大阪プロレス

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大阪プロレス株式会社
Osaka Pro-Wrestling Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
536-0014
大阪府大阪市城東区鴫野西2丁目19番8号[1]
設立 1999年3月4日[1]
業種 サービス業
法人番号 1120001116567 ウィキデータを編集
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
代表者 代表取締役社長 大林賢将[1]
資本金 4,554万円[1]
関係する人物 スペル・デルフィン(創業者)
外部リンク https://www.osakaprowres.com/
特記事項:
1999年3月4日、大阪プロレス有限会社設立。
2001年4月24日、大阪プロレス株式会社設立。
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大阪プロレス(おおさかプロレス、: Osaka Pro-Wrestling)は、大阪を中心に活動しているプロレス団体

歴史[編集]

1999年3月4日みちのくプロレスを退団したスペル・デルフィンが設立[2]4月29日なみはやドームサブアリーナで旗揚げ戦を開催。大阪に本拠を置くプロレス団体は全日本プロレス協会以来、約43年ぶりとなる。

大阪に後述の常設試合会場を構えて大阪色を強く打ち出している。えべっさんと、くいしんぼう仮面のような大阪名物キャラクターをモチーフにした覆面レスラーが多く、楽しさを中心においたコメディ色の強い試合を行う一方で、ルチャリブレの要素を多く取り入れたスピーディーなプロレスを行っている。なお、老若男女誰もが楽しめるように流血や危険な凶器攻撃を禁止している。

ロゴマークはデルフィンがテレビ東京の番組「開運!なんでも鑑定団」に出演した際に、司会の石坂浩二に直談判してデザインしてもらったものである。旗揚げ初期のマスクとコスチュームのデザインは主に中川カ〜ルが担当していた。

2003年、これまでファミリー層を中心とした客層を獲得していたが、所属選手の大量離脱やフェスティバルゲートの倒産に見舞われた。また、かつて確執のあった、みちのくプロレスとの抗争を行なうなど正念場を迎えていた。

長年、正規軍とルード軍(LOVFLUXxx岸和田愚連隊武侍漢)(ぶらいかんベンダバル)の抗争が売りで、特にブラックバファローはルード軍のわずかな消滅時期を除き、一貫してルードとしてデルフィンら正規軍と対決してきた。

2006年6月、みちのくプロレスからGAINAとレフェリーのテッド・タナベを移籍させた事にベンダバルだけでなく、正規軍の選手達からもデルフィンを批判する意見が飛び交う。11月5日、GAINAはデルフィン派から離脱してルード軍「バッドフォース」を結成して主にベンダバルとの抗争が行われていた。

スペル・デルフィン退団、新体制へ[編集]

2007年4月、ベンダバルが解散したため、正規軍とバッドフォースによる本来の善悪抗争が行われていた。5月、スペル・デルフィンが退団と同時に「沖縄プロレス」を設立することを発表。

2008年3月15日原田大輔ゼウスが正規軍を独立してユニット「BLOOD&GUTS」を結成。4月、バッドフォースが解散。

2010年9月4日空牙が正規軍を離脱してルード軍「JOKER」を結成したことで善悪抗争が行われていた。

所属なしの興行会社へ[編集]

2014年3月1日、後述の常設試合会場が閉鎖される4月20日の興行を最後に、所属選手とスタッフの全員が退団することを発表[3]。また、今後はプロレス興行会社として活動していくことを発表。 2014年4月29日、大阪プロレス15周年記念特別興行を松下IMPホールで開催。元所属選手を中心に新キャラクターも生まれ超満員となった。以後はフリーランスながら優先専属の形をとったアルティメット・スパイダーJr.タコヤキーダーを中心に単発大会の度に選手を集める形をとって不定期に開催した。

2015年から2019年は年間7から8大会を開催。2020年[4]、2021年は1大会開催に留まる[5]

ゼウスによる再興[編集]

2021年10月18日、当団体出身のプロレスラーであるゼウスが、前オーナーの阪上から株式の譲渡を受けて社長に就任し、2022年よりオーナー兼社長として団体を再興することを発表した[6]

2022年1月、大阪・千日前道具屋筋の新春恒例「道具市」に参加する形で再始動。3月6日にアゼリア大正にてプレ旗揚げ戦、4月29日から旗揚げ3連戦を行った[7]

常設試合会場[編集]

歴代会場[編集]

デルフィンアリーナ(2001年3月 - 2007年8月)
常設試合会場は最初、フェスティバルゲート内にデルフィンアリーナの愛称で置かれていた。
デルフィンアリーナ道頓堀(2007年9月 - 2009年)
2007年8月、フェスティバルゲートの今後の動向が不透明であることから撤退することを発表。9月8日、新たな常設試合会場として道頓堀にデルフィンアリーナ道頓堀を設立(同じフェスティバルゲートにあった本社機能も同時に移転)。それにより、運営会社である大阪プロレスの代表取締役会長に関西を地盤に焼肉店「喰喰」などを展開しているハンジョー代表取締役社長の阪上雄司が就任。
大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナ(2009年 - 2012年10月)
2009年5月、大阪プロレスの旗揚げ10周年を機に名称を大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナに改称[8]。大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナでは原則として月曜日を除く毎日興行が打たれており、週1回は平日昼間にも興行を開催していた。
ナスキーホール梅田(2012年11月 - 2014年4月)
2012年10月20日、大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナを閉鎖。11月17日梅田ピカデリー2があったプラザ梅田ビル8階にナスキーホール梅田をオープン[9]。移転後は定休日が火曜日に変更している。
2014年4月、大阪プロレスの観客動員数の伸び悩みや他団体の利用の減少を理由に閉鎖して巡業形態に移行することを発表[10]

主な興行[編集]

歴代興行[編集]

SATURDAY NIGHT STORY
土曜日に開催している正規軍とルード軍の抗争試合などの連続ドラマ的要素などの試合が主軸となる。通常の試合が3試合、楽しい試合が2試合の構成が多い。
HOLIDAY PARADISE
日曜日と祝日に開催している楽しさを前面に押し出している。通常の試合が2試合、楽しい試合が3試合の構成が多い。

タイトルホルダー[編集]

大阪プロレスの王座
タイトル 保持者 歴代
大阪プロレス王座 ゼウス 第34代
大阪タッグ王座 HUB
GAINA
第42代
大阪ライトヘビー級王座 初代
大阪お笑い王座 ビリーケン・キッド 第23代

歴代トーナメント戦、リーグ戦[編集]

所属選手[編集]

レギュラー参戦選手[編集]

スタッフ[編集]

  • 吉野恵悟(レフェリー)
  • 宮尾信次郎(リングアナウンサー、統括マネージャー)
  • Naoki(リングアナウンサー、MoveOn Pro-Wrestling代表)

歴代所属選手[編集]

歴代スタッフ[編集]

試合中継[編集]

終了した番組

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 大阪プロレスとは - 大阪プロレス
  2. ^ [1] 大阪プロレス公式サイトの概要より。
  3. ^ “大阪プロ"解散"へ…所属選手ゼロに”. デイリースポーツ. (2014年3月1日). http://www.daily.co.jp/newsflash/ring/2014/03/01/0006745340.shtml 2014年3月3日閲覧。 
  4. ^ 2/9 大阪 週刊プロレスmobileはプロレスのニュース・試合速報を完全網羅!”. wp.bbm-mobile.com. 2022年4月8日閲覧。
  5. ^ 7/18 大阪 三原が大阪無差別奪取、HUBがIJ防衛 週刊プロレスmobileはプロレスのニュース・試合速報を完全網羅!”. wp.bbm-mobile.com. 2022年4月8日閲覧。
  6. ^ “【大阪プロレス】ゼウスが選手兼オーナー社長に就任「必ずオンリーワン、日本一の団体を作り上げます」”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2021年10月18日). https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/3729388/ 2021年10月18日閲覧。 
  7. ^ “新生”大阪プロレス、ナニワの観光スポットで日本一のエンターテインメントへ向けた第一歩【週刊プロレス】 - BBM Sports・2022年1月12日
  8. ^ “10年パーティーで本拠地の改名発表 大プロ”. 大阪日日新聞. (2009年5月4日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/090504/20090504021.html 2009年5月5日閲覧。 
  9. ^ “大阪プロレス梅田に新拠点 あすこけら落とし”. 大阪日日新聞. (2012年11月16日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/121116/20121116021.html 2012年11月22日閲覧。 
  10. ^ “大阪プロレス本拠地、4月で閉鎖”. デイリースポーツ. (2014年1月25日). http://www.daily.co.jp/newsflash/ring/2014/01/25/0006662500.shtml 2014年1月30日閲覧。 

外部リンク[編集]