世界タッグ王座

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世界タッグ王座
詳細
現王者 諏訪魔&鈴木秀樹
獲得日 2024年2月25日
管理団体 全日本プロレス
創立 1988年6月10日
統計
最多保持者 川田利明
田上明
(6回)
初代王者 ジャンボ鶴田
谷津嘉章
(1988年6月10日)
最長保持者 太陽ケア
鈴木みのる
(554日)
最短所持者 天龍源一郎
阿修羅・原
(1日)
最年長 天龍源一郎
(51歳5か月)
最年少 本田竜輝
(22歳4か月)

世界タッグ王座(せかいタッグおうざ)は、全日本プロレスが管理、PWFが認定している王座。

歴史[編集]

PWF世界タッグ王座インターナショナル・タッグ王座の統一王座で、全日本プロレスにおけるタッグ王座の至宝といえる存在となっている。

1988年6月10日にインターナショナル・タッグ王者であるロード・ウォリアーズとPWF世界タッグ王者であるジャンボ鶴田&谷津嘉章組(五輪コンビ)が統一戦を行い、その2日後の6月12日ジャイアント馬場NWAとPWF双方から了解を得て、6月27日に統一戦に勝利した五輪コンビを世界タッグ王者とすることを発表。当初はNWAが認可しPWFが認定する王座であったが、全日本プロレスがNWAを脱退したのちは、NWAの認可が無くなり、PWFが認定する王座となり、以降、現在まで継承されている。

1988年から1994年までは、年末の世界最強タッグ決定リーグ戦(以下、最強タッグリーグ)が近づくと世界タッグ王者組がベルトを返上し、最強タッグリーグで優勝したチームが新王者になるという形式が取られていたが、1995年以降はこの慣例もなくなった。なお、ベルト返上後に最強タッグリーグで優勝し世界タッグ王座へ返り咲いた例は9回中4回あり、1989年天龍源一郎&スタン・ハンセン組(第10代・第11代)、1994年の三沢光晴&小橋健太組(第24代・第25代)、2012年大森隆男&征矢学組(第63代・第64代)、2014年秋山準&大森隆男組(第67代・第68代)が達成している。

チャンピオンベルトについて、三冠ヘビー級王座は新たに三本のベルトを一本化したが、世界タッグ王座は現在も二本のベルトをそのまま使用している。

歴代王者[編集]

歴代 王者 戴冠回数 防衛回数 獲得日 獲得場所
備考(対戦相手)
初代 ジャンボ鶴田 谷津嘉章 1 0 1988年06月10日 日本武道館
アニマル・ウォリアー&ホーク・ウォリアー
第2代 スタン・ハンセン テリー・ゴディ 1 0 1988年07月29日 高崎市中央体育館
第3代 ジャンボ鶴田 谷津嘉章 2 0 1988年07月31日 千代台公園陸上競技場特設リング
第4代 天龍源一郎 阿修羅・原 1 0 1988年08月29日 日本武道館
第5代 ジャンボ鶴田 谷津嘉章 3 0 1988年08月30日 大阪府立体育会館
王座返上
第6代 スタン・ハンセン テリー・ゴディ 2 0 1988年12月16日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第7代 ジャンボ鶴田 谷津嘉章 4 7 1989年02月02日 カンザスシティ・メモリアルホール英語版
第8代 天龍源一郎 スタン・ハンセン 1 0 1989年07月11日 札幌中島体育センター
第9代 ジャンボ鶴田 谷津嘉章 5 1 1989年07月22日 石川県産業展示館
第10代 天龍源一郎 スタン・ハンセン 2 0 1989年10月20日 愛知県体育館
王座返上
第11代 天龍源一郎 スタン・ハンセン 3 0 1989年12月06日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第12代 テリー・ゴディ スティーブ・ウィリアムス 1 1 1990年03月06日 日本武道館
第13代 ジャンボ鶴田 ザ・グレート・カブキ 1 0 1990年07月19日 武生市体育館
王座返上
第14代 テリー・ゴディ スティーブ・ウィリアムス 2 2 1990年12月07日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第15代 スタン・ハンセン ダニー・スパイビー 1 2 1991年04月18日 日本武道館
第16代 テリー・ゴディ スティーブ・ウィリアムス 3 0 1991年07月06日 横須賀市総合体育会館
第17代 三沢光晴 川田利明 1 1 1991年07月24日 石川県産業展示館
王座返上
第18代 テリー・ゴディ スティーブ・ウィリアムス 4 0 1991年12月06日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第19代 ジャンボ鶴田 田上明 1 2 1992年03月04日 日本武道館
王座返上
第20代 三沢光晴 川田利明 2 0 1992年12月04日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第21代 テリー・ゴディ スティーブ・ウィリアムス 5 0 1993年01月30日 千葉県体育館
第22代 川田利明 田上明 1 2 1993年05月20日 札幌中島体育センター
第23代 スタン・ハンセン テッド・デビアス 1 1 1993年09月03日 日本武道館
王座返上
第24代 三沢光晴 小橋健太 1 2 1993年12月03日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝、王座返上
第25代 三沢光晴 小橋健太 2 2 1994年12月10日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第26代 川田利明 田上明 2 3 1995年06月09日 日本武道館
第27代 スタン・ハンセン ゲーリー・オブライト 1 0 1996年01月24日 松本市総合体育館
第28代 川田利明 田上明 3 0 1996年02月20日 岩手県営体育館
第29代 三沢光晴 秋山準 1 2 1996年05月23日 札幌中島体育センター
第30代 スティーブ・ウィリアムス ジョニー・エース 1 1 1996年09月05日 日本武道館
第31代 川田利明 田上明 4 1 1997年01月17日 松本市総合体育館
第32代 小橋健太 ジョニー・エース 1 0 1997年05月27日 札幌中島体育センター
第33代 スティーブ・ウィリアムス ゲーリー・オブライト 1 1 1997年07月25日 日本武道館
第34代 小橋健太 ジョニー・エース 2 0 1997年10月04日 愛知県体育館
第35代 川田利明 田上明 5 4 1998年01月25日 横浜文化体育館
第36代 小橋健太 秋山準 1 1 1999年01月7日 高知県民体育館
第37代 ジョニー・エース バート・ガン 1 0 1999年06月09日 宮城県スポーツセンター
第38代 高山善廣 大森隆男 1 0 1999年07月23日 日本武道館
第39代 三沢光晴 小川良成 1 0 1999年08月25日 広島市東区スポーツセンター
第40代 小橋健太 秋山準 2 2 1999年10月23日 愛知県体育館
第41代 ベイダー スティーブ・ウィリアムス 1 0 2000年02月20日 神戸ワールド記念ホール
王座返上
第42代 川田利明 田上明 6 0 2000年06月09日 日本武道館
(高山善廣&大森隆男)、王座返上
第43代 太陽ケア ジョニー・スミス 1 3 2001年01月14日 後楽園ホール
(川田利明&渕正信
第44代 天龍源一郎 安生洋二 1 2 2001年07月14日 日本武道館
第45代 武藤敬司 太陽ケア 1 2 2001年10月22日 新潟市体育館
第46代 ブライアン・アダムス ブライアン・クラーク 1 1 2002年07月17日 大阪府立体育会館
王座返上
第47代 小島聡 太陽ケア 1 0 2002年12月06日 日本武道館
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝
第48代 武藤敬司 1 5 2003年06月08日 横浜文化体育館
第49代 小島聡 カズ・ハヤシ 1 1 2004年01月18日 大阪府立体育会館
第50代 永田裕志 ケンドー・カシン 1 0 2004年06月12日 愛知県体育館
王座剥奪[1]
第51代 太陽ケア ジャマール 1 3 2005年01月16日 大阪府立体育会館
(吉江豊&棚橋弘至)、王座返上
第52代 川田利明 太陽ケア 1 1 2007年02月17日 両国国技館
(諏訪魔&RO'Z
第53代 小島聡 TARU 1 0 2007年08月26日 両国国技館
第54代 武藤敬司 ジョー・ドーリング 1 1 2008年01月03日 後楽園ホール
第55代 太陽ケア 鈴木みのる 1 4 2008年06月28日 大阪府立体育会館
第56代 武藤敬司 船木誠勝 1 0 2010年01月03日 後楽園ホール
王座返上
第57代 太陽ケア 1 3 2010年07月04日 大阪府立体育会館
(諏訪魔&浜亮太
第58代 KONO ジョー・ドーリング 1 1 2011年02月06日 後楽園ホール
王座剥奪[2]
第59代 グレート・ムタ KENSO 1 1 2011年06月19日 両国国技館
(曙&浜亮太)
第60代 ダーク・オズ ダーク・クエルボ 1 3 2011年10月23日 両国国技館
第61代 大森隆男 征矢学 1 0 2012年03月20日 両国国技館
第62代 真田聖也 ジョー・ドーリング 1 0 2012年05月20日 アクロス福岡
第63代 大森隆男 征矢学 2 3 2012年06月17日 後楽園ホール
王座返上[3]
第64代 大森隆男 征矢学 3 2 2012年11月30日 後楽園ホール
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝[4]
第65代 秋山準 潮崎豪 1 3 2013年03月17日 両国国技館
第66代 諏訪魔 ジョー・ドーリング 1 4 2013年10月22日 三条市栄体育館
第67代 秋山準 大森隆男 1 3 2014年06月28日 札幌テイセンホール
王座返上[5]
第68代 秋山準 大森隆男 2 2 2014年12月06日 ボディメーカーコロシアム第1競技場
世界最強タッグ決定リーグ戦優勝[6]
第69代 吉江豊 1 0 2015年03月22日 博多スターレーン
第70代 潮崎豪 宮原健斗 1 3 2015年05月06日 後楽園ホール
王座返上[7]
第71代 ゼウス ボディガー 1 2 2015年12月23日 エディオンアリーナ大阪第1競技場
(秋山準&大森隆男)
第72代 関本大介 岡林裕二 1 4 2016年06月15日 後楽園ホール
第73代 ゼウス ボディガー 2 4 2016年11月27日 両国国技館
第74代 KAI 真霜拳號 1 0 2017年05月21日 後楽園ホール
第75代 ゼウス ボディガー 3 1 2017年06月11日 後楽園ホール
第76代 ジェイク・リー 野村直矢 1 1 2017年07月17日 後楽園ホール
王座返上[8]
第77代 関本大介 岡林裕二 2 0 2017年08月27日 両国国技館
(KAI&野村直矢)[9]、王座返上[10]
第78代 秋山準 大森隆男 3 0 2017年10月21日 横浜文化体育館
(関本大介&伊東竜二[11]
第79代 諏訪魔 石川修司 1 0 2018年01月03日 後楽園ホール
第80代 宮原健斗 ヨシタツ 1 0 2018年02月03日 横浜文化体育館
第81代 ゼウス ボディガー 4 0 2018年02月25日 エディオンアリーナ大阪第2競技場
第82代 崔領二 ディラン・ジェイムス 1 1 2018年03月25日 さいたまスーパーアリーナコミュニティアリーナ
第83代 諏訪魔 石川修司 2 4 2018年06月30日 ホテルエミシア札幌
第84代 関本大介 岡林裕二 3 1 2019年01月13日 後楽園ホール
第85代 諏訪魔 石川修司 3 3 2019年03月19日 後楽園ホール
第86代 ゼウス 崔領二 1 1 2019年09月03日 後楽園ホール
第87代 諏訪魔 石川修司 4 5 2020年01月02日 後楽園ホール
第88代 宮原健斗 青柳優馬 1 4 2021年01月02日 後楽園ホール
第89代 諏訪魔 芦野祥太郎 1 3 2021年09月07日 後楽園ホール
第90代 石川修司 佐藤耕平 1 1 2022年05月14日 ホテルエミシア札幌
第91代 芦野祥太郎 本田竜輝 1 4 2022年06月19日 大田区総合体育館
第92代 諏訪魔 KONO 1 0 2022年10月23日 エディオンアリーナ大阪第2競技場
第93代 宮原健斗 野村卓矢 1 0 2023年01月02日 後楽園ホール
第94代 青柳優馬 野村直矢 1 0 2023年01月22日 後楽園ホール
第95代 拳王 征矢学 1 2 2023年03月21日 大田区総合体育館
第96代 宮原健斗 青柳優馬 2 3 2023年06月15日 後楽園ホール
第97代 斉藤ジュン 斉藤レイ 1 4 2023年10月09日 角田市総合体育館
王座返上[12]
第98代 諏訪魔 鈴木秀樹 1 2024年02月25日 KBSホール

主な記録[編集]

  • 最多戴冠者:9回
    川田利明(第17・20・22・26・28・31・35・42・52代)
  • 最多戴冠回数:6回
    川田利明&田上明(第22・26・28・31・35・42代)
  • 最多連続防衛回数:7回
    ジャンボ鶴田&谷津嘉章(第7代)
  • 最多通算防衛回数:12回
    諏訪魔&石川修司
  • 最年長戴冠:51歳5か月
    天龍源一郎(第44代)
  • 最年少戴冠:22歳4か月
    本田竜輝(第91代)

世界タッグ王座のベルト返還請求訴訟[編集]

経緯

2004年6月12日に行われた世界タッグ選手権試合で、永田裕志新日本プロレス)とケンドー・カシンが世界タッグ王座を獲得。カシンは試合後に「このベルトは封印する」と宣言し、その言葉通り半年間防衛戦を行わなかった。カシンは全日本プロレス側より世界タッグ王座を剥奪されたが、ベルトを返還しなかった。その後、全日本プロレスが世界タッグ王座のベルトの返還を求める際に、誠意を持った対応をせずに「ベルトの写真撮影のためにベルトを貸してほしい」などの発言をしたため、カシンにとって王者としてのプライドを傷つけられた結果となり、また「貸してほしい」とカシン自身に所有権を認めたかのような発言を全日本プロレス側が行い、その後カシンは全日本プロレスとの連絡を一切取らないようになった為、全日本プロレスは2005年8月2日付で東京地裁に民事訴訟を起こした。

初公判

2005年10月5日、東京地裁513法廷で行われた。初公判において全日本プロレス側は訴状でと前提として「選手契約を結んでいた被告と」した。しかし実際には全日本プロレスの以下のような独特の契約体制、ベルト管理体制が明らかになり、結果として訴状自体の効力が問題視された。

  • 全日本プロレスの選手契約は口約束のため、契約書などが存在しない(これはジャイアント馬場の生前からのもので、外国人レスラーの間では「馬場が『わかった』と言えばどんな契約書より信用できる」といわれていた)。
  • 「ベルトは全日本の由緒正しい所有物。団体側に所有権があり、王者には預託しただけ」

独特の選手契約もさることながら、そもそも全日本プロレス世界タッグ選手権を「勝利」したはずのレスラーにベルトの所有権がなく、王者に預託しただけという発言はプロレスビジネスを知らない人間にはわかりにくい理屈ともいえる。初公判の席上、裁判長は主に以下の2点について全日本プロレス側に質問をした。

  • (1)全日本プロレスの所有物であるならば、そもそもどういう経緯で手に入れたのか
  • (2)王者になるという事とベルトを占有する事に違いはあるのか

「(2)王者になるという事とベルトを占有する事に違いはあるのか」ということについては、防衛を重ねた名王者がチャンピオンベルトの個人所有を許されるというプロレス、ボクシング共通の習慣が存在する(すなわち、1回獲得した程度では所有は許されない)。また、個人所有を認める場合でも、王座の象徴としてのチャンピオンベルトは団体が新製し所有するのが普通である。

東京スポーツ証拠資料提出

全日本プロレス側の弁護士が、カシン被告の全日本プロレスに対する無礼な言動を示す証拠として提出したのが「東京スポーツ」だった。この証拠を提出された裁判長は「これはベスト・エビデンス(証拠)にはならない。次は、ちゃんとした資料を出してください」と以下のようにコメントし、証拠を却下した。全日本が東スポを証拠として出した理由は、石澤は不定期の人生相談コーナーを持つなど東スポ誌面に数多く登場しており、石澤が問題のベルトを所持していること、全日本を中傷する言動を繰り返していること等が書かれてあったからである。また、プロレスを詳細に報道する日刊紙はそもそも東京スポーツぐらいしか存在しない。

顛末

全日本プロレスは早期和解を求めたが、カシン側は「ベルト獲得後に全日本プロレスに試合を組んでもらえなかったことが原因」とし、あくまでもリング上での決着を求めたため物別れに終わった。そんな中あくまで自分の主張を譲らないカシンの行動についていけなくなったカシン側の弁護士がカシンの弁護を辞退するという事態になり、手詰まりになったカシン被告は2006年4月末に着払いでベルトを返還したと報道されているが、なぜか全日本プロレスの公式発表は一切ない。

脚注[編集]

  1. ^ 【全日本】カシンが5・29後楽園へS氏帯同を予告「本気で世界タッグに挑戦できるパートナーを連れて行く」 - プロレス格闘技DX 2014年5月19日
  2. ^ VM解散!ヘイト暴行で無期限出場停止も - 日刊スポーツ 2011年6月4日
  3. ^ 「これがワイルドの道」GET WILDが世界タッグ王座を返上! - スポーツナビ 2012年10月30日
  4. ^ 最強タッグは大森&征矢組/全日本 - 日刊スポーツ 2012年12月1日
  5. ^ 【全日本】V3から一夜 秋山&大森が世界タッグ王座返上、最強タッグ優勝チームが新王者に - プロレス格闘技DX 2014年10月23日
  6. ^ ワイルドバーニング短期決戦奏功 秋山組大逆転優勝 - 東スポWEB 2014年12月7日
  7. ^ 潮崎、全日本退団を電撃表明 世界タッグは返上 - デイリースポーツonline 2015年9月28日
  8. ^ 【全日本】リー左脚の負傷悪化で世界タッグ王座返上 - 東スポWEB 2017年8月1日
  9. ^ 関本&岡林が世界タッグ返り咲き!秋山&大森が挑戦名乗り「胸貸してくれ」 - デイリースポーツonline 2017年8月28日
  10. ^ 【全日】岡林負傷で世界タッグ王座返上 秋山&大森は関本&伊東と決定戦 - 東スポWEB 2017年10月16日
  11. ^ 【全日】秋山&大森 デビュー25周年で世界タッグ王者返り咲き - 東スポWEB 2017年10月22日
  12. ^ 「斉藤ブラザーズ」世界タッグ返上…レイが「右肩関節脱臼」欠場、中嶋勝彦の三冠挑戦も消滅「申し訳ないことをした」 - スポーツ報知 2024年2月11日

外部リンク[編集]