DRAGON GATE

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株式会社ドラゴンゲート
DRAGON GATE
種類 株式会社
略称 ドラゲー
本社所在地 650-0012
兵庫県神戸市中央区北長狭通7丁目1-4
サンクチュアリビル
設立 2004年7月5日
業種 サービス業
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
代表者 代表取締役社長 岡村隆志
関係する人物 ウルティモ・ドラゴン
岡村隆志
外部リンク DRAGON GATE公式サイト
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DRAGON GATE(ドラゴン・ゲート)は、兵庫県神戸市を中心に活動するプロレス団体興行や興行告知ポスターなどではDRAGON GATE PRO-WRESTLING(ドラゴン・ゲート・プロレスリング)の名称も使用している。

元はメキシコに本拠を置く日本人ルチャドール育成学校闘龍門」の日本における興行部門の闘龍門JAPANであった。2004年7月5日、闘龍門JAPANが改組に改称し、闘龍門から独立する形でDRAGON GATEは設立された。

歴史[編集]

闘龍門JAPAN[編集]

1999年メキシコのプロレス団体「闘龍門」の日本での興行部門として闘龍門JAPANが設立し、武輝道場を吸収合併する形での設立となり、代表は元武輝道場の岡村隆志が務めた。1月31日、後楽園ホールにおいて旗揚げ戦が開催された[1]

2004年7月5日、闘龍門JAPAN創立5周年記念大会を機に現名称のDRAGON GATEと改称。組織的にも改組され、メキシコの闘龍門から分離、独立し、一企業として新たに出発した。

DRAGON GATE[編集]

2004年7月5日闘龍門JAPANから名称変更。日本の競技性、アメリカのエンターテイメント性、メキシコのスピード感をミックスしたレスリングを展開し、首都圏や本拠地である神戸市大阪市で地上波中継枠を持つ福岡市などで高い人気を持つ。

闘龍門JAPAN時代から一貫して黒を団体のイメージカラーとしている。マットカラーは通常は黒で、一部の大規模な興行では白、KING OF GATE 2005ではピンクのマットを使用した。現在は通常興行でも白が使われている。

特色[編集]

プロレスラーの特徴[編集]

所属選手の大半が前身の闘龍門JAPANの母体となったプロレスラー養成学校「闘龍門」の出身である。所属する全選手が1970年以降の生まれで20代後半から30代前半の選手の比率が高く、平均年齢は他団体に比べて若い。各レスラーにキャラクター付けがなされており、数年は前座で下積みを行なう既存の団体とは違ってデビュー当時からギミックが確立されている。

体格も身長160から170cm台、体重70から80kg台と従来のジュニアヘビー級のプロレスラーよりもさらに1回り小柄な選手がほとんどで、従来の「超人」的なプロレスラー像とはかけ離れた等身大のプロレスラー像を掲げている。これは選手を囲んだ食事会や海外旅行ツアーなど身近でファンがプロレスラーと接する機会を設けたイベントが他団体に比べて多く行なわれることからも窺える。

マッチメイク[編集]

ルチャリブレをベースとしたプロレスを行っており、スピード感溢れる試合内容が特徴。特に6人タッグマッチがメインに組まれることが多く「タッグマッチではリング下に転落するとタッチが成立する」というルチャリブレにも取り入れられているルールが存在するため、リング上で選手が次々と入れ替わり立ち替わりする。所属選手のほとんどはユニットに所属しており、アングルは主にヒールユニット対各ユニットのユニット間同士の抗争を中心に展開される。

また、ほぼ全興行でマイクパフォーマンスが行なわれるのも特徴である。ほとんどのレスラーがマイクパフォーマンスに特化しており、内容はこれまでのアングル展開の説明、アングルの発展、レスラー弄りと多彩である。マイクパフォーマンスを中心とするアングル展開は闘龍門創設者であるウルティモ・ドラゴンWCWで学んだノウハウを組み込んだものである。

すぐにユニットのメンバーが入れ替る様は「花いちもんめ状態」と書かれたほど。ヒールユニット以外の各ユニットの関係は比較的良好な時もあるため、Pos.HEARTSやルネッサンスなどユニットの掛け持ちも行われていた。また、別のユニット所属でも同期やタイトル戦を戦ったことがきっかけで「一夜限り」としてタッグを組むこともたまにある。

支持層[編集]

上記の要素が相まって旗揚げ以降それまでプロレスを見なかった層を取り込むことに成功し、20代の女性を中心に口コミで人気が広まり、現在では観客の半分強を女性が占める。地道な営業努力とわかりやすいキャラクター性から老若男女問わず支持層は広がっている。他団体・フリーの大物選手のほとんどを「X」扱いにし、客寄せに利用しない姿勢は選手、ファンともに自家製で育ててきた自負に由来する。実際、天龍源一郎闘龍門に初参戦した際の会場でのアンケートで、半数近くのファンが天龍を知らなかったという結果が出ており、プロレス団体として特異なファン層を築いていることを裏付けている。

運営方針[編集]

日本のプロレス団体の中で年間興行数が最も多く、ほぼ毎月全国的に巡業が行われている。あえて大会場での興行はほとんど行わず、神戸サンボーホール後楽園ホール等の中規模会場を中心としている。最大の興行は毎年7月に行われる神戸ワールド記念ホール興行「KOBEプロレスフェスティバル」で大手メジャー団体を上回る観客動員を記録している。また月に1度のペースで「LIVE GATE」として小規模なライブハウスで興行を行う。以前は神戸市チキンジョージで行っていたが2006年からはSITE-KOBEを使用している。

旗揚げした2004年2005年の夏にはフジテレビジョンのイベント「お台場冒険王」に「お台場毎日プロレス」と称して参加し[2]、子供達にもわかりやすいプロレスを提供した。2004年の「お台場毎日プロレス」が開催されていた時は、お台場興行をダブルヘッダーで行なうなど選手の負担が大きかったことから、2006年は開催しなかった。

2005年11月17日中国河南省で初の海外興行を行った[3]。また2006年にはROH3月30日デトロイト興行、3月31日4月1日シカゴ興行にCIMA斎藤了など計6選手を派遣した。今後の海外活動の拠点としてアメリカのテキサス州ヒューストンに現地法人と道場を設け、さらに2007年7月にはオーストラリアのプロレス団体「AWF」と共同でシドニーに道場を設立。2008年にはアメリカでDRAGON GATE USA大会が行われた。

2007年1月14日、プロレス業界初となる団体内レコードレーベルDRAGON GATE RECORDSを設立[4]

2009年DRAGON GATE USAを傘下団体化、2、3か月に一度のペースで定期的にアメリカ興行を開催している。

2010年イギリスDRAGON GATE UKを設立し、PACマーク・ハスキンスが所属選手となる。

2011年4月1日、ドラゴンゲート選手会とDRAGON GATE RECORDSで、東日本大震災復興支援チャリティプロジェクト「IN RETURN FOR 1995 FROM KOBE」を発足。

他団体との交流[編集]

闘龍門時代から他団体との交流には慎重で、あくまでもカード提供や選手派遣に留めていることがほとんどで、互いのアングルに干渉するような大規模な対抗戦は行っていない。団体が追求しているものがあくまでもプロレスの「面白さ」や「格好よさ」で、大手メジャー団体のような「強さ」ではないためである。特に、他団体のレスラーと強弱の観点で比較されるのを、ギミック上のものと選手の技量両方の意味で極端に嫌う。しかし2006年11月24日に団体の開国宣言、積極的に他団体と交流することを発表した。グローバル・レスリング連盟に参加していない立場を利用し全方位での外交を進めている。

新日本プロレス

望月成晃とB×Bハルクが新日本のLOCK UPに参戦したことをキッカケに本格的に交流を見せた。DRAGON GATEからは望月成晃やB×Bハルクの他、ドン・フジイや神田裕之、CIMAも新日本のリングに上がり、ハルクはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにもエントリーされた。逆に新日本からは獣神サンダー・ライガーを始めとする元C.T.Uのメンバーの邪道と外道、スポット参戦として金本浩二や永田裕志などがDRAGON GATEに参戦。2009年にはYAMATOがベスト・オブ・ザ・スーパージュニアおよび第5回スーパーJカップへ参戦、2011年にG1タッグリーグにドン・フジイが石井智宏とタッグ結成で出場、2012年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにPACが、翌2013年及び2014年の同大会にはリコシェが参戦し、2014年は優勝した。

全日本プロレス

長らく交流のない団体であり、TARUや近藤修司など出身者、元所属が居るため(元所属選手で他団体で活躍の選手と交流・タッグは、日本では同じテレビ画面に映ることはなかったため)交流はないものと思われたが、2011年1月24日JCBホールにて『GAORA開局20周年記念 スーパーファイト2011 〜全日本プロレス・ドラゴンゲート 夢の競演〜』の開催を発表。ZERO1で望月と菅原が顔を合わせたとき同様、土井成樹と元所属の近藤修司がタッグマッチではあるが対決することとなった。2014年に全日本が開催するJr. BATTLE OF GLORYに望月がエントリーし、その後も新井健一郎、K-ness.が参戦。

プロレスリング・ノア

ディファカップなどでの絡みはあった。2007年にCIMA、横須賀享、ドラゴン・キッド、土井成樹、堀口元気、新井健一郎、岩佐拓などが参戦。特にCIMAと丸藤正道、土井とKENTAの抗争も生まれた。一方のノアからもムシキング・テリーや、闘龍門時代にレギュラー参戦した経験があるリッキー・マルビン、さらにはKENTA、ストーカー市川の対戦相手Xとして秋山準もDRAGON GATEに参戦した。現在は疎遠となっている。

ZERO1

ディファカップにエントリーされたスペル・シーサーがいち早く参戦し、その後は望月成晃と、バトラーツからの友人同士である日高郁人の繋がりから2007年の夏から望月が本格的に参戦。インターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得した他、天下一Jr.火祭りにも参加している。ちなみに元ドラゴン・ゲートの菅原拓也と6人タッグ戦ながら望月は対戦している。ドラゴン・ゲートと元ドラゴン・ゲートがリングで顔を合わせるのは、望月と菅原が初である。ストーカー市川も大森隆男と対戦している。その後は望月と鷹木信悟が参戦した。大谷もドラゴンゲート・武勇伝に参戦し、武勇伝に至っては橋本大地も参戦(パートナー・横山佳和)している。現在でもトーナメントなどに選手が参加する場合もある。NWAライトタッグ王座決定戦の3WAYマッチにてジミー・ススム、ジミー・カゲトラ組が制しベルトを獲得している。

みちのくプロレス

闘龍門旗揚げ戦の前にメキシコから逆上陸し初参戦した団体が、みちのくプロレスである。DRAGON GATEに名称を変更した後もザ・グレート・サスケ新崎人生がゲスト参戦し、友好的な関係は今でも続いている。

大日本プロレス

「武勇伝」に関本大介やMEN'Sテイオーなどが数回参戦したが、デスマッチが主軸の大日本とルチャが主軸のドラゴン・ゲートが交わることは無かった(大日本の登坂栄児社長がドラゴン・ゲートで頻繁に行われているコントラ・マッチを好まないことも影響している)。しかし、2012年に新井健一郎佐々木貴と組んで有刺鉄線デスマッチに参戦し、谷嵜なおきが過去に継続参戦していた。

大阪プロレス

同じ関西に地盤を持つ大阪プロレスとは闘龍門時代から犬猿の仲と言われており、初めて接点を持ったのは2004年の大阪プロレス主催のスーパーJカップだったが、ギリギリまで参戦を渋っていた。元所属選手のマグニチュード岸和田Gammaが参戦していることから繋がりを持つ可能性は低いと思われていたが、スペル・デルフィンが大阪プロレスから離れたことにより状況は一変。VKFのマットでシーサーズが大阪プロレスの選手と対戦。2008年11月にはストーカー市川がデルフィン・アリーナに乗り込み、闘龍門出身の松山勘十郎とタイトルマッチをおこなった。その後、望月成晃やドン・フジイも参戦し、秀吉の正体とされる人物が過去に旧闘龍門JAPANに参戦していたことを明かした。また、CIMAはテッド・タナベ追悼興行に単発参戦。2010年、CIMAが週刊プロレスのコラム上で大阪プロレスを批判する内容を記載したことから、DRAGON GATEの大阪大会にタイガースマスクブラックバファローが乱入し抗争が勃発。2010年4月18日にスペル・シーサーがタイガースマスクに敗北しオープン・ザ・ブレイブゲート王座が流出。6月18日に両団体のエースであるCIMAとビリーケン・キッドのシングルマッチを含む全面対抗戦の開催が決定した。6月にはスタジオマッチにタイガースマスク、ブラックバファロー、THE BODYGURDの新生LOVが乱入し、その後は両団体のベルトがそれぞれの場所に戻った時点で交流はストップしたようであったが、ウインドウズMGの助っ人として政宗が参戦するなどしている。その後、2014年4月29日の興行より、大阪プロレスが新体制に移行したため、団体同士としては表立った交流は行わないものの、マグニチュード岸和田やGammaら元所属選手を中心に選手の派遣等交流が行われている。

沖縄プロレス

大阪プロレス同様、ほぼ交流はないと思われているが、退団した大野勇樹がマスクマンとして1年ほどリングに上がっていたり、怪人・ハブ男帰ってきたベテラン軍に関西限定ながら加入するなど、個々で接点はある様子。

KAIENTAI DOJO

K-DOJO旗揚げとT2Pの旗揚げが、ほぼ同時期。両団体の選手の平均体重が近い、小柄なレスラーが多いという共通点があるなどで、2005年の半ばから交流を持ち、主に旭志織と大石真翔の2名が定期的に参戦した。それ以外にもPSYCHO、アップルみゆき、SUPER-X(現:円華)、火野裕士、TAKAみちのくが数回参戦した。DRAGON GATEから参戦した選手は望月成晃、フロリダ・ブラザーズ、鷹木信悟である。特に鷹木と火野の抗争もあったが、大きな対抗戦には発展していない。その後は「武勇伝」や年末のインディーサミットで顔を合わせる程度になり、しだいに疎遠になってしまった。しかし、2008年にTAKAみちのくが久しぶりに参戦。円華もK-DOJOを離れる前にWORLD-1の助っ人やKING OF GATEに出場している。時折TAKAみちのくが本体の興行に参戦する場合もある

DDTプロレスリング

2007年4月18日にはDDTプロレスリングとの合同特別興業「DDG」を開催。2008年にも同じくDDGを成功させたが、武勇伝などでも交流があり、戸澤アキラvs男色ディーノの試合はある意味話題に上がった。一時期、飯伏幸太の参戦もあったが、その後交流が一時途絶えた。しかし2012年、CIMATwitterが縁で高木三四郎が初参戦し、2012年6月5日に大阪にて合同特別興行DDGが開催された。

ダイヤモンド・リング

健介オフィス旗揚げ前に佐々木健介中嶋勝彦、北斗晶が頻繁に参戦し、佐々木はフロリダ・ブラザーズのメンバー“ケンスキー佐々木”として、中嶋はFinal M2Kの助っ人として、北斗晶は佐々木のセコンドやストーカー市川とのコメディマッチが定番だった。健介オフィスを立ち上げてからは特に関わっていなかったが、武勇伝で再び急接近し交流が再開している。ちなみに、現在は引退しているが、元DRAGON GATEの三島来夢は、退団後に健介オフィスに所属した。健介Office興行の際には単発ではあるが、横須賀享新井健一郎K-ness.などが参戦している。

WRESTLE-1

2013年9月8日のWRESTLE-1旗揚げ戦に望月成晃が参戦した。しかし、その後は前出の通り望月を含めた一部選手が全日本に参戦していることもあり交流は途絶えている。

ROH

CIMAが最初にROHに参戦し大成功を収めたことから交流を持ち始め、ROHのリングには鷹木信悟、斎藤了、ドラゴン・キッド、堀口元気、土井成樹、吉野正人など数多く参戦。逆にROHからもマット・サイダル、ジャック・エヴァンスがDRAGON GATEにレギュラー参戦しており、その他オースティン・エイリース、ロデリック・ストロング、デリリアス、ジミー・レイブなどが続々参戦。さらにROHジャパン・ツアーをDRAGON GATEとプロレスリング・ノアが全面協力し、ROH日本興行を成功させた。その後、金銭トラブルによって関係が悪化したため、提携を破棄している。

その他

提携関係はないが土井成樹吉野正人TNAからのオファーを受け参戦、その際ミラノコレクションA.T.とチームを結成したが、前述の全日本プロレスのTARU・近藤と同様の理由で日本では写真などの記録が無かった(しかしYoutubeなどでは入場シーンや試合は確認できる)。WWEにはCIMAがトライアウトという形でダーク・マッチに出場。なおWWEはECWの放送の中で、かつて参戦していたマット・サイダル(エヴァン・ボーン)について、解説のマット・ストライカーが「彼はDRAGON GATEで磨かれた」と実際に団体名を挙げて評価した。アメリカだけではなく、斎藤了はイギリス遠征、新井健一郎・KAGETORAはドイツ遠征に行き、DRAGON GATEの本隊も中国で興行を一度行った。その際に現地のマスクマン(という触れ込みで)超神龍(正体は)がデビュー(ドラゴン・キッドが怪我での代役)2012年に女子プロレス団体のプロレスリングWAVEがメキシコのAAAと合同興行を開いた際に、男女オカマ混合マッチの日本側にCIMAが参戦した。ストーカー市川は豊田真奈美の自主興行やアジャ・コングの自主興行、いわゆる女子プロレスにも参加。プロレスだけでなく、格闘技イベント「HEAT」で戸澤塾のメンバーが提供試合をしている他、ストーカー市川も選手として格闘技イベント「DEEP」に参加した。現在、新井健一郎がドラゴンゲート所属として鬼神道リターンズシアタープロレス東京花鳥風月西口プロレスなどに参加して王座に絡むなど活躍を見せている。また新井はドラゴンゲートよりも他団体参戦が多い。

特殊な試合形式[編集]

オープン・ザ・ドリームゲート次期挑戦者決定キーハンティング3WAY(または4WAY)マッチ[編集]

挑戦者が3人以上名乗り出た場合の挑戦者決定戦。リングのコーナーにある全12個のコーナーマットの裏に隠されているカギを見つけるか、フォール、ギブアップで勝ち残った者が勝者。ルールは試合開始5分までは通常の3WAYまたは4WAYマッチ。5分経過後にコーナーマットを外すことが出来るようになる。コーナーマットは3WAYマッチの時は一人4個まで、4WAYマッチの時は一人3個まで外すことができ、4個または3個外した時点でカギが見つからなかった選手は失格になる。しかし退場者が出て最後の2人になった時点ではその制限がなくなる。DRAGON GATEのコーナーマットは他団体と違ってマジックテープで固定されているので簡単に外すことができる。また試合が進むにつれてどんどんとコーナーの金具がむき出しになっていくので、コーナーの危険度があがっていくようになっている。

鷹木式イリミネーションマッチ[編集]

ユニット同士の決着戦用に吉野正人が考案し、「なにわ式イリミネーションマッチ」と命名、その後、サイバー・コングが名称を「吉田式イリミネーションマッチ」に変え、さらにその後、鷹木信悟が自身の名字を冠する名称に変えた試合形式。時間差バトルロイヤルとイリミネーションタッグマッチを合わせたもの。ルールはまず試合前に先攻と後攻を決めておく。最初はシングルマッチで始まり、残りの選手は90秒毎にテーマ曲と共に入場する。フォール、ギブアップの他にオーバーザトップロープでも退場になり、最終的に相手ユニットの選手を全て倒した陣営の勝利。先攻、後攻の順番で入場していくので、先攻のユニットが早く全員揃うことから先攻有利と言われている。「なにわ式」の時代は、先攻後攻の決定はジャンケンやクジ等で行われていた。「吉田式」からはサイバーのイメージに合わせ腕相撲での先攻後攻決定となっているが、この腕相撲でサイバーが鷹木に敗北。サイバーのチームメイトである谷崎なおき(現:T-hawk)のリマッチ要求に対し、鷹木が「鷹木式イリミネーションマッチ」に名称変更をする条件を付けたことにより、以後「鷹木式」と呼ばれることとなった。先攻後攻決定の方式に変更は無い。

大江戸式カウントダウンイリミネーションマッチ[編集]

ルールが「なにわ式」と若干異なり、くじ引き、先攻、後攻がないフェアなルール。最初はシングルマッチで始まり、90秒毎にリング外に用意されたケージから両チームの選手をそれぞれ任意で1名投入出来る。フォールまたはギブアップで退場する。

名古屋式イリミネーションマッチ[編集]

ドラゴン・キッドが考案したルール。最初はシングルマッチで始まり、残りの選手は数字が書かれた紙が入っている封筒をくじ引きし、90秒毎に若い数字を引いた選手から入場していく。全員揃うまではフォール・ギブアップ・オーバーザトップロープで退場する。全員揃うとオ-バーザトップロープが退場条件から外される。くじの結果によっては序盤にかなり戦力差がついてしまうルールであり、初めてこの形式での試合が行われたときにドラゴン・キッドは3対1という劣勢に立たされてしまった。

金網サバイバルマッチ[編集]

ユニット同士の決着戦やユニット内部、選手間の遺恨決着などに使用されるルール。コントラ・マッチとなることが多い。通常の金網マッチと同じくバトルロイヤル形式で行われるが、試合開始から一定時間経過(主に10分)後に金網上部に設置された旗(参加人数から1本引いた本数)を手にすることが可能となる。参加選手はこの旗を手にすることでエスケープ(脱出)していき、最終的にリング上に残った(旗を取れなかった)選手が敗者となるルールとなっている。旗を手にするために条件が課されることがあり(参加選手当人またはリング外で指定された人数分のフォール・ギブアップを奪うなど)、それを満たさない限りはエスケープの権利を得られない。なお、試合中にフォールされたりギブアップしても敗者にはならず、最後のエスケープ者が出るまで続行される。金網の上部に旗が設置されているために選手は金網をよじ登る必要があるが、金網である特性上リングの内外から妨害が可能であり、特にユニット同士の戦いの場合は参戦していない選手が金網の外から様々な攻撃(金網上でのボックス攻撃、粉、油など。内外からできる攻撃としては金網を揺すって振り落とそうとする)を加えることがある。ラダーなどのデスマッチと同じく高い所から落下の危険性をはらんでいる。また通常よりも高い位置から空中技を繰り出すこともあるため、非常に迫力のある戦いが見られることも特徴。

マスカラ・コントラ・カベジェラ金網サバイバル6WAYマッチ

2008年5月5日開催。

出場選手 エスケープ順 備考
CIMA 5
ドラゴン・キッド 2
B×Bハルク 1
YAMATO 3
吉野正人 4
神田裕之 負け残りのため髪切り
マスカラ・コントラ・カベジェラ金網サバイバル6WAYマッチ

2009年12月27日開催。

出場選手 エスケープ順 備考
ドラゴン・キッド 2
B×Bハルク 3
吉野正人 負け残りのため髪切り
横須賀亨 5
K-ness. 4
MAZADA 1
マスカラ・コントラ・カベジェラ金網サバイバル6WAYマッチ

2011年10月16日開催。

出場選手 エスケープ順 備考
B×Bハルク 3
戸澤陽 4
サイバー・コング 5
鷹木信悟 2
YAMATO 負け残りのため髪切り
KAGETORA 1
金網サバイバル6WAYマッチ 〜スケープゴート式マスカラ・コントラ・カベジェラ〜

2014年5月5日開催。負け残った出場選手の代理人が髪切りもしくはマスク剥ぎをされるルール。

出場選手 代理人 エスケープ順 備考
土井成樹 Kzy 土井が負け残りのため、代理人のKzyが髪切り
B×Bハルク サイバー・コング 5
ジミー・神田 ジミー・ススム 2
Mr.キューキュー"谷嵜なおき"豊中ドルフィン 堀口元気H.A.Gee.Mee!! 3
吉野正人 しゃちほこBOY 4
CIMA ドラゴン・キッド 1
マスカラ・コントラ・カベジェラ金網サバイバルダブルリスク6WAYマッチ

2015年5月5日開催。出場選手は他の出場者からフォールもしくはギブアップを奪い、指定選手のリスク解除を行わないとエスケープ不可(指定選手が2選手の場合、2回奪うことが必須となる)。指定選手は指定されている出場選手が指定解除できず負け残った場合、出場選手と同様に髪切りもしくはマスク剥ぎをされるルール。

出場選手 指定選手1 指定選手2 指定解除順 エスケープ順 備考
T-Hawk 土井成樹 吉野正人 5(吉野)、7(土井) 5
CIMA フラミータ 1 負け残りのため髪切り、指定選手のフラミータは指定解除済のため回避
鷹木信悟 B×Bハルク 4 2
Kzy 戸澤陽 2 1
YAMATO 望月成晃 6 4
斎藤"ジミー"了 ドラゴン・キッド 3 3

DRAGON GATEの別ブランド[編集]

DRAGON GATE NEX

CIMAが提案した若手選手による興行。主に団体事務所併設のDRAGON GATEアリーナで開催される。リングは普通のものより少し小さめである。

WRESTLE JAM

日本(DRAGON GATE)、アメリカ(ROH)、メキシコ(AAA)の3か国の団体の選手による合同興行。JAMはJAPANの「J」、AMERICAの「A」、MEXICOの「M」の頭文字を合わせたもの。

武勇伝

望月成晃プロデュースによる興行。

Dragon Gate Studio

2013年より始動したインターネット有料配信サービス。

タイトル[編集]

DRAGON GATEが管理する王座
タイトル 保持者 歴代 防衛回数 次期挑戦者
オープン・ザ・ドリームゲート王座 吉野正人 第21代 T-Hawk
オープン・ザ・ブレイブゲート王座 戸澤陽  第27代 4 Eita
オープン・ザ・ツインゲート王座 土井成樹
YAMATO
第37代 リコシェ
マット・サイダル
オープン・ザ・トライアングルゲート王座 CIMA
Gamma
ドン・フジイ
第54代 望月成晃
ドラゴン・キッド
Kzy

ジミー・ススム
斎藤"ジミー"了
堀口元気H.A.Gee.Mee!!

オープン・ザ・お笑いゲート王座 戸澤陽 第22代
過去に存在した王座
DRAGON GATEが開催するトーナメント戦、リーグ戦
タイトル 覇者 年代
KING OF GATE 吉野正人 2015年
Summer Adventure Tag League ジミー・ススム
ジミー・カゲトラ
2014年
過去に開催したトーナメント戦

所属選手、主要参戦選手[編集]

Dia.HEARTS[編集]

MAD BLANKEY[編集]

MONSTER EXPRESS[編集]

ジミーズ[編集]

ミレニアルズ[編集]

無所属[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

音響[編集]

興行部[編集]

オフィシャルカメラマン[編集]

その他[編集]

役員[編集]

代表取締役社長[編集]

専務取締役[編集]

  • 木戸亨(大会コミッショナー兼任)

DRAGON GATE USA[編集]

DRAGON GATE RECORDS[編集]

過去の所属選手[編集]

過去のスタッフ[編集]

テーマ曲[編集]

「DRAGON STORM」(2003年 - 2007年)

闘龍門JAPAN時代から会場で使用。DRAGON GATEに社名変更に伴い、ボーカル入りバージョンが制作され、マグナムTOKYOが作詞を担当。プロモーションアニメも制作された。作曲は音響兼演出の中澤矢束が担当。

「DRAGON STORM 2007」JAM Project(2007年6月5日 - )

DRAGON GATE RECORDS設立に伴い、DRAGON STORMの歌詞・アレンジをリニューアル。作詞・作曲は同レーベルの代表兼プロデューサーに就任した中澤矢束。 会場内で流れているのはシングルバージョン(会場・通販限定販売)で、以降のサウンドトラックにも適時収録されている。JAM Projectのアルバム「Big Bang」にも収録されているが、こちらはイントロ冒頭のドラムフィルがカットされ、ストリングス風のアレンジが追加されている。

「カーテンコール」ハヤブサ(2008年3月20日 - )

エンディングテーマ。作詞を中澤矢束、作曲をハヤブサが担当。

「NEW GENERATION! 〜KOBE to the WORLD〜」JAM Project(2008年7月 - 2014年7月)

公式テーマ。作詞を中澤矢束、作曲をJAM Projectメンバーの影山ヒロノブが担当。大会では休憩明け等に使用されていた。

「願い星 〜SSS〜 スモールスターズソング」ドラゴンゲートオールスターズ(2010年7月 - )

公式応援ソング。作詞を326(元19 ジューク)、作曲を中澤矢束が担当。

「OPEN THE DREAM GATE」ダイアモンド✡ユカイ(2014年7月 - )

公式テーマ。作詞を中澤矢束、作曲&歌唱をダイアモンド✡ユカイが担当。大会では休憩明け、「DRAGON GATE 無限大〜infinity〜」オープニングテーマ等に使用されている。

試合中継[編集]

テレビ中継はGAORAの番組「DRAGON GATE 無限大〜infinity〜(旧:VAMONOS AMIGOS 闘龍門)」で不定期、テレビ西日本の番組「DRAGON GATE〜龍の扉〜(旧:UNO DOS TRES 闘龍門)」で月1回行われている。JAMや海外遠征試合などがある場合は月2回の場合もある。主要会場でのビッグマッチはPPVで生中継される。関西テレビもなんでもアリーナにリングを設営しスタジオマッチの放送やワールド記念ホール大会など関西でのビッグマッチのみ不定期に中継を行なう。実況担当アナウンサーは市川勝也。解説は当日出場選手が数名で努めている。 東海地区では東海テレビが不定期で深夜に「無限大プロレスドラゴンゲート」という番組名で1時間枠にて放送している。

GAORAはかつては月1回2時間の中継とミニ情報番組「どらげー通信」を週1回30分を並行して放送していたが、それらを事実上統合する形で現在の週1回1時間の放送となった。テレビ西日本の中継は深夜放送ながら瞬間最高視聴率5パーセントを超える高視聴率を記録、ソフトとしての良質さから他のフジテレビ系列局にも不定期に分配され上記のお台場毎日プロレスの契機にもなった。

2009年には3月22日の両国国技館大会が3月29日深夜にテレビ東京で「最先端プロレス DRAGON GATE」のタイトルで放送された[5]

和歌山大会の模様はテレビ和歌山にてゴールデンタイム放送されている。

ユニット勢力図変遷[編集]

※活動期間はDRAGON GATE及び闘龍門JAPAN在籍時のもの
★実質的なユニットリーダー
●結成から在籍中または解散まで在籍
▲途中加入から在籍中または解散まで在籍
▼結成から在籍後、途中離脱
◆途中加入から在籍後、途中離脱
△再加入

1999年 正規軍
(1999年1月 - 2002年12月)

★▼マグナムTOKYO
●ドラゴン・キッド
▼SAITO
●新井健一郎
▼堀口元気
▲斎藤了
▲スペル・シーサー
★△望月成晃
▲三島来夢
CRAZY-MAX
(1999年1月 - 2004年12月)

●★CIMA
●ドン・フジイ
▼SUWA
◆TARU
◆MAKOTO
◆チョコボールKOBE
◆TARUシート
◆JUN
◆ストーカー市川
- - - -
2000年 M2K
(2000年4月 - 2002年10月)

★▼望月成晃
▼神田裕之
●横須賀享(望月享)
▲ダークネス・ドラゴン
▲チョコフレークK-ICHI
▲堀口元気
★▲マグナムTOKYO
2001年
2002年前期 イタリアン・コネクション
(2002年3月 - 2005年3月)

★●ミラノコレクションA.T.
●YOSSINO
▼"brother"YASSINI
▼コンドッティ修司
▼ベーカリー八木(ペスカトーレ八木)
◆ベルリネッタ・ボクサー
▲アンソニー・W・森
2002年後期 Do FIXER
(第1次、2002年10月 - 2004年7月)

★▼マグナムTOKYO
●堀口元気
▼横須賀享
▼K-ness.
▲斎藤了
2003年前期 新M2K
(2003年1月 - 2003年12月)

★●望月成晃
●ドラゴン・キッド
●新井健一郎
●セカンド土井
▼三島来夢
2003年後期 はぐれ軍団(仮)

●大鷲透
●"brother"YASSHI
●ドッティ修司
▲高木省吾
2004年前期 - 悪冠一色

★▼望月成晃
●大鷲透
●"brother"YASSHI
●近藤修司
●高木省吾
▲菅原拓也
2004年後期 Final M2K
(2004年7月 - 2007年1月)

★●望月成晃
●新井健一郎
★●横須賀享
●K-ness.
▼セカンド土井
▲小野寺大和
Do FIXER
(第2次、2004年7月 - 2007年1月)

★斎藤了
▼マグナムTOKYO
●ドラゴン・キッド
▼堀口元気
◆谷嵜なおき
2005年前期 Blood Generation
(第1次、2005年1月 - 2006年4月)

★●CIMA
●ドン・フジイ
▼土井成樹
▼吉野正人
●鷹木信悟
◆マグニチュード岸和田
◆谷嵜なおき
◆Gamma
Pos.HEARTS
(2005年3月 - 2007年2月)

★●アンソニー・W・森
●B×Bハルク
●スペル・シーサー
●マグナムTOKYO
-
2005年後期
2006年前期 Blood Generation
(第2次、2006年4月 - 2007年1月)

★●CIMA
●ドン・フジイ
●鷹木信悟
▲ジャック・エバンス
▲マット・サイダル
◆ロデリック・ストロング
マッスル・アウトローズ
(2006年4月 - 2008年5月)

★●Gamma
●マグニチュード岸和田
▼土井成樹
▼吉野正人
▼谷嵜なおき
◆玉岡金太
▲堀口元気
◆サイバー・コング
▲Dr.マッスル
▲神田裕之
▲YAMATO
戸澤塾
(2006年4月 - 2008年11月)

★●戸澤アキラ
●岩佐拓
▲新井健一郎
◆森隆行
▼大野勇樹
▲宍戸幸之
▲忍
▲エル・ジェネリコ
2006年後期
2007年前期 Typhoon
(2007年1月 - 2008年12月)

★●斎藤了
★●CIMA
●ドラゴン・キッド
●横須賀享
●アンソニー・W・森
▼B×Bハルク
▲PAC
◆鷹木信悟
NEW HAZARD
(2007年4月 - 2008年5月)

★●鷹木信悟
●B×Bハルク
▼YAMATO
●サイバー・コング
-
2007年後期
2008年前期 REAL HAZARD
(2008年5月 - 2010年3月)

★▼鷹木信悟
★▼Gamma
●神田裕之
▼堀口元気
★▼YAMATO
▼サイバー・コング
◆サイバー・コング・シート
◆KAGETORA
▲新井健一郎
◆斎藤了
▲Kzy
◆横須賀享
◆K-ness.
▲菅原拓也
WORLD-1
(2008年5月 - 2011年4月)

★▼土井成樹
★●吉野正人
●B×Bハルク
▼谷嵜なおき
▼m.c.KZ.
▲PAC
▲琴香
▲K-ness.
▲横須賀享
-
2008年後期
2009年前期 WARRIORS-5
(2009年3月 - 2010年2月)

★●CIMA
●Gamma
▼横須賀享
▼KAGETORA
◆RYOMA
▲ドラゴン・キッド
KAMIKAZE
(2009年1月 - 2011年4月)

★●鷹木信悟
▼ドラゴン・キッド
●岩佐拓
●戸澤陽
◆近野剣心
▲YAMATO
▲エル・ジェネリコ
▲KAGETORA
▲サイバー・コング
-
2009年後期
2010年前期 WARRIORS
(2010年2月 - 2011年1月)

★●CIMA
▼Gamma
●ドラゴン・キッド
●堀口元気
▲斎藤了
▲リコシェ
▲ブロディ・リー
ディープ・ドランカーズ
(2010年3月 - 2010年10月)

●新井健一郎
●神田裕之
●Kzy
●菅原拓也
▲谷嵜なおき
2010年後期 土井軍(仮)
(2010年10月 - 2011年1月)

★●土井成樹
●神田裕之
●Kzy
●菅原拓也
●谷嵜なおき
▲Gamma
2011年前期 Blood WARRIORS
(2011年1月 - 2012年3月)

★▼CIMA
★●土井成樹
▼Gamma
▼ドラゴン・キッド
▼堀口元気
▼斎藤了
▼神田裕之
●谷嵜なおき
▼リコシェ
●ブロディ・リー
◆△サイバー・コング
▲トマホークT.T
▲Kzy
▲B×Bハルク
★▲戸澤陽
▲ウーハー・ネーション
望月軍(仮)
(2011年4月 - 2011年6月)

★●望月成晃
●吉野正人
●B×Bハルク
●横須賀享
●PAC
▲鷹木信悟
▲YAMATO
▲スペル・シーサー
▲ドラゴン・キッド
▲KAGETORA
▲リッチ・スワン
2011年後期 JUNCTION THREE
(2011年6月 - 2012年2月)

★●望月成晃
●吉野正人
▼B×Bハルク
●横須賀享
→ジミー・ススム
●PAC
●鷹木信悟
●YAMATO
●スペル・シーサー
●ドラゴン・キッド
●KAGETORA
→ジミー・カゲトラ
●リッチ・スワン
◆Gamma
2012年前期 MAD BLANKEY
(2012年3月 - )

▲土井成樹
▼B×Bハルク
★▼戸澤陽
▼△サイバー・コング
▼Kzy
▼Mr.ピーピー・苫小牧ペンギン
▲問題龍
★▲YAMATO
▲パンチ富永
◆CIMA
◆ドン・フジイ
◆Gamma
▲K-ness.
WORLD-1 INTERNATIONAL
(2012年3月 - 2013年9月)

★▼土井成樹
★●吉野正人
▼PAC
●リコシェ
●リッチ・スワン
▲ジョニー・ガルガノ
▲しゃちほこBOY
帰ってきたベテラン軍
(2012年2月 - 2013年7月)

★●CIMA
★●望月成晃
●ドン・フジイ
●Gamma
●ドラゴン・キッド
▼堀口元気
▼斎藤了
▼神田裕之
●"ハリウッド"ストーカー市川
ジミーズ
(2011年12月<結成>
2012年2月<独立> - )

●ジミー・ススム
●ジミー・カゲトラ
▲堀口元気H.A.Gee.Mee!!
▲斎藤"ジミー"了
▲ジミー・神田
▲Mr.キューキュー"谷嵜なおき"豊中ドルフィン
暁-akatsuki-
(2012年4月 - 2013年8月)

★●鷹木信悟
▼YAMATO
●富永千浩
●三代目超神龍
◆サイバー・コング
ウィンドウズMG
(2012年6月 - 2013年7月)

●スペル・シーサー
★●新井健一郎
●K-ness.
▼シーサーBOY
(しゃちほこBOY)
▲琴香
2012年後期
2013年前期
2013年後期 MONSTER EXPRESS
(2013年10月 - )

★●吉野正人
★●鷹木信悟
★●戸澤陽
●リコシェ
●ウーハー・ネイション
●アンソニー・ニース
●しゃちほこBOY
オレたちベテラン軍
(2013年7月ウィンドウズMGと合流 - 2014年11月)

★●CIMA
★▼望月成晃
●ドン・フジイ
●Gamma
▼ドラゴン・キッド
●スペル・シーサー
●新井健一郎
●K-ness.
●ハリウッド”ストーカー市川
ミレニアルズ
(2013年9月 - )

★●T-Hawk
●Eita
●U-T
●フラミータ
●ロッキー・ロボ
▲ヨースケ♡サンタマリア
▲Kotoka
▲エル・リンダマン
2014年前期
2014年後期 Dia.HEARTS
(2014年8月 - )

★●B×Bハルク
●望月成晃
●ドラゴン・キッド
▲ビッグR清水
▲Kzy
過去に活動していたユニット
  • 自転車兄弟(ドン・フジイ、斎藤了)
  • ロイヤル・ブラザーズ(アンソニー・W・森、フィリップ・J・福政、ヘンリーIII世・菅原)
  • 岩佐軍団(岩佐卓典、三島来夢)
  • フロリダ・エクスプレス(マイケル岩佐、ダニエル三島、ジョンソン・フロリダ、ジャクソン・フロリダ)
  • フロリダ・ブラザーズ(マイケル岩佐、ダニエル三島、ケンスキー佐々木)
  • アイパーズ(ドン・フジイ、セカンド土井、谷嵜なおき)
  • ルネッサンス(マグナムTOKYO、望月成晃、神田裕之、ドン・フジイ)
  • 絶倫ズ(望月成晃、ドン・フジイ、マグニチュード岸和田)
  • ベテラン軍(CIMA、Gamma、望月成晃、ドン・フジイ、スペル・シーサー、マグニチュード岸和田、菅原拓也、NOSAWA論外、MAZADA、ドラゴン・キッド、堀口元気、斎藤了)

脚注[編集]

外部リンク[編集]