ディック東郷

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ディック東郷
ディック東郷の画像
プロフィール
リングネーム ディック東郷
SATO
巌鉄魁
本名 佐藤 茂樹
ニックネーム レスリング・マスター
身長 170cm
体重 90kg
誕生日 (1969-08-17) 1969年8月17日(48歳)
出身地 秋田県大館市
所属 みちのくプロレス
スポーツ歴 柔道
野球
トレーナー グラン浜田
デビュー 1991年6月5日
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ディック東郷(ディックとうごう、1969年8月17日 - )は、日本プロレスラー。本名:佐藤 茂樹(さとう しげき)。

経歴[編集]

秋田県立十和田高等学校在学中は野球部に所属。卒業後、FMWの練習生を経てユニバーサル・プロレスリングに入門。

1991年6月5日、巌鉄魁(がんてつ さきがけ。入場時にはなまはげの仮面を着用)というリングネームでMASAみちのくを相手にデビューする。メキシコ遠征後、サスケが旗揚げしたみちのくプロレスに参戦する。

覆面レスラーSATO」として活動するもスペル・デルフィンとのマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剥ぎマッチ)に敗れてマスクを脱ぐ。

獅龍テリーボーイと「平成海援隊」を結成。負傷欠場からの復帰した際にリングネームをディック東郷に改名する。「夢狩人」のタッグチーム名で活躍していた船木勝一TAKAみちのくが合流してユニット名を「海援隊☆DX」に改名。

1998年、TAKAを追ってWWF(現:WWE)に移籍して「KAIENTAI」として活動するが会社とそりが合わなかったことから1999年に退団。

帰国後、大阪プロレスに電撃参戦してルードとして活躍。しかしデルフィンとの確執から2000年に離脱。その後フリーとして活動。

2004年8月、みちのくプロレスにヒールユニットFEC(ファー・イースト・コネクション)を率いて参戦。

その後、はやて小坪弘良らとプロレス学校「SUPER CREW」を立ち上げてDDTプロレスリングを中心として活動。

また、仲の良いTAKAが率いているKAIENTAI DOJOにも参戦しているが、生涯一ヒールを自認しているため、ヒールユニットの勤王党と共闘してTAKAと対立する。その一方で、古巣のみちのくプロレスで、これまで敵対していたサスケと東北タッグ王座に就いたりもする。また新日本プロレスに参戦しC.T.Uとブラック・ニュー・ジャパンと共闘。

2010年3月11日、自身ブログにて入籍を報告。

4月9日、記者会見を開き、2011年6月をもって日本でのプロレス活動を引退して、それまでの1年強はDDT所属レスラーとして試合を行うこと、2011年6月から1年間は日本国外でプロレスを行い、最終的にボリビアで引退試合を行うことを発表。

10月、プロレスリング・ノア日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦にDDTプロレスリング代表チームとしてヤス・ウラノと共に参加して同団体初参戦を果たした。

11月28日、佐藤光留の持っていたDDTのKO-D無差別級選手権に挑戦して同王座を奪取。その後負傷欠場により一時返上するも復帰後暫定王者となっていた師弟関係にあり、引退前にシングルでの対決を誓い合っていたアントーニオ本多との統一戦に勝利し再び戴冠、以降はHARASHIMA飯伏幸太の挑戦を退け防衛している。

2011年5月、KO-D無差別級選手権、石川修司戦にて敗戦。

6月30日、引退興行「IKIZAMA」を開催してユニバーサル・プロレスリング時代からの先輩である外道とのシングルマッチに勝利して国内での活動を引退。

8月、世界ツアーへと旅立ち、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ、中南米を転戦。2012年6月21日、最終目的地である尊敬するチェ・ゲバラの最後の地、ボリビアに到着。

2012年7月、弟子である佐藤悠己が、アイアンマンヘビーメタル級王座を持ってボリビアを訪れて王座を2度獲得(923代・927代)。この927代アイアンマン王座が最後のタイトルになった。

9月9日、約13ヶ月に及ぶワールドツアーを終えてボリビアにて引退。日本からヤス・ウラノ、アントーニオ本多、佐々木大輔、ワールドツアー内で指導した各国のレスラーなどがかけつけた。また、日本から多くのファンもかけつけた。

10月21日、引退後初の公の場としてDDT後楽園大会に来場。日本インディー大賞2011ベストバウト賞の表彰式が行われて開会宣言も担当。

3月9日、DDTのプロレス教室に登場。今後はベトナムに移住してスポーツジムのマネージメントをしつつプロレスの普及をしていくとのこと。

5月、ベトナムのダナンにプロレススクールを開講してベトナムのテレビ局のサポートの下でベトナム初のプロレス団体「NVP(ニュー・ベトナム・プロレスリング)」を設立して吉田充宏が選手兼代表として入団[1]

2016年6月5日、Twitterにて現役復帰を宣言[2]

7月3日、DDT博多大会で復帰。

9月16日から19日、みちのくプロレスの第6回ふく面ワールドリーグ戦にキューバ代表マスクマンのレボルシオンとして参戦して準優勝。決勝でカリスティコに敗れ、リング上で正体を明かしてカリスティコと抱き合う感動のシーンとなった。

2018年1月13日、みちのくプロレスに再入団。

得意技[編集]

プロレスラーとしては決して体格に恵まれていないが軽量級の中ではウェイトもあり、パワーもある。それでいて飛び技もこなす希有な選手である。大一番では、その器用さを活かして日本では滅多にみないような技を突如として繰り出すこともある。

ダイビングセントーン
フィニッシュ・ホールドであり、「マスター・オブ・セントーン」の異名をとるほどの威力を持つ。
ペディグリー
試合終盤、この技をコーナーポスト下で決め、相手を仰向けにさせてからフィニッシュ・ホールドのダイビングセントーンに行くのが、東郷の必勝パターン。
シルバーブレット
トペ・アトミコとセントーンの複合技。トップロープを掴んで倒立の様に一旦制止し、その後体を浴びせる。場外の相手にも出すことがある。
クリップラー・クロスフェイス
ロープ際ではロープブレイクをしようとする相手を阻止するために、ロープを蹴り、その反動で後方に回転して極め直すこともある。
ラリアット
要所、要所で好んで使用する。打ち出し方は様々で身体を浴びせ倒すように仕掛けることもある。
フィストドロップ
中盤の痛め技としてよく使用する。
フラワー
東郷の使用するオーバーヘッドキックの名称。大阪プロレス所属時代によく見られたが近年ではほとんど使用しない。
オクラホマロール
腕を挟み込まないラ・マヒストラル。この技を跳ね返されると即座にクロスフェイスに移行する。
横十字固め
尻餅状態の相手に対して背後から仕掛け、上記オクラホマロール同様、この技を跳ね返されると即座にクロスフェイスに移行する。
トペ・アトミコ
コーナーポスト上から放つ以外にもスワンダイブ式で遠方に向かって放つ場合もある。
トペ・スイシーダ
フォームが美しく、一直線に場外に飛び出して行く。
トペ・コンヒーロ
東郷の場合、セカンドロープとサードロープの間をくぐり抜ける型で、上記同様これもスピード感に溢れるが、時折鉄柵を越えて観客席になだれ込む時がある。
カウンターシットダウンパワーボム
ウラカン・ラナを狙った相手を頭上高く跳ね上げ、シットダウン式ジャンピング・パワーボムに移行する技。
クーロンズゲート
相手の股下に頭を入れて抱え上げ、回転しつつ開脚ジャンプして相手の頭部をマットに突き刺す荒技。
フェイマサー
東郷の場合、走り込んでジャンプし、両足で相手の首を捉えて叩き付ける独特の形を見せる。近年はあまり使っていない。
パワースラム
SATO時代の得意技。近年は使っていない。

タイトル歴[編集]

みちのくプロレス
プロレスリングZERO-ONE
DDTプロレスリング
新日本プロレス
プロレスリングZERO1-MAX
大阪プロレス
ガッツワールドプロレスリング
  • GWC認定6人タッグ王座
東京愚連隊
  • 東京インターコンチネンタルタッグ王座
その他

入場曲[編集]

  • Insane In The Brain(サイプレス・ヒル
  • Falla Girare(ジョヴァノッテ) - ユニット「イタリアン・フォー・ホースメン」のテーマ曲として使用

リングネーム[編集]

佐藤が現在、過去に用いたことがあるリングネーム

  • ディック東郷(現在)
    • 巌鉄魁
    • SATO(2007年9月24日覆面MANIA大会で13年ぶりに復活、みちのく15周年ノスタルジックツアーでも参加)
    • ザ・スーター(誠心会館の興行に出場したマスクマン。本人はそのことに一切触れていないが、後に松永光弘が本人に了解を得た上で、自書で正体を明かしている)。
    • カンクン(ロス・ゲレーロ・デ・メヒカーノス)
    • 北野インフェルノ
    • エル・ティグレ・デル・トーキョー
    • ディク本(高校時代レスリング部だった後輩レスラーの試合に助っ人として参戦。胸の部分に出身校の「十和田」と入ったレスリングタイツで参戦したが、高校時代は野球部だった)
    • レボルシオン (みちのくプロレスの第6回ふく面ワールドリーグ戦に登場したキューバ代表のマスクマン。ディック東郷推薦枠とされていたが、決勝で敗れた後にリング上で正体を明かした)
  • DDTに参戦した遠い親戚
    • レイ・クバーノ(キューバ軍のメンバー)
    • フランチェスコ・トーゴー(イタリアン・フォー・ホースメンのメンバー、ギミック上は遠い親戚の別人、となっている)
    • プリンス・トーゴー(aWo(アロハ・ワールド・オーダー、通称ハワイ軍)のメンバー、フランチェスコ・トーゴー同様、遠い親戚)
  • 新北京プロレス所属の遠い親戚
    • 老師トウ・ゴー(新北京プロレスの重鎮、ギミック上は遠い親戚の別人、となっている)

引退興行、他団体ラストマッチ[編集]

ディック東郷国内引退興行「IKIZAMA」
第1試合
松永智充
関根龍一
5分20秒
龍切
石井慧介
平田一喜×
第2試合
つぼ原人
×たかぎ原人
9分50秒
ロープ渡り自爆→片エビ固め
新崎人生
気仙沼二郎
第3試合 ガントレットタッグマッチ
スペル・デルフィン
グラン浜田
3分56秒
腕ひしぎ十字固め
MEN'Sテイオー
HANZO
飯伏幸太
男色ディーノ
1分56秒
レフェリー暴行→反則
スペル・デルフィン
グラン浜田
KUDO
マサ高梨
4分54秒
首固め
飯伏幸太
男色ディーノ
マサ高梨が第859代アイアンマンヘビーメタル級王者に認定される。
GENTARO
ヤス・ウラノ
3分15秒
首固め
KUDO
マサ高梨
ヤス・ウラノが第860代アイアンマンヘビーメタル級王者に認定される。
GENTARO
ヤス・ウラノ
5分04秒
キドクラッチ
HARASHIMA
星誕期
GENTARO
ヤス・ウラノ
8分58秒
ツームストンパイルドライバー→体固め
石川修司
ビッグ諸橋
第4試合
石井智宏
日高郁人
佐々木大輔
13分56秒
NOW OR NEVER→片エビ固め
カズ・ハヤシ
FUNAKI
佐藤悠己×
第5試合
邪道
×アントーニオ本多
16分59秒
サスケスペシャルX ver.10.2セグウェイ(ものまね禁止)→片エビ固め
ザ・グレート・サスケ
TAKAみちのく
第6試合
ディック東郷 25分23秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
外道×
各プロレス団体ラストマッチ
新日本プロレス 2011年6月23日 ディファ有明 J SPORTS CROWN
ディック東郷
田中将斗
邪道
外道
高橋裕二郎
17分11秒
東京ピンプス→片エビ固め
棚橋弘至
天山広吉
井上亘
タイガーマスク
マスカラ・ドラダ×
DDTプロレスリング 2011年6月19日 後楽園ホール What are you doing 2011
ディック東郷
アントーニオ本多
14分42秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
ヤス・ウラノ
佐々木大輔×
KAIENTAI DOJO 2011年6月18日 後楽園ホール 〜CLUB-K SUPER take〜
ディック東郷
MEN'Sテイオー
TAKAみちのく
FUNAKI
中島半蔵
with カズ・ハヤシ
13分50秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
ザ・グレート・サスケ
スペル・デルフィン
新崎人生
ヨネ原人×
グラン浜田
当初、カズが出場予定だったが負傷欠場により、HANZOが代替出場。
プロレスリングZERO1 2011年6月14日 後楽園ホール あなたのレスラーズ
ディック東郷
FUNAKI
日高郁人
14分2秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
田中将斗×
フジタ"Jr"ハヤト
澤宗紀
みちのくプロレス 2011年6月5日 後楽園ホール 東日本大震災復興チャリティー大会
ディック東郷 15分38秒
無効試合
ザ・グレート・サスケ
ディック東郷
ザ・グレート・サスケ
スペル・デルフィン
4分23秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
ウルティモ・ドラゴン
ラッセ
野橋真実×
DDTプロレスリング 2011年5月22日 大館市民体育館 レスリングマスターファイナルカウントダウン
ディック東郷
GENTARO
ヤス・ウラノ 
17分22秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
飯伏幸太
ケニー・オメガ
石井慧介×
みちのくプロレス 2011年5月8日 矢巾町民総合体育館 東日本大震災復興チャリティー大会
ディック東郷 17分31秒
ダイビングセントーン→片エビ固め
気仙沼二郎×

脚注[編集]

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外部リンク[編集]