高橋冬樹

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高橋 冬樹
プロフィール
リングネーム 高橋 冬樹
新岩 大樹
フレディ・クルーガー#3
ニックネーム 越後のあすなろ
身長 184cm
体重 108kg
誕生日 (1975-06-24) 1975年6月24日(43歳)
出身地 新潟県加茂市
スポーツ歴 大相撲
トレーナー ザ・グレート・カブキ
デビュー 1998年3月13日
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高橋 冬樹(たかはし ふゆき、1975年6月24日 - )は元プロレスラーで最終所属団体はZERO1-MAX(現:ZERO1)。新潟県加茂市出身。身長184cm、公称体重108kg。

ニックネームは「越後あすなろ」。

熱狂的な大阪近鉄バファローズのファンである(あった)。2004年の球界再編で同球団が消滅以後はオリックス・バファローズのファンであるとモバイルサイトのコラムにて公言していた。

経歴[編集]

大相撲出身。IWA・JAPANに入門し、ザ・グレート・カブキ付け人を経て、1998年3月13日、新岩 大樹(あらいわ ひろき)の名前でデビュー。翌年、海外修行の名目で姿を消し、マスクマンフレディ・クルーガー#3として、ターザン後藤率いるヒール軍団の一員として活躍。2000年に後藤が離脱後は、覆面を脱ぐ。

2001年にIWA・JAPANを退団。プロレスリング・ノア練習生を経て2002年、ZERO-ONEで再デビュー、長く負傷療養のために試合から離れていたが2005年春に復帰、その後も試合内容等で精彩を欠き『ゼロワンの崖っぷちトリオ』などと紹介される等模索の日々が続いていた。荒削りで年齢的には決して若くも無く厳しい立場にはあるが、今さらと思う反面、日本人プロレスラーの中でもひけをとらない大型選手であり、ダイナミックな動きは多く一皮剥ければ手ごわい選手になると期待された。違う仕事に目を向けたいとの理由で2007年9月30日の後楽園大会を以て現役を引退した。

ブログを開設し、ダイエットとトレーニング日記を更新していく。

2010年10月17日、ZERO1興行にボディビルダーで参加。(ポージングで鍛えた肉体を披露しジャーマンとドロップキックを披露する。)

2011年10月、地元の新潟プロレスにコーチ兼広報として旗揚げに参加。

2013年1月27日、シアタープロレス花鳥風月テクニカルコーチに就任[1]

同年末、ボディビルに専念するためプロレスから一旦身を引く。

得意技[編集]

帝釈天落とし
高橋冬樹時代の技名スナイパーFT。サドンインパクトと同形の技。
帝釈天バスター
ダブルアームフェイスバスター。
酒毒霧
持参した日本酒を飲んでパワーアップ、さらに酒を口に含んで相手に噴霧する。当然自爆や誤爆もある。
葛飾柴又固め
テキサスクローバーホールド

車冬次郎[編集]

車冬次郎(くるま・ふゆじろう)は、一念発起してキャラクターチェンジを果たした高橋冬樹の姿であり、本人が大好きな映画男はつらいよの主人公・車寅次郎をモチーフにし、2006年秋の地方巡業から試行錯誤を繰り返し順調に成長、2006年11月24日後楽園ホールにて首都圏初公開を果たし前座で活躍していた。車寅次郎、諏訪さくら役には当時ZERO1-MAXの姉妹団体・SUNに所属していた前村早紀が扮していた。

男はつらいよの主題歌を歌いながらの入場、最前列の観客に日本酒を振舞う(マイカーでの来客の場合も考慮して団子を配る場合もあり)、最後には対戦相手あるいはレフェリーと軽く口げんかになり「それを言っちゃあおしまいよ」で締める、などといったパフォーマンスが特徴的であった。

冬さんワールド[編集]

なお冬次郎の試合に際しては、

と呼ばれ、独特の世界が展開された。彼らは場合によってタッグを組んだりハンデマッチ形式で試合に絡むことがあった。

脚注[編集]

  1. ^ G-TALENTスタッフ (2013年1月27日). “テクニカルコーチに高橋冬樹氏が就任”. 2013年1月28日閲覧。