土井成樹

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土井 成樹
プロフィール
リングネーム 土井 成樹
セカンド土井
本名 土井 成樹
ニックネーム 暴走マッスル
身長 173cm
体重 82kg
誕生日 (1980-10-04) 1980年10月4日(38歳)
出身地 奈良県生駒市
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 野球
サッカー
トレーナー ウルティモ・ドラゴン
デビュー 2000年5月13日
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土井 成樹(どい なるき、1980年10月4日 - )は、奈良県生駒市出身の日本プロレスラーDRAGON GATE所属。

経歴[編集]

闘龍門の5期生として入門し、2000年5月13日にミラノコレクションA.T.が率いるT2Pの一員として対新井健一郎戦でプロレスデビューを果たした。当時のリングネームは元読売ジャイアンツ土井正三から取られた「セカンド土井」であった。土井いわく、サッカー好きなのになぜか野球のコスチュームにバット持参であった。

「セカンド土井」時代はたいした戦歴を残していなかったが、2005年に本名に戻すや筋肉をアピールしたブリーフスタイルになり、Final M2Kを裏切ってBlood Generationへと加入。同年3月にはオープン・ザ・ブレイブゲート王座の初代王者となり、ドラゴン・キッドに奪取されるまで5度の防衛を果たした。

2006年には吉野、マグニチュード岸和田らと共にBlood Generationを離脱。新ユニット「マッスル・アウトローズ」を結成する。レッスル・ジャムにおいて腰の負傷で欠場。11月に復帰した。その際嘘の引退セレモニーを行い、キッドをだまし討ちした。

マッスル・アウトローズでは、主にかつてのライバルである吉野正人と後に名タッグチームとなる(土井吉)を組み活躍する。スーパーパワーボムやダブルインパクトなどの好連携を見せ、2007年8月に行われたタッグリーグでは土井吉の2人が優勝を収めた。GHCジュニアヘビー級タッグ王座鈴木鼓太郎&リッキー・マルビン組)に吉野、堀口元気と挑戦するが、どちらも敗れた。

その後2007年9月22日にはCIMAの持つオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦し、CIMAを病院送りにする程の健闘をみせたが、惜しくも敗れた。

2007年11月24日に吉野と共にGHCジュニアヘビー級タッグ王座の奪取に成功するが2008年1月15日に鷹木信悟&B×Bハルク組に破れ、王座防衛に失敗した。

その後2008年2月8日、新岩に敗れツインゲートの防衛にも失敗して吉野とのタッグも保留状態になってしまうが、3月20日の吉野のドリームゲート戦後に和解した。しかしGamma神田裕之らがこれに反発してしまう。

2008年5月5日、吉野と共にマッスル・アウトローズを脱退し新ユニット結成を宣言、5月14日にはハルク、谷嵜なおきm.c.KZ.が新ユニットに合流し話題を起こした。

5月31日の神戸大会にて新ユニット名『WORLD-1』を正式に発表した。

12月19日、KING OF GATE 2008決勝戦で望月成晃に勝利して優勝、同月28日の福岡国際センター大会で鷹木の持つオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦し見事勝利する。第10代王者となり史上初の団体内グランドスラムを達成した(ただし、オープン・ザ・お笑いゲート王座は取っていない為、ほぼグランドスラムの状態である)。

2009年は同期の岩佐拓、新日本の金本浩二、元大相撲横綱、盟友である吉野らの挑戦を退け防衛を重ねる。7月19日のワールド記念ホール大会ではブレイブゲート王者・CIMAとの団体史上初のダブルタイトル戦を行いこれに勝利し、同じく団体史上初のシングル二冠王となった。だが、後進に機会を与えるためにブレイブゲート王座は即日返上した。

2010年3月22日の東京・両国国技館ではYAMATOに破れ、ベルトを失った。

10月13日、敗者ユニット解散タッグマッチでディープ・ドランカーズに勝利するも急に吉野にバカタレ・スライディングキックを放ち、WORLD-1から離脱し、更にアラケン以外のドランカーズ残党と新ユニット結成を宣言した。

12月26日、吉野の持つドリームゲートに挑戦するも敗北。

2011年1月14日、他の土井軍(仮)の仲間たちとバルコニーにいたところ吉野に呼び出され呆気なく捕獲されるも他の鉄仮面軍団5人に助けられた。そしてその5人の正体はWARRIORS勢であり、自分たちも正体を現し新ユニットを結成し、後に名をBlood WARRIORSと発表した。

9月2日、オープン・ザ・トライアングルゲート王座を谷嵜とKzyと獲得。挑戦者はだいたい土井ダーツで決めたり、○○カウントルールを土井ダーツで決めたりと大暴れし、5度の防衛に成功したが、2012年1月19日の6度目の防衛戦で谷嵜が肩の脱臼で欠場しており替わりにトマホークT.Tが出ていた事とKzyが反則負けした事に八木レフェリーが怒り、王座剥奪という形でトライアングルゲートを失った。

3月1日、Blood WARRIORSがMAD BLANKEYに改名したその直後に戸澤陽に追放され、攻撃も受けるが謎のDr.マッスルに救出される。

3月3日、リコシェの持つブレイブゲートに挑戦するも敗北。その後、MBが襲撃してくるもまたも謎のDr.マッスルに助けられた。そして、その謎の男の正体は吉野という事が判明した。更に土井吉タッグ再結成を持ちかけられPACリッチ・スワンも入れて新ユニットを結成、名をWORLD-1 INTERNATIONALと発表した。

その後、トライアングルゲートを獲得したりツインゲートを獲得したりドリームゲートに挑戦したりと大活躍していたが、2013年9月12日の後楽園大会でタッグリーグで吉野と組み鷹木と戸澤の2人と闘うもMBが乱入しノーコンテストとなった。更に攻撃されている吉野を助けにいかず吉野にバカタレ・スライディングキックを放ち、吉野を裏切りMBに加入する。同時にWORLD-1 INTERNATIONALを解散させた。

12月8日、YAMATOとツインゲートに挑戦してマスキュラーボムで勝利し、ツインゲートを獲得する。しかし12月22日、鷹木と戸澤の挑戦を受けYAMATOが鷹木に敗北した為、ツインゲートを防衛回数0で失った。

だが2014年に入ると、ジミー・神田との抗争が勃発していった。更にその抗争にハルクとMr.キューキュー"谷嵜なおき"豊中ドルフィンが参加し、更にその抗争にCIMAと吉野が巻き込まれ最終的に金網の中に入る事になった。しかし戦いの中で同門のハルクと仲間割れしてしまい、味方すら信用できない状態で金網の中に入る事になった。そして最終的にハルクと土井の2人だけが金網の中に残ってしまった。そしてMB全員でハルクを妨害するも、ハルクのファースト・フラッシュを受け完全にダウン状態となった。金網マッチに負け残り、代理人のKzyが丸坊主になってしまった。

2016年10月、VerserKから追放された。

11月、ブログにて一般女性との結婚を発表した。また後楽園大会試合終了後、YAMATOの保持するオープン・ザ・ドリームゲートへの挑戦を表明する。

2017年5月4日の京都大会2日目で土井吉が率いる新ユニット・MaxiMuMが発表された。8月27日の奈良・なら100年会館大会では土井吉とビッグR清水の3人タッグで鷹木、T-Hawk、吉田隆司の3人タッグ対決を行った。試合は19分7秒、土井が吉田をエビ固めでフォールして土井組が勝利を収めた[1]

得意技[編集]

様々な態勢から決めるDDTやタイガー・スープレックス・ホールドなど首を攻める技が多く、危険な技も多い。特にマスキュラーボムはCIMAを2度も病院送りにした技でもある。

バカタレ・スライディングキック
尻餅をついたり、片膝の相手めがけてロープの反動を利用して勢いをつけたスライディングキックを決める技。決める際に「バカタレ!」と叫ぶ。仲間が相手の顔の前に椅子をセットしてから決めるパターンもある。土井の代表的なフィニッシュ技。
マスキュラーボム
リバースパワーボムで持ち上げる途中でハーフネルソンの体勢に移行して相手を前方回転式で丸めて首を地面に落とす垂直落下式前方回転のリバースパワーボム。第一回JAMで来日したB-BOYのDELIKADOや、KAIENTAI-DOJOに参戦しているクワイエット・ストームのSCDと同型。この技でCIMAの首を負傷させて病院送りにした(CIMAは、『もう2度とこの技は食らいたくない』とまで言い、後に半年以上もの欠場を余儀なくされた)、土井の奥の手的なフィニッシュムーブ。ただし、非常に危険な技のため、掛けようとしても相手に必死に抵抗され、なかなか決まらないことも多いがKING OF GATE 2008で土井はキッド、ハルク、望月の3人をこの技で破り優勝、鷹木からオープン・ザ・ドリームゲートを奪取した。またCIMAを2度負傷させるなど危険な技でもある。
DOI555(ドイファイズ)
ファイヤーマンズキャリーの状態で相手を肩に担ぎ上げて足の方を前に投げ出すようにして90度旋回させ、開脚しりもち状態になりながら前面にフェイスバスターのように落とす技。名前の由来はブロック・レスナーの「F5」と仮面ライダー555をかけたもの。ここ一番では雪崩式や、リング内から相手を場外へ放り投げるバージョンも繰り出す。この技から、バカタレ・スライディングキックに繋ぐこともある。
大暴走
コーナーに座らせた相手めがけて、サンセットフリップのように前宙して背中を浴びせていく技。タッグ戦ではパートナーが対戦相手の足をロープに引っかけて、そのまま腕を持って宙に浮かせた後にそこへトップロープから仕掛ける場合もある。コーナーを背にしている為相手はダメージの逃がしようがなく、新井ら多くのレスラーが最も喰らいたくない技の一つに名前を挙げている。
ゴールデングラブ
カンパーナ(釣り鐘固め)とキャメルクラッチの複合技。T2P時代のフィニッシュ・ホールド。
V9クラッチ
相手の片手をとらえ、同じ側の太ももの裏を引っかけるようにしてを抱え込みながら後ろに倒してエビ固めに固める。相手のラリアットにカウンターで決めることもある。ここぞの場面で繰り出す丸め込み技。
フライングダブルチョップ
ロープに振った相手に自分の背後のロープを使って勢いをつけ、自分の両手を相手の胸板にぶつけていく。エルボー気味に決めるときは「暴走エルボー」の名が付く。
トペ・スイシーダ
通称「暴走トペ」。リングを全速力で1往復してから放つため、非常に勢いがある。
変型バックドロップ
リバース・ゴリースペシャルのように相手を持ち上げてからバックドロップのように落とす技。
飛びつき式ネックブリーカー
相手の背後から飛びつくようにネックブリーカーを仕掛ける技。ランディ・オートンのRKOのように高くジャンプしながら仕掛けるので、空中で自分と相手の体がほぼ一直線になる。
熨斗紙
同期である岩佐拓の必殺技で、YAMATOとのドリームゲート戦にて奥の手として使用し始めた。
華厳
これもかつての同期・岩佐の得意技で、吉野とのドリームゲート戦では雪崩式で放ったこともある。
プロテイン攻撃
場外からプロテインパウダーを投げつけ、相手の視界を奪うアシスト行為。ヒール時代に多用していた。
看板攻撃
トイレの前に立てかけられてあるような黄色い看板を凶器として使用する攻撃。板にはMADに清掃中と書かれている。
ターンバックルによる攻撃
主に四つん這いになってる相手の背中を叩くようにして行う攻撃。もちろん、反則技のためレフェリーのブラインドを突いて行う。ヒール時代は技を繰り出した後、ブーイングが起こっていたがヴェルセルク追放後、無所属になってからは歓声が上がるようになった(Gammaの汚水攻撃のようなものだと解説席の望月もこう言っている)。

その他にも名前は無いが、吉野とのツープラトン技が多数ある。

タイトル歴[編集]

DRAGON GATE
パートナーは吉野正人 : 3回→YAMATO:2回
闘龍門JAPAN
パートナーは吉野正人。
プロレスリング・ノア
パートナーは吉野正人。
ROH
パートナーは鷹木信悟。

入場曲[編集]

  • Have You Ever / The Offspring
  • 行け行け飛雄馬
  • Hit&Run
  • BLOOD #5
  • MUSCULAR COUNTDOWN / ACMA(現在使用中)

エピソード[編集]

  • セカンド土井時代は元ネタの土井正三のオマージュとして選手コールの際に素振りと見せかけてバントのポーズをとるのが恒例であった。
  • DDT柿本大地とよく似ている。特別興行「武勇伝」では見分けがつかなくなったために、味方であるGammaから攻撃を受けている。
  • コスチュームには基本的には同じものは作らないというこだわりがあり、同じようなものでもマイナーチェンジを行ったり、タイトルマッチの際にはデザインを大きく変えたりしている。
  • 2009年6月18日、神宮球場で始球式に登板したこともある。東京ヤクルトスワローズのマスコットキャラクターのつば九郎に対し、ブログのアクセス数で上位ランクを競う間柄であることから一球勝負を挑む。結果は頭部にビーンボールを投げ、間一髪よけたつば九郎が怒り心頭でマウンドに駆け寄り乱闘に発展した。土井がコブラツイストで応戦するも、つば九郎が腰投げで土井を投げた。しかしつば九郎は土井に倒され、腕ひしぎ逆十字固めでギブアップし土井の勝利となった。その後も両者は握手で互いの健闘を讃え合い、今後は協力し合うことを誓い合った。なお、この始球式を記念としたTシャツがヤクルト球団から発売されている。
  • もつ鍋が苦手らしい。
  • 吉野と共闘機会が多いが、マッスルアウトローズ以降でヒールターンする際には必ず吉野を裏切るパターンで転換している。しかしながら自身もユニットから追放されることが多い。
  • 大一番のビッグマッチでは、髪色を変えて臨むことがある。近年では銀髪にしてくることが多い(通常は黒髪に近い色である)。

メディア出演[編集]

テレビ[編集]

『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(2017年5月30日)

Web[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 週刊プロレス2017年9月13日号pp.101

外部リンク[編集]