プロレスリング・エルドラド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

プロレスリングElDorado(プロレスリング・エルドラド)は、日本プロレス団体

歴史[編集]

2006年2月23日Dragondoorを引き継ぐ形で設立。組織を改組した理由については当初、スポンサーのlivedoorが引き起こした「livedoorショック」を嫌い関係を斬ると噂されていた。記者会見ではこれを否定してDragondoorの設立時の目標達成(石森太二近藤修司戦の実施、闘龍門2000プロジェクトの復活興行の実施、闘龍門からの卒業)により新たな目標に向けて動き出す上での再出発であると説明して引き続きlivedoorが関わりロゴマークのデザインもlivedoorデザイナーの石川秀一が担当。ロゴマークは特定の色を持たず、その時々でカラーリングが変わることがあると説明している。

4月27日新宿FACEでプレ旗揚げ戦「BREAK THE DOOR OPEN」を開催。

7月16日後楽園ホールで旗揚げ戦「CREATION OF ElDorado」を開催。

5月17日、石森が退団。

2007年1月24日、新宿FACEでリングソウル代表取締役の藤永幸司が記者会見を行いプロレスプロダクション「ソウルコネクション」を設立して興行及び所属選手のマネジメントを担当することを発表。

2月22日エル・ブレイザーが退団。

11月、代表の川畑憲昭は本業の闘龍門に本腰を入れるため代表を退職(退職後も協力している)。藤永が代表に就任。

12月29日後楽園ホールで全試合終了後に不甲斐ない試合をする所属選手に活を入れるべくTARUが「頑張っているのは他団体の選手ばっかりやないか。2008年からは俺がこの団体をプロデュースしたる」と宣言してゼネラルマネージャーに就任。途中、マグニチュード岸和田が乱入し近藤を襲撃して近藤と試合を要求するも近藤は断固拒否している。

2008年3月6日谷嵜なおきが退団。

8月15日、後楽園ホールで全試合終了後に近藤はヒールユニット「悪冠一色」が撤退することを発表。悪冠一色は退団ではなく前向きに団体の方向性を考え自分たちは一時期退くという答えだった。

12月15日、新宿FACEで最終興行「FINAL Basta」を開催して活動休止。元所属選手の大鷲透清水基嗣ヘラクレス千賀ツトム・オースギベアー福田スパーク青木ヤマダマンポンド、リングアナウンサーの小川内潤はソウルコネクション所属となる。

2009年11月、ソウルコネクションが解散。

最終所属選手[編集]

スタッフ[編集]

リングアナウンサー[編集]

ゼネラルマネージャー[編集]

役員[編集]

代表[編集]

途中退団した所属選手[編集]