ダイアモンド☆ユカイ

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ダイアモンドユカイ
出生名 田所 豊
別名 ユカイ
生誕 (1962-03-12) 1962年3月12日(59歳)
埼玉県大宮市
出身地 日本の旗 日本 東京都
学歴 専修大学法学部中退
ジャンル ロック
職業 歌手
作詞家
作曲家
俳優
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1986年 - 1989年
(RED WARRIORS)
1990年 -
(ソロ他)
レーベル 日本コロムビア
1986年 - 1989年
ポニーキャニオン
1997年
徳間ジャパンコミュニケーションズ
1999年 - 2003年
事務所 サンミュージック・サウンドミッション
共同作業者 RED WARRIORS
公式サイト ダイアモンド☆ユカイ 公式ブログ
ユカイなサムシング
ミック・ジャガー

ダイアモンドユカイDIAMONDYUKAI1962年〈昭和37年〉3月12日 - )は、日本ロックミュージック、シンガーソングライター俳優である。本名は田所 豊(たどころ ゆたか)。東京都出身。サンミュージック・サウンドミッション所属。既婚。現在は埼玉県さいたま市在住。

人物[編集]

血液型はB型[1]である。

大宮市立大砂土中学校専修大学附属高等学校を卒業し、専修大学法学部を中退[2][3]した。

芸名の由来は、ニックネームの「ユカイ」(愉快)。

「ダイアモンド」と「ユカイ」の間には当初は“☆”(スター)が入っていたが、「☆がついているアーティストが増えた」という理由で“[4]”(六芒星)に変更した[5]。それ以前に表記をDIAMOND◇YUKAIとした時期もあった。

ランディ・ニューマンローリング・ストーンズ萩原健一ファンであることを公言、萩原が死去した際には、自身のサイトで追悼コメントを発表[6]

「スウィーツ研究会部長」「ソフトクリーム研究会会長」「全日本コーヒー豆惣菜(党総裁)」などを自称して、日々研究・探究に臨んでいる。

歴史好きであり「裏歴史んとん協会会長」を自称する[7]。自身のルーツを調べたところ、祖先は結城朝光源頼朝に仕えた武将)であるといい[7][8]、朝光には頼朝の落胤説があることから、自身が「源頼朝の末裔」である可能性を話題として唱えている[7][8]。末裔であることについては「実際はどうなのかはわからないけど」としているものの[7]、源頼朝は大好きな人物であるといい[9]、子への命名に当たり頼朝にあやかって「頼」の字を付けている[7][9]

ハリウッド映画に主演した当時のカンヌ国際映画祭で、活躍する前のユマ・サーマンナンパして食事に誘い、キース・ヘリングやカメラマンのボブ・グルーエン英語版らと親交を深める。

ミュージシャン、俳優、声優、ナレーター、テレビタレントなど幅広く活動している。

略歴[編集]

1986年10月 - ロックバンドRED WARRIORS(レッド・ウォーリアーズ)のボーカルとしてデビュー。

1987年 - ハリウッド映画「TOKYO-POP」で俳優として活動を始め、カンヌ国際映画祭に出席。

1989年 - RED WARRIORS解散。

1990年 - 「I'M THE BEST -世界の女は俺のもの-」(ワーナーミュージック・ジャパン、MMGレーベル)でソロデビューし、武道館でソロデビューライブを開催。

以後10年の間、多彩なゲスト・ミュージシャンを迎え「ユカイなクリスマス」ライブを毎年開催。

1996年 - RED WARRIORS再結成。1997年に活動休止。

1997年 - 7月24日発売 西城秀樹ROCKトリビュートの「ブルースカイ ブルー」を歌唱。

1997年 - 11月にアイドルグループ・元CoCo三浦理恵子と結婚する。

1999年 - RED WARRIORSが完全復活として再結成。オリジナル・アルバム2枚等発売するが、2003年に活動休止。

2001年 - 三浦と離婚する。

2004年 - ソフィア・コッポラ監督の映画「ロスト・イン・トランスレーション」で、再びハリウッド映画に出演。

2007年

6月17日 - 自身のLIVEイベント「ROLLING ROCKS」で、盟友の木暮"SHAKE"武彦と久々に共演する。本人はインタビュー、ブログ等で「ROLLING ROCKS」を「俺のライフワーク」と語っている。

10月20日 - RED WARRIORSとしてZepp Tokyoで公演する。LIVE“LESSON21”。

12月22日 - ROLLYHEESEYをゲストに迎えて「ROLLING ROCKS 2」を開催。

2008年3月19日現在のバンドメンバーは、ichiro (G.)、市川"JAMES"洋二 (B.)、宮脇“JOE”知史 (Ds.)、三国義貴 (Key.)である。

2009年

2月7日 - 『踊る!さんま御殿!!』で「タンポポのような女性」と再婚したことを公表する。

3月1日 - 3月8日 - RED WARRIORSとしてライブを開催。LIVE“LESSON23”。

3月13日 - 自著『成りさがり』の発売記念握手会の場で、「自分の歌は聴けなくなるかも」と音楽業からの事実上の引退を示唆したと報道される。今後は地元の埼玉で農業に従事する予定であると語っている[10]

7月3日 - ホフディランのデビュー13周年記念ライブ『13年の金曜日』に出演、忌野清志郎を追悼すると称し、ホフディランのボーカルのワタナベイベーとTHE TIMERSデイドリーム・ビリーバー」を熱唱。

2010年

2月 - 待望の第一子(女児)が産まれ、47歳にして父親になったことをブログで公表。「新菜(ニーナ)」と名付ける。

3月 - 栃木県佐野市に移住[11][12]

7月24日 - 過労と体調不良が重なったため脳貧血(神経心原性失神)となり、病院に緊急搬送されていたことを7月25日にブログで公表した[13]。その後25日中に退院し、7月28日から仕事に復帰した[14][15]

自身が長期の不妊治療の末に、授かった娘へ想いを込めたミニアルバム「Niina (ニーナ)」を発表。

2011年

3月 - 栃木県佐野市の「佐野ブランド大使」に任命[11][12]される。

4月 - フジテレビ系「ごきげんよう」(5月3日放送)のトーク中、「2人目ができました。双子です」と告白する[16]

6月 - 自身が無精子症で、体外受精の末に子供を授かったことなどを公表[17]

7月 - 自身の無精子症を告白した本「タネナシ。」を講談社から出版。

11月2日 - 午前に自身のブログで、1日に双子の男児が生まれたことを公表した[18] 同日午後に記者会見を開き、長男を「頼音(らいおん)」、次男を「匠音(ショーン)」と命名したことを発表。[19]

2012年

3月 - 自身の誕生日を祝い「芸獣ロック」と題したライブを開催。

7月 - カバーアルバム、男が泣ける男の歌「Respect」(ワーナーミュージック・ジャパン)を発売する。

8月 - 自身が作詞・作曲した、佐野市のゆるキャラさのまる」のテーマソング「さのまる音頭」を発表した。中日ドラゴンズの「ドアラのマーチ」も歌う。

10月 - 栃木県から「とちぎ未来大使」を委嘱される。

12月 - 全曲カバーアルバムから「Respect LIVE」を開催。

2013年

6月 - 講談社から育児奮闘記「イクジイ。」を発表。

11月 - カバーアルバム第二弾、男が惚れる男の歌「RESPECT II」(インペリアルレコード)を発売。

12月 - 品川プリンスホテルで「ダイアモンド☆ユカイ クリスマスディナーショー」を開催。

2014年

6月 - NHK「みんなのうた」で新曲「ムクロジの木」が放送。

7月 - CS放送GAORADRAGON GATE 〜無限大infinity〜」のオープニングテーマ「OPEN THE DREAM GATE」を楽曲提供して歌唱。

12月 - Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで「X'MASロックショー」を開催。

2015年

7月 - 織田哲郎が結成したバンド「ROLL-B DINOSAUR」(ロール・ビー・ダイナソー)にボーカルとして参加[20]する。

7月 - 親子で楽しめるアルバム「ユカイなKidsソング」(キングレコード)を発売。

8月 - DRAGON GATEオフィシャルサウンドトラック「OPEN THE MUSIC GATE 2015」(ポニーキャニオン)に参加し、「OPEN THE DREAM GATE」を楽曲提供して歌唱し、帯キャッチコピーを記す。

9月 - RED WARRIORSとして、さいたまスーパーアリーナでの肉ロックフェスで一夜限りのライブを開催。

10月 - 30周年記念ライブ「流星のロケンロール」を、デビューを決めたヤクルトホールで開催。

10月 - 愛知県から「あいちイクメンPR大使」に任命される。

10月 - 2015年に公演されたミュージカル『ミス・サイゴン』でエンジニア役[21]を務める。

2016年

3月 - カバーアルバム第三弾「Respect III」(ユニバーサル・ミュージック・ジャパン)を発売する。

3月 - バースデーライブ「Hello-Goodbye」を原宿クエストホールで開催する。

5月 - 埼玉県から「埼玉県コウノトリ大使」を依嘱される。

2017年

7月 - 母親が90歳で他界仕事で看取れなかったが、母に初めて買ってもらったギターで、母が好きだった「JOHN」を通夜で歌った。

ディスコグラフィ[編集]

YUTAKA & LITTLE WING[編集]

シングル
  1. MERRY X'MAS AGAIN / むかし子どもだったすべての人へ(1989年12月、CA-8385)
アルバム
  1. Welcome To The Indy Land(1989年12月、EGO-001)7曲入。
  2. MERRY X'MAS AGAIN / むかし子どもだったすべての人へ(1991年11月、TRCE-2001)リマスタリング盤、5曲入。

Diamond Yukai[編集]

シングル
  1. DIRTY HERO(1990年7月、AMDX-6011)
  2. ONE SUMMER NIGHT(1990年8月、AMDX-6017)
  3. OCEAN(1993年6月、PCDA-00466)
  4. 愛しのセーラ(1993年10月、PCDA-00497)
  5. 夕暮れ(1994年1月、PCDA-00531)
  6. SUMMER ANGEL(1994年5月、PCDA-00594)
  7. Sunshine Lady(1995年10月、PCDA-00780)
  8. 君はともだち (1996年3月、PCDW-00003)(映画「トイ・ストーリー」日本語版 主題歌)
  9. CRY FOR LOVE(1996年4月、PCDA-00844)
  10. 魂の詩(2011年7月、配信)
  11. さのまる音頭(2012年12月)
  12. Wonder Wings(2013年11月13日)
  13. ムクロジの木(2014年7月)
アルバム
  1. I'M THE BEST -世界の女は俺のもの-(1990年、AMCX-4070)
  2. ピエロの囁き(1991年、AMCX-4126)
  3. SHADOW BROWN & BLACK PIRATES  ~シャドウ・ブラウン&ブラック・パイレーツの誕生~(1992年、AMCX-4142)
  4. LONELY JACK KNIFE(1993年、PCCA-00461)
  5. DAMOND YUKAI(1994年、PCCA-00608)
  6. Cry For Love(1996年、PCCA-00973)
  7. Le Cinema(1997年、PCCA-01174)
  8. BRAVO!(2001年、TKCA-2090)
  9. D☆Y SHORT BIBLE(2007年、GNCL-7006)
  10. I AM A ROCKMAN(2009年、GNCL-1193)
  11. Niina(2010年、SMLCA-5)
  12. Respect(2012年、WPCL-11175)カバー・アルバム。"男が泣ける男の歌"がテーマ。
  13. RESPECT II(2013年、TECI-1382)カバー・アルバム。"男が惚れる男の歌"がテーマ。
  14. ユカイなKidsソング(2015年、KICG-451)
  15. Respect III(2016年、UICZ-4343)カバー・アルバム「Respect」シリーズの最終章。
  16. 『The Best RespectRespect In Peace...』(2019年、WQCQ-747)カヴァーアルバム『Respect』シリーズの集大成ベストアルバム、オンライン限定発売。
その他
  • 「中日ドラゴンズ選手テーマ曲2013」

 山崎武司選手テーマ曲「BABEなタケシ」ドアラテーマ曲「ドアラのマーチ」2曲収録

  • 「PACHISLOTあしたのジョー2」サントラ

 「蒼き狼達のバラッド」 「ROCK YOU」ほかカバー全4曲収録

 「Wonder Wings (TVsize)」収録

  • 「遊☆戯☆王ZEXAL VOCAL BEST!!」

 「Wonder Wings」収録(M-11)

  • プロレス団体ドラゴンゲート公式テーマソング「OPEN THE DREAM GATE」

NIGHT LIFE[編集]

アルバム
  1. NIGHT LIFE Volume-one(1999年、RDCD-1001)
  2. NIGHT LIFE Romance(2003年、NLCD-1001)

映像作品[編集]

VHS
  1. DIAMOND ROCK SHOW DEBUT LIVE BUDOKAN 1990.7.24(1990年)
  2. CONCERT TOUR'91-'92 ピエロの囁き(1992年12月、AMVX-8008)

出演作品[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

テレビ[編集]

冠番組[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ等[編集]

他多数

ラジオ[編集]

CM・広告[編集]

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
2019年(令和元年)/第70回 初(特別出演) 君はともだち なし なし 「夢を歌おう」特別企画で初出場

著書[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ サンミュージック 公式プロフィール
  2. ^ “ダイアモンド☆ユカイ、学歴を修正”. デイリースポーツ online. (2016年3月21日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2016/03/21/0008912638.shtml 
  3. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.514
  4. ^ ❲U+2721❳
  5. ^ 『成りさがり』p.226-228
  6. ^ http://www4.nhk.or.jp/suppin/x/2019-11-19/05/  2020年3月16日閲覧
  7. ^ a b c d e ダイアモンド☆ユカイのハートを揺さぶる“ロックな子育て” ダイアモンド☆ユカイ×奥田健次対談【前篇】”. DIAMOND online (2015年2月23日). 2021年11月17日閲覧。
  8. ^ a b ダイアモンド・ユカイ カツラ疑惑否定も”. デイリー. 神戸新聞社 (2016年2月26日). 2021年11月17日閲覧。
  9. ^ a b ダイアモンド☆ユカイが会見 ”. eltha. オリコン (2011年11月2日). 2021年11月17日閲覧。
  10. ^ ダイアモンド☆ユカイ引退へ…今後は農業に従事(芸能)-スポニチSponichi Annexニュース
  11. ^ a b 栃木県佐野市公式ホームページ 佐野ブランド大使
  12. ^ a b 下野新聞「SOON」2011年3月3日記事「ブランド大使はダイアモンド☆ユカイさん 佐野の魅力全国発信へ」
  13. ^ 公式ブログ内「頼もしい妻」(7月25日付)
  14. ^ 脳貧血で入院ダイアモンド☆ユカイ、28日復帰・日テレNEWS24
  15. ^ ダイアモンド☆ユカイ、脳貧血で意識失う ブログで妻に感謝 - MSN産経ニュース
  16. ^ ダイアモンド☆ユカイ、夫人が双子妊娠 - sanspo.com(4月29日付)
  17. ^ ユカイ、無精子症でも幸せ「種なし」パパ - sanspo.com(6月19日付)
  18. ^ ブログ『ユカイなサムシング』・「ご報告」(11月2日付)
  19. ^ 毎日新聞デジタル(11月2日付)
  20. ^ 織田哲郎×ダイアモンド☆ユカイ、新バンド結成 8・6初ライブ”. ORICON (2015年7月1日). 2015年7月1日閲覧。
  21. ^ ダイアモンド☆ユカイ『ミス・サイゴン』エンジニア役に! アメリカン・ドリーム叶う”. クランク・イン!! (2015年10月1日). 2015年10月1日閲覧。
  22. ^ “舞台「まほろばかなた -長州志士の目指した場所-」公式HP”. (2014年8月21日). オリジナルの2014年8月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140821180047/http://www.mahorobakanata.com/ 2021年4月6日閲覧。 
  23. ^ misonoが全力でアリス役に専念、「A New Musical ALICE」”. ステージナタリー (2016年3月8日). 2016年3月8日閲覧。
  24. ^ 2012年10月-2013年6月は火曜ダンディ、2013年7月-2014年3月は月曜ダンディ
  25. ^ 2012年4月4日 - 2019年3月20日までは水曜
  26. ^ 栃木県ホームページ > 県政ラジオ番組「ダイアモンド✡ユカイのVERY GOOD とちぎ」”. 2021年11月3日閲覧。
  27. ^ ユカイさんでプロモポスター作製 佐野市 都内など東武鉄道主要駅に掲示”. 佐野新聞soon (2018年5月9日). 2018年5月10日閲覧。

外部リンク[編集]