THE STREET SLIDERS

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THE STREET SLIDERS
ザ・ストリート・スライダーズ
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル ロックン・ロール
ブルース・ロック
ブルース
リズム&ブルース
ブギ
レゲエ
ファンク
活動期間 1980年 - 2000年
レーベル
共同作業者 佐久間正英
JOY-POPS
メンバー 村越"HARRY"弘明ボーカルギター
土屋"蘭丸"公平 (ギター)
市川"JAMES"洋二 (ベース
鈴木"ZUZU"将雄 (ドラムス

THE STREET SLIDERS(ザ・ストリート・スライダーズ)は、日本のロック・バンド。

結成は1980年。アマチュア時代は“リトル・ストーンズ”と称され人気を博す。1983年にEPICソニーからレコード・デビュー。ブルースロックン・ロールを基調とし、サウンドの要である “からみ”と“うねり”、時代に媚びることのない彼らの姿勢は、2000年の解散までぶれることなくメンバーは20年間不動であった。

メンバー[編集]

HARRY(ハリー、本名:村越弘明、1959年1月26日 - )
Vocal/Guitar担当。大半の楽曲を作詞作曲している。
蘭丸 (らんまる、本名:土屋公平、1960年10月4日 - )
Guitar/Vocal担当。一部の楽曲をハリーとJOY-POPS共同名義で作詞、作曲、編曲している。
JAMES (ジェームス、本名:市川洋二、1959年3月11日 - )
Bass/Vocal担当。HARRYとは高校時代からの友人。
ZUZU (ズズ、本名:鈴木将雄、1960年12月4日 - )
Drums担当。蘭丸と幼馴染み。

活動経歴[編集]

はじめに[編集]

1959年1月26日、はじめに村越弘明が生まれた。
44日後、市川洋二が生まれた。
その572日後、土屋公平が生まれた。
さらに、その61日後、鈴木将雄が生まれた。
全てがバッチリ始まった[1]

出会いからデビューまで[編集]

1974年(昭和49年)

  • 市川洋二、村越弘明が高校一年生の時同じクラスで出会う[2][注 1]
  • 土屋公平、鈴木将雄は地元の小学校で出会うが、友達になるのは中学に入ってから[3] [注 2]

1978年頃(昭和53年)

  • 最初、村越と市川は別々のバンドにいたが市川のバンドに欠員が出た為、ギターとして村越が加入[注 3]

1979年(昭和54年)

  • 11月3日:土屋と鈴木が大学のキャンパス・コンサートの楽屋で知人に紹介され村越と出会う。以降、土屋が雇われマスターを勤めるロック喫茶メロンハウスに村越と市川が顔を出すようになりバンドに誘う[4]

1980年(昭和55年)

  • 2-3月[5][6]:スタジオのセッションに土屋と鈴木が呼ばれる形でThe Street Slidersを結成。地元の楽器店や小さなライブハウスの出演から始める。[注 4]
  • 5〜6曲持ち歌ができた頃、地元の知人の紹介で福生にあるライブハウスのUZUや高円寺にあったレッド・クロス、吉祥寺のシルバー・エレファントといった小さなライブハウスにも出始める。
  • いくつかコンテストやオーディション[注 5]にも出たが、思うような手応えを得られない日々が続く。

1981年(昭和56年)

  • 8月、新星堂 ロック・イン・コンテストにThe Street Slidersで出場[注 6]。グランプリを獲得。多くのレコード会社から打診を受ける[7]
  • 10月、SDオーディション(CBS・ソニーオーディション)[注 7]にてThe Street Slidersが東京地区最優秀グループ賞を受賞[8]
  • ソニーのSD部担当者が新星堂のオーディションをテープに録ってそれをSDオーディションに出しており、それがEPIC・ソニー企画制作部チーフ・プロデューサー(当時)目黒育郎の目にとまる[注 8]

1982年(昭和57年)

  • オーディションで受賞した後すぐにレコード・デビューした訳ではなく、1年ほど修行期間があった[注 9]。この時期多くの学園祭にも出演している[注 10]
  • 秋。映画《BLOW THE NIGHT夜をぶっ飛ばせ[注 11]》主題歌と音楽をThe Street Slidersが担当。冒頭のライブ・シーンではアマチュア時代にライブをやった新宿のACBが使われている。


メジャー・デビュー[編集]

1983年昭和58年)

  • 3月5日:EPICソニーより、1stアルバム《SLIDER JOINT》、1stシングル《BLOW THE NIGHT》でデビュー。福生のライブハウスUZUにてデビュー記念のライブを行う[注 12]
  • デビュー後、4人はハイエースに乗って北海道から九州までの全国ツアーに出る。
  • 9月26日から伊豆のKRスタジオで2ndアルバムのレコーディングに入る[注 13]
  • 12月1日:2ndアルバム《がんじがらめ》をリリース[注 14]
  • 2ndアルバムだけはシングルカットされた曲がない。

1984年昭和59年)

  • 2月:初めての海外で3週間ほどロンドンへ渡英。ローリング・ストーンズのツアー・カメラマンMichael Halsbandとのフォト・セッションが目的。
  • ロンドンから戻って3枚目のアルバム制作に入る。この時期SONYが世に先駆けて取り入れたデジタル・レコーダーをレコーディングでいち早く使用しており、山下達郎がそれを見にスライダーズのスタジオを訪れたエピソードがある。
  • 11月11日:3rdアルバム《JAG OUT》発売。先行2枚のアルバムよりも曲調が増え作品の幅が広がる[注 15]

1985年昭和60年)

  • 一部業界人によって大人ファンクラブ “FOOL TO CRY(愚か者の涙)”が結成される[注 16]
  • 5月:ホールや会館を中心にした本格的なライヴ・ツアー《GIG’85》を開始する。
  • 7月21日:4thアルバム《夢遊病》リリース。ロンドンでのレコーディング。デビューから4枚目まではセルフ・プロデュース[注 17]
  • レコーディング・ミキサーを担当したウォルター・サミュエルの要望で、録音は一発録りをした先行3枚のアルバムと異なりダビング式[注 18]
  • 《夢遊病》が完成した後、レコード会社からは前3作に比べ、あまりにテンションの低い作品と仕上がりを心配され、その他事情もあり大幅なスタッフの配置転換や入れ替え、外部からマネージメントや音楽プロデューサーを入れるなど組織体制の刷新が行われ、それはスライダーズのメンバーや今後の作品づくりにも大きな影響を及ぼしていく。


シングル盤Angel Duster発売[編集]

《本命シングルの誕生》

  • デビューからこの時点までスライダーズのメンバーはシングル盤を出すことに積極的ではなかった[注 19]。しかし前作のアルバム発売後に《Angel Duster》が生まれた時、ハリーは《ロックとして勝負できる曲ができた[注 20]》と確信し、この曲を新しいシングルのA面にしたいと考えた。
  • アルバム《夢遊病》を発売した後、スライダーズのメジャー化に向けてメディア戦略へ舵を切ったレコード会社がまず見直したのは、シングル盤ラインナップの弱さとマルチ・メディアの活用である。新しいシングルには訴求力のあるリミックスとビジュアルが必要になる。EPIC・ソニーは外部から音楽プロデューサーの佐久間正英を迎えて、《Angel Duster》の7インチ・シングル盤のリリースからはじめる。


《音楽プロデューサーとの出会い》

  • 元・プラスチックスの佐久間正英は音楽のプロデュースというよりむしろサウンド・アドヴァイスの面でスライダーズに協力した。そしてハモンドオルガンとポリフォニック・シンセサイザーを弾いた。スライダーズの作品に編曲としてメンバー以外の名前がクレジットされるのはこれが初めてである。
  • 佐久間はデビュー前のスライダーズを見たことがあり、音も聴いたことはあったが、デビュー以降は聞いていなかった[注 21]

1985年昭和60年)

  • 11月21日:4thシングル《Angel Duster》7inchシングル盤発売。
  • 音楽プロデューサーの佐久間は、今度はベルリン出身のドイツ人で若きエンジニアのマイケル・ツィマリング[注 22]を伴って、Angel Dusterの12inchシングル録音の為、再びSONYのスタジオにやって来る。

1986年昭和61年)

  • 1月22日:5thシングル《Angel Duster》12inchシングル盤発売[注 23]
  • 6月21日:6thシングル《Back to Back》12inchシングル盤発売。佐久間のリミックスと映像作家の佐藤輝に依頼したプロモーション・ビデオのインパクト、もとより楽曲の確かさ[注 24]が功を奏してテレビの地上波や深夜の音楽番組で話題となり、ストリート・スライダーズの認知度は上がっていく。
  • 8月5日:《摩天楼のダンス天国》新宿都有三号地。オープニングのナンバーは《すれちがい》後にビデオ・DVDで商品化された(映像ディレクターは映像作家の佐藤照)。
  • 11月1日:7thシングル《Special Women》発売。


《アルバム・天使たち》

  • 11月21日:5thアルバム《天使たち》リリース。
  • 先行12インチ・シングルのリミックスと映像作家のプロモーション・ビデオによるマルチ・メディアとの相乗効果、派手なホーンセクションと佐久間のシンセサイザーを取り入れたことで80年代のビート世代にも強くアピールし、マイナーな存在だった彼らが全国ネットのテレビやラジオといった音楽番組に出演。しかしこのアルバムにおいて特に重要だったのは、彼らが好きなルーツ音楽やデビュー前にベースとしていた新宿、福生でのライブのノリといったそれまでの音作りから今に近づき、自身のロックン・ロールを形にし、自分達を主張し、獲得し、常に次への段階を切り開こうとした点にある。


《初の武道館とライブ・アルバム》

1987年昭和62年)

  • 1月30日:初めての日本武道館公演「HEAVEN AND HELL(天国と地獄)」を行う[注 25]。後の3月21日に、このライブを収めた6thアルバム《THE LIVE!》[注 26][注 27]をリリース。
  • 4月3日:宝島 (雑誌)ファン・クラブ会員1万人達成記念イベントにより芝浦インクスティックにて、ロックン・ロールのカバー曲を集めたライヴ《Slippin’ And Slidin’》を行う。
  • 10月1日:7thアルバム《BAD INFLUENCE》リリース[注 28]
    アルバム《天使たち》の後、バンドの方向性を試行錯誤し、ソウルフルでリズム&ブルース色の強いサウンドに自らシフトしていった時期になる[9]。オリコン・チャート初登場3位を記録し、売り上げという意味ではスライダーズ史上最も成功したアルバムであり都内ホテルで祝賀パーティなども催された[10]


最初の活動休止[編集]

1987年昭和62年)

  • 10月:ドラムのZUZUが交通事故[注 29]で入院。アルバム・リリースに合わせて予定されていた全国50ヵ所ツアーを全てがキャンセルとなり、バンドは半年ほどの休止状態に入る。
  • 休止の間、HARRYと蘭丸によるアコースティック・ユニットJOY-POPSが始動。蘭丸は甲斐よしひろ&プロジェクトKにも参加。
  • 10月:ハリー《風が強い日》のプロモーション・ビデオ撮影のため、バリ島へ飛ぶ。

1988年昭和63年)

  • 2月:スライダーズ初のベスト・アルバム《REPLAYS》リミックス作業の為、ハリーと蘭丸がNYへ飛ぶ[注 30]
  • 4月10日:東京汐溜PITのNHK MUSIC WAVE SPECIAL収録にて活動を再開[注 31]
  • 4月25日:《復活!ROCK’N’ ROLL DEF’ TOUR》にて活動を再開。富山を皮切りに全国60ヶ所のツアーに出る。
  • 6月15日:夜のヒットスタジオに初登場。ファン代表として俳優伊武雅刀の電話コメントが紹介され、別スタジオにて「Boys Jump The Midnight」を生演奏した。
  • 6月22日:ストリート・スライダーズ初のベスト盤となる8thアルバム《REPLAYS》を発売。
  • 8月:《ROCK’N’ ROLL DEF’ SPECIAL》福岡・名古屋・大阪・日本武道館2days。
  • 11月:レコーディング終了後、メンバー全員でインドへ。


セルフ・プロデュースへの回帰[編集]

1989年平成1年)

  • 1月21日:9thアルバム《SCREW DRIVER》リリース。再び自分達でレコードをプロデュースし国内レコーディングをするようになる[注 32]
  • 前作《SCREW DRIVER》以降、ルーティンでアルバムを出すよりもライブ・ツアーでの活動を優先するようになる。結果アルバム発表のタイミングに少しずつ間隔が生じてくるようになる。
  • 9月〜:メンバー各個人充電期間に入る。その間、ハリーと蘭丸はJOY-POPS初のスタジオ・レコーディングを行う。その後蘭丸は単身インド旅行へ。ジェームスは2箇月ほどロンドンへ。ZUZUだけは詳細が不明。
  • 12月9日:16thシングル盤《ROUTE S・S》発売。スライダーズ、JOY-POPS、土屋公平のソロ3作をボックスに納めた企画物CDシングル。[注 33]

1990年平成2年)

  • 3月。バンド結成10周年。ROUTE S・Sのツアー中、“子供の日”と“大人の日”2daysに分かれたライブを名古屋、大阪、日本武道館、福岡にて開催。
  • 6月2-3日:初めて東京・日比谷野外音楽堂でのライヴ《Get Wet When It Rains》。
  • 12月21日:10thアルバム《NASTI CHILDREN》リリース。共同プロデューサーに今井裕が名を連ねており、アルバムの半分はロンドンレコーディング。曲のクレジットは全編JOY-POPS [注 34][注 35][注 36]


二度目の活動休止[編集]

1991年平成3年)

  • 1月6日:BIG BEAT,DANCE TOUR 終了後、日本武道館での《一年の計はスライダーズにあり》を最後に“冬眠(無期限活動休止)”を発表する[注 37] [注 38]
  • 蘭丸がほぼ同時期に活動休止したRCサクセションのギタリストである仲井戸麗市とユニット麗蘭を結成。4月10日新潟から初のツアーをスタートさせる。

1992年平成4年)

  • 3月1日:バンドが活動休止の間、EPICソニーはアナログ盤のみだった12インチのシングル・レコードをCDに音源化した11thアルバム《RARE TRACKS》を発売。

1993年平成5年)

  • 3月5-6日:デビュー十周年に当たるこの年、無期限の活動休止から約2年を経て日本武道館にて《Live‘93 沈黙の答え》を地区限定で行う。
  • ライヴ《沈黙の答え》の後、バンドは再び活動を休止する。

1994年平成6年)

  • 4月1日:91年からの活動休止から約3年の春。全国33箇所にてTOUR《不滅》を行う。その後の秋、4年ぶりにメンバーでスタジオに入り、次のアルバムの録音が始まる。

1995年平成7年)

  • 4月21日:12thアルバム《WRECKAGE》リリース。前作から4年4ヶ月ぶりとなる。
  • 10月1日:13thアルバム《GET THE GEAR!》ライブ・アルバムをリリース。

1996年平成8年)

  • 11月21日:14thアルバム《NO BIG DEAL》リリース。これがスタジオで録音された最後のアルバムとなる。

1998年平成10年)

  • 4月1日:15thアルバム、ベスト盤の《HOT MENU BEST OF THE STREET SLIDERS》をリリース。

2000年平成12年)

  • 3月5日:結成20周年のこの日から毎月5日、新宿LIQUIDROOMにて4ヶ月連続のマンスリーLIVE《THE LATE SHOW》を行う。Twilight Stgae、Night Stageの1日2ステージ。
  • 10月29日:日本武道館での《LAST LIVE》のステージを最後に解散。

2001年平成13年)

  • 1月25日:16thアルバム《LAST LIVE》リリース。前年日本武道館で行われた最後のライブを収めたライブ・アルバム。
  • 現在はメンバー個々でソロの活動を行なっている。

エピソード[編集]

  • アマチュア時代から評判のバンドだったスライダーズだが、プロになることに当初懐疑的だったらしく、コンテスト出場も知り合いの楽器屋店員から「欠員が出たから出てくれない?」という、誘いにたまたま応えたものだった。
  • HARRYと言えばテレキャスター、蘭丸と言えばSGのイメージだが、お互いが初めて買ったエレキ・ギターはHARRYSG、蘭丸はテレキャスターだった。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

タイトル 収録曲 リリース オリコン最高位
1st Blow The Night! Blow The Night!/のら犬にさえなれない '83.03.05 廃盤
2nd カメレオン 〈12inch〉 カメレオン Long Version/カメレオン English Version '84.11.01 廃盤
3rd NEW DANCE 〈12inch〉 NEW DANCE Long Version/NEW DANCE English Version '85.07.01 廃盤
4th Angel Duster Angel Duster/No Down '85.11.21 廃盤
5th Angel Duster 〈12inch〉 Angel Duster/Party Is Over/No Down '86.01.22 廃盤
6th Back To Back 〈12inch〉 Back To Back/Lay down the city/Back To Back(Special extended Version) '86.06.21 廃盤
7th Special Women Special Women/Up & Down Baby '86.11.01 廃盤
8th Boys Jump The Midnight Boys Jump The Midnight/VELVET SKY '87.01.21 廃盤
9th EASY ACTION EASY ACTION/HOLD ON '87.07.22 廃盤
10th 風が強い日 風が強い日/のら犬にさえなれない(Live Version) '87.11.21 廃盤
11th Baby, 途方に暮れてるのさ Baby, 途方に暮れてるのさ/Back To Back(Live Version) '88.01.21 廃盤
12th Don't Stop The Beat Don't Stop The Beat/Sunshine Eye Angel '88.03.21 廃盤
13th TOO BAD TOO BAD/Day Dreamer '88.04.30 廃盤
14th ありったけのコイン ありったけのコイン/ハートに風穴 '88.09.21 廃盤 34位
15th Baby,Don't Worry Baby,Don't Worry/Rock On '89.01.11 廃盤
16th ROUTE S.S. いい天気/BADな女/GET OUT OF MY MIND/EMPTY HEART/届かぬラブレター/蜜の味 '89.12.09 廃盤 20位
17th COME OUT ON THE RUN COME OUT ON THE RUN/IT'S ALRIGHT BABY '90.10.21 廃盤 48位
18th FEEL SO SAD FEEL SO SAD/Hello Old Friends '95.03.24 廃盤 53位
19th WAVE'95 WAVE'95/日暮し(REMIX)/カメレオン(English Long Version) '95.08.02 廃盤 96位
20th On The Road Again On The Road Again/愛の痛手が一晩中 '96.09.21 廃盤 68位
21st Can't Get Enough Can't Get Enough/Cacth a Fire '96.10.21 廃盤 86位
22nd Shinin' You Shinin' You/いつか見たかげろう '97.11.21 廃盤
23rd Get Up & Go Get Up & Go/Ride on fuckin' age/Get Up&Go (RE-MIX) '98.08.21 廃盤

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

タイトル 収録曲 リリース 備考
1st Slider Joint Blow The Night!/Downtown Sally/あんたがいないよる/Jumpin' Shoes/すれちがい/サテン・ドール/ マスターベイション/のら犬にさえなれない/酔いどれDancer/Let It Roll '83.03.05
2nd がんじがらめ Toa-Lit-Tone(踊ろよベイビー)/So Heavy/(Nobody Can)Catch Me/とりあえず,Dance/ 道化者のゆううつ/Tokyo シャッフル/鉛の夜/Dancin' Doll/マンネリ・ブギ/SLIDER '83.12.01
3rd JAG OUT TOKYO JUNK/No More Trouble/カメレオン/OUT DOOR MEN/PACE MAKER/Feel So Down/Easy Come, Easy Go/All You Need Is Cash/one day/チャンドラー '84.11.11
4th 夢遊病 Baby,I'm Really Down/パラダイス/7th Ave.Rock/TIME IS EVERYTHING TO ME/NEW DANCE/今はこれでいいさ/Let's go down the street/I DON'T KNOW/天国列車/tsumuji-kaze '85.07.21
5th 天使たち Boys Jump The Midnight/Special Women/Back To Back/蜃気楼/VELVET SKY/Angel Duster/Bun Bun/Lay down the city/Shake My Head/Up & Down Baby/No Down/Party is Over/嵐のあと '86.11.21
7th BAD INFLUENCE ダイヤモンドをおくれよ/I Don't Wanna Miss You/EASY ACTION/Baby, 途方に暮れてるのさ/道/Sunshine Eye Angel/HOLD ON/Hyena/Don't Stop The Beat/風が強い日 '87.10.01
9th SCREW DRIVER 風の街に生まれ/Oh! 神様/かえりみちのBlue/Baby,Don't Worry/Hey,Mama/Yooo!/おかかえ運転手にはなりたくない/Rock On/ありったけのコイン/いいことないかな '89.01.21
10th NASTY CHILDREN COME OUT ON THE RUN/CANCEL/IT'S ALRIGHT BABY/FRIENDS/LOVE YOU DARLIN'/THE LONGEST NIGHT/ROCKN'ROLL SISTER/安物ワイン/PANORAMA/DON'T WAIT TOO LONG '90.12.21
12th WRECKAGE WAVE '95/BABY BLUE/WASTIN' TIME/聖者のラプソディー/どしゃ振り雨に洗われて/D.D.DANCE/FEEL SO SAD/日暮し/WHERE DO I GO/陽炎の道 '95.04.21
15th NO BIG DEAL On The Road Again/Can't Get Enough/Knockin' On Your Door/虹を見たかい/Catch a Fire/愛の痛手が一晩中/WANNA DANCE TONITE/BIGMOUTH/手ブラで来いよ ~センチメンタルジプシー/夜毎悩ましい街で(Drift away and…) '96.11.21

ライブアルバム[編集]

タイトル 収録曲 リリース 備考
6th THE LIVE !~HEAVEN AND HELL~ TOKYO JUNK/カメレオン/あんたがいないよる/天国列車/Dancin' Doll/Let's go down the street/Boys Jump The Midnight/Angel Duster/So Heavy/ Blow The Night! '87.03.21
廃盤
1987年1月30日、はじめての日本武道館でのステージ《天国と地獄》を収録。翌日ベルリンにてミックスされたライブ・アルバム
13th GET THE GEAR(LIVE) WAVE '95/WHERE DO I GO/tsumuji-kaze/THE LONGEST NIGHT/FEEL SO SAD/WASTIN' TIME/FRIENDS/のら犬にさえなれない/どしゃ振り雨に洗われて/NEW DANCE/So Heavy/Back To Back/風の街に生まれ '95.10.01
廃盤
1995年6月17・18日、東京NHKホールで収録された’95 GREEN DRAGON TOURを収録したライブ・アルバム
16th LAST LIVE [Disc1] Angel Duster/Catch a Fire/チャンドラー/カメレオン/Can't Get Enough/On The Road Again/風が強い日/ありったけのコイン/すれちがい/Psychedelic Skins/夜毎悩ましい街で (Drift away and....)
[Disc2] Pardon Me/Hello Old Friends/FEVER/Let's go down the street/Back To Back/Special Women/Boys Jump The Midnight/TOKYO JUNK/Knockin' On Your Door/So Heavy/のら犬にさえなれない
'01.01.24
廃盤
2000年10月29日に日本武道館で行われた解散コンサートを全編収録した、2枚組。最後のライブ・アルバム

ベストアルバム[編集]

タイトル 収録曲 リリース 備考
8th REPLAYS Boys Jump The Midnight(REMIX)/So Heavy(REMIX)/Back To Back(REMIX)/カメレオン(REMIX)/Baby, 途方に暮れてるのさ(REMIX)/のら犬にさえなれない(新録音)/TOO BAD(REMIX)/TOKYO JUNK(REMIX)/Blow The Night!(新録音)/Lay down the city(REMIX)/道化者のゆううつ(REMIX)/Angel Duster(REMIX)/EASY ACTION(REMIX)/SLIDER(REMIX) '88.06.22
廃盤
リミックス、新録音によるベストアルバム
14th HOT MENU

BEST OF THE STREET SLIDERS

[Disc1] Blow The Night !/あんたがいないよる/のら犬にさえなれない/マスターベイション/すれちがい/So Heavy/道化者のゆううつ/Dancin' Doll/SLIDER/TOKYO JUNK/カメレオン/チャンドラー/TIME IS EVERYTHING TO ME/NEW DANCE/Boys Jump The Midnight
[Disc2] Special Women/Back To Back/Angel Duster/EASY ACTION/Baby, 途方に暮れてるのさ/風が強い日/TOO BAD/風の街に生まれ/Baby,Don't Worry/COME OUT ON THE RUN/FRIENDS/WAVE'95/FEEL SO SAD/On The Road Again/虹を見たかい
'98.04.01
店頭注文可能
オリジナルバージョンによる初の2枚組ベストアルバム
- The LEGEND マスターベイション/のら犬にさえなれない/すれちがい/So Heavy/Dancin' Doll/道化者のゆううつ/Easy Come, Easy Go/チャンドラー/Let's go down the street/Boys Jump The Midnight(Single Version)/Special Woman/Back To Back(Long Version)/Angel Duster/風が強い日/おかかえ運転手にはなりたくない '03.01.01
廃盤
EPICレーベル25周年記念のベストアルバム・シリーズの1枚。限定盤CD

その他[編集]

タイトル 収録曲 リリース 備考
11th Album
レア曲集
RARE TRACKS NEW DANCE(Long Version)/Angel Duster(Long Version)/Boys Jump The Midnight(Single Version)/EASY ACTION(Single Version)/HOLD ON(Single Version)/いい天気 (Another Mix)/BAD な女(アルバム未収録)/ハートに風穴(アルバム未収録)/Back To Back(Long Version)/カメレオン(Long Version) '92.03.01
廃盤
バンドが活動休止の中、Epic ソニーが主体で出されたスライダーズ通算11枚目のアルバム。アルバム未収録のシングルと別ミックス・トラックを収録
ボックスセット ROX IN THE BOX 全オリジナル・スタジオアルバムとアルバム未収録、未発表曲収録の「Let Things Slide」の11枚組CDボックスセット。限定盤 '01.03.28
廃盤
ボックスセット SLIDERS Collection BOX 全オリジナル・スタジオアルバムとアルバム未収録曲中心の「Selected 12inch Singles」「Selected Singles」の12枚組CDボックスセット。限定盤 '08.03.26
廃盤
シングル全曲集 THE SingleS デビュー35周年を記念したCD4枚組のシングル全曲集。リマスター&ハイレゾ化[11] '18.04.25

ビデオ・DVD[編集]

タイトル 内容 収録曲 リリース
1st SLIDERS GIG '84.11.05
埼玉会館
PACE MAKER/チャンドラー/So Heavy/Blow The Night!/マスターベイション/カメレオン/Up Down Baby/No More Trouble/TOKYO JUNK/Tokyo シャッフル/Let It Roll '85.06.21
廃盤
2nd 摩天楼のダンス天国 '86.08.05
新宿都有3号地
すれちがい/のら犬にさえなれない/マスターベイション/Blow The Night!/Baby, I'm Really Down/TIME IS EVERYTHING TO ME/Back To Back/So Heavy/TOKYO JUNK/Party Is Over/SLIDER '86.12.21
復刻版販売
3rd Suck The Blues Promotion Clip
Collections
HOLD ON/Baby, 途方に暮れてるのさ/Don't Stop The Beat/風が強い日/Angel Duster(Joy-Pops Live)/7th Ave. Rock(Joy-Pops Live)/Boys Jump The Midnight/HOLD ON '88.04.21
廃盤
4th ROCK'N' ROLL DEF' SPECIAL '88.08.12
日本武道館
風が強い日/Toa-Lit-Tone/マンネリブギ/Special Women/Day Dreamer/TIME IS EVERYTHING TO ME/Back To Back/サテンドール/Hyena '88.10.21
廃盤
5th MADE IN JAPAN Promotion Clip
Collections
カメレオン(English Version)/Back To Back(Long Version)/Angel Duster(Long Version)/Special Women/EASY ACTION/風の街に生まれ/おかかえ運転手にはなりたくない '89.03.21
廃盤
6th Hot Beard
-LIVE DOCUMENT I-
'90.06.03
日比谷野外音楽堂
Back To Back/Bun Bun/カメレオン/Yooo!/TOO BAD '90.09.01
廃盤
7th Harry Sings '90.04.23 福岡市民会館
'90.04.26 沖縄ヒューマンステージ
Feel So Down/あんたがいないよる/マスターベイション/BAD な女/So Heavy/サテン・ドール/Let's go down the street '90.07.21
廃盤
8th Get Wet When It Rains '90.06.03
日比谷野外音楽堂
Special Women/I Don't Wanna Miss You/Don't Stop The Beat/風の街に生まれ/Easy Come, Easy Go./HOLD ON/Boys Junp The Midnight '90.09.01
廃盤
9th Children's Children Promotion Clip
Collections
IT'S ALRIGHT BABY/THE LONGEST NIGHT/PANORAMA/LOVE YOU DARLIN' '91.03.21
廃盤
10th BIG BEAT, DANCE '91 '91.01.05
日本武道館
IT'S ALRIGHT BABY/Yooo!/LOVE YOU DARLIN'/PANORAMA/Jumpin' Shoes/Special Women/THE LONGEST NIGHT/ROCK'N ROLL SISTER/CANCEL/TOO BAD/COME OUT ON THE RUN '92.03.25
廃盤
11th 1996 BIG SIGHT LIVE '96.08.27
東京ビッグサイト西棟屋上
7th Ave. Rock/No More Trouble/のら犬にさえなれない/one day/Special Women/Can't Get Enough/On The Road Again/夜毎悩ましい街で (Drift away and....) /So Heavy/Boys Jump The Midnight/TOKYO JUNK '96.11.21
廃盤
12th SLIDERS on eZ TV Sliders on eZ TVで放送された映像Clip 風が強い日(eZ 1st. '88 Clip)/TOO BAD(eZ 5th. '88.05.01 横浜文化体育館)/HYENA(eZ 7th. '88.08.12 日本武道館)/ありったけのコイン(eZ 8th. '89 Clip)/かえりみちのBlue(eZ 11th. '89 Clip)/Baby, Don't Worry(eZ 11th. '89 Clip)/Hey, Mama(eZ 14th. '88.12.26 日清パワーステーション)/Yooo!(eZ 18th. '89.04.21 市川市文化会館)/Back To Back(eZ 22nd. '89.08.17 富士急コニファーフォレスト)/HOLD ON(eZ 32nd. '90.06.03 日比谷野外大音楽堂)/ハートに風穴(eZ 32nd. '90.06.03 日比谷野外大音楽堂)/IT'S ALRIGHT BABY(eZ 36th. '91 Clip) '98.10.31
廃盤
13th Early Sliders LIVE
(1983-1987)
1983-1987のライブ映像 Blow The Night!('83.12.09 久保講堂)/TOKYOシャッフル('83.12.09 久保講堂)/マンネリ・ブギ('83.12.09 久保講堂)/チャンドラー('84.08.01 日本青年館)/すれちがい('84.08.01 日本青年館)/カメレオン('84.11.05 埼玉会館)/7th Ave.Rock('85.08.01 千葉県教育会館)/Toa-Lit-Tone(踊ろよベイビー)('86.05.20 新宿ステレオホール)/TOKYO JUNK('86.05.24 日比谷野外大音楽堂)/So Heavy('86.05.24 日比谷野外大音楽堂)/マスターベイション('86.08.05 新宿都有3号地)/SLIDER('86.08.05 新宿都有3号地)/Boys Jump The Midnight('87.01.30 日本武道館 '98.10.31
復刻版販売
14th LAST DAY '00.10.29
日本武道館
Angel Duster/Catch a Fire/チャンドラー/カメレオン/Can't Get Enough/On The Road Again/風が強い日/ありったけのコイン/すれちがい/Psychedelic Skins/夜毎悩ましい街で (Drift away and....) /Pardon Me/Hello Old Friends/FEVER/Let's go down the street/Back To Back/Special Women/Boys Jump The Midnight/TOKYO JUNK/Knockin' On Your Door/So Heavy/のら犬にさえなれない '01.01.24
廃盤
15th "THE LATE SHOW" FILM 2000年3月~6月
新宿LIQUIDROOM
※販売元:株式会社フープ※
P-Skins/カメレオン/どしゃ降り雨に洗われて/愛の痛手が一晩中/Oh! 神様/いいことないかな/BUN BUN/おかかえ運転手にはなりたくない/7th Ave.Rock/Baby,Don't Worry/道/のら犬にさえなれない/Shinin' You/GET UP & GO/New Dance/風の街に生まれ '02
廃盤
16th History of THE STREET SLIDERS [Disc1]
デビュー(1983)から~解散(2000)までの映像Clip
[Disc2]
'99.09.19 日比谷野外大音楽堂
[Disc1] Blow The Night!/カメレオン/TOKYO JUNK/Lay down the city/7th Ave.Rock/TOO BAD/HYENA/Baby, Don't Worry/Yooo!/Back To Back/マスターベイション/Don't Stop The Beat/Special Woman/夜毎悩ましい街で (Drift away and....) /So Heavy/P-Skins/BUN-BUN/FRIENDS/Angel Duster/風が強い日/Boys Jump The Midnight
[Disc2] P-Skins/Can't Get Enough/Baby Blue/十字路に立って/あんたがいないよる/どしゃぶり雨に洗われて/Angel Duster/のら犬にさえなれない/Pardon Me/So Heavey/No More Trouble/Get Up & Go
'07.10.31
店頭注文可能
17th SLIDERS THE VIDEO 1983-2000 EPICレーベル在籍期(1983~2000)に発表した映像作品12タイトルを一挙収録した7枚組のDVD BOX [Disc1 『SLIDERS GIG』(1984年 埼玉会館ライヴ)] PACE MAKER/チャンドラー/So Heavy/Blow The Night!/マスターベイション/カメレオン/Up Down Baby/No More Trouble/TOKYO JUNK/Tokyo シャッフル/Let It Roll [『摩天楼のダンス天国』(1986年 新宿都有3号地ライヴ)] すれちがい/のら犬にさえなれない/マスターベイション/Blow The Night!/Baby,I’m Really Down/TIME IS EVERYTHING TO ME/Back To Back/So Heavy/TOKYO JUNK/Party Is Over/SLIDER
[Disc2 『ROCK'N' ROLL DEF' SPECIAL』(1988年 日本武道館ライヴ)] 風が強い日/TOA-LIT-TONE/マンネリブギ/SPECIAL WOMEN/DAY DREAMER/TIME IS EVERYTHING TO ME/BACK TO BACK/サテンドール/HYENA [『Hot Beard Live Document』(1989年 富士急コニファーフォレストライヴ)] BACK TO BACK/BUN BUN/CHAMELEON/YOOO!/TOO BAD
[Disc3 『Harry Sings』(1990年 福岡市民会館・沖縄ヒューマンステージライヴ)] Feel So Down/あんたがいないよる/マスターベイション/BADな女/So Heavy/サテン・ドール/Let’s go down the street [『Get Wet When It Rains』(1990年 日比谷野外音楽堂ライヴ)] Special Women/I Don't Wanna Miss You/Don't Stop The Beat/風の街に生まれ/Easy Come, Easy Go/HOLD ON/Boys Jump The Midnight
[Disc4 『BIG BEAT, DANCE '91』(1991年 日本武道館ライヴ)] IT'S ALRIGHT BABY/Yooo!/LOVE YOU DARLIN'/PANORAMA/Jumpin' Shoes/Special Women/THE LONGEST NIGHT/ROCK'N ROLL SISTER/CANCEL/TOO BAD/COME OUT ON THE RUN [『1996 BIG SIGHT LIVE』(1996年 東京ビッグサイトライヴ)] 7th Ave. Rock/No More Trouble/のら犬にさえなれない/one day/Special Women/Can't Get Enough/On The Road Again/夜毎悩ましい街で(Drift away and....)/So Heavy/Boys Jump The Midnight/Tokyo Junk
[Disc5 『LAST DAY』(2000年 日本武道館ライヴ)] Angel Duster/Catch a Fire/チャンドラー/カメレオン/Can't Get Enough/On The Road Again/風が強い日/ありったけのコイン/すれちがい/Psychedelic Skins/夜毎悩ましい街で(Drift away and....)/Pardon Me/Hello Old Friends/FEVER/Let's go down the street/Back To Back/Special Women/Boys Jump The Midnight/TOKYO JUNK/Knockin' On Your Door/So Heavy/のら犬にさえなれない
[Disc6 from the VIDEO 『Suck The Blues』] HOLD ON(Opening/Ending)/BABY, 途方に暮れてるのさ/DON'T STOP THE BEAT/風が強い日/ANGEL DUSTER(Joy-Pops Live)/7TH AVE. ROCK(Joy-Pops Live)/BOYS JUMP THE MIDNIGHT [from the VIDEO 『MADE IN JAPAN』] おかかえ運転手にはなりたくない(Opening/Ending)/CHAMELEON(English Version)/BACK TO BACK(Long Version)/ANGEL DUSTER(Long Version)/Special Women/EASY ACTION/風の街に生まれ [from the VIDEO 『Children’s children』] IT'S ALRIGHT BABY/THE LONGEST NIGHT/PANORAMA/LOVE YOU DARLIN'
[Disc7 from TV Program on 2000.10.28 ] 解散ライヴ前夜に、Viewsic(現:MUSIC ON! TV)で放送された特別番組。デビューから解散までの彼らの歴史をライヴ・ミュージックビデオ等で辿っている。
'16.03.30
店頭注文可能

書籍 (一般販売のものに限る)[編集]

タイトル 内容 発行者、著者、撮影者 発刊日
1st タイクツってやつに、ケリいれて! 音楽雑誌“アリーナ37℃”で、1983年の夏から約1年連載された記事をまとめたもの 発行/音楽専科社 アリーナ37℃ '84.07
2nd ROCK PIX ロンドン写真集 発行/シンコーミュージック 撮影/ハービー・山口 '85.08.10
3rd 夢の跡 85年のツアーに同行した著者の、インタビュー形式のエッセイ 発行/JICC出版局 著者/宇都宮美穂、沼崎敦子 '86.05.15
4th UP & DOWN ライブ写真集 発行/音楽専科社 アリーナ37℃ 撮影/三浦まり子 '87.11.22
5th THE STREET SLIDERS DEF' 5年間63曲の全詩掲載ビジュアル詩集 発行/シンコーミュージック 撮影/庄嶋與志秀 '88.04.14
6th 蘭丸 蘭丸Onlyの写真集 発行/音楽専科社 撮影/おおくぼひさこ '89.03.03
7th 1988-1989 Book① 写真集 撮影地/インド北海道ニューヨーク
Book② ROCK'N' ROLL DEF'ツアーのライブフォト、インタビュー、ライブヒストリー
発行/CBSソニー出版 撮影/新山健次、三浦まり子 '89.03.25
8th Drive ストリート・スライダーズ写真集 写真集 発行/扶桑社 撮影/杉山芳明 '91.01.25
9th らんまるのわがまま 音楽雑誌“アリーナ37℃”で、89年3月号~92年6月号まで連載されたコラムの単行本化 発行/音楽専科社 著者/佐伯明 '92.11.02
10th ダイヤのギター SLIDERSをデビュー当時から追いつづけてきたライター 宇都宮美穂が、土屋公平の言葉とギターの音の誘われて足を踏み入れた世界で見たものを綴ったエッセイ 発行/ソニー・マガジンズ 著者/宇都宮美穂 '94.07.15
11th 聖者のラプソディー 音楽雑誌“ROCKIN'ON JAPAN”等で掲載されたインタビューを、1冊にまとめたもの 発行/ロッキング・オン '95.05.30
12th THE STREET SLIDERS FILE
ARENA37℃ 1983.4 ▶ 2000.10.29
音楽雑誌“アリーナ37℃”に掲載された全記事をまとめたもの。1984年発刊「タイクツってやつに、ケリいれて!」の復刻版とセット 発行/音楽専科社 アリーナ37℃ '01.03.31

未発表曲[編集]

  • サイレン・ノイローゼ[注 39]
  • GET DOWN
  • Sweet Soul Judy
  • 色つきの街まで
  • しらけちまった空なら[注 40]
  • LOVE IS GONNA BE ALRIGHT!! [注 41](蘭丸Vo.曲)



LIVE & TOUR[編集]

1983年昭和58年)

  • 3月5日:福生のUZUにてデビュー記念ライヴ。
  • 7月27日:デビュー後初の全国ツアーが始まる。初日福岡富士映劇はチケットが即ソールドアウトで急遽追加公演。
  • 11月5日:第2次全国ツアーが駒沢大学の学園祭より始まる。

1984年昭和57年)

  • 4月13日:第3次全国ツアー《SLIDERS GIG ‘84》が東横劇場HEADZより始まる。
  • 10月13日:第4次全国ツアー《GIG’84》が始まる。11月5日埼玉市民会館でのライヴは《GIG’84》としてビデオ、DVDで映像化。

1985年昭和60年)

  • 3月11日:新宿ACBにて業界のスライダーズ ・ファンを集めた大人ファン・クラブの発足シークレット・ギグ開催。
  • 6月-9月:第5次全国ツアー《SLIDERS GIG’85》全国28箇所。
  • 10月30日:福岡大学学園祭。1万人を集める。初めて《Angel Duster》を披露する。
  • 12月31日:岡山RSKオールナイトLIVE

1986年昭和61年)

  • 1月8日:第6次全国ツアー《PARTY IS OVER TOUR》が始まる。
  • 4月3日:芝浦インクスティックにて宝島誌のイベント《Slippin’ and Slidin’》開催。
  • 10月6日:第7次全国ツアー《天使たちのダンス天国》が始まる。

1987年昭和62年)

  • 1月30日:《HEAVEN AND HELL 天国と地獄》初の日本武道館でのステージ[注 42]
  • 4月3日:音楽雑誌《宝島》のファンクラブ一万人達成イベント《Slippin’ and Slidin’》芝浦インクスティック。
  • 4月15日:第8次全国ツアー《THE LIVE!》が始まる。
  • 8月22-24日:《BEAT CHILD》熊本阿蘇アスペクタ。記録的な豪雨の中、7万人を集めて行われた伝説の野外オールナイトでのライヴ。

1988年昭和63年)

  • 4月5日:第9次全国ツアー《Rock’n’ Roll Def TOUR》60ヶ所を周る。
  • 8月:《Rock’n Roll Def Soecial》福岡、名古屋、大阪、日本武道館

1989年平成1年)

  • 1月-4月:第10次全国ツアー《GIG ‘89 BACK TO THE STREET》全国43箇所のライヴ・ツアー

1990年平成2年)

  • 2月:結成10周年のライヴ・ツアー《GIG’90 ROUTE S.S.》全国ツアー。名古屋、大阪、日本武道館、福岡では2days(大人の日/子供の日)
  • 6月2-3日:初めての野音《Get Wet When It Rains》
  • 9月〜:全国ツアー《BIG BEAT DANCE ‘90-‘91》

1991年平成3年)

1993年平成5年)

  • 2月〜:デビュー10周年記念ライヴ《沈黙の答え》

1994年平成6年)

  • 4月1日〜:全国ツアー《不滅》33ヶ所のライヴ・ツアー

1995年平成7年)

  • 4月1日〜:全国ツアー’95《GREEN DRAGON》
  • 12月20日:日本武道館LIVE(第8回)《Rock'n Loose Night》

1996年平成8年)

  • 1月:Vs.と銘打った対バン形式のライブを日清パワーステーションにて行う[注 43]
  • 7月:再びVs.ライブを神戸チキンジョージにて行う[注 44]
  • 7月25日:福岡市民会館でのイベント《ROCKだぜ!》に出演。
  • 8月23日:メイフィアプラザ仙台WASSEでのイベント《ROCK'N ROLL CIRCUIT》に出演。
  • 8月25日:北海道札幌芸術の森野外ステージ《GOOD STOCK'96》
  • 8月27日:東京ビッグサイト西棟屋上にて《DANCE Roof DANCE》
  • 8月29日:名古屋センチュリーホールで「Rock'n Roll JAPAN」に出演[注 45]
  • 8月29日:全国TOUR '96《Knockin' On Your Door》

1997年平成9年)

  • 4月25日:KBC(九州朝日放送)《ザ・ニューミュージック》20周年記念LIVE参加。
  • 10月10日:全国のLIVE HOUSE TOUR《S・S EXTRA HOUSE MEETING》

1998年平成10年)

  • 6月20日~21日:《Hey!Mr.》DISK GARAGE'S PLAN LIVE '98
  • 7月~:《EVENTER'S PLAN LIVE '98》を各地で行う。

1999年平成11年)

  • 9月19日:日比谷野外大音楽堂にてLIVE'99《A TUT, YAON》。名古屋、大阪、福岡でも《A TUT,TOUR》を行う。
  • 10月30日:東京都新宿区のLIQUID ROOMにて《PIA Music Foundation とんと、ご無沙汰。2》THE STREET SLIDERS VS GRAPEVINEの対バンライヴ。

2000年平成12年)

  • 3月5日:BAND結成20周年のこの日から、毎月5日に新宿LIQUID Roomにて4ヶ月間マンスリーLIVE《THE LATE SHOW》を1日2ステージ行う。
  • 10月29日:日本武道館《LAST LIVE》

デビューから数えて679回のLIVEを行った

参考文献[編集]

  • 野本健 『タイクツってやつに、ケリいれて!/ The Street Sliders Story』 アリーナ37℃臨時増刊 音楽専科社、1984年。
  • 『ストリート・スライダーズ 聖者のラプソディ』、株式会社ロッキング・オン、1995年


脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 高校ではエレキの使用が禁止されていた為バンド活動ができず、こっそり友達の家などでギターを弾いたりしていた。二人がバンドを始めるのは大学生になってから。
  2. ^ 幼なじみの二人は互いの家を行き来し一緒にブルースを聴いたり、弾いたり、話したりしていた
  3. ^ 村越はロックン・ロール・バンド、市川はブルース・バンド “ストーン・クレージー”をやっていた。段々とストーンズ色が濃くなり他のバンドメンバーは音楽の方向性の違いや就職活動の為にバンドを離れていく。市川も卒業後は就職するつもりでいた。この頃村越は荒れる日々が続く。
  4. ^ ジェームスの記憶では、初めてのステージは地元にあるヤマハ・スタジオの小さなサロン・コンサート。ZUZUが答えた雑誌のインタビュー記事では、福生のエレクトリック・UZUが初めてと語る。インタビュアー大野祥之「ザ ・ストリート・スライダーズ 幼児期から現在までの総集編 彼らのバックボーンを探る 」『アリーナ37℃』8月号、音楽専科社、1986年
  5. ^ 中にはYAMAHAのコンテスト予選もあり、《すれちがい》や《あんたがいない夜》などを歌った
  6. ^ 演奏は《すれちがい》と《SO HEAVY》の2曲
  7. ^ 1978年に発足した、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの新人開発・発掘セクション
  8. ^ スライダーズには7社から誘いがあったが、EPIC・ソニーを選んだのはスライダーズの音楽の要を理解してくれていたからと当時の村越は語る。インタビュアー梅原裕子「福岡密着取材第二弾 」P19、『アリーナ37℃』8月号、音楽専科社、1983年。
  9. ^ SONYのSD事業部はメンバーにSONYのスタジオやハイエースの車をリースしてくれたり、これまで出られなかったようなライブハウスを押さえて出してもらえたり、また、この間にレコーディングも進めていくことになった
  10. ^ 慶應大、早稲田大、明治大、青山学院大、中央大、女子美大など。ここでJOHNNY LOUIS & CHAR、ARB、南佳孝、白井貴子、ゼルダ、スーパースランプ、バップガン、他と対バンする。
  11. ^ 監督:曽根 中生。歌舞伎町の不良少女を描いた作品で、予想外にヒット作となった。2018年にDVD形式にて再販。
  12. ^ ファースト・アルバムのリリース当日、福生UZUのステージに上がらされて前説を行ったEPICソニー宣伝担当(当時)大崎の言葉:『レコード・ショップへ足を運べば、AからZまで、いっぱいのロックのレコードがあります。あたりまえのことだけどジョン・レノンやストーンズや、ボブ・ディランが並び、日本では、RCサクセションや矢沢永吉が並びます。その中に《SLIDER JOINT》が並びました。まだストリート・スライダーズは点のような存在です。(中略)今は勝ち目がありません。でも、勝たなくてはなりません。日本でロック・バンドが成功するには、たくさんの時間と努力が必要です。死にものぐるいでやって、それでもダメというのが普通です。今日、スライダーズがリングにあがって、ゴングが鳴りました。(中略)スライダーズが大きく成長した日、このスペシャル・ギグを思い出し、語りついでください』『タイクツってやつに、ケリ入れて!』野本健、p71。
  13. ^ 前作はレコーディング経験の少なさからメンバーが思い描くようなグルーヴ感が出せていないと感じていた為、2枚目のアルバムではスタジオの機材の配置を変え、互いの音を回り込ませてライブ感のある音づくりを目指している。
  14. ^ アマチュア時代に作った曲のアレンジをし直したり、歌詞を作り直して入れたものがほとんどで「スライダーズらしさを出し過ぎてファンが離れていくんじゃないか」と周りが心配したが、ハリーは「それだけやり尽くすと次が見えてくる」と後のインタビューで語っている。梅原祐子「THE STREET SLIDERS 只今驀進中‼︎」P63、『アリーナ37℃』8月号、音楽専科社、1984年。
  15. ^ この頃にはアマチュア時代から歌っていた曲のストックがなく、ギターのリフやサビの持ち寄りから始めて全員で全体のメロディーや歌詞をつけていき、最後はスタジオでの一発録りを行っている。《JAG OUT》から作詞・作曲のクレジットにJOY-POPSを使い始め、アルバムの中で蘭丸が1曲リード・ボーカルを歌うようになる。ベースのジェームスはアルバム《SLIDER JOINT》と《SCREW DRIVER》で1曲ずつボーカルをとっている。
  16. ^ 《…当時マイナー気味だったスライダーズを明るく応援する為というのが表向きの理由だがその実、取材などで会う時のメンバーのデカい態度につのったウップンを晴らそうとしたのが正しい理由。入会資格はスライダーズを好きな(または嫌いな)健康で勤労意欲に燃える20以上の男女。但し学生、職の無い方は入会不可能》『THE BACK IN THE STREET 5YEARS STREET SLIDERS』、P167、Street Sliders Organization、POP ROCK COMPANY出版、1988年
  17. ^ ロンドンでレコーディングされたこのアルバムは音の中にも歌詞にも異国の雰囲気すら感じられ、「スライダーズの中で一番スライダーズらしからぬアルバム」と言われるが、ファンの中ではこの《夢遊病》を気に入っている者は案外に多い
  18. ^ 一つ一つのパートを個別に録音する方式。結果、音にライブのような勢いや跳ねるリズム、持ち前のグルーヴ感が大人しくなり抑制の効いたアルバムとなっている。
  19. ^ 1stシングルの《Blow the Night》は映画サントラのために書かれた曲。その後発売された2ndシングルの《カメレオン》や3rdシングル《NEW DANCE》も曲の尺を長く伸ばしたり短く切っただけのもの。
  20. ^ ハリー:《ドーナツ盤は作りたかったんだよね、前から。それなりにロックとして勝負できる曲ができたらってさ。溶け込むためのシングルっていうんじゃなくてさ、これなら勝負できると思うんだよ》、ジェームス:《これならイケるって思った》、ハリー:《“Angel Duster”って曲ができたからシングルを出した。前もって決まっていてその為にやったというのとはまた違う》《Angel Dusterってオレたちにとって新しいことなのね。「夢遊病」終わってから、オリジナルってことに頭が行っててさ。それの第一号って感じなんだよね。》『誰もがブッ飛ぶ超強力盤で勝負に出た』インタビュアー:大野祥之、アリーナ37℃臨時増刊 音楽専科社、1986年1月号。
  21. ^ 《…スライダーズの音がデビュー前に比べて大人しく、いい意味悪い意味で聴きやすくなった印象がある。だからスライダーズの荒さを引き出せたらいいなって思いました。》《ボクもアドヴァイスはしましたけど、彼らがそのアイデアを使うかどうかはまかせましたね。》『ザ ・ストリート・スライダーズ:アレンジャー佐久間正英スライダーズについて語る』インタビュアー:大野祥之、アリーナ37℃、音楽専科社、1986年2月号。
  22. ^ 《…マイケル・ツィマリングは、ベルリンのハザントン・スタジオのミキサーで、ニナ・ハーゲンやノイバウテンの初期のレコードや、加藤和彦さん、坂本龍一&ディッド・シルビアン、BOØWYのレコードなんかをやった人で、彼自身がBOØWYを気に入っていたこともあり、スライダーズのレコーディングはBOØWYのツアーの合間にやりましたね。ボクもマイケルも普段はスライダーズのような音楽は聴く機会もないし、まさか一緒に仕事をやるなんて考えてもみなかった》『ザ ・ストリート・スライダーズ:アレンジャー佐久間正英スライダーズについて語る』インタビュアー:大野祥之、アリーナ37℃、音楽専科社、1986年2月号。
  23. ^ 二人はスライダーズの音源のリミックスと佐久間のシンセサイザーを被せる作業をスタジオでほぼ24時間やっていた。
  24. ^ Back to Back冒頭のギター・リフはリード・ギターの蘭丸がスライダーズの音楽に初めてファンクのジャンルを持ち込んだこの時期のスライダーズを代表する一曲である。
  25. ^ アルバム《天使たち》をリリースした1986年頃からスライダーズのライブを観にくる客層にちょっとした変化が見られるようになる。外見的なことを言えば前はいかにもスライダーズっぽいスタイルのファンばかりだったところが、普通の女子高生や坊主頭の少年も入り混じりスライダーズの人気の広がりを見せていた。『THE STREET SLIDERS:1月30日で武道館伝説は終わった』、大桃紀子、アリーナ37℃、音楽専科社、1987年4月号。
  26. ^ 《昔から出したいと思ってたんだよね(蘭丸)》《やっぱりさ、イイものは残しときたいじゃん(ズズ)》《いい音ができたからレコードにする訳でさ。俺たちずっと前からライブ・アルバムって創りたかったんだよ(ハリー)》。以前からライブの度に音は録ってあり、いい音が録れたらと機会を狙っていた。トラック・ダウンはベルリンのハンザトン・スタジオ。ミキサーは《天使たち》のマイケル・ツィマリング。この頃のマイケルはスライダーズにとって欠かせない人物になっている。『THE STREET SLIDERS:1月30日で武道館伝説は終わった』、大桃紀子、アリーナ37℃、音楽専科社、1987年4月号。
  27. ^ 《…武道館での音を聴いた時、彼らは「俺たちのやりたいことがダイレクトに出ている」と感じた。それでベルリンにそのテープを持って行った。ミックス・ダウンを終えて帰ってくると、毎日その“THE LIVE!”を聴いていた。》『ザ・ストリート・スライダーズ “ザ ・ライヴ!”』、関陽子、アリーナ37℃、音楽専科社、1987年5月号。
  28. ^ プロデューサーはTHE CLASHやFUN BOY THREE、TOPPER HEADONなどを手掛けたジェレミー・グリーン。エンジニアはキース・ファーンレナンが参加している。このアルバムからスライダーズの曲の中にレゲエのリズムが取り入れられていく。
  29. ^ 踵複雑骨折
  30. ^ ミキサーはミック・ジャガーのソロ・アルバムを手がけたエド・ステイシアム(ED STASIUM)
  31. ^ このステージで彼らは《Angel Duster》を本来のアレンジとは全く違う形で演奏した。JOY-POPSでのアコースティックの演奏が基本で、それをスライダーズ にフィード・バックした形。『THE STREET SLIDERS NOT TOO BAD LIVE!!』、関陽子、アリーナ37°C、6月号、株式会社音楽専科社、昭和63年
  32. ^ 《…今回のアルバムは…まずオレたちがプロデュースする、したいってところがあって、バンドで音を固めていく時も《天使たち》や《バッド・インフルエンス》は、まずオレたちで固めちゃってから後のプラスアルファを期待してたところもあるし…プロデューサーやエンジニアにさ。“やり方”を“見たい”ってところがあった。その人たちがどんな風にやるのかを。でも今回は、全部オレたちのセンスでまとめたかったんだ。(蘭丸)。インタビュアー佐伯明「 ARENA 37°FRONT ISSUE THE STREET SLIDERS “SCREW DRIVER”INTERVIEW」『アリーナ37℃』2月号、音楽専科社、1989年
  33. ^ 《やっぱりライブの方を中心にやってたって感じかな?ツアーも2回あったし(ジェームス)》《レコードの間隔があいたからといって、休んでたわけじゃないしね。《ROUTE SS》でそれまでとまた違った形で曲を発表しようってことになった。ツアーに挟まれた感じかな。アルバム中心には考えづらいってところはあるよね(蘭丸)》インタビュアー佐伯明「 THE STREET SLIDERS 馬鹿になったような、利口になったような」『アリーナ37℃』1月号、音楽専科社、1991年
  34. ^ 《(今回のクレジットは全編JOY-POPSになってますが、曲を書く時間よりもそれを整理して絞ってゆく時間の方が長かった?)そうだね。できるまで、音として出てくるまでが長かったからね。(ハリー)》インタビュアー佐伯明「 THE STREET SLIDERS 馬鹿になったような、利口になったような」『アリーナ37℃』1月号、音楽専科社、1991年
  35. ^ 《これはリズム隊についての話になっちゃうけど、いわゆる16ビートものにしても、レゲエもんにしても、あとバラードにしても、ハッキリしてきたことを一つ演ってみたかったんだよね。(…中略)新しいレコードに入ってる《PANORAMA》や《FRIENDS》なんかは、今までのスライダーズの解釈からはちょっと離れている。(ZUZU)》インタビュアー佐伯明「 THE STREET SLIDERS 馬鹿になったような、利口になったような」『アリーナ37℃』1月号、音楽専科社、1991年
  36. ^ 《…だから、アルバムのテーマを一つ決めて、それに向かって曲を創っていくってパターンじゃないからさ。日頃やっぱりツアーやってレコーディングやってって大きなサイクルで過ごしてるから。どの時期にアルバム出すかで、自分達を再確認するんだよ。この辺に向かってたんだなってことが曲を見てわかる。(曲の中に)方向性があるような気がするんだ。(蘭丸)》インタビュアー佐伯明「 THE STREET SLIDERS 馬鹿になったような、利口になったような」『アリーナ37℃』1月号、音楽専科社、1991年
  37. ^ “NASTI CHILDRENの後、なぜこの時期にこうなったのか(長期活動休止)”というインタビュアーの質問に対し、村越が答えるインタビューがある。《…個人的なことを言わせてもらえば、Nasti Childrenなんかに関してはすごくいい仕事ができたんだけど、こう、ロンドン行って何曲かやって、日本でまた何曲かやってみたいな感じでやってたのがすごくなんか辛かったんですよね。すごく消耗しちゃってね…》《…もう、長い間の積み重ねっていうかね。なんかそういう部分でちょっと神経がまいっちゃったみたいなこともあったんで。》「村越弘明 音楽が持っている力に感謝したい気分です」1995年4月インタビュー:山﨑洋一郎、p338-337。『ストリート・スライダーズ 聖者のラプソディ』、株式会社ロッキング・オン、1995年
  38. ^ 《NASTI CHILDREN》の後冬眠するというハリーの決断について、後のインタビューで次のように答えている。《…あとは個人的な問題で、魑魅魍魎というかモノノケに取り憑かれてた部分があったんでね、今考えると。その時点ではオレ自身の問題ってのが大きかったんじゃないかと思いますけど。》《…じわりじわりとそれ以前から始まってましたよね。バンドを続けることが逆にマイナスだと思いましたからね。》《…バイオリズムっていうのを感じながらもガンガン行ける時期-たとえば“天使たち”の頃ってものすごく忙しかったんですけど、その頃はこなせたんだよね、全然…と、そうじゃない負の、ハマってしまうほうにどっぷり行く時期もあって…。そっちへ行くとね、それを無視してなにが作れるんだろうってオレは思うんでね…。》インタビュアー佐伯明「 THE STREET SLIDERS 12年の時の流れと4年半ぶりに出された結論」『アリーナ37℃』5月号、音楽専科社、1995年
  39. ^ 解散後、ソロになったHarryの5枚目のアルバム「狼煙」(2009年)に収録された。
  40. ^ Harryのソロ・アルバム「FOR NO ONE」(2004年)に収録。
  41. ^ バンド解散以降、蘭丸がソロになってからは何度かステージで演奏されている。直近では2019年土屋公平ソロのツアーでアンコールに演奏されていたが、ライブ・アルバムには収録されておらず、公式な音源として一般発売は今もない。
  42. ^ この日のオープニング・アクトを同じ事務所のレッド・ウォリアーズが務めた。『THE BACK IN THE STREET 5YEARS STREET SLIDERS』、P149、Street Sliders Organization、POP ROCK COMPANY出版、1988年
  43. ^ 競演はTOKYO No.1 SOUL SET、エレファントカシマシ、SPARKS GO GO/シアターブルック、EL-MALO、PSYCHODELICIOUS、THE YELLOW MONKEY
  44. ^ 競演は東京スカパラダイスオーケストラ、斉藤和義、憂歌団、エレファントカシマシ、忌野清志郎、リトル・スクリーミング・レビュー)
  45. ^ BLANKEY JET CITY、THE HIGH-LOWSとの3バンドによるイベント

出典[編集]

  1. ^ 『タイクツってやつに、ケリ入れて!』、野本健、p10。、株式会社音楽専科社、昭和59年
  2. ^ 『タイクツってやつに、ケリ入れて!』野本健、p16。
  3. ^ 「鈴木将雄ヒストリーインタビュー」1995年2月インタビュー:山﨑洋一郎p120。『ストリート・スライダーズ 聖者のラプソディ』、株式会社ロッキング・オン、1995年。
  4. ^ 『タイクツってやつに、ケリ入れて!』野本健、p29-34。
  5. ^ 『タイクツってやつに、ケリ入れて!』野本健、p36-37。
  6. ^ 「土屋公平 俺にとってはロックンロールっていうのは宗教みたいなものなんだ」1989年5月インタビュー:佐藤健p183。『ストリート・スライダーズ 聖者のラプソディ』、株式会社ロッキング・オン、1995年。
  7. ^ 野本健 『タイクツってやつに、ケリいれて!/ The Street Sliders Story』 アリーナ37℃臨時増刊 音楽専科社、1984年。P42
  8. ^ SONY MUSIC audition。 Sony Music Entertainment (Japan) Inc. SDグループ。http://www.sonymusic.co.jp/sd/about/audition1980.html 2020年9月9日閲覧。
  9. ^ 「村越弘明 音楽が持っている力に感謝したい気分です」1995年4月インタビュー:山﨑洋一郎、p325。『ストリート・スライダーズ 聖者のラプソディ』、株式会社ロッキング・オン、1995年。
  10. ^ 『THE STREET SLIDERS LAST LIVE”』、佐伯明、アリーナ37℃、音楽専科社。
  11. ^ THE STREET SLIDERS、デビュー35周年記念シングル全集リリース”. ナタリー (2018年4月25日). 2018年6月8日閲覧。

関連事項[編集]

外部リンク[編集]