言海
言海(げんかい)は、国語学者の大槻文彦が明治期に編纂した国語辞典。日本初の近代的国語辞典とされる。
成立[編集]
1875年(明治8年)、当時文部省報告課に勤務していた大槻文彦が、報告課長の西村茂樹に国語辞典の編纂を命ぜられ、編纂を開始した。国の辞書があるということは、その国を近代国家として認めさせる手段の一つだったため、当時のイギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどでは、国語辞典作りが盛んに行われていた。明治政府は「日本が近代国家の仲間入りをするためには、日本語という国語を統一する必要があるから、我が国にも国語辞典が必要だ」と考えたのである。
1882年(明治15年)に初稿を成立させたが校閲に4年をかけ、完成したのは1886年(明治19年)である。元々は文部省自体から刊行される予定であったが、予算が無いため出版が立ち消えそうになり、結局1891年(明治24年)に自費出版することになった。
最初は四六倍判の四分冊として出版され、その後一冊本や上下に分かれた二冊本、判型が異なった小型や中型のものが刊行されていった。大槻の没後に、大幅に改訂がなされた『大言海』も発刊された。
自筆による最終的な下書き本は大槻が保管していたが、死後は他の蔵書や肖像画などと共に、大槻が第8代館長を務めた宮城県図書館に寄贈され『大槻文庫』として所蔵されている[1]。特に言海の自筆稿本は宮城県の指定文化財に指定されている[2]。
内容[編集]
言海は五十音引きの国語辞書であり、文語で記されている。収録されている語数は39103語で、固有名詞などは扱っていない。本編の辞書部分の他に漢文で書かれた「言海序」、西洋文法を参考に日本語を体系化した「語法指南」、索引の仕方を書いた「索引指南」なども載っている。
大言海[編集]
言海の改訂増補版。晩年の大槻文彦自身が、改訂作業に務めたが、事半ばにして1928年(昭和3年)に没したため、兄の大槻如電らが引き継いだ。如電没後の1932年(昭和7年)より冨山房で刊行された(1937年(昭和12年)に全4巻・索引で完結)。『新編 大言海』(一冊本、冨山房、1982年(昭和57年))等で、度々新版刊行。
刊行年譜[編集]
- 四分冊
- 1891年(明治24年)12月5日:第二版(一冊本)
- 1891年(明治24年)12月:第二版(二冊本)
- 1904年(明治37年)2月28日:小形 言海(縮刷版)
- 2004年(平成16年)4月:復刻版『言海』ちくま学芸文庫、解説武藤康史。ISBN 4480088547
- 1909年(明治42年)8月23日:中形 言海
- 『大言海』四分冊 冨山房
- 1968年(昭和43年)『新訂 大言海』冨山房。
- 1982年(昭和57年)『新編 大言海』冨山房。ISBN 457200062X
評伝[編集]
- 高田宏『言葉の海へ』新潮社、1978年。 第5回大佛次郎賞・第10回亀井勝一郎賞受賞。
- 今野真二『「言海」を読む ことばの海と明治の日本語』 角川選書、2014年
- 安田敏朗『大槻文彦『言海』 辞書と日本の近代』 慶應義塾大学出版会、2018年