校教育に取り入れられており、全ての小中学校および気仙沼高等学校がユネスコスクールに加盟している[21]。
高等学校[編集]
中学校[編集]
気仙沼中学校、松岩中学校、松岩小学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」[22] 指定校(フロンティアスクール)である。
- 気仙沼市立気仙沼中学校
- 気仙沼市立条南中学校
- 気仙沼市立鹿折中学校
- 気仙沼市立松岩中学校
- 気仙沼市立面瀬中学校
- 気仙沼市立新月中学校
- 気仙沼市立階上中学校
- 気仙沼市立大島中学校
- 気仙沼市立唐桑中学校
- 気仙沼市立津谷中学校
- 気仙沼市立大谷中学校
小学校[編集]
- 気仙沼市立気仙沼小学校
- 気仙沼市立九条小学校
- 気仙沼市立鹿折小学校
- 気仙沼市立松岩小学校
- 気仙沼市立水梨小学校
- 気仙沼市立面瀬小学校
- 気仙沼市立新城小学校
- 気仙沼市立月立小学校
- 気仙沼市立階上小学校
- 気仙沼市立大島小学校
- 気仙沼市立唐桑小学校
- 気仙沼市立中井小学校
- 気仙沼市立小原木小学校
- 気仙沼市立津谷小学校
- 気仙沼市立小泉小学校
- 気仙沼市立大谷小学校
特別支援学校[編集]
専門学校[編集]
- 宮城県立気仙沼高等技術専門校
- 気仙沼市立病院付属看護専門学校
交通[編集]
鉄道[編集]
- ※隣駅である新月駅の駅名は気仙沼市の地名に由来するが、駅の所在地は岩手県一関市室根町。
- 東日本大震災以後は、気仙沼駅以外は営業休止、バス高速輸送システム(BRT)で運行。
バス[編集]
高速バス[編集]
- 池袋 - 釜石(けせんライナー)(岩手県交通〔国際興業バスは予約・発券支援のみ〕):池袋駅西口 - 一関駅・千厩経由で気仙沼へ。
- 仙台 - 大船渡線(岩手県交通・宮城交通):(東北道 一関IC) - 岩手病院前・一関社会保険事務所入口・薄衣・千厩経由で気仙沼へ
- 仙台 - 南三陸・気仙沼線(ミヤコーバス):(三陸道 志津川IC) - 志津川(南三陸町)経由で気仙沼へ。
路線バス[編集]
- 岩手県交通
- 特急大船渡 - 一関線:一関駅前 - 薄衣・千厩経由で気仙沼へ。
- 一関 - 千厩・気仙沼線:一関駅前 - 薄衣・千厩経由で気仙沼へ。
- ミヤコーバス
バス高速輸送システム(BRT)[編集]
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
道路[編集]
高速道路[編集]
高規格幹線道路[編集]
国土交通大臣指定に基づく高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)
- 三陸自動車道(供用中)
- 三陸自動車道(事業中)
一般国道[編集]
県道[編集]
- 宮城県道206号馬籠志津川線
- 宮城県道208号大島線
- 宮城県道209号上八瀬気仙沼線
- 宮城県道210号鹿折唐桑停車場線
- 宮城県道211号上鹿折停車場線
- 宮城県道218号大島浪板線
- 宮城県道233号馬籠東和線
- 宮城県道239号馬場只越線
船舶[編集]
※現在は全ての便がカーフェリー便となっている。
観光地・祭事[編集]
レジャー[編集]
観光[編集]
- リアス・アーク美術館:石山修武設計。[注釈 3]
- 大島
- 十八鳴浜(くぐなりはま)
- 小田の浜海水浴場
- お伊勢浜海水浴場(閉鎖中)
- 竜舞崎
- 岩井崎
- 内湾
- 神明崎
- 安波山
- 早馬山
- 唐桑半島ビジターセンター
- 巨釜半造
- 御崎 (宮城県)
- 大理石海岸
- 徳仙丈山:ツツジの群生地。
- 市民の森
- 前浜貝塚
- 田柄貝塚
- 田束山
- 田束経塚群
- 大谷鉱山
- 道の駅大谷海岸(はまなすステーション)
- モーランド・本吉(観光牧場)[23]
- 氷の水族館
祭り[編集]
- 徳仙丈つつじ祭り
- 気仙沼みなとまつり:海の道、内湾、ほかにて、8月第1日曜とその前日に開催。
- 小泉川夏祭り
- けせんぬまサンマまつり:船員憩いの広場(朝市広場)にて、9月第3日曜に開催。
- 気仙沼サンマフェスティバル:サンマまつりを発端とする音楽イベント。2012年より10上旬に開催。
- お米フェスティバル:気仙沼市民の森にて、10月第2日曜に開催。
- 気仙沼地方産業まつり:気仙沼市魚市場にて、10月第4土曜・日曜。
- 本吉町産業まつり
- 気仙沼市民文化祭:気仙沼市民会館・中央公民館ほかにて、10月中旬から11上旬にかけて開催。
- 田束山石像公園祭り
- 大谷シーサイドフェスタ
- マンボウサンバ大会
- 気仙沼市長杯サーフィンコンテスト
- 羽田のお山がけ:旧暦8月15日・16日、2000年(平成12年)12月27日、国の重要無形民俗文化財指定。
- 早稲谷鹿踊り
- 新城田植踊
- 廿一田植踊
- 山田大名行列:市指定無形文化財。
出身著名人[編集]
国会議員
- 小山東助 - 衆議院議員、思想家 (1879生)
- 菊池福治郎 - 衆議院議員 (1925生)
- 日出英輔 - 参議院議員、農林水産省農蚕園芸局長 (1941生)
- 菅野哲雄 - 衆議院議員 (1948生)
- 小野寺五典 - 衆議院議員、防衛大臣、 外務副大臣 (1960生)
地方議会
研究・教育
- 鮎貝房之進 - 言語学者、 歴史学者 (1864生)
- 上坂酉三 - 商学博士、早稲田大学名誉教授、日本貿易学会会長 (1888生)
- 守屋洋 - 中国文学者、SBI大学院大学教授 (1932生)
- 長峯純一 - 関西学院大学教授、副学長 (1957生)
経済
- 尾形英夫 - 編集者、徳間書店常務 (1933生)
- 熊谷満 - ユアテック社長、相談役 (1941生)
- 畠山重篤 - 養殖漁業家、「森は海の恋人」代表、著述家 (1943生)
- 小野寺重之 - Jリーグ 柏レイソル社長 (1947生)
- 村上教行 - イオン 顧問、イオン東北代表 (1951生)
- 小松雅直 - スタビライザー社長 (1972生)
文学・芸術
- 落合直文 - 歌人、国文学者、浅香社結成 (1861生)
- 鮎貝房之進 - 歌人、言語学・歴史学者 (1864生)
- 熊谷武雄 - 歌人 (1883生)
- 熊谷龍子 - 歌人 (1943生)
- 梶原さい子 - 歌人、葛原妙子賞受賞 (1971生)
- 水上不二 - 詩人、童話作家 (1904生)
- 梶原しげよ - 詩人 (1920生)
- 小山歩 - 作家、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞 (1980生)
- 生島淳 - スポーツジャーナリスト (1967生)
- 大友信彦 - スポーツライター (1962生)
- 石井さだよし - 漫画家『解体屋ゲン』 (1959生)
- 奥原しんこ - イラストレーター(1973)
- 小野寺久幸 - 美術院国宝修理所所長、東大寺大仏師 (1929生)
- 斎藤乾一 - 陶芸家 (1942.2生)
- 佐々木隆二 - 写真家 (1940生)
- 管野滋樹 - オペラ歌手
芸能
- 黒沢光義 - シンガーソングライター (1967生)
- 畠山美由紀 - シンガーソングライター (1972生)
- 熊谷育美 - シンガーソングライター (1985生)
- バイソン片山 - ドラマー (1951生)
- EMMA - DJ
- 千葉一伸 - 声優 (1968生)
- 柳家三寿 - 落語家 (1946生)
- マギー審司 - タレント、マジシャン (1973生)
- 佐々木莉佳子 - アイドル (2001生)
- SCK GIRLS - ローカルアイドルグループ
- 三田光一 - 超能力者 (1885生)
- 気仙沼ちゃん - 元タレント、民宿経営
アナウンサー
- 生島ヒロシ - TBS、タレント (1950生)
- 菅原克彦 - 北海道放送、フリー (1964)
- 村上亜希子 - 北海道放送、フリー (1966生)
- 藤村惠一 - テレビ岩手 (1967生)
- 岩手佳代子 - ラジオパーソナリティー (1980生)
- 佐藤千晶 - 東日本放送、名古屋テレビ放送、フリー (1986生)
スポーツ
- 秀ノ山雷五郎 - 力士(第9代横綱) (1808生)
- 宮城海清人 - 力士 (1922生)
- 東孝 - 空手道 (1949生)
- 島田源太郎 - プロ野球選手、コーチ、解説者 (1939生)
- 金村曉 - プロ野球選手、コーチ (1976生)
- 千葉卓朗 - フェンシング選手・1958全日本選手権優勝、本吉町長 (1934生)
- 大和田智子 - フェンシング選手・1964年東京オリンピック日本代表 (1941)
- 千田健一 - フェンシング選手・1980日本代表、指導者 (1956生)
- 菅原智恵子 - フェンシング選手・アテネ・北京・ロンドン五輪3連続日本代表 (1976生)
- 千田健太 - フェンシング選手・2012ロンドン五輪団体銀メダリスト (1985)
- 畠山健介 - ラグビー選手・日本代表 (1985生)
- 畠山知己 - ヨット選手、早稲田大学ヨット部監督 (1971生)
- 佐藤真海 - 走り幅跳び選手、パラトライアスロン選手 (1982生)
- 小野寺洋介山 - プロボクサー (1981生)
- 気仙沼二郎 - プロレスラー (1972生)
- 鈴木麻優 - 騎手 (1996生)
ゆかりのある人物
その他の関連事象[編集]
防災無線の音楽[編集]
気仙沼では、災害に備えた設備点検も兼ねて、1日4回(6、12、18、21時)に防災無線が鳴る。
- 6時 『恋はみずいろ』
- 12時 『ウェストミンスターの鐘』
- 18時 交響曲第9番『新世界より』「家路」
- 21時 季節によって音楽が変わる。『赤とんぼ』『もみじ』『かあさんの歌』『トロイカ』『雪の降るまちを』『早春賦』『花』
脚注[編集]
注釈
- ^ アメリカ海軍第1強襲艇隊所属で強襲揚陸艦エセックスに搭載の船艇。
- ^ “バス・乗合タクシー時刻表”. (公式ウェブサイト). 気仙沼市. 2017年1月2日閲覧。
- ^ “リアス・アーク美術館”. (公式ウェブサイト). リアス・アーク美術館. 2011年4月16日閲覧。
出典
- ^ 釜石のあゆみ(岩手県釜石市)
- ^ “震度データベース検索”. (公式ウェブサイト). 気象庁 (2011年3月11日). 2011年4月16日閲覧。
- ^ a b “東日本大震災 図説集”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年4月10日) 2011年4月17日閲覧。:被災状況全図。
- ^ “海底10m削られ、76cm地盤沈下…気仙沼”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2011年4月3日) 2011年4月15日閲覧。
- ^ “平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に伴う地盤沈下調査”. (公式ウェブサイト). 国土地理院. 2011年4月18日閲覧。
- ^ “東日本大震災:地盤沈下 最大は陸前高田市の84センチ”. 毎日jp (毎日新聞社). (2011年4月14日) 2011年4月14日閲覧。
- ^ “地盤沈下、陸前高田・小友84センチ 国土地理院調査”. 岩手日報WebNews (岩手日報). (2011年4月15日) 2011年4月15日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)被害報【最新】”. 総務省消防庁 2016年3月10日閲覧。
- ^ 気仙沼市・本吉町・唐桑町合併協議会 慣行の取り扱い
- ^ 『図典 日本の市町村章』p36
- ^ <気仙沼のほぼ日>来年11月閉鎖へ 糸井重里さん「人と人との関係は続く」『河北新報』2018年10月16日(2018年11月22日閲覧)。
- ^ 気仙沼漁師のセーターをブランドに 大切なのは「誇り」『朝日新聞』GLOBE(2018年2月4日)2018年11月22日閲覧。
- ^ イオン気仙沼店(2018年11月22日閲覧)。
- ^ 「気仙沼の元気は魚から」『日本経済新聞』ニュースサイト(2011年12月15日)2018年11月22日閲覧。
- ^ 気仙沼 海の市(2018年11月22日閲覧)。
- ^ 気仙沼・内湾にぎわい再び 観光集客施設「迎」本格オープン『河北新報』2018年11月16日(2018年11月22日閲覧)。
- ^ 復興屋台村気仙沼横丁 2015年5月7日閲覧。
- ^ 復興屋台村・復興商店街 2015年5月7日閲覧。
- ^ サメまち気仙沼(公式サイト)2019年1月18日閲覧。
- ^ サメの街 気仙沼PR/革製品などの専門店/震災後開業「古里に活気を」『日本経済新聞』夕刊2018年12月12日(社会面)掲載の共同通信配信記事。2019年1月18日閲覧。
- ^ ユネスコスクール公式ウェブサイト > ユネスコスクール加盟校一覧
- ^ “学力向上フロンティア事業”. 学力向上フロンティア(公式ウェブサイト). 文部科学省. 2011年4月16日閲覧。
- ^ モーランド・本吉(2018年11月22日閲覧)。
参考文献
関連項目[編集]
- Category:気仙沼市
- 日本の地方公共団体一覧
- 日本の市町村の廃置分合
- 気仙郡
- みちびき地蔵(気仙沼大島)
外部リンク[編集]
オープンストリートマップには、気仙沼市に関連する地理データがあります。- “気仙沼市”. (公式ウェブサイト). 気仙沼市. 2017年1月2日閲覧。
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