西東京市

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にしとうきょうし
西東京市
Tanashi jinja2.JPG
田無神社の拝殿
西東京市旗 西東京市章
西東京市旗 西東京市章 2002年1月21日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
市町村コード 13229-2
法人番号 1000020132292 ウィキデータを編集
面積 15.75km2
総人口 207,028[編集]
推計人口、2020年11月1日)
人口密度 13,145人/km2
隣接自治体 練馬区東久留米市小平市小金井市武蔵野市
埼玉県新座市
市の木 ケヤキ
ハナミズキ
(2004年1月21日制定)
市の花 ツツジ(春)
ヒマワリ(夏)
コスモス(秋)
スイセン(冬)
(2004年1月21日制定)
その他 市歌:大好きです、西東京
西東京市役所
市長 丸山浩一
所在地 188-8666
東京都西東京市南町五丁目6番13号
北緯35度43分32.2秒東経139度32分17.7秒
Nishitokyo city hall Tanashi building.JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

西東京市位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村


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市のランドマークといえる電波塔
スカイタワー西東京(田無タワー)

西東京市(にしとうきょうし)は、東京都多摩地域東部に位置する

2001年平成13年)1月21日田無市保谷市合併して発足した[1]21世紀最初の新設合併により誕生した市である。

地理[編集]

西東京市のランドサット衛星写真。

地形的には武蔵野台地のほぼ中央に位置し、関東ローム層に覆われている。水利の便の乏しい多摩地域にあって市内に石神井川白子川、新川(白子川支流)と玉川上水から分水した千川上水があり、比較的水利に恵まれた土地である。市域は東西4.8キロメートル、南北に5.6キロメートル、北側がすぼまった葉の形をしている。区部と境界を接している隣接5市の内の一つである。

交通東京の中心へ向かう東西が主で青梅街道五日市街道の主要道路鉄道西武池袋線西武新宿線がいずれも市内を東西に連絡している。鉄道は南北への連絡はなく、南北の移動は市域のほぼ中央にあたる谷戸新道、境新道を用いてバスや自家用車などでの利用が中心となる。

市内の中心は、西武新宿線西武柳沢駅田無駅北側と西武池袋線ひばりヶ丘駅保谷駅南側となる。[要出典]

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

前史[編集]

以下に西東京市成立までの歴史を記述する。(出典[2][3])なお、西原総合教育施設内の西東京市郷土資料室にて史料を展示している[4]

原始[編集]

市内にはいくつかの遺跡があり、旧石器時代から人が住んでいたことがわかっている。最も大規模なものは下野谷遺跡(国史跡)で、旧石器時代末の細石器群や縄文時代の住居跡約390軒、竪穴4基、掘立式建物跡19棟など非常に多くの遺構が発掘されている。また、東伏見稲荷神社遺跡では1940年に旧石器が発見されているが、これは日本で初めて旧石器時代の遺跡として認定された岩宿遺跡の発見(1946年)よりも早い(ただし、東伏見稲荷神社遺跡はその時点で旧石器時代のものと認定されていない。)。これらはいずれも市内南部の石神井川流域にある。一方、市内北部の白子川流域からは、北宮ノ脇遺跡(旧石器時代、縄文時代)、上前遺跡(縄文時代)、中荒屋敷遺跡(旧石器時代、縄文時代、弥生時代)などが発見されている。

古代[編集]

西東京市の地域が属する武蔵国が設置されたのは飛鳥時代である。田無地域は多摩郡、保谷地域は新羅郡に属していた。なお、市内の西原遺跡から奈良時代の土器が、坂下遺跡からは平安時代の住居跡類や土器類が出土している。

中世[編集]

市内北部を流れる白子川(大泉堀)の流域に下保谷、中部を流れる新川の流域に上保谷と田無の集落が形成された。保谷の地名は熊野那智大社文書(1504年1555年)に「ほゝや」の文字が、小田原衆所領役帳(後北条役帳)(1559年(永禄2年))には「保屋」「田無」の文字が見られ、この頃には保谷・田無の地に集落が成立していることがわかる。また、14世紀の後半には、宮山(谷戸町付近)に尉殿権現が、16世紀には下保谷村総鎮守の三十番神社(現天神社)が建立されている。(その後、尉殿権現は17世紀に上保谷の尉殿権現(現尉殿神社)と田無の尉殿権現(現田無神社)に分祀されている。)

近世[編集]

1600年頃、江戸城造営のための石灰運搬のため青梅街道が開削され、田無にはこの街道の宿駅が置かれた。この際、谷戸などの住民が宿駅周辺に移住し、以後、田無は青梅街道の宿場町、交通の要所として栄えていく。一方、保谷では享保期(1716年1736年)以降に下保谷新田(現在のひばりが丘周辺)と上保谷新田(現在の新町周辺)が開墾された。特に玉川上水の分水である千川上水の整備により開墾された上保谷新田は順調に開発が進み、後に上保谷新田村として上保谷村から独立している。

近現代[編集]

1889年明治22年)4月1日、町村制の施行に伴い、当時の下保谷村上保谷村上保谷新田村が合併し保谷村が成立した。この際、旧村域はそれぞれ保谷村の大字「下保谷」「上保谷」「上保谷新田」となっている。一方、田無では、これに先立ち1879年(明治12年)に田無村が町制を施行し田無町となっている。

1889年に開通した甲武鉄道(現在のJR中央線)は、当初、青梅街道沿いに敷設する計画だった。しかしながら、田無の農民・商人の反対により、そのルートは町内を大きく外れた。このことで、田無は次第にその優先的な地位を失う。(甲武鉄道は、青梅街道沿いのルートを断念した後に計画した甲州街道沿いのルートも調布の住民の反対で断念し、両街道の中間を通る現在のルートとなっている。)一方、保谷では地元の有力者が駅舎などの土地を寄付するなど積極的に武蔵野鉄道池袋線(現在の西武池袋線)を誘致し、池袋飯能1915年大正4年)に開通した際に保谷駅が開設された。(このためか、(西武池袋線開業当時の保谷駅隣駅の)石神井公園駅(開業当時は石神井駅)東久留米駅間のルートは、両駅間の直線ルートよりかなり南にずれて保谷駅を通っている。)また、1922年(大正11年)の池袋〜所沢間の電化の際には保谷車庫が開設されている。その後、1924年(大正13年)に池袋線にひばりヶ丘駅(開業当時は田無町駅)が設置、1927年には西武鉄道村山線(現在の西武新宿線)開通と同時に東伏見駅(開業当時は上保谷駅)、西武柳沢駅田無駅が設置された。保谷市内の4駅、田無駅ともターミナル駅である池袋、新宿から15-25分程度と比較的近いこともあり、後に両市とも東京のベッドタウンとして発展した。

戦時中は、旧田無市内の軍需工場空襲を受け、旧保谷市南部も中島飛行機武蔵工場に近いため空襲を受けている。そのため南部で隣接する武蔵野市とともに不発弾が発見されることがある。また、1936年(昭和11年)にはシチズン時計が田無工場を開設(その後、2001年(平成13年)には本社も西東京市に移転)、1941年(昭和16年)には保谷町に東洋光学硝子製造所(現HOYA)が創業と、この時代に企業の市内への進出が続いている。この頃、保谷では1940年(昭和15年)に町制を施行している。

戦後は、1959年(昭和34年)に日本住宅公団最大の公団住宅であるひばりが丘団地が保谷町・田無町(および久留米町)にまたがる地域に造成されるなど両市とも順調に人口が増加し、1967年(昭和42年)には保谷町、田無町とも市制を施行して、それぞれ保谷市、田無市となっている。

年表[編集]

合併の経緯[編集]

旧保谷市は旧田無市の北、東、南を囲むような形をしており、特に南部が細長い市形となっていたため、行政効率などの点で田無市との合併が古くから考えられてきていた。また、ひばりが丘団地が2市と東久留米市にまたがっており、1950年代から1960年代の市制施行前には田無・保谷・久留米(現・東久留米市)の3町での合併構想もあった[5]

名称問題[編集]

新市名の選考にあたっては、まず公募によって集まった名称から「西東京市」「けやき野市」「北多摩市」「ひばり市」「みどり野市」の5つが候補として絞り込まれた。これを受けて実施された市民意向調査によって最も多くの支持を集めた「西東京市」が、合併協議会によって新市名と決定された[6]

しかし、単に『東○○市』『西○○市』といった方角名称にすることに対しては、同時期に合併が行われた『さいたま市』(埼玉県)や『東かがわ市』(香川県)などと同様に、「安易過ぎる」との批判も多い。しかし、この『西東京市』以降、方角自治体が続々と誕生している。なお、それ以前にも東大阪市東広島市のような例はあった。

「西東京」という呼称は、「旧東京市の西」ではなく、「旧東京府の西部」を指すことが多かった。例えば西東京バスは青梅、日野、八王子地区に路線を持っている。そのため、旧東京府の中央部にある市にこの名称を付ける事に疑問を呈する意見もあった。合併協議会でも、東京という市は存在せず、位置的に正確な表現とは言えないのではないかという意見があった[7]

なお、本市発足に先立って、2市を主な対象とした「エフエム西東京」が開局している。ただしこの局と市名との関連はない模様である。

歴史的には、「東京」という地名は、明治維新期に「東の京」という意味から名付けられた。「西東京」では「東の京の西」という意味になる。なお、現在の東京都全体から見てむしろ中央より東寄りに位置することは、その名称に対する疑問の一因である。さらに、西東京市の領域は元々東京府に属していたわけではなく、旧田無市は神奈川県、旧保谷市は埼玉県に属していた。

北多摩市にした場合、北多摩郡の範囲(多摩郡からの分割時点で2町1駅36村)に比べて、西東京市の範囲が北東に寄りすぎており、かつ保谷市は1907年(明治40年)に東京府北多摩郡に編入されるまで埼玉県新座郡(新羅郡)(1896年(明治29年)に北足立郡に合併)に属しており、多摩郡の支配地域ではなかったという問題がある。合併協議会でも、多摩市と混乱を生じる可能性や、地域的に北多摩郡の一部に過ぎず適当ではないといった意見が出されている[7]

また、市内の地名にも方角が付くものが多く(例:南町東町北町)、「京都西東京市町」などと方角だらけの住所表記となってしまう地域も多い。なお、「西東京市」は名称の中に方角が2つ含まれる全国唯一の市である[8]

特別職報酬引き上げ問題[編集]

2007年(平成19年)11月「報酬審議会」で他市との比較を理由に10パーセント引き上げが答申された[9]。答申通り報酬は改訂され、2008年(平成20年)4月1日より市長月額8万5千円の増額(月額105万円の報酬)、議員月額5万5千円の増額(月額55万円の報酬)となった。これに対して、市民から複数の報酬引き上げ撤回を求める陳情[10]が提出されるもいずれも不採択となり、「市長・議員の報酬は増額、市民へは増税」として新聞テレビ等でも取り上げられた。

また、引き上げ分の受け取りを拒否した市議会議員森てるおに対して、市側は報酬(全額)の支払いを停止して法務局に全額を供託する事態となった。

人口[編集]

東京都内では東京23区八王子市町田市府中市調布市に次ぎ6番目(市町村では5番目)に人口が多い。合併後人口は増加傾向にある。2015年に行われた国勢調査では人口が20万人を超えた。

Demography13229.svg
西東京市と全国の年齢別人口分布(2005年) 西東京市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 西東京市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

西東京市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


昼夜間人口[編集]

2005年の夜間人口(居住者)は189,386人である。市外からの通勤者と通学生および居住者のうちの市内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は148,056人で、の0.782倍の人口で、夜間に比べて昼の人口は4万1千人ほど減る。昼夜間人口比0.782は東京23区および東京都市部25市の中で狛江市、稲城市に次いで3番目に小さい数字で、西東京市がオフィスや工場・学校が少なく住宅の多い街であることが示されている。

通勤者・通学者で見ると市内から市外へ出る通勤者59,549人、市外から市内へ入る通勤者は24,210人と通勤者では市外へ出る通勤者のほうが多く、学生でも市内から市外に出る通学生は11,024人、市外から市内へ入る通学生は5,033人と学生でも昼は市外へ流出する人数のほうが多い[11][12][13]

町名[編集]

西東京市では、全域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

合併に伴う町名変更[編集]

  • 田無市本町一〜七丁目→西東京市田無町一〜七丁目
  • 保谷市本町一〜六丁目→西東京市保谷町一〜六丁目
  • 田無市ひばりが丘団地→西東京市ひばりが丘三丁目2番(編入)

地域[編集]

住宅団地[編集]

  • 都市再生機構(UR)※旧日本住宅公団
    • ひばりが丘団地(ひばりが丘三丁目および東久留米市ひばりが丘団地 1959年)→全面建替により現・ひばりが丘パークヒルズ
    • プロムナード東伏見(富士町)
    • グリーンプラザひばりが丘南(谷戸町)
    • グリーンハイツ武蔵境通り(新町)
    • 新柳沢団地(柳沢) - 西東京都市計画事業(一団地の住宅施設、1994年)
    • 東伏見団地(富士町) - 西東京都市計画事業(一団地の住宅施設、富士町、1958年)
    • 西原グリーンハイツ(西原町)
    • パークサイド田無向台(向台町)
  • 東京都住宅供給公社(JKK東京)
    • 田無西原団地(西原町) - 西東京都市計画事業(一団地の住宅施設、1963年)
    • 田無南芝久保団地(芝久保町) - 西東京都市計画事業(一団地の住宅施設、1964年)
    • 田無アスタ住宅(田無町)
  • 東京都都市整備局(都営住宅)
    • 田無芝久保一丁目アパート
    • 西原町四丁目アパート
    • 田無本町七丁目アパート
    • 田無谷戸町二丁目アパート
    • 田無南町三丁目アパート
    • 田無緑町三丁目アパート
    • ひばりが丘二丁目アパート
    • 下保谷二丁目アパート
    • 東伏見二丁目アパート
    • 柳沢一丁目アパート
    • 柳沢二丁目アパート
    • 柳沢六丁目アパート 他多数

行政[編集]

市長[編集]

歴代市長
氏名 ふりがな 就任日 退任日 備考
初代 保谷高範 ほうや こうはん 2001年(平成13年)2月18日 2005年(平成17年)2月17日 旧保谷市長
2-3代 坂口光治 さかぐち こうじ 2005年(平成17年)2月18日 2013年(平成25年)2月17日
4-5代 丸山浩一 まるやま こういち 2013年(平成25年)2月18日 現職

市庁舎[編集]

  • 田無庁舎 所在地 〒186-8666 西東京市南町五丁目6番13号
  • 保谷庁舎 所在地 〒202-8555 西東京市中町一丁目5番1号

合併時の経緯で旧保谷・田無両市役所を流用し2庁舎体制としている。
市長室は田無庁舎にあるため実質的な代表庁舎は田無庁舎であるが、部署により設置庁舎を分散させている。

出張所[編集]

  • 柳橋出張所 所在地 〒202-0023 新町一丁目4番25号

谷戸出張所と中原出張所は統合し、移転。(2009年(平成21年)5月7日開設)

  • ひばりヶ丘駅前出張所 所在地 〒202-0005 住吉町三丁目10番25号

財政[編集]

平成24年度

  • 歳入総額 656億1792万円
  • 歳出総額 642億3222万円
  • 財政力指数 0.87

課題[編集]

  • 商店街の活性化
  • 道路事情
    • 2004年9月における保谷駅北口の都市計画道路。遠方に北口。2005年1月現在で駅前ロータリーから200m程度の距離までは道路幅が広く整備されているが、以北は木杭に鉄線を結んだ状態の空き地のままである。
      西東京市内は旧田無、旧保谷ともに市街化が急激に進んだため、道路整備が追いつかず市内には隘路が多く残っている。また市内の歩道の整備率が都内各市の平均を下まわっており、整備がもとめられている。

広域行政[編集]

  • 多摩北部都市広域行政圏協議会
    多摩地域北東部の、西東京市、小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市の5市で施設の相互利用、イベントの共同開催などを行っている。通称「多摩六都」。「六都」とは合併前の田無、保谷を含めたもので、名称は合併後も継承されている。本市内に多摩六都科学館を持つ。
  • 柳泉園組合
    西東京市と東久留米市、清瀬市の3市で組織。ごみ処理の事業を行う。ごみ処理工場は東久留米市下里の東村山市境近くに設置されている。
  • 昭和病院組合
    清瀬小金井小平東久留米東村山東大和武蔵村山および西東京市により組織され、小平市にある公立昭和病院を運営している。
  • 武蔵野、三鷹、小金井、および西東京市の4市間で、公共施設の共同利用を行っている。

交流自治体[編集]

議会[編集]

西東京市議会[編集]

  • 定数:28人
  • 任期:2019年1月21日 - 2023年1月20日[14]
  • 議長:田中慶明(自由民主党西東京市議団)
  • 副議長:保谷清子(日本共産党西東京市議団)
会派名 議席数 議員名(◎は代表者)
自由民主党西東京市議団 10 ◎酒井豪一郎、浜中義豊、遠藤源太郎、小林達哉、稲垣裕二、
田中慶明、保谷七緒美、中川清志、山田忠良、冨永雄二
西東京市議会公明党 5 ◎佐藤公男、大林光昭、小幡勝己、藤田美智子、田代伸之
日本共産党西東京市議団 4 ◎藤岡智明、保谷清子、大竹敦子、中村駿
立憲フォーラム 3 ◎森信一、佐藤大介 、坂井和彦
生活者ネットワーク 2 ◎後藤優子、加藤涼子
無所属 4 小峰和美、森輝雄、納田里織、田村広行
28

(2019年9月20日現在[15]

東京都議会[編集]

  • 選挙区:西東京市選挙区
  • 定数:2人
  • 任期:2017年7月23日 - 2021年7月22日
  • 投票日:2017年7月2日
  • 当日有権者数:164,790人
  • 投票率:49.18%
候補者名 当落 年齢 党派名 新旧別 得票数
桐山ひとみ 46 都民ファーストの会 30,650票
石毛茂 64 都民ファーストの会 20,647票
山田忠昭 68 自由民主党 16,511票
中村駿 30 日本共産党 12,102票

衆議院[編集]

議員名 党派名 当選回数 備考
松本洋平 自由民主党 4 選挙区
末松義規 立憲民主党 6 比例復活

公共機関[編集]

警察[編集]

警視庁田無警察署が本市(東町4丁目15番の一部は石神井警察署が管轄)と東久留米市全域を管轄している。西東京市発足前後で変化はない。警察署名は主たる自治体名から取るように定められているが(警察法施行令)、2市を管轄しているため、西東京警察署への改称はされなかった。

消防[編集]

消防は東京消防庁へ業務を委託している。 西東京消防署(旧保谷消防署)が市内全域を管轄している。

  • 西東京消防署(中町1-1-6)指揮隊、ポンプ隊2(特別消火中隊)はしご隊1、救急隊1
    • 保谷出張所(下保谷1-2-4)ポンプ隊2
    • 田無出張所(向台町2-3-6)ポンプ隊2、救急隊1
    • 西原出張所(西原町2-1-14)ポンプ隊1、救急隊1

日本郵政グループ[編集]

郵便局
市内に西東京郵便局、伏見通郵便局など19局が存在。
ゆうちょ銀行
西東京店(西東京郵便局に併設)が直営店として取扱を実施。その他の郵便局は代理店として窓口業務を行う。
かんぽ生命
市内に直営店は存在しない。各郵便局が代理店として窓口業務を行う。法人営業は小金井支店が担当。

電話[編集]

  • 市外局番は殆どが042で、新町の一部は武蔵野市三鷹市の一部と同じ0422である。なお、2006年(平成18年)4月29日以前は東久留米市、清瀬市の全域、小平市、新座市、調布市と同じく0424だった。
  • 単位料金区域(MA) は武蔵野三鷹MAで、本市のほかに武蔵野市・東久留米市清瀬市の各全域、調布市中西部、三鷹市のほぼ全域、小平市狛江市府中市小金井市埼玉県新座市の各一部が同MA内である。このうち本市新町・武蔵野市、三鷹市のほぼ全域、調布市・小金井市の各一部を除いては同じ市外局番の042である。これらの地域は同じMA内であるため、この2つの市外局番相互間でも市内通話となる。
  • 天気予報は東京地方のエリアで、以前は電話案内サービス177で東京23区の市外局番である03エリア(東京MA)とこのMAだけが東京都心の天気現況(風・気温・湿度)のアナウンスで残りの多摩地域は八王子のものをアナウンスしたが、2006年(平成18年)1月から東京地方全域(23区・多摩)同じアナウンスとなり天気現況も東京都心と八王子両方アナウンスするようになった。
  • 2006年(平成18年)4月29日から市外局番が042となったが、同じ市外局番には以下のエリアが存在しており、これらのエリアに電話するには、同じ042でも市外局番からダイヤルしなければならない(天気予報は旧市外局番+177をダイヤル)。
    • 立川市日野市昭島市など西多摩地域(青梅市奥多摩町を除く)のエリア(1997年(平成9年)変更・変更前0425)
    • 国分寺市・府中市・東村山市などの中多摩エリア(1998年(平成10年)4月変更・変更前0423)
    • 町田市神奈川県相模原市津久井地区などのエリア(1998年(平成10年)10月変更・変更前0427・ただし天気予報は町田市向けは04273-177、相模原市向けは04278-177)
    • 埼玉県飯能市日高市のエリア(2004年(平成16年)変更・変更前0429)
    • 八王子市などのエリア(2006年(平成18年)3月5日変更・変更前0426・ただし天気予報は八王子市向けが0426-177、相模原市相模湖・藤野両地区向けは04268-177)
(以前は埼玉県所沢市入間市狭山市も042だったが、2004年(平成16年)に現在の04に変更された。なお天気予報は0429-177のまま)

上水道[編集]

東京都水道局に統合。東村山浄水場の配水地域であるが、市内には保谷町、西東京栄町、芝久保の3浄水所(地下水汲み上げ)もある。

下水道[編集]

市の下水道課が管理。

一般廃棄物[編集]

収集[編集]

保谷庁舎のごみ減量推進課にて市内全域の家庭系一般廃棄物の収集を実施。

2007年(平成19年)9月以降は可燃ごみ・不燃ごみを個別収集
2007年(平成19年)10月以降はプラスチック容器包装類を分別収集
2008年(平成20年)1月以降は可燃ごみ・不燃ごみ・プラスチック容器包装類の収集を有料化
2010年(平成22年)10月から指定収集袋(ごみ袋)の金額を改定(減額)
家庭ごみ有料化に伴う市指定袋の一覧
ゴミの種類 サイズ ごみ処理手数料
可燃ゴミ
不燃ゴミ
共通
黄| 5L相当 一枚 7.5円
10L相当 一枚 15円
20L相当 一枚 30円
40L相当 一枚 60円
容器包装プラスティック グレー 10L相当 一枚 5円
20L相当 一枚 10円
40L相当 一枚 20円

販売は、10枚単位

中間処理[編集]

柳泉園組合(東久留米市、清瀬市、西東京市が設置した一般廃棄物の処理施設)で可燃ごみの燃焼処理・不燃ごみ・資源ごみの中間処理を実施する。

最終処理[編集]

東京たま広域資源循環組合谷戸沢処分場(処分終了)、二ツ塚処分場(現用)にて埋立処分およびセメント化事業を実施する。

東京都管轄区域の行政機関[編集]

東京法務局田無出張所

国の行政機関[編集]

自衛隊東京地方協力本部三多摩地区隊本部西東京地域事務所 - 田無町4丁目28-13・自衛隊東京地方協力本部

経済[編集]

産業[編集]

就業人口

  • 一次産業 735人
    • 市内の約13%は耕地、水田も0.5%ほど存在する。
  • 二次産業 18,415人
    • 市内には約306か所の製造業、644か所の建設業の事業所が存在する。
  • 三次産業 65,722人
    • 市内には卸売商店が207店、小売業店舗が1516店存在する。

主な事業所[編集]

シチズン時計本社・田無工場

かつて存在した事業所[編集]

隣接する武蔵野市に中島飛行機武蔵製作所があり、当市内にはその関連工場・施設(中島航空金属田無製作所。跡地はひばりが丘団地となった)があったため、数次の空襲を受ける。戦後、当市内のそれら関連工場・施設は民需に転換して存続したが、旧保谷市の革新市政の政策や近年の産業構造の改革等により、その多くが閉鎖された。跡地は大規模マンションなどになっており、人口増につながっている。

  • 石川島播磨重工業(現:IHI) - 田無工場 工場統合にともない閉鎖された。跡地はマンション「ヴィーガーデン ザ・レジデンス」や商業施設が建設されている。
  • クリスタルガラス食器、眼鏡、HDD等の電子部品等で知られるHOYAは、以前、保谷町にあったことが社名の由来。
  • ファミリーレストランチェーンすかいらーくは、前身のことぶき食品がひばりが丘団地内にあったことに由来(ヒバリの英名「(sky)lark」)。
  • 製薬の三共も田無工場を持っていた。工場跡地はマックスバリュ田無芝久保店などになった。
  • バンプレストは創業当時、豊栄産業(ホーエイ)の名で南町から始まり、本町などに本社を置いた。
  • 大戸屋の本部が田無本町に存在していた。
  • 朝比奈機械(現東芝機械)の本社工場が柳沢に存在したが、現在はマンションとなる。
  • 東鳩製菓の保谷工場が東伏見に、田無工場が芝久保町に存在した。現在、保谷工場跡地、田無工場跡地ともにマンションとなる。
  • 協同乳業の東京工場が新町にあった(現在はマンション)。
  • 東北金属工業(現 トーキン)の東京事業所が柳沢にあった(現在はマンション)。
  • 川村精管工業の保谷工場が柳沢に存在した。現在はマンションとなる。
  • 日本チューナー(芝久保町)

商業施設[編集]

  • 田無アスタビル - 田無駅北口の再開発ビル。商業施設のほかみずほ銀行、市民ホール・場外馬券売場、屋上フットサル場、集合住宅で構成。
    • LIVIN田無店 - 東側地下1階 - 5階
    • アスタ専門店街 - 西側地下1階 - 3階
  • 西友
    • ひばりヶ丘店 - ひばりヶ丘駅南口。
    • ひばりが丘団地店 - ひばりが丘団地内(中原小学校停留所前)に設置。旧店は現在のひばりが丘団地停留所前にあった(当時は「団地西友前」の停留所名)。
    • 保谷店 - 保谷駅直結。駅前再開発により旧店舗閉鎖、完成した再開発ビルに再出店。
  • ひばりが丘パルコ - ひばりヶ丘駅南口アリエビルに設置。上層階は集合住宅。
  • いなげや
    • 田無芝久保店 - 2018年3月末閉店、跡地は2018年6月2日よりビバホーム田無芝久保店となった。
    • 保谷本町店 - 旧保谷市本町(→保谷町)に所在するが、合併後も改称していない。
    • ブルーミングブルーミーひばりヶ丘パルコ店
  • マックスバリュ
    • 田無芝久保店 - 三共田無工場跡
  • サミット
  • ビッグ・エー
    • 田無向台店
    • 西東京谷戸町店
  • コープとうきょう
    • 東伏見店
    • ひばりが丘店

教育[編集]

小学校[編集]

  • 西東京市立田無小学校 - 1873年(明治6年)に真成学舎として開校。
  • 西東京市立保谷小学校 - 1874年(明治7年)に上保谷小学校として開校。
  • 西東京市立保谷第一小学校 - 1947年(昭和22年)に保谷第一国民学校として開校。
  • 西東京市立保谷第二小学校 - 1947年(昭和22年)に保谷第二国民学校として開校。
  • 西東京市立谷戸小学校 - 1954年(昭和29年)に開校。
  • 西東京市立東伏見小学校 - 1956年(昭和31年)に開校。
  • 西東京市立中原小学校 - 1959年(昭和34年)に開校。
  • 西東京市立向台小学校 - 1959年(昭和34年)に田無小学校向台分校として開校。
  • 西東京市立碧山小学校 - 1963年(昭和38年)に開校。
  • 西東京市立芝久保小学校 - 1968年(昭和43年)に開校。
  • 西東京市立栄小学校 - 1970年(昭和45年)に開校。
  • 西東京市立谷戸第二小学校 - 1972年(昭和47年)に開校。
  • 西東京市立東小学校 - 1974年(昭和49年)に開校。
  • 西東京市立柳沢小学校 - 1975年(昭和50年)に開校。
  • 西東京市立上向台小学校 - 1978年(昭和53年)に開校。
  • 西東京市立本町小学校 - 1979年(昭和54年)に開校。
  • 西東京市立住吉小学校 - 1984年(昭和59年)に開校。2015年(平成27年)に旧泉小学校を統合。
  • 西東京市立けやき小学校 - 旧西原小学校・旧西原第二小学校を統合し、2001年(平成13年)に開校。

中学校[編集]

  • 西東京市立田無第一中学校
  • 西東京市立田無第二中学校
  • 西東京市立田無第三中学校
  • 西東京市立田無第四中学校
  • 西東京市立柳沢中学校
  • 西東京市立保谷中学校
  • 西東京市立青嵐中学校
  • 西東京市立ひばりが丘中学校
  • 西東京市立明保中学校
私立の中学校は高校と併設の場合は高校の項に記す。

高等学校[編集]

都立
私立

大学[編集]

以前は明治薬科大学があったが清瀬市に移転している。跡地はマンションなどに整備された。

東町1丁目の文理台公園1936年(昭和11年)9月に旧東京文理科大学保谷運動場として開設されたもので、かつては400mトラックと投擲場、跳躍場、サッカーおよびラグビーのゴール、さらに教官室と2階建ての合宿所も備えていた[16]

保育園[編集]

市立
  • 田無保育園(公設民営)
  • そよかぜ保育園(公設民営)
  • 向台保育園
  • 西原保育園
  • みどり保育園(公設民営)
  • 芝久保保育園(公設民営)
  • けやき保育園
  • ひばりが丘保育園
  • はこべら保育園
  • ひがしふしみ保育園(公設民営)
  • こまどり保育園
  • ほうやちょう保育園(公設民営)
  • すみよし保育園
  • なかまち保育園
  • ひがし保育園
  • しもほうや保育園(公設民営)
  • やぎさわ保育園
私立
  • サムエル保育園
  • 田無北原保育園
  • きたしば保育園
  • 柳橋保育園
  • 和泉保育園
  • アスクたなし保育園
  • レイモンド田無保育園
  • Nicot田無
  • サムエル保育園分園
  • グローバルキッズ柳沢園
  • 谷戸のびのび保育園
  • アスクたなし南町保育園
  • 田無ひまわり保育園

その他[編集]

病院[編集]

市域内に公立病院はないが当市も参画する昭和病院組合が小平市に公立昭和病院を開設。その通院連絡のため、西武柳沢駅から同病院前を経て青梅車庫へ至る都営バス梅70系統が運行されていたが、2015年3月31日をもって運行短縮によって(小平市の花小金井駅以遠の運行に)、当市内を運行しなくなった。

交通[編集]

鉄道[編集]

保谷駅
田無駅

市の東西を以下の2路線が走り東京都中心部と結ばれている。JTB時刻表では市の代表駅を田無庁舎最寄りの田無駅としている。

西武鉄道

この他、小平市にある花小金井駅も市境に近く、芝久保町などは同駅が最寄となる。

バス[編集]

  • 西武バス - 市内西原町に滝山営業所西原車庫がある。かつては田無駅前に田無営業所があったが再開発のため縮小移転した。なお、市内の路線は西原車庫(ひばりヶ丘駅 - 田無駅 - 武蔵境駅発着の3路線)のほか、滝山営業所(ひばりヶ丘 - 三鷹駅と花小金井 - 吉祥寺駅)と上石神井営業所(保谷駅発着)、新座営業所(ひばりヶ丘駅北口発着)、練馬営業所深夜急行バス)も担当。
    • 市内各路線 ひばりヶ丘、田無両駅を中心に、保谷駅と東伏見駅の駅前に発着。西武柳沢駅は駅近くに発着。これらの多くは中央線三鷹駅吉祥寺駅武蔵境駅へ連絡する。運賃は東伏見以南・以東が都区内均一制、それ以外は区間制になる。なお、上石神井担当の保谷発着路線と滝山担当の吉64(花小金井駅 - 田無駅入口 - 吉祥寺駅)は前のり信用方式(乗車時に行先を告げて運賃を支払う)による運賃収受、他は整理券方式による後のり後払い制になる。
    • 西東京市コミュニティバスはなバス第1 - 3ルート(委託運行)。はなバスは大人150円、小児・割引対象者は100円均一。西原町の西原車庫ではなく、東久留米市にある西武バス滝山営業所に委託されている。
    • みどりバス - 練馬区のコミュニティバス。保谷駅発着路線(光が丘駅行)がある。
  • 関東バス 武蔵野営業所の担当。
    • 市内各路線 西武柳沢、保谷、東伏見の3駅から三鷹・吉祥寺方面への路線が発着。また、田無駅近辺や多摩六都科学館、向台町五丁目、ヴィーガーデン西東京など(武蔵境駅含む)にも発着。なお、東伏見以北・以西は区間制運賃のため、前のり信用方式での運賃収受を行う。
    • 西東京市コミュニティバスはなバス第4南・北ルート(委託運行)。はなバスは大人150円、小児・割引対象者は100円均一。
  • 上記の通り、都営バスが青梅から西武柳沢駅前まで乗り入れていたが、2015年3月末で廃止となった。1984年までは当市(当時の田無市・保谷市)内を通り阿佐ケ谷駅杉並区)まで運行していた。

道路[編集]

高速道路・国道[編集]

なし。

都道(主要地方道)[編集]

都道(多摩南北道路)[編集]

都道(一般都道)[編集]

施設[編集]

スポーツ施設[編集]

  • スポーツセンター(第一、第二体育室、温水プール、トレーニング室他) - 保谷庁舎隣接
  • 南町スポーツ・文化交流センター きらっと(第一、第二体育室他) - 田無庁舎・中央図書館隣接
  • 総合体育館(第一、第二体育室他)
  • 健康広場
  • 市民公園グラウンド
  • 向台運動場 - 1984年(昭和59年)9月オープン。
  • 西原広場
  • 北原運動場 - 1982年(昭和57年)4月オープン。
  • 芝久保運動場 - 1983年(昭和58年)3月オープン。
  • 芝久保第二運動場
  • ひばりが丘運動場
  • 武道場
  • ダイドードリンコアイスアリーナ西武グループ所有)

主な公園[編集]

  • 西東京いこいの森公園 - 合併記念公園として建設
  • 上保谷新田公園
  • 谷戸二丁目第二公園
  • 青嵐台公園
  • ひばりが丘北わんぱく公園
  • 北町坊が谷戸公園
  • あらやしき公園
  • 白子南公園
  • 北町第四公園
  • 中島公園
  • たけのこ公園
  • 下保谷第一公園
  • 下保谷森林公園
  • 住吉町第三公園
  • 谷戸イチョウ公園
  • はなみずき公園
  • 泉町きつつき公園
  • 泉町第三公園
  • 文理台公園 - 旧東京文理科大学保谷運動場跡、1984年(昭和59年)開園
  • なえぎ山公園
  • 西原自然公園 - 1979年(昭和54年)7月開園
  • 保谷なかよし公園
  • 北原第一公園
  • 西浦公園
  • 保谷第一公園
  • さくら公園
  • 東伏見北公園
  • 保谷第二公園
  • 芝久保第一公園
  • けやき台公園
  • しじゅうから公園
  • むくのき公園
  • 柳沢せせらぎ公園
  • 柳沢第四公園
  • 上向台公園
  • 田無市民公園
  • 向台公園 - 1981年(昭和56年)4月開園
  • 向台第二公園 - 1979年(昭和54年)7月開園
  • 美向台公園
  • さざんか公園
  • 新町つつじ公園
  • 新町さつき公園
  • 谷戸せせらぎ公園
  • 芝久保町一丁目さくらの丘公園
  • 谷戸セントラルパーク
  • 下野谷遺跡公園
  • あおぞら公園
  • 北宮ノ脇公園 - 1999年(平成11年)7月1日開園
  • 芝久保町三丁目ふれあい公園
  • 下野谷遺跡公園

都立公園[編集]

市管理広場[編集]

  • 千駄山広場 東伏見公園の計画地の一部
  • 狭山児童広場

緑地保全地域[編集]

  • 碧山森緑地保全地域
  • 保谷北町緑地保全地域

図書館[編集]

  • 西東京市図書館
    • 中央図書館 - 1975年(昭和50年)8月開館。田無庁舎隣接。地域・行政資料室を設置[17]
    • 柳沢図書館 - 1987年(昭和62年)4月開館。
    • 保谷駅前図書館 - 2008年(平成20年)6月開館(下保谷図書館(同年5月閉館)から移転)。
    • 芝久保図書館 - 1982年(昭和57年)4月開館。
    • 谷戸図書館 - 1984年(昭和59年)9月開館。
    • ひばりが丘図書館 - 1994年(平成6年)6月開館。
    • 新町福祉会館図書サービス - 旧・新町分室(2015年9月閉室し図書サービスに移行)[18]。予約・受取・返却・蔵書検索のみ扱う。
    • 東伏見ふれあいプラザ図書サービス - 予約・受取・返却・蔵書検索のみ扱う。
本市内に在住・在勤・在学者、小平市東村山市清瀬市東久留米市武蔵野市三鷹市小金井市練馬区および新座市在住者は誰でも、無料で本が借りられる[19]
清瀬市・東久留米市・東村山市・小平市各図書館の利用カード所持者でも利用登録が可能である[19]

ホール[編集]

保谷こもれびホール
  • 西東京市民会館 - 旧・田無市民会館。1969年開館。2019年3月31日をもって老朽化のため閉館[20]
  • 保谷こもれびホール - 保谷庁舎隣接。
  • コール田無
  • アスタ市民ホール(エクセル田無:会員制場外馬券売場

その他[編集]

  • スカイタワー西東京
    通称西東京タワーまたは田無タワー
  • 多摩六都科学館
    小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市で組織する一部事務組合「多摩六都科学館組合」が設置している施設。
  • 西東京市郷土資料室(西原総合教育施設内)

なお、各公共施設については武蔵野市三鷹市小金井市と相互に利用協定を結んでいる[21]

かつてあった施設[編集]

地域放送[編集]

名所・旧跡[編集]

神社・寺[編集]

  • 田無神社
    • 鎌倉時代13世紀)に尉殿神社として成立
    • 1622年(元和8年)現在の尉殿神社を分祀
    • 1670年(寛文10年)現在の場所に遷座
    • 1872年(明治5年)田無神社に改称
    • 祭神:大国主命(おおくにぬしのみこと)
    • 本殿および拝殿は東京都指定有形文化財
  • 保谷山福泉寺
    • 1587年天正14年)1月16日、日眼上人により創建
    • 保谷駅北口ロータリーを発しこの寺院の前を通る道路は「福泉寺通り」と呼ばれる。
    • 日蓮宗
  • 光明山如意輪寺
    • 創建年代不詳(正保4年(1647年)銘の墓石があることよりそれ以前と推定される)、保谷四軒寺のひとつ
    • 武蔵野三十三観音霊場四番札所、多摩八十八ヶ所霊場三十五番札所
    • 真言宗智山派
  • 金輪山寳晃院
    • 創建年代不詳、保谷四軒寺のひとつ
    • 多摩八十八ヶ所霊場三十六番札所
    • 真言宗智山派
  • 祥高山東禅寺
    • 蘭室芳大和尚により開山、保谷四軒寺のひとつ
    • 曹洞宗

遺跡[編集]

祭・イベント[編集]

  • 西東京市民まつり
    • 2001年(平成13年)より、毎年11月の2日間にわたってひばりが丘団地野球場・運動場で開催。特設ステージでは各団体の歌や踊りなどが発表され、多くの出店がある。市民の半分以上が訪れるといわれ、ひばりヶ丘駅から会場まではパレードも行われる。2005年度は西東京いこいの森公園(仮称:合併記念公園)の開園にともない、会場がそちらへ移転され、11月12日(土)13日(日)の2日間にわたって開催された。
  • 西東京市民映画祭

著名な出身者[編集]

政界[編集]

スポーツ[編集]

芸能[編集]

アナウンサー[編集]

作家[編集]

ゆかりの人物[編集]

所縁のある作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 田無市・保谷市合併協議会 西東京市公式サイト
  2. ^ 田無・保谷の歴史
  3. ^ 保谷の昔と村人たち
  4. ^ 郷土資料室(西東京市Web)
  5. ^ 田無市・保谷市合併の記録(PDF:25,973KB)”. 西東京市. p. 6. 2018年12月27日閲覧。
  6. ^ 西東京市名称の由来 西東京市Web
  7. ^ a b 新市名候補選定小委員会報告について
  8. ^ 西と東。なお、では青森県上北郡の「東北町」、では沖縄県島尻郡の「北大東村」と「南大東村」が在る。
  9. ^ 特別職報酬等審議会:平成19年11月20日答申 - 特別職の職員の報酬等について
  10. ^ 陳情第34号 陳情第35号 陳情第40号
  11. ^ 東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行152-153ページ。
  12. ^ 平成22年国勢調査によれば、東京都特別区部への通勤率は42.9%である。
  13. ^ 国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで16万人いるが、この項の昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っておらず、数字の間に若干の誤差がある。
  14. ^ 任期満了日(定数)一覧 | 東京都選挙管理委員会
  15. ^ 西東京市議会議員会派別名簿2019年9月20日現在 西東京市役所
  16. ^ 東京文理科大学、東京高等師範学校編 『[東京文理科大学・東京高等師範学校]創立七十年』 1941年、146-147頁
  17. ^ 中央図書館”. 西東京市図書館. 2018年6月10日閲覧。
  18. ^ 西東京市図書館 事業概要 P.11 (PDF, 西東京市 2016年8月)
  19. ^ a b 登録 利用カードの発行”. 西東京市. 2018年5月1日閲覧。
  20. ^ 西東京市民会館 (閉館しました)”. 西東京市 (2019年7月26日). 2020年8月3日閲覧。
  21. ^ 4市公共施設利用ガイドマップができました!”. 西東京市 (2013年4月1日). 2018年6月10日閲覧。
  22. ^ “縄文・下野谷遺跡が国史跡に 22日に祝う催し、講演や解説”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2015年3月11日)
  23. ^ http://www.city.nishitokyo.lg.jp/event/rekishi_bunka/28shimin-matsuri.html
  24. ^ 『レッドアローとスターハウス もう一つの戦後思想史』 - 新潮社 2012年 ISBN 978-4-10-332841-4

関連項目[編集]

外部リンク[編集]