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KO-D無差別級王座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
KO-D無差別級王座
詳細
現王者 青木真也
獲得日 2024年8月25日
管理団体 DDTプロレスリング
創立 2000年
統計
最多保持者 HARASHIMA(10回)
初代王者 折原昌夫
最長保持者 竹下幸之介(405日)
最短所持者 高木三四郎(0日)[1]
最年長 秋山準(51歳)
最年少 竹下幸之介(21歳)

KO-D無差別級王座 (ケー・オー-ディーむさべつきゅうおうざ) は、DDTプロレスリングが管理、認定している王座。「KO-D」は「King of DDT」の略。

歴史

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2000年4月19日DDTプロレスリング北沢タウンホール大会で行われた初代王座決定戦に勝利した折原昌夫が初代王者になった。

対戦者間の合意があればルールが変わる場合もある。独自のシステムとして後述の「いつでもどこでも挑戦権」がある。また、「KING OF DDTトーナメント」の優勝者に挑戦権が与えられている。なお、2010年から2018年まで「DDTドラマティック総選挙(旧:DDT48総選挙)」と呼ばれる「AKB48選抜総選挙」をモデルにしたイベントで1位と2位(DDT48総選挙時代は1位のみ)に入った選手に挑戦権が与えられていた。

いつでもどこでも挑戦権

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「いつでもどこでも挑戦権」を獲得した選手は定められた期間内に行使すると、選手権試合をセッティングできる状況下であれば時間及び場所を問わずタイトルに挑戦することができる (ただし、既に決定した選手権試合が組まれている場合はそちらが優先される) 。この挑戦権は適宜ロイヤルランブル形式で争われる。過去にはタッグ王座でも導入されたことがあった。また、ロイヤルランブルの際、挑戦権以外にもアジャコングとデートができる権利、那須川天心によるケツキックを受ける権利、キング・オブ・ダーク王座の挑戦権がいつでもどこでも挑戦権に紛れて入っているケースもある。

2013年3月20日から「いつでもどこでも挑戦権」のリニューアルが図られて、DDTプロレスリング内外における試合で敗北[2]した際、挑戦権移動が起こる仕組みが導入されている。例えば、挑戦権を持つA選手が新日本プロレスに参戦してB選手とのタッグで同団体所属C・D選手と対戦、AがCからフォールを奪われた場合、AからCに挑戦権が移動して、団体内で移動が繰り返される可能性もある。また、男女混合試合で女子選手が挑戦権を得るケースもありうる。3月24日エル・パーク仙台ギャラリーホール大会での高木三四郎&大鷲透 vs KUDO&ヤス・ウラノ戦でヤスが高木をフォールして初めて移動[3]。5月11日、プロレスリング我闘雲舞市ヶ谷アイスボックス大会でさくらえみDJニラに勝利して団体外かつ女子として初めて獲得[4]。その後、帯広さやかを経て6月2日新木場1stRING大会で平田一喜が奪取して一度は取り戻したが、6月15日の大日本プロレス横浜にぎわい座大会で岡林裕二に再び流出して、そのまま行使されてしまった[5]

1人の選手が複数の挑戦権を獲得する場合も考えられるが、この場合はフォールされても移動するのは1つのみである。なお、2014年アントーニオ本多2018年ヒラティモ・ドラゴンが「いつでもどこでも挑戦権」を2つ獲得している。しかしいずれも行使する前に敗れて移動している。「いつでもどこでも挑戦権」を2つ以上戴冠していたのは佐々木大輔のみである。佐々木は2015年に合計で5つの挑戦権がすべて揃うとギャルのアレが手に入ると思い込んでいたが、5月24日札幌テイセンホール大会で保持していた挑戦権がすべて移動してしまった。なお、佐々木は2016年4月24日後楽園ホール大会で、メインのKO-D無差別級王座戦を終えたばかりのHARASHIMAに対して、いつでもどこでも挑戦権を行使。変形クロスフェイス・ロックで絞め落とし、同王座を初戴冠している。

その時点のチャンピオンが挑戦権を獲得することも可能。2015年に王者のKUDOが獲得して、ゼネラルマネージャーから「有効期限内に王座から転落せず、挑戦権も守った場合はその挑戦権が無効になる」とアナウンスされた。また、挑戦権の譲渡も可能で、2018年スーパー・ササダンゴ・マシン男色ディーノにお中元代わりに譲渡して、ディーノは挑戦権を即日使用し入江茂弘を破り無差別級王座を戴冠している。

2015年6月には王者KUDOに対してヤス・ウラノが挑戦権を行使して選手権試合を行っている最中に同じく挑戦権を保持している大家健が乱入し、3WAYマッチにすることを要求し、認められた。この際KUDOもチャンピオンながら挑戦権を有しており、全員が挑戦権保持者による3WAYマッチになった。試合は大家がウラノを倒して王者になったが、直接負けなかったため王座からは陥落したが挑戦権は引き続き保有していたKUDOがすぐさま挑戦権を行使、大家を倒して再奪還した。

2019年以降は日時を指定しての予約形式による行使が禁止され、挑戦権の行使宣言と共に即試合が組まれるルールとなった。2020年には予定されていたさいたまスーパーアリーナ大会のメインイベントで無差別級に挑戦できる「さいたまスーパーアリーナ・KO-D無差別級王座挑戦[6]」が設定され、こちらも挑戦権の対象となった[7]

2022年8月14日、約2年ぶりにNFTデータという形で復活[8]

歴代王者

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歴代 選手 戴冠回数 防衛回数 獲得日付 獲得場所
(対戦相手・その他)
初代 折原昌夫 1 0 2000年4月19日 北沢タウンホール
高木三四郎
第2代 木村浩一郎 1 1 2000年7月26日 北沢タウンホール
第3代 ポイズン澤田JULIE 1 1 2000年10月11日 北沢タウンホール
第4代 高木三四郎 1 2 2000年12月14日 後楽園ゆうえんちジオポリス
第5代 エキサイティング吉田 1 2 2001年3月28日 北沢タウンホール
第6代 NOSAWA 1 0 2001年6月29日 後楽園ゆうえんちジオポリス
第7代 スーパー宇宙パワー 1 1 2001年11月30日 北沢タウンホール
第8代 MIKAMI 1 0 2002年1月26日 北沢タウンホール
第9代 スーパー宇宙パワー 2 0 2002年2月6日 Club atom
第10代 高木三四郎 2 0 2002年5月3日 後楽園ホール
第11代 金村キンタロー 1 1 2002年5月31日 後楽園ゆうえんちジオポリス
第12代 高木三四郎 3 0 2002年9月7日 ららぽーと船橋WEST屋上
第13代 GENTARO 1 0 2002年11月29日 後楽園ゆうえんちジオポリス
第14代 MIKAMI 2 2 2002年12月22日 後楽園ホール
第15代 佐々木貴 1 2 2003年7月17日 後楽園ホール
第16代 一宮章一 1 0 2003年10月26日 スタジオドリームメーカー
第17代 ポイズン澤田JULIE 2 4 2004年2月11日 横浜赤レンガ倉庫
第18代 MIKAMI 3 1 2004年11月2日 後楽園ホール
第19代 ディック東郷 1 2 2005年1月30日 後楽園ホール
第20代 高木三四郎 4 1 2005年5月4日 後楽園ホール
第21代 男色ディーノ 1 1 2005年10月23日 後楽園ホール
第22代 大鷲透 1 2 2006年4月2日 後楽園ホール
第23代 HARASHIMA 1 3 2006年12月29日 後楽園ホール
第24代 Koo 1 2 2007年6月3日 後楽園ホール
第25代 HARASHIMA 2 2 2007年10月21日 後楽園ホール
第26代 ディック東郷 2 2 2008年5月6日 後楽園ホール
第27代 高木三四郎 5 5 2008年9月28日 後楽園ホール
第28代 HARASHIMA 3 2 2009年5月4日 後楽園ホール
第29代 飯伏幸太 1 2 2009年8月23日 両国国技館
第30代 石川修司 2 4 2009年11月29日 後楽園ホール
第31代 関本大介 1 4 2010年2月28日 新木場1stRING
第32代 HARASHIMA 4 2 2010年7月25日 両国国技館
第33代 佐藤光留 1 0 2010年11月14日 大阪府立体育会館第2競技場
第34代 ディック東郷 3 0 2010年11月28日 後楽園ホール
返上
暫定 アントーニオ本多 2010年12月26日 後楽園ホール
GENTARO
第35代 ディック東郷 4 2 2011年1月30日 後楽園ホール
第36代 石川修司 3 2 2011年5月4日 後楽園ホール
第37代 KUDO 1 5 2011年7月24日 両国国技館
第38代 男色ディーノ 2 2 2012年1月29日 後楽園ホール
第39代 高木三四郎 6 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第40代 マサ高梨 1 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第41代 火野裕士 1 1 2012年5月4日 後楽園ホール
第42代 飯伏幸太 2 2 2012年6月24日 後楽園ホール
第43代 エル・ジェネリコ 1 2 2012年9月30日 後楽園ホール
第44代 ケニー・オメガ 1 3 2012年12月23日 後楽園ホール
第45代 入江茂弘 1 8 2013年3月20日 後楽園ホール
第46代 HARASHIMA 5 6 2013年8月18日 両国国技館
第47代 KUDO 2 2 2014年3月21日 後楽園ホール
第48代 HARASHIMA 6 7 2014年5月25日 名古屋国際会議場イベントホール
第49代 飯伏幸太 3 1 2015年2月15日 さいたまスーパーアリーナコミュニティアリーナ
第50代 HARASHIMA 7 1 2015年4月29日 後楽園ホール
第51代 KUDO 3 0 2015年5月31日 後楽園ホール
第52代 大家健 1 0 2015年6月28日 後楽園ホール
第53代 KUDO 4 0 2015年6月28日 後楽園ホール
第54代 坂口征夫 1 2 2015年8月23日 両国国技館
第55代 木高イサミ 1 3 2015年11月28日 大阪府立体育会館
第56代 HARASHIMA 8 2 2016年3月21日 両国国技館
第57代 佐々木大輔 1 1 2016年4月24日 後楽園ホール
第58代 竹下幸之介 1 3 2016年5月29日 後楽園ホール
第59代 石川修司 4 2 2016年8月28日 両国国技館
第60代 HARASHIMA 9 3 2016年12月4日 大阪府立体育会館
第61代 竹下幸之介 2 11 2017年3月20日 さいたまスーパーアリーナ
第62代 入江茂弘 2 4 2018年4月29日 後楽園ホール
第63代 サミ・キャラハン 1 0 2018年8月1日 オハイオ州デイトン
第64代 入江茂弘 3 0 2018年8月8日 オハイオ州デイトン
第65代 男色ディーノ 3 0 2018年8月14日 新木場1stRING
第66代 里村明衣子 1 0 2018年8月28日 新木場1stRING
第67代 男色ディーノ 4 0 2018年9月23日 後楽園ホール
第68代 佐々木大輔 2 1 2018年10月21日 両国国技館
第69代 竹下幸之介 3 1 2019年2月17日 両国国技館
第70代 佐々木大輔 3 0 2019年4月4日 ニューヨーク州クイーンズ
第71代 遠藤哲哉 1 4 2019年4月4日 ニューヨーク州クイーンズ
第72代 竹下幸之介 4 2 2019年7月15日 大田区総合体育館
第73代 HARASHIMA 10 1 2019年11月3日 両国国技館
第74代 田中将斗 1 4 2020年1月26日 後楽園ホール
第75代 遠藤哲哉 2 3 2020年6月7日 DDT TV SHOWスタジオ
第76代 秋山準 1 3 2021年2月14日 カルッツかわさき
第77代 竹下幸之介 5 2 2021年8月21日 川崎富士見球技場
第78代 遠藤哲哉 3 1 2022年3月20日 両国国技館
返上
第79代 樋口和貞[9] 1 4 2022年7月3日 後楽園ホール
吉村直巳
第80代 火野裕士 2 2 2023年1月29日 後楽園ホール
第81代 クリス・ブルックス 1 2 2023年7月23日 両国国技館
第82代 上野勇希 1 7 2023年11月12日 両国国技館
第83代 青木真也 1 1 2024年8月25日 後楽園ホール

主な記録

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  • 最多戴冠回数 : 10回 - HARASHIMA(第23、25、28、32、46、48、50、56、60、73代)
  • 最多連続防衛回数 : 11回 - 竹下幸之介(第61代)
  • 最長保持期間:405日 - 竹下幸之介
  • 最多通算防衛回数 : 27回 - HARASHIMA
  • 最年少戴冠記録 : 21歳0ヶ月 - 竹下幸之介(第58代)
  • 最年長戴冠記録 : 51歳4ヶ月 - 秋山準(第76代)

脚注

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  1. ^ 大家健佐々木大輔も0日だが獲得から次試合開始までのインターバル及び試合時間(2分4秒)においても高木三四郎のほうが保持時間が短い。
  2. ^ フォール、KO、レフェリーストップ。ただし、反則、オーバー・ザ・トップロープでの負けは除外。また、アイアンマンヘビーメタル級王座とは違い試合以外でフォールしても王座移動しない。
  3. ^ 2013年03月24日(日) 【3・24リポート】いつでもどこでも挑戦権は高木からヤスに移動 - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  4. ^ 2013年05月11日(土)【甲田リポート】いつでもどこでも挑戦権が流出しました - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  5. ^ 【本日のいつどこ権】平田が敗北し岡林に“流出” - DDTプロレスリング 2013年06月17日閲覧
  6. ^ 外観は金色の鞘の日本刀
  7. ^ さいたまスーパーアリーナ大会は新型コロナウイルスの流行で中止になったため、挑戦剣の対象はWeb配信大会である「WRESTLE PETER PAN 2020」第2日目のメインイベントとなった。
  8. ^ 世界初!プロレスの王座挑戦権がNFTデータで発行”. バトル・ニュース (2022年8月15日). 2023年11月15日閲覧。
  9. ^ KING OF DDTトーナメント」決勝で第79代王座決定戦が行われた。