ビリーケン・キッド
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ビリーケン・キッド | |
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プロフィール | |
リングネーム | ビリーケン・キッド |
本名 | 非公開 |
ニックネーム | 大阪エスペランサ |
身長 | 170cm |
体重 | 80kg |
誕生日 | 1973年11月27日(46歳) |
出身地 | 大阪府大阪市 |
所属 | プロレスリングアンサー |
トレーナー | ブラック・パワー |
デビュー | 1996年 |
ビリーケン・キッド(1973年11月27日 - )は、通天閣に祭られている幸運の神「ビリケン」をモチーフにした日本の覆面レスラー。
ビリーケン・キッドのマスクを被る前の姿はユニット「ルチャリブレ日本」のメンバーとしてプロレスリング華☆激にレギュラー参戦していた覆面レスラー「飛影(とびかげ)」とする説がある。
経歴[編集]
3人兄弟の末っ子で幼少の頃から兄が初代タイガーマスクのデビュー戦を生観戦したことでプロレスファンになり、プロレスラーになることを志すが体が小さかったため、メキシコへ渡ることを決意する。しかし、親には「プロレスラーになりたい」とは言い出せずにいた。
1995年、「語学留学をする」という理由でメキシコのクエルナバカへ語学留学に行く。
10月9日、ルチャリブレのジムに入門。
1996年、ブラック・パワーに師事する。師匠から徹底的にルチャリブレの基礎を叩き込まれる。
同年、クエルナバカでデビュー。
4月、磁雷矢、SHIIBA、ゴクウと共にユニット「ロス・カミカゼス」を結成。
2000年、AAAを退団。
同年、日本に帰国して磁雷矢、SHINOBI、SHIIBAと共にユニット「ルチャリブレ日本」を結成してプロレスリング華☆激に参戦。
ビリーケン・キッド[編集]
2002年1月、大阪プロレスに入団してリングネームをビリーケン・キッドに改名。
2003年5月、ツバサと組んでタッグフェスティバルに優勝。大阪タッグチャンピオンの座に挑むも王者村浜武洋&獣神サンダー・ライガー組に敗れた。
12月、タイガースマスクとのタッグで見事に勝利して新王者となった。しばらくした後に発表になったタッグチーム名は「ザ☆虎ビリー」。この後、挑戦者チームとの体格差やタイガースマスクの故障に悩まされるが苦戦ながら4度の防衛に成功している。
2004年8月、大王QUALLT、ゴアによる3WAYマッチに勝利して大阪プロレス王座を獲得して二冠を達成。
10月、"ビッグボス"MA-G-MAに敗れて大阪プロレス王座を失う。
12月、大阪プロレスタッグ王座を失う。
2005年2月、ペロと組んで再び、大阪プロレスタッグ王座を獲得
4月、ペロが大阪プロレスを退団したため、大阪プロレスタッグ王座を返上。
2月28日、軍団名をベンダバルにしたことを発表。それにあわせて従来の黄色いコスチュームから黒を基調としたコスチュームに変更。ただし、観客の反感を買ったり恐怖心を煽るような悪役一辺倒ではなく「チョイ悪(わる)」スタイルになっている。
2月、ブラックバファローと組んで大阪プロレスタッグ王座を獲得。
7月、ブラックバファローが負傷して長期欠場を余儀なくされたため、大阪プロレスタッグ王座を返上。
8月、新たに秀吉とタッグを組んで大阪プロレスタッグ王座を獲得。
8月、スペル・デルフィン戦に勝利して第12代大阪プロレス王座を獲得して二冠を得る。
12月、大阪プロレスタッグ王座を失う。
2007年2月12日、「大阪ハリケーン」にてタイガースマスクに敗れて大阪プロレス王座からも陥落する。
3月24日、ベンダバル同門対決に敗れて秀吉と政宗によりベンダバルを追放される。その後、しばらくは共に追放されたアジアン・クーガーと組んで試合をしていたが、ヒールターンしたスーパードルフィンと入れ替わるように正規軍入りする。ちなみに正規軍に加入後も「チョイ悪(わる)」スタイルは、そのままである。
9月、試合中に右前腕を骨折して長期欠場。
2008年2月11日、「大阪ハリケーン」の対丸藤正道戦にて復帰戦が行われた。しかし、怪我が完全に治りきっていなかったことを打ち明けて再度欠場。
7月12日、「SATURDAY NIGHT STORY」にて復帰戦が行われた。
12月7日、「天王山」決勝戦でブラックバファローを破り、悲願の初優勝したが、この決勝戦で右肩鎖関節脱臼という怪我に見舞われて再度欠場。
2009年1月31日、「SATURDAY NIGHT STORY」にて復帰戦が行われた。
2月15日、「大阪ハリケーン」にて大阪プロレス選手権試合対秀吉戦に勝利して王座奪還。第15代大阪プロレス王者となる。
7月25日、「SATURDAY NIGHT STORY」の大阪プロレス選手権試合でディック東郷に敗れて王座陥落と同時に大阪プロレス王座を流出させてしまう。
12月6日、「天王山」決勝戦でマグニチュード岸和田をベルディゴで破り、2年連続優勝。
2010年2月11日、「大阪ハリケーン」でディック東郷の持つ大阪プロレス王座に挑戦してファイヤーバードスプラッシュで勝利して第17代大阪プロレス王者となる。試合は場外カウント無しの反則裁定一切無しのノーDQマッチであり、且つ負ければ東郷の股をくぐり大阪プロレスを離脱しなければならないという厳しい条件をのんでのベルト挑戦であった。
6月18日、DRAGON GATEとの全面対抗戦で行われた大阪プロレス選手権試合でCIMAに敗れて王座陥落と同時に大阪プロレス王座を再度流出させてしまう。
2011年1月23日、豊中市ローズ文化ホールで自主興行「夢と元気をビリーから!!」を開催。
5月22日、ルード軍「JOKER」に加入。コスチュームも目がメッシュで覆われた黒マスクに黒タイツに変更。
5月、空牙とのタッグで「大阪タッグフェスティバル2011」に出場。Aブロック1位で優勝決定戦に進む。
6月26日、松下IMPホール大会で、Bブロック1位のバッファロー&タイガース組と戦い、敗れて準優勝となる。試合後、タイガースに「悪くなったら強くなれたんか。お前の問題はこことちゃうんか」と精神力の弱さを指摘される。その後、この試合の敗戦の責任を背負ったビリーはJOKERのメンバーから試合中に袋叩きの制裁を受けるが、メキシコ時代からの盟友である筑前りょう太(九州プロレス)が現れてビリーを救出して、そのまま九州へビリーを連れ帰り、ビリーのモチベーションアップと新必殺技の開発に手を貸した。
8月14日、「大阪ハリケーン」で完全復活したビリーはアジアン・クーガーから大阪プロレス王座を奪還していたタイガースに挑戦。新必殺技「エスペランサ(スペイン語で希望の意)」を駆使してタイガースを破り、大阪プロレス王座を獲得。
2012年3月2日、大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナでデビュー10周年記念大会「夢と元気をビリーから その2」を開催。
2013年9月8日、ナスキーホール梅田で自主興行「夢と元気をビリーから! vol.3」を開催。
7月、豊中市の中学校における「大阪プロレス&教育講演会」なる催しに招かれて激しい試合を行った後で息も乱さず小中学生や保護者を前に自身の体験を踏まえて夢を持つ事の大切さや家族と友人への感謝の大切さなどを講師として講演している。
2014年4月20日、大阪プロレスを退団。
同年、道頓堀プロレスでは仲間としてゼウス、The Bodyguard、菅沼修、三原一晃、織部克巳と共に行動している。また、老人ホールなどでボランティアで慰問活動を行っている。
2015年7月、プロレス団体「プロレスリングアンサー」を設立することを発表。
9月13日、尼崎中小企業センターでプロレスリングアンサーの旗揚げ戦を開催。
9月、バッファローと組んで(タッグチーム名は「ベンダバル」)、プロレスリング・ノアで開催された「日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦」に参戦。拳王&大原はじめ組、スペル・クレイジー&熊野準組に勝利して勝ち点4を得るも敗退。公式戦最終戦では、かつて大阪プロレスに所属していた原田大輔と小峠篤司のタッグチーム「桃の青春タッグ」と対戦。
その後、施設への慰問活動と並行して全日本プロレス、大日本プロレス、ドラディション、道頓堀プロレス、九州プロレス、琉球ドラゴンプロレスリング、プロレスリング・チームでらに参戦。
2016年8月20日、全日本プロレス神戸サンボーホール大会にて1年前に同試合会場にてGAORA TV チャンピオンシップを争った中島洋平に挑戦してファイヤーバードスプラッシュで勝利してGAORA TV チャンピオンシップを獲得。
9月9日、全日本プロレス豊中市立ローズ文化ホール大会にて三原と対戦して初防衛に成功。
9月19日、全日本プロレス後楽園ホール大会にて前王者の中島とリマッチで2度目の防衛に失敗。
2017年4月30日、尼崎市中小企業センターでデビュー20周年記念大会を開催。
得意技[編集]
ルチャリブレの動きを取り入れた独特のムーブや技を得意としている。入り方が複雑であったり、段階を踏む技、ロープを利用するテクニカルな技に特色がある。身が軽く卓抜した空中バランス持ち、スープレックス系の投げ技をバク宙して着地する姿をよく見せる。
- ファイヤーバードスプラッシュ
- ベルティゴ
- 相手を背後から肩車してから落とすみちのくドライバーII。
- こうもり吊り落とし
- ムルシェラゴに似た状態から相手を落とす。向かい合った状態から相手の股の間に頭を入れ、自分の背中へ相手が来るように持ち上げる。相手の両足を頭上でまとめ左足首のあたりを左腕で掴み、右腕は相手の首から頭部を抱えるようにして固定し、時に助走を付けて首から落とす。
- ビリーケンドライバー
- ストレッチバスターの体勢から相手を上下逆さまに担ぎ上げて開脚ジャンプした自身の股の間にうつ伏せ状態で落とす。
- ビリーケンダスト
- エプロンからロープを挟んでドラゴンスリーパーに相手を捕まえ、ロープを飛び越えるように前方回転してスタナーを決める。
- ビリドッギングヘッドロック
- ストラタスファクションと同型。ヘッドロックに相手を捕らえてトップロープへ跳び、反動を利用してターンしてから叩きつけるブルドッギングヘッドロック。
- ビリンコバスター
- コーナーポスト両側のトップロープを掴み開脚倒立、コーナーに座り込んだ相手に対し股から股間をぶちあてる。屈辱技のブロンコバスターの変形と言えるが、ビリンコバスターは威力重視の技になっている。
- アンサーボム
- フィッシャーマンズボム
- エスペランサ
- ラ・エスパルダ
- 相手の片腕をとり反転させてからリバースフルネルソンに捕らえての逆さ押さえ込みからフォールを奪う。高速で横縦に回転するため、相手は何が何やらわからなくなるとのことである。
- ラス・エスパルダス
- ラ・エスパルダの状態から横へ回転しさらに押さえ込んでフォールを奪う。
入場曲[編集]
- Step Up(ドラウニング・プール)
タイトル歴[編集]
- 大阪プロレス王座
- 大阪プロレスタッグ王座
- 大阪プロレスバトルロイヤル王座
- 天保山グランプリ王座
- 天王山優勝
- 大阪タッグフェスティバル優勝
- WDW王座
- WDWタッグ王座
- 道頓堀最強男優勝
- 道頓堀最強タッグキング優勝
- DOVEタッグ王座
- NWAインターナショナルライトタッグ王座
- GAORA TV チャンピオンシップ
- 御万人王座「琉王」
- 九州プロレスタッグ王座
外部リンク[編集]
- ビリーケン・キッド公式サイト
- ビリーケン・キッドのブログ
- ビリーケン・キッド (@billykenkid1127) - Twitter
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