ビッグR清水

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ビッグR清水
プロフィール
リングネーム ビッグR清水
リョーツ清水
本名 非公開
身長 175cm[1]
体重 100kg[1]
誕生日 (1992-10-26) 1992年10月26日(25歳)[2]
出身地 大阪府泉南郡田尻町[2]
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 砲丸投げ
トレーナー ドン・フジイ
望月成晃
デビュー 2013年5月25日[2]
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ビッグR清水(ビッグ・アール・しみず、1992年10月26日 - )は、日本プロレスラー

来歴[編集]

幼少期はマイコプラズマ肺炎で運動制限がかかり太めの体格であった。学年が上がるにつれ大きくなりすぎる体を引き締めるため小学校4年生時に少林寺拳法を、中学生になってからは陸上部に入部、入部した陸上部が投てき競技が強かったということで、そのまま砲丸投げに取り組み始める[2]

プロレスへの興味は4歳の頃に父と見たWCWのテレビ番組でスティングに憧れたこと。小学生の頃には2001年1月の東京ドーム大会での佐々木健介川田利明戦の健介の戦いに魅了されたとのこと[2]

その後、高校卒業前の進路相談でプロレスラーになりたいと答え、たまたま部活の顧問の教師が鷹木信悟と知り合いでDRAGON GATEとの接点を作ってもらい2011年4月入寮[2]。しかし、ほどなく右肩を脱臼し半年ほどまったく練習ができなかった時期がある[2]

2013年5月4日、練習生の身分のままウーハー・ネイションに挑戦状を叩きつけ、25日デビュー戦をメイクされる。当初は「清水勘吉」のリングネームでデビューの予定だったがデビュー当日に本人希望の「リョーツ清水(ギミック上は東京都葛飾区出身[3]) 」に改名となった[2]

2014年2月ドン・フジイに弟子入り、フジイ部屋1号生となった[2]

5月26日、諸富ハートフル大会でリョーツ清水デビュー1周年&100試合達成記念スペシャルマッチを行う[2]

10月9日、パンチ富永と一騎討ちを行い敗れコスチュームのズボンを剥ぎ取られる、その後心配して駆けつけたDia.HEARTSに勧誘され19日に同ユニットのメンバーとなる[2]。28日、リングネーム「ビッグR清水」に改名する[2]

12月28日、福岡大会でオープン・ザ・トライアングル王座を獲得[2]

2016年2月4日、Dia.HEARTSが解散。2月14日、MONSTER EXPRESSに加入。

3月6日、T-Hawkとオープン・ザ・ツインゲートに挑戦し、勝利。ツインゲート初戴冠となった。

5月から6月、KING OF GATE 2016にて、4勝1敗で予選リーグを突破し決勝トーナメント進出。準決勝で望月成晃に勝利して決勝に進出したが、決勝でYAMATOに敗れ準優勝[4]

2018年3月21日、和歌山大会にて望月成晃の持つオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦、様々なパターンの砲丸投げスラムで追い込むもドラゴンスープレックスを食らい敗北。

2018年5月6日、愛知県体育館大会でビックR清水・Ben-kがアンチアスに勝利しツインゲート王座を奪取。

2018年8月8日 後楽園ホール大会にて、ツインゲート選手権試合中にコンビであった土井成樹に暴行しマキシマムを自ら離脱し、ヒールユニット アンチアス に加入

得意技[編集]

砲丸投げスラム
相手の喉を右手で鷲掴みにして自身の背中を軽く仰け反らせて相手の頭を砲丸に見立てて砲丸投げのポーズをとってからチョークスラムを仕掛ける。現在のフィニッシャー。
OTAKEBI
コーナー最上段からバンザイのように両手を上げて、そのままの姿勢でジャンプして仰向けになった相手の上に腹部から落下する。
ブロックバスター
相手をボディスラムの要領で持ち上げ、相手の体を自身の胸の前で水平にして相手の体を抱えたまま体をブリッジさせて後ろに反り投げ、相手の背中を叩きつける。
バックフリップ
相手をボディスラムの要領で持ち上げ、相手の体を自身の胸の前で水平にして両肩に担ぎ上げて後ろに倒れ込み、相手の背中を叩きつける。
ワンタックル
ショルダーアタックと同型。
ラリアット

入場曲[編集]

  • 初代 : Downtown Taste Blues
  • 2代目 : BIG RESISTANCE

獲得タイトル[編集]

参考文献[編集]

  • 週刊プロレス』2015年2月11日号(通刊1777号)pp63 -66 掲載「レスラーヒューマンストーリー」第229回
デビュー前から2014年末までの経歴確認に使用。

脚注[編集]

  1. ^ a b 週刊プロレス』別冊「保存版2015プロレスラー全身写真名鑑」pp71
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 『週刊プロレス』2015年2月11日号 pp63 - 66
  3. ^ 『週刊プロレス』別冊「保存版2014 プロレスラー全身写真名鑑」pp89
  4. ^ 『週刊プロレス』2016年6月29日号(No.1854)pp27 - 36

外部リンク[編集]