ディック東郷

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ディック東郷
Dick Togo
ディック東郷Dick Togoの画像
プロフィール
リングネーム ディック東郷
SATO
巌鉄魁
本名 佐藤 茂樹
ニックネーム マスター・オブ・セントーン
レスリングマスター
身長 170cm
体重 95kg
誕生日 (1969-08-17) 1969年8月17日(47歳)
出身地 秋田県大館市
所属 NVP
スポーツ歴 野球
柔道
トレーナー グラン浜田
デビュー 1991年
引退 2012年9月9日
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ディック東郷(ディックとうごう、本名:佐藤 茂樹(さとう しげき)、1969年8月17日 - )は、日本プロレスラー秋田県大館市出身。「マスター・オブ・セントーン」の異名をもつ。「D・東郷」と表記されることもある。

経歴[編集]

  • 秋田県立十和田高等学校在学中は野球部に所属。卒業後FMWの練習生を経てユニバーサル・プロレスリングに入門。
  • 1991年6月5日、巌鉄魁(がんてつ・さきがけ。入場時にはなまはげの仮面を着用)というリングネームでMASAみちのくを相手にデビューする。メキシコ遠征後、サスケが旗揚げしたみちのくプロレスに参戦する。
  • 覆面レスラーSATO(サトー)として活動するもスペル・デルフィンとのマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剥ぎマッチ)に敗れてマスクを脱ぐ。
  • 獅龍テリーボーイと「平成海援隊」を結成。負傷欠場からの復帰した際にリングネームをディック東郷に改名する。「夢狩人」のタッグチーム名で活躍していた船木勝一TAKAみちのくが合流してグループ名を「海援隊★DX」に改名。
  • 1998年、TAKAを追ってWWF(現WWE)に移籍し「KAIENTAI」として活動するが会社とそりが合わず、翌年退団。
  • 帰国後、大阪プロレスに電撃参戦し、ルードとして活躍。しかしデルフィンとの確執から2000年に離脱。その後フリーとして活動。
  • 2004年8月まで、みちのくプロレスにヒールユニットFEC(ファー・イースト・コネクション)を率いて参戦。
  • その後はやて小坪弘良らとプロレス学校「SUPER CREW」を立ち上げ(2006年12月解散)、DDTプロレスリングを中心として活動。
  • また、仲の良いTAKAが率いているKAIENTAI-DOJOにも参戦しているが、生涯一ヒールを自認しているため、ヒールユニットの勤王党と共闘し、TAKAと対立する。その一方で、古巣のみちのくプロレスで、これまで敵対していたサスケと東北タッグ王座に就いたりもする。また新日本プロレスに参戦しC.T.Uとブラック・ニュー・ジャパンと共闘した。
  • 2010年3月11日には自身ブログにて入籍を報告。
  • 2010年4月9日に記者会見を開き、2011年6月をもって日本でのプロレス活動を引退し、それまでの1年強はDDT所属レスラーとして試合を行うこと、また2011年6月から1年間は日本国外でプロレスを行い、最終的にボリビアで引退試合を行うことを発表した。
  • 2010年10月、プロレスリング・ノア日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に、DDTプロレスリング代表チームとしてヤス・ウラノとともに参加、同団体初参戦を果たした。
  • 11月28日、佐藤光留の持っていたDDTのKO-D無差別級選手権に挑戦し、これを奪取する。その後負傷欠場により一時返上するも、復帰後暫定王者となっていた師弟関係にあり、引退前にシングルでの対決を誓い合っていたアントーニオ本多との統一戦に勝利し再び戴冠、以降HARASHIMA飯伏幸太の挑戦を退け防衛している。
  • 2011年5月、KO-D無差別級選手権、石川修司戦にて敗戦。
  • 2011年6月30日、引退興行「IKIZAMA」を開催し、ユニバーサル・プロレスリング時代からの先輩である外道とのシングルマッチに勝利し、国内での活動を引退。
  • 2011年8月より世界ツアーへと旅立ち、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ、中南米を転戦。2012年6月21日、最終目的地である尊敬するチェ・ゲバラの最後の地、ボリビアに到着。
  • 2012年7月、弟子である佐藤悠己が、アイアンマンヘビーメタル級王座を持ってボリビアを訪れ、王座を2度獲得(923代・927代)。この927代アイアンマン王座が最後のタイトルになった。
  • 2012年9月9日、13ヵ月に及ぶワールドツアーを終えボリビアにて引退。日本からヤス・ウラノ、アントーニオ本多、佐々木大輔、ワールドツアー内で指導した各国のレスラーなどがかけつけた。また、日本から多くのファンもかけつけた。
  • 2012年10月21日、引退後初の公の場としてDDT後楽園大会に来場。日本インディー大賞2011ベストバウト賞の表彰式が行われ、開会宣言も担当した。
  • 2014年3月9日DDTのプロレス教室に登場。今後はベトナムに移住してスポーツジムのマネージメントをしつつ、プロレスの普及をしていくとのこと。
  • 2015年5月ベトナムのダナンにプロレススクールを開講。ベトナムのTV局のサポートの元でベトナム初のプロレス団体「NVP」も設立して代表は吉田充宏が就任。また吉田は所属選手にもなる予定[1]
  • 2016年6月5日、Twitterにて現役復帰を宣言[2]
  • 7月3日、DDT博多大会で復帰。
  • 9月16日~19日、みちのくプロレスの【第6回ふく面ワールドリーグ戦】にキューバ代表のマスクマン、レボルシオンとして参戦し準優勝。決勝でカリスティコに敗れ、リング上で正体を明かしてカリスティコと抱き合う感動のシーンとなった。

その他[編集]

  • FMW練習生を辞めた理由は「逃げた」。
  • 街中でユニバーサルの試合呼び込みしている選手に声をかけ、ユニバーサルに入門。その選手が現在のザ・グレート・サスケ。
  • かつてはここ一番でタイトルを逃すことが多かったが、近年では多くのタイトルを手にしている。

リングネーム[編集]

佐藤が現在、過去に用いたことがあるリングネーム

  • ディック東郷(現在)
    • 巌鉄魁
    • SATO(2007年9月24日覆面MANIA大会で13年ぶりに復活、みちのく15周年ノスタルジックツアーでも参加)
    • ザ・スーター(誠心会館の興行に出場したマスクマン。本人はそのことに一切触れていないが、後に松永光弘が本人に了解を得た上で、自書で正体を明かしている)。
    • カンクン(ロス・ゲレーロ・デ・メヒカーノス)
    • 北野インフェルノ
    • エル・ティグレ・デル・トーキョー
    • ディク本(高校時代レスリング部だった後輩レスラーの試合に助っ人として参戦。胸の部分に出身校の「十和田」と入ったレスリングタイツで参戦したが、高校時代は野球部だった)
    • レボルシオン (みちのくプロレスの第6回ふく面ワールドリーグ戦に登場したキューバ代表のマスクマン。ディック東郷推薦枠とされていたが、決勝で敗れた後にリング上で正体を明かした)
  • DDTに参戦した遠い親戚
    • レイ・クバーノ(キューバ軍のメンバー)
    • フランチェスコ・トーゴー(イタリアン・フォー・ホースメンのメンバー、ギミック上は遠い親戚の別人、となっている)
    • プリンス・トーゴー(aWo(アロハ・ワールド・オーダー、通称ハワイ軍)のメンバー、フランチェスコ・トーゴー同様、遠い親戚)
  • 新北京プロレス所属の遠い親戚
    • 老師トウ・ゴー(新北京プロレスの重鎮、ギミック上は遠い親戚の別人、となっている)

得意技[編集]

レスラーとしては決して体格に恵まれていないが、軽量級の中ではウェイトもあり、パワーもある。それでいて飛び技もこなす希有な選手である。大一番ではその器用さを活かし普段使用しないような(特に国外でポピュラーな)技を突如として繰り出すこともある。

ダイビング・セントーン
フィニッシュ・ホールドであり、「マスター・オブ・セントーン」の異名をとるほどの威力を持つ。
ペディグリー
試合終盤、この技をコーナーポスト下で決め、相手を仰向けにさせてからフィニッシュ・ホールドのダイビングセントーンに行くのが、東郷の必勝パターン。
シルバーブレット (Silver Bullet)
トペ・アトミコとセントーンの複合技。トップロープを掴んで倒立の様に一旦制止し、その後体を浴びせる。場外の相手にも出すことがある。
クロスフェイス
ロープ際ではロープブレイクをしようとする相手を阻止するために、ロープを蹴りその反動で後方に回転して極め直すこともある。
ラリアット
要所、要所で好んで使用する。打ち出し方は様々で身体を浴びせ倒すように仕掛けることも。
フィスト・ドロップ
中盤の痛め技としてよく使用する。
フラワー
東郷の使用するオーバーヘッドキックの名称。大阪プロレス所属時代によく見られたが近年ではほとんど使用しない。
オクラホマロール
腕を挟み込まないラ・マヒストラル。この技を跳ね返されると即座にクロスフェイスに移行する。
横十字固め
尻餅状態の相手に対して背後から仕掛け、上記オクラホマロール同様、この技を跳ね返されると即座にクロスフェイスに移行する。
トペ・アトミコ
コーナーポスト上から放つ以外にもスワンダイブ式で遠方に向かって放つ場合もある。
トペ・スイシーダ
フォームが美しく、一直線に場外に飛び出して行く。
トペ・コンヒーロ
東郷の場合、セカンドロープとサードロープの間をくぐり抜ける型で、上記同様これもスピード感に溢れるが、時折鉄柵を越えて観客席になだれ込む時がある。
カウンター・シットダウン・パワーボム
ウラカン・ラナを狙った相手を頭上高く跳ね上げ、シットダウン式ジャンピング・パワーボムに移行する技。
クーロンズゲート
相手の股下に頭を入れて抱え上げ、回転しつつ開脚ジャンプして相手の頭部をマットに突き刺す荒技。
フェイマサー
東郷の場合、走り込んでジャンプし、両足で相手の首を捉えて叩き付ける独特の形を見せる。近年はあまり使っていない。
パワースラム
SATO時代の得意技。近年は使っていない。

タイトル歴[編集]

入場曲[編集]

  • INSANE IN THE BRAIN / サイプレス・ヒル
  • Falla Girare / ジョヴァノッティ(イタリアン・フォー・ホースメンのテーマとして使用)

引退興行、他団体ラストマッチ[編集]

ディック東郷国内引退興行「IKIZAMA」
日時 : 2011年6月30日
場所 : 後楽園ホール
第1試合
関根龍一
松永智充
5分20秒
龍切
石井慧介
平田一喜×
第2試合
つぼ原人
×たかぎ原人
9分50秒
ロープ渡り自爆→片エビ固め
新崎人生
気仙沼二郎
第3試合 ガントレットタッグマッチ
スペル・デルフィン
グラン浜田
3分56秒
腕ひしぎ十字固め
MEN'Sテイオー
HANZO
飯伏幸太
男色ディーノ
1分56秒
レフェリー暴行→反則
スペル・デルフィン
グラン浜田●
KUDO
マサ高梨
4分54秒
首固め
飯伏幸太
男色ディーノ●
マサ高梨が第859代アイアンマンヘビーメタル級王者に認定される。
ヤス・ウラノ
GENTARO
3分15秒
首固め
KUDO
マサ高梨●
ヤス・ウラノが第860代アイアンマンヘビーメタル級王者に認定される。
ヤス・ウラノ
○GENTARO
5分04秒
キドクラッチ
HARASHIMA
星誕期
○ヤス・ウラノ
GENTARO
8分58秒
ツームストンパイルドライバー→体固め
石川修司
ビッグ諸橋
第4試合
日高郁人
石井智宏
佐々木大輔
13分56秒
NOW OR NEVER→片エビ固め
カズ・ハヤシ
FUNAKI
佐藤悠己×
第5試合
×アントーニオ本多
邪道
16分59秒
サスケスペシャルX ver.10.2セグウェイ(ものまね禁止)→片エビ固め
TAKAみちのく
ザ・グレート・サスケ
第6試合
ディック東郷 25分23秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
外道×
ラストマッチ
ディック東郷 各団体ラストマッチ
新日本プロレスリング 6月23日:東京・ディファ有明 J SPORTS CROWN
ディック東郷
邪道
外道
高橋裕二郎
田中将斗
17分11秒
東京ピンプス
マスカラ・ドラダ×
井上亘
タイガーマスク
天山広吉
棚橋弘至
DDTプロレスリング 6月19日:東京・後楽園ホール What are you doing 2011
ディック東郷
アントーニオ本多
14分42秒
Dセントーン
ヤス・ウラノ
佐々木大輔×
KAIENTAI-DOJO 6月18日:東京・後楽園ホール~CLUB-K SUPER take~
ディック東郷
MEN'Sテイオー
中島半蔵
TAKAみちのく
FUNAKI
with カズ・ハヤシ
13分50秒
Dセントーン
ザ・グレート・サスケ
スペル・デルフィン
新崎人生
グラン浜田
ヨネ原人×
ZERO1 6月14日:東京・後楽園ホール~レスラーズ~
ディック東郷
日高郁人
FUNAKI
14分2秒
Dセントーン
田中将斗
澤宗紀×
フジタJrハヤト
みちのくプロレス 6月5日:東京・後楽園ホール 東日本大震災復興チャリティー大会
ディック東郷 15分38秒
無効試合
ザ・グレート・サスケ
ディック東郷
ザ・グレート・サスケ
スペル・デルフィン
4分23秒
Dセントーン
ウルティモ・ドラゴン
野橋真実×
ラッセ
DDTプロレスリング 5月22日:秋田・大館市民体育館 レスリングマスターファイナルカウントダウン
ディック東郷
GENTARO
ヤス・ウラノ 
17分22秒
Dセントーン
飯伏幸太
ケニー・オメガ
石井慧介×
みちのくプロレス 5月8日:岩手・矢巾町民総合体育館 東日本大震災復興チャリティー大会
ディック東郷 17分31秒
セントーン
気仙沼二郎×

脚注[編集]

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外部リンク[編集]